【嵐】集う風
マスター名：夢村円
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| ■オープニング本文 前回のリプレイを見る さて、どうしたものかと係員は思う。 ここに二つの依頼がある。 ある人物を探す依頼だ。 吟遊詩人ユーリ・ソリューフ。 銀の髪、青い瞳の青年である。 一つは彼の友人一家、もう一つは貴族の一族から出されているが、まだ本人は見つかっていないので依頼継続は問題ない。 だが‥‥ 「このまま依頼を一つのものとして出していていいのか？」 彼はなんとなくという以上に落ち着かない思いを胸に抱えていた。 何かが違うような気がする。 何かを見落としているような気がする。 何かが‥‥。言葉には出せないのだが何かが‥‥。 とにかく、依頼そのものはまだ解決していないのだから、継続させなくてはならない。 開拓者は前回色々と情報を集めていたようだし、何かヒントも掴んだようだからおそらく今回はユーリを見つけ出せるだろう。 ただ‥‥ユーリを見つけて友人の伝言を伝えるにしても、貴族の一家の元に連れ戻すにしてもそれだけでは済みそうにない気がするのだった。 窓の外に流れるのは強い秋の風。 ほんのちょっとした時ときっかけで嵐に変わってしまう。 この事件にもそんな危ういものを感じるのは、気のせいだろうか？ とにかくも彼は立ち上がった。 依頼の継続を開拓者達に伝える為に。 ある町にて‥‥。 「お疲れ様！ なかなかの腕ね」 踊り子がそう言って飲み物と共にねぎらいの言葉とウインクを吟遊詩人に贈る。 「ありがとうございます。こちらこそ勉強させて頂いています」 心からの言葉で踊り子に答えた吟遊詩人に、だが踊り子は困ったように肩を竦めた。 大きなため息をついて横に座る踊り子に吟遊詩人は小首をかしげるばかりだ。 「どうかしましたか？」 「い〜え。別に何も。ところで、貴方はこれからどうするつもりなの？ なんなら冬が終わるまで一座にいてもいいと思うけど？」 踊り子の言葉は、座長などからもかけられていた言葉ではあるのだが‥‥。 「お気遣いありがとうございます。ですが、もう少ししたら南下しようと思うので抜けさせて頂くつもりです。南部の町に私の目的に力を貸してくれそうな方がいる、ということなので」 「あら、奇遇ね。私達もこれから秋祭りを追いかけて南に行くの。なら、もう少し一緒に行けるわね」 「あ、そうですか。なら、もう暫くよろしくお願いします」 「もう！ いつまでも他人行儀なんだから！ おんなじ‥‥同士なんだからもう少し打ち解けてくれればいいのに！」 「あ、あの‥‥すみません！」 豊満な胸に紅い宝石のついた首飾りが揺れる。 踊り子に抱きすくめられて宝石よりも頬を赤く染める吟遊詩人。 そんな光景を笑いながら見ている一座の仲間達。 ごくありふれたほほえましい光景。 それに潜む闇にまだ気づく者はいない。 |
■参加者一覧
ヘラルディア（ia0397）18歳・女・巫 
フェルル＝グライフ（ia4572）19歳・女・騎 
神鷹 弦一郎（ia5349）24歳・男・弓 
フェンリエッタ（ib0018）18歳・女・シ 
リディエール（ib0241）19歳・女・魔 
アイリス・Ｍ・エゴロフ（ib0247）20歳・女・吟 
アレーナ・オレアリス（ib0405）25歳・女・騎 
ニクス・ソル（ib0444）21歳・男・騎 
アルベール（ib2061）18歳・男・魔 
サフィラ＝E＝S（ib6615）23歳・女・ジ |
| ■リプレイ本文 ●探すべき人 ジルベリアの夏は短く、秋はもっと短い。 既に赤や黄色に色づき始めた木々は美しく、人の心を捕える。 しかし、その中を歩く開拓者達にはそれらに心を動かされている暇は無かったようだ。 「それにしても、こう‥‥裏が見えないというのは不安ですね」 呟く様に言ったヘラルディア（ia0397）の言葉を頷きもせず、否定もせずアルベール（ib2061）は聞いていた。 ここはジェレゾの街外れ。街の中で調査を始める前に、方針を確認しておくために彼らは集まっているのだった。 町に入れば収穫の祝いでどこも煩いほどに賑やかだ。だがこうして少し離れれば風が揺らす葉づれの音さえ聞こえて来る。 「静か、ですね。まるで嵐の前の様に」 「アルベール様はやはりユーリ様の周りに風を感じられるのですか？」 問いかけるアルベールはこれにも答えずに、手に持った紙をヘラルディアと神鷹 弦一郎（ia5349）。 そしてアレーナ・オレアリス（ib0405）の前に広げた。 「前回お話を伺ったことを纏めてみました。バートリ家の次男と今は無いソリューフ家の娘は両親の反対を押し切って子をもうけました。けれど、夫である次男の死去に伴い、夫人はソリューフ家に返され、子は家に後継者候補として残された。 六歳の時、流行病にかかり実家に戻されそのまま死んだとされた‥‥」 基本事項を確認し、それぞれが意見を交わす。 「前回、フェルルさんがおっしゃったこと、ヘラルディアさんにもお話ししましたが、ユーリさんは皇帝陛下のご落胤である可能性がありますの。そして‥‥バートリ家が強引にでも保護を急ぐ理由は‥‥お父上にあるのではないでしょうか？」 「しかし、それだとバートリ家は彼の事を皇帝の血を引くものとして解っていて預かっていた。ということになりはしないか？」 「はい。ですから亡くなったご子息は皇帝陛下の信認あつく、信頼されてお子と夫人を預かったのではないでしょうか？」 「しかし、それにしては扱いが大雑把過ぎはしないか？ 奥方だって皇帝からの預かりものであるなら、もっと違う態度があるだろう？」 弦一郎が言うのは先にバートリ家を訪れた時に見た伯爵や奥方のユーリの母親に対する態度の事であった。 あの女。 そういう奥方の言葉には口調こそ丁寧だが明らかな侮蔑や敵意が感じられていた。 「‥‥それは、そうなのですが‥‥、では他に急にユーリさんを探さなければならない理由があると？」 「おそらく。まだカンに近いが」 「ならば、それを調べてみましょうか？」 アルベールは顔を上げて仲間達を見た。 「ユーリさんの捜索そのものの方は、他の皆さんにある程度お任せしましょう。我々は、バートリ家からの依頼を受けた事になっているのですから、皆さんにはできない方向から情報を集めるのも、大事だと思いますよ」 「まあ、そうだな。細かいことは見つけてから考える。」 腕組みをし頷く弦一郎。他の者達にも異論は勿論無かった。 「では、私はジェレゾにてソリューフ家とバートリ家について徹底的に調べてみようと思いますわ。昔の話は難しくても噂話などが聞けるかもしれません」 「私はもう一度バートリ家に伺ってお話を聞かせていただきますね。その時に裏事情なども探って参りますね」 「解りました。ではある程度情報が纏まったらまた集まって共有すると言う事で」 待ち合わせ場所と時間を決めて彼等は分かれることにした。 アルマ・ズィーベントとウェントスに乗って空に舞う女性二人を見送った後。 「さて、行くか。八尋」 飛ぼうとした弦一郎を 「待って下さい」 アルベールが呼び止めた。 「どうした？」 「ちょっと‥‥お願いがあるのです。一緒に探すのを手伝ってもらえませんか？」 「お願い？ 探すって誰をだ？ ユーリか？」 いいえ。瞬きする弦一郎にアルベールは首を振る。 「さっきの話を聞いて、思ったのです。探すべき、人物がもう一人、いるのではないか‥‥と」 「誰だ？」 「ユリアス・ソリューフ氏です」 ●祭りを追いかけて 秋祭りの片付けが進む町で 「え〜！ お祭りもう終わっちゃったの？ 旅の一座も次の町に行っちゃった？ そんなあ〜〜」 がっくりと肩を落とす少女に大丈夫かと心配そうな顔を見せるが 「だいじょーぶ！ めげない。負けない！ で、一座は今度どっちの方に行くって言ってた？」 彼女はバッと身体を起こすと地図を広げて見せた。 情報を聞き、書き込みをすると 「えっと‥‥ここはばーつっと 次いこっ！ 南のフェルアナね。ありがとう！ またね〜〜」 元気よく駆け出していく。 「よし、行くよ。Kebakaran！」 待たせていた龍に乗って彼女、サフィラ＝E＝S（ib6615）は空に舞ったのだった。 ジルベリアの南部は丁度実りの秋。 収穫祭に盛り上がっている町も少なくは無い。 「賑やかですね。こういう時でなければ、楽しんで行きたいくらい。でも、調査に行ったフェンリエッタ（ib0018）さんや、他の皆さんの事を考えると、遊ぶのはまた後ほど、ですね」 ワザと明るく言うリディエール（ib0241）にええと、頷きながらもフェルル＝グライフ（ia4572）の気持ちは別の所にあるようだった。 リディエールはフェルルと彼女の手の中にある一通の手紙に視線を送る。 この手紙は彼女達が受けた依頼人オリガの祖母から預かったもの。 それを老婆は「自分が死んだら開けてもいい」と言ったと聞く。 中を見れば全てが解るのだろう。 しかし‥‥ 「ごめんなさい」 謝るフェルルにリディエールは小首を傾げた。 「何が、ですか？」 「融通きかないのはわかってます。けど、それがこの封筒に詰まった想いに答える事だと思うんです。命をかけた想いは‥‥生半可な気持ちで持てる事ではありませんから」 フェルルの謝罪が、許されるまで手紙の封を開けないと決めた事にあると解り、リディエールは小さく笑って首を横に振った。 「別に謝ることではないと思います。そこまでの思いの込められた手紙を破ってしまうのは皆さんも、望む所ではありませんし私達には調べる為の手立てもありますし」 「でも、嫌な予感ばかり募るのです。手遅れにはしたくない。‥‥けれど‥‥」 「気にしすぎてはいけないと思います。今は、私達のやれることをやりましょう」 俯くフェルルの肩に手を置き、優しく笑いかけるリディエール。 「ありがとうございます」 そう頷きながらも、フェルルは胸の中にもやもやと広がる思いを消すことはできずにいた。 その頃、イリス（ib0247）はフェルル達を探して街にやってきていた。 「ねえ、ゆきたろう？ 皆さんや、義兄様はどこにいらっしゃるのでしょうか？」 賑やかな街を足元の犬と一緒にきょろきょろ、探す彼女の名を 「イリス！」 強い声が呼んだ。見知った顔の登場に犬も嬉しそうに声を上げる。 「義兄様。お探ししました。皆さんはどちらに？」 「あっちだ。行くぞ」 先を行くニクス（ib0444）の後を、イリスは軽やかに着いて行く。 「それで、そちらはどうだった？」 歩きながら問われるイリス。主語は無いが意味は十二分に解る。 「はい。ユーリ様と思しき方が名のあるキャラバンに混じって南の方に行ったという噂を耳にすることができました。祭りを追って南下されるらしいとのことでしたので、街道沿いに南。祭りを追う様にして行くのがよろしいと思いました。義兄様の方は？」 「ほぼ同じ、だな。ゴロツキに絡まれていた踊り子を助けて、その踊り子ごと名のあるキャラバンに拾われたらしい、とのことだ。今は彼等と一緒に旅をしている可能性が高いだろう」 話に聞く限り、どの人物もユーリに対して好印象を持っていた。自警団も、ユーリを覚えていたお客達も。 「血のなせる業、か？」 「義兄様？」 「なんだ？」 イリスが問いかけた。真剣な、何か思いつめたような目だ。 「本当にユーリ様は皇帝陛下の御子、なのでしょうか？」 「それは、解らない。仮に本人がそう思っていたとしても陛下が認めなけば意味のないことだしな」 「はい」 イリスは下を見ながら考える。ユーリがもし、本当に「そう」だとしたらその存在自体が何かの火種になることは大いに考えられる。 「だが、今は彼を見つけ出すのが先だろう」 「そうですね。‥‥今は考えないことにします」 ユーリが何者であろうと、彼の人生を決めるのは彼自身であるべきだ。何者にも強制されずに自由であるようにその手伝いをしたい。 「ほら、向こうにフェルル達がいる。合流したら情報交換をして、捜索を再開するぞ」 「はい」 軽く笑って頷くと、イリスは向こうで手を振る友人達に手を振ったのだった。 さて、ここはジェレゾのある貴族の屋敷。 「まるで呪われているようだという噂ですわ。近頃のバートリ家は」 微笑みの顔を作ったアレーナは噂話に花を咲かせる女性達の話に相槌をうちながら自分の推察が間違っていた事を感じていた。 貴族のサロンや噂話に詳しい人達からの情報を聞くにバートリ家はいわゆる典型的な「貴族」家であったようなのだ。 貴族としては中の上。レイル氏は上を目指す意欲も高く、我が子にも家名を高めることをまず要求していたという。 長男はその期待に応え、名家の娘を妻に迎え、役人として志体を持たない者の中ではまずまずのところまで上り詰めた。レイル氏にとって孫にあたる子供達も生まれていたし、十分満足いく結果を両親に与えたのだろう。 だが、次男は芸術家肌で名誉や栄達に興味を持たず、下級貴族の娘と駆け落ち同然に結婚した。 レイル氏は当然激怒して彼を勘当し、家から追いだした。 結果息子は身体を壊し早逝したのだが、皮肉にも唯一残した子が長男の子にも生まれなかった志体持ちであった為、母親から子供半ば強引に奪い取ったのだと言う。 「以後レイル家では事故や病気が多く、先々月、最後に残っていたお孫さんが病気で亡くなって、レイル家は後継者を全て失ってしまいましたの。死んだご子息の呪いだ、と言う者もおりますわね。それで、藁にもすがる思いで、死んだと思われていた孫を探しておられるのだと思いますわ」 ゴシップというものは本人達にとっては迷惑なだけであるが、他人には楽しいことなのだろう。 思いもかけず詳しい話を聞けたことを喜びながらも、アレーナは考えていた。 （バートリ家が陛下の命を受けて、と言う線は多分ないのですね。信用できるかどうかさえ、怪しいようですわ。とりあえずこの事を早く皆さんに伝えませんと‥‥） 「楽しい時間をありがとうございました。ごきげんよう」 丁寧な礼で部屋を出たアレーナは仲間達との約束の時間と場所を頭で考えながら足を速めたのだった。 ●旅芸人の一座 フェルル達がその村に辿り着いた時は、丁度収穫祭の本祭りが佳境に入っていた所だった。 「舞台に人が集まっていますわ」 舞台の上では旅芸人の一座が芸を披露しており、丁度前座が終わって一番の踊り子が出ようと言うところ。そこで ワンワンワン！ 「どうしたんですか？ ゆきたろう？」 鳴き声を上げる愛犬を押さえるイリス達は、やがて舞台を見て目を丸くした。 「あれは‥‥」 舞台の上では、美しい踊り子が二人、華やかで明るい舞を踊り始める。 伴奏者がユーリであるのは直に見て取れた。 開拓者達がここに来たのは先行していたサフィラから 「ユーリを見つけたよ！」 と連絡を受けた為であるから、そのことそのものは安堵しつつもあまり驚いたわけではない。 彼、彼女達が驚いた理由の一つは 「サフィラ‥‥さん？」 舞台で踊る踊り子の一人が仲間であるサフィラであったからだ。 白い肌が美しい赤い首飾りの妖艶な踊り子と健康的な美しさの小麦色の肌のサフィラ。 二人は好対照で、まるで対のようだ。 「見事な踊りですね‥‥って皆さん、どうなさったのですか？」 上がる歓声と吟遊詩人の歌声、手拍子。 楽しげな観客と一緒になってフェルルは明るく笑んだ。しかし、 「どうなさったのですか？ 皆さん？」 すぐに舞台を見つめる仲間達から発せられる剣呑な気配を感じて声を潜めた。 彼女達が見ているのは踊り子ではなく別のモノであるようだ。 「あの‥‥踊り子が付けている首飾り‥‥似ています」 「フェンリエッタさん？」 「あれが例の首飾りか？ イリス？」 「遠目ですので確証はありませんが‥‥」 「考えてみれば、踊り子と言うのは最適ですね」 「えっ？ 何がです？」 「フェイカー‥‥」 その呟きは、音楽の終わり、満場の拍手にかき消されたが開拓者達の耳には確かに聞こえていた。 「あ〜、楽しかった。ありがとう。シェル」 「こちらこそ。良い踊りを見せて貰ったわ」 舞台から降りて軽く抱き合う踊り子達が抱擁しあう。 それを見つめる吟遊詩人の背後から 「ユーリさん！ サフィラさん！」 名前を呼ぶ声がする。 「じゃあ、着替えて来るわ。またね」 シェルと呼ばれた踊り子を見送って後、 「やっほ〜。ここ、ここ」 サフィラはやってきた仲間達に手を振った。 「ユーリ、みっけたよ。まったく本当。苦労したんだから〜」 腰に手を当てて膨れたように言うサフィラの言葉を受けてフェルルはオリガから預かった荷物をはい、とユーリに差し出した。 「さっきもサフィラさんから聞いたのですが、私を探していたと？ お手数をおかけしたようで申し訳ありませんでした」 荷物を受け取って頭を下げるユーリにニクスは小さく笑って肩を上げた。 自分達は確かに探すのに苦労したが、彼自身はそんなことを知らなかったのだから仕方ないだろう。 「それから、オリガ一家からの伝言だ。バートリ、という名前を聞いたことがあるか？ その貴族家が君を探しているから気を付けてくれ、ということだ」 そう言ってニクスはオリガ一家から依頼が出された事、バートリの家がユーリを探していることを本人に話した。 「バートリの家が、私を‥‥ですか？」 「そうです。お心当たりはおありですか？」 リディエールに問われたユーリの首は微かに傾く。 「バートリの家が『私』を探す理由が解りません。ですが、その件がオリガ達に迷惑をかけていると言うのなら、一度戻った方がいいかもしれませんね」 「良いのですか？ おいそがしいのでは？ 何か用事があるならお手伝いしようと思いますよ」 フェルルが少し意外と言う様な顔で問うが、いいんです。とユーリは答える。 「別に今日、明日どうこうと言う急ぎのことでは無いですから、知らなかった世界をこの目で見て自分の思う事が正しいかどうか、正しいと思って貰えるかどうか、それを知るのが今の旅の目的ですからいいんです」 「ユーリさん‥‥」 柔らかく笑うとユーリは座長や仲間に挨拶をしてくると言って立ち上がった。 「じゃあ、お手伝いしますね」「私も‥‥」 フェルルとフェンリエッタが着いて行く。 あまり付添いが多すぎても迷惑がかかるだろうから、他の者達は待つことにした。 「ユーリさんが戻って下さるようで良かったですね」 「あの踊り子と首飾りは心配ですが、とりあえずユーリさんをここから離すのが先決ではないかと思いますから」 ああ、と頷きながらニクスはだが、とリディエールとイリスの顔を見る。 「踊り子と首飾り？ シェルが何か？」 サフィラが疑問符を頭に浮かべているが、説明は後でとイリスが口元に指を立てると腕組みする義兄を見つめた。 「ユーリが見つかり、戻ると決めたのならいい。だが、今回の依頼、ユーリを見つけるという過程は同じでも最終目的の場所は違う。その齟齬がやっかいなことにならなければいいのだが‥‥」 ニクスが感じているであろう不安は、やがて開拓者達に現実となって襲い掛かってくることを彼らはまだ知らない。 ●成功と失敗 瓢箪から駒というやつかもしれない。バートリの屋敷の前で弦一郎は思った。 最初は本気で確信を持っていたわけでは無かった。 けれどアルベールと行ったソリューフ家捜索、アレーナが行った調査によってだんだん、胸に抱いていた疑問が確信に近付いていく。 「ユリアス・ソリューフとユーリ・ソリューフは分けて考えた方がいい。同一人物でない可能性もあるんじゃないか？」 「僕もその可能性が高いと考えます。ただ、その確証はというと難しいのですがね」 ソリューフ家は２０年前、ユーリの母がバートリの家を出された直後、彼女の父にあたる当主が無くなって貴族家としての体裁を失っている。 残されたニーナは家や財産を売り払い、自らを養う意味もあって働きに出た。 だが数年も経たないうちに家に戻っている。その後、助けたのが彼女の乳母、オリガの祖母であるということまでは解っている。 「ヘラルディアさんが、バートリの奥方から何か話を聞けるといいですね。後は直接、ユーリさんにユリアスさんの事を聞いてみて‥‥」 言いかけたアルベールの言葉がそこで止まる。屋敷からヘラルディアが出てきたのだ。 いつも落ち着いた彼女には珍しく、何かに動揺しているようだ。 「何かあったのか？」 問いかける弦一郎に息を切らせながらヘラルディアは言う。 「龍の支度を。‥‥急ぎませんと‥‥」 「だから、何があったんだ？」 「‥‥オリガさんの、おばあ様に何か、あった可能性があるのです」 「え？」「何？」 思いもかけない言葉に瞬きする二人にヘラルディアが慌てて説明をする。 バートリ夫人の話などを聞きながら何か情報が得られないかと思っていた時だった。 突然部屋に騎士のような出で立ちの人物が入ってきたのだ。 来客の前だと言う無礼を気にする様子もなく彼は、夫人の側に近付くと 「奥様、ソリューフの乳母から‥‥ユーリ様は‥‥」 そう囁いたと言う。報告を聞いたとたん、彼女の様子は変わった。 「解りました。早急に‥‥」 何事か指示を出して騎士に退室を促すと、やっと夫人はヘラルディアの方を見直した。 そして言ったのだ。 「ユーリ・ソリューフの捜索、よろしくお願いいたします。必ずあの子を我が家に連れてきて下さいませ。我が家の命運がかかっているのです」 と。 「気になるのですね。フェルルさんにオリガさんのおばあ様は自分が死ぬまでしゃべらないと約束したとおっしゃいました。けれど騎士は確かにソリューフの乳母から何かを聞き出したと。よもや、何かが起きていないかと‥‥」 「解った。途中でアレーナを拾って急ごう。八尋！」 「エイレーネー！」 彼らは龍に跨り、全速力で空を駆ける。 けれど‥‥間に合わなかった。 開拓者達と、ユーリが辿り着いた時、町は異様なざわめきに包まれていた。 「サン！ 何かあったのですか？」 先に飛ばせていた迅鷹が戻ってきたのを見て、フェルルは声をかけた。 その時霊騎パルフェで先行していたフェンリエッタが全速にも近い速さで戻ってくる。 思わず開拓者達はユーリを自分達の背後に庇った。しかし 「どうしたのですか？ フェンリエッタさん？」 「た、大変です。オリガさんの家が‥‥再び襲われて‥‥、そしておばあ様が、意識不明の重体であると‥‥」 「メイア！」 その言葉を聞くと同時、ユーリは走り出した。 開拓者達もその後を追う。 真っ直ぐにオリガの家を目指し、走ったユーリはドアを開けて中に飛び込む。 「ユーリ！」「いつ戻って？」 「オリガ！ おじさん！ おばさん！ メイアは！？」 暗い部屋の中でベッドに寄り添う彼らはユーリの言葉に視線を動かした。 窓際のベッド。 そこで、血の気の無い顔の老婆が目を閉じて横たわっていた‥‥。 「メイア！！！！」 風が流れていく。 嵐の気配を乗せて‥‥。 |
