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■オープニング本文 前回のリプレイを見る かつて、ある採用試験があった。 下級役人ではあるが、一般から広く公募され採用されれば平民でも上に登れるかもしれないと多くの者達が期待に胸を膨らませたという。 その試験に賭けた人物がいた。 今まで仕えていた家を体調を崩して辞し、その後、床に着くようになった母に少しでも楽をさせようと全力で彼は試験に臨んだ。 彼は勝算があったという。 最後まで残り、合格の手ごたえを感じていたのに最後の最後で彼は不合格となった。 合格したのは志体を持つ若い貴族の青年だった。 母親は不合格の知らせとほぼ同時に亡くなり、彼は絶望のあまり自らその後を追った。 葬儀の会場で、花を手向けた貴族の兄妹に葬儀にやってきた合格者は二人と、死んだ青年を見下して笑ったという。 ある開拓者が聞いた情報の一つ。 それはきっと全ての始まり、ではないが一つのきっかけではあったのかもしれない。 それは、ある開拓者からの情報であったという。 「既にリーガ城の中にアヤカシが潜入している、と?」 係員は開拓者達に頷いた。 「その可能性が高いという話だ。先日の話は聞かせてもらった、で、リーガでの修羅場の時な、それを瘴索結界貼って見ていた開拓者が瘴気を感じたんだと」 『あの場には陰陽師さんや人妖や、人魂なども入り乱れてていたのではっきりとは言えませんが、数えると確かに瘴気が多かったように思うのです』 だが、ラスリールやティアラに術がかけられている気配は無かった。 つまり彼らはアヤカシに操られている訳ではないということだ。 あくまで現状は、という注釈が付くが。 「メーメルでは最後の女性の死体が発見されて以降、パッタリと変死事件は途絶えたらしい」 開拓者の調査によれば、発見された被害者は全て若い男女。 しかも美形で志体持ちでこそないが才能を期待されていた者が多かったという。 「最後の女性はメーメルの城の使用人だったらしいしな」 「ひょっとしたら、この間のパーティで目撃された女性というのは彼女だったのかもしれない。私は直接見ていないので解らないが」 「と、したら既に別の身体に乗り換えている可能性がある。そしてリーガの城の中で機会を伺っているのかも」 「機会というのは辺境伯の暗殺ですか? それとも、もっと別の何かを?」 「その辺は、解らないけどな」 開拓者の問いに肩を竦めて係員は依頼書を差し出した。 「で、今回のリーガとメーメルからの依頼だ。メーメルからは新年のパーティの招待が来ている」 メーメルからのお見合いぶち壊しの件は、実質達成できたので取り下げられた。 けれど、初恋を打ち砕かれた少女のダメージは小さいものではないだろう。 まして、その後、領主の仕事に懸命を通り越して必死だと言うからどれほど無理をしているのか。 「無理し過ぎるほどに沈んでいるから、姫を励ましてやってほしいと言うのが、差出人からの追記にある。そしてリーガからの方も新年会の知らせだ。だがこっちははっきりと護衛の仕事とある」 リーガでは新年は城の使用人も多くを帰して静かに迎える。 だが新年開けに飾りを城外の広場で燃やし、新しい年を祝うパーティをするという。 「このパーティは城の外で、一般の民と一緒に行う。火を使う上に、叔父上が必ず出席しなければならない。叔父上に害を加えようとする者なら多分、絶対にここを狙って来る」 依頼人の少年、オーシニィの懸念はもっともであると言えた。 「あの二人はまだ城にいる。こっちで新年を迎えるんだって。あいつら、まだリーガに居座る気なんだ。完全に帰るまで油断なんかできない」 前回の件で開拓者はラスリールを完全に怒らせてしまった。 軟化傾向にあるティアラとは違い、ひょっとしたら彼は開拓者にあからさまな敵意を向けてくる可能性はある。 それに加えてアヤカシが城に潜入しているかもしれないと言う先の情報。 「獣アヤカシは退治してもらって、リーガ近辺は一見平和になったけどそれがかえって不気味でもあるから。祭りを無事に成功させて叔父上、いや辺境伯を守って欲しい。頼むよ」 何故、メーメルで変死者が続いたのか、それが止んだのか。 獣アヤカシが襲ってきたのは偶然か、それとも囮か。囮であったのなら何が狙いであったのか。 闇の中の声は囁くようで聞こえず、その姿もはっきりとは見えない。 だがその息遣いは確実に彼らに近付いてきている。 新しい年の始まりは、新たなる戦いの始まりでもあると、開拓者達は感じていた。 正直な話、うまく取り繕えば今からでもフォローはできなくはないだろう。 冷静になれば、そのくらいの判断は彼にはできた。 「さて、どうするか。まったく、予定通りであるならばそろそろ次のステップに移れたのに」 『開拓者を少々甘く見たようだな。まあ、こんな状況をあの初心な少女に見られたらもう言い訳はできないだろうが』 くくと、楽しそうに笑う女が、蛇のようにその白い身体を寝台でくねらせ暗闇の中で彼を見つめている。 『密談をするなら閨の中、か。確かにいい作戦だが今回はそれが裏目に出たな。せっかく付き合ってやることにしたのに』 「別に大筋に変化はない。ただ、一番穏便に済んだであろう方法を彼らは自分でぶち壊した。その代償はたっぷり払ってもらわないといけないが」 女はまた楽しそうに笑って彼に顔を寄せた。 『まあ、こうして城の中に入れて貰えた以上焦る必要もない。人らしい仕草も教えて貰ったしな。私はただ、この地が再び血と叫びと涙の溢れる餌場になればそれでいい。だからとりあえずはお前の思い通りに動いてやるよ』 「その目的は私と近いものがある。生まれながらに全てを持つ男、そして私を下に見るジルベリアに復讐を。こんな国滅んでしまえばいい」 『ふふ、人にしてはお前はいい線行っているかもな。食べたら不味そうだ』 「それは光栄」 彼は寄せられた顔を引き寄せ口づける。 『で、これからどうする?』 「丁度新年だ。リーガでもメーメルでも祭りが開かれる。その祭りに乗じて‥‥」 『なるほど、だが開拓者が邪魔をするぞ。お前も警戒されているだろう?』 「だから‥‥、私が‥‥」 『ああ‥‥』 誰も聞き耳を立てる者のいない閨の中。肌を合わせる二人に情愛などない。 ただ、南部辺境を狙う二匹の毒蛇が絡み合っているだけであった。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●新年に向かう者達 リーガ城の高台の上から開拓者達は城の街並みを見下ろす。 もう深夜を越えているというのに、街の灯りは一向に消える様子を見せない。 ジルベリアの各地ごとに多少の差はあるだろうが、新年を迎える日は比較的賑やかに過ごすことが多いらしいと開拓者達は聞いていた。 鐘楼の鐘が新年を告げる音を鳴り響かせると、それぞれの家でパーティが始まる。 たくさんのごちそうを並べ、歌を歌い、踊り新年を迎えるのだと辺境伯は語ってくれたのだ。 家族同士、友人同士、この日ばかりは夜更かしも朝寝坊もありで、子供達は新年のプレゼントを開き、大人達は酒を酌み交わす。 こうして見ていても消える事のない街の明かりが、人々の笑顔や幸せを表しているように思えた。こうしていると、人々の笑い声さえ聞こえるようだ。 リーガの城中では今日はパーティは開かれていない。 使用人たちの多くが家に帰ったからだ。比較的静かな城の中で辺境伯はどんな新年を過ごしているのだろうか。甥と一緒だろうか? それとも一人でだろうか? 「結局、新年はこっちで迎えることになってしまいましたか」 すっかり雪が積もり、純白と静寂に包まれたリーガの城と街を見つめながら龍牙・流陰(ia0556)は呟いた。 微かに雪が積もった夜の街は穢れや心配など全く無いように見える。 だが、この美しい光景の中に闇が潜んでいるのかと思うと、開拓者達の心にも小さくない緊張が走る。 「昨年は色々ありましたが、こうして無事に新年を迎えることが出来て本当に何よりです」 「無事に‥‥ですか?」 のんびりした口調で言う八嶋 双伍(ia2195)に御調 昴(ib5479)は首を傾げるように問う。勿論双伍は解って言っている。 「とりあえずは。ですがね。‥‥事態が収まっていれば祭りものんびり楽しめたんですけど。あぁ、残念です。興味あったんですけどね‥‥」 「ジルベリアの新年は、常緑のモミの木を飾り、一週間を暖かい部屋の中でごちそうを友達や家族と食べながら楽しく過ごします。そして厳しい冬を笑い飛ばし元気に乗り切ることを誓うのだそうですわ」 「極寒の中、あえて外に出て焚火をし、歌い、踊ることで暖かい春を招きよせる意味があるのだとか。ジェレゾではあまり見かけなかったやり方ですから、それぞれの土地で微妙な違いはあるようですけどね」 ヘラルディア(ia0397)とフィーネ・オレアリス(ib0409)が説明した祭りの意図や意味を開拓者達は静かに聞いている。 開拓者達特にリーガに残ることになった者達の勤めは新年の祭りを守る事でもある。 「しかし、城に潜んでいるというアヤカシは憑依するアヤカシであるのですよね。まだまだ謎がつきぬアヤカシですからね。強大な腕力を持つアヤカシよりも、誠に怖く厄介な相手です」 考え込むように言う秋桜(ia2482)。今回は巫女である水波(ia1360)が常駐してくれているので調査は前回よりしやすいと言えるかもしれないが、アヤカシ探索の為の瘴索結界も常に発動し続けられるわけでは無いことを考えると、警戒にしすぎは無いだろう。 「とりあえずは、警戒を続けましょう。祭りまで憑依アヤカシがラスリール様や、辺境伯、そして何よりティアラ様に憑りつくことのないよう注意しつつ新年の祭りを無事終えられるように残った私達が心がけないと‥‥」 フィーネの言葉にシュヴァリエ(ia9958)は無言で頷く。今回は三人が調査や護衛の為に南部辺境を離れ、二人がメーメルに向かう。 こちらの力が分散されてしまっていることが、少し心配でもあったが敵の目的が解らない以上打てる手は全て打っておく必要がある。 「手遅れになる前に‥‥動ければいいのだがな」 自分の予言めいた言葉を自嘲するようにシュヴァリエは吐き出して、そして、空を見上げた。 「では、私もメーメルに向かいます。こちらはお願いいたしますね」 打ち合わせを終えたヘラルディアが頭を下げる。 私も、と彼女が言うように既に何人かの仲間がメーメルや、今回はジェレゾにも旅立っている。 「蔵人さん、怒っておられましたね」 「あの方の行動が吉と出るか、凶と出るか‥‥。カギになるかもしれませんね」 既にこの地を離れた仲間を思いながら、昴も秋桜も今だけは新年の美しい星と、雪と灯りに照らされたリーガを胸に焼き付けるように見つめていた。 「あっちゃんには気の毒すると解っとる。だが、それの上で頼んでるんや」 人が払われたメーメルの謁見室。 そこで信頼する乳兄弟と二人。 面会を求めてきた開拓者を出迎えたメーメルの姫アリアズナは真剣な眼差しを向ける八十神 蔵人(ia1422)から逃げるようにその目を逸らしていた。 「アリアズナさん‥‥」 (きっと、辛いでしょうね) それはフェルル=グライフ(ia4572)も直視できない程の悲しげな眼差しであった。 新年の挨拶に来たと面会を望んだ自分達が彼女に告げたのは依頼の真実と、厳しい現実であった。 無理もない。いろいろと辛い思いをしてきて、初めて恋をした相手が自分に恋を囁いていた口で他人を口説いていた。 それだけでも耐えがたい話であろうに、その相手が自分を本当に愛してなどいなかった。 彼の目的は彼女の地位と領地であったのだなどと聞かされた日には誰も信じられなくなってしまうだろう。 人々が穏やかに楽しく新しい年を楽しんでいる時に本来なら言うことではない。 「あっちゃんは優しいから、あんなことがあってもあいつがゴメンナサイ言うて来たら許したくなってまうかもしれん。だがな、あのラスリールがメーメルの皆をあっちゃんみたいに幸せにしようと思うか? 逆に食い物にされるとこやとわいは思う。違うと思うか?」 横に逸らされた目はやがて下を向く。その目には今にもしたたり落ちそうな涙がいっぱいに溜まっているようだった。 「人の上に立って民衆を守ろうと思うたらこんな汚い世界でも戦っていかなあかん。案外な、あっちゃんの親父さんはそんな世界からあっちゃんを守ろうとしとったのかもしれへんのや」 言いながら蔵人は姫の頭をその手で撫でる。父か兄のように優しい手にアリアズナはさらに顔をくしゃくしゃに歪めていた。 「まあ、どう取り繕うがあっちゃんの失恋を、奴等を追い払うダシに使う事に変わりは無い。恨むんなら恨んでくれてもええと思う。けどな」 蔵人は俯いたアリアズナの首元に手を上げるとくいと、上を向かせた。 「だからこそ今回の件、立ち向かって欲しい。大丈夫や君一人で戦えとか言わん、みんなおる。な?」 真っ直ぐにアリアズナの目を見つめる蔵人。そして 「それにあんな浮気性な男には、こんなに素敵な女性、勿体無いですっ! ぱんぱんってびんたで追い返しちゃいましょう」 わざと明るい声でフェルルはアリアズナに笑いかけた。アリアズナの手を取ると強く握りしめる。 「それに今リーガにアヤカシの影があります。あの騒乱を望むアヤカシ‥‥が、今もこの地を狙っているのかもしれません。倒すために協力お願いしますっ」 真剣な二人の目と、手。 その時アリアズナは服のポケットに入れた一通の手紙に彼女は熱を感じていた。 『アーナ、鏡を覗き込んでみて? 今そこに居るのはどんな人? 領主として悩みながらも頑張る貴方 優しくて歌が大好きで笑顔が可愛い貴方 それとも私が知らないしょんぼりさんかしら 一生懸命な貴方の1年に幸せがありますように』 フェンリエッタ(ib0018)から届けられた新年最初の手紙が、彼等の言葉に嘘は無いと告げている。 「‥‥私、人を見る目が無かったんですね」 「あっちゃん‥‥」「姫‥‥」 言葉と一緒に上げられた目はまだ赤く腫れてはいたけれど、もう涙も迷いも見られなかった。 「でも、そんな噂流されたら、私結婚できないかも。その時には責任を取って蔵人さん、お婿に来てくれません?」 「は〜〜??」 クスッと笑って冗談ですよと言った彼女は、もう領主の顔を取り戻している。 「全て皆さんに、お任せします。皆が、できればラスリールさんも納得できるようにお願い致します」 丁寧に頭を下げた姫を二人と一人は嬉しそうに見つめていた。 そして別室で。 「悪いがあっちゃんをしっかり頼むで! わいはこれからジェレゾに行くさかい」 蔵人はフェルルと合流したヘラルディア。そして侍女アンナに向けてそう言った。 「縁談を立ち上げたグレフスカスのご隠居様にお会いしに行くのですね?」 確認するように問うたヘラルディアにああと、蔵人は頷いた。 「いい加減、はっきりと断らせた方がええやろ。ついでに二人の実家にも苦情入れて貰おうと思うてな」 正式な使者に立つのは辺境伯の甥、オーシニィ。蔵人はその護衛として南部辺境を離れる。 「アンナ。今回の件で姫が貶められるような噂が流れたりせんか注意しといて。 敵がそう来たら、こちらもアンナの親父さん達に頼んで姫に同情寄りで南方や奴の実家のある首都に噂流してまえ」 「解ったわ。あんな女の敵。野放しにはできないもの」 頷くアンナと仲間に蔵人はそっと耳打った。 「わいはな。ひょっとしたらあいつは女の敵どころやないか、とも思うとるんや」 「えっ?」「それは、どういう‥‥」 顔を見合わせる二人に蔵人は唇を噛む。 「考えてみりゃ、あの修羅場、奴にしては妙に迂闊というかやろ。あのメイド。何か金とか掴まされてるか懐柔されたか? 不用意に動き回られたり、こちらの情報やら流れても困る、思うて監禁してくれ辺境伯に頼んだんや。けど‥‥」 「けど?」 「もう、死んでた。具合悪くなって宿下がりした家でいうことやったけどな」 「死んで!?」「それは‥‥まさか?」 彼らが同時に思ったことは一つ。だが、それは言葉にするさえも恐ろしいことであった。 「フェンリエッタやニクス(ib0444)はジェレゾで調べものをしとる。けど‥‥間に合うかどうか。何より、意味があるかどうかも解らん。わいらは今まであまりにも受け身過ぎたかと思うんや。もうすぐ祭りもある。‥‥その時、きっと奴らは何かをやらかそうとしよる」 「解りました。注意に注意を重ねて姫をお守りしますわ」 「頼んだで!」 その返事に笑顔で頷いて、蔵人はメーメルを去って行った。 だが、その時にはもうメーメルにもリーガにも黒い影が近づいてたことを彼らは知る由もなかった。 ●理想と現実 その頃、ジェレゾでの調べものをしていたフェンリエッタは厳しい現実に打ちのめされていた。 「情熱だけで全てが解決できるとは思われない方がよろしいでしょう」 彼女の調査の助手につけられた若い執務官はそう、静かな口調で彼女に告げたのだった。 フェンリエッタは南部辺境から離れ、ニクスと共にジェレゾへとやってきていた。 先の依頼の時、調査に長けた仲間が調べ教えてくれた事をさらに深く調べようと思ったのだ。 それは、ラスリールとティアラ、二人の開拓者、いや正確には志体嫌いの原因。 「乳兄弟の方が、試験に落ちて貴族の志体持ちが合格したという話、葬儀に態々笑いに来たのは試験結果に含む所があった故ではないでしょうか? 不正、賄賂‥‥」 「ラスリールは聰明ではあるが、開拓者憎しに囚われて周りが見えなくなっている事はあるかもしれないな‥‥」 その件を調べて、説得の手段に使えないかと思ったのだった。 しかし、彼女らは王宮に詳しい訳でも、人脈に強い繋がりを持つわけでもない。 辺境伯に頼み、執務官の一人を紹介して貰ったが、彼女が望む情報はなかなか得られず、調査は遅々として進まなかった。 「お二人の乳兄弟の不合格は解りました。合格者の素性も、その合格者が志体持ちの割にろくでもない貴族で、まともな仕事もしていなくて今は上から相手にされていないというのも解りました。でも! どうして肝心の証拠が見つからないのですか!」 イライラとした思いを顕にするフェンリエッタに執務官は仕事の手を止めてため息をついた。 「本当に、そんなものが直ぐ見つかると思っておられたのですか?」 「えっ?」 執務官が自分を見る目にフェンリエッタはハッとした。その目には覚えがあった。 この件について調べに行きたいと紹介を頼んだ辺境伯が見せていた目と、どこか似ている。 「試験に不正があったとは限らない。仮に試験に不正があったとして、その不正をした者達がそれを簡単に表すと思いますか? 知られれば罪になるのなら知られないように隠ぺい工作くらいはしている筈。それを何も知らない人間が一日二日調べただけで見つけられるとでもお思いですか?」 「そ、それは‥‥」 フェンリエッタは口をくぐもらせた。自分も貴族の末端だと甘えていた事は事実である。 「それに、酷な事を言うようですが、能力の優れたものを獲るのが試験、です。実力が同じものが二人いれば、より働けるであろう志体持ちを優先するのは当然で、能力が同じであるなら貴族を優先させるのも当然。お話に聞くようなこと、珍しくもなんともありませんよ」 「! では採用試験自体が一般人へ門戸を開くというポーズで実態はその貴族の為の出来レースだった‥‥とか、そんなことも」 「あっても全くおかしくないと言っているのです。あるとか、あったなどとはっきり言う事はしませんし、できませんが‥‥」 「そんな! では不正を立証したり、それを国が摘発し正すことは‥‥」 「貴方が国の重臣で高い地位を得ており、貴族として強い立場を持ち、王に信頼されてその任を任されれば可能かもしれません」 唇を噛みしめる音が聞こえる。それは暗に、いやはっきりとお前には不可能だと告げていた。 「全てにおいて清廉潔白な国がこの世に存在するとは思いません。人は清濁合わせ持ち、それを呑みこんで生きるしかないのです」 自分とそう大差ない年齢の、けれど組織という人の中で生きる名も知らぬ執務官の言葉は、ギルドという枠の中にありながらも自由を束縛されることなく常に理想を追い、正しいことを信じていられる開拓者には錐のように深く、鋭く突き刺さる言葉であった。 「調査を続けられるのはご自由に。できるお手伝いはさせて頂きます。ただ、私は貴方にはこんな調査よりもっとやるべきことがあるのではないかと思うのですが」 彼はそう言い置くと、仕事に戻ると部屋を出て言った。 「貴方のお考えが間違っているとは言いません。ただ情熱と思いだけで全てが解決できるとは思われない方がよろしいでしょう」 一人残された彼女は、ただ、強く肩を震わせ拳を握りしめていた。 「先に、行くか‥‥」 暫く、約束の場所で待っていたニクスは空を見上げると、駿龍に跨った。 もうすぐ、辺境では新年の祭りが始まる。 目立った情報が得られたわけでは無いが、もうタイムリミットだ。 一人、空に飛び立った。 「しかし、貴族という者も楽ではないのだな」 思わず独り言のように口に出た言葉にニクスは自嘲するように笑った。 辺境での日々、我が物顔で暮らしていたティアラ達も、ジェレゾに戻ってみれば有力とは言えただの一貴族に過ぎない。 皇妃を輩出した家系として尊重されて入るが、それも一代限りの事。 ラスリールは才があるが遊び人。そして続く人物が出ていないというから現当主が地位を失えば元の中流か下級貴族に逆戻りと思われる。 そのせいもあって、今の家長は幾人もの妾を囲い、子供を作り、志体持ちを手にしようとしたようであった。 だが、いくら子供を作っても志体持ちは生まれてこない。 苛立つ妻や子供達に厳しくつらく当たる日々は、少し聞いただけでも知ることができた。 そんな家長の姿を見て、あの男は何を思っていたのか。 「ないものには無いものなりの戦い方があると言った彼の思いが真実ならば、それをアヤカシの力を借りるというような間違った方向に行くやもしれん。早まった事をしてくれなければ良いのだが‥‥」 ニクスは僅かながら龍の飛行を早めさせた。 どんなに急いでも新年会の開始には間に合わない。でも『間に合って欲しい』と彼は心から思っていた。 ●血塗られた新年祭 その日、リーガは祭りの雰囲気で賑わっていた。 広場の中央には大きなかがり火が高く、赤々と燃えている、 そしてそれらを取り巻くようにたくさんの屋台が軒を連ねる。 人々が、楽しそうに集って笑う様子。その賑わいが扉の中まで聞こえてくるようだと流陰は思った。 ふと、その扉がトントンと鳴った。 「どなたです?」 「秋桜です」 城内で待っていた流陰が注意深く扉を開けると、秋桜が丁寧に頭を下げたのだった。 「そろそろ会場の準備が整いました。お出ましを願えますでしょうか?」 城内を巡っていた水波も眼鏡を直しながら丁寧に頭を下げる。 「今、城の中にはアヤカシの気配はございません。後背を取られる心配はないと思われます。ご安心を」 「解りました。行きましょう」 マントを羽織り、リーガ城主、グレイス・ミハウ・グレフスカスは立ち上がった。 「ご領主様だ!」「辺境伯のお出ましだ!」 流陰が数名の騎士達と辺境伯の立つ台座の脇に着いた頃には、わあっと上がった人々の歓声が会場に響き、広がっていっていた。 「皆さん、我々は新年をこうして喜びと共に迎えることができました。苦難の時は終わり、新しい年はきっと喜びに満ち溢れる事でしょう。共にこの時を寿ぎましょう!」 辺境伯の言葉に人々はさらに喜びの声を上げる。 あちらこちらで上がる乾杯。笑顔と喜び。期待と希望が彼らの顔を輝かせていた。 「この笑顔を守らなくてはいけませんね」 龍馬・ロスチャイルド(ib0039)はそれを遠巻きに見つめながら思っていた。 彼とウルシュテッド(ib5445)。そして自警団達は私服で民達に紛れ、祭りの警戒に当たっている。 リーガ城に残った開拓者達にとって祭りの護衛は正式な仕事でもあったからだ。 秋桜と水波はリーガ城のメイドとして、城から提供された料理、食事などを祭りの会場に並べ、人々の給仕などをしながら周囲の様子と辺境伯の周辺に気を使っている。 「リーガ城内にアヤカシが、という噂がありましたが本当にそれらしい反応は無かったのですね?」 「はい。ただ蔵人さんが言っていてお亡くなりになったメイドには瘴気の気配がありました。ということは誰かに既に乗り移った可能性も」 客に笑顔を向けながらもメイドに扮した二人の警戒は緩まない。 「あの後、できる限りリーガの城の者達にはラスリール殿に関わらないように言ってあります。反応が無かったことを考えても大丈夫だとは思うのですが‥‥」 「城内にいないのであれば、来客に紛れて何かを仕掛けてくると予想できます。注意を怠らないように致しましょう。それらしい反応があればすぐお知らせを」 二人は頷きあって、広い会場の見回りを続ける。 昴とフィーネはティアラの側から離れなかった。 「ティアラ様。こちらのお料理はいかがですか?」 「ありがとう。頂くわ」 「いえいえ、先日心配して頂いたお礼ですよ」 料理を運んできた昴にティアラは礼を言って笑いかける。 「あ。でもこっちのニシンは嫌いなの。別のをお願いできるかしら」 「‥‥はい。いいですよ」 気が付けばティアラは以前見せていた台風のような暴れっぷりはすっかり鳴りを潜め、少し我が儘なところがある程度の普通の貴族の娘になっていた。 城にいる間、折に着け声をかけ続けてきたフィーネの思いが通じたのかもしれない。 「フィーネさん。せっかくのコート、汚してしまってごめんなさい」 「別に構いませんわ。あれはティアラ様に差し上げたものですから。 「フィーネさん。ですか。根は結構可愛らしい方なのかもしれないですね」 「ええ、リーガの縁談を破談にする話はなくなっていませんし、今のままだとそうするしかないのは分かってますけど。心配されるって、不思議な気分ですね。話はなくなるにしても、良い形で終わらせたい、です」 ティアラをまるで兄のように優しい目で見守る昴に頷きながら双伍はティアラに一礼すると、人々の輪の中に戻って行った。 そうして人魂を飛ばしながら、人々の様子を見て回る。 顔を見れば作った笑顔か、そうでないかはなんとなく解るものだ。 双伍には人々の笑顔の殆どは偽りのない真実の笑顔に見えた。 満足そうに笑いながらも双伍の表情は冴えない。 見る者が見ていれば彼こそ笑顔を作っていると知れるだろう。 「水波さんの言葉が真実であるなら、あのアヤカシは‥‥一体どこへ?」 人魂が見回る人々の輪の中にも怪しい姿は無い。まったく姿を見せない敵を見つめながらふと、双伍は身体を震わせた。 それは武者震いではなく寒さの為。南とはいえジルベリアの冬。野外の寒さは半端ではない。 「それにしても僕のこの体の弱さはどうにかならないものでしょうか‥‥寒いです。少し、焚火に当たらせて頂きましょうか?」 祭りを象徴するこの大きなかがり火は新年の飾りを燃やし、新しい年を迎える為の者だと聞く。 見れば街の人々も次々に、かがり火に近付きヤドリギやモミの木飾りを火に投じている。 宴もたけなわ、人々の心も体もほろ酔い気分になっているようだった。 火に近付いた双伍はふと、その足を止めた。 視線の先に二人の人物がいたからだ。 「あれはシュヴァリエさんと‥‥」 「ラスリール卿、何をするつもりだ?」 「何をする、と言われても見ての通り、飾りを燃やすだけですが何か、問題でも?」 「いや、別に。この地方の風習には疎いからな。どうぞ、好きなように」 ラスリールはここ数日、自分からほぼ片時も離れようとしない自称護衛のシュヴァリエを苦笑交じりの笑みで見つめながら、飾りのついたモミの木飾りを火に投じたのだった。 二人の間の空気は、炎の前にいると言うのに微かな暖かみの欠片さえない。 まるで、互いに刃を向け合っているようだった。 「飾りが燃えるまでの間に願い事をかけると新年に願いが叶う、と言う謂れがあるそうですが」 「何か願い事でも?」 「ここ数日、質問ばかりですね? それほど私が不審ですか?」 「君がなんと言おうと君の護衛が俺の役目なんでね。それに俺はお前の事が心配なんだ」 「願い事はありますよ。炎に叶えられるほど簡単なものではありませんが」 「それは‥‥?」 火に背を向けたラスリールにシュヴァリエが問いかけた時であった。 「えっ?」 ヒュウ〜〜〜! シュウ〜〜〜!! 炎の中から煙が上がり真っ直ぐに空へと登っていく。 その時! 「キャアアアア!!!」 祭り会場の端から悲鳴が上がった。二人の様子を見ていた双伍、そして結界を貼っていた水波が同時に声を上げる。 「「アヤカシです!」」「空から!」「門から!!」 彼等の言葉通り、門の方から雪崩込むように鬼達の一団が飛び込んでいた。 と同時、頭上からは飛行アヤカシの群れが攻撃を仕掛けてくる。 「怯えてはいけません! 訓練通り街の人々を避難させながら敵を迎え撃つのです!」 「炎を利用されないように注意を! 風向きを把握して決して飛び火などを許すな!」 龍馬とウルシュテッドの攻防に遅れる事僅か、パーティの中に紛れていた開拓者達もそれぞれが武器を取り、アヤカシの殲滅に当たり始める。 だが流陰は辺境伯から、フィーネはティアラから離れることができない。 巫女である水波は怪我人の手当てと避難に手が離せない。 そして‥‥ 「くっ! 数が、多いです!!」 「あのハーピー達になかなか攻撃が当たりません!」 敵そのものはオーガやオーク、ゴブリンが多数と、空から襲撃してくるハーピーが数体。 決して強く手も足も出ない相手ではなかったが人々を守りながらいつもより少ない数で敵に向かわなければならない彼らは、苦戦を強いられることとなったのだった。 「いったい何をした?」 周囲の地獄絵図に歯噛みしながらシュヴァリエはラスリールを睨みつける。 「私は、何もしていませんよ。ただ、どうやらこの周辺にはアヤカシが集められていたようですね。戦が終わって餌を獲れなくなった彼らは祭りで気が緩んでいる時がチャンスであるとでも思ったのではないですか?」 「貴様!!」 「私は何もしていないと言ったでしょう? いいんですか? 仲間を助けに行かなくて?」 余裕に満ちた笑みで笑うラスリールに向けてシュヴァリエは剣を抜き放った。 「お前は逃がさない。アヤカシを甘く見るな!!」 炎を背にして立つラスリールにシュヴァリエは突進した。その攻撃に怒りが孕まれていなかったと言えば嘘になるだろう。 その真っ直ぐな攻撃をラスリールはひらりと躱すと火のついた薪を一本、シュヴァリエの眼前に投げつける。 「くそっ!」 鎧に木が跳ね返る一瞬の隙、彼は逃げるように人ごみの中に紛れていった。 「待て!!」 だが、彼の声はラスリールの背に届かないまま、彼は闇の中に消えて行ったのであった。 そして同じ頃のメーメル城。 「お菓子作りには自信あるんです。どうぞ召し上がれ♪」 リーガに比べれば小さい規模のものであったが新年会が開かれていた。 「姫には夢があります?」 護衛を兼ねて側で励まし、話しかけるフェルルのおかげで一時、死人のようであったアリアズナ姫は笑顔を取り戻していた。フェルルの服装と相まって花が咲いたようだ。 「姫も自分の夢を強く願って、叶えられるって信じて下さい。今はそれが何よりも力になりますっ」 二人の笑顔を満足そうに見つめて後、ヘラルディアは周囲にその視線を移した。 彼女はこの数日間メーメルの人々の意思統一に動いていた。 フェルルを除けばメーメルの守備を担当したのはヘラルディアだけでありかなり忙しく大変ではあった。だが護衛の指導に龍馬が力を口添えしてくれたこともあり、なんとか新年会の開催までに現時点ではアヤカシがメーメルに潜んでいないことも確認し警備も整えることができた。 (後は何事も無いように願うだけ、ですね) そう彼女が思った時だった。ふと、会場の端で何かの気配を感じた。 展開していた瘴気結界に何がかかったのだろうと感じた時、ヘラルディアは目の前に二人の少女を見た。 「アンナ様?」 メーメルでの彼女の活動に手を貸してくれた少女が、見慣れない子供と一緒にいる。 しかもどこかうつろな目をして。 「あ、貴方は?」 目の前の見知らぬ子供にヘラルディアは尋常でない何かを感じた。 結界に頼らずとも、まごうことなく彼女がアヤカシであると解る。 そばには倒れ死した娘。 ということは『彼女』は‥‥まさか? 『行くぞ!』「はい」 彼女はヘラルディアを気にせず去ろうとし、アンナはボウとした顔で彼女を追っていく。 「お待ちなさい!」 ヘラルディアが身を持って手を広げようとしたその時だ。 「えっ?」 『少女』がナイフを彼女の腹に付きたてたのは。 そしてほぼ同時入口の方から悲鳴が上がる。 「屍人が襲ってきます!」「キャア! ヘラルディアさま!!」 流れていく血と意識にヘラルディアはそれでも、去っていく少女達に必死で手を差し伸べていた。 ●消えた少女達 事態発生から数刻の後、リーガ城の新年を襲ったアヤカシの襲撃はなんとか開拓者の勝利で幕を閉じた。 重傷者は多いが、死者は無し。ただ、数名行方不明の者達がいるようであった。 辺境伯もティアラも開拓者達が守り切り、無傷で済んだ。 だが 「すまん、ラスリールを逃がした。奴が今回の件を手引きした可能性が高いのに」 シュヴァリエは仲間達に頭を下げたが、彼を責める者は開拓者の中にはいなかった。 「そもそも、外部からのアヤカシ襲撃を予想していた者が少なかったのです。後手に回ったのは仕方ありません」 「今、思うと先にリーガの側に現れたアヤカシも、今回の襲撃の為に集められたものだったのかもしれませんね。それに、気付いていれば‥‥」 双伍は傷の手当てを受けながら、昴はそれを見ながら手を握り締めた。 今回はサポートに回り、襲撃を警戒していてくれた仲間がいたからまだ手が打てた。 もし彼らがいなかったらと思うと、開拓者達の背筋に冷たいものが走る。 「とにかく、まずはラスリールさんを追いましょう。彼がアヤカシと手を組んでいるのは残念ながら確かなようですから」 「お兄様が、そんな‥‥何かの間違いよ」 流陰の言葉に震えた声をあげるティアラ。その手をフィーネは掴むと優しく抱き寄せた。 「ティアラ様は信じていて下さい。お兄様を。そして貴女は一人では無いことを」 「フィーネ、さん‥‥」 ティアラの肩の震えが止まったのを確かめて、フィーネはその手を離した。 開拓者達が改めて動き出そうとした、その時だった。 「た、大変だ。水波! 手当てを!!」 悲鳴にも似た声と龍が広場に舞い降りた。そこから飛び降りたのはニクスであった。 そしてその腕の中には傷ついたヘラルディアが‥‥。 「どうしたんです? 何があったんですか? しっかりして下さい」 術での治療を始める水波の横で、秋桜がヘラルディアに声をかけた。 傷がふさがり、意識を取り戻したヘラルディアは、荒い息で言葉を紡ぐ。 「メーメルの新年祭が‥‥屍人に、襲撃されて‥‥姫は、無事ですが‥‥アンナさんが」 「アンナさんが、一体、どうしたんですか?」 「少女に、いえ、多分、アヤカシに連れ去られてしまいました」 「な、なんだって!!!」 荒れ果て、火の消えた祭りの会場。 ほんの少し前まで人々の笑顔で溢れていたそこには今、開拓者の声だけが恐ろしいほどに響き渡っていた。 |