【南部辺境】炎の招待状
マスター名:夢村円
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 難しい
参加人数: 12人
サポート: 3人
リプレイ完成日時: 2011/01/29 04:56



■オープニング本文

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 血と騒乱によって終わった新年の祭り。
 その中で一人の親が叫ぶ声が聞こえた。
「ミューズ! ミューズはどこ?」
 それが、争いの中、子供を呼ぶ母親の声だと知った時、
「子供? まさか‥‥」
 開拓者の一人の顔が青ざめた。
「どうしたんですか?」
 答えたのは唇をかみしめる音と、握りしめたこぶしの音。
 そして、彼は辺境伯に何事か囁くと、仲間たちを城へと促した。
 傷の手当や移動を終え、揃った開拓者達は彼の言葉を聞く。
「ラスリールが、子供を一人浚っていった」
 と‥‥。

 その開拓者はジェレゾでの調査を終えて後、全力で南部辺境へと戻ってきた。
 故に、実はリーガにアヤカシの襲撃が行われている、その瞬間には間に合っていたのだった。
 彼は、直ぐに助けに入ろうと思った訳ではなかった。
 この騒ぎに乗じて何かが起きるのではないかと思ったからである。
 周囲を注意深く探る。増援はないか。何かが城から出てこないか。
 仲間を信じての彼の行動は正解と出る。
「あれは!」
 彼は騒動のさなか、城門をくぐり、馬を走らせる男に気付いたからだ。
「ラスリール!!」
 突然の龍の羽音にラスリールと呼ばれた男は馬を止めた。
 開拓者は龍の上から剣を抜く。
 だが、それ以上は動けなかった。
 理由はいくつもある。
 彼が一人ではなかったから、剣を抜いていたから。そして、その剣がラスリールの腕に抱かれる少女の首に当たっていたから‥‥。
「それ以上、お動きになりませんよう。貴方に私が適うと思ってはいません。剣が震えてこの子の首に触れてしまうかもしれませんから」
「君は‥‥本当に堕ちてしまったのか?」
 そう問う開拓者にラスリールは微笑しただけで、何も返事はしなかった。
「そこを通して下さい。その代り、いいことをお教えしましょう。今、メーメルにもアヤカシが迫っています。急いで行かないと貴方達の仲間や姫の大切な人に危機が及んでいるかもしれませんよ」
「なんだと!」
「さあ、どいて下さい。さもないと!」
「くそっ!」
 一対一でなければ対応の仕方はあったかもしれない。
 悔やみながら彼は龍に飛翔を命じてメーメルに向かった。
 ラスリールは眼下の闇の中、少女と共に消えていき彼はメーメルへと飛んだ。
 そして、仲間の危機を救うことができたのである。
「しかし、奴どころか、アヤカシにも逃げられてしまった。しかも二人の人質まで取られて‥‥」
「彼らはいったい何を目的としているのでしょうか? これだけの事をしてしまっては姫と結婚してこの地を手に入れるなど不可能なのに‥‥」
 開拓者達の作戦でメーメルの姫に起きた縁談が壊れたことは、南部辺境で既に大きな噂となっている。
 元々メーメルの姫の人気は高い。その後、けなげに頑張る様子も相まってラスリールの評判は既に地に落ちていた。辺境伯の実家からの圧力も加われば彼はもう南部辺境を手にするどころか、貴族社会に復帰するのさえ難しいであろう。
 ラスリールは決して愚かな男ではない。
 それを承知で動いたとすれば一体、彼は何が目的で、何をしようとして動いたのか。
 辺境伯、そして開拓者達を悩ませたその問いは、数日後、一通の招待状によって、一つの答えを見た。

 数日後、辺境伯経由でギルドにそれは届けられた。
 メーメルの姫、アリアズナ様と朱書きで書かれた手紙はある種の招待状であったのだ。

「親愛なる姫、アリアズナ様。
 貴方の大切な侍女にして乳兄弟の姫を我らの館にご招待しております。
 彼女は、こちらがお気に入りの様子。どうぞ姫もおいで下さいませ。
 小さな館故、大人数の方へのご招待の用意も整っておりませんので。
 どうか姫、お一人で。
 心よりお待ちしております    ラスリール」

「これは、招待状ではなく、脅迫状ですね」
 開拓者の言葉にギルドの係員は頷いた。
「指定の場所はリーガとクラフカウのちょうど中間くらいにある小さな砦だ。先の乱で破壊されて軍事拠点としてはの意味はなくなって放棄されたが、居住部分は残ってるらしい。そこに潜り込んでいるようだな。奴らは‥‥。ちなみに姫は乳兄弟をなんとしても助けに行きたいと言っている。だが、辺境伯は止めている。確実に罠だからな」
 一人で来いと言われているからといえ、姫一人で本当に行かせたらどうなるかなど、考える必要もない。
 だが、指示に従わなければ連れ去られたアンナの命は消されてしまうことだろう。
「辺境伯からは、この砦近辺のアヤカシ退治として依頼が出ている。先に新年会を襲ったアヤカシの残党がこの辺に逃げ込んだらしいから調査、退治してくれとのことだ。‥‥意味は解るな?」
 開拓者達は頷きあう。
 これは、きっと最初で最後のチャンスになる筈だ。
「南部辺境を脅かす敵を倒して下さい」
 決して負けることの許されない戦いを前に、開拓者達は目を閉じる。
 開拓者達にとって敵は、いったい誰だろうか。
 と‥‥。

 打ち捨てられていた筈の砦に紅い炎が爆ぜている。
 それを見つめる男が一人。その横には三人の少女達。
『何を睨んでいる? 炎の中に何か見えるのか?』
 少女の一人が男に問うた。
「私の望みが」
 炎にかける願いはないと言った男の目の前で炎はさらに激しさを増す。
 彼の心の中で燻っていた小さな炎が、今、アヤカシと開拓者いう風に煽られて大きく、高く、周囲を巻き込んで燃え上がろうとしていた。


■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
龍牙・流陰(ia0556
19歳・男・サ
水波(ia1360
18歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039
28歳・男・騎
フィーネ・オレアリス(ib0409
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444
21歳・男・騎
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
御調 昴(ib5479
16歳・男・砂


■リプレイ本文

●決戦前夜
 南部辺境の新年は、アヤカシの襲来という冬の嵐と共に始まった。
 新年の祭りは崩壊し、それに大きく関わったと見られる辺境伯の見合い相手の兄ラスリールが一人の少女を連れ去って闇に消えた。
 メーメルではメーメルの姫アリアズナの乳兄弟がアヤカシと共に姿を消し、アリアズナを誘い出す餌とされている。
 ある意味祭りを守ると言う依頼を果たしきれなかった開拓者達であるが辺境伯は今回の一件に関して、何一つ、開拓者達を責めることはしなかった。
「グレイス様」
 リーガを訪れた開拓者達に対して、無言で微笑し出迎えた。
「どうかお願いいたします‥‥」
 全面的に約束された協力、準備された品や調査。
 それらは開拓者達にとって、決して喜ばしさや安堵を与えてはくれなかった。
「ラスリール兄様がアヤカシの手に落ちた? 嘘よ! そんなこと!! デタラメ言わないで! 兄様はアヤカシに捕えられえているのでしょ! とっとと兄様を連れ戻してよ!! 役立たず!」
「ティアラさん‥‥」
 そう言って泣きわめき、物を投げつけ、騒ぐラスリールの妹姫ティアラに御調 昴(ib5479)はおろおろと、かける言葉をフィーネ・オレアリス(ib0409)が優しく宥めるまで探すこととなってしまった。その騒ぎは他の開拓者にも容易に伝わるほど。
 けれど
「役立たず、ですか‥‥」
 吐き出すように呟く龍牙・流陰(ia0556)は胸元で強く手を握り締めている。
「ああして、責められた方がよっぽど楽かもしれません。思い知りましたよ。志体持ちだと言っても結局のところは人より少し力が強いだけ‥‥。ここまで事態が悪くなるのを阻止することもできなかったなんて!」
 その言葉を否定できる者も、慰めを言う者もいない。
「もう、引き返せぬ所まで堕ちましたか。これも、私達の不徳の致す所‥‥」
「しかし、奴の目的はなんだ? 一体、どうしてこんなことをしでかすまでになったんだ?」
「確かに。こんなことまでして、ラスリールさんはアヤカシと組んだという事もしれるでしょうし、実権を握る事はもう無理な筈‥‥。それでもこういう事をしたのは、ラスリールさん、もう自分自身の安否はどうでもいいつもり、なのでは‥‥」
 秋桜(ia2482)、ニクス(ib0444)、昴の呟きに
「本当に何故でしょう? 脅迫状は姫を確保する為のもの‥‥というのは勿論ですが、そこで開拓者が動く事になるのはやはり承知の筈。最初から開拓者に対する誘いのような気もします。彼が何を望んでいるのか‥‥それがまったく見えてこない‥‥」
 フェンリエッタ(ib0018)の言うとおりラスリールの思惑については答えの出ない堂々巡りが続く。
 それがある程度の時間を消費した時、八十神 蔵人(ia1422)は頭を掻きながら、ばっさりと切り捨てた。
「結局、ラスリールの行動の原因なんざ、いくらここで考えても解らんの同じなんや。今は、もう姫ガードしつつ、アヤカシをあの世に送る事だけをかんがえよ」
 仲間達に冷静でありながら射抜くような目で告げる蔵人に開拓者達はそれぞれの思いを口に紡ぐ。
「あの世にというのはラスリール卿も含まれているのでしょうか?」
 そう問うたのは水波(ia1360)であった。同じ思いを口に出さなくてもフィーネや他の開拓者も持っていることは解っていた。
「そうや、と言ったら?」
「私はラスリール様を含む全ての方の生還を望みたいと思うのです」
「人は過ちを重ねます。それでも、私は心の魔を祓い大切なものを思い出して欲しいのです。捕縛して裁判にかけるのが正しいあり方のように思います」
 彼女らの言葉に蔵人は困ったように頭を掻いた。
「勿論、それができれば一番や。でもな。それに拘りすぎてまたアヤカシを逃がしたりしたら元も子もない。それだけは覚えておいてくれへんか?」
「解っております。ですが、先に皆さんもおっしゃられました通り、強引というか雑というか、自己破滅を望んでいるようにも見受けられる行動に思われます。そのまま死なせてしまうのも救いがないと思うのです」
 水波の優しさにフェンリエッタは心の中で頷く。
 彼が何を思って今回の行動に至ったのか解らない。だが、ここで彼を死なせてしまったら、きっと命も心も救われない。
 彼だけではなく、ティアラ姫もその家族も。
 そしてそれは同時に彼等だけでなくアンナやアリアズナにも言える事である。
 もし、アンナを救出できたとしてもアリアズナを始めとする誰かの犠牲があれば、アンナは苦しむ。
(「自分のせいで、と思うことがどれほど心を傷つけるか‥‥そうして生きる事がどれ程辛いか。その中で、私ができることは‥‥一体?」)
「まずは、砦の建物の配置確認だ。それから、役割分担を決めよう」
「周辺地形の地図も頂きました。」
「奇襲班と、救出班に分担した方がいいですね」
「では、私の役割としては奇襲して雑魚の掃討ですね。本命は別にありますし、出来るだけ気を引けるよう派手に暴れるとしましょう」
「本体はモヤですしね。捕えることもできませんから確実に消滅させるとして‥‥ん?」
 フェルル=グライフ(ia4572)や長谷部 円秀(ib4529)達が真剣に相談を始める中、何か考えに耽るフェンリエッタを会話に加わりながらも龍馬・ロスチャイルド(ib0039)はじっと見つめていた。

 打ち合わせを終えた開拓者達をリーガの一室で待っていたメーメルの姫、アリアズナは開口一番、こう告げる。
「私はアンナを助けに行きます。どうか、止めないで下さい」
 開拓者に止められると思ったのだろうか。揺るぎない決意を湛えた瞳で彼女は開拓者を見つめる。
「アンナは私にとって、もはやたった一人の家族です。我が儘と解っていても見捨てることはできません」
 その思いが固いものだと解っているからこそ‥‥
「姫‥‥」
 彼女の前に歩み寄り、立った龍馬は跪きその手を恭しく取った。
「むしろ、こちらからお願い申し上げます。どうか、お力をお貸し下さい」
「えっ?」
 アリアズナは瞬きする。
 彼女はてっきり、開拓者達は自分を止めに来たか、見張りに来たのだと思ったのだろう。
「皆さん‥‥アンナ救出に手を貸して下さるのですか? 私、てっきり‥‥私を止めに来られたのだと‥‥」 
「あっちゃん、止めたら行くの止めるんか? やったら止めてもええけど?」
 首を大きく横に振るアリアズナの頭をぽんぽんと撫でるように蔵人は叩いた。
「それなら、わいらは全力でその手伝いをするだけやからな。‥‥だがな、これだけは言うとく。敵は人に憑りつくアヤカシや」
 言葉の前半と後半を告げる蔵人の表情はまるで違う。
 アリアズナはまるで見えない敵を睨みつけるかのような蔵人の目にごくりとつばを飲み込んだ。
「つーわけで約束するんや。城に帰るまでラスリールの他にアンナ達にも近寄るな。多分、魅了されてるやろしアヤカシが一人とも限らん。人質に憑りついとる可能性がたかいやろけど、その意表をついてラスリールにってこともあるかもしれん」
 何かあったら近くの開拓者の元に迷わず逃げ寄れと言い聞かせる蔵人に、アリアズナは
「はい」
 頷いた。
 元より芯は強い姫である。最悪の時の心づもりはできてるのだろう。
 無論、心づもりと願いは別のものであるが。
 そうして、フェンリエッタは告げる。
「それから、もう一つ約束。絶対に無茶はしない事。アンナが助かっても貴方が敵の手におちたら南部辺境は大変な事になる。そして‥‥アンナも心を痛めてしまうから」
「はい」
 もう一度、はっきりした声が答えた返事にフェンリエッタは微笑した。
「私は皆の命も心も助けたい。でも一人の力では成し得ない事‥‥どうか協力をお願い」
「はい!!」
 三度目の返事は、まっすぐで揺るぎない心もそのままの言葉。
 それを受け止めて、開拓者達は、作戦の全てをアリアズナに伝えたのだった。

 そして、全ての相談と準備を終えた出発前夜。
 恐ろしいほどに晴れ上がった満天の空の下。
「嫌な‥‥予感がします。何かを見落しているような‥‥、忘れているような‥‥」
 不思議な胸騒ぎに襲われたヘラルディア(ia0397)は目をつぶっても消える事のない不安を思わず空に呟いた。
「何を、ですか?」
 その呟きを耳に止めたのだろう。そう問いかけたフェルルにヘラルディアは何でもありませんと首を横に振った。
「先日の宴では拉致を許してしまい痛恨でございました。汚名返上を望むのですが、何か思い出すべきことがあるような気がしてならないのです。ただ、それが何か解らなくて‥‥」
 そう。彼女自身もその理由が解らない。だから、上手く言葉に言えなかったのだ。
「そうですか」
 と笑ってフェルルは追及をしなかった。
 代わりに空を仰ぎ、まるで星に、自らに誓う様に、祈るように思いを紡ぐ。
「もう誰の命も奪わせずに、南方に影を落とす敵を断ちます! 明日は頑張りましょう」
「はい」
 ‥‥後にヘラルディアは思う。
 あの時、もし、何かに気付けていたら別の結末を迎えていたのだろうか? と。
 気付くチャンスを持っていたのは自分だけでは無かったのか、と。

 そしてそれとほぼ同時刻。
『本当に、お前の言うとおりメーメルの娘はここにやってくると思うのか? たかだか、一人の女の為に』
 凍りつくように凍えた空気の中、そんな声が闇の中から響いた。
「必ず来る。そして、彼女を救う為にその身を投げ出すことだろう。人間というのは、そういうものだから」
 それに答える男を、闇の中から歩み出た少女はあからさまに嘲笑した。
『ふん、その人を裏切ってここにある者が偉そうなことを言う‥‥、人がそれほどの力を持つと言うのか? 人など皆、我々の餌に過ぎないと言うのに』
 伸ばした手に答えるように膝を折った男の首に少女は手を当てた。
 見えない何かが男から少女に流れていく。
 微かに呻いた男の頭が微かに揺らぐが、その瞳は揺るぎなく目の前の存在、つまり自分を見つめている。
 それに気付いて少女は楽しげに笑った。
『まあよい。私の目的はこの地が再び血に染まる事。‥‥ふふ、優しき領主が一転して戦を命じるようになれば、人々の恨みも憎しみもさぞ増えることだろうな。そうでなくても、より良い身体を得られるなら、それは今後の役にも立つ。お前が私の役に立つならその日までお前はもう少し生かしてやろう。望みへの力を貸してやってもいい。ラスリール。だが‥‥裏切るなよ』
 念を押すように去って行った少女を見送ったラスリールは、何も知らずに眠る二人の少女を見つめ目を閉じたのだった。
 彼の、自分の全てを賭けた行動の、結果が出る日は、もう明日に迫っていた。

●運命の日
 早朝、リーガを出発した開拓者達は昼少し前に、目的の場所に到着していた。
「あそこが、指定された砦、ですね。砦というより館、という感じですが‥‥」
 辺境伯から預かった見取り図を確認しながら、流陰が呟いた。
 そこは、元々リーガとクラフカウを繋ぐ中継地点として使われていた砦であるという。
 周囲を取り囲んでいた城壁は既に破壊されており、見張り台も崩れてはいるが、その横の住居部分は大きな損傷は無いようだと言う。
「詳しい人の話では、この入口を入って直ぐの所に、広間のようなところがあると言うことです。侵入経路は入口からと、裏の通用口と、後は壊れた見張り台への通路の所と‥‥」
 建物と地図を交互に見やりながら、開拓者達はそれぞれの役割を確認し始めた。
 時間は、あまりあるとは言えないからだ。
「しかし、寒いな‥‥。ティアラ姫を連れてこなくて良かった」
「姫、大丈夫でございますか?」
 気遣う秋桜に大丈夫と、アリアズナは答えるが、声と肩は震えている。
 ジルベリアの一月。
 極寒の雪の森、開拓者達が防寒を整えてもどんなに息を潜めても口から白い息が吐き出されるのを止めることはできない。
 アリアズナはともかく、箱入り姫、そのもののティアラにはとても耐えることはできなかったろう。
『絶対に、私も行くわ! 兄様がアヤカシに付いたなんて、絶対に信じられないもの!』
 下手すれば無断ででも後を追いかね無かった彼女を留めたのは
「私達を、信じて下さい。そして‥‥信じるという気持ちを、忘れないで‥‥」
 そう言ってティアラを抱きとめたフィーネの思いが通じたからに他ならないが、果たして
『兄様、もう止めて。帰ってきて!』
 と告げたティアラの思いは果たしてラスリールには届くだろうか?
「フェンリエッタ。ティアラの方は大丈夫だな?」
 確認するように言うニクスの言葉に、フェンリエッタは強く、頷く。
「ロゼお姉様とテッド叔父様、それに鴇閃(ia9235)が付いています。大丈夫です」
「解った」
 名を挙げたファリルローゼ(ib0401)とウルシュテッド(ib5445)、鴇閃。
 フェンリエッタが絶対の信頼を捧げる相手がリーガを守っている。
 万が一、アヤカシがティアラやリーガ、メーメルを狙っても対処はできると信じられる。
 だから、開拓者達は後ろを向くことは一切しないと決めたのだった。
「それじゃあ、最終確認や。救出班と、奇襲班に分かれる。奇襲班は日中に雑魚を掃討し、そして夜、あっちゃんが城に入ったタイミングを見計らって救出班が突撃する。奇襲班は外で囮もかねて夜も暴れてくれるとなおありがたいってところやな」
 蔵人の確認に開拓者達はそれぞれが、頷きあった。
「なら、表は任せて頂きましょう。例え、多少、苦戦していようと気にすることはありません。自分達のやるべきことを成し遂げる。それだけに皆さんは全力を注いで下さい」
 円秀の言葉に頷くように、流陰、昴、そしてフェルルが立ち上がった。
「アヤカシの数は二十を超えます。皆様、お気をつけて‥‥」
 水波が祈るように声をかけた。彼女にはもう周辺に漂う屍人の瘴気が感じ取れている。
 立ち上がった開拓者達にもそれは解っているだろう。
「大丈夫ですよ」
 太刀「阿修羅」を構えた流陰は微笑み、
「もう誰の命も奪わせずに、南方に影を落とす敵を断ちます! その為に、全力を尽くします!」
 決意を自分自身に言い聞かせるようにフェルルは口にした。そして
「アンナさんと、アリアズナさんをお願いします」
 昴はそう仲間に頭を下げると銃を握り締めた。
「私が先導いたします。砦周辺の地形、その他は頭に入っていますから」
 秋桜が促す手に頷いて、円秀は刀を抜き放った。雷が刀に降りて、放たれる!
「今までのツケは責任もって清算するとしましょう。‥‥立ちふさがるものは…すべて斬る!」
 戦端を開いた円秀達を見送りながら、
「必ず‥‥助け出して見せますよ‥‥」
 アリアズナと、仲間達、そして自分に言い聞かせるように彼等はそう言って手を握り締めたのだった。

●裏切りのラスリール
 外でのアヤカシ掃討を受け持った開拓者達は、数倍の数の敵との戦いになんとか勝利した。
 だが、彼らの役割はそれで、終わりでは無かった。
「まだ、動けますか?」
 流陰の問いに、開拓者達はそれぞれの武器に力を入れて頷いた。
 そうして、砦の砲を見る。
 白い雪明りの闇の中、一人、小走りで駆け寄って扉を叩く女性の姿が見える。
「なら、行きましょう!!」
「はいっ!!! 待って下さい! アリアズナ姫!」
 大きく昴が声をかける。扉が開けられるタイミングに合わせ、開拓者達はその後を追うふりをしたのだ。
 声に反応して引き寄せられるように砦の壊れた塀の内周から再び屍人が姿を現す。
「さて‥‥またも屍人とはね‥‥ここでもう一度死んでもらいますよ?」
 先ほどではないが、自分達より多い数の敵を怯まず開拓者は睨みつけた。
「今まで沢山の人がその欲望で命を失いました‥‥もうこの件で誰も泣かないように、参ります!」
 刀に焔を纏わせて、フェルルは仲間達とさらなる敵の中に踏み込んで行った。

 鳴り響く、鉄の音と銃声。
 彼らの戦いの様子は、言葉と共に中にもはっきりと聞こえてきていた。
「やはり、お一人でというお約束は守って頂けなかったようですね」
 それに耳を傾けたラスリールは寂しそうに微笑する。
「ラスリール様‥‥、どうして、こんなことを‥‥」
 アリアズナもまた鏡に映したように同じ表情をした。
「私は一人で来ました。一人で来るのは勿論止められていましたけど、貴方を心配するティアラさんが来るのを助けてくれたのです!」
「そんな言葉を我々が信じるとでも? それに、理解して下さい。もう貴女は私達の手に落ちているのだと言うことを」
 そう言うと、ラスリールは強く、アリアズナの手を引き寄せ彼女を後ろ手に抱きすくめた。
「お約束通り、アンナさんは無事です。魅了されているだけに過ぎません。ほら、あそこに‥‥事が終われば無事お返ししますよ。ですが‥‥貴方はそうはいきません。ねえ?」
 首筋にかかる吐息に、アリアズナは身を震わせた。強い力に身をよじらせることさえできない。
 開拓者をアリアズナは信じている。だが、一瞬でも開拓者の目が自分から離れた瞬間が、今の状況を作ったことに彼女は、今、恐怖していた。
 人質の無事を砦の中に入る前に確認するのが理想であったのに、中に連れ込まれてしまったこと。そして、確保されてしまったことは予想外であると言えた。
 それに考えてみればアリアズナから仲間を呼ぶ合図のタイミングを決めてはいなかった。
 その時
『ラスリール!』
 部屋の奥、黙って彼らの様子を見ていた少女がラスリールの名を呼んだ。
 少女は微笑を浮かべながら、こちらに近付いてくる。
 見かけからは想像もつかない、圧迫感を感じる。近づいてくるのが自分の死にしか見えなくてアリアズナは悲鳴を上げた
「た、助けて!!!」
 屋敷に響く声とほぼ同時、
 ゴオオオ!
 屋敷に何かがぶつかるような衝撃が彼等を襲った。そして
「そこまでです!!」
 瞬間、開拓者達が飛び込んできたのだった。
 裏口と、入口と、壊れた横。
 飛び込む場所は違っていたが彼らの行動は一貫していた。
 最優先は人質の確保。
 突入から一歩も足を止めることなく、その目的に突入した。
 広間の中にいるアヤカシの気配は三つだけであった。そして護衛と言えるのは屍人が二体だけ。
「お二人は、おそらく、魅了されているだけ! 瘴気の塊は、中央の少女です!」
 水波が声を上げるのに間を開けず、龍馬はアヤカシを切り捨てるとぼんやりと立つアンナを抱き寄せた。
「許して下さい」
 抵抗の薄い彼女を手早く縛り上げると、今度は蔵人が意識を刈り取ったもう一人の人質の少女も同じようにする。
「大丈夫でございますか?」
「大丈夫です。この二人を頼みます。私は向こうを」
 駆け寄ってきた巫女二人に少女を託すと、龍馬は中央を見た。
 人質確保が成功した反面、中央は一種こう着状態にあったのだ。
 既にアリアズナを確保して0距離にいるラスリールには下手な攻撃を仕掛けることができない。
 フェンリエッタの足元で、忍犬も戸惑う様に唸り声をあげていた。
 出口をふさぎながら銃を構えるニクスの動きを計算しているかのようにラスリールはアリアズナを真正面に向け盾にしている。
 勝負は一瞬で仕掛けないと、彼女が危ない。
 二人は瞬きすることもせずに、ひたすらタイミングを見計らっていた。
 そして広間の中央では、蔵人が‥‥一人の少女と相対していたのである。
 彼女は彼等が知らぬ存在であった。フェンリエッタが調べた行方不明者の中にも見つからなかった名も知れぬ少女。
「そこから、出てくる気はないんやな?」
『私に、攻撃を仕掛ける気か? 命知らずな奴だな』
「身体を盾にしようとしても無駄やで。わしらの依頼内容は南部辺境を脅かす物の排除。人質の救出は入っとらんさかいな!」
 槍を大降りに振って蔵人は、少女を威嚇する。だが、少女は怯えた様子もなく笑うだけであった。
「やはり無理か‥‥救出を断念、依頼遂行を最優先や。龍馬!!」
 蔵人の声に弾けるように飛び出した者がいた。龍馬は少女の背後に立つと後ろから手加減なしのシールドノックをかけたのだ。
『うわああっ!』
 転げる少女の足を見逃さず蔵人が地面に縫いとめる。
『キャアア!』
 甲高い悲鳴が響き、恨みがましい目で少女は蔵人を見上げた。
「この気は逃さん。あっちゃん、ごめんなさい」
 蔵人の武器から青白い光が上がる。そして、その武器が少女に振り下ろされようとした瞬間であった。
「‥‥がっ!!!」
「蔵人さん!」
『愚か者が。この身こそが我が本性。術も人も、か弱き人の器とは比べられぬと知れ』
 開拓者達は声を失った。今まさに少女に切りかからんとしていた蔵人が、そして彼に駆け寄ろうとした龍馬が、突然、動きを止めたのだ。
『さあ、お前達。私を守れ。敵は向こうだ。‥‥倒せ!』
「どうしたんです? まさか?」
 瞬きするフェンリエッタは一瞬、アリアズナとラスリールから視界が離れた。
「魅了の術? まさか??」
 だから、その瞬間を見ていたのはニクスと、巫女二人だけであったろう。
「えっ?」
 瞬間、ラスリールが動いた。
 アリアズナをフェンリエッタの方に突き飛ばすと、広間の中央に向かって駆け出したのだ。
 彼は剣を構えている。
「止まれ!! 何を狙っている!?」
 ニクスが気付いて銃を構え発射した。だが、肩を射抜かれても彼はその足を止めることをしない。そして!!
「なに!!?」
 龍で突撃したフィーネや外のアヤカシを倒し終えた開拓者達が中に入った時、そこに彼らが見たのは想像もしない光景であった。
「ラスリール‥‥さん?」
『ラスリール、お、お前!!』
 それは少女の首に深く、剣を付きたてたラスリール。
 そして『少女』はその剣を刺したまま憤怒の表情をラスリールに向けた。
『こ、このおおお!!』
 アヤカシの手がラスリールの胸ぐらを掴み持ち上げる。
 暗い何かがラスリールからアヤカシへと流れ込んでいく。
「アヤカシが、ラスリール卿の生命力を吸い取っています!」
 やがてラスリールが唸りを上げて膝を折った。
 それでも、振り絞るような声でラスリールは告げる。
「か、開拓者の皆さん。その少女は、憑依体では、ありません。アヤカシの本体そのもの‥‥倒すなら、い‥‥」
『裏切るつもりか。貴様あああ!!』
「ラスリール様!!!」
「姫!」
 少女、いや、アヤカシの手がラスリールを地面に叩きつける。
 駆け寄ろうとするアリアズナ。
 アリアズナに手を伸ばそうとするアヤカシ。
 けれどフェンリエッタが身を挺してアリアズナを静止した。
 ラスリールにはフィーネが駆け寄り、さらなる攻撃から庇う。
 と、同時、開拓者達は己の武器に力を込めた。
「そう言う事なら、手加減はいらないな」
「良くもやってくれたな。わいに術かけようなんざあ、ええ度胸や」
 銃を構えるニクス、既に魅了の呪縛から解放された蔵人と龍馬もその力のすべてを武器と技に乗せようとする。
『あ‥‥や、止めろ!!!!』
「誰が止めるかああ!!」
「今回こそ逃しません!」
「闇に帰れ!!」
 後方から雷鳴剣の響き、と銃声、戦塵烈波の衝撃も彼らを援護する。
 彼らの渾身の攻撃が、アヤカシの身体に吸い込まれていく。
『こ、こんな! バカなあああ!! ぐああああっ!!』
 断末魔の悲鳴が、砦全体に響き渡り、彼らは荒い息を吐き出した。
 南部辺境を脅かし続けたアヤカシは、その名も正体も明かさぬまま瘴気に還っていく。
 憑依の靄の時とは明らかに違う、間違いのない消失であった。
「勝った‥‥のでしょうか?」
「その‥‥ようですね」
「ラスリールさん?!」
 アヤカシ消失までアリアズナを庇っていたフェンリエッタは、そのか細い声に我に返って振り向いた。そこには肩から血をしたたらせたままフィーネにもたれかかるラスリールがいる。
「よ‥‥かっ‥‥た」
「ラスリール様!! しっかりして下さい! ヘラルディアさん! 水波さん! 手当てを、早く!!」
 フィーネは仲間を呼びながら、ラスリールを支えている。
 駆け寄る開拓者達。
 だが、彼らの幾人かは足を止めて息を呑みこんだ。
 意識も途切れかけているその瞬間であると言うのに、彼はその目と口元に勝ち誇った笑みを浮かべていたからである。

●賭けの結果
「しっかりして下さい! ラスリール様!!」
 地面に崩れ息を荒げるラスリールに、アリアズナは必死の表情で駆け寄って声をかけた。
「ご安心なさって下さい。必ず、お助けしますから‥‥」
 水波とヘラルディア。巫女二人がかりの治癒は言葉通り、ラスリールの零れかけた命を確実に繋ぎ止め結びあげていく。
「もう、大丈夫ですわ」
「アリアズナ‥‥姫、ご無事で良かった」
 意識を回復したラスリールは横で心配の表情を浮かべるアリアズナにその整った頬を緩めて見せた。
「騙すような事を言ったり、‥‥大事な方を危険な目に曝すようなことをしたことを、お許し下さい。‥‥噂に聞く南部辺境を狙うアヤカシが、接触をしかけてきた時、これは姫を救い、守るチャンスだと思ったのです。‥‥ただ、私には一人で、アヤカシを滅する力は‥‥ありません。だから‥‥」
「もう、お話にならないで! 貴方のお気持ちは良く解りましたから」
 ラスリールの手を握り締めるアリアズナの髪をラスリールは優しく撫でる。
「姫、プロポーズは一度、取り下げさせて下さいませんか?」
「えっ? どうして? 私の事がお嫌いになったのですか?」
 目元に涙を浮かべるアリアズナにラスリールは勿論違うと笑いかける。
「私はアヤカシを倒す為とはいえ、一時はアヤカシに通じさえした者です。‥‥どのような処罰をうけるやも解りません。ですが、もし、地位を得て戻ってくることができたら、貴方と同じ立場に立てたら‥‥その時、もう一度恋から始めさせて頂けませんか?」
「は、はい。喜んで‥‥」
 涙ぐみ、微笑むアリアズナ。彼女の返事に満足そうに微笑んで目を閉じるラスリール。
 感動的なシーンに見える。知らない者が見れば
 だが‥‥
「フェンリエッタ。水波。あっちゃん連れて先に戻っといてくれるか? アンナとミューズだっけ? 子供らはわいらがちゃんと連れて戻るさかい。こいつとちょい、はなしがしたいんや。‥‥後で、ちゃんと詳しく話す」
「は、はい‥‥」「解りました」
「ラスリール様! 私からもラスリール様をお助けできるよう動きます。だから、お約束忘れないで下さい」
「ありがとうございます。必ず‥‥」
 心配そうに幾度も振り返るアリアズナの姿が完全に消えたのを確かめて、さて、と蔵人はまだ横たわるラスリールを見下すように見下ろした。
「とりあえず、助けて貰ったことには礼を言おうか。まさか、あの子供が本性だとは思いもせんかったわ。ありがとうございました」
「棒読みですよ。でも、礼を言う必要はありません。私は、私の目的の為にやったことですから」
「考えてみれば、あの靄が正体だと誰が言った訳でもありませんでしたね。どうして、そう思い込んでしまったのか‥‥」
「憑依を得意とするアヤカシは、相手を殺してから乗り移るのだそうですよ。だから、優れた能力者や、地位のある者の身体がいいと、言っていましたっけ」
 目を閉じたまま微かに緩んだ口元はさっきアリアズナに見せたモノとは全く違う、意識消失の直前と同じ笑み。
 それを再び見た瞬間、開拓者の何人かは理解した。いや、確信した。
「で、どこからや?」
 今回の事件、状況全てがラスリールの計算であったのか、と。
「わざわざ不利な状況下を作り出し、我々と姫をこの場におびき寄せたのも、全ては目撃者作りの為ですか?」
 龍馬の問いに彼は答えない。ただ、ゆっくりと開いた目と、そこに浮かんだ光は彼の答えを言葉よりはっきりと物語っていた。
「どうなさいます? 誘拐の現行犯で逮捕でもなさいますか?」
「けっ!」
 足元を強く蹴りつけて蔵人は唇を噛む。いくらそうしたくても、できはしないことを解っている上での言葉であることは明らかで怒りを隠せなかった。
 結果的に開拓者の思い込みから生まれたピンチをラスリールが救ったのは事実であるし、アンナも誘拐された子供も無事だった。
 先の祭りでラスリールが言ったように彼は今回の誘拐以外、明確な罪を犯してはいないし、その誘拐もアヤカシを倒す為だと言われればむしろ危険を顧みず敵を倒そうとした英雄と見られることだろう。
「人に憑依し、人権を無視し尊厳を踏みにじるアヤカシを、‥‥そんな物を、貴方は己の目的の為に利用した、というのですか?」
「アヤカシはそんなに簡単に利用できるものではありません! そんなことをしていたら、最後は貴方自身望まない結末を呼びますよ!」
「勘違いしないで下さい。そんな事は身に染みて解っています。ここに至るまで何度死を覚悟したかなど数え切れませんからね。差を分けたのは、本当に少しの事。‥‥紙一重であったと知っていますよ」
 ラスリールの言葉に主語は無い。
 だが、その目がアヤカシとの関係を言っていることは間違いがなかった。
「なら、何故!!」
 飛びかからんばかりのフェルルを秋桜は止めるが、彼女の目も同じ思いを浮かべている。
 それは、他の開拓者達も同じである。
「私の‥‥目的の為に」
 ラスリールはそれだけ言うと目を閉じた。唇も固く縛られ、もうこれ以上を聞き出すことはできないだろう。
 ニクスと円秀が肩を貸し立たせたラスリールと共に、開拓者達は砦を後にする。
 アンナと、ミューズと呼ばれた少女はフェルルと秋桜が連れて行く。

 南部辺境を脅かし続けた闇の一つが、ここに消失した。
 しかし、開拓者達はまだ終わらぬ嵐の気配を確かに感じていたのだった。
 他ならぬ、自分達の真横に‥‥。