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■オープニング本文 前回のリプレイを見る あれから、ユーリは彼がメイアと呼んだオリガの祖母から離れようとしない。 懸命に看病と声掛けを続けている。 「気にする必要はありませんよ。貴方方に責任があることではないのですから」 「そうですわ。まさか、お義母様が自ら命を、などと誰も思いもしませんでしたから」 オリガの両親達はそう声をかけてくれるが、それを聞く開拓者達は果たして、そうですか、と頷くことができたであろうか? 結論から言えばオリガの祖母は死んだわけでは無い。 ただ、生死の境を彷徨う重篤状態にあった。 その理由は失血による衰弱。 原因は自分の手首を自分で切ったこと。 そう、彼らが言うとおり彼女は自害を図ったのである。 「少し前に、例の貴族の使いがやってきました。彼らは礼儀正しく祖母の元にやってきて面会を求めたのです。 私は、‥‥それに応じてしまいました」 貴族が下に出たのなら彼らは応じるしかない。 祖母の部屋に彼らは案内され、何かを質問していたようだと茶を運んだオリガは言う。 「けれど母は答えなかったようです。業を煮やした彼らはやがて怒りを露わにし、オリガに剣を突き付けたそうです‥‥」 『おばあ様!』 『オリガを放して下さい。我々は何もしておりません』 『いや、お前達は長年我らをたばかっていた。ユリアス様は死んでいなかった。ユーリと名を変えて生きていたのだな?』 『ユリアス様は、熱病にてお亡くなりになりました。亡骸から病が感染するやもしれぬと埋葬さえ拒否されたのは皆様ではありませぬか? ユリアス様とユーリ様は別人です』 『ならあのユーリ・ソリューフは何者だ? ユリアスでは無いのなら一体誰だ? 偽りは許さぬぞ!』 『ニーナお嬢様の子。それ以外の何が必要だと言うのですか?』 『ぬかすな! ニーナがあの後後宮に仕えたのは知っている。その後、男とのかかわりが無かった事もな。さもなくばユリアス様を預けることなどいかに奥方様はなさらなかったろう。 歳からして辞してからの子でもありない。一体どこに男と交わる時があったと言うのだ! まさか‥‥!』 『何をお考えになっているのですか? あの方はニーナ様の子。それ以外にありませぬ!!』 『そうか‥‥。なればあれがユリアス様でもユーリでもどちらでも構わぬな‥‥』 『お止め下さい! ユーリ様をそっとしておいて‥‥』 『煩い! バートリの家には今、どうしても後継者が必要なのだ! 奥方様に報告し、あの者を手に入れ跡継ぎとする‥‥』 そうして、バートリの騎士はオリガを突き飛ばすと去って行った。 『おばあ様? 一体あの人は何を言っているの? ユーリが、ユリアスがって‥‥何?』 『オリガ。暫く私を一人にしておいておくれ‥‥お願いだから』 そうして、彼女は命を自ら断とうとした。 幸い傷は治療で癒えているが失血が多すぎた事と、老人で身体が弱っていることから、生命が危険な状態に変わりはないと言う。 後は、本人の気力の問題。 そう宣告されている息子は、ある程度の覚悟を決めながらも、しかし理不尽なこの事態に怒りを隠すことはできなかったようだ。 開拓者に怒りはない。ユーリにも。 ただ理不尽な行動で母を追い詰めた貴族家には許せないと手を握り締める。 「一体、どういうことなのですか? ユーリが何であると? 一体何故母がこのような目に合わなくてはならないのでしょう」 「それは‥‥」 口ごもる開拓者達はハッと後ろを振り向く。 カチャ。 音を立てて開いた扉から出てきたのはユーリであった。 「ユーリ!」 オリガは駆け寄ってユーリの手を握る。 「おじさん、おばさん。‥‥オリガ。迷惑をかけてごめんなさい。全ては私のせいだ。おじさん達に心配をかけたのもメイアを追い詰めたのも‥‥」 憔悴しきったユーリ。だが目には強い何かが宿っている。 「何言ってるの! ユーリのせいじゃない。全部悪いのはあの騎士よ。貴族よ! ‥‥でも、大丈夫?」 「大丈夫。もうこんなことが起きないように私がしてくるから‥‥。メイアのこと。よろしくお願いします」 「どうするつもりなんだい? ユーリ」 さりげなくオリガの手を払い頭を下げるユーリに娘の肩に手を置きながら父は問いかける。 「バートリの家に行ってきます。私の望みも未来もあの家には無いこと。そして皆に迷惑をかけないようにと伝えてくるつもりです」 「ダメよ! あの家がそんなことを聞いてくれるはずないわ! 囚われて自由なく一生閉じ込められる! ダメ!!」 「それでも‥‥望んで手にした運命では無くてもそう生まれた以上立ち向かわなくては‥‥」 そう言うと彼は静かに頭を下げ、部屋を出て行ってしまった。一人で‥‥。 「開拓者の皆さん! お願いです! ユーリを止めて!! 彼を行かせないで!」 「私達からもお願いします。ユーリをバートリの家に渡さないで下さい。我々には事情が見えませんが‥‥それでもあんな貴族の家にあの子の幸せがあるとは思えない‥‥」 泣きじゃくる少女が開拓者に縋りつく。 それを止めながらも父親の手は今も怒りに震えている。 ユーリは一人で行こうとしている。 自分の運命という嵐に立ち向かおうとする青年を前に開拓者は大きな選択を迫られようとしていた。 旅を共にした踊り子が言っていた。 「迷った時はね、自分の最も熱い感情に身も心も任せればいいのよ」 「それが、怒りや‥‥憎しみでも?」 「そう。それが正しい人の生き方だわ。心を押さえて生きて、我慢し続けて生きて死の瞬間、後悔するより‥‥ずっとね」 彼女の言う事が全て正しいとは思えないけれど、理解はできる。 良くも悪くも優しすぎた母。 その末路を知っているから。 「私は‥‥違う。絶対に‥‥!」 そうしてユーリは歩き出した。 町の外、いや、家の外には彼らが待ち受けているだろう。 それでも進む。 手に一本の剣。それだけを握り締めて。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
トゥルエノ・ラシーロ(ib0425)
20歳・女・サ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アルベール(ib2061)
18歳・男・魔
サフィラ=E=S(ib6615)
23歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●優しすぎる開拓者 何が足りなかったのだろうか。と後で考える。 考察力、推理力。気付けていたら変わっていたことが多分いろいろある。 でも、一番足りなかった事はきっとそれではない。 彼らは、考えていただろうか。 「ユーリの気持ち」を。 ユーリを心配するが故に、大事に思うが故に、忘れていたそれが今回の結末に繋がった。 風は己の決めた道に向かって奔っていく。 それを彼は、彼らは止める事は出来なかった。 ジルベリアの秋は、木々の紅葉に目を引かれるが花も、美しい。 花を両手に抱えやってきた少女開拓者は、トントンと軽く扉を叩くと中から扉が静かに開いた。 扉を開けたのは看護の手を止めて立ち上がったアレーナ・オレアリス(ib0405)。 枕元に座っていた少女オリガは、その時初めて気付いたと言う様に花を持ってきた人物に向けて顔を上げた。 「あ、すみません。手伝いもしないで‥‥」 「大丈夫‥‥。心配しないで‥‥」 花をイリス(ib0247)が差し出した花瓶に入れると、申し訳なさそうに頭を下げるオリガに柚乃(ia0638)はそう優しく告げて首を横に振る。 その様子に少し安堵したようにオリガはまた、ストンと腰を落とし目を開けない祖母を見ながら絞り出すように声を出す。 「ユーリは‥‥戻って来てくれるでしょうか?」 リディエール(ib0241)が調合し、握らせてくれた薬草の瓶が小刻みに震えている。 揺れる心を表す様に。 「オリガ‥‥さん」 彼女の手に自分の手を重ねて柚乃は、でも頷くことはしなかった。 「泣き声が‥‥聞こえたんです。とても‥‥辛い‥‥苦しい‥‥。それが誰の声なのかはわからない‥‥けど、これ以上悲しみを生まない為、自分に出来るコトを、みんな、やろうとしているの。だから、待っていて‥‥」 「はい。あ‥‥」 ふと、柔らかく小さなキツネが少女の肩の上に乗り、その頬に身を摺り寄せる。 「伊邪那‥‥」 時折、勝手に動く朋友であるが、ことここに至ってはありがたい。 「‥‥ずっと、一人で抱えていたのですね‥‥」 血の気の無い老婆を見つめて呟く柚乃にアレーナも同意するように目を閉じた。 色々と話は複雑だったが、冷静に考えれば事情はもう大体理解できた。 「ユリアスさんとユーリくんは同姓同名の異父兄弟。そしてユーリくんは重すぎる運命と血をその身に受けて生まれた」 だからこの老婆は命をかけたのだろう。ユーリを守る為に。 ユーリは自分の家族が害されたことに今、怒りを感じている筈だ。 「お兄さまたちは追いついたでしょうか?」 心配そうに忍犬ゆきたろうの頭を撫でるイリスに、アレーナは頷いた。 バートリの家に向かったユーリは仲間達が止めてくれる筈だ。 ならばこの場で自分が一番役に立てることは‥‥ 「この優しい方達を、ユーリさんの大事な人達を守ること。絶対、誰にも害させたりしません」 アレーナはそう決意している。イリスも同じ気持ちだ。 「生きて下さい。貴女は生きなくてはいけません。貴女を心配する人がこんなにいるのですから。ユーリさんも‥‥」 まだ意識を取り戻さない老婆メイアに声をかけ続ける。 「どうか、貴女の心に、届きますように‥‥」 オリガの相手を管狐に任せると、柚乃は秋の静かな香りの花の中 〜〜♪ 〜♪ 〜♪ 琵琶を爪弾いたのだった。 メイアの回復。その祈りと願いを込めて‥‥。 ●すれ違う思い 静かでおだやかな調べが、眠る老婆を包む頃。 「ユーリ! ユーリ待ってってば!!」 そこからそう遠くない路地では、静寂と正反対の争いが起きていた。 「危ないじゃないですか! サフィラさん‥‥。私は大事な用事があるのです、話ならまた後で‥‥」 「だから、話を聞いてって!! こっちの話の方が大事なの!!!」 街道で馬を走らせていたユーリは割と早くに見つかった。 いかに先行していようと、馬術が巧みであろうと龍や霊騎の足に叶うものではない。 頭上でニクス(ib0444)のシックザールと迅鷹サンが発見を意味するように旋回していた。 「そこだね! 見つけた! Kebakaran! 急降下!」 それを合図に龍を降下させると、半ば飛び降りてサフィラ=E=S(ib6615)はユーリの眼前で両手を広げたのだった。 ユーリはサフィラにぶつかる眼前で、手綱を引いて馬を止めた。 「ユーリ! 剣を持って何しようとしてるの‥‥? まさかバートリ家に復讐なんてこと考えてないよねっ?」 サフィラの質問にユーリは答えない。やがて退路を断つ様に街道沿いを霊騎パルフェに乗ったフェンリエッタ(ib0018)が、サフィラの背後から開拓者達が集まってきた。 それを見て、大きくため息をつくとユーリは馬からひらりと降りるとサフィラの前に立った。 睨むような目で、ユーリはサフィラをもう一度見たのだった。 背後にはニクスとサンを肩に乗せたフェルル=グライフ(ia4572)、リディエール、それにトゥルエノ・ラシーロ(ib0425)もいる。彼、彼女らの龍もいる。けれど、ユーリは怯まなかった。 「私は、皆さんに何かをお願いした覚えはありません。どうぞ、お帰り下さい」 「どうしてそんなこと言うの! 今行っても捕まるかもしれないんだよっ!? ねぇ! ちょっと落ち着いて! 私達の話を聞いて!」 「私達は、オリガさんに頼まれてきたのです。貴方を止めてくれと。どうか、戻って下さい」 「貴方の想いはわかる。逃げたくないという気持ちも立派よ。私でもそうするかもしれない。他に方法がなければ仕方ない。けれど、メイアさんの顔を立てて、もう少しだけ待って。私達に任せる時間を頂戴。それでも駄目だった場合は貴方の思うとおりにするといい」 フェルルが、トゥルエノが必死にそう呼びかけるが、ユーリの返事も決意も変わらない。 「嫌です。これは、私の問題です。他の誰にも関係ありません。私にとっては、譲れない事なのです」 その言葉に、フェンリエッタは少しだけ目を伏せたが、顔を上げる。 ここで引く訳にはいかない。 「貴方が今考えている事は、例えば、私を殺してでも成したい事ですか? 貴方にその覚悟がないとは言わないけれど、迷ってはいませんか? 私は死にたい訳じゃないし、どんなに閉ざされても望む未来もある。でも貴方の感情を否定も出来ないから‥‥」 そう言ってユーリを見据え、言葉を紡ぐ。 「迷う時はより困難な道を選べと私は教わりました。安易な方法を選び‥‥独り感情だけで動けば、周囲を巻き込んで最も重い後悔となります」 「理不尽に憤る心を否定はしない。大事な事だ。だが考えろ。君にとって大事なのは生きている家族の想いに応える事ではないのか?」 ニクスもユーリの肩に手を触れて言うが、その手はスッと払われてしまった。 「安易な方法を選ぶつもりも、感情だけに任せて動くつもりはありません。それにこのままでは家族が犠牲になる。これは、私に流れる血が呼んだ不幸。そして、運命。立ち向かえるのは私だけです。だからそこを、どいて下さい」 「ユーリさん!」 歩き出そうとしたユーリの頬でバチン! と乾いた音が鳴った。 「ユーリさん!」 ユーリを叩いたのは、意外にもリディエールである。 物静かと思われていた女性の意外な行動に、ユーリのみならず仲間達まで目を丸くする中、彼女は珍しく声を荒げていた。 「怒りは、己の身をも焼き尽くす炎です。身を任せては、これまで貴方が築き上げてきたもの全て、自らの手で壊す事になりますよ。貴方が私達の手を借りてしてきた事は、おばあさまが自害してまで守ろうとしたものは、一体なんです?」 「私は開拓者になってから出会ったとっても大切な子を‥‥。それこそ自分のお腹を痛めたって言ってもおかしくない程大切な子を、傍にいられない間に殺されたことがあります。私も怒りに任せて仇に斬り込みました。結果はどうなったかわかりますか? 全身を血に濡らして、泣いただけです。 あの子が生き返るわけじゃない。また笑ってくれるわけじゃない。 ただ自分の怒りをぶつけて、泣いたんです。 けど、ユーリさんは違います。まだメイアさんは生きているんです。 だから私は、メイアさんの傍を離れることを許しません。 今、ユーリさんがすべきことはメイアさんの傍にいる事です。メイアさんは生きているんです。今が生きるか死ぬかの肝心なときに、傍で支えてあげないでどうするんですか? お願いだから、あなたを大切に思っている人に、寂しい思いをさせないで下さい!」 リディエールが、フェルルが必死になってユーリに訴える。 「ねぇ‥‥お願い‥‥今はメイアのそばにいてあげて。今メイアの力になれるのは‥‥ユーリ、キミなんだよ?」 サフィラの涙。 その一つ一つの言葉も、決してユーリに届いていないわけでは無かったろう。 だが‥‥ 「皆さんが、羨ましい‥‥」 ユーリの口から零れたのはあまりにも意外な言葉であった。 「えっ?」 「貴方方は、なぜ、メイアが自ら死を選ぼうとしたか、解りますか?」 小さく囁かれたその言葉は、あまりにも低く、重くだが深く、開拓者の心に突き刺さる。 「‥‥守られても、逃げても、問題は何も解決しないと私は知っています。どいて下さい!」 「ユーリ!!」 馬の手綱を引き、もう一度馬に飛び乗ろうとしたユーリのもう片方の手を 「ごめん!!」 サフィラは強く、力任せに引き寄せるとその腹に当て身を食らわせた。 がくんと、崩れるように倒れる細い身体をサフィラは抱き止めた。 「本当にごめんね‥‥ユーリ でも、キミに後悔して欲しくないんだ」 サフィラの手からマントで包まったユーリをニクスが受け取る。 「?」 「どうしたんですか?」 問いかけるフェルルにいいや、とニクスは首を横に振った。 「なんでもない。多分、気のせいだ。‥‥では、後は予定通りだな」 「はい。ユーリさんを連れ帰った後は私とサフィラさんは向こうに残った皆さんで、彼を見ています」 「俺はバートリ家に行ったアルベール(ib2061)の手伝いに行こう。別人証明を納得してもらえるようにな‥‥」 「私はジェレゾに戻って、ユーリさんの身分証明などができないか当たってみます」 「私はバートリ家を調べなおして来るわ。ちょっと手荒になるかもしれないけど、気を付けるから‥‥」 「了解。じゃあ、行こう!」 「では、私はソリューフの家にもう一度。別人を証明できるものが何かないか、探してみます。皆さん、お気をつけて。クラウディア。行きましょう」 開拓者達はそれぞれが手分けして調査に動き出していく。 けれども、彼らは気付かなかった。 その様子を見ていた影があったこと。 そして、風は彼らの予想を遥かに超える勢いで嵐へと変わり始めていたことを。 ●襲撃と逃亡。そして‥‥ 聞こえて来るのは音楽。そして‥‥ 「誰‥‥?」 ユーリは目元を押さえながら細く目を開けた。 「あ、目が覚めましたか? ユーリさん?」 その気配を感じそう声をかけたのはイリス。 同じ部屋で奏でられていた訳ではないようだが、気付けば音楽も止んでいた。 「ここは‥‥」 「オリガさんの家です。ご無事で、何よりです‥‥ユーリさん。皆さん、心配していたのですよ‥‥今、呼んで‥‥!」 イリスの言葉を聞ききるより早く、ユーリはかけられていた毛布を跳ね飛ばし起き上がっていた。 「ユーリさん! ああ! 無理をしないで!」 駆け寄るイリスの心配通り、ユーリはふらつく身体で膝をついた。だが、気遣うように差し伸べられたイリスの手をユーリは払いのける。 「触らないで‥‥下さい。私は、どうしてもやらなければならない事が‥‥あるんです」 一瞬寂しげな表情を浮かべたイリスだが、それでももう一度ユーリに近づき、その肩を支える。 「ですから、どうか、もう少しだけ待って下さい、と皆さんもお願いした筈です。今、皆さんがバートリ家にユリアスさんとあなたが別人であることを知らせてくれています。そうすれば、バートリ家もきっと理解してくれると‥‥」 「そういう‥‥問題じゃ‥‥ないん‥‥です。自分の、運命を‥‥他人任せになど、できません」 「私達は貴方を助けたいんです。だから‥‥どうか‥‥。ユーリ、さん?」 ユーリにイリスがさらなる説得を試みようとした時、彼女は気づく。 ユーリの視線が、自分ではなく、その背後を見ていることを‥‥ 「シ‥‥ェル?」 「えっ?」 その瞬間、感じた地鳴りのような音にイリスは、ハッと近くの窓に駆け寄ると外を見た。見ればアレーナが剣を持って走っていく。 「何があったのですか? アレーナさん?」 「アヤカシの、襲来です。どこから現れたのか、なぜかは解りませんが、屍人がたくさんやってきて、人々を襲っています! 今、フェルルさんとサフィラさんが迎撃していますが、数が多くて‥‥。オリガさんとメイアさんには柚乃さんが着いていて下さるそうなので、私も!」 「解りました。私もお手伝いに参ります。‥‥ユーリさん。どうか早まらないで、もう少しだけ待っていて下さい」 そう言うとイリスは剣を持って出て行った。忍犬ゆきたろうを玄関に残して走り去っていく音を聞きながら‥‥ユーリは窓の外。現れた幻かもしれない人物を見つめていた。 それから数刻後、あまりにもあっさり退却したアヤカシを見送った開拓者達は知ることになる。 「ゆきたろう?!」 「ユーリ!?」 気絶した犬と、ユーリが再び姿を消した事実を‥‥。 ●決して譲れない事 アルベールは何が足りなかったのだろうか。と考える。 考察力、推理力。気付けていたら変わっていたことが多分いろいろある。 ニクスは思う。 でも、一番足りなかった事はきっとそれではない。と。 「アルベールさん! ニクスさん!」 駆け寄ってきた仲間達の声が聞こえる。姿が見える。 この結末を見届けるしかできなかった自分達の最後の役目はまだ終わっていないのだ。 その日、アルベールは昨日に引き続いてバートリ家に赴いていた。 ニクスも一緒である。 「バートリの家は‥‥正確に言うならあのご夫人はかなりの難物と言えそうですね」 昨日の感想を報告と共にニクスに話したアルベールはそう言ってため息をついた。 結論から言えば、アルベールが伝えたかった事。 『ユリアス・ソリューフ』 『ユーリ・ソリューフ』 二人の人物が別人であることは伝わったのだ。 「両者は全くの別人です。確かに前者はバートリ家の次男のご子息。しかし、後者の年齢は『17歳』。 ニーナさんが彼を身籠った段階で、既に何年も前にバートリ家の次男は他界している。何より決定的なのは、ユーリさんが志体を持たない、という事。 よって二人は異父兄弟であるとはいえ、ユーリさんはバートリ家とは無関係なのです」 伝えたアルベールの言葉と報告書に、バートリの夫人は 「そうですか。解りました」 と頷いた。だが、その後に続く言葉にアルベールは言葉を失う。 「それで、ユーリ・ソリューフはどこに。連れてきて下さいとお願いした筈ですが」 「えっ?」 表向き平静を装い、アルベールは夫人に問う。 「お話を聞いて下さらなかったのでしょうか? ユーリさんはバートリ家とは無関係です。お探しなのはユリアス・ソリューフ氏の筈。しかし、ユリアスさんは、今もソリューフ家の墓地で眠っているのですよ」 だが夫人は小さく微笑して答えた。 「解っています。ですが、私は前回訪れた方に申し上げた筈です。ユーリ・ソリューフを我が家に連れてきてほしい、と。我が家が今、求めているのはユーリ・ソリューフなのですわ」 「何故? ユーリさんにユリアスさんの身代わりをさせようと? そんなことをすれば陛下を騙すことになります。私としても上に報告せざるをえませんよ?」 「身代わりではありませんわ。正式にユーリを養子に迎えバートリの跡を継いで貰うのです。後継者のいない貴族で養子を貰うなど珍しいことでもなんでもありませんわ」 「ユーリさんを、バートリの養子‥‥に?」 思いがけない発言に言葉を失ったアルベールに婦人は優雅な笑みを崩さず告げた。 「ご存じ? あの女が寡婦となって後、務めることになったのは後宮。しかも陛下の末皇女の母君、皇妃様のお側でしたのよ」 彼女が発した言葉の意味を理解してアルベールはさらに絶句する。 「まさか‥‥気付いて?」 「ソリューフを名乗る者がいて、それがニーナの子であり、ユリアスでは無いと言うのなら父親はお一人しか考えられません。あの女の周囲に男の気配が無かったことは承知しています。もし、あれが誰にでも股を開くような女でしたら私はあれを殺していたでしょうから」 アルベールは唇を噛む。最悪だと思った。 絶対隠したいと思っていたユーリの正体にバートリ家が気付いていると言うのなら、彼らは決してユーリを諦めまい。 そう言えば、オリガが言っていた。この家の者がメイアを追い詰めた時 『ユリアスでも、ユーリでも構わない』 と言っていた。と。 自分達は読み間違えたのだ。バートリ家の意図を‥‥。 「もはや我が血筋が絶えたと言うのであれば、それは致し方ありません。ですが、皇帝陛下より賜り、選ばれたバートリの家名と栄光を断絶させるわけにはいきません。優先すべきは家名の存続。ニーナはバートリのモノであり、その子も我が家が所有するべきです。皇家の血が入れば我が家は新たな繁栄を得るでしょう」 勝手すぎる。とアルベールは思った。 所有とは人というものをなんだと思っているのだと怒鳴りつけたくなる。 しかし対応を考え直さねばと思い、アルベールはその日、黙って館を辞した。 そして、翌日手伝いに来てくれたニクスと共になんとかバートリ家を説得しようと訪ねたのだ。 「なんとか、ユーリさんを諦めて貰わないと‥‥!」 その時、彼らの背後で、悲鳴にも似た声が上がる。 「待って! ユーリ!!」 「「ユーリ?!」」 見知った声に振り返った彼らは目を疑う。 トゥルエノは誰かを追いかけている。それは正しくバートリの騎士達に囲まれたユーリであったのだ。 「何故、ユーリがここに?」 「そんなことより、彼を止めないと!! ユーリさん!」 急いで走り寄ったユーリは、今、まさに館の門を潜ろうとしているところ。 「待って! 話を聞いて!」 「邪魔をするな! こいつは自分からバートリ家に来ると言ったのだ」 騎士の怒声を手で制すると、ユーリは手綱を引く手を止めた。 トゥルエノとアルベール。そしてニクスの方を真っ直ぐに見つめる。 トゥルエノとニクスは、その眼差しと同じものをほんの昨日、確かに見た。 自らの決意に向かって進もうとする者の瞳。 だが、その瞳に込められた思いは、昨日のそれよりも遥かに重く感じる。 「‥‥私は、ずっと思っていたことがあります。例え、庇護され、何不自由なく暮らせていたとしても、自分の望む道を、選ぶ道を進めないのなら、それは支配され、所有されているのと何の変わりがあるだろうか‥‥と」 ユーリは静かに、噛みしめるように‥‥言う。 「人は皆、自分の主であるべきです。自分の人生を変える決断を他者に決められたら絶対に後悔する。それだけは私の信念。絶対に譲ることはできないのです。 皆さん方には解って頂けないことかもしれませんが‥‥」 馬首を返しユーリは館に進んでいこうとする。 「ユーリさん!」 アルベールの呼びかけに、ユーリはもう振り向こうとしなかった。 「私は、私の意思で私の信じることをする。‥‥できるならメイア達を暫くお願いします」 「ユーリさん!」 今度は足も止めず、振り向きもせずユーリは館へと歩いて行く。 開拓者にできたのはそれを見送ることだけだった。 そして集まってきた仲間達に三人は告げた。 「ユーリさんはバートリの家に行ってしまいました」 と。 風は開拓者の予想を超えた勢いで、強く、早く吹き荒れていた。 |