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■オープニング本文 前回のリプレイを見る もし、開拓者に「ユリアス・ソリューフ」について問われていたら、自分は何と答えただろうか? 豪奢だが、少しの温かみもない部屋でユーリは考える。 正直な話、兄であると母が話してくれた彼の顔はもう覚えてはいない。 ただ、彼がいなかったら今の自分ではなかったことだけは断言できる。 記憶に残る「ユリアス」の姿は三度だけ。 その三度で彼は全てを持って行ってしまったのだから‥‥。 身の回りの支度を整えながら彼は、バートリの女主人との会話を思い出していた。 『ソリューフの乳母と、その家族に手を出さないという条件は呑みましょう。彼らが望むなら我が家に召し抱えても構いません。ですが他の話は呑めませんね。 開拓者とはいえ身分もはっきりしない者を、バートリのキツネ狩りに招くというのも、そして、何よりお前がその場で、さらに今後も『ソリューフ』を名乗り続けるというのも。キツネ狩りはただの狩猟ではありません。お前のバートリ継承のお披露目であり、多くの貴族がやってくるのです。もしかしたら、皇家の方もおいでになるかもしれないのに。お前はもう、バートリの後継者なのだということを弁えるのです』 『では、開拓者にはキツネ狩りの勢子を依頼してはいかがですか? 志体を持つ人を雇ってというのは狩りの格を高めませんか? それにソリューフの名も、もし記憶に残して下さる方がいればその方が役に立つかと思うのですが‥‥』 ユーリはこぶしを握りしめた。 自分は負ける訳にも逃げる訳にも行かないのだ。 ある意味全ての元凶であるあの女にも、兄にも運命にも、そして自分自身にも。 開拓者の一人は仲間達に、こう語り問いかける。 「私が、バートリ家の騎士に情報を聞きたいと話を持ちかけたの。ユーリの居場所を知っているから、と。勿論、教えるつもりはなかったけど。そしたら、そこに別のバートリ家の騎士がユーリを連れて現れたの。なんでもユーリが自らバートリ家に連れていけと名乗り出たと。一体、何故彼は抜け出したの?」 ユーリがバートリ家に行かぬように、オリガの祖母の側にいるように見張っている筈だった開拓者達は項垂れた。 町を襲ったアヤカシの軍団は、暫く開拓者と切り結ぶと、潮が引く様に消えて行った。 その直後、ユーリが消えたことと無関係であるとはとても思えない。 「ユーリさんは、まさかもう‥‥」 「そんなことはない! ユーリはそんな子じゃないから!」 「だが、ユーリが自分の意志でバートリの家に向かったことは事実だ。俺達の言葉は、ユーリに届かなかった‥‥」 「それは‥‥。でもアタシ達にも原因があるんだよ。自分達の気持ちを押し付けるばかりで‥‥ユーリの気持ち、考えてなかったんだから‥‥」 俯く仲間の言葉は真実で、開拓者達の頭も後を追うように下を向く。 「考えてみれば、ある意味ユーリさんが今回の事情を一番ご存じだった筈。何よりも先に、聞いてみるべきだったのかもしれません。ユリアスさんのこと。ニーナさんのこと、メイアさんのこと‥‥」 「そして‥‥何より、ユーリさんが何を望んでいるのかを‥‥。私達はユーリさんに信じて貰えなかったのも当然かもしれませんね」 ユーリは、開拓者に頼ろうとせず、一人で行こうとした。 そこまで思いつめた心を、なぜ理解しようとしなかったのだろうか? 苦い後悔ばかりが心に広がっていく。 せめてもの救いは、ユーリとその母の乳母であるメイアが危機を脱したことだろうか? 開拓者の術と思いが通じたのか、まだ意識こそ戻らないもののもう命の心配はなさそうだということであった。 「おじょうさま‥‥おじょうさま、って何度も‥‥うわごとを言っていた‥‥の。ユーリさんのお母さん‥‥、きっと、とっても大事だったのね」 「もう‥‥届かないのかな。メイアさんの気持ち。アタシ達の‥‥気持ち」 広げた手は、今はまだ空を掴むばかりであった。 開拓者達にギルドを経由して一通の手紙が届いたのは、それから暫くの後であった。 バートリ家がジェレゾ近くの森で開く大掛かりなキツネ狩りの招待状。 後継者のお披露目も兼ねたその会に、貴族の地位を持つ開拓者以外にも招待の文書は届いていた。 「狩りの勢子として‥‥ですか。でも、逆に裏方であるというのなら、怪しまれずに主賓に近づくチャンスであると言えるかもしれませんね」 そう呟いた開拓者の目は、キツネ狩りの日時ではなく、端に小さく、書き込まれた文字だけを見つめていた。 ムシのいい話だと自分自身がよく解っている。 メイアとオリガを例え、大丈夫だと確信していたとしてもアヤカシの襲撃の中に置き去りにし、引き留めてくれた開拓者に背を向けてここに来た。 後悔は何もしていないが、開拓者が許してくれなくても仕方ないと思う。 だから、ユーリはこれを最後にするつもりであった。 誰かに助けを求めることを。 これから自分が目指す道は、誰も前には立ってくれない。手を差し伸べてもくれない。 自分が先頭に立って歩いてかなければならないのだから。 ユーリは招待状の端に一言、書き入れた。 『まだ、私を、本当に『助けて』下さいますか?』 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アリス ド リヨン(ib7423)
16歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●それぞれの決断 「私達は、どこにもいくつもりはありません。私達はずっとユーリの味方です。皆さんは違うのですか?」 オリガとその家族達は開拓者の目を見てそう問いかけた。 その日、開拓者達の多くがその家を訪れていた。 「皆さん、ユーリの所に行っては下さらないのですか?」 そう問いかけるのは開拓者達の依頼人であったオリガである。 「はい、行かないつもりですわ」 そう答えたのはアレーナ・オレアリス(ib0405)ただ一人であり、他の者達はそれぞれの言葉をオリガ達に残して、ユーリの元へと向かって行った。 「私達の事は大丈夫ですから、どうかユーリの所に行って下さい」 オリガはそうアレーナにも言ったのだが 「オリガさん達を守るのもユーリ君の望みの筈ですわ」 アレーナはそう言って首を横に振った。 「ユーリ君が選んだ道をまっすぐ行けるように、せめてユリアス・ソリューフ〜一人の吟遊詩人が守りたかった大切なものは私達が守ってあげたいのです」 そう言って、オリガの横で水とコップの入った盆を持ったまま、トントンと扉を叩いた。 「お入り下さい」 静かな声に促されて部屋に入ったアレーナは、中でベッドから身を起こすオリガの祖母、メイアに会釈すると枕元のテーブルに盆を置いた。その横には白い封筒が一通封を切らないまま残されていた。 「お加減は如何ですか?」 問うアレーナにメイアは大丈夫、と小さく頷いてみせる。 「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。私は結局、皆さんにご心配をおかけするばかりで何のお役にも立てなかったようですね」 テーブルの上の手紙を見て、彼女は目を伏せると唇を噛んだ。 あの手紙は仲間のフェルル=グライフ(ia4572)に託されたものだった。 今回の事情の全てが書かれてあるもので、メイアが死んだ時のみ開封してよいと言われていた。 「アレーナ様、その手紙を貸して頂けますか?」 請われるままメイアに手紙を渡したアレーナは、その後彼女が何をするかが解っていたので止めることはしなかった。 孫娘に灯を持ってくるように命じ、皿の上に置いた手紙に彼女は火をつける。 「どうして、ニーナさんは次の子であるユーリ君に兄であるユリアス氏と同じ名前を付けたのでしょう。ユリアス氏を愛しておられたのでしょうけれど、それがユーリ君に重く鎖のようになってしまったのでしょうに‥‥」 燃え上がる炎を見つめていたメイアはアレーナの呟きに、一瞬「えっ?」というような表情を見せた。 そしてまた炎に目を戻す。 「皆さんは、勘違いをなさっておられたのですね。ユーリ様の名はユリアスではありませんよ」 「えっ? それは、どういう‥‥。ま、まさか?」 今度は目を丸くするのはアレーナの方であった。 けれど、そこから先、メイアは誰にも何も語らず、ただ燃え上がる炎だけをじっと見つめていた。 ●キツネ狩りの前とあと 今日は、ジェレゾの中流貴族、バートリ家主催のキツネ狩り。 その勢子として雇われた柚乃(ia0638)であったが実を言えばそもそも勢子と言うのが何をするかも解らない。 だから、彼女は細々としたお手伝い役を請け負い、くるくると働いていた。 同様の手伝いを担当するヘラルディア(ia0397)と場の設定などをしていた柚乃に 「そこの娘」 『上』から命令口調の声が降ってきた。 「奥方様」 お辞儀をするヘラルディアの呼ぶ名を聞いて柚乃は目を見開いた。 着飾った老婦人が腕を組み、鞭のようなものを持って立っている。 「急ぎ、ユーリを呼んで来なさい」 彼女はそう慣れた口調で命じる。 「私?」 「でも、ユーリさんは、準備中‥‥」 自分を指して首を傾げる柚乃にそうです、と厳しく言いはなつと彼女は柚乃を見下した。 「お客様方がお揃いです。皇女様も足をお運び下さっているのです。大至急出てくるようにと伝えなさい」 「解りました。‥‥少々お待ち下さい」 お辞儀をしてその場を去り、主催者用の天幕へと向かう。 周囲に集まった人々の間をすり抜け奥の天幕へ近づいた時 「‥‥では、失礼します。いつかお互いの信念が交われば、お会いする機会もあると思いますその時もよろしくお願いしますね」 出てきた人物と柚乃はすれ違う。 「フェルル‥‥さん?」 「行かせていいのか? ユーリ」 声に振り返った柚乃の視線の先には呼びに来た人物ユーリがいる。 後ろにはニクス(ib0444)とイリス(ib0247)そしてアリス ド リヨン(ib7423)がいる。 「あの人は、自分の信じる道を違えることはできない方です。私の道に巻き込むわけにはいきません‥‥。皆さんも、無理についてきて下さる必要はないんですよ」 そう気遣う様に振り返るユーリに三人は首を横に振っていた。 「貴方の気持ちが解りましたから‥‥次は違えません」 「オレはきっと、他の皆より何も判って無いっすけど、だからこそ、できること、解ることがあるっす。‥‥ご用があれば何なりと。その為にオレは来ただけっすから」 「‥‥君の気持ち、心を知った。次は友として、その心の為に力を尽くそう」 「ありがとう‥‥ございます」 頭を下げたユーリの目には微かに涙が浮かんでいた。 物陰からその様子を見ていた柚乃は胸に手を当てた。心のどこかがキュッと音を立てる。 でも今はそれを口や言葉、形に出してはいけないと解る。 だから‥‥自分の役目を果たそうと思ったのだった。 「ユーリさん。お客さんが来たみたいだから‥‥来て」 「さて、では行くか?」 ニクスの促しに、アリスのエスコートに 「はい」 ユーリは頷いたのだった。 そしてキツネ狩りは盛大に開幕する。 皇女を主賓に招き、騎士、貴族達はその腕を大いに発揮したのである。 ●誓い その日、催されたキツネ狩りは盛況と言うに相応しいものになった。 今日の主役。 バートリ家の後継者は狐を見事に仕留め拍手を受ける。 また開拓者を勢子に使うバートリ家の大胆さにも賞賛の声が上がっていた。 勢子達はユーリが上手に獲物を仕留められるように誘導をしていたが、それ自体は別に不正でもなんでもないので上手に場を盛り上げていたと言えるだろう。 しかし一方でキツネ狩りは終始主催者ではなく、皇女を中心に回る。 「レナ様。ようこそいらっしゃいました」 「もうじきお誕生日でございますね。どうか祝いをさせて下さいませ」 招待客としてやってきた皇女は、参加者の目視、意識、しいては場の主役を半ば以上奪っていた。 「新しい才能の持ち主の台頭は歓迎するところである。これから国の為、皇家の為に励むがよい」 ユーリにそう告げた皇女にユーリは一貴族として膝を折り、頭を下げる。 ジェレゾにおける皇家の力を実感させる話であると、周囲の様子に気を配りながらフェンリエッタ(ib0018)は思って彼女と、そしてユーリを見た。 「フェンリエッタ様」 呼びかけられた声に、彼女はハッとするが、それが仲間と気付いて肩の力を落とす。 お辞儀をしたヘラルディアは顔見知りの彼女に複雑な思いのかけらを僅かに吐き出す。 「あの方は何を心中に秘めて望まれるのでしょうか? 目的は復讐ではないということですが、強硬手段を用いられなければ宜しいのですが」 ヘラルディアの言葉に頷くと、フェンリエッタは唇を噛みしめる。 あの後、イリス、ニクス、そしてアリスにユーリは自分の過去を語ったらしい。 ユーリの母ニーナは亡きバートリ家の息子との間に一男をもうけた。 しかし、夫の死後息子をバートリ家に奪われて、彼女は皇家に働きに出たのだと言う。 そして数年後、皇家を辞して後、ユーリを一人で出産する。 さらに数年後、病でバートリ家に残した長男を失ったニーナはオリガの一家に世話になりながらユーリを育てたのだと言う事だった。 「母は、良くも悪くも優しすぎる人であったのです。人に抗うと言う事ができない人だった。だから‥‥運命に流されてしまった」 ユーリはそう彼らに告げたらしい。 「重すぎる運命‥‥気持ちを押し付けるだけ押し付けて何もしなかった私は最低な人間ね」 私は理解されないと背を向ける前に言葉にして欲しかった言葉に出来ずとも、手に手を伸ばして欲しかった。 そう思うのは身勝手な事だったのだろうか? 「バートリ家の皆様は、家の存続と名誉を何より大事と考えておられるようですね。ユーリ様はその為の駒にしか思っておられないと見えるのです」 丁寧な口調ではあるが、ヘラルディアのバートリ家に持つ印象はあまり良いものではない。 典型的な貴族。その中で、ユーリが何をしようとしているのかが気になった。 それから、三人の開拓者達がこれだけは、まだ話すことはできないと口を閉ざしたことも。 「あ、竪琴の音色ですね」 「これは、ジルベリアの子守歌?」 二人は顔を上げた。見ればユーリが帰り支度の客の為に竪琴を奏していた。どこか懐かしい曲に客達の足も止まっているようだった。 後を引き継いで柚乃も天儀の曲を奏でており、客達は満足の中戻って行ったようだった。 「無事の終焉。喜ばしいことです。アヤカシの気配なく、ホッと致しましたね」 ヘラルディアの言葉を聞きながらフェンリエッタは竪琴の音色を聴き続けている。 音楽に人の心が現れる、と言う人物は少なくない。 ユーリの奏でる「音」は優しく、けれどどこか強さを湛えているように想える。 ユーリは何かをその胸に抱いているのは確かであるように思えた。 「次があれば‥‥この手は彼の為に」 知らず拳を握りしめていた拳を胸に当て、フェンリエッタはそう呟いたのだった。 そして、今日ユーリの側に仕えていた三人。 ニクス、イリス、そしてアリスは顔を合わせ誓っていた。 「時が来るまで、このことは他者に、決して語らない。誓えるか?」 「解ったです」 「はい。義兄様」 仲間達の返事を聞きニクスは頷いた。 オリガ達からユーリを頼むと伝えられた時から、いやそれ以前からユーリに聞きたいことがあったのだ。 それはユーリの、こうなるに至った考え、そしてこれから何がしたいという希望 「君が君で決めた道だ。懸念した刃傷も出なかった事だ。今更とやかくは言わない。だが良かったら聞かせてくれないか? 君の過去と未来を」 その問いにユーリは答えてくれた。自分の過去の事、母の話、そして兄ユリアスのこと。 「兄は夢見ていました。貴族になるのではなく、自由にこの空の下を旅したいと。それは自由を奪われていた兄だからこそ、思った事かもしれませんが、死に際、最期まで彼が手を伸ばし続けていたその夢はいつしか私の心を支配していました」 「では、なぜ、自由と正反対の道を?」 ユーリはイリスの問いに一度だけ目を伏せそして口にした。 「ジルベリアにおいて、人も物も全て皇帝陛下のもの。でも、本来自分の人生は、自分と自分を取り巻く人々のものである筈です。私は、それを皆に思い出して欲しいのです」 「それは‥‥まさかっ?」 アリスはその先を言葉にできなかった。 「だから、私は待っていたのです。捜していたのです。私を、私の道を信じて助けてくれる人を」 ユーリは否定も肯定もせず開拓者達の目を見つめている。 「その為に私は自分の全てを捧げるつもりです。アヤカシの力を借りてまで、とは思ってはいませんが、犠牲をなるべく少なくする為なら何も厭わないつもりではいます。決して強制はしませんが、その時、もし、叶うなら力をお貸しください」 下げられた頭にユーリの真剣が見える。 三人にできたことはその思いを否定せず、見つめるだけだった。 ユーリに敵対する気持ちはない。 けれどユーリの望みに、願いにどう答えるか考える時間が、彼らにも必要だったのだ。 ●最後まで気づかれなかった事 フェルルは背を向けて歩き出した。ユーリにもキツネ狩りにも。 自分の行動はユーリの信頼を得られず、結果、逆の意味でユーリの決断の背を押してしまったことは解っている。 そのことに対して悩みもしたし、考えもした。自分自身に幾度も問いかけた。 そしてやはりあの時、自分にはあの行動しかできなかったとフェルルは結論付けたのだった。一度だけ振り返り、キツネ狩りの森を見た。 ここからはもう見えないけれど、あの奥にユーリがいる筈だ。 「自分に正直になれば、ユーリさんの気持ちがどうであっても貴方を止めるしかなかったんです。お互いの譲れない道が、あの結論を導いた。だから‥‥私には後悔はありません」 そう言った自分にユーリは解りました、と言ってくれた。 メイアの期待に添えなかったこと、ユーリの志に対し力になれなかったことに悔いは残るがユーリに告げたとおり、彼女は後悔はしていなかった。 一度だけ微かに残るユーリの手のぬくもりを、柔らかさを、暖かさを握りしめて、フェルルはもう一度だけ頭を下げるとその場を静かに去って行ったのだった。 その日の夜、アレーナは剣を持ったまま外に出て、星を見上げていた。 「私は、どう答えるべきだったのでしょうか?‥‥」 万が一にもアヤカシがオリガ達を利用するようなことが無いように天儀への引っ越しを促したのだがその返事が冒頭の答えであったのだ。 「ならば、仕方がありませんね。ユーリさんに頼んで彼女たちの護衛を‥‥? 誰?」 色々な事を考えていたアレーナは突然の気配に、身構えて剣を握る。 一瞬感じた気配はすぐに消えてしまった。 けれど感じた『嫌な予感』だけは、いつまでもいつまでも消えることは無かったのである。 夜の森の中、一人の女が立っている。 『可愛いユーリに、少しプレゼントでも、と思ったけど、今日の所はやっかいになりそうだからやめておきましょう。機会はまだまだある筈だから』 そうして、様子を遠巻きに見ていた『女』は暗闇に消えていく。 『がんばってね。ユーリ。「応援」しているから』 赤い石の首飾りを、まるで血のように紅く、輝かせながら。 ユーリは箱の蓋を閉めた。 中に入っているのは開拓者から貰ったお菓子と、オリガがくれたマフラー。 それから切り落とした自分の銀の髪。 何よりも大切なものではあったけど、もう気を取られてはいけない。 自分を信じてくれると言った開拓者の為にも。 『「ユーリ」さんをしっかり見つけて貫いて下さい』 とフェルルは言う。 だが、逆に今、彼女はユーリとしての自分、そして本当の自分を封じていた。 「貴族として生きる道、それはきっと今までとは違うのかもしれない。でも…変わらない大切なコトもある事、忘れないでくださいね」 柚乃はそう言い残して行った。 確かに、変わらないものがある。 その変わらないものを守る為に、手に入れる為に命を賭けようとユーリは決めていた。 そして、歩き出す。貴族として。新しい日々を。 その胸に、打倒皇家の意思を秘めながら‥‥。 |