|
■オープニング本文 ここは、ジルべリアの王都ジェレゾ。 ある館での会話である。 「まったく! お前たち才というものがないのか! 少しは伯母を見習ったらどうなのだ!」 目の前に居並ぶ息子たちに、父親は呆れたような声をぶつけた。 「勉強もせず、軍にも入ろうとせず日々ダラダラと遊んでばかり。我が家は家名高き一門というわけではない。皇妃を排出した一族と優遇されているのみだ。だからこそ、お前達がしっかりせねばならぬというのに、なんだ! この請求書の山は」 「なら、父上。ティアラはいいのですか? 同じように日々遊びまわり、湯水のように金を使っているのに」 膨れたように息子の一人が口にする。 「あれはいいのだ。女だからな」 父親はその言葉にそう答えた。もちろん娘がかわいいとかそういうことではない。 「あれにとっては外見を磨くのも役割のうちだ。そろそろ役立ってもらう時期でもあるしな」 「お父様!!」 そんな話の中、ドアが思い切りよく開かれた。 「本当なの? 私にリーガに行けというのは! 私イヤよ!! あんな田舎に嫁ぐのは! 私の結婚相手は皇家の皇子様と決めていたのに!」 「ティアラ!」 いさめるように父親は娘の名を呼ぶが、娘はもちろん聞く耳など持ってはいない。 「私は伯母上のように皆に第一の女性と尊敬されるものになりたいの! あんな滅びかけた田舎や三十を越えた男なんてまっぴら!」 まくし立てる娘にやれやれと父親は息を吐いた。 「せっかくの縁談に文句を言うな。姉上が皇家に嫁いでおられる以上、皇子様方との縁談は簡単ではない。それにリーガの南部辺境伯グレイス侯は今、一番勢いのある貴族だ。領地も広いし戦乱から立ち直った南部辺境はある意味どの地よりも活気に溢れているというぞ」 「でも‥‥」 「確かに多少田舎ではあるかもしれんが、その分、大した女などおらぬだろう。お前の望み通り第一の女性として人々の敬意を集められる。それでもイヤか?」 「‥‥そうね。ジェレゾにも大した女はいないけど自分の身分や家の財力を振りかざす連中とこれ以上付き合うのも嫌だし、それなら辺境伯でも‥‥」 「じゃあ、ティアラ。僕が一緒に行こうか?」 「ラス兄様」 父と妹。二人の会話を黙って聞いていた兄弟達の丁度真ん中に立っていた男がフフと笑って歩み寄った。 「父上にも少しは働けと言われたし、ティアラも一人で知らない場所に行くのは心細いだろ? 僕が一緒に行ってティアラが辺境に馴染めるように助けるよ。ついでに、南部辺境だったら僕も父上のご期待に沿って少しは役に立てるかもしれないしね。ほら、最近若い女領主が立ったというし」 「ラスリール。お前‥‥」 「そうね。ラス兄様ならできるわ! 私も兄様が側にいてくれるなら心強いし」 楽しげに笑いあう二人。 「よし。任せたぞ」 父親は彼らにそういうと、残された息子にさらなる侮蔑の表情をくれたのだった。 「絶対に絶対に、絶っっ対に秘密で頼むよ!」 依頼人としてやってきた少年は、集まった開拓者達にそう告げる。 「ハロウィンの祭りが終わってすぐジェレゾから客人として二人の貴族がやってきたんだ。おじいさまからの手紙は叔父上‥‥いや、辺境伯には来ていたらしいんだけど、僕達は伝えられていなかったからビックリした」 少年は辺境伯の従者オーシニィ。辺境伯の兄の子でもある彼にももちろん他の使用人たちにも知らされていなかった客人を辺境伯はこう紹介したという。 「私のお見合い相手。ティアラ姫です」 と。 当然今まで聞いたこともない話に、使用人や部下たちは驚愕する。 「それで、ジェレゾの母上に聞いてみたら、こういう返事が返って来たんだ」 『お義父さまは、グレイスさんのことをとても心配しておいでなのです。 もう三十も半ばというのに結婚の気配もない。だから、一つのきっかけとなればと申し入れがあった時にお受けしたと聞きました。 お相手の姫はお義父さまの古いお知り合いのお孫様で、皇妃様の姪でいらっしゃるとか。絶対に断ってはならぬというわけではありませんが、できるならお断りしない方が良い相手でしょう。 貴方もグレイスさんを助けて、しっかりとお相手なさい』 「それが、その姫ってのがとっんでもない女でさ。あ、誤解するなよ。外見は美人の部類に入ると思う。 でも、性格がブス。人の言うことは聞かないし、叔父上、忙しいのに自分の相手をしないってすぐ怒る。 使用人をごっそり連れてきて、自分では何にもしない。毎日街で好き放題に湯水のように買い物するは、すっかり女主人気取りで城の使用人たちに命令するわ、見下したように悪口言うわでさ、皆、もう嫌気がさしているんだよ」 一緒に来ている彼女の兄はまだましだけど、とオーシニィは言うが、まだまし、ということは多少の問題があるんだろう。 「叔父上は当分誰とも結婚する意志は無いって言ってたんだ。当然彼女とも結婚するつもりはないと思う。好みと全然違うし」 しかし、そうは言っても皇家縁の見合い相手。無下に断ってはやはり相手を敵に回すのは避けたいところだろう。 故に今は賓客として扱っている。 「だからさ、これはリーガの使用人全員からの依頼。このお見合いを壊したい。できれば相手が自分から止めると言い出す形がベスト。知恵を貸してもらえないかなあ? 手伝ってもらえるとなお助かる」 「ってことはあれか? 辺境伯からの依頼じゃないんだな? 勝手にいいのか?」 係員の確認に依頼人はイエスと答える。 「叔父上には後から、僕が話すよ。正直、皆もう腹に据えかねてるんだ。‥‥お願いします」 もうじきジルべリアは冬を迎える。南部辺境には初雪も降った。 そんな時に、変な敵をジルべリアに入れたくないとオーシニィは言う。 はっきりと敵と言うほど、彼女は嫌な相手なのだろう。 力で押せばいいアヤカシとは違うやっかいな相手を前に、今までとは違う戦いが始まろうとしていた。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
八嶋 双伍(ia2195)
23歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039)
28歳・男・騎
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
御調 昴(ib5479)
16歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●秋の台風 突然やってきた災厄を最初に呼んだのは誰であったか。 「台風が来たぞ」 とにかく、今、リーガで台風と言えば彼女のことである。 「次に行きます! 馬車の用意を!」 「は、はい。少々お待ちを‥‥。今、馬を休ませていたので」 「私を待たせるというの? お前など首にするのは簡単なのよ!」 「申し訳ありません。今すぐ!!」 リーガの街で大暴れする人の形をした台風ティアラ姫を、物陰から見ていた開拓者達はそれぞれに、やれやれとため息をついた。 「これは‥‥なかなか手強い御仁でいらっしゃるようですね」 「絵に描いたような性格ブスですね‥‥あれと結婚させられそうな辺境伯も大変だ」 龍牙・流陰(ia0556)は貴族という彼女の身分に配慮したのだろう、一応言葉を濁したが、長谷部 円秀(ib4529)はきっぱりはっきりと遠慮なく真実を口にする。ちなみに他の開拓者達もまったく同意見だ。 「しっかし、今度はこう来たか。災難のバリエーション豊かやなあ〜。伯爵は」 八十神 蔵人(ia1422)などは軽く肩を竦めながらはっきりと彼女を災難と呼んだ。 「災難って‥‥そこまではっきり言わなくても‥‥」 「ほな、フェンリエッタはあれが、伯爵の奥方になってもええんか?」 『旦那様!』 人妖雪華が静止しても止まる蔵人ではない。 「伯爵じゃなくて辺境伯です。‥‥辺境伯の奥方はともかく、女性としては美しい方だろ思いますよ」 苦笑いをしたフェンリエッタ(ib0018)はそれでも弁護のようなものを口にするが、その声に力は薄い。 『リエッタ‥‥』 心配そうな人妖ウィナフレッドの横で彼女は俯いてしまった。 まあ、無理もないだろう。 あのティアラ姫は南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスの婚約者でありグレイス辺境伯はフェンリエッタの思い人なのだ。このまま彼女が辺境伯と結婚ということになれば不幸になる人物は多いだろう。 依頼人である使用人たちも。そして彼女も。 「結婚は人生の一大事。貴族ともなれば気持ちだけでなく、色々な事情も考えに入れないといけないのでしょうけどやっぱり仕える使用人の皆さんからすれば、気立てのいい方が良いですよね」 「まあ、それもあるのだろうが、それ以上に人望がある、ということなのだろう。幸せになって欲しいと願っての事だろうから」 八嶋 双伍(ia2195)とニクス(ib0444)は笑いあい龍馬・ロスチャイルド(ib0039)も頷いた。 「それに、名声を得たいだけであればお帰り頂くのが彼女らの為でもあるでしょう。この地にはまだ闇の影があります」 冗談を言い合っていた開拓者達の間に冷たいものが流れる。 彼らの幾人かは思い出したのかもしれない。この地を玩ぶ闇の存在を。 「それに一生の‥‥大事だからこそ、結婚はやっぱり両方が幸せになれるものでないと駄目だって思います‥‥から」 噛みしめるように言う御調 昴(ib5479)の頭を蔵人はぽんぽんと励ますように叩いて、行こか、と仲間達を促した。 「あのはた迷惑な台風姫さんにお帰り頂く為にな」 と。 ●胸に抱くもの 「皆の心配性にも本当に困ったものですね」 執務室に面会を求めて来た開拓者を見て、辺境伯は微笑とも苦笑とも言えぬ複雑な笑みを見せた。 視線の先には甥であるオーシニィ。 開拓者達は自身から彼の依頼を辺境伯に告げるつもりはなかったが、どうやら開拓者達の来訪に覚悟を決めて自ら事情を話したらしい。 「ごめんなさい。辺境伯。でも‥‥」 「別に怒っているわけではありませんから、気にしなくて構いません。むしろそれほど心配をかけてしまった私にこそ問題ありということでしょう」 「叔父上‥‥」 俯く彼の頭を撫でる辺境伯を見てどこかホッとした気分でフェンリエッタは確認の意味も含めて問うた。 「では、この依頼は辺境伯も公認して頂けると言うことでよろしいのですね」 構いません、と彼は頷く。 「正直、気の進まない話でもありました。姫が穏便にリーガから離れて頂けるのでしたら、それに越したことはありません」 「了解や。結婚しても贅沢できんと相手に理解させとけ。実際、あんな女養える甲斐性ないやろ。今ついでに城の兵士達にも稽古付けたるから口裏合わせよろしくな」 「返す言葉もありませんね。どうぞ。皆さんの思うとおりに‥‥」 苦笑を浮かべながら答える辺境伯。 「そうや。一つ確認しときたいことがあったんや」 はい? と首を傾げる彼のテーブルの側により、蔵人は少し声を潜め囁いた。 「あのブスに限らず結婚する気は無いんか?」 「蔵人さん!」 フェンリエッタは顔を赤くした。声を潜めたとはいえ大きくはない部屋だ。同室の者には十分聞こえる。 「惚れた女くらいおらんのか? レナ皇女とかどや? あの女傑を嫁に取れたら領地も家も安泰やで」 「蔵人さん!!!」 『ですが、本当に。三十路越えてるのに浮かれた話も無い領主というのは問題があるかと』 『ちょっと!』 「流石に、それは勿体ないお話ですね。まあ、皆の心配も解りますし、この立場になれば結婚も仕事のうちだと解っているのですが‥‥それでも」 人妖同士のツッコミも耳に入ったのだろう。辺境伯は不思議な笑みを浮かべて首を振った。 「忘れられない人がいるのですよ。その名の通り、春の日差しのような優しさで周囲を暖かくしてくれた‥‥。手の届く人ではないことは承知していたのですが‥‥」 「辺境伯?」 一瞬、気心の知れた者達に見せた、どこかさびしそうで、遠くを見る眼差し。 それにフェンリエッタだけでなく蔵人でさえ言葉を失った。 「昔の話です。まあ、オーシもいますし、無理に結婚を考えてはいません。文字通り縁があればですね。今回の件も姫があそこまでリーガにとって毒となる人物でなければ考えたのですが‥‥」 もっともそれは本当に一瞬の事。 「とにかく、よろしくお願いします」 『辺境伯』に戻った彼は、そう言って頭を下げたのだった。 「それから、姫の兄上には注意して下さい」 意味ありげな言葉を開拓者に与えて‥‥。 リーガ城には龍を置く場所があり、辺境伯をはじめとして数名の志体持ちの龍が置かれている。 しかしそこにさらに6匹の龍が滞在しているのは滅多にない光景であり、幾人かの兵士達が興味深そうに見つめていた。 甲龍が流陰の穿牙に龍馬のロートシルト、昴のラゴウと三匹、駿龍も円秀の韋駄天にニクスのシックザールがいる。 炎龍は双伍の燭陰一匹であるが、辺境伯の駿龍やオーシニィの炎龍と仲よさげに顔を合わせている様子はなかなかに微笑ましい。 「開拓者の皆さんに、直接ご指導を頂けるとは光栄です!」 若い兵士の一人がきっと敬礼をして見せる。それを龍馬は手で制しながらも真剣な顔を向けた。 「ジルべリアの冬が近づいています。当然皆さんにはできているでしょうが、それに向かう心構えをして貰わなければなりません」 「「「「はい!!」」」」 中庭に集まる兵士達に使用人達。 「なんなの? あれは?」 全てでは無いが、彼らが一様に何かを決意する眼差しで開拓者を見ているのを廊下から、見つけたティアラは甲高い声を上げた。 「あれは実技訓練だそうです。先の戦いでアヤカシや暗殺者がこの館にも潜り込んだので、万が一の時に対処できるようにと実戦訓練を頼まれました」 側で控える流陰の言葉に円秀もうんうんと頷く。 「この地は昨年の戦乱以降いろいろ災厄にも見舞われているようですから、領主の館の使用人と言えど甘いことは言えないのでしょう」 表向き開拓者達は先の戦いで逃げたアヤカシの調査と対策の協力ということでやってきていた。 開拓者達の目的、そして依頼人である使用人たちの願いはティアラ姫と辺境伯のお見合いを潰す事。 その為には彼女自身に、この地での生活が嫌だと思って貰うのが一番手っ取り早い。 「アヤカシが城の中まで? 本当に?」 「それは確かと聞いています。敵を知ってる開拓者さん達がきてますし‥‥ティアラさんもいろいろご不自由が多いでしょうに大変ですね?」 同情するように昴はティアラに囁く。 「皇家の妃を輩出した事もある家の方がいると聞いて、是非と思って」 「こんな辺境によくお越しになりましたね。ティアラ様程の方ならほかによい縁談もあるでしょうに‥‥」 そう告げて護衛として側に付いた開拓者達は、ティアラの我が儘に振り回されながらも、少しずつ信用を得てきていた。 「そうなのよ。でも、お父様がどうしてもというから‥‥。こんな無骨な土地に‥‥」 「そうですね。辺境は広大ですが未だ開発途上ですから、縁組したところでお父上の政治的な利になるところは少ないと思いますよ」 「そうなの?」 ティアラの愚痴を聞き、彼女に同意するようにして。 だから買い物帰り、さりげなくティアラをここに誘導することができたのだ。 「質素倹約とやらで、料理も今一つだし、流行の品物とかもない。その上、アヤカシまで出るというの? いいことなんかないじゃない!」 苦々しい口調で言うティアラの後ろで開拓者達は顔を見合わせた。 「本当に、大変ですね。姫君‥‥。心から同情申し上げます」 同情するような口調の後ろで浮かぶ微かな笑みにティアラは勿論気づかない。 「あ、ほら、訓練が始まるようですよ」 円秀の指差した先では開拓者達の作戦、その2が動き出そうとしていた。 ●思いがけない結果 事の前、八嶋 双伍は仲間達に言っていた。 「果たしてどの辺りで爆発するのか‥‥楽しみです」 作戦通り彼女は爆発した。 「何よ! 志体持ちがそんなに偉いっていうの!!」 但し、おそらく開拓者が思っていたのとは違う方向へ。 立っているだけでも冷える空気の中、使用人や兵士達は厭うことなく訓練に臨んでいた。 「本日から皆さんには護身術を学んで頂きます。護身術は体術だけではありません。危機管理能力を身に付けるだけでも危険度は確実に下がるのです。冬に備え、敵に備え、自らに常に課することを忘れてはいけません」 「私達開拓者も、皆さんのお力にはなります。ですが、自分達自身が大事なものを守ろうと言う意識と技術を身に着けて頂くことが大事です。私達が間に合わない場も往々にしてあるでしょうから」 「一般の人がアヤカシに無理に挑むのは危険です。ですから、皆さんが覚えるべきは護身の技と、逃げの技術ですね。それから難しいですが、まぁ無いよりマシということで」 双伍がどちらかというと力の無い女性や使用人達に簡単な護身術を教えている向こうでは龍馬とフェンリエッタが兵士達に実践的な戦い方を教えていた。 「今は賓客扱いの方々も何れは必要となるかとどうです? 参加してみませんか?」 廊下で立ち尽くしていたティアラに龍馬は笑いかけるが、 「け‥‥っこうよ。ここで拝見させて頂くわ」 ティアラはそれを拒否した。 「そうですか? でも危険な目に合ってからでは遅いですからね。心がけて置いて下さい」 予想通りの反応でもあるので、龍馬は無理に強いず訓練に戻る。 「実体のあるアヤカシには、普通の攻撃も効果があります。敵の姿をよく見る事です」 「またこちらの攻撃が効くか効かないかの見極めは大事です。アヤカシを見て驚くことは止められませんが、そこからどう動くかで結果は変わってくるのですよ」 開拓者達の言葉に使用人や兵士達の眼差しは真剣だ。 軽い立ち合いやスキルなどを見せてから手を休めた龍馬は、兵士達に座るように促すと 「では、実際に戦いの実例をお見せしましょうか? 人対アヤカシではなく、人と人、ですが。‥‥フェンリエッタさん。ご協力を願えますか?」 フェンリエッタに手を差し伸べた。 「私で、いいのですか?」 「是非に」 「解りました」 フェンリエッタは頷くと、側においていたバルディッシュを拾い、構えた。 「おお!」 身長程の大きな斧槍にそれを軽々と構えるフェンリエッタ。 見ていた者達から賞賛にも似た声が上がる。 「では、胸をお借り致します」 「始め!」 双伍の合図で対戦は始まった。 先手は龍馬。軽快な動きで前後左右に動きながら、大振りになりがちな相手の隙を窺っている。 一方のフェンリエッタは誘うような隙を見せながら守りと、攻めを混在させた攻撃を的確に放っている。 「流石、ですね」 「足腰の鍛錬には薪割りがいいかもしれませんよ。斧の練習にもなってお手軽です」 龍馬の武器は剣と盾。大斧を振り回すフェンリエッタとは本来男女役割逆の対照的な戦闘であるが、それ故に見ている者達には興味を引く対決であったようあった。それは少し離れたところから観戦するティアラと開拓者達も同じこと。 「スゴイ‥‥ですね。あんな女性が斧を振り回すなんて‥‥」 純粋に感心する昴にそうですね。と頷く流陰。 「グレイス伯と結婚するなら常に彼の傍に居る必要があるので、同じ危険に晒されることになるので力が必要になるのでしょうね。あ、勝負がついたようです」 フェンリエッタの斧が龍馬の盾、その直撃一寸で止まった。 「私の負けですね。ありがとうございます」 「いいえ」 「気が付きましたか? 戦いにおいて敵から目を離さないことが大事です。常に相手の状態を把握し、それに合わせた的確な攻撃をする為には彼女のように、常に相手の状況を理解して把握することが大事なのですよ」 龍馬の説明に頷き、兵士達は羨望に近い眼差しでフェンリエッタを見ている。 取り囲んで話を聞こうとしている。全員が笑顔だ。 「南部の最新トレンドは武勇に優れた志体持ちです。美しさだけでなく、強さも大事な敬意を得る為の重要なポイントなのです」 対戦を見ていたティアラに双伍はそう言って丁寧な礼を取った。 彼女は俯いている。手が微かに震えているようにも見えた。 「もし、よろしければ姫君にもアヤカシ関連の事をご教授致しますが。当面は『事件』が起きても動じないだけの度胸と、護衛が全滅してもある程度生き延びられるだけの力を付けるて頂かないと‥‥」 ニッコリと笑ってそう言った双伍と、護衛の開拓者達の耳に、チリチリと何かが鳴る音がした。 「‥‥よ」 勿論、それは空耳であったのだが後で思えばティアラ姫の何かに火が付いた音だったのかもしれない。 「えっ?」「どうしました? ティアラさん?」 「何よ! 志体持ちがそんなに偉いっていうの!!」 気遣う開拓者達の前で、ティアラはそう怒鳴った。 爆発するようなその声は中庭の二人、特にフェンリエッタを振り向かせる。 「生まれもって志体があったと言うだけで、どうしてそんなにちやほやされるの! 志体があることがそんなに偉いっていうの!!!」 「ティアラさん?」 後ろから手を差し伸べた昴の手をパチンと払ってティアラはフェンリエッタを睨みつけた。 「どうして‥‥、どうして!!」 まるで刺すような、射抜くような、視線で人が殺せるものなら殺したい。 そんな眼光だ。 「渡さない。‥‥辺境伯や、こんな不便な辺境なんてどうでもいいと思っていたけど、アンタにだろうと誰にだろうと、志体持ちだってことで良い格好はさせないわ!!! その為ならなんだってやってやるわよ」 「えっ?」 (涙?) 開拓者達が想いもかけぬ展開に目を見開く中、騒ぎを聞きつけたのだろうか? 辺境伯が廊下を通りかかった。 「何事です?」 「辺境伯!」 ティアラはスカートを持ち上げて小走りに走り寄ると、丁寧にお辞儀をして彼を見上げ言った。 「グレイス様。私、この辺境が気に入りました。どうか、このお話を前向きに進めては頂けないでしょうか?」 「「「「「「ええええっ!」」」」」」 驚愕の悲鳴が轟く中庭、ティアラだけは辺境伯を見つめ勝ち誇ったように笑ったのだった。 ●志体を持たない者の戦い メーメルの城の門の外。 「おや、待っていて下さったのですか?」 自分を待っていたであろう開拓者に、門から出てきた青年はニッコリと笑った。 「一応、護衛やさかいな」 「気にしなくてもよろしいのに」 「確かに、貴方ならそうだろうが‥‥」 余裕の表情で微笑する彼とは正反対に蔵人とニクスは渋い顔を向ける。 「話がお有りならリーガに向かいながら伺いましょう。私は皆さんのように龍が使えるわけではありません。馬に夜道を走らせるのは可哀そうですから」 そう言って彼は預けてあった馬を引き取ると軽やかにその上に跨った。 「待ってくれ。ラスリール卿」 同じようにして後を追う二人は夕暗がりの中を躊躇わず馬を走らせる青年の背を見つめながら、聞こうと思わなければ聞こえない小さな舌打ちをした。 「正直、完全に読み違え取ったわ」 「ああ。確かに」 それはメーメル城にやってきたラスリールを待つ間の二人の会話であった。 志体を持たず軍にも入らず遊び歩いていた放蕩息子。 その情報に誤りは無かったが、彼らは肝心なところを思い違っていた。 『兄の方はまだマシだけど‥‥』 依頼人の少年はそう言った。彼の言葉の続きが今なら解る。 『好きになれない。何かを抱えているような気がするんだ』 実際ラスリールの外面は驚く程に良かった。 性格ブスの妹の行動をさりげなくフォローし、丁寧に謝罪して。 外見がいいことも手伝ってリーガの城下町や城の女達にはかなりな人気者になっていたようだったのだ。 「ここは辺境。いつも危険と隣り合わせの場所や。地位より武勇に優れなければ女には相手にしてもらえんやろなあ」 さりげない秋波を女達に送るラスリールに蔵人はそう言い放ったが、 「では、お相手頂けますか?」 そう言って手合せを自分から申し出たラスリールに蔵人は、考えを改めさせられる羽目になったのだ。 (「こいつ‥‥できる?」) 勿論開拓者達に叶うわけでは無いが、正しい教師について学んだ剣の腕は決して侮れるものではなかったのだ。 しかも彼は、既に正面から正々堂々とメーメルの城に挨拶に出向き、アリアズナ姫と顔を合わせると言う手段を取っていた。 「お初にお目にかかります。メーメルの姫」 丁寧で優しい態度の笑顔の素敵な青年貴族。 流石に一発で秋波に落ちるような姫ではないが、彼女はどうやら彼に好感を持ったようだと側付きの侍女は語っていた。 「喰えない野郎やな」 「ああ。姫よりもこっちの方が難物かもしれん」 視線を合わせた二人に 「お二人は開拓者であるということですから、志体をお持ちなのですよね」 馬を走らせながらラスリールはそんなことを問いかける。 「ああ」「それは、まあ‥‥」 「ジルべリアの貴族社会では志体があるかないかが、人生を大きくします。無くて虐げられる、というわけではありませんが同じ能力を持っていてもあるかないかで最初の立ち位置がまったく違ってしまう。周囲の期待も、その後の到着地点もです」 「何が言いたい」 「別に。独り言です。ただ、在る者には無い者の気持ちは解らない。故に無い者は無いなりの戦いをしなければならないということです」 「‥‥」 馬を止めたラスリールを二人は黙って見つめた。 彼は戦い、と言った。最悪、こちらの意図が読まれている可能性もある。 「なんのことや?」 「メーメルの姫は魅力的な方ですね。志体を持たないのに懸命に頑張っていらっしゃる。とても好みです」 蔵人の口調に臆することなく彼は微笑む。 「人の心は簡単ではないということですよ。長いお付き合いになりそうですからこれからもよろしくお願いしますね」 去っていくラスリール。 雪華が後を追ったのを確かめて二人は、それを追うのを止めた。 「長い‥‥付き合いか。そんなのは御免だが‥‥」 見上げた空に広がる白い雲が、まるで今の二人の気持ちのように重く、静かに広がって行った。 そしてリーガの城に戻った開拓者は知ることになる。 ティアラ姫からの辺境伯への正式なお付き合いの申し出と、ラスリールからアリアズナ姫への正式なプロポーズを。 |