【南部辺境】昏き新領主
マスター名:夢村円
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/14 23:22



■オープニング本文

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 南部辺境を長きにわたって騒がせたアヤカシは、開拓者の手によって完全に消滅した。
 このアヤカシの存在は、表だって人々に知らされていた訳ではないが、幾度も祭りを邪魔し、何人もの犠牲者を出していた事から、リーガ、メーメルでは公然の噂となって人々を怯えさせる元凶となっていたのだ。
 だから、それが退治されたと知り、人々は喜びに沸いた。
 退治に当たった開拓者を褒め称える声と、同様に、この件において一人の人物がある意味今回の主役となっていた。
 ラスリール。
 南部辺境伯の見合い相手の兄というこの青年は、微妙な地位と、整った外見以外最初は何も持たない男と思われていた。
 彼はメーメルの姫アリアズナに求愛し、その心と地位を奪おうとしたらしい。
 思惑が暴露され、一時期はメーメルの姫に言い寄りながら、ほかの女にも声をかけていたと悪評が広まり、その評判も地に落ちていた貴族の青年は、今や、時の人。一転アヤカシの元に潜入し、志体を持たないながらも姫や開拓者を助けた勇敢な男性と称えられることになったのである。
 その噂は瞬く間に遠くジェレゾまで届き、皇帝の耳にまで届いたと言う。
 そして、数日後、開拓者ギルドはある人物を迎えることになったのである。

「その節は、お世話になりました。おかげで傷もすっかり癒えました」
 ニッコリと笑って頭を下げたその青年を、開拓者達はとても笑顔で迎えることはできなかった。
「ラスリール‥‥さん」
 開拓者達の心境を知ってか知らずか、彼は笑みを崩さず一通の封筒と、一通の書面を差し出したのである。
「先の件について、ジェレゾからの沙汰が降りました。誘拐の件についてはお許しを頂きました。そして今回の償いとして南部辺境の安定の為、働くようにとの命を受けたのです」
「それは‥‥辺境伯の元で働くと言うことですか?」
 震える女騎士の言葉に彼は首を横に振る。
「いいえ、辺境の一角に封土を賜ることになりました。何でも先の戦いにおいて、領主を失った街があるとか。そこを治めるようにとの陛下からのご命令です」
「なんですって!!」
 開拓者達は言葉を失った。
 それは、償いどころの話ではない。
 先にジェレゾでの調査によれば、ラスリールとティアラは実家においては嫡子であっても長子では無い。その実家さえ皇家の外戚という以外には目立つところがない一貴族であったのだから、南部辺境に領地を得るなど間違いない異例の抜擢である筈だ。
「既に、領主として赴任し仕事は始めておりますが、今回は皆様にお願いがあって参りました」
「願い‥‥とは?」
 息を呑みこんで問うた開拓者にラスリールは一通の封筒の方を差し出す。
「近く、叙勲の式を辺境伯やアリアズナ姫をお招きして領地で行うことになりました。その式にぜひ、皆様にご参加頂きたく‥‥」
 つまりはこれは招待状であると彼は言うのだ。
「我々に、式に来い‥‥と?」
「皆様は、命を助けて頂いた恩がありますので是非に」
 そしてもう一つ、と差し出された書類にはラスリールではなく、辺境伯の名で南部辺境でのアヤカシ退治の依頼が書き込まれてあった。
「先のアヤカシの襲撃以降、リーガ周辺のアヤカシは増加傾向にあるのだそうです。屍人は減っていますが代わりにゴブリンなどが増えているとのこと。冬季で積雪も多く普通の兵士には全体を把握するアヤカシの状況調査が難しいので龍を持つ開拓者に力を貸して欲しいとのことでした」
 どちらも強制力のある依頼では無い。
 どちらに参加してもいいし、どちらに参加しなくても構わないとのことだ。
「もし、我が領に来て頂けるなら歓迎いたします。そうそう、ティアラは一度、辺境を離れ、ジェレゾに戻ることにしたのだそうです。あれは、今もリーガにいますが帰る前に開拓者の皆さんに話がしたいとのこと。もしよろしければ訪ねてやって下さい。どうぞ、よろしくお願いします」
 そう、頭を下げて南部辺境の領主となった青年は去って行った。

 結局のところ、依頼は何一つ失敗したわけでは無い。
 南部辺境を脅かしていたアヤカシは消失した。
 メーメルの姫の結婚話は白紙となり、ティアラ姫もジェレゾに帰る。
 誘拐されたアンナも少女も無事だった。
 けれど、開拓者達の胸には滓のようにわだかまるものが残る。
 解ったこと、解らなかった事、気付いた事、気付けなかった事。
 変わったこと、変わらなかった事。

 もし、この依頼や招待を受けて再び南部辺境を訪れれば、少しは気持ちが晴れるのだろうか?

 依頼書と招待状を見ながら彼らはそんなことを考えずにはいられなかった。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
水波(ia1360
18歳・女・巫
八嶋 双伍(ia2195
23歳・男・陰
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
シュヴァリエ(ia9958
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039
28歳・男・騎
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
今川誠親(ib1091
23歳・男・弓
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂


■リプレイ本文

●終わって、思う事
 後で悔いるから後悔というのだから、後悔というものは後でしかできないものなのだ。
 新しい領主の誕生に笑いさざめく人々の様子に少し安堵しながらも中心に立つ人物を見て開拓者達は考える。
 どうして、こういう結果になったのだろう。と。

 最初に開拓者達が受けた依頼は南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカス。彼の見合いを潰すことであった。
 その見合い相手はジェレゾからやってきた貴族の娘、ティアラ。
 世間知らずで天下無敵の性格ブス。
 その兄であるラスリールは妹の見合いの付添という名目で南部辺境を訪れメーメルの姫アリアズナにプロポーズをする。
 どこからどう見ても好意を持てない二人がきっかけとなった騒動は、南部辺境を長く狙っていたアヤカシとリーガのみならず、メーメルを含む南部辺境を大きく巻き込む嵐となって破壊の限り、暴れの限りを尽くして終息した。
「そう、きっと巻き込まれたのはアヤカシの方。ようやくあのアヤカシを討ち取ることができた‥‥。なのに‥‥悔しさの方が大きいなんて」
 そう吐き出した龍牙・流陰(ia0556)の呟きが開拓者達全ての思いを代弁している。
 最終的に一人勝ちしたのはあの男。
 優雅な笑顔で辺境伯に礼を告げるラスリールであったのだから。
「しかし、陛下の決定とは言え、この流れには納得できませんね」
 リーガ城の謁見室。
 明後日の叙任式に向け挨拶に来たというラスリールを開拓者達は遠くの物陰から、だが視線を外すことなく見つめていた。彼は今後南部辺境の領主となるという。
「私も同意です。もしかしたら何か理由や目的がおありなのかもしれませんが‥‥アヤカシを倒す為ならその過程での手段や犠牲は問わないということなのでしょうか?」
 龍馬・ロスチャイルド(ib0039)やフェンリエッタ(ib0018)の思いはジルベリアという国を愛するからこその思い。
「必賞報罰が成果への慣わしであり成し遂げられた事に関しては表面上喜ばしい事なのでしょうが、その報われる対象が『彼』ならば今までの行動を慮ると先々の状況が不明瞭であろう事が予想されますね」
「但し、それは全てを知る我々だから思い、解る事。何も知らない方達にはまた違って見えるのかもしれません」
 ヘラルディア(ia0397)やフィーネ・オレアリス(ib0409)も口にする納得のいかない思いを理解し、頷いた上で
「だが、奴はそれを実現させてしまった。一つの事に命と知恵の全てを賭けたその執念思いに俺達は負けたんだ。それは認めなくてはならんだろう」
「そうですね。‥‥確かにお見事でした。‥‥でも、シュヴァリエ(ia9958)さん。なんだか楽しそうですね」
 肩を竦めながら告げた八嶋 双伍(ia2195)にシュヴァリエは鎧の下から確かに笑みを形作り頷いたのだった。
「まあな。正直、彼とは二度と会えないと思っていた。彼はアリアズナと心中するつもりだったと、そう思っていたからな。だが蓋を開けてみれば、元気な姿で領主の地位に就こうとしているあいつの姿がある。思わず笑いも零れるというものだ」
「笑い事では無いんですよ。南部辺境を下手したらアヤカシよりやっかいな敵が治めることになったんですから」
 食って掛かるように御調 昴(ib5479)がシュヴァリエを睨むが、その目や言葉に力は薄い。
「でも周りから見たラスリールさんの残した結果は志体を持たない身としては驚異的なもの。関わっていながらアヤカシを倒しきれず、舞台役者にしかなれなかった僕らが何を言っても、周りにどう見えるかは‥‥解り切っていますね」
「私達は、何かの役にたてたのでしょうか?」
 囁くフェルル=グライフ(ia4572)。握り締めた昴の拳も音を立てる。そんな二人の背に水波(ia1360)はぽんと優しく触れた。
「いいところを持っていかれた感はありますが、それも結果でしょう。後、私達にできるのは今後の礎を作る事かと」
 柔らかい笑顔に、開拓者達は顔と一緒に心を上げた。
 今、何を言っても時は巻戻らない。
「そうですね。今はできることをしましょう。これ以上の後悔をしないで済むように」
 動き出す開拓者達と、全てを理解し、噛みしめてなお
「フェン‥‥」
泣き出しそうな顔の姪をウルシュテッド(ib5445)は言葉をかけず、ただ見つめていた。

●伝えられた気持ち
 リーガ城の立ち入りにおいて開拓者はほぼフリーパスになっている。
 無論許可を得ての事であるが、中に入って行った彼達はふと、足を止めた。
「ジェレゾに戻るなど誰が許した? お前の役割はまだ終わってはいないのだぞ!」
 知らない声が聞こえてくる。
 客間の上質な壁や扉を抜けて廊下まで響くその声は、間違いのない怒りを響かせていた。
「そんなこと、お父様に言われなくても解っています!!」
「いや、解っておらん! せっかくラスリールがこの地に領地を賜ることになったというのに、お前が戻ってきてどうする? お前の役目は辺境伯の妻となり、子を産むことだということを忘れたのか?」
 開拓者達は顔を見合わせる。
 反論した声の主は解っている。この部屋の主であり、彼らが訪ねてきた存在でもあるティアラだ。
 ティアラは元々辺境伯の見合い相手としてここにやってきた。
 その目的が辺境伯の地位であり、結婚することでそれを得ようと言う意図があったことは開拓者のみならず全ての人間が知る事であった。
 だが、それをここまであからさまにはっきりと口にする者がいるとは。
「忘れては‥‥いません。けれど‥‥イヤなのです。この地に留まり辺境伯と‥‥ということは‥‥」
 返答の声はいつものティアラからは想像することができない程、囁く様に小さい。
 けれど相手の男。お父様と呼ばれた男性は彼女を叱りつける。
「そんな我が儘が許されると思っているのか?! 女で志体を持たぬお前など、その少しはマシな容姿で有力な貴族と結婚し、姻戚を結ぶ以外何の役にも立たないのだぞ!」
「そんなことは解っています! でも、兄様が南部辺境に地位を得たのなら、もう無理にここで縁を作る必要もないでしょう!
 ちゃんとお父様の言うとおり家の役立つところに嫁ぎます! だから、ジェレゾに帰るのです。新しい縁談を探して下さい! 南部辺境で無ければどこでもいいですから!」
「お邪魔してよろしいでしょうか?」
 会話を遮るようにフィーネはわざと、大きな音で扉をノックし声をかけた。
 瞬間、会話が凍りついたように止まる。
「どうぞ。入って」
「失礼します。ティアラ様。お元気そうで何よりですわ。ご帰郷されるとのことなのでご挨拶に参ったのですがよろしいでしょうか?」
 優雅に挨拶するフィーネや後ろから頭を下げる流陰や双伍をティアラは意外にも素直な笑顔で迎えた。
「いいわよ。と、言うわけです。お父様。お客様がいらっしゃいましたので少し、席をお外し願えませんでしょうか?」
 後半の言葉は「お父様」と呼ばれた人物に言外に出ろと命じていた。
「ふん! 話の邪魔をする礼儀知らずどもが。まあ、良い。ならばティアラ。しっかり帰り支度を整えて置け。私は辺境伯にお詫びを申し上げておく。式が終わったら直ぐに発つぞ」
「解りました。行ってらっしゃいませ」
 ふん! ともう一度鼻を鳴らして去っていく男をやれやれと双伍は肩を竦めて見送った。
 そしていつもと変わらぬ笑みを浮かべ
「お久しぶりです。ティアラ姫」
 その首を垂れたのだった。

「来てくれてありがとう」
 やってきた開拓者達はティアラから発せられた思いもよらぬ丁寧な招き入れにフィーネ以外の二人は目を見開いていた。
「でも‥‥二人?」
「昴さんは御用があるそうです。よろしくとおっしゃっていましたわ」
 フィーネはと言えばぼんやりしている二人をしり目に手土産にと持ってきたチョコレートと焼き菓子を開いてテーブルの上に並べている。
「そう‥‥、あら、美味しそうね」
「ご一緒に作れたら、と思ったのですがお忙しいようでしたので。宜しければお茶でもご一緒して頂けませんか?」
「そうね。明日にはリーガを発つの。だから一緒にお茶しましょう」
 そう言うとティアラは側に所在無げに佇んでいた召使いに何事かを命じて外へと出した。
 ほどなく召使いは茶の用意をして戻ってくる。
 場にカップを置いた彼女が完全に廊下から消えたであろう頃を見計らって
「どうぞ。座ったら」
 声をかけたティアラ。その時にはもうフィーネの手でお茶の用意も完全に整えられていた。
 ぴたりと合った呼吸。いつの間にか培われていた信頼に思わず双伍はぱちぱちぱちと手を叩いた程である。
 フィーネ手製のケーキとチョコレートは文句なく美味で、お茶も美味しかった。
 彼等がホッと息をついた時
「さっきは変なものを見せてしまってごめんなさい。見苦しかったでしょう?」
 ティアラはカップを置きながら三人の開拓者達にそう、声をかけた。
 さっきの、というのが廊下で聞いた言い争いの事を意味しているのだと解り言葉を探す開拓者達にティアラは続ける。
「あれは私達のお父様。私達がこの世で一番。貴方達志体持ちの開拓者より憎んでいる人よ」
「憎んでいる? お父上を?」
 問いかける様なフィーネの言葉にティアラは頷く。
「ええ。そうね。もう最後だから口を滑らせてしまおうかしら。お願いもあるし」
 フフとティアラの唇は笑みを形作る。だが目は泣いている。
 そう感じた開拓者達が思いを言葉にするより早く、ティアラは言った通り口を滑らせた。
「私達の兄弟が何人いるか知っている? ラスリール兄様以外に、兄が二人、嫁いだ姉が二人。それから弟も二人いるのよ」
「は、八人?」
 驚く流陰。双伍やフィーネさえも瞬きをしている。
「そう。そして私達ともう一人の姉以外は皆、母親が違う。正妻ですら今、二人目なの。その理由が解るかしら?」
「まさか‥‥志体持ちを得る為。ですか?」
 問いかけた双伍にそう、とティアラは無表情で答え続ける。
「我が家は元々貴族とは言え決して高い身分では無かった。だから志体を持つ子を得ることで我が家を守ろうとしたのよ。ジルベリアの貴族社会に志体を持たない者は多くいるけどそんな人物が本当の中枢まで登れることは稀。頂点に立つ者は皆、志体持ち、逆に底辺から志体だけで叩きあがることもできる。志体持ちの貴族ならもっともっと高みに登れるはずだと、思ったのでしょうね。実際に、そんな奴らはいくらでもいたし、どんなに努力しても彼らに追い落とされる者もたくさん、いた」
 言いながら彼女の手は震えている。開拓者達はかける言葉もなく彼女の話を聞いていた。
「でもそれだけ子供を作っても志体の子は生まれなかった。余所の家には幾人も生まれているのに。だから、お父様は自らの手で家に志体持ちを生み出せないと思ったと同時、私達を見下した。そして伯母上のように結婚という手段で家を広げようとしたのよ」
「ティアラ様‥‥」
「私は志体持ちが嫌い。志体持ちのどこが偉いっていうの! 志体なんてこの世になければそれだけで差別されることなんて無かったわ。夢を奪われることも、私自身を見て貰えないことも!!」
 いつの間にかティアラの目元から涙が溢れている。
「私には何もできない。でも、兄様は違う。地位を手に入れきっと、これから何かをしようとしている。訳も分からないけど、怖い。もう近寄れないの!」
 フィーネは揺れる肩をそっと抱きしめる。
 その姿に双伍と流陰は初めて気づいた。
 もしかしたらあの台風のごとき行動も、言動も全ては寂しさから生まれたものだったのかもしれない、と。
 友人もなくおそらく母もなく、乳兄弟も死んだ冷たい貴族の家の中。
 家を反映させる結婚の為の駒としてしか見られなかったからこそ、彼女は身を飾ることに執心し、贅沢に溺れ人を思いやることを知らなかった。
 目の前でフィーネに胸を預け泣くティアラは、南部辺境を騒がせた嵐のような強さなど微塵も感じられない、ごく普通の少女に見える。
「ティアラ姫」
 一度だけ目を閉じて、顔を上げた流陰は静かにそう声をかけた。
「謝らなければいけないことがあります。聞いて、頂けますか?」
「な、なに?」
 目元を擦りながらフィーネの胸から離れたティアラは双伍と流陰。二人の方に顔を向ける。
「何かと聞かれれば…今回の一連の事件に関すること全て、でしょうか」
 彼等は顔を合わせると言葉を続ける。
「初め僕たちはあなた方を追い返すつもりでした。この地の厳しい現状を強調し、必要以上に不安を煽ったのもそのためです。‥‥結果的にはそれは思うようにはいかなかったわけですが」
「そ、そんなことは、解っていたわ。貴方達に嫌われてた事くらい。私だって、そこまで馬鹿じゃ無いもの」
 少し強がったように言うティアラに、流陰は笑顔を向けた。彼女を心から可愛いと思ったのだ。
「出来ることならあなた方には少しでも早くこの地を離れて欲しかった‥‥今回のような事件に巻き込んでしまう前に。遅かれ早かれいつかは事件が起こるという予感はありましたから、そうなる前にあなた方を危険から遠ざけたかったのですが‥‥。窮屈な思いをさせてしまったこと、今まであのアヤカシを討てなかったこと、アヤカシを止められずあなた方まで巻き込んでしまったこと‥‥。そして、何より貴女の気持ちに気付けなかったこと。許して下さい。申し訳ありませんでした」
「元気を出して下さい。私は、結構、貴方の事を気に入っておりました。仕事ですので気を引き締めておりましたが、騒がし‥‥賑やかで大変面白い嵐でした。最後はとても可愛らしかったですしね。その涙も含めて」
 双伍の言葉にかあっと、ティアラの頬が赤みを帯びた。いや、朱に染まる。
 可愛い。その言葉と、向けられた真っ直ぐな思いは彼女にはきっと初めてのものであったのだろう。
「な、なにを言って‥‥」
「正直に言えば、今まで戦ってきたどんなアヤカシよりも、あなた方の方がずっと手強い相手でした。えっと、一応は褒め言葉のつもりですよ? まあ、こんなこと言われても嬉しくはないですよね」
「でも再び、お会いできるチャンスがあるかどうか解りませんから、言わせて下さい。大変楽しかった。知り合えて良かった。可愛らしくて素敵なのでそのままでいて下さいね」
「私達は、いつまでも姫の味方であり、友ですわ」
 開拓者達の言葉にティアラはくるりと背を向けてしまう。
「な、何よ! 私は今も、志体持ちなんて嫌いなんだから! でも‥‥」
 ‥‥‥。
 囁くような小さな言葉であったけれど、それを聞き取った開拓者達は破顔する。
「ありがとう」
 彼女の気持ちは、確かに開拓者達には伝わっていた。

●交差する思い
 数日の後。
 南部辺境の小さな町にて式典が行われた。
 ラスリールの領主としての認証式である。
「ここに、皇帝陛下の御名において、汝をこの地の領主として封じるものなり。皇帝陛下にお預かりせしこの地を守り導く事が汝の使命と心せよ」
 首を垂れた青年貴族の肩を辺境伯の剣が叩く。
 そして立ち上がった新たな領主がバルコニーに立った時、この極寒の冬だと言うのに集まった人々は、熱狂にも似た歓声と拍手を上げたのだった。

 仲間達を代表するように式典に参加した龍馬とヘラルディアは、その後、館の一角で行われたパーティにも促され参加することになった。
「納得がいかないという顔をなさっておられますね」
 ヘラルディアの問いに正装で参加していた龍馬ははいとも、いいえとも言わずに前を見つめていた。
 その視線の先には今日の主役、ラスリールがいる。
 表情は終始穏やかだが、その心が表情どおりでは無いことを、ヘラルディアは勿論理解していた。
「正直、納得したいと言う思いでいっぱいですよ」
 胸の中に溢れるもやもやとした思いが消えない。唇を噛みしめた龍馬は知らず、ぼんやりとしていたのかもしれない。
「皆様、ラスリール様がお話をなさりたいとのことです。参りましょう」
 声をかけてきたのが眼鏡をかけ、給仕としてのお仕着せを纏った水波であることに気付いたと側にフェルルやシュヴァリエ達もやってきている事に気付いたのはだから同時であった。
「ああ、ありがとう。今行きます」
 そう水波に礼を言うと、彼は仲間達と共に今日の主賓の元へと近づいていく。
「この度はおめでとうございます」
「あ、皆さん!!」
 明るい顔で開拓者達を見つけたアリアズナは、嬉しそうに彼等に駆け寄ろうとする。が
「アーナ。開拓者の皆も彼と積もる話があるんだから、邪魔しないで」
 と側に仕えていたアンナは使用人とは思えない強引さで、彼女をラスリールの側から引き離した。
 フッと、ヘラルディアも気付く。辺境伯が他の客を遠ざけてくれていることを。
 賑やかな宴席の僅かな狭間。ほんの少し踏み込めば壊れてしまいそうな薄氷の緊張感の前で彼らは
「お久しぶりですね。その節はお世話になりました」
 ラスリールと対峙したのであった。

「報告書は読ませてもらった、体の方はもう大丈夫なのか?」
 素顔を晒し、そう問いかけたシュヴァリエに
「皆さんはどこまでも優しいのですね。‥‥もう心配ありません。ありがとうございます」
 ラスリールはそう笑顔で答えた。
「何か聞きたいことがあればどうぞ。お答えできる限りはお答えしますよ」
 勝者の笑みにも開拓者達は怯むことはしない。
 では、と一歩進み出てヘラルディアは頭を下げた。
「一つだけお尋ねします‥‥。『彼女』が使い分けてたのは何時頃から気付かれましたか?」
 常に柔らかい印象のヘラルディアには珍しい刺すような視線が彼を射抜く。
 ラスリールはフッと笑いながら瞬きするとその目を見つめ返した。
「『彼女』の本当の姿を『知った』のは皆さんとそう大差ありませんよ。本体がか弱く力ないからこそ、本体に戻らなければ使えない力に極力頼らないようにしていた、と言っていましたから。あのアンナという侍女の精神力が予想以上で、憑依できなかったからこそのあれは、苦肉の策であったのでしょうね」
「それが解っていたのなら、何故、もっと別の手を打たなかったのですか? 私には納得できません!」
 怪しく揺れるラスリールの微笑みに龍馬は彼もまた滅多に見せない感情を叩きつけていた。
「貴方によっていくつもの危険な状況が作られた。もし、あの少女達が命を落とす事になっていたらどうするつもりだったのですか! 開拓者の評判が下がれば良かったとでもいうのですか? ‥‥志体持ちを出し抜いて地位を得る事、志体持ちを陥れる事ができればそれでよかったと、例え命を失っても良かったというのですか?」
「龍馬さん」
 フェルルが押さえるように手を差し伸べる。
 葛藤にも似た龍馬の思いを
「貴方達は本当にお優しい。でも、それでは何もできませんよ」
 だがラスリールは一蹴した。
「な!? それは、どういう意味です!」
「貴方は命を懸けても為したいと思う何かがありますか? 私にはあります。私の全てはその為のものです」
 龍馬は自分を見ながら別のものを見ている様な、その瞳に身震いする。
 いや彼の目は確かに『何か』を見つめている。
「誤解しないで頂きたいのは最初からこの結末、結果を望み計算していた訳ではないということです。ただこの胸には揺るがせない決意と願いがある。その為に全てを使う。全てを捨てても。そんな覚悟が貴方達にはありますか?」
 ラスリールの瞳を見れば解る。言葉には嘘はない。‥‥つまり
「つまりお前は開拓者や志体持ちへの恨みではないもっと大きな何かを胸に抱いて、動いているというのだな。‥‥面白い。俺を護衛として雇う気はないか?」
「シュヴァリエさん!」
 熱さえ感じさせる視線の交差。先に目を離したのはラスリールだった。
「ありがたい提案ですが、今はまだ信じられるのは自分だけですよ」
「冗談だ。だが二度とあんな危険な真似はするな、仮にも領主となるのだからな」
「アヤカシ相手の冒険は程ほどにしておかないと取り返しのつかない結果を招きますよ」
 諌めるように告げる開拓者にラスリールは肩を竦めた。
「ご忠告、感謝します。ただ私は私の信じる道を行くだけです。願いを叶える為に」
 そして開拓者に背を向けようとする彼を
「待って下さい!」
 フェルルは声を上げて引き留めたのだった。
「私は式の前、この街を歩きました。皆さん、笑顔でした」
 その時出会った人々の顔を胸に抱きしめるようにしてフェルルは顔を上げる。
「皆さん、貴方に期待しています。貴方を、信じています。だから民の皆さんを想った統治をお願いします」
 真っ直ぐな言葉をラスリールは表向きしっかりと聞いている。
「皆さんを裏切ったら、また参りますから」
「そうだな、もし民に涙を流させる事があれば、俺が許しはしない」
 開拓者達の言葉の終わり、彼は真っ直ぐに顔を上げた。
「肝に銘じておきましょう。私もできるなら、もう皆さんを敵に回したくはありませんからね」
 一礼して、彼は去っていく。
 開拓者達に彼が最後に残したのは驚く程の、柔らかい笑顔であった。

 開拓者とラスリールの会見が終る頃。
 一人の男性がメーメルの姫アリアズナの元へと歩み寄った。
「姫」
「貴方は、確か‥‥」
 侍女がアリアズナを押し出すとウルシュテッドは優雅に頭を下げる。
「我が姪、フェンリエッタから伝言を預かってきた。聞いて頂けないだろうか?」
 ウルシュテッドの真剣な目線と差し出された包み、その両方を見てアリアズナは首を小さく前へと倒した。
 その返答に優しい笑みを浮かべると
「君は恋をしているのかな?」
 そう問いかけた。頬を赤らめる少女にそっと囁く。
「恋は決して悪いことじゃない。それを邪魔したくもない。だが‥‥開拓者とは君が領主になる以前からの縁だと聞いた。
 領主と開拓者、決して近い関係じゃないが、長く付き合えばそれ以上の絆が生まれると思う。皆、君が領主だから心配している訳じゃない。
 フェンは心底から君の友達でありたいと思ってるみたいだしね」
 自分を見つめる真っ直ぐな瞳に大きく深呼吸をして彼は言葉を続けた。
「‥‥どうか君自身でよく考えて欲しい。
 そんな彼らが今尚ラスリールは危険な男だと言う意味を。
 この地の混沌を望み、毎回取り入る相手や状況に合わせ素性を装って来た狡猾なアヤカシが、他の誰でもなく態々彼を選び接触した意味を。何よりも君自身と君が大切に想う者達の為に」
 音を立てる小さな首飾り。
 それを手に握らせて背を向けるウルシュテッドを
「待って下さい!」
 澄んだ声が呼び止めた。
「姫?」
 振り返ったウルシュテッドは少女を見る。そこに立つ少女の瞳は少なくとも、開拓者が心配するほど恋に迷ってはいないように見えた。
「私、ラスリールさんを信じたいと思っています。恋してるのかもしれません。でも、前とは、違う。皆さんの言う事も、私を心配して下さる気持ちも、嘘じゃないって知ってます‥‥」
 だから、と彼女は手の中の包みを握り締めた。
「だから、また来て下さいって伝えて下さい。間違わないように教えて下さい。フェンリエッタさんや‥‥それから‥‥皆さんに。約束しましたから、立ち向かうって。約束してくれましたよね。皆、一緒に戦ってくれるって、だから‥‥」
 上手く気持ちと思いを伝えられないと焦る少女の思いを感じて、理解してウルシュテッドはぽんぽんと、優しくその頭を撫でた。やってきたフェルルも寄り添うように彼女に言葉を贈る。
「前に夢のお話をしましたよね。お互いいつか夢を叶えられるように、頑張りましょう」
 ウルシュテッドは知らなかったろう。以前彼と同じ仕草をした者を。
 彼の言葉と行動はその時に似たぬくもりで彼女の心を暖めたのだった。

 そして式典の終わり、水波は
「待って下さい」
 と『主人』を呼び止めた。
「どうしてもお伺いしたいことがあるのです。どうして、今回の見合いをはっきりとお断りにならなかったのですか?」
 断ろうと思えば断れた筈。それが結果的に今回の件を悪化させたと言外に言う開拓者に彼、南部辺境伯グレイスは大きく息を吐き出し答えた。
「ティアラ姫の事を少し知っていたので気になった、私の行く末を気にする父を心配させたくなかった、理由はいろいろありますが、一番の理由は試してみたかったのですよ」
「何を‥‥ですか?」
「私が結婚を考えられるようになったか、ということをです。結果は、まだまだ、ですね」
「それは、どういう‥‥」
 水波はそう再び問うが、それに再びグレイスの口が答えることは無かった。
 代わりに
「貴方にお願いがあるのですが。聞いていただけますか?」
 と微笑みかけてくる。
 リーガのお仕着せを纏う身にはそれを断ることはできなかった。

●後悔の先の未来
 フェンリエッタは考える。

 いくら考えても靄は晴れない。
 本当にどうすれば良かったのだろうか。
 恐ろしいのはいつだって人の心の闇。
 あのまま死なせては救いがないと思ったのも本当。
 できるなら心を救いたいと思ったのも本当。
 縁談自体が一体なんだったのか。
 護衛より調査を優先した私をどう思ったのだろう。
 どうすることが、一番良かったのだろう‥‥。

「大丈夫ですか? フェンリエッタさん?」
 どうやらアヤカシとの戦いを終えて、一瞬意識を手放していたようだ。我に返ったフェンリエッタはストンと腰を下ろす。
 気遣う様に声をかける昴にフェンリエッタは、瞬きすると大丈夫と笑みを返した。つもりだった。
 顔は笑みをちゃんと形作れているだろうか。
 そう思うフェンリエッタの顔と一緒に心を覗き込んだ様に昴は笑いかけた。
「身体を動かしてもなかなかスッキリしませんね。もう式典も終わったころでしょうか?」
 大きく伸びをして笑う彼の目元には寂しさが確かに湛えられている。
「昴さん‥‥ティアラさんに別れを告げなくていいんですか?」
「いいんです。もう護衛の意味もないし。合わせる顔もありませんから」
 フェンリエッタは顔を背けた。
 彼の心を支配するのはきっと自分のそれと同じ靄なのだ。
「僕は強くなりたいと思っていました。努力もしてきたつもりでした。でも‥‥結果はこう。こんなことじゃ、まだまだ強くなんてなれそうもない、ですね」
「昴さん‥‥」
「だから、せめてものお詫びにここに回ったんです。僕一人でできることはたかがしれていますけど、ずっとここを脅かしてたアヤカシが消えたことで、逆に「餌場」が広がったアヤカシ達が出るかもしれませんしね」
 一時、泣き出しそうに見えた目元がくるりと一回転したのち笑顔に変わる。
「そう、僕にできることなんて本当にたかが知れてます。でも、今できないことも次にはきっとできるようになる。だから、僕は、強くなります」
 目の前の少年の笑顔をフェンリエッタは眩しいと思った。
 思えばこの依頼の最初、彼は本当に開拓者としては駆け出しの存在だった。
 それがいつの間にこれほど逞しくなったのだろうか。
「そうですね。再び幕が開いた時、縁があったら今度は、負けませんよ」
「僕はこれからも戦います。守りたいと思えるものの為に‥‥どんな相手とも。その為にも‥‥もっと力も知恵も身につけなくては」
「あ、皆さん!」
 声に振り返れば、いつの間にか仲間達が集まっている。
「昴さん、これ、ティアラさんからの預かりものですよ」
「えっ? 僕に?」
 双伍の差し出したものを昴は戸惑い顔で受け取った。それは、純白の髪紐。
 リーガを出る直前までティアラの髪を飾っていた三本の髪紐の一本である。残り二本は双伍と流陰の手にある。
「ティアラさん、怒っておいででしたよ。護衛なら最後まで責任を持ってって」
「ありがとう。この地に来れてよかったと、忘れない、とも言って下さいましたわ」
 フィーネの肩にはシルクのストラがふわりとかかっている。
 南部辺境にきた少女がこの地で成長し、出会いを良かったものと受け止めてくれた。
 それは間違いの無い一つの開拓者達の成果だろう。
「フェンリエッタ様、これを」
 水波から差し出された小さな瓶を受け取って、フェンリエッタは首を傾げた。
「かの方から、伝言です『私はまだまだ未熟です。どうかまた皆さんの力を貸して下さい』と。」
 手のひらに乗るほどの小さなそれからは、甘い香りがする。
「これは、ジャム?」
「辺境伯からのお礼であるそうですね。辺境伯は、春、コートが要らなくなる頃、ジャムの瓶が空になる頃また、おいで下さいとおっしゃっていましたね。その頃にはまた動き出すでしょうから」
「南部辺境に医療施設をという計画も認められましたの。まだまだ忙しくなりますわ」
 フェンリエッタの肩に左右から手が触れた。
「彼女もまた来てくれと言っていたよ。間違わないように教えて欲しいと」
「春に、夏に一緒に花と人々の笑顔を見届けに参りましょう」
「叔父上。フェルルさん」
 優しい思いと甘い香りにフェンリエッタは心の靄が晴れていくのを感じる。
 後悔は消えない。
 でも、それに足を取られていては何も救えないのもまた本当なのだ。
「あいつにとって、この結果はゴールではなくスタートなのだろうな、これからラスリールが何をするのか、不謹慎ではあるが楽しみだ」
「次こそは、思い通りにはさせません」
「勿論。奴にも言ったが民に涙を流させる事があれば、俺が許しはしない」
「ティアラ姫にも頼まれました。兄に注意してと」
「やっと取り戻した人々の笑顔、守って、いいえ。護って見せます。必ず」
 誓う様に告げる仲間達の言葉を聞き、フェンリエッタは立ち上がった。
 預かったコートを手に取ることはまだできない。
 けれど彼の優しさを手の中にそっと抱きしめて。
 
 後悔の先、開拓者達は前を向いて歩き出す。
 振り向かず、でも忘れず。

 未来に向かって。