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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 開拓者がメーメルの救援物資横領事件を捜索していた頃、南部辺境預かる辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは仕事の傍らある調査を行っていた。 それはメーメル城城主の血筋が残っていないかということであった。 絶対王政下の民にとって己が主君、領主の存在はそうでない者が想像するより遙かに大きい。 良き領主は人々にとって誇りであり、また心の支えとなるのだ。 グレイスはメーメルの人々が笑顔と誇りを取り戻せるように、彼らが敬愛する前領主の血筋が残っていないか。 可能であるならその人物に領主と爵位を継いでもらえないかと探していたのだ。 勿論、先に横領した役人を始め領主の地位を狙う有象無象は存在するが、そんな者達はもう万が一にも近づけるわけにはいかない。 メーメル城の前城主はアレクセイ・ウロンスキィ。 彼が妻帯していたことは確かなのだが、グレイスは何故か彼の奥方に会った事が無かった。 「ご子息とは顔を合わせているのに‥‥何故?」 首を傾げる彼に、彼の執事はお茶を入れながら静かに告げた。 「それは、ウロンスキィ伯が奥方様と別居なさっておられたからです」 「? どういうことです?」 かつてこの地を治めた領主一族に仕えた事のある執事は、過去を懐かしむように小さく笑うと今の主の質問に答えた。 「ウロンスキィ家とヴァイツァウのご一族は古くから親交が深く、何度か縁組も行われました。一番最近では前領主アレクセイ様とヴァイツァウ家の‥‥傍系ではありますが姫のご結婚でしょうか? ですが、それから間もなくヴァイツァウ家は、誰もが知る運命を辿りました。その折、姫君はすでにアレクセイ様との間に一男一女をもうけておられお二人をすくう為もあり棄教を宣言されたのです」 だがそれがヴァイツァウ家と親しかった夫の不興をかった、というのだから運命は皮肉なものだ。 「それからの事情を詳しくは私も存じません。ただ、コンラート様の挙兵時には家を出されていたと伺っております。おそらくは姫君も‥‥」 「メーメルの姫‥‥か」 社交界へのデビューもまだであったこと、さらに戦乱の影響で城が壊滅してしまったこともあり外から調べるにはこれが限界のようにグレイスは思った。 後は、メーメルの中に入って調べるしかない。 だが彼が表立って姫を探す事はいろいろな憶測を生み、やっと落ち着きを見せ始めてきたメーメルに悪影響を与えかねない。 「ここは、やはり彼らに頼むしかないか‥‥」 『まるなげはよくないとおもうのにゃ』 誰に向けた言葉であったかは解らないが、開拓者の少年が呟いたそんな言葉はグレイスの耳にも入ってきている。 勿論、開拓者に仕事を丸無げをするつもりは無いが、メーメルの民への信頼度はやはり開拓者の方が上だろう。 特に今回は、デリケートな聞き込みが必要となる。 少し甘えすぎかもしれないと自嘲しながら彼は、開拓者への依頼書を送ったのであった。 『メーメル城主 アレクセイ伯のご夫人とご息女の情報を集めて欲しい』 グレイス辺境伯からの依頼書には、彼が知る限りの情報と共にそう書かれてあった。 『メーメルの人々にとっての希望を見つけ出して欲しい』 彼の願いと共に。 |
■参加者一覧
龍牙・流陰(ia0556)
19歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
龍威 光(ia9081)
14歳・男・志
シュヴァリエ(ia9958)
30歳・男・騎
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ニクス・ソル(ib0444)
21歳・男・騎
アルベール(ib2061)
18歳・男・魔
カルル(ib2269)
12歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●メーメルの姫 猛暑と呼ばれる今年の夏も、ジルべリアは比較的冷涼で過ごしやすい。 「天儀に比べるとだいぶ涼しいですね。まさかこうも早く戻ってくることになるとは思ってませんでしたが‥‥」 額に微かににじむ汗を手で拭いながら呟いた龍牙・流陰(ia0556)に 「そうですね。でも、以前に比べると活気が出てきているようで何よりです」 アルベール(ib2061)は同意すると城壁に守られた城を見上げた。 以前来たときには物資もなく、廃墟といった風情であったが、今はこうして中に足を踏み入れるまでもなく人の生きている気配や思いを感じることができる。 城の中から感じる活気、時折聞こえる笑い声。 「よい傾向であると言えよう。話に聞くリーガの領主の手腕は確かのようだ」 シュヴァリエ(ia9958)を取り巻く空気がふと、柔らかさを孕んだ。 兜の下の表情を伺うことはできないが、おそらく微笑であったのだろう。 「あの方は常に民のことを心配し、働いておられます。だから、少しでもお力になりたい‥‥」 「メーメルの民の希望を探せ…か。グレイス伯は詩人だな。だが、その思いは理解できる。微力を尽くそう」 こぶしを握り締めるフェンリエッタ(ib0018)の肩を優しく叩いてニクス(ib0444)はそう声をかけた。 「でもね〜。ぼくは正直びみょーだと思うの〜」 「何がですか?」 フェンリエッタの問いに前を歩いていたカルル(ib2269)はふと足を止め振り返り、答えた。 「ウロンスキィ家のお姫様を探し出すの。だって、賢明なお母さんのお陰で命拾いしてるけど帝国は家族の仇だし、帝国側から見ればヴァイツアウ家の血をひく人は争いの火種だし〜。見つかったら色々言われない?」 「それは‥‥きっとグレイス様が考えて下さっている筈です」 言葉に詰まるフェンリエッタ。カルルはふ〜んと頷きながら彼女に背を向ける歩きはじめる。 「ぼくは平穏に暮らしているならそっとしてあげたいよ。家族を失うのは悲しいし、民や政治をだして利用するのはズルいとおもうのにゃ。いっぱい辛い思いをしたろうからいっぱい幸せになってほしいと思う」 カルルの言葉に俯くフェンリエッタは返す言葉がない。 彼の言うのは正しく正論で、彼女自身も心配していたことであるからだ。 戦乱から半年が過ぎようとしている。もし、戻る気があるのであれば、その時間は少なからずあった。 だが今もって反応がなく、一切の消息が掴めないというのは‥‥。 「でも、とりあえずまず先にやらなくてはならないのは彼女達をみつけだすことだとおもうのですねぃ。悪い人たちに見つかる前に先手を打ちたいですねぃ」 フェンリエッタは顔を上げた。龍威 光(ia9081)の言うとおり、今は悩んでいる時間はない。 「とにかく、話を聞きましょう。メーメルの方達の願いと、思いを。結論を出すのはそれからでも遅くはありません」 そうして彼らは街に足を踏み入れた。 幾度目かのメーメルの城下町へ。 「一つ、確かめて置きたいんやがな。辺境伯」 執務室の前、一人別行動を取るように残った開拓者の問いに八十神 蔵人(ia1422)になんでしょう? 辺境伯グレイス・ミハウ・グレフスカスは執務の手を止め静かに答えた。 「その姫が仮に見つかって領地継承とかってことになっても、問題はないんやな? 血筋が問題で見つけたはええけど処刑されるとかは‥‥」 「基本的にはありません。その姫が神教会に身を寄せいていた等あれば確かに問題もあるのですが、彼女の母上は既に棄教されておりますし、ヴァイツァウから嫁いだ人間でもあります。彼女が皇家に忠誠を誓うのであれば継承を認めるとの言質は頂いております」 そうか、と答えながら蔵人は沈黙したグレイスを見やった。 神教会に身を寄せておらず、忠誠を誓うのであれば。 見つかっても無条件に、とはいかないようことか‥‥。 「まあ、まず何より、その奥方はともかく、成長した今の姫の人となりが判らん。コンラートみたいに反帝国思想を教えられとったら、別の意味で見付けにゃならん。反乱の御旗にでもされたら困るし」 「はい。その意味でも彼女の消息は掴んでおかなくてはなりません」 「正直、わいは時期尚早やないかと思う。仲間も言うとったけど、平和に静かに暮らしとるんなら今更ってこともあるで」 「解っています。身勝手と思われても仕方ありません。ですが‥‥」 まっすぐに自分を見つめるグレイスに 「ああ! もう、あんたの性格は解っとるわ!」 蔵人は髪をかきむしりながら大きくため息をついた。 邪意のない、まっすぐな瞳。自分はこれにおそらく弱いのだ。 「まあ、ちょっと考えもあるしな。先に行ってる連中とは別にちょい、調べてみるわ。わいらの報告、信用してもらえるんやろ?」 「無論。そうでなければ依頼など出しません」 「上等。なら行ってくるわ」 部屋を出た蔵人はくすりと笑うと、 「さーて、大掃除といくか。あーめんどくさ」 大きく伸びをしたのであった。 ●隠された行方 復興支援と、横領役人の逮捕という依頼を受けて開拓者がメーメルを訪れたのは数週間前。 メーメルの民達はもちろん開拓者達の顔と恩を忘れてはいなかった。 「うわ〜い。お兄ちゃん遊ぼう?」 子供達はカルルの手を引き、遊びに誘う。 街の顔役達も開拓者達にあいさつに出向き、街の人々は笑顔を向けた。 「またお手伝いに参りました。力仕事はありませんか?」 腕まくりをする流陰にアルベール。 ニクスやシュヴァリエも彼らの後に続き、もう仕事を始めている。 彼らはまず信頼を得ることから始めたようだ。 全員が同じ道を歩んでも意味がない。 「ボクはグレイスさんたちに教えてもらっていたところからいきますねぃ」 光は姫たちと友好があった人物や乳母達の家などをあたるといい、カルルは子供達と街の探検に出かけた。 「ならば、私は、私ができることをしましょう」 そしてフェンリエッタは踵を返す。 通り過ぎる広場には植えられたひまわりが天を仰ぎ、緑を纏う桜の木が風に揺れていた。 夜、蔵人を除く開拓者達は集まった情報のすり合わせに酒場に集まっていた。 「まず最初に確認しておかなければならないのは、メーメルの民が本当にウロンスキィ伯の血筋の復活を望んでいるかということです」 フェンリエッタは自分から、そう言ったが彼女を含め、開拓者達はもうその答えを十全に得ていた。 「希望していますね。心から。旗印という意味では、残った血筋はそれだけで有効ですが、それ以上に一族も、そして彼女自身も人々に愛されていたようです」 アルベールは静かに告げる。メーメルの人々と共に動き、働き、その上で聞こえてきた彼らの心に嘘偽りはないだろう。 「姫の名前はアリアズナ。歌が好きな明るい少女で、よく街に来ては人々に歌って聞かせていたそうだ」 『志体は持たぬお方であったがのう。兄君とよく城を抜け出してきてはよく遊んでいたものじゃ。その歌声にはみな聞き惚れていたのお』 老人の一人はニクスにそう語っていた。 『そのうち姫は一人、城を抜け出されるようになってきた。乳母の家にやってきては家に閉じこもるようになった。いつも乳母やその子供達が城に送って行ったが、両親はいつも喧嘩ばかり。兄にも構ってもらえない。城に居場所がないようと言っておったのお』 そして、いつしか彼女達は城から、街から姿を消した。 彼女達の失踪は街の者達もしらない程ひっそりとしたものであったという。 やがて伯爵は兄のイザークを後継者として公表するとともに、妹と妻をまるでいないものとして扱ったのだ。 もちろん心配する者もいた。不審に思う者もいた。 だが、それから間もなく戦乱が発生し、彼女達の後を追う事も知る事もできなくなったのだと‥‥。 そこまで告げてアルベールはため息をついた。 「奥方様はヴァイツァウと縁を切り家族を守ろうとした。とても誠実でお優しい方だったようです。それが不興を買われたとは、やるせないですね」 「ただ辺境伯から伺っていたほどウロンスキィ伯は、お二人を疎んでいたわけではないように思いました。内密に、人々が知ることもないうちに彼女達が城を離れたとしたら、それはもしかしたらお二人を守る為にウロンスキィ伯は彼女達を逃がしたのかもしれないと思ったのです。もちろん確証はないことですが‥‥」 呟く流陰ではあるが、それに自分の願望が入っていることは理解していた。 「とにかく、姫達の行方に関しては人々から得られた情報は多くなかった。我々がまだ信用を得られていなかったからかもしれないが、ふがいないばかりだな」 ニクスは寂しげに呟く。そのどこか薄暗い雰囲気の中で 「フェンリエッタ。ランディス、という男を知っているか?」 「えっ?」 今まで黙っていたシュヴァリエが唐突にそう口を開いた。 「ランディス、さんですか? 確か下町で子供達に文字を教えている先生と‥‥」 フェンリエッタは考えながら答えた。町の有力人物の一人である筈だが、いつも彼は町に出ている。何度か顔は合わせているがなかなかゆっくりと話す時間はなかったのだ。 「時折、人々の話に出てきた名前だ。彼から話を聞いてみろと言うものもいた。彼が何者か知っているか?」 「姫の乳兄弟ですねぃ」 「えっ??」 光が告げた答えに開拓者達は瞬きした。 「グレイス辺境伯が教えてくれたんですねぃ。ウロンスキィ伯爵家の乳母さん達のこと。戦争に反対して城を出された‥‥正確には兄君の側近だったらしいですねぃ」 「そんなこと、彼も、町の人達も一言も‥‥」 まだ信じて貰えていなかったのか、とフェンリエッタの胸に一瞬風が吹き抜ける。 でも、次の瞬間、彼女は首を振り立ち上がった。 「行きましょう。彼の元に」 ●待つ者達 開拓者たちがその家を訪れたのは、かなり夜も遅かった。 「夜分遅く申し訳ありません。ランディスさん。お時間を頂けないでしょうか?」 しかし、深夜の来訪者にランディスは扉を開けると嫌な顔一つ見せず、開拓者達を中へと促した。 「教えて頂けますか? ランディスさん。貴方はウロンスキィ伯爵家の乳母の息子さんでいらっしゃいますね」 「ええ。その通りです」 彼はそう言って差し出した茶を開拓者達の前に並べ、頷いた。 「では、お前さんは教えてはくれまいか? 過去から現状のメーメルの事、そしてこれからのメーメルについてどう考えているのか」 シュヴァリエは前置きなくランディスに問うたが、彼の返答はなお直球であった。 「それより、皆さんが聞きたいのは奥方様と姫の行方でしょう?」 「ご存じ、だったのですか?」 ‥‥ため息を吐き出すようなアルベールの言葉に彼は頷くと小さく笑った。 「皆さんが辺境伯の命を受けてこちらに来ていらっしゃることは知っていますから。街の者達から皆さんが来るかもしれないことも聞いていましたから」 (街の人間が丸ごと自分達をテストしていたのか?) ニクスは小さく舌を打った。 「アーリア。いえ、アリアズナは伯爵家に生まれこそしましたが、ごく普通の娘でした。志体を持たぬ姫など伯爵にとっては眼中になく、城にいたとしてもいずれどこかの貴族との政略結婚の駒に使われただけだと思います。兄であるイーグはそれを厭い、アリアズナに自由を与えるために城から去るように促したのです」 『ランディス。この城にいてもアーリアや母上は、幸せになれない。だから‥‥』 『お前は、それでいいのか? イーグ!』 彼は何かを思い出すように目を閉じると、静かなまなざしで開拓者を見つめた。 そして一枚の地図を開拓者に手渡したのだった。 「ここは、かつてヴァイツァウの所領であった小さな隠れ里です。私の母、乳母の実家でもあります。私の家族に連れられてアリアズナと奥方様はそこに身を寄せた筈です」 「いいのですか? 私達に教えて下さって?」 地図を受け取りながら流陰は問う。街の住民達が深く求めながらも、自らの口と行動で伯爵家の血筋を求めることをしなかったのは、きっと姫君を守る為。 一度、戻ってしまえば、おそらく二度とは戻れない。 (恐らく平穏な暮らしは出来なくなるでしょう。もしかしたら今の生活を続けたいと願っているかもしれないのに) 彼は知る限りの情報や、里への行き方、親交のあった貴族家などを教えてくれた。そして最後に流陰からの質問に答えてくれたのだ。 「戻る、戻らないの結論は皆さんと、そしてアリアズナに任せます。もし、彼女に出会えたら伝えて下さい。みんな、君を愛していると‥‥」 開拓者達は彼の柔らかい眼差しの先に、泉のように深く広い愛を見たような気がしていた。 ●鎮魂の歌声 必要な情報収集を終えた開拓者達は、翌日の夜にはリーガに戻るとカルルに告げる。 その前に、とカルルは森へ行きその一角で膝を折った。 野の花が咲き乱れる夏の森。そこで彼は花を摘んだのだ。 「お祈り、してあげたいな。あの子たちの為に。友達の為に‥‥」 メーメルには戦で父を亡くした子、母を失った子が幾人もいた。 きっかけは情報収集という形でも、知り合った子達は友達であり、本当の友達でありたいと彼は思っていたのだ。 だから、彼は花を摘む。友達の家族の墓に祈りと、花を捧げる為に。 自己満足に過ぎないかもしれないと解っていたけれども‥‥。 風と小鳥の声、そして虫の声が響く夏の森で、 「?」 カルルはふと、その手を止めた。 何かが聞こえたような気がしたのだ。 「‥‥いずこにありや。光の国。どうか導きたまえ。迷い子達を‥‥」 もう一度耳を澄ませても歌声は聞こえなかった。 ただ、その澄み切った声だけはカルルの胸にいつまでも山彦のように残っていた。 「しらみ潰してる気分やのう、あーめんどくさ」 メーメルに向かう街道を一人歩いていた蔵人はそう言いながら体を伸ばした。 服のあちらこちらに汚れなどもついているが、これは彼が思う 『大掃除』 をした結果であった。服を汚しただけの働きと結果は残して辺境伯に渡してある。 あとはメーメルの仲間と合流して話を聞こう。メーメルはもうすぐだ。 「?」 何かに聞こえたような気になり、ふと足を止めた蔵人は道端に止まっていた馬に目をやった。 「こんな道端でなにしとるんや?」 近づこうとした瞬間、がさがさと草を割る音に蔵人はとっさに身構えた。 森から何かが来た! そう思ったからだったがすぐに緊張を解く。 彼の前に現れたのは獣でもアヤカシでもなく一人の少女であったのだ。 少女は蔵人に目も足も止めず、馬にまたがるとそのまま走り去っていった。 外見に目立つところはないが、青い瞳が不思議に印象に残った。 「なんや? いったい?」 取り残された蔵人の呟きに答えるものは誰もいない。 |