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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 報告書と一枚の地図を広げながら南部辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは小さな唸り声を上げた。 開拓者達と彼は、ヴァイツァウの乱によって荒れ果てた土地の戦災復興に尽力を注いでいる。 その為に崩壊した城下町メーメルの後継者を探していたのだ。 そして一つの情報が手に入った。 地図が指し示す先はメーメルから西。大ケルニクス山脈の文字通り山奥にあるという小さな隠れ里であった。 普通の地図には乗らぬ程の小さな里であり、空からはまず見つけることができないこの里はグレイス辺境伯の管轄の外にあった。 確かにここに彼女はいるかもしれない。だが‥‥ 「ここは‥‥まさか‥‥」 彼は再び唸り声を上げる。 そして再び、三度依頼を出すことになったのである。 「これは極秘の任務であることをまず理解して頂きたいのです」 呼び出された開拓者達はその目に緊張の色を漂わせる。 開拓者ギルドにグレイス辺境伯が依頼を出すことは珍しくはない。 ただ、直接ここに来て依頼を出すことは稀であった。 つまり、それだけ事態が緊迫しているということ。もしくは本当に他者に知られるわけにはいかないということである。 「依頼内容は以前と同じ、メーメルの姫。ウロンスキィ伯の奥方と令嬢アリアズナ姫を見つけ出すことです」 開拓者は顔を見合わせた。 確かにデリケートな依頼ではあるが、前回はここまで気を使ってはいないかった。何故? それに答えるようにグレイスは続ける。 「前回、姫が身を寄せたであろう隠れ里の場所という地図を受け取りました。ここに姫がいる可能性は確かに高いでしょう。ですが、この場所が問題なのです」 地図を指示し、グレイスは言う。 「まず第一にここは大ケルニクス山脈の山奥にあります。木が生い茂り道も狭く細い。馬車が一台通るのがやっとで、龍でもグライダーでも上空から行くことが難しい為メーメルから歩いていかなければなりません。普通に行って徒歩二日というところでしょうか?」 開拓者の足なら一日足らずで行けるだろうが、と言い置いた後第二、第三と問題に指を折る。 「第二はその地がヴァイツァウ家のかつての所領であったということです。あくまでも噂ですがかの方が匿われていた修道院もこの近くであったとか‥‥」 『かの方』その言葉が意味する人物を開拓者達は思い出す。 戦乱を巻き起こした若き貴族。今はもうこの世にはいない‥‥。 「彼らは戦乱には一切の関わりを持っていませんでした。つまり里では私はおろか、開拓者の人気も通じません。完全な敵地であると思って下さい。さらに言えばそこは神教会信者の隠れ里という噂もあるのです。前も言いましたがもしそれが本当で、彼女達が村にいた場合、令嬢の地位継承は極端に難しくなります。だから、私個人としては令嬢達がもうそこにはいないことを願っているのですが‥‥」 とはいえ、令嬢たちの居場所の手掛かりは他にはない。 一度はその里に行き、彼女達の手掛かりを探さなければならないのだ。 「メーメルや、この近辺は不穏分子などの徹底調査と掃討をして貰ったこともあり、しばらくは落ち着いているでしょう。しかし、ジルべリアの夏は短く、秋はもっと短い。冬が来る前に何としてもこの件に結論をつけなくてはなりません」 グレイス自ら隠れ里に行くのは論外である。 万が一にも暗殺などということになれば、新たなる戦争の火種になってしまう。 「可能な限り、密かに、速やかにかの村に赴きメーメルの姫の情報を集めて頂きたい。よろしくお願いします」 解っている限りの情報提供と、繋ぎの協力。さらには資金協力を約束して彼は去って行った。 未だその安否も姿さえも分からぬメーメルの姫。 行く手にはだかるのは大ケルニクス山脈と、広がる森。そして‥‥沈黙の人々。 彼女を追う開拓者達の調査は、文字通り一つの山場を迎えようとしていた。 |
■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
桐(ia1102)
14歳・男・巫
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
龍威 光(ia9081)
14歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アルベール(ib2061)
18歳・男・魔
カルル(ib2269)
12歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●太陽の光 かつて、ここは最後の戦場となった。 崩れた城壁、穴の開いた庭。 かつては南方の花と言う者もいたメーメルの城は戦乱の後、一時はアヤカシに支配さえされていた。 アヤカシが討伐され、人が戻って幾月。 「思ったより面影は残っているようですね」 桐(ia1102)はその城を一人、歩いていた。 正直に言えば金目の者は殆ど残されておらず、あちらこちらに血の跡戦いの残滓が残る。 人が住むという面では難しい状況ではあったが、掃除や片付けの手も入り始めかつての様子を取り戻しつつある。 「でも‥‥この様子では残っていないかもしれないですね。‥‥あっ」 小さく諦めの様子で息を吐き出した桐は、ふとある場所で足を止める。 そこに奇跡のように残っているものがあった。 メーメルの街は今、活気に溢れていた。 戦いの為ではなく、より良く生きる為に自分達の力を使える。 それは人々にとって何よりの喜びであるようだ。 いくつかの回り道を経てやっと街は戦災復興への道を歩みだしたのである。 運び込まれるキャラバンの商品、旅芸人達が歌い踊る姿も見える。 畑はまだ手を入れるのが精いっぱいであるが、運び込まれた山の実り、森の実り、川の実りが市場に並ぶ。 もっとも美しいジルべリアの夏と秋。 「少しずつ活気が取り戻されているようですね。良かった‥‥。彼らの上に太陽の光が降り注いで‥‥」 ほのかに笑うフェンリエッタ(ib0018)の笑顔はいつもと特別変わりはない。自分が贈った向日葵が金色の花を輝かせている。 『自分の心は土砂降りのくせに‥‥』 「ウィナフレッド!」 鞄からの声に蓋をしてフェンリエッタは歩いていた。 「カルル(ib2269)さん。先に行っています。買い物が終わったら来て下さいね」 「うん! 解った。おばちゃん。そっちのベリーと、こっちの梨ね。桃はまだある?」 両手いっぱい、籠いっぱいに果物を抱えるカルル。 「老。お話を伺えないだろうか?」 「ちょっと聞きたいことがあるんやがな?」 街の人々に情報収集をするニクス(ib0444)や八十神 蔵人(ia1422)も見かけるが軽く挨拶をするに留めて歩く。 やがて、彼女はある一軒の家の前に辿り着いた。家の前で仲間であるヘラルディア(ia0397)がフェンリエッタを見止めお辞儀をする。 「おまちしておりましたわ。ランディスさんは中にもう待っていらっしゃいます」 先に待っていた彼女に頷くと、龍威 光(ia9081)や桐の到着を待ってフェンリエッタはドアをノックした。 「どうぞ‥‥」 開いた扉が数日前と同じように彼らを出迎える。中で待つ黒髪の青年と共に。 「明日、出発いたす。その前に、どうしてももう一度お話を伺いたかった」 頭を下げるシュヴァリエ(ia9958)に彼、いや彼ら開拓者達を出迎えたランディスは 「そうですか‥‥」 と、静かに微笑んだ。 メーメルの伯爵家に仕えたという彼は行方知れずとなった姫の確実な手掛かりを知る唯一の者である。 「‥‥神教会の信者の隠れ里という噂があるそうだが、貴方はそれを知っていたのか?」 「知っていたとしてもそうだ、とは言えませんよ。私の故郷でもありますし皆に迷惑はかけられません」 そして青く優しい瞳を静かに閉じる。 「僕の知っている限りのことは話しました。後は、皆さんと辺境伯、そしてアリアズナが選ぶことです」 「彼女の選択が、『領地を継がない』でも?」 「それが彼女の選択であるなら」 ランディスの、いや民達の深い情愛と決意を感じ龍牙・流陰(ia0556)は口をつぐんだ。 代わりに桐が質問を続ける。 「ぶしつけな質問と承知しておりますがアリアズナ姫の外見を教えて頂けませんか?」 「アリアズナは母親譲りの柔らかな金髪で青い瞳をしています。光のような少女でした」 「そうですか。ありがとうございます」 「金髪に‥‥青い瞳?」 一人ごちた蔵人の呟きはランディスの耳には入らなかったようである。 「手紙の受取人サーシアさんはだあれ? お母さん?」 「はい。私と同じ目と外見をしていますよ」 そこまでで話を切ると彼は用事があると立ち上がった。 開拓者に一礼をして去ろうとする彼の足を光の呟きが一瞬留める。 「天意か人意どちらの意志なんでしょうねぃ?」 「‥‥人意でしょう。違うことなく。天は誰も守ってくれませんから。我が子であろうとも‥‥」 一瞬の後、彼は部屋を出て行った。 「彼から聞けるのはここまででしょう。予定通り明日出発します。準備をして来て下さいね。龍がいる方は置いてくる準備も」 フェンリエッタは仲間に指示を出す。 山道が続く探索に龍は連れていけないことは指示されていた。 光の須臾、流陰の穿牙、桐の歌月、シュヴァリエのドミニオン、ニクスのシックザール、アルベール(ib2061)のエイレーネー、カルルの駿龍もリーガで預かってもらうことになる。 その手配に、山歩きの準備に開拓者達が動き出す中 「雪華。ちょい手伝え?」 「な、なんです? いったい?」 蔵人は一人、人妖の耳を引っ張り闇の中へ消えて行ったのだった。 ●隠れ里 そして開拓者達は街道を辿り村に到着した。 街道と言ってもそこは、本当に細い道であった。馬車が通るのがやっと依頼主は言ったが、その馬車さえもおそらくは簡単には通れないだろう。 ここが道であると言われなければ気が付かないかもしれない程の山道を開拓者達は進んでいった。 「その里の事はホントにあんまり知られとらんらしいな。聞いても知らん奴多かったわ」 野営地で蔵人はそんなことを仲間の開拓者達に伝えていた。 山奥で羊を飼って、織物をして暮らす。他を寄せつかないわけではないが、他と関わりを持とうとしない村。 それが開拓者達がリーガ城やメーメル城で聞いた話であり、閉ざされた扉がそれを証明するかのように開拓者達を押し留めていた。 鍵はかかっている大きな扉は、木製で壊そうと思えば簡単に壊せるだろう。 だが、開拓者達はもちろんそうしようとはしなかった。 誠実に扉を叩き頭を下げる。 「どうか御開門を。メーメルからのお手紙を預かって参りました」 「メーメルから? 誰だ?」 七人もの来客に門番の男は不審げに問う。 「ランディスさんから、サーシア様へ。お取次ぎ頂けないでしょうか?」 「ランディス? 解った。待っていろ」 待たされること暫し。扉はやがてゆっくりと開かれて思ったよりもすんなりと開拓者達は村の中へと招き入れられたのだった。 「かわいらしい村ですね。そう思いませんか? ポザネオ」 村の中にこっそりと潜入したヘラルディアは、胸の中に抱いた猫又にそう問いかける様に声をかけた。 はちみつ色の壁、草原で羊が草をはむ。おだやかな光景だ。 だがその中に足を踏み入れることなく、開拓者達の何人かは森の中に身を潜めた。 「こんなこそ泥のような格好、あいつが見たら何と言うかな」 自嘲するようなシュヴァリエの呟きを聞かなかったふりをして蔵人はええか、と雪華に言い聞かせた。 「怪しいところとかないか、注意して調べるんや。村の中に入った連中に多分、村人は気をとられてるやろ? だから今がチャンスなんや」 「でも、私の姿では‥‥」 「人魂とか使えばええやろ? がんばれー」 ヘラルディアも自分の猫又に情報収集を命じている。 彼らの役割は正面からは簡単には聞けないであろうこの村の真実を探すことだ。 「神教会の関係、というなら教会とか修道院とかか。後は、墓地とか‥‥」 「でも、そういうところは見られたくはないでしょうから、探っていると解らないようにしないと‥‥」 最悪中に潜入している仲間達の足を引っ張ることになりかねない。 「何かあったら、直ぐ逃げましょう。夜にはここに戻ってきて下さい」 「なにが悲しゅうて村の近くで野営せなあかんのやろ。今頃あいつら、ええもん食ってるんやろな〜」 苦笑しながら開拓者達は顔を合わせると、再び静かに森の中にその身を潜ませたのだった。 その頃、村の中に招き入れられた開拓者達は、その最奥に近いところにある一軒の家へと案内されていた。 「ここは‥‥」 開拓者達が観察眼を発揮するまでもなく、そこが村長かそれに近い人物の家であることは解った。 かなり上等の調度に囲まれたその部屋で待つこと暫し。 「お待たせしました」 現れたのは穏やかな笑みをした女性であった。 黒髪、青い瞳のサーシアと名乗った女性は、確かめる必要もなくランディスの母親であると解った。 「ランディスからの手紙を預かってきたと伺っておりますが、手紙を届けに来ただけにしては随分と人数が多くありませんか?」 目の前にいる五人に彼女はそう告げる。決して責めている訳ではないと解っているが見透かされたような言葉に開拓者達はドキリとした。 「少し前にメーメル周辺で『盗賊』が出たこともあり警戒を強めていまして」 流陰の言葉に嘘はない。フェンリエッタは手紙を差出し、彼女はその手紙を広げる。 その光景を見ながらニクスは周囲への警戒を解けずにいた。 (見張りがいるな。部屋の外に二人、窓の外にも‥‥) 微かな敵意を感じながらも彼は剣から手を放す。手荒な真似は間違いなく命取りだ。 「事情は解りました」 手紙から顔を上げたサーシアは、手紙を折りなおすと開拓者達の方を見た。 「アリアズナ様の居場所をお求めなのですね」 「はい。ですが、無理を強いる積もりはありません。ランディスさんの伝言にもあるとおり、選択は姫君に、と‥‥」 「身勝手な事と思いますが、どうか‥‥」 頭を折るアルベールとフェンリエッタを手で制して彼女は静かに答える。 「貴方達のお気持ちと立場も解ります。ですが、この村にもうお二人はいないのです」 「えっ?」 顔を見合わせる開拓者達を促すようにサーシアは立ち上がり、歩き出す。 開拓者達は慌ててそのあとを追いかけて行った。 ●試しの時 「ここが、奥方様の眠られておられます」 小さな建物の裏に広がる墓所。 開拓者達を案内したサーシアはその奥にある一つの墓石を指し示した。 真新しい石碑には 『ウロンスキィ伯の妻にてヴァイツァウの最後の娘、ここに眠る』 と名前と共に刻まれていた。 「戦乱後、間もなくです。姫君が心労でお倒れになられたのは‥‥。そのまま身体を病まれお亡くなりになりました。コンラート様の処刑以前のことです」 「‥‥そう、ですか‥‥、ではアリアズナ様は?」 問うアルベールにサーシアは首を横に振る。石碑の横にはもう一つ何も刻まれていない墓石が立っていた。 「‥‥そんな‥‥」 「この地はもはや何の力も意味もない場所です。皆様のお役にたてることは何もないでしょう。お休みになられたらどうぞお引き取りを」 言外に帰れと言い残して彼女は去っていった。 「もうお亡くなりになられていたなんて‥‥。あの方になんと言えばいいのか‥‥」 墓石の前、崩れる様に膝をつくフェンリエッタをニクスが支え歩き出す。 フェンリエッタだけではない。彼らの胸に寂寥感が止めどなく流れていく。 ‥‥だが、開拓者達はそれでも足を止めようとはしなかった。 「本当に亡くなられたのなら、そのことを民に伝えないと」 「そうですね。できる限りのことをしましょう」 とそれぞれに動き始めることにしたのだ。 フェンリエッタはアルベールと共に音楽を奏で人々の心を癒し、人々の話を聞く。 桐と光がその歌声に和するように明るい声で歌った。 カルルはもちろん子供達と全力で遊ぶ。 村では珍しい球で遊ぶカルルの笑顔の周りには、いつしか子供が子供達、となり集まってきていたのだ。 広場の端では桐が食べ物や薬などを広げている。カルルの持ってきた果物と合わせて穏やかな香りと時を放っていた。 「おなかがすいたの。みんなで果物食べようなの」 誘いかけるカルルに子供達は頷いて集まってくる。 果物の皮むきを手伝いながら桐は子供達や周囲の人々に目をやり、そこにどうやら姫らしい人物がいないこと察していた。 カルルもそれに気づいたのだろう。 「そういえば、こんな歌知ってる? 前にね、聞いたんだけどジルべリアの歌、なのかな?」 手で口元を拭うと彼は横笛を取り出した。口にそれを添え音を奏でる。 『‥‥いずこにありや。光の国。どうか導きたまえ。迷い子達を‥‥』 それは、少し前、森で聞いた歌声の響きを真似たものであった。 清涼でどこか心に響くそのメロディーに、子供達は何故か顔を見合わせていた。 「お止めなさい。それを口にするのは貴方の為にはなりませんよ」 「? どうしてなの?」 お菓子と飲み物を持って、やってきた子供達の母親の一人がどこか困ったような顔でカルルに声をかける。 「それは鎮魂の歌、なのですよ。死者を送る葬列の歌。そして‥‥」 「そして?」 言葉はそこで止まった。母親が本当に困ったような顔を見せたので、カルルも桐もそれ以上の問い詰めはしなかったという。 そんな日常の中、流陰やニクスも彼らを護衛しながら村の仕事などを手伝い日々を過ごした。 それは情報収集という意味も勿論あったが、それ以上に人々と心を通わせたいという思いがあったのかもしれない。 いくつかの情報は得られたが決め手にとなる情報が得られぬまま、まもなく帰還というある日。 彼らは取り囲まれたのだ。 「貴方達は‥‥」 武器を構えた村人達に。 開拓者達は突然襲われた人々に対し、防戦一方となる。 開拓者七人に対して十人の人間達が、確かな敵意を持って襲ってきたのだ。 剣や弓を使ってくる敵は、志体持ちではないとはいえかなりの手練れで手加減をしないではいられないほど甘い相手ではなかった。 だが怪我をさせる訳にはいかない。 防戦一方でありながらも開拓者達はそれを第一に心に持っていた。 一人一人を確実に、できるだけ怪我をさせないように倒していくその最中 「おい! お前達。何をしている!」 開拓者達の背後から声がかかった。 「シュヴァリエさん!」 現れた味方に開拓者達の声が踊る。 「ポザネオ! どこです?」 「雪華、援護や!」 さらに現れた二つの声と二つの影が加わる。 唯一のアドバンテージであった数を失い、襲撃者達は明らかにたたらを踏んでいた。 それでもなお、武器を互いに握りしめた時。 「そこまでです! お下がりなさい!!」 場を割くように声が響いた。襲撃者達が膝をついたその時、武器を下した開拓者達の前に現れたのは‥‥ 「サーシアさん」 あの女性、ヴァイツァウ家の乳母であったのである。 ●道筋 「ご無礼をお許し下さい」 館に再び招き入れられた開拓者にサーシアはそう言って頭を下げた。 「皆様を試させて頂きました。どうか、アリアズナ様をお守り頂けないでしょうか?」 「えっ?」 目を瞬かせる開拓者達にサーシアは続ける。 「アリアズナ様は、今、メーメルに戻っておいでです。戦乱の後、この村でお守りしておりましたが、もし自分にできることがあるならメーメルを助けたいとご決意をされて‥‥」 「メーメルに?」 息をのみこんだヘラルディアの言葉にはいとサーシアは頷いた。 「ところが先の戦乱の敗残兵と共にアリアズナ様を帝国打倒の新たな旗印としようと狙っているのです。愚かな事にこの村の者も数名もそれに加わっています。故にアリアズナ様は、自ら名乗り出ることもできずその身を潜めておられるのです」 (まさか‥‥) 言葉にならない思いが開拓者達の幾人かの心に広がる。 「辺境伯の思い、皆さんの思い、人々の願いがアリアズナ様の思いと同じ方向に向かうのであれば、我々はそれを叶えて差し上げたいと思います。そう信じてあの方を村から送り出しました。なのに愚かな者達がせっかくの和を乱そうとしている。それは許されることではありません。どうか、開拓者の皆様。アリアズナ様をお守り下さい」 村人達の願いに頷くことにもちろん開拓者の異論はない。ただ‥‥ 「どうして、私達を信じて下さるのですか?」 そうフェンリエッタは問いかけた。サーシアは柔らかく微笑する。 「ここ数日の皆様の行動を拝見させて頂きました。我々を思いやって下さる行動、誠実であろうとする思いが伝わって来たからです。もし、そうしようと思えば皆さんは、調べた事で我々を脅すこともできた。武力で押さえることもできたでしょう。しかし、そうしなかったことで私達は貴方方を信じてもよいとそう思えたのです」 シュヴァリエとヘラルディア、蔵人は顔を見合わせる。 どうやら気付かれていたようだ。彼らがこっそりと村を調査していたことも、村人の何人かの家で祈りを捧げる様子や埋められたシンボルを見つけていたことも。 だが、それを盾に情報を奪い取ろうという行動に及ばなかった事と、武器を構えたり戦いを考えようとしなかったことが結果的に良い方向へと向かったのかもしれない。 「我々の役目は本来、ヴァイツァウの一族が滅んだ時に終わっているのです。ですが、まだ夢を見る者達がいる。どうか、愚かな彼らを止めてアリアズナ様をお守り下さい」 深いお辞儀に込められた思いに、開拓者達はただ沈黙する以外の行動を示す事はできなかった。 「‥‥いずこにありや、光の国。 どうか導きたまえ。迷い子達を 暗闇の彼方に光あらん。 願う彼方に光射さん。 迷う我らを照らすがごとく。 ‥‥いずこにありや、光の国。 どうか導きたまえ。迷い子達を‥‥ 守りたまえよ。我らを‥‥」 帰路フェンリエッタはその歌を何度も繰り返し口にしていた。 歌の好きだったアリアズナ。 古謡や昔語りも得意だったというが、戦乱以後は人前でその歌以外を歌うことが無かったらしい。 「あんまり人前で歌わない方がいいと言っていましたけど何故でしょうね?」 村に代々伝わる鎮魂の歌だと言っていたことを桐は思い出す。 姫は戦乱の後、何度もその歌を歌っていたと。 「そりゃあ、危ないからだろう。果たしてこの歌を歌う娘に重荷は背負えるのか?」 「えっ?」 吐き出すように言ったシュヴァリエはそれ以上の言葉を紡がず沈黙する。 「無理に背負わせなくてもいいと思うの。本当はアリアズナおねえさんを探すよりも大切なコトがあるとおもうのにゃ」 その意味を考える開拓者達にカルルは明るく笑いながら子供達からお土産にもらった菓子を齧る。 どこか懐かしい味のするそれと共に託された思いを彼は文字通り噛みしめていた。 「ただのカンやったんやけど、まさか大当たりだったんかいな?」 蔵人はそういいながら苦笑するように笑った。 以前、森で出会った一人の少女。 鎮魂の歌を歌っていた彼女の事が蔵人は何故か気になっていた。 桐や光に手を貸してもらって調べたところ青い瞳の彼女はメーメルにやってきた旅芸人の踊り子であったらしい。 金髪であったかどうかはまったく思い出すことができないのだが。 「森に轍の跡が残っていましたねぃ。馬車で旅してメーメルにもどったんですかねぃ」 何かを秘めたようなあの青い瞳だけは胸に突き刺さる。蔵人は髪を掻き毟った。 「気になって戻ってきただけなのか、それとも本当に帰りたいのか‥‥。自分の為だけに生きてもええやろと思うけど、そこは為政者の責任ってやつか? ああ‥‥面倒くさっ!」 「それでも」 静かに呟くようにアルベールは微笑する。 「私は嬉しく思いますよ。あの方が少なくとも人々への責任を心に持っておられたことに‥‥」 「そうですわね。叶うのならどんな道であれその姫の願う道筋へのお手伝いを‥‥」 開拓者達はそれぞれの思いと誓いを胸にメーメルへの道を辿る。 いよいよ時は近づく。 メーメルの姫との『再会』の時が‥‥。 |