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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 台風は、鎮静化の傾向を見せ始めている。 「辺境伯。お茶をお持ちしました」 「視察に行かれるのでしたら、お供させて頂けませんか? 私もこの土地の事をよく知りたいと思います」 南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの見合い相手ティアラ姫は、以前のような我が儘や、買い物癖が表向き、少しなりを潜めるようになった。 グレイスとの縁談に本気に向かう気になったのか、それとも違う意図があるのか。 貴族の姫らしい優美な態度と笑顔でグレイスの側に着いている。 「性根が治って、これがずっと続く、というのなら考えてもいいんだけどな〜」 とはいえ、それが一時的なものでしかないことを開拓者達も、またそれを取り巻く人々もよく知っていた。 ティアラ姫がそのしおらしい表情を見せるのはグレイスや城の上流者の前でだけ。 他の使用人達への風当たりは以前と同じか、それよりも悪くなっているとさえ言えた。 「寒い寒い!! 南だというのになんなの? この寒さは! 早く火を入れなさい。風邪をひいたら元も子もないでしょ!」 「なんなの、この不味い料理は! 質素倹約を理由に手を抜かないで!」 「ドレスの手入れはしっかりするのよ! 整わない衣装で辺境伯の前になど出られないわ!」 甲高い声が日々城に響く。 「志体持ちが何よ! 私は貴族なんだから! 誰にも何も奪わせたりしない。負けるもんですか!」 拳を握りしめた姫の背中に、励ましの色を含んだ声がかかった。 「そうだよ。その意気」 「お兄様!」 厳しい表情がパッと笑顔に輝き、ティアラは兄の胸に飛び込んだ。 「でも、売り言葉に買い言葉でああ言ってしまったけれど、辺境ではもう贅沢ができないかもしれないわ」 「なあに。そんなことはお前が辺境伯と結婚して、この城の女主人になってしまえばどうとでもできるさ。子供の一人でも産めばこの城の次代はお前のものだ」 「そうね。お兄様もメーメルの姫とだいぶ近づいたのでしょう?」 「ああ、あの姫は面白いよ。我々と同類だと感じたね。向かう方向は真逆だけど。精一杯背伸びをして頑張っているからこそ、優しく手を差し伸べれば簡単に落とせそうだ」 「お兄様ならきっと簡単よ。二人で、この辺境を奪い取ってやりましょう!」 「声が大きいよ。ティアラ。まあ、志体持ちなどにばかりいい顔ばかりさせられないかな?」 くすくす、ははは。 人気のないとはいえ廊下での物騒極まりない会話。 彼らの誤算と言えば、彼らが人とさえ見ていない城の使用人達と城の主の関係であろうか? 壁に耳があるなどと夢にも思わない貴族の話は、その日のうちに辺境伯の耳に入ることになったのである。 リーガ城の使用人達から開拓者に出されたお見合いのぶち壊し。 その依頼はまだ取り下げられてはいない。 さらに、その依頼に当たらな依頼が重ねられた。 「あのね、私は実は志体があるの。兄様も‥‥。父様はその身体能力と才能を見込まれて隠密していたし、母様もその手伝いをしていて、その関係で姫様達の乳母をしていたから」 メーメルの城主アリアズナの乳兄弟である侍女アンナはそう言って顔を背けた。 「私達にとってはあってもアーナや皆の役に立つのに便利、くらいの志体だけどね。アーナにはそうじゃなかったみたい。特に旦那様は志体のある兄君とアーナの差別凄かったから」 貴族社会において志体があるのとないのとでは期待や立ち位置が全然違うと開拓者に言ったのは、先の依頼での敵である貴族であったが、それはどうやら事実であるらしいと開拓者達はその話を聞いて思った。 「勿論、そうでない人もいっぱいいるでしょうけど、なまじ志体が家系の中にいたりするとその傾向激しいんじゃないかしら。だからアーナ。表には見せないけどコンプレックスなのよ。志体を持たないのに領主である自分って」 そこに手を差し伸べる優しくてハンサムな貴族。 しかも自分の苦しみを解ってくれて、手を差し伸べてくれる。 心に傷を負う彼女が心惹かれない訳がないと、アンナは言った。 「私達から見れば、狙いは一目瞭然だし、アーナも自分の立場とかあるから、殆ど知らない相手から求婚されても簡単には受けないけど」 『では、お互いに知り合うところから始めませんか? 私は逆境を乗り越えて今の地位を自ら選んだ貴方を心から尊敬します。そして私のことも貴方に知って貰いたい』 『‥‥ラスリール様』 「私には解るわ。あいつは百戦錬磨の女たらしよ! あんなのにかかったら世間知らずで純情なアーナなんてあっという間に毒牙の餌食‥‥。そうよ。あいつはメーメルを狙う毒蛇なのよ!」 そこまで言うか、と思ったが同じ日にリーガから来た辺境伯の甥からの追加情報にまんざら言い過ぎではないのかもしれないと係員は思った。 「表向き大人しくなったから、かえって難しくなったかもしれないけど、あいつがメーメルにとって毒なのは変わりがない」 「メーメルはやっと落ち着いたところなの。それにアーナにはもっと穏やかで優しい恋をして貰いたいの!」 そしてリーガとメーメル。二つの城の使用人代表は声をそろえて言った。 「「今回の結婚話を叩き潰して!!」」 雪もちらつきはじめた冬の南部辺境に、嵐の気配はまだ消えることが無い。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039)
28歳・男・騎
フィーネ・オレアリス(ib0409)
20歳・女・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●願いと作戦 台風は一見勢力を弱めたように見える。 けれども、それが見かけだけでしかないことを少し離れた所から見ている開拓者達は理解していた。 「グレイス様。寒くなりましたわ。ショールをお持ちしました。お風邪など召されませぬよう」 「ありがとうございます」 仲よさそうに見えるお見合い相手同士。 だが開拓者や周囲の辺境伯の相手姫ティアラを台風と呼び、災厄とあだ名する。 「あの方が‥‥」 苦笑しながら秋桜(ia2482)は婚約者をじっと観察し、その肩を竦めた。 「辺境伯も、ほんに苦労性と言いますか‥‥、災難に見舞われやすいお方ですね」 「まあ、それはそうなのですが彼女はなかなかに手強いですよ。‥‥まだまだ我々も未熟ですね」 と言ったのは龍牙・流陰(ia0556)。 「穏便に済ますどころか、より事態を悪くする結果になってしまったとは。グレイス伯やその周りの方々に謝らなくては」 自嘲交じりの呟きは誰に向けられた訳では無いが、それぞれの開拓者達の顔を見ればそれに同意見であることは誰にでも理解できた。ニクス(ib0444)は唇の横を悔しげに噛んだ。 「なんとも‥‥難儀な事になったな」 「ああ、ちょい舐めてたわ、反省せな」 渋い顔で頭を掻きむしる八十神 蔵人(ia1422)や仲間にそうですね。と御調 昴(ib5479)は頷いた。 「確かに、『あなたは他の人より駄目だ』と言われて嫌な気持にならない人はいない、ですよね。悪いことをしてしまったとは思います」 「ふむ、どうも何か、気にしている事を言ってしまって暴風域が増しちゃいましたが、私は別の事に少し驚きましたよ」 「驚く? 何を?」 微笑する八嶋 双伍(ia2195)に事情の今一つ理解できないとシュヴァリエ(ia9958)は首を傾げる。 双伍は微笑んだままその理由を述べた。 「彼女達の根性に、ですよ。打たれても逃げ出そうとせず、むしろ立ち向かおうとする精神は見上げたものだと思います」 「確かに。多分、志体持ちへの反発と勢いによるものが多いかとは思うのですが、それでも‥‥」 「どうか、したのですか?」 秋桜(ia2482)が流陰に問いかける。彼が小さく笑ったように見えたのだ。 「いえ、なんだか新鮮だと思いまして。志体持ちを快く思わない人はきっと今までも居たのでしょうが‥‥ここまではっきりと言われたことはありませんでしたから。志体持ちをあそこまで嫌う。何か、理由があるのでしょうか?」 「ジェレゾまで調べに行く時間は流石にありませぬ故。後で、使用人の皆様に声をおかけして聞いてみましょうか?」 「それがいいかもしれませんわね。とにかく、今回は一度に破談を狙うのではなく、相手の思いを知り、こちらの気持ちを伝えることから始めませんか?」 フィーネ・オレアリス(ib0409)は仲間達に静かに提案する。 「私はティアラ様がここに来た事が苦い思い出ではなく、今後の彼女の人生の糧になって欲しいと思うのです」 「気持ちは分からないでもないが、そう簡単に変わるものではないだろう」 開拓者の多くはシュヴァリエと同じ意見を持っていた。彼女の手強さを知っているから。 「でも、急いで事を進めては彼らに気付かれてしまうでしょうし、破談を急がず考えを変えて貰うというのは同感です。‥‥フィーネさん。確かに簡単に心境が変わる事は難しいと思いますが、少しでも態度が軟化してその想いが届く事を願っております」 「ありがとうございます。基本的な作戦には従いますわ」 龍馬・ロスチャイルド(ib0039)の励ましにフィーネは優雅な礼を返し微笑んだ。 彼らの後ろには甲龍秋水、穿牙、ラゴウ、炎龍燭陰、駿龍ドミニオン。 開拓者の龍達が控えておりアーマーたちも預けられていた。 ニクスのヴィンター。フィーネのロートリッター、龍馬の紅龍、メーメルに向かったフェンリエッタ(ib0018)のアーマー、シルヴァーナもここにある。 「いつも出番を用意してやれないな。‥‥まあ、お前は相変わらず、気にせず寝てるだけみたいだけど」 のんびりと龍の頭を撫でながら流陰は笑みを浮かべるが目は真剣さを失ってはいない。 「こいつらで、戦える方がよっぽど楽なんだがな」 開拓者達の目は目に見える敵と、目に見えない敵を強く、見つめていた。 ●心の先 ジルベリアの冬は早く、厳しい。 今年の冬は比較的暖かい日が多いがそれでも、外での仕事にコートを手放してもいいと思えるほど暖かい日は少ない。 手袋なしで平気な日も多くはない。 「この寒いのによくやるわね〜」 その中で、訓練を続けるリーガの兵士達を廊下から見ながら呆れたようにティアラは肩を竦めていた。 「それは、仕方ないかと。南部辺境はまだ一年前の戦乱から完全に立ち直ってはいません。アヤカシの報告例も絶え間ありませんから、日々訓練は続けないと」 「‥‥戦闘訓練だけではなく、武器防具を整えたりもしなくては‥‥なりませんから。アーマーも追加導入されて‥‥財政も、大変のようですね」 ティアラの護衛を兼ねて控える流陰と昴の言葉に、ふん、とティアラは鼻を鳴らした。 「そんなこと! 言われなくたって解っているわよ!!」 二人は思わず顔を見合わせた。 もっと不満や我が儘をぶつけてくるかと思ったのに。 考えていたよりも自己主張が薄くなっている。 もっとも龍馬の 「姫君、護身術の訓練にご参加いただけませんか?」 との誘いには 「そんな必要ないわ! 城の女主人が戦わなければならない状況になれば戦いは負けでしょう?」 とあっさりながらも正論で退けられてしまったのだが。 「それじゃわしをアヤカシやと思って纏めてかかってき! アヤカシ相手は基本は集団で囲む、そして殴る!」 兵士達と開拓者の戦闘訓練は続いていた。 蔵人が若手の兵士達三人を相手にしながら軽くいなす。 「ほれ、アヤカシなら炎や氷も当然吐いたりするで〜! ほい、雷鳴剣♪」 威力を高めた雷鳴剣の攻撃に、三人は地面にあっけなく背を付けた。 双伍はアヤカシと術の講義を、実践を交えながら行い、龍馬も兵士達に戦闘の基本配置など戦い方を教えている。 「基本的に戦う時には二対一、もしくはそれ以上での戦いを心がけて下さい。アヤカシ相手に卑怯だなどという言い訳は通用しませんよ」 「集団戦において左手に持った盾の半分は自分の左半身を、もう半分は自分の左側に立つ仲間の右半身を守るものだと知れ」 その一つ一つの言葉や、きめ細かい指導は少しでも興味のある者にしてみれば興味深いが、そうでない者には退屈なことだ。 「寒いので下がらせて頂きますわ」 言い放って背を向けかけた娘の髪が嬉しげに跳ねた。 「お兄様!」 奥から丁度彼女の兄ラスリールが出てきたところと出くわしたのだった。 「やあ、ティアラ。開拓者の皆様もご精が出ますね」 外出支度を整え、側にニクスがいるということはメーメルに向かおうとしているのかもしれない。 「ラスリール殿」 シュヴァリエは訓練の手を止め、ラスリールに礼を取る。 「良ければ一手お相手頂けないかな?」 「‥‥外出前ですので、軽くでよろしければ」 「お兄様頑張って!」 ティアラも戻り足を止めて、中庭を熱い眼差しで見つめている。 互いに一礼し剣を構える。 「始め!」 言葉と当時に互いは剣を抜くと合わせ始めた。 (「鋭い!」) シュヴァリエは彼の剣筋を見ながら素直に感心した。 「良い太刀筋だ、父親に習ったのか?」 「兄弟とは仲が良いか?」 「メーメルへ赴いたそうだが、町や民はどうだった?」 話しかけながら剣を合わせていくがラスリールは質問に答えることなく、ただ昏い目でシュヴァリエを睨み剣を振るうのみ。 「ならば、メーメルの姫について、どう思う?」 この質問の時、初めてラスリールの表情が動いた。 それを笑って見つめ、さらに刃と言葉をシュヴァリエが向けた。 「メーメルはやっとの事で復興に漕ぎ着けた。だがメーメルを狙う影は未だ数多存在する。だから!」 カキン! 鋼の音と共に剣が飛んだ。 「メーメルの平和を脅かす存在は、俺が許さない!」 「私の負けですよ。流石志体持ちには叶いませんね」 ラスリールは素直に手を挙げて敗北を認める。 剣を鞘に戻し、負けてしまったよとティアラの頭を撫でるラスリールの背後で低い声が優しく響く。 「ならば、ラスリール殿も開拓者殿達が主催する訓練と親睦会に参加されませんか! メーメルの姫もお誘いする予定なので‥‥」 「ちょっと! お前何をしているの?」 現れたのは辺境伯。だがティアラの目は後ろに控える秋桜を見ていた。 リーガのお仕着せを身に纏いながら彼女が持つリーガの者達とは違う何かを、彼女は感じたのだろうか? 「私は新人の従者で秋桜と申します。辺境伯のご命令で‥‥」 「言い訳はいらないわ。下がりなさい! 辺境伯のお手伝いは私が‥‥」 首もとを掴まれかねない権幕だが 「姫」「ティアラ!」 二人の男声に静止されてピクリと口を閉ざしたティアラにラスリールは微笑むと彼は辺境伯と開拓者達に頭を下げた。 「妹が失礼を。戻りましたら親睦会には喜んで参加させて頂きます。ねえ? ティアラ」 「は、はい‥‥」 では、とラスリールは去り、ティアラも部屋に戻り、辺境伯も仕事に戻った中庭。 シュヴァリエは手をじっと見つめていた。 「どないした?」 「あれは執念の剣だ」 そして強く握りしめる。 「何かを強く心に持っている。それを成し遂げるためには何の躊躇いもない。そういう剣だ」 その時シュヴァリエは初めて、いや改めてラスリールを敵、と認識したのだった。 そして、メーメルの城。 「だからね。おかしいでしょう?」 「本当ですか? フェンリエッタさんも、そんなことがあったんですね」 私室と執務室の丁度中間のような応接室でフェンリエッタはメーメルの城主アリアズナと楽しげに談笑していた。 部屋の端で見守るように立つ侍女が微笑みながら茶のお代わりを差し出す。 それを蔵人から預けられた人妖雪華が運んでくれた。 「ありがとう。雪華さんもおまんじゅういかが?」 『ありがとうございます。ここは和みますね。ずっとこちらにお持ち帰りされたいくらいです』 「アンナも来てよ? フェンリエッタさんのおまんじゅう美味しいわよ」 「おまんじゅうは後で頂くわ。でも、せっかくフェンリエッタさんが来て下さったのだから、いろいろお話聞かせて頂きなさいな」 やんわりとした断りに、アリアズナは少し頬を膨らませるが、それが信頼できる相手への甘えを含んだものであると解るからフェンリエッタは微笑ましく見つめた。 話を聞いて思ったのだが、やはりアリアズナもいろいろな思いを抱えているようだ。 冬を迎える前の城や街の修復、初めての税の徴収に、新たな予算の配分。 「解らないことばかりで、皆には苦労をかけます」 仕事の悩みや苦労が立て板に流れる水のように彼女の口から紡がれる。 「頑張っているのね」 「そうよ。アーナは頑張ってるわよ。だから皆、ついてくるのよ」 「そうですね。でも、時々誰かに縋りたくなっちゃうときがあるんです‥‥」 「アリアズナさん、ひょっとして‥‥好きな人ができたの?」 フェンリエッタの言葉にアリアズナの顔が炎を灯したように紅くなった。 「まだ、ぜんぜんそんなのじゃないんですけど。ただ、私を解ってくれる人なのが嬉しくて‥‥」 これはマズイ、とフェンリエッタは思った。 アリアズナは本気で恋をしかけている。 「でも、私の苦労に巻き込んでしまうのがなんだか申し訳ないような気がして‥‥」 「解るわ。好きな人の負担になりたくない、って思う気持ち。私も覚えがあるから‥‥」 恋をただ諦めろと言っても意味がないだろう。それは自分が一番よく知っている。 「私も分不相応な恋をしているの。しかもその相手には縁談があって‥‥、その相手を怒らせてしまった。好きな相手に迷惑をかけるのは辛いものね」 「フェンリエッタさん‥‥」 彼女の思いを聞きながら、フェンリエッタは自分の立場や想いも包み隠さず告げた。 辛すぎた彼女の人生で、おそらく初めての恋。邪魔はしたくないけれど‥‥。 「だから‥‥」 そう言いかけた時、別の使用人が彼女らの部屋の扉を叩いた。 「あの、ラスリール様がお見えですが」 「お通しして!!」 一瞬、花が飛んだかと思うほど嬉しげにアリアズナは微笑んで言った。 フェンリエッタは一歩下がってアリアズナの後ろを守るように立つ。 やがてニクスを伴って入ってきたラスリールは、フェンリエッタを見止めると小さく会釈をしアリアズナに好青年の顔で笑いかけた。 「此度はお客様がおいでのようなので、また出直させて頂きます」 「そんなことはいいのです。せっかくのおいでなのに‥‥」 「いえ、それに辺境伯からアリアズナ姫をリーガにお招きしたいとの伝言を預かっても参りました。お受け頂ければ向こうでお会いすることもできるかと」 「そうですね。ぜひお伺いするとお伝え下さい」 アリアズナの答えに微笑すると、ラスリールは彼女のドレスの裾を取って口づけして帰っていく。 「あの方が、アリアズナさんの好きな人?」 「はい。ラスリールさんと言います。とても誠実で優しい方です」 フェンリエッタはアリアズナの両手を取り、強く握りしめた。 フェンリエッタがラスリールに感じた印象は侍女と同じ、危険な男、である。 だが恋に落ちた少女にどんな言葉を駆使してそれを止めようとしても無理だ。ならば 「心地良く響く事だけが優しさではなく何事にも必ず良い面悪い面がある事を忘れず見極めてみて」 今、彼女を守る為にするべきことは一つだと理解した。 「メーメル家という大家族を守る役目は大変だけど何事も『やらなきゃ』より『やりたい』を見出せると楽しくなるし、もっと様々な出会いを重ね人を学び、己を磨いて成長すれば皆も喜んでくれる」 時間を作る事。考える時間、間を置く時間。そして‥‥あの危険な男の正体を暴く為の時間。 「そうすれば、いつか出会う運命の人にも喜んでもらえるわ。私もその途上だから一緒に素敵な女性を目指しましょ?」 「はい」 急がなければと思った。 きっとその為に得られる時間はきっと多くは無い。 ●我が儘姫の涙 それから数日後、リーガ城の中庭で小さな訓練会と親睦会が開かれた。 主賓はメーメルのアリアズナ姫。そしてジェレゾからやってきた美しい貴族の姫であった。 「フィーナと申します。お見知りおきを」 主賓の一人でありながら手ずから茶を入れ皆に振る舞う優雅な貴婦人に周囲の使用人や兵士達、一般の者からも吐息が上がる。 「姫もいかがですか?」 ティアラは差し出されたお茶と笑顔にぷいと、顔を背ける。 「結構よ。こちらの茶は口に合いませんから」 「こちらで、いろいろ御苦労をされているようですね。でもこれはジェレゾから持ってきた茶葉です。懐かしくはございません?」 「えっ?」 ふんわりと漂う高貴な香りが鼻孔をくすぐる。ティアラはカップを手に取り口を付けた。 「美味しい」 「よかった。美しい姫に気に入って頂けたのなら嬉しいですわ」 「‥‥ありがとう」 お茶の魔法か、珍しく素直に礼を言ったティアラにフィーネは柔らかく微笑んだ。 彼女の視線の先をフィーネは見た。辺境伯と対等に話しをするアリアズナを見ているのであろうか? 「あの姫は志体を持っていないのよね。バカみたい。どんなに頑張ったって志体持ちには叶いやしないのに」 「あら、なぜそんなことをおっしゃいますの? 志体など個性の一つかと思いますわ」 吐き出すようなティアラの言葉に、フィーネは小首をかしげる。そんなフィーネをティアラはふん、と鼻で笑うような仕草を見せた。 「志体はね。天の依怙贔屓よ。どんなに努力して上にあがろうとしても無い者はあるものに叶わない。世の中、そうできているの。‥‥そうよ。志体があれば、あの人だって‥‥」 フィーネはさっき、秋桜と一緒に聞いた彼女の召使達の言葉を思い出した。 『お二人の志体嫌い? 多分、エルの件からのような気がするわ』 『エル?』 『お二人の乳兄弟よ』 『そうね。それからお二人の我が儘に拍車がかかった気もするしね』 「確かにジルベリアは志体持ちが上に昇りやすい仕組みになっておりますわ。でも‥‥」 フィーネは戸惑い顔のティアラの前に躊躇いなく進み出るとその両手を強く握りしめた。 「努力を知る人はいつか、そんなものを乗り越えて上に上がるものですし、努力を認めてくれる人もいるものですよ」 「そ、そんなのウソよ!!」 フィーネの手を振り払い、ティアラは中庭から出て行ってしまった。 「あっ‥‥、ティアラさん!」 フェンリエッタが声をかけようとして伸ばした手は空を掻く。 昴と流陰が後を追ったが、フィーネはその後を無理に追うことはしなかった。 「フィーネさん? どうしたんですか?」 「あの方の心には、何か悲しみがあるようです。‥‥決して言葉の通じない相手ではありませんわ」 彼女は握っていた手を開く。 そこには去りざまティアラから零れた小さな雫が、フィーネの手を濡らしていた。 ●闇からの『声』 食えない相手だと、蔵人は思った。 会うたび、見えるたび思う。 「やれやれ、それほど私は不審人物ですか? アリアズナ姫や辺境伯にごあいさつに行きたいのですが」 ラスリールはそう言って肩を竦める。 目は笑っているが本心はどうだか? 「いや、今二人はいろいろと領主としての話をしとるみたいやから後にしてえな〜」 蔵人の言葉にそうですね、と龍馬も同意し、アリアズナとの間をさりげなく引き離す。 ニクスやシュヴァリエだけではなく秋桜とフェンリエッタもこちらを見ていて、開拓者達は彼を警戒していることを隠していないように見えた。 「志体持ちがお嫌いのようですね。貴方も妹姫も」 ここ数日ラスリールにずっと付き添っていたニクスはそう問うたことがあるが、彼は 「羨ましいと思うだけですよ」 とさらり返しただけで乗って来なかった。 秋桜から聞いた彼女らの志体嫌いのうっすらとした話は他の開拓者の耳にも入っているが、詳しい事がまだ解らない状況ではあまり突っ込んでも聞くことはできない。 ただ、どうしても言っておきたいことがあって、龍馬は口を開いた。 「志体を持つだけで優遇されるのは私も納得できませんね。今までの努力を否定される感じがします。私は単なる素質の一つとしか思ってません。政治能力など皆無ですし」 「それでもある人が得な事に変わりはありませんよ、自分の努力ではどうにもできないことですからね。せいぜい大切にされるとよろしいでしょう」 言葉の一つ一つに棘があるのを感じる。 毒を含んだ棘が。 「貴方は自覚しておられるのか? ご自分も身分と言う別の意味で「ある」側の人間だと言う事を‥‥」 「ええ。ですから、自分にあるもので戦わなければいけないのです‥‥うっ!」 ふと、開拓者達は驚きに目を瞬かせた。 手に持ったカップをラスリールが取り落し、膝を付いたのだ。 「どうした?」「どうしました?」「ラスリール様?」 周囲の者達が駆け寄ってくる中 「大丈夫です。ちょっと眩暈がしただけ‥‥」 彼はすぐに立ち上がって微笑んだ。周囲には客以外怪しい人間は見えない。 だが、その直後、今度は 「キャアアアア!」 空気を切り裂くような悲鳴が、中庭に響いた。 「ティアラ?」 開拓者と辺境伯、そしてラスリールが駆け出した先で、昴が手招きをした。 「何があったのです?」 「ティアラ姫が突然悲鳴を上げて倒れられたのです」 「何?」 流陰の腕に抱かれて彼女は苦しげに呻いていた。 「私を‥‥呼ぶのは‥‥誰?」 「えっ?」 「ティアラ! しっかりしろ! ティアラ!!」 ティアラを奪い取り、呼びかけるラスリールにかき消され、その声が開拓者に再び届くことはなかったけれど‥‥。 |