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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ここはリーガ城下街の広場。 その一角で 「どういうことかしら。興業を無理やり中断させて、リーガに連れてこさせるなんて! 名君と噂も高いグレイス辺境伯のすることじゃないと思うわ」 「ちょっと‥‥アーナ。失礼だってば」 その豊満な胸で領主に詰め寄ろうとする踊り子を、付き人の歌い手が懸命に止めようとしていた。 一座の座長も苦笑いしている。 メーメルに凄腕の旅芸人一座がやってきているとリーガに噂が経ったのは夏も終わりを迎えたと人々が思う初秋のことであった。 ナイフ投げや動物の曲芸なども去ることながら、一番の噂になったのは妖艶なまでに美しい踊り子であるという。 その貴族の血を引くという金髪の娘。その娘の青い瞳に見つめられると、心奪われるとまでの噂が立つほどであった。 彼女の舞と、歌を目当てに人々は連日その一座に足を運ぶ。 時に涙ぐむ者もいたというその一座の興行はわずか三日で終わりを告げた。 彼らが怪しい一団に襲われたとの報告を得て、現在メーメルの治安を管理するリーガの領主にして南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスが興業の中止とリーガへの避難を命じたのだ。 「え‥‥っと、君はアリアーナ君、でしたか。名君と言って頂けるとは世辞にしてもありがたいことですね。ですが、ただの盗賊であるならともかく貴方方を襲った相手が不審すぎます」 「ただの‥‥盗賊じゃないっていうの?」 女踊り子の問いに答えず、グレイスは集まった旅芸人達に告げた。 「襲撃犯をとらえた部下によると彼らはどうやら、先のヴァイツァウの乱の敗残兵のようなのです。しかも、捕えられた後自害した。敗残の身で盗賊に身を落としただけの者ではなく、何らかの信念を持つ者である可能性が高い」 ざわりと微かに一座の中で空気が揺れたのをもちろん、グレイスは見逃しはしなかった。 「しかも、彼らが潜り込んだのは金目のもののあるところではなく、女踊り子達の控室であったという。何か、心当たりはありますか?」 「あるわけないでしょう! ‥‥まあ、こんな仕事しているもの。勘違いした男達がたまに忍び込んで来ようとすることくらい、よくあるから気にしたことはないし‥‥ねえ?」 「‥‥いつも、警戒しては‥‥貰っています。私達は、そういう仕事は‥‥していませんから」 背後に立つ群舞や歌い手の女達と踊り子は顔を見合わせる。その背後では少年の歌い手や芸人の他文字通りの護衛役のような男もいる。 その意味に苦笑して、グレイスは部下から受け取った書類を見ながら、 「大変ですね。まあ、襲撃者の一人を返り討ちにした程ですから、通常なら身を守るくらいの術は得ているのでしょうけれど、今回はことがことです」 領主としての指示を彼らに下した。 「事態の解決まで、皆さんにはこのリーガから動くことを禁じます。当面、見張りも付けます。その代りリーガでの興業は認めましょう。街からでなければある程度自由にして貰っても構いません。ただし所在は常に明らかにしておくこと。いいですね?」 指示という名の命令であるから逆らうことなど到底できない。 困ったように顔を見合わせる一座の中、青い瞳がただ二つ、まっすぐに戻り行こうとする辺境伯の背中を見つめていた。 隠れ里からの調査を終えて戻ってきた開拓者達は、その報告を終えた足で差し出された依頼にどうしたものかと頭を抱え考えていた。 開拓者達に託された仕事は『旅芸人一座の護衛』と『ヴァイツァウの乱の敗残兵の掃討』の二つ。 だが、この仕事には暗に三つ目の依頼が重ねられているのが確かであった。 開拓者達は先の依頼でメーメルの姫、伯爵令嬢アリアズナが旅芸人に身をやつし、メーメルに戻ってきているという情報を得ていた。 彼女を狙いヴァイツァウ家再興の旗印にしようと目論む、残党がいるということも。 グレイスのことだ。開拓者の報告があったこも含めてあの一座の中に姫がいることはもう認識しているであろう。 だからこそ、強制的に一座をメーメルから引き離し、確保したのだ。 だがその中の誰が姫であるかは、一座の中に踏み込まなければ解らない。 「つまり、一座の中からアリアズナ姫を見つけ出し、確実な選択を迫らねばならないということですね。メーメルの領主の地位を継ぐか、それとも全てを捨て去りこの地を離れるか」 彼女がいくら身を隠しても一般人としての生活を望んでも、彼女の中に流れる血はそれを許さない。母親が亡くなっている以上なおの事、だ。このまま旅芸人の一座として過ごすにしても、ジルべリアではおそらく許されまい。 「アリアズナお姉さんを探さないで放っておいてあげることはできないのかなあ?」 できないであろう。 彼女の存在はあるだけで火種になる。彼女が望む望まないに関わらず。 「旅芸人の一座を守り、敗残兵を倒す。そして‥‥アリアズナ姫の結論を見届ける。それが今回のしごとかいな? 面倒くさい上に責任重大やないか?」 報告を聞いた上でグレイスは最終的な説得を含め、全ての判断を開拓者に任せると言った。 丸投げしていると言われるかもしれないが‥‥。 「私が彼女を説得してしまえば、与えられる選択肢は一つしかありません。その一つを彼女が望まない場合、返答いかんでは最悪彼女を潜在敵として処理しなければならなくなる可能性もあります」 故に開拓者に頼むのだと彼は言った。 ふと、開拓者の一人は思い出す。 朽ちた城で見つけた、肖像画。 あの中で両親に抱かれて金の光をその髪に写し幸せそうに笑っていた少女。 長い旅路の果て、彼女が選ぶ道はどこにあるのか。 その先にあの日のような笑顔はあるのか。 いよいよ、選択の時は近づいていた。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
龍威 光(ia9081)
14歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アルベール(ib2061)
18歳・男・魔
カルル(ib2269)
12歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●旅芸人達の哀歌 リーガの片隅。 木々や緑が広がる小さな広場に明るい歌声と、手拍子が響き渡っている。 街の広場には大勢の人が集まっていた。 近頃メーメルで評判になっていた人気の旅芸人達。 その芸は評判通りであり、リーガの民達は戦災復興の手を一時休め、その姿に魅入っていた。 中でも一番に人気を取っていたのは花形の踊り子、アリアーナである。 その美しさ、しなやかさ。そして類まれなる舞に人々は魅了されていた。 次いで美しい歌声であろうか。よく激しく踊りながらあんなに見事に歌えるものだと人々は感心する。 とはいえ、裏から見ていた開拓者達は簡単なからくりに気付く。 なんのことはない。 「後ろから、あの歌い手さんが歌っていたのですねい」 笑う龍威 光(ia9081)に仲間達も頷いた。 横で演奏する楽師たちのさらに裏側、表から見えないところで歌い手の少女が、アリアーナの舞に合わせて歌を歌っていた。 殆ど踊りは見えていないはずだが、息はぴったりだ。 それにこうして見ていて解ることもある。 少女達は、とても楽しそうな顔をしているのだ。 アリアーナも、少女もどちらも歌が、踊りが、歌が大好きでそれを喜んでもらえることを幸せに思っている それがこうして見ているだけでも伝わってくる。 聞こえる拍手と喝采。 それを遠くに聞きながら 「もし、彼女がそれを望むなら‥‥そっとしてあげたいのですけれども‥‥ね」 囁く桐(ia1102)の前には古い肖像画が無言で微笑んでいた。 「皆さん、お疲れ様でした。今日も興業、大成功でしたね」 労う様に微笑み楽屋に出迎えたアルベール(ib2061)にまあね、と付き人からタオルを受け取った踊り子アリアーナは笑みを返した。 「景気のいい街はやっぱり反応がいいわ。それに、今日はみんなの調子も良かったしね」 片目を閉じるアリアーナにくすりと笑うと、付き人の少女は初舞台を踏んだ軽業芸人にもタオルを渡す。 「カルル(ib2269)くんも初めてにしては上出来ですよ。座長も褒めていましたし、このまま旅芸人しませんか?」 メーメルの姫がいるとされるこの旅芸人一座。 一座の護衛役として潜り込んだ開拓者達であったが、その中の何人かは芸達者で一座のゲストとしての舞台を許されていたのだった。 素直で優しい賛辞にカルルは嬉しそうに飛び跳ねる。 「わーい。褒められて嬉しいの! 皆に喜んでもらえるの楽しいの!」 「カルル、遊ぼう!」 天幕の外から一座の子供や、近所の子供が誘う声がする。 「うん、ちょっと行ってくるね。こっちはお願いなの〜。お姉さんも後で一緒に遊ぼうなの〜」 その声に答える様にカルルは愛用の球を抱えて外に飛び出していく。 「おやおや。困ったことですね」 苦笑しながらカルルの背中を見送るフェンリエッタ(ib0018)にもはいとタオルが差し出される 「いいのではないですか? 子供は元気なのが一番ですよ」 「ありがとうございます‥‥えっと、貴女は‥‥」 「アンナ、です。素敵な歌声でしたね。聞き惚れてしまいました」 差し出されたタオルを受け取りながらもいいえ、とフェンリエッタは首を振る。 「本職である貴方には到底及びません。素人が失礼を致しました」 「そんなことはありませんよ。優しい想いが伝わってくるようでした。歌は‥‥いいですよね。言葉よりも、確かに心が表せますから」 「そうですね。私が歌を奏でるのは想いを伝え人々の笑顔に出会う為の術ですし‥‥」 同じ歌い手同士、笑みを交わす二人。 だが、フェンリエッタはその間にも一座の様子の把握、特にアリアーナとアンナと名乗る少女達の観察を怠ってはいなかった。 他にも踊り子や歌い手はいるが、もしこの一座の中に彼らが探すメーメルの姫アリアズナがいるのであれば、それはこの二人のうちのどちらかであるとフェンリエッタは思っていた。 どちらも個性は違うが金髪と青い瞳を持っている少女達であった。 アリアズナの金髪は太陽の光が波打つような美しい黄金。その瞳はサファイアのような美しい青でとにかくも目を引いていた。 一方のアンナの金髪は彼女と比べるとやや色が薄い。瞳も青というよりは水色で、全体に優しい雰囲気を持っている。 (「桐さんが、見せて下さったあの絵を信じるのなら‥‥、アリアズナ姫は‥‥」) 「フェンリエッタさん、目が厳しくなっていますよ。‥‥失礼します。アリアーナさん、アンナさん。子供達が外で呼んでいますよ。遊んで欲しいそうですがどうします?」 「はーい」「今、行きます。フェンリエッタさん達は少し、ゆっくりなさって下さいね」 少女達と入れ替わるように龍牙・流陰(ia0556)は天幕の中に入るとフェンリエッタに笑いかけた。 「如何ですか?」 主語のない問いの意味を理解しにフェンリエッタは真剣に答えた。 「おそらくは‥‥で、あると思います。証拠はまだありませんが‥‥」 「そう、ですか。とりあえずは様子を見ましょう。彼女達の様子に気を付けて」 顔を見合わせた三人は、頷きあうと少女達の後を追いかけて行った。 天幕から出たアリアーナとアンナを 「お姉ちゃん達! 一緒に遊ぼう!」 「歌って」「踊って」 一座の子供やカルルが取り囲んだ。 「いいわよ。何の歌がいい?」 「私は、少し休ませてもらうわ。疲れたもの。アンナ。歌って。後で踊ってあげるから」 「まったく、姉さん達も疲れてるだろうに、あいつらも困ったもんだ」 若い芸人達の一人が子供達を呆れたというような様子で見る。 だが、その口調も横に立つ開拓者にはさらに厳しさを帯びていた。 「でも、どこかの奴らよりはマシか。一座の中に遠慮もなく入り込んでタダ見したあげく、芸人面して舞台に上がる素人よりはな」 彼ら開拓者の表向きの身分はリーガ城主から派遣された護衛、である。 自由を好む、旅芸人の気質だろうか? 受け入れてくれる者もいるが、嫌がる者やあからさまに邪魔者扱いする者も少なくはない。 「まったく、座長も物好きだぜ。子供は拾うし、入りたいって奴がいるとホイホイ入れやがる。誰が入ってくるか解らないってのにな」 舞台に上がったカルルやフェンリエッタだけではない。 光も 「雑用でもお手伝いもしますからお願いしますねぃ」 と一座の中に紛れ込んでいた。 「まあ、色々言いたい事もあるかと思うが命を護るためと言う事で了承してくれないか? なるべくそちらの邪魔はしないようにするから」 苦笑交じりのニクス(ib0444)に、 「もう既に邪魔なんだよ」 ふんと鼻を鳴らしてその男は去っていく。 それと交換するようにアルベールはリュートを持って寛ぐ子供達の輪の側に近づいていく。 彼らは木陰に陣取り、アンナの歌を聴いている。子供のよく知る童謡のような者を歌い終えた彼女は子供達の拍手に微笑んだ。 「アンナお姉さん、いい声なの。一度聴いたら忘れられないくらいいい声なの」 「ありがと。今度は何を聞きたい?」 カルルの賛辞に素直に喜び、アンナは子供達に問いかけた。 「あの、こんな歌はどうですねぃ?」 ふと光が鼻歌のように歌を口ずさんだ。鼻歌で歌詞は無いが、その歌に周囲の何人かが明らかに顔色を変えた。 アンナも、アリアーナも。だ。 「綺麗な歌ですね。こんなメロディーですか?」 アルベールがさらに追う様に音楽を重ねる。 アンナは逃げる様に目を閉じ‥‥ 「止めなさいよ! そんな湿っぽい歌じゃ踊る気にもなれないわ!」 アリアーナが寝そべっていた身体を起こして二人を睨む。 その時だ。 「いや、わいは聞きたいな」 「えっ?」 お前さん、そう呼びかけられたのはおそらくアンナであったろう。 だが、突然かけられた声にアンナだけではない。その場にいた全員が振り返り声の主を見た。 「あ、あなたは?」 開拓者や子供達。その背後を取るように立つのは八十神 蔵人(ia1422)だった。 「蔵人さん‥‥どうして、ここに?」 伯爵の手の者として外部からの調査を担当している筈の仲間にフェンリエッタは首を傾げるように問うた。 「物資輸送の休憩に寄らせて貰ったんや。‥‥ちょい、気になることもあったしな」 「気になること?」 戸惑う護衛開拓者達の言葉を軽く無視して、蔵人は天幕の入口で身構えるアリアーナと、アンナを見つめた。 「な、なによ? なんか、用があるっていうの?」 蔵人に啖呵を切るアリアーナであるが、開拓者達は気付く。 彼が見ているのはアリアーナではない。スッと歩み寄るとアンナの手を取る。 「お嬢さん」 「は、はい?」 「前に道で出会った嬢さんやな? 森で歌、歌うてたやろ? あの歌や」 「えっ?」 真剣な眼差しで蔵人はアンナを見る。 「森‥‥で?」 「ええ声やった。忘れられん声やと思うわ」 アンナの方は、蔵人との出会いに明確な記憶がないようだ。戸惑うような彼女を蔵人は冗談めかして引き寄せた。 「奇遇やね。これも運命の出会いや、どうや。わしとお茶でも‥‥ ぐはっ!」 突然蹲った蔵人。開拓者達は目を瞬かせた。 「ナンパか!? あたしの目の前でアンナに手を出そうなんて十年早いわ!」 アリアーナが躊躇いもない蹴りを蔵人の鳩尾に入れたのだ。 「アーナ!! だ、大丈夫ですか?」 崩れ落ちた蔵人にアンナは駆け寄り、手を差し伸べる。 「だ、大丈夫や。ゆ、油断しただけ‥‥。でも、流石踊り子。イイバネもっとるなあ?」 アンナの手を取り立ち上がった蔵人は彼女の顔を、もう一度じっと見つめ、優しく微笑んだ。 「あんた優しいなあ。良ければ今度、本当にデートでも申し込みたいくらいや」 「‥‥舞台のない日、アーナと一緒であれば。喜んで」 「それじゃあデートにならんで」 「アンナ一人でなんて外出は絶対ダメ!! 解ってるでしょ!」 二人の間を邪魔するようにアリアーナが割り込んで、体で盾を作った。 「わいもこれからまだ仕事なんや。今はまだなんだか姉ちゃん以外の護衛も多いし、少しゆっくりできる日があったら教えて〜な?」 「そんなの‥‥!」 「アリアーナ」 座長が静かにその名を呼ぶ。 「あっ!」 口元を抑えるアリアーナに何かを言い聞かせるような座長の眼差し。 アンナは微かに目を伏せた。 「近いうちに公演の休業日がございます。その時にでもよろしければ声をおかけください。よいな? アンナ、アリアーナ」 「は、はい。座長‥‥」 開拓者とアンナ、アリアーナ。彼らに問いかける様に言った蔵人の言葉の意味をその場の全員が理解する。 「んじゃ、邪魔して悪かったな。また用事済ませたら来るから、それまで頼むで!」 軽く去っていく蔵人。 その背中を見送りながら開拓者達は、座長と二人の少女達の様子を黙って見つめていた。 ●立ち向かう者 「また、彼に美味しいところを持って行かれた気がしますね」 寂しげに苦笑し肩を竦めるフェンリエッタの肩をニクスが叩いた。 女芸人達の天幕の前、そこにはアルベール達を含めた一座の護衛役、すなわち開拓者達が全員揃っていた。 いないのはリーガ城の兵士として外を警戒しているシュヴァリエ(ia9958)とフェンリエッタが『彼』と呼んだ蔵人だけ。 「でも、これでいろいろなことが解りました。まずメーメルの姫はおそらくアリアーナさんではなく、彼女の付き人アンナさんであるということ。それは間違いないですね」 開拓者達は頷きあう。 「メーメルの城から持ってきて桐さんが見せてくれた肖像画のイメージは、アリアーナさんよりアンナさんの方が近いものですねぃ」 「仕草に気品も感じられますし、何よりアリアーナさんが、彼女を自分よりも大切に思っていらっしゃる。あれは付き人への態度ではありません」 「それに、蔵人さんも言った通りなの。お姫様の歌声、忘れられないの」 光、フェンリエッタ、カルルと続いた言葉。 そして開拓者の見てきた全ての状況がアリアーナではなくアンナをメーメルの姫、アリアズナであると指し示している。 「おそらく、アリアーナさんと座長さんは間違いなく彼女の正体を知っておいでです。他にも何人か、知っている人がいるのでしょう。姫の正体を知っている人は彼女を守ろうとする立場の存在なのかもしれません」 アルベールは冷静に分析した。あの座長には、知っている空気を感じる。アリアーナにも。 あれは命を懸けて守ろうとする者を持つ者の決意の匂い。 ということは‥‥流陰は噛みしめるように続けた。 「僕達の正体や思惑にもおそらくは既に気付いておられるというころですね」 「そのとおりです」 「!!!」 開拓者達は後ろを振り向き、息を呑む。 暗闇の中響いた声の主は、昼の開拓者ではなく一人の男性であったのだ。 「座長殿‥‥」 その横に控えて立つのはアリアーナ。 二人の気配を感じなかったことに驚きながら開拓者は、二人の言葉を待った。 「互いに下手な前置きはよしましょう。我々は奥方様よりアリアズナ様をお預かりし、お守りしてきました。 皆さんは、アリアズナ様を探してこちらにいらした。そしてアリアズナ様を狙うヴァイツァウの残党を倒す手伝いをして下さる。それに間違いはありませんね?」 「‥‥ええ。それが私達の仕事であり、受けた依頼です」 フェンリエッタの返事に解りました。と座長は頷く。 「いつまでも互いに腹を探り合っていても仕方がありません。ですから、如何でしょう?アリアズナ様を狙う者達をとりあえずでも一掃するのに手をお貸し下さいませんか? 事が無事すみましたら、アリアズナ様と皆さんをお引き合わせします」 「よろしいのですか?」 桐の問いに座長は再び頷く。 「元々、アリアズナ様はメーメルに戻る意思で一座におられたのです。ただ、奴らのせいでタイミングが掴めなかった。皆さんが協力して下さるなら助かります」 「解りました。そういうことであるのなら‥‥全力でお力になります」 「アンナ。お前も良いな?」 「はい。お父様」 アンナと呼びかけられたアリアーナの目と態度に開拓者達は驚いたが、それを今、問いかけている暇はない。 さっそくの作戦が話し合われ伝令が走った。 決行は明後日、その日に一つの旅路の決着が着こうとしていた。 翌日の興業も大成功。 拍手喝さいのうちに終わった舞台に座長は一座の者達を集めて、こう告げた。 「ここ暫く、皆も休みなしだった。明日は休演日にするから、ゆっくり休んでくれ」 わあ、と座員達に歓声が咲く。 「お買いもの行きたいな」「美味しいもの食べに行こうね」「でも、見張りが付いてくるのかしら?」 「静かに。明日は辺境伯が街の視察を行うという。それで、リーガ城の城兵も、護衛の皆さんも、かなりそちらの方へ向かってしまう。皆、十分に注意するように。羽を伸ばすのはいいが、伸ばしすぎることのないようにな」 さらに彼らの声が踊った。 「ねえ、アンナ。買い物に行きたいの。付き合ってくれる? 髪飾りと紅を買いたいのよ」 「いいわよ。どなたか着いてきて下さるといいんだけど‥‥」 アンナは顔を見回した。見れば他の座員達もそれぞれ動きたがっているので、唯でさえ何人か減っている護衛の手は足りない。 「アルベールさんは?」 「伯爵に呼ばれているので護衛から外れる事になります。すみません」 「じゃあ、僕が着いていきますねぃ。少しはお役にたちますねぃ」 トコトコと近づいてきた光に少女達は顔を見合わせて微笑んだ。 「お願いね。じゃあ、着替えて行きましょう?」 楽屋に向かう彼女達を一座の座員の一人が、鋭い目で見つめると外へ向かって走っていく。 それをもちろん開拓者も彼らも見逃したりはしなかった。 街の中を楽しげに歩く地味な服の歌い手と派手な服の踊り子。 光は楽しそうに買ったお菓子を食べながら 「アンナさん、アリアーナさん」 と呼びかけた。 「その髪飾り、よく似合いますねぃ」 「あら、ありがとう」 彼女らは街の喧騒から抜け出すと、そろそろ一座の元へ帰ろうと足を郊外へ向ける。 その時だ。 「姫!」 路地から現れた男達が彼女らを取り囲んだのは。 「誰よ! 貴方達は!」 「姫とこの国の未来を真に憂うる者。ヴァイツァウの最後の姫よ。どうか我らの元へおいで下さい」 そういう男の口調は丁寧であるが、その手には刃が握られている。 「ここにはそんな者はいません。お帰りなさい!」 踊り子の啖呵にも男達は怯む様子もなく、襲い掛かってくる。 「希望を失うわけにはいきませんねぃ!」 光が身を挺して少女達を庇う。彼の実力は決して低くはないが高くもない。 街のゴロツキも混じった数で押す男達の襲撃には、後手に回り、守るのが精いっぱいであった。 「さあ! 来い!!」 男の一人が背後に隠れていた歌い手の手を掴む。 「キャア!」 あげられた悲鳴と同時に男の股間は、 「うぎゃああ!!」 直角に上がった細い足に蹴り上げられた。 「何!」 驚く男達が怯んだその瞬間、今度は回し蹴りが男の眉間に吸い込まれた。 男は地面に転がってそのまま動かなくなった。 戸惑う襲撃者の一人が、今度はがくんと膝を折ってその横に転がった。 誰も触れていないのに。怯え顔の彼らは視線の先に呪文を完成させたアルベールの姿を見る。 それとほぼ時を同じくして、リーガの兵士の服装をしたシュヴァリエやニクスが走ってくる。 フェンリエッタや蔵人、忍犬の姿も見えた。 「ちっ! 引くぞ!」 舌打ちして迷わず逃げ出したのはリーダーらしい男であった。 彼は、逃げざま何人かの仲間の背中に武器を投擲する。 「あいつ! 仲間を!」 唸り声をあげて呼吸を止めた仲間達を置いて、逃げていく者達を開拓者は無理に追跡しなかった。 「雪華! 追え!」 姿を変えて追跡をする人妖を見送って蔵人は襲撃を受けた少女達の方に、仲間と共に駆け寄った。 「大丈夫ですか? お二人とも‥‥」 流陰が気遣う様に手を差し伸べる。 「私は大丈夫。アーナも、平気ね?」 「ええ、ありがとう。アンナ。そして‥‥皆さん」 歌い手の姿をした少女に声をかけられ、踊り子の姿をした少女は立ち上がって微笑む。 そこにはもう、歌い手の娘はいなかった。 肖像画の絵が成長して抜け出したような、一人の姫が立っていた。 ●一人の少女の決意 旅芸人の一座の最奥の天幕で、開拓者達は一人の少女と向かい合っていた。 周囲には座長と踊り子アンナ。そして幾人かの芸人達が膝を折り控えている。 「改めまして。私がアリアズナ・ウロンスキィ。メーメル領主アレクセイ・ウロンスキィの娘です」 静かに微笑み頭を下げる少女を開拓者達は黙って見つめていた。 年のころは十四〜五歳。 柔らかい金髪と薄青の瞳が優しく微笑んでいた。 気品も感じる。外見も美しいの部類に入るだろう。だが彼女の雰囲気があまりにも淡く優しすぎて正直、戦乱に揺れるジルべリア貴族の娘という印象を持てずにいたのだ。 かつて戦場で見えた皇女や辺境伯とは違う、彼女は普通の少女に見えた。 「正確には、父上から家を出されたのでウロンスキィの娘ではないかもしれません。父も、兄も自らの誇りに準じたというのに‥‥」 「それは違うわよ。アリアズナ。旦那様はアリアズナを守る為に、きっと‥‥」 「アンナ」 優しく静止した座長の言葉にアンナは口を閉ざすが、それを受けてアリアズナは寂しさと嬉しさが混じったような笑顔で微笑んだ。 「アンナは私の乳兄弟。座長は私の乳母の夫です。里に匿われた私をずっと励まし、守ってくれました」 「皆さんのことはサーシアとランディスから聞いています。我々は、元はヴァイツァウ家やウロンスキィ家の為に情報収集や身辺警護を行ってきた一族でもあるのです」 ああ、と何人かが声を上げる。 そういえばランディスの言葉に兄弟の存在を匂わせるものがあった。 サーシアはもう村の役割は終わっていると告げた。あれは‥‥そういうことだったのか? 「メーメルの落城を聞き、母を亡くし、一人きりになった私は考えました。私はこの山の中で守られて過ごしていいのだろうか? と。志体を持たぬ私に何ができるという声と、何かせねばという声が私の中に常に響きます。じっとしていられず里を出たもののどうしたらいいか、答えを出せぬまま迷い、彷徨い、私はメーメルに帰り着いたのですメーメルの人々は私達を迎えてくれました。辛い生活の中、それでも未来を見ようとしている。姫としての帰還では無かったけれど、それでもいいと思っていた矢先、襲撃を受けました」 アリアズナの目には涙が溜まっている。 「私は、どうしたらいいのでしょうか? メーメルの人々の力になりたい。でも、私の存在が火種となりまた争いを生むかもしれない。一体‥‥どうしたら‥‥」 「んとね、好きにすればいいと思うの」 「えっ?」 柔らかく軽く、そう告げたカルルをアリアズナはじっと見つめた。ケララと明るく笑ってカルルは続ける。 「里のサーシアおばさんもメーメルのランディスお兄さんもね、決めるのはアリアズナお姉さんだって言ってたよ。その決断を助けてあげたいって。だから、アリアズナお姉さんがしたいと思うこと、幸せになるにはどうすればいいか、思うことをすればいいと思うの」 「でも、私には‥‥」 「貴族に生まれた責任か? 生まれがどうたらなんぞ今更やろ。別に好きに生きても誰が責められる?」 躊躇いがちに口にしたアリアズナの言葉を蔵人はさらりと切り捨てる。 「メーメルの住民は大変やろうがあいつらにだって自分の事は自分でせんといかん責任はある。それにな。アホする奴はおったが、ほとんどの連中は令嬢の幸せを願うとったわ。あんたがどちらを選んでも誰も責めたりせん。それがメーメルの民や」 「そう。どんな道を選ぶのも自由だと思う。だが、血筋を継承し領主という道を選ぶ事は貴女にしかできず、それで救われる者が多いのも確かな事だ。それでも周りを見れば判る。貴方を見れば解る。貴女は国を思っているのだと。だからどんな道を選んでも我々はそれを支持したい」 ニクスの言葉に光も頷いた。開拓者達はそれぞれにアリアズナへ思いを伝える。 それは、彼女を追って経てきた長い旅路、その結論であった。 「サーシアさんが姫が民を思って出て行ったことを心配していましたねぃ。きっと他の皆も貴方の事が大好きなんですねぃ」 「我々を頼るな。決断は貴方自身がすることだ。乳母も乳兄弟も、まして我々の言葉で決めては意味がない。中途半端な気持ちで治められる住人の事を思えばこそ、全ては貴方が自分の意志で決めなくてはならない」 光と対象に鋭いシュヴァリエの言はアリアズナの心を俯かせる。それは彼女も本当は解っていることである筈だ。 ふとその時、リュートの音色と歌声が響く。 「いずこにありや 光の国‥‥ どうか導きたまえ。迷い子達を♪」 アルベールが爪弾いて歌ったフレーズにアリアズナは顔を上げた。 「これは神教会の歌ですね。尊い存在に我らを守り導きたまえと願う、歌」 「それは‥‥」 「ですが光の国ならば‥‥ほら、此処にあるんです。天上の光ではなくとも、人々の光のある、国が。皆‥‥貴女を愛している。貴女を待っているのです」 「光の国は素晴らしいところかもしれない。でも命は森に還り大地の揺籃に抱かれ、今を生きる私達を支えてくれる。光は、共に紡ぎゆく明日にこそあるの」 アリアズナの目を見つめながら自分自身に言い聞かせるようにフェンリエッタは己の心の全てを紡いだ。 「幸せの定義は人それぞれ、心と行動の自由は必ずしも一致しない。民は自らの事より、愛する貴方の幸せを一番に願ってた。だから問うわ‥‥。 これからの貴方にとって喜びを分かち合い、苦しい時に共に在りたいと‥‥心に浮かぶものは何? 義務や責任よりも、もし今失いたくない物があるなら絶対に手放してはダメ。どんな道にも必ず困難はあるけど真摯に向き合い寄り添おうとする者を助ける手は‥‥必ずあるのだから」 「皆さん‥‥」 アリアズナの返事を待たず開拓者達は、座長たちに会釈をして天幕を一人、また一人と出て行った。 最後に残った流陰が一度だけアリアズナを振り返って、本当に最後の言葉を告げる。 「あなたがどんな選択をしても僕たちはその選択を支持します。メーメルの人々が平穏な暮らしをできるよう支援も続けます。 ただ‥‥一つだけお願いがあります。 どうか自分の心に正直に。誰からも指示されるのではなく、皆も言っていましたが、自分の本当に望む選択をしてください。それがあなたの兄やランディス殿たちメーメルの民の、心から望んでいることだと思いますから‥‥。貴女が生きたいと思う空で生きられることを願っています」 開拓者達の後を追い、芸人達もまた外に出て行った。座長も、最後まで心配そうに残っていたアンナも静かに天幕を出ると、暗くなった部屋に灯火を一つ、つけて入口の幕を下ろした。 一人、残されたアリアズナは、灯された炎をじっと見つめていた。 そして、自分の意志で開拓者達の前に姿を現したのである。 彼女が何を思ったか、どんな結論の果てにその答えを出したか、知る者はいない。 だが、その決意の眼差しは揺るぎなく、きっと最初から結論は出ていたのだと開拓者達は知っていた。 ●メーメルの姫の帰還 翌日、フェンリエッタは正装を整えた上でリーガ城主、辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスに謁見を求めた。 迎えに差し向けられた馬車から現れた姫をアルベールと共にエスコートする。 護衛につくのはニクスとシュヴァリエ。 リーガ城の奥に迎えられた正装の姫は、正式な礼で辺境伯にあいさつをしたのだという。 「メーメル城主 アレクセイ・ウロンスキィが一子。アリアズナ・ウロンスキィでございます。病の為、ご挨拶が遅れ申し訳ありませんでした。 父、兄の過ちを深くお詫び申し上げます。今後、ウロンスキィ家は皇帝陛下に忠誠を誓います。もし叶うのでありましたら、どうかメーメルの地の継承と統治をお許し下さいますようお願い申し上げます」 辺境伯の返事はこうであった。 「姫のご帰還を心からお待ち申し上げておりました。陛下にもそのご意志をお伝えいたしましょう。今後共に、南部辺境の戦災復興に力を尽くしてければと願っています」 この会見を持ってアリアズナは正式にジルべリアの貴族社会に復帰した。 領地の継承その他に手続きは残るが、おそらく問題はないだろうと仲間達に告げたフェンリエッタの言葉に、開拓者達はとりあえずの胸を撫で下ろす。 だが、その表情は明るいものではない。 「しかし、安心はできないな。何より、奴らの尻尾を掴めなかったのが痛い」 悔しげにシュヴァリエが言う。開拓者達はアリアズナの護衛と復帰には成功した。 彼女を狙う者達の撃退も成功であったと言えるだろう。 けれど襲撃者の本体を掴むことには失敗したのだった。 捕えられた襲撃者の殆どはごろつきで大した情報を持ってはいなかった。 本体に近い者達は味方の手によって命を絶たれていた。 そして人魂として追跡をしていた蔵人の人妖は途中で気付かれ返り討ちに合っていた。 単騎での追跡が危険であったのは承知だが、大勢で行けばさらに見つかる可能性があったのだから仕方はない。 「すみません‥‥あの兵士、かなり強くて‥‥。それになんだかアヤカシの気配も‥‥」 「ああ、もうええ。気にするな。しっかし、またかいな」 蔵人は落ち込む雪華にそう言ったが目と口元は明らかに悔しさを噛みしめていた。 正直な話、目星はついているのだ。 ルシール・フルフラットや鴇閃の情報収集により、開拓者達が護衛をしている時点で何人かの辺境貴族がリストアップされていた。 戦地となったメーメルや、勝者として税の減免を許されたリーガと違い、反乱に与したものとして尋常ではない課税を課せられた者達。 逆恨みにも近い怒りで彼らのうちの一人が打倒皇帝を狙っているという。 「私は旦那様の仇をとりたかっただけだ。彼らがどうしようと、どうなろうと知ったことではない。旦那様が疎んだ姫など‥‥」 一座の中から敵に情報を流していた者は捕えられて後、こう言った。 「最早、終わってしまった事に‥‥これ以上、命を散らす必要もありません。ヴァイツァウ家の最後の意思を、無駄にしないで頂きたい」 裏切り者は自分達の手で始末すると言いかけた座長をアルベールはそう言って止めたが、その後の判断を彼は知らない。 「直接の関係を明らかにできなかった以上、下手な言いがかりをつけるのはアリアズナ姫や、グレイス辺境伯に迷惑がかかります。ここは諦めるしかありません。残念です。あと一歩であったのに」 悔しげな桐を慰めて、開拓者達は無人となったリーガの広場を見た。 一座は旅立っていった。幾人かはアリアズナの元に仕え、残りは彼女を守る為、さらなる情報収集に動くという。 アリアズナが正式に皇帝への帰順を示したことで、一見、彼女の火種としての価値は消えたように見える。 だが、それが表向きでしかないことを彼らは知っている。 「でも、約束しました。彼女の力になると‥‥」 「自分で決めたならボクも精一杯力になりますねぃ」 「ああ‥‥そうやな」 開拓者達は城を見上げた。 長い旅路の果て、自らの意志で己の役目に向かい合うと決めたメーメルの姫。 彼らも同時に自分の意志で決意する。 彼女とメーメルの平和を守ると。 |