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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 陰陽寮は今、入寮試験の真っ最中である。 そんな中、寮長はふと忙しい準備の中、思った。 「そういえば、あの子はどうしたかな?」 玄武と白虎寮の修復工事の為、預かった寮生の中に気になる子供がいたことを思い出したのだ。 眼鏡を外しながら思い浮かべる。 両親に期待されて入寮してきた自信家の少年。 だが、周囲や先輩などと自分を比べるうちに、徐々に自信と笑顔を失っていった。 よくある話、といえばよくある話だ。 自分が優秀だとちやほやされて育った子供が、目的も無いまま選民意識から陰陽師を目指し、自分と同じかそれ以上の才能に囲まれる中、自分を見失ってしまうことは。 気にしながらも忙しさに忙殺される中、気が付けば姿を見なくなっていた。 「逃げ出した‥‥訳ではないだろうが、心配だな。試験が終ったら探してみるか‥‥」 「寮長‥‥すみません。少し用事が‥‥」 「解りました。今行きます」 彼は知らない。その時彼が思った少年が何をなそうとしていたか。を‥‥。 「開拓者の皆様。お力をお貸し下さいませ‥‥」 その日、開拓者ギルドの係員も、その依頼人に目を見開いた。 「あんた‥‥人妖‥‥かい?」 はい、と頷く彼女に係員が確認したのも無理は無い。 現れ雪名と名乗った人妖は子供の外見をしている者が多い人妖でありながら美しい成人女性の外見をしていたのだ。 「私は石鏡の奥山に住んでおられます陰陽師桂名様にお仕えしております。実は桂名様の弟子である彼方様が一人、山から降りられ行方不明になってしまわれたのです」 彼女の話を聞くにこういうことらしい。 ある日、山に荷物を運びに行商人がやってきた。 そしてその次の日、彼は一人師匠である桂名の炎龍に乗って山を降りてしまったのだと。 家には手紙が残されていて、数日で帰るから心配しないでと書かれてあった。 「炎龍は元々桂名様のものですので、彼方様を降ろして直ぐに戻って来てしまいました。五行の方へ向かったようですが、それから二日、彼方様はまだお戻りにはなっておられないのです。桂名様も心配しておいでです。なんとか、探していただけないでしょうか?」 「手がかりらしいものはないのかい?」 係員の言葉に雪名は考える。 「彼方様は、桂名様が山に篭られて後、山を降りたことがありません。ずっと下の世界に憧れておられたのですが、それが開拓者の皆様と出会い、さらに強くなっておられたようです。でも、一人で山を降りられるにはなにかきっかけがあった筈で‥‥。でも、私にはそれは解りかねます」 「依頼主は、あんたの主、でいいんだな?」 依頼書を書き上げ、確認する係員に雪名ははい、と答える。 「桂名様は山を降りることを滅多になさいません。特に五行の街には近寄らないと誓われているとか‥‥。でも、心の中では、とても心配なさっている筈です。どうか、彼方様をお探し下さい」 少年の行方不明は、確かに放置できることではない。 ただ、何故、今まで山を降りたことの無い少年が突然山を降りたのか。 そこに何か、嫌なものを感じ、係員は背筋を振るわせたのであった。 暗い、倉庫にも似た建物の一室。 少年は一人、膝を抱える。 どうして、こんなことになってしまったのだろう。 あの時は、頭に血が上っていた。 冷静になって思うと、とんでもないことをしでかしたのだと解る。 もう後悔しても遅い。 あの人はきっと怒っているだろう。 それでも、自分にとって選びたい道はこれしかなかったのだと彼は手を握り締める。 裁きの日はもう直ぐそこまで近づいていた。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
玲瓏(ia2735)
18歳・女・陰
紗々良(ia5542)
15歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●探す者達 ほんの少し前、彼らはここに来た。 五行の結陣。 「まさか、俺達が試験を受けていた頃と、ほぼ同じ時期に、こんなことが起きていた、とはな‥‥」 劫光(ia9510)は自分が合格した寮を見上げ、ため息をつく。 「私と玲瓏(ia2735)さんは青龍でした。貴方は朱雀だったのですね」 宿奈 芳純(ia9695)の問いかけに、頷いて劫光は唇を噛む。 「関係があるとは思わないが‥‥あいつが行方不明か‥‥あの時感じた変な予感が当たったんじゃなきゃいいんだがな」 「感慨にふけってるとこ悪いが、はよいかんと」 「そうですね。急ぎましょう」 「ああ、今行く」 八十神 蔵人(ia1422)と呼び声に頭を過ぎった悪い予感を振り切り、彼らは入寮式より一足早く建物の中に足を踏み入れる。 彼らのカンに狂いが無ければここに手がかりは必ずある筈だ。 ここは陰陽師の多くが憧れる学び舎、陰陽寮なのだから。 こちらは石鏡の山の下。 手持ち無沙汰に空を見上げていた真亡・雫(ia0432)は 「来た!」 待ちかねていた影を空に見つけて声を上げた。 その声に紗々良(ia5542)と菊池 志郎(ia5584)も顔を上げ雫の指差す先を見つめる。 「ごめんなさい。待たせたわね‥‥。ウェントス、ご苦労様」 やがて風と共に舞い降りた駿龍からひらりとアレーナ・オレアリス(ib0405)が舞い降りる。 騎龍を労わるように声をかけるとアレーナは挨拶よりも先に、仲間達に得てきた情報を伝える。 「話を聞いてきました。彼が消える前に来た行商人の居場所も聞いてきたので急ぎましょう」 彼らは話を聞きながら歩き出す。 「‥‥そういう訳で、彼は行商人が帰って間もなく彼方さんや雪名さんの目を盗んで出かけてしまったということなの。桂名さんもなじみの行商人だから対応は全て、彼方君に任せていたというから何があったかは実際のところ解らないらしいのだけれど」 だが紗々良は少し胸を撫で下ろしていた。 「‥‥よかった。その人なら知ってる。多分、話せば情報は教えてくれる‥‥と思う」 「たった一人の弟子が行方不明になってしまったのでは、桂名さんはきっと心配でたまらないでしょう。何とか探し出したいものです」 「ええ。言葉には出さないけれど、確かに心配そうな顔をしていたわ。早く見つけてあげないといけないわね‥‥」 「でも‥‥」 仲間達の話を聞きながらふと考えるような顔をしていた雫は思いを口に出す。 「どうして、いきなり山を降りたのでしょう。しかも黙って‥‥。確かに普段より山の外に出てみたい人には‥‥簡単なものでも良い機会と見えてしまう筈ですけれど‥‥」 「‥‥『彼』」 「えっ?」 紗々良の呟きに開拓者達は一斉に同じ方を見た。 彼女が言う『彼』とは‥‥。 「彼方さんは、これまで、山を降りた事が、ない。外との繋がりは、おそらく、私達以外なら『彼』、だけ」 「清心さん‥‥ですか? それは飛躍しすぎでは‥‥いえ、ありえないことではないですね」 志郎の言葉に紗々良はこっくりと頷く。 「でも‥‥どうして、今? それが、解らない。‥‥挑発された‥‥とか?」 「彼方君は桂名さんが語らない桂名さんの過去を知りたかったのかも知れないね。 弟子であり共に暮らすからこそ、誰よりも師匠であり憧れの女性である桂名さんのことを知りたいと思ったのかも‥‥。勿論、憶測でしかないけれど‥‥」 「清心くんは彼女の事を知っている風だったから、呼び出しに応じる可能性はあるかも‥‥、でもまさかそこまで‥‥」 雫は以前出会った少年の苦しげな顔を思い出す。 彼はそこまで追い詰められていたのだろうか‥‥。 「とにかく、急いで彼の軌跡を追いましょう。どちらに対しても手遅れになる前に」 志郎の言葉に頷いて開拓者達は足を速める。 「彼方さん‥‥無事でいて、ね」 そんな、祈りと共に‥‥。 ●少年の行方 沢山の書物が棚に詰まれ、四方左右の壁を埋めている。 ある種の人間には夢のようなその場で、 「‥‥悪夢やな」 蔵人はぽつりと呟いた。 「何がです? こんな最高の環境に何かご不満でも?」 横で資料を重ねていた蔵人の人妖雪華が首を傾げる。 「別に本の山がどうたらいうてるんやない。まあ、もう少し少なかったら探しもんがしやすいのにとは思うけど‥‥別の話や」 「だから、なんです? と」 「ああ、もうええわ! とっととその本片付けて向こう調べぇ」 「‥‥はい」 不満げな顔でそれでも書物を運ぶ雪華と入れ違うかのように劫光は外から戻って来て蔵人に挨拶するように手を上げた。 「悪いな。調べもの全て任せてしまって」 陰陽寮は原則関係者以外立ち入り禁止、調べ物があるなら今回に限り許可すると朱雀の寮長に言われ、蔵人は陰陽寮内部での調査を仲間に任せ、人妖とここに篭っていた。 「いや。別にそれはええけど、そっちはどうなんや?」 「どうやら大当たりって訳だ。ろくでもねえ」 劫光は聞き込みの結果を話す。 『ちょっとした知り合いなんだがどうしてるか知らないか?』 そう聞いた生徒達の多くが 『何か思いつめた様子だったよ』『試験の手伝いもしないで家に戻っちゃったよ。このままだと進級も危ないかも、なのに‥‥』 と話していたのだ。そして、彼方失踪の日から戻っていないとも。 「やっぱりな。‥‥事を起こしそうな輩が奴位やと思うてたんや。それにアレ、悪い意味で子供やし」」 「‥‥清心は別の寮、玄武か白虎の所属だったらしい。寮の修理で朱雀預かりになってたそうだが、ここ暫く来ていないと寮長が心配していた。今、芳純と玲瓏が実家の方に向かっている」 劫光の言葉にそうか、と頷いて蔵人は自分の人妖の背中を見る。 「なあ? 今まで、雪華くらいしかみたことなかったけど、人妖って成長するんか?」 突然の話の転換に首を捻りつつ劫光は真面目に答える。 「‥‥さあな。大きいのを作るのは簡単ではないとか聞いたような気もするが詳しい事は解らん。自分で作ったことも無いしな」 そうかと答えて蔵人は考える仕草をした。 「どうした?」 「一度はあのでかい人妖があのねーちゃんの研究かって思うたんやけど、違うんやろか?」 「研究?」 「そや。あの姉ちゃんが一人山ん中に篭らんといけん程の研究ってなんやろと思うたんや」 桂名に親兄弟はなく、彼方も捨てられていた拾い子だという話は、先に酒飲み話で聞いた。 だが彼女が清心に言った 『全てを捨てなければ為せぬ研究』 という言葉が彼にはずっと引っかかっていたのだ。 「なんか、嫌な予感がするんや。まあ、どうやらあのねーちゃんは朱雀の寮生やなかったみたいやし、ここにはそれらしいもんは見つからんからここでの調べものは打ち止めにしといたほうがええみたいやけどな」 よいしょと立ち上がり、蔵人は自らの人妖の方に歩いていく。 その背中を見ながら劫光は、彼方救出ではない、何か別な方に言葉にならない、嫌な予感を感じていた。 そこは、かなり繁盛している呉服問屋、のようであった。 「ここが‥‥清心さんの実家のようですね」 店を少し離れた物陰から注意深く見つめる志郎に芳純は静かに頷いた。 陰陽寮での情報収集、そして彼方に手紙を渡したという行商人の証言。 結陣で待ち合わせた開拓者が調べた二方向からの調査は、どちらも一人の人物を指し示していた。 清心‥‥。 陰陽寮に所属するあの陰陽師の青年である、と。 『彼にとって大事な事が記してあるから、と頼まれてな。‥‥何かあったのか?』 商人は自分が届けた手紙が引き起こした事に心配そうであった。 「取引先でもあるから断れなかった、とも言っていましたが‥‥でも、一体何故‥‥」 「それに彼が今、どこにいるのかも気になりますね。あの賑わった店でよもや少年の監禁などできないでしょう。家族が共犯でもない限りは‥‥」 彼の疑問。その答えを丁度運ぶかのように、小鳥やネズミが彼の元に集まってくる。 と同時玲瓏も店から出て彼らの方に駆け戻ってくる。 「どうやらご両親は何もご存じないようね。清心さんは、ここ数日寮に泊まり込んでいると話していたわ。念の為、雀の式に探らせて見たけど家の中にはいないようだし」 「こちらの式の調査結果も同じです。と、いうことは家でも寮でもない別の場所にいる、ということですね」 二人は顔を見合わせる。 犯人は解っているのに、どこにいるのか解らないとは‥‥。 「他に居場所の心当たりなどは聞いておられませんか?」 志郎の問いに玲瓏は両親に理由を告げなかったから詳しい事は聞けなかった、といいつつ 「郊外に倉庫のようなものがある、とはいっていたわね。子供の頃、良くそこで遊んだり、勉強したりしていた、と‥‥。まさかそこに?」 「可能性はあります。皆が戻ってきたらそこに行ってみましょうか?」 だがそれより早く戻ってきた雫と沙々良の報告がその考えを結論へと肯定する。 彼らは言った。 「郊外の古い建物にそれらしい人影を見た」 と‥‥。 ●それぞれの理由 結陣の外れの小さな倉庫。 街道を通ってきた荷物を一時置いているのであろうそこには、今、人気は殆ど無い。 けれど初夏の蒸し暑い中であるというのに扉も窓も閉められ、周囲には不自然なまでに蝙蝠が飛んでいる。 「街でここ数日、炎龍が降りた様子を見なかったか? って聞き込みをしたら町外れで見たっていう人がいたんです。それがどうやら子供、らしかったんでもしかしたら‥‥って調べてみたんです」 「‥‥街道から、目撃者の話‥‥聞いて追いかけたの。‥‥そしたら‥‥ここらへんで‥‥プッツリ。光陰も‥‥あそこに‥‥だれかいるみたいって」 そう言って雫と沙々良が指差したのがその倉庫であること、倉庫の所有者が清心の実家であること。 アレーナの捜索でも彼方の‥‥正確には桂名のではあるが‥‥炎龍が結陣を越えていないらしいことなど全ての要因が一つの事を指し示していた。 つまり、清心が彼方を呼び出し、拉致した。 そして彼らはおそらくあそこにいる、と‥‥。 「元が着物屋の倉庫なら、下か上に通気箇所くらいあるだろう」 「それにこの暑さです。人間ならガマンの限界で窓を開ける時がある筈です」 開拓者達はほぼ確信に近いものを手に入れても、直ぐには突入しようとはしなかった。 もし彼らの想像が正しければ人質がいる筈で、下手に刺激すれば逆上した犯人が何をするか解らないからだ。 劫光と芳純はそれぞれに式を作っては放ち、まずは内部の把握に努める事にした。 自分の式が相手の式に見えないように注意深く捜査する。タイミングを見計らっての注意深い調査が幾度となく続き‥‥ 「いた!」「見えました」 やがて二人は中にいる人物達を式の目で捕らえたのだった。 「机に向かって、勉強しているのは‥‥清心だな。その足元に縛られて転がっているのが、彼方‥‥だろう」 「弱っているようですが‥‥側に食べ物のかすも見えます。眼を開けていますね。生きています。周囲に他に人間はいないようです」 二人の報告に頷くと蔵人は武器を握り、立ち上がった。 「だったら、とっとと突入や。あのガキに説教かましたらんと!」 「それはいいのですが‥‥できれば、どちらも傷つけないようにさせることはできませんか?」 甘いと言われても‥‥志郎の言葉に仲間達の思いが重なる。 蔵人は小さく呟きながらも頭をかき 「解っとるつもりや。ガキの悪戯を大事にしてもな。ただ、言うべき事はちゃんと言うたらんと。あいつの為にならん」 頷いた。開拓者達の心が一つになる。 「初霜、万が一の為にここに残って下さい。では、開錠します」 志郎が鍵を砕いた瞬間、開拓者達は倉庫の中に雪崩込んだのだった。 内部の制圧そのものは、一瞬で終った。 中にいたのは清心と囚われの彼方、二人だけ。 外の蝙蝠が侵入者の存在を知らせた次の瞬間、突入してきた開拓者達は彼方を助け出し、清心を捉えたのだった。 とっさに符を取り出し術を唱えようとするよりも早く劫光の呪縛符が清心の動きを一時、止める。 その隙にアレーナが二人の間に割り込んで、身を挺して彼方を庇いながら清心から遠ざけた。 玲瓏と沙々良が彼方を助け、蔵人と雫が背後から動き鈍った清心を捕らえる。 本当にあっという間の出来事であった。 「彼方さん、大丈夫でしたか?」 気遣う玲瓏に縄を外してもらい、少年はうんと、頷いた。 「‥‥怪我とか、無いみたいで良かった‥‥」 微笑む沙々良に手を擦りながら、彼方は問う。 「今日‥‥何日?」 「えっ?」 沙々良の答えを聞くと彼方は悔しげに手を握り締めた。 「やっぱり‥‥もう試験は終ってるんだ‥‥。何だよ! お前は一体何をしたかったんだよ!」 「試験?」 明らかな怒りと苛立ちを彼方は清心にぶつける。 立場は完全に逆転し、清心の方が彼にいまや怯え顔だ。 その時玲瓏はずっと、疑問に思っていたこと。 「この前の様子からして、彼方くんは師匠を信頼してるようだったし、黙って出て行くなんて普通じゃないよね。師匠に知られたくないことって何かな。心配かけたくないからだとしたら師匠に関することで何かしようと思ったのか、それとも‥‥」 どうして、彼方が山を降りたのか、その理由が彼女には解った気がしたのだ。 「彼方‥‥くん? ひょっとして陰陽寮の試験を受けたかった‥‥の?」 「僕は‥‥お師匠様の役に立ちたいんだ。お師匠様から教わるだけじゃなくて、いろんなことを知って‥‥だから、陰陽寮に入りたかったのに‥‥」 「だったら譲れよ!」 今度は清心が声を荒げる。 「僕は学校ではなく、あの人の所で学びたかった。皆、解ってくれない。あの人なら、きっと解ってくれると思ったのに‥‥なのにお前がいて‥‥だからお前がいなければ、僕が‥‥」 言い争う二人。その争いを 「どあほ!」 蔵人の一喝が止めた。凍りつく二人。その間に入って蔵人は清心を、まっすぐに睨み付けた。 「志体持ちもただの人間も才能が努力無くして芽吹くかよ」 心底見下したような目線に、清心は唇を噛み締める。 「お前を追い越した奴はただ鍛錬を重ねただけの事。お前が追い抜かれたのは自身の怠慢。それを周囲が悪いだの自分は悪くないだののたもうて挙句に誘拐か? 救えねえよ」 蔵人のいう事は事実だと、誰よりも自分が解っている。だけど、それを認めたくなかったのだ。 震える手。青い顔。 「こんな手段で弟子になっても、全然嬉しくないでしょう? 彼を捕らえている間、楽しかったですか? 嬉しかったですか? ‥‥怖かっただけ、の筈です」 「私は貴方の事情を知りませんから責めるつもりも、その資格もありません。ただ一言。力を扱う者に一番大切な事。それは己の理屈を押し付けない事です。それだけは知って頂ければ幸いです」 「君も、迷っていたんだよね。誘拐したけど、本気で自分が入れ替わることなんてできない。それはきっと解っていたんだろう?」 雫は優しく語り掛ける。本気で取り変わりたいと思うなら、彼方を殺すこともできたであろう。 でも、清心はそうはしなかった。蔵人はああ言ったが、清心にはまだ救いがあると雫は思う。 「自分のことを解って欲しいなら、まずは相手を知ること。ちゃんと相手の目を見て話すこと。相手の話を聞くこと。 今まで歩んできた環境が急に変われば辛いことは解るよ‥‥だからこそ逃げないで立ち直ってほしい」 「でも‥‥もう、僕は‥‥」 「私達が受けた依頼は‥‥彼方さんを探す事。彼方さんが、無事に、見つかれば‥‥それで、いい。 でも‥‥彼方さんと、桂名さんには、謝って」 沙々良が清心の手を取り、その眼をまっすぐに見つめる。 「自分が、悪いと認める、のは、とても、勇気がいること‥‥。でも、それが出来たら‥‥貴方は、ひとつ成長、できる。 躓いたら、何度でも、起き上がれば、いい。今は、転んだ痛みで、気づいてないかも、しれない、けど。 手を差し伸べて、くれる人が‥‥絶対に、いる筈、だから。だから‥‥もう一度。頑張って、みて」 「そんな奴‥‥いるもんか?」 顔を背ける清心の肩を劫光がぽんと叩く。 「朱雀の寮長も気にしていたぞ。今なら、まだ無かった事に出来る‥‥彼方次第ではあるがな」 「人だから過ちはある。大切なのはその後‥‥今、間違わないで」 天秤が揺れる。負けと罪を認めなければという思いと、己のプライドが清心の中で揺れていた。 だが自分を見つめる開拓者の眼差しが、最後の力となって天秤を傾ける。 清心は両膝をついて、彼方の前に手をついた。 そして口にする。 「ごめんなさい‥‥」 生まれて始めて口にしたような言葉は、重く、辛く、苦しく‥‥でも、清心の心をほんの少し光で照らしたのだった。 ●少年の選択 彼方は開拓者達に付き添われながら山を登っていった。 「お師匠様、怒ってるかなあ。怒られるかなあ‥‥」 「‥‥それは、仕方ない。桂名さんに、謝って、ね? とても、心配してた、から」 はあ、と大きなため息を吐き出す少年を、はは、と開拓者達は笑顔で見守っていた。 既に劫光と玲瓏がそれぞれの龍で先行し、事情は説明している筈である。 「でも、お師匠様、きっと陰陽寮で何か嫌な事があったんだよ。それなのに陰陽寮に行かせてくださいなんて言えないよ」 「ですが、陰陽寮に入るという事は容易くはありませんよ。学費も必要ですし、住む所も見付けなければ‥‥」 「うわあ」 頭を抱える少年。 陰陽寮に入りたい一心で突っ走った結果、とんでもない迷惑を皆にかけてしまったこともある。 「今年はやっぱり諦めるしかないかあ〜」 だが、言葉で言うほど残念そうでも無いので、開拓者達はふと首を傾げた。 「‥‥随分、諦め‥‥いいの‥‥ね?」 「だって、俺、今、結構、嬉しいもん。今までお師様以外、殆ど人とも会ったことなかったのに、こうやって知り合いもできたし、友達も‥‥できたしさ」 自分を騙し、誘拐した犯人である清心に彼方が下した罰は、一発のビンタと 「友達になること」 であった。 互いの憧れる者が交差しているのなら、両方で力を貸し合えばいい。 「解ったよ‥‥」 そう言った彼方に、清心は素直に負けを認めたようであった。 二人は以外にいい友となるかもしれない。 そんなことを思いながら彼方を見つめる開拓者に、彼方は振り返って言った。 「兄ちゃん姉ちゃんたち、お師匠様への言い訳手伝って、くれるんだろ? その後‥‥ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」 「頼み、ですか? なんです?」 「また、遊びに来て。できたら‥‥その‥‥になって」 「えっ?」 聞きかえそうとした開拓者の前にふわり、人妖が現れる。 「彼方様、お帰りなさい」 微笑する人妖に 「雪名。ただいま!」 彼方は飛びついた。 「皆さんも、どうぞお休み下さい。桂名様もお待ちかねですわ」 会話はそこで打ち切りとなり、やがて依頼も終了する。 彼方を迎える桂名の態度は決して柔らかいものではなかったが、その表情は心からの安堵と喜びに溢れていたのを開拓者達は感じていた。 翌日、彼らは山頂の家を後にするが、見送る彼方の瞳は寂しげだった。 あの時聞けなかったお願いの言葉。 それを瞳に映すように‥‥。 |