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■オープニング本文 五行には陰陽寮と呼ばれる学問所がある。 厳しい試験をパスし、入寮を認められても高額の学費を納めなければならないので、実際に学ぶことが出来る者はほんの一握りの恵まれた者のみという狭き門。 そして陰陽寮を無事卒業した者は、殆どが優れた陰陽師として国の重職に着くという。 その中でも資質を認められた一人の少年がいる。 名を清心という彼は、実家は裕福な商家。 志体を持ち、さらに優れた資質を持つとして陰陽寮に合格した彼は、家族の自慢であり、今まで何一つとして不自由ない生活をさせていた。 彼自身もいずれ、卒寮したあかつきには国を動かす存在として、人々の上に立つことを夢見、それが叶うと確信していたのだ。 だが‥‥ 「人探しを手伝え」 その日、開拓者ギルドにやってきたのはまだ、子供の部類に入る少年であった。 ただ、その少年は開拓者達さえ見下ろす態度で命令するかのように依頼を差し出す。 「人を探している。陰陽寮に名を馳せた陰陽師が山で隠遁生活を送っているという。その人物を見つけ出し、私を、その方の所まで送るのだ!」 「山は天儀にそれこそ、山ほどある。隠遁生活を送る者の少なくないだろう。依頼を出すというのなら、どんな名前で、どこらへんに住んでいるかくらいあたりをつけてから来い」 顕にしている、というほどではないが怒りを隠そうとしない係員にそれくらいは解っている。 と少年はやはり、ふんぞり返って答える。 「名は桂殿とおっしゃる。住まう山の場所は五行のどこか。その山頂近くに住んでいると聞く」 「桂‥‥ねえ?」 なんとなく思い当たる人物がいないでもないが、係員は今は、それを口にしない。 「名高い陰陽師である彼の人の住まう山はアヤカシが守っているという噂も流れている。 だからお前達は桂様を見つけ出すと同時、私を彼の人のところまで無事に連れていく。それが仕事なのだ」 横柄な態度はともかく、報酬は高く、断る理由も無い。 依頼を受理する手続きを終えた係員は、最後に、と彼、清心に問う。 「どうして、彼女を探しているんだ?」 依頼の理由を。 「私は彼の方の弟子になりたいのだ。優れた陰陽師である彼の方に学び、その技、研究を得たい! だから、何としても、一刻も早く見つけ出すのだ」 こうして少年は去り、依頼は貼り出された。 そして石鏡の山奥。 「彼方。お前いくつになる?」 「今年で十二です。師匠」 「ふむ、そろそろいいかの?」 「何が、です?」 「いや、まだ良い。‥‥今は、まだ‥‥な?」 首をかしげる少年と、もふらの見えないところで彼女は、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
玲瓏(ia2735)
18歳・女・陰
紗々良(ia5542)
15歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
劫光(ia9510)
22歳・男・陰
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●礼儀知らずの依頼人 その少年を見ての開拓者の第一印象は正直『最悪』であった。 「遅いぞ! さっさと出発だ!」 待ち合わせ場所に開拓者が着いたとき、既に用意万端で待っていた少年は開口一番そう怒鳴る。 「僕、志士の天河 ふしぎ(ia1037)って言うんだ、この子はひみつ、よろしくね」 「妾は、天河ひみつ。ふしぎ兄共々、よきに計らうのじゃ!」 挨拶をしたふしぎと人妖を、一瞬だけ瞬きして見てのち 「ふん! 挨拶なんかどうでもいい。とっとと行くぞ!」 彼は顔を背けてしまう。 「陰陽師、劫光(ia9510)。よろしく頼む」 「私はアレーナ・オレアリス(ib0405)と申します。貴方のお名前は?」 それでもちゃんと挨拶をするアレーナや劫光。だが完全にスルーだ。 困ったというか、あきれたというように息を吐くと劫光は 「んで、お前さん、名前はと聞いているんだ? 人にものを頼む時‥‥いや頼まなくても名乗るだろうに。そういうのは教わらなかったか?」 腕を組みながらそう問うた。 「貴方は人の上に立つことを許された者なのでしょう? なればなおのこと、謙虚な心が必要であると思いますよ」 開拓者達の言葉はまったく正しい。しかも、自分より少なくとも力ある存在だ。それを一応理解したのだろう。 「‥‥清心だ」 しぶしぶの顔で彼は答えた。 「やれやれ。清心なんて名前負けやな。仕事やからそれでもええけど、もちっと弟子入り前に他に知ることがあるんやないか?」 「何でそんなに焦ってるのかしらね。態度もだけど、弟子入り希望の動機も具体的な方が説得力あると思うわよ」 八十神 蔵人(ia1422)はあてつけるように肩を竦め玲瓏(ia2735)は諌めるように微笑んだ。 けれど依頼人清心の態度は変わらない。 「う、うるさい! 僕は依頼人なんだ! お前達は素直に俺のいう事を聞いていればいいんだ! 早く出発するぞ!」 「彼を陰陽師様に会わせること。か‥‥僕はあったことがないので、どんな人か興味はありますけど‥‥」 真亡・雫(ia0432)も肩を竦める。朋友の刻無もなんともいえない顔だ。蔵人の言葉に完全に同意だった。 「‥‥でも、貴方。その‥‥陰陽師さんの居場所‥‥知ってる、の?」 既に開拓者に背を向け歩きかけた清心に紗々良(ia5542)は声をかける。 ピタリ。 彼の足が止まった。 「それは‥‥お前達が調べたんじゃ‥‥」 「ええ、調べましたよ。君は五行、と言ったそうですが、その陰陽師さんらしき人は今、石鏡に住んでいるようですよ。そうでしたね? 紗々良さん、劫光さん?」 「そう、なのか?」 菊池 志郎(ia5584)に問われて、二人の開拓者はそれぞれに頷く。 「桂、だろ? その名前の陰陽師には心当たりがある。案内してやるよ」 「ホントか!」 初めて少年の顔が開拓者を見つめ嬉しそうに笑った。 「但し!」 その瞳を真っ直ぐ睨んで劫光は念を押す。 「連れてってはやるが、受け入れてくれるかはお前さん次第だぜ?」 けれど少年の瞳は劫光を見ていない。もう自分の明るい未来だけを見ているようで‥‥ 「そんな心配は無用だ! さっさと行くぞ! ほら! 僕の荷物を運べ!」 最初とまったく変わらぬ態度で、開拓者を促す。 「はああ〜」 背中にかかるいくつものため息に気付くことも無く。気付こうとせずに。 ●突き刺さった真実 森は新緑に輝き、見上げれば木漏れ日さえも見える。 「前に‥‥来たときよりずっと‥‥歩きやすい。‥‥夏や、春がステキ‥‥って本当、みたい。ね? 光陰」 忍犬と楽しげに歩く紗々良の背後で、清心はその意見を完全に否定する。 「ど、どこが歩きやすい‥‥だ。こんな、山道‥‥だなんて、知らなかった‥‥ぞ」 「それは、仕方ありませんね。人里から離れて隠遁生活を送っている方です。楽な道のりではないことは始めから解っていたでしょう?」 志郎は柔らかくそう言うが、おそらくはあはあと息を切らせ前を行くのに精一杯の彼には聞えてはいまい。 「ホントに、この山に‥‥いらっしゃるのか? 桂様‥‥が」 「念のため調べたけど五行の山にはそれらしき人物はいなかった。そして石鏡の山には桂名って陰陽師がいてな。そいつに食料を運ぶ商人が、多分その人物が桂ではないかと言っていた。ほぼ間違いないやろ」 筋の通った説明に礼も言わず、清心はそうか、と言うだけだった。 そしてまた歩を進める。 「僕は‥‥依頼人だぞ。荷物くらい‥‥持てよ」 ここに至るまで清心は何度か、開拓者達にそう言ったが、それは全員がきっぱりと拒否をした。 「だって、『山へ行きたい」は、あなたが、言い出した事‥‥だもの。それに‥‥弟子入りしたら‥‥山暮らし‥‥よ」 「そうだな。弟子の少年は物心ついた時から一度も山を降りたことが無いって言ってたし、それくらいは覚悟しとかないと弟子なんて務まらんぞ」 劫光の弟子という言葉に微かに反応して清心は少し、やる気を見せるがそれは本当に、少し、のこと。 また、直ぐに遅れ気味になる。山歩きに慣れない子供の足であるから仕方ないこととは言えるが‥‥。微笑し志郎は仲間達に声をかける。 「仕方ありませんね。今日は早めに野宿の準備をしましょう。俺は雫君と先に言って良さそうな場所を調べてきます。初霜、君の役目は清心さんを守ることですよ。しっかり側についているように」 ワン! 主の言葉に素直に従い、寄り添う忍犬を 「くそ、やっぱり野宿か‥‥どいつもこいつも僕の言う事を聞かないで‥‥煩い!」 いらいらとした態度で、清心は足で払う。 「そういう態度は良くないですわ」 諌めるアレーナの言葉も聞く耳を持たず、なおいっそう頬を膨らませる少年。 開拓者達はその瞳にもはや半ばの諦めを浮かべかけていた。 それでも夜、食事を終え一息を付いたとき、開拓者達は清心にもう一度の言葉かけを試みることにした。 「野宿したことあるかしら? 寝づらいかもしれないけど、交代で見張りに立つし、我慢するのよ」 優しく声をかける玲瓏に、やはりまだ拗ねた様子で顔を背ける。 自分が野営の準備を手伝わせたからだろうか、と紗々良は気にしたが、これはやはり彼自身の性質の問題だろう。 「明日には多分着けるだろう。で、お前さん。どうして、こんな山奥まで来て桂名、いや桂に弟子入りしたいんだ?」 「陰陽寮なら山奥に行かずとも優秀な人はいるんじゃ? そもそも寮の講義とかは大丈夫ですか?」 陰陽師と人妖。実情を知る者達の言葉に、清心は言葉を詰まらせる。 「それにさ。清心、本当にその先生の弟子になりたいなら、その態度はまずいんじゃないかって思うよ‥‥先生には礼節わきまえるつもりなのかも知れないけど。 多分、偉い人にだけ教えを請う様な態度をする人に、その人は会ってくれないって思うんだ」 「人にお願いするときは‥‥頭を下げるって、マスターに教わったよ」 ふしぎと、人妖刻無の言葉は、決して彼を責めるものではない。 けれど、それに答えない清心を見て、蔵人はフッと笑みを見せた。 「何がおかしい!」 「いや、お前さんの事がなんとなく解った気ぃしてな。陰陽寮でいじめられたとか、挫折でもしたとか、その辺りやろ」 「なっ!」 清心の目が見開かれる。蔵人は言葉を止めない。 「天才と持ち上げられた志体持ちが、志体持ちの集団の中に入ると、自分が特別でないことを知る。そして落ちこぼれも出る。まあ、ようある話や」 「違う! 僕は天才で‥‥、人に理解されない研究を‥‥」 清心は必死になって否定しようとするが、その恥ずかしさに真っ赤になった顔はそれが真実であると告げていた。 「まあ、天下の陰陽寮を抜けてまで研究を、という意欲はかうけどな。つまらん逃避や挫折によるものなら押しかけられた師匠も迷惑やし、学ぶ場所はどこでも結果は変わらんとだけ言うとくで」 「煩い! 煩い! 煩い!! 僕は生まれつき稀有な才能を持った天才なんだ。陰陽寮の連中はそれを解っちゃいない。あの方の研究を理解できるのは僕だけで、それを完成させれば世界中は僕らの前にひれ伏す。その時には、僕を馬鹿にした奴らも‥‥」 怒りに我を忘れた彼は、足元の砂を蹴飛ばして立ち上がる。そして開拓者に背を向けた。 逃げるように向けられたその背中にふしぎはもう一度声をかける。 「少しだけ気に留めてて‥‥どんな大きな志があっても、まずは人同士の繋がりなんだから」 その声が届かないと知っていても‥‥。 ●来訪者への出迎え 翌朝早く開拓者達は、野宿の場を畳み、登山を再開した。 清心は黙って歩いているが、表情は固くこわばっている。 「まったく。本当の事を言う時ほど、言葉に気をつけないといけないものなのですよ」 人妖雪華に諌められて、蔵人はそうやな、と頷くが、言った事を後悔などはしていない。 「ちゅうことなら、弟子入り失敗しといたほうがあれの為かもしれんなあ〜」 そんな独り言を言っている最中、 「ねえ?」 横を歩くふしぎが声をかけた。 「なんや?」 「ねぇ、何か感じない? ひょっとしたら、僕達見張られてるんじゃないかって、そんな気がするんだ」 「せやな」 ふしぎが口にした感覚は、やがて開拓者全員の確信となる。周囲に感じる殺気。 それとほぼ同時 「羽衣!」 空で一瞬早い戦いが始まったのを、開拓者達は感じていた。突然現れた炎龍が玲瓏の駿龍に襲い掛かったのだ。 「ウェントス! 食い止めなさい」 「火太名! 援護しろ!」 空に命じて直ぐ、劫光は精神統一の詠唱を始める。 そこに雫と志郎が駆け戻ってくる。 「皆さん! 何か来ます!」 「そこ! 木の陰です!!」 「ウン・バク・タラク・キリク・アク! 風竜‥‥いけ!」 雫の指し示す方、劫光が放ったかまいたちの符は木を倒し、その影に隠れていた敵を顕にする。 唸り声を上げるそれは‥‥ 「狼と鬼? まさか、アヤカシ?」 「飢えたケモノって感じじゃないですね。でも‥‥っ!!」 雫が瞬きした刹那その狼のうち一匹が彼に飛び掛った。 攻撃だけならかわせた。だが、近距離でその狼は口から炎を発したのだ。 「うわあっ!」 「マスター!」 刻無が駆け寄って、やけどに顔を顰める雫の治癒を行う。 その頃には大乱戦が始まっていた。 「ひみつ! 敵の数は?」 「狼が4匹に鬼が4匹!」 人魂で化けて偵察していたふしぎの人妖が形を元に返し、ふしぎの側につく。 蔵人とアレーナは前線で鬼と切り結び始めていた。 敵を優雅に流し切るアレーナ。蔵人は敵をひきつけるように動いて、志郎と連携しながら敵を倒していった。 「‥‥殺気は感じられないのに、襲ってくるのは何故でしょう」 志郎の疑問に答えるように、その間劫光と玲瓏。二人の陰陽師は仲間の戦いと、敵のように見える生き物を観察する。アレーナの流し切りをうけた獣は痛みを感じる様子も無くまた向かっていく。 「気付いたか?」 「はい‥‥。これは、式ですね。おそらく侵入者排除の為の‥‥」 高度な技で編まれたとはいえ、式に説得は無意味。 ならばと今度二人は周囲に目と気配を張り巡らせた。 清心は怯えたように木の陰に隠れている。 「まったく。出発前は攻撃の術は得意だと言っていたのに」 苦笑しながらも玲瓏は、清心は大丈夫と判断する 志郎の忍犬が付いているし、敵に本格的な殺気は無い。 隠れているなら暫く問題は無い筈だ。 「彼らが門番であるなら、状況を把握する為の何かがどこかで、見ている筈‥‥」 敵の攻撃を避けながらやがて玲瓏は一人の女性を見つけた。 開拓者を見下ろす位置で戦いを見守る美しい女性。 白い髪、白い肌、白い服‥‥。 「あの人が‥‥桂名、ですか?」 指を指す玲瓏に劫光は頭をふった。 「いや、違う‥‥だが、もしかしたら‥‥」 その頃には、開拓者達もこの敵の『意味』を知る。 「僕らは、逃げないし、負けない‥‥! もう、清心を連れていくどうこうだけじゃない、僕が絶対その人に会ってみたくなったんだからなっ!」 「妾もなのじゃ!」 鬼の攻撃を大太刀で受け止めたふしぎは渾身の思いを込めて跳ね返した。 飛びのいてバランスが崩れた鬼にひみつが止めを刺す。 その頃、紗々良はその目で、女性を捉えると敵が間近にいるというのに矢を矢筒にしまい、一気に女性の前に踏み込んだ。 「紗々良!?」 そして身構える彼女の前に、膝を折ったのだった。 紗々良は祈るように手を組むと、丁寧な礼をとった。 「私達‥‥桂名さんに‥‥用があって来た、開拓者‥‥です。どうか、お取次ぎを‥‥」 彼女の言葉に答えるように人妖は頷くと手を上げる。 それを合図にしてか、狼も、鬼も開拓者への攻撃を止めて森へと消えていった。 立ち尽くす、開拓者の前に山頂から明るい声が響いた。 「これは、久しぶりのお客人か。雪名。丁重にお迎えせよ」 見知った顔の優しい声。 現れた人物とその背後の少年に紗々良は微笑んで、頭を下げた。 「お久しぶり、です。彼方さんも、お元気です、か? 騒がしくて、ごめん、なさい。 彼の、話‥‥少しだけ、聞いてあげて、下さい」 「そなたは、あの時の‥‥」 紗々良の様子に戦いの終わりと、現れた人物の名を知ったのだろう。 ふう、と大きく息を吐き出し武器を収めると冗談めかした口調で蔵人は雪華と声の方に向かって笑いかけた。 『弟子御届けです。受領願います』 「つまみとかもお願いします、酒はこちらで出しまーす」 「歓迎しよう。開拓者よ。‥‥弟子志願者は、歓迎せぬがな」 苦笑にも嘲笑にも似た笑みで、現れた陰陽師桂名は開拓者とその背後を見てそう答える。 歓迎を受けないただ一人の人物。 清心は、開拓者達の後ろで、状況の把握もできないまま、まだ震えていた。 ●拒絶の先 山頂にある桂名の小屋は開拓者全てがのんびりするほどには広くはないが、それでも招き入れられ暖かい茶とつまみでもてなされ開拓者と朋友達はここまでの旅の疲れを癒すことが出来た。外の龍達も今は身体を休めているだろう。 そう。開拓者達は。 「先ほどは失礼を致しました。どうぞ、ごゆっくりなさって下さいませ」 茶を出してくれたのは桂名が雪名と呼んだ人妖。 開拓者達と変わらぬ身の丈に、雪のような白い肌、白い髪、青い瞳。 そしてさっきの様子。 隙の見えない仕草にかなりな力を持っているのだろうと開拓者達には解った。人妖達も上位の存在と感じているようである。 「私は桂名様にお仕えする存在です。彼方様も私がお育てしたのですよ」 柔らかく笑う人妖が彼方の名を出したことで、開拓者達は向こうの修羅場を思い出す。 そこではさっきから 「何故です! 何故弟子入りを認めて下さらないのですか! 桂名様!!」 清心が桂名に縋りつくように弟子入りを求め 「駄目だ。早々に去るがよい」 拒絶され続けていたのだ。 「‥‥まだ小さいのにどうしたいかを自分で決めて、護衛を雇って師に会いに行くという意思と行動力は見上げたものだと思いますよ」 志郎が微かに助け舟のようなものを出すが他の開拓者達は静観の姿勢を崩さずにいる。 開拓者の仕事はここに連れてきて桂名に会わせるまで。 「私に弟子はいらぬ。雪名がおり彼方がいる。それで十分だ」 そこから先は清心と桂名の問題だ。 「そこの弟子などより、私の方が絶対に役に立ってみせます! 私こそ、貴方の研究の理解者です」 「愚か者! 自惚れるのもいい加減にするがいい。お主に自分が言うほどの力など無いと、まだ気付かぬのか! 一人でこの山に踏み入ることもできないような者が我が研究を継げる筈も無い!」 「!!」 「おー、言うたなあ」 ぱちぱちと心の中で拍手をしながら、開拓者達は二人の話を聞く。 自分を理解してくれる筈の相手に、一刀両断に切り伏せられ俯く清心にさらに刃は突き刺さる。 「我が研究は全てを投げ打って追い求めて後やっと届く彼方にあるもの。お主のように礼儀をわきまえず、そのくせ最初から人を頼り、戦うこともできず、自分の力で何もせず、できぬ者に届くわけがないというのが解らぬのか! 帰れ。そして身の丈にあった技を身につけ、身の丈にあった地位を得るが良い。それがお主の為だ」 「桂名様!! 私を、私を理解しては下さらないのですか!!」 泣き叫ぶ清心を桂名もはや振り返ることさえしない。背を向けて開拓者の方に戻り来た。 「お見事」 自分で用意し、開けた酒の杯を掲げて蔵人が笑う。 「アレもう一人の弟子蹴落とす為に靴に棘入れたり嫌がらせする性質や。やめといて正解やで」 「本当にのお。研究書を置いてきたせいで、たまにあのような灰汁が沸く。お主らには面倒をかけたの。彼方。つまみを持って来い」 開拓者達と同じ卓に付いた桂名は後ろで呆然としていた弟子に命令する。 「はい!」 嬉しそうに弟子は答えて台所に走る。 まだ打ちひしがれる清心を横に、微かに優越感を浮かべた目で。 「この人妖に護衛の式達。貴方が希代の陰陽師であるというのは確かなようですね。その貴方が全てを捨てても追い求めようという研究とは一体何なのか、伺ってもよろしいでしょうか?」 玲瓏はそう問うが、桂名が答えてはくれないことは解っていた。 「まあ、より強い力を得る為の新しい方法論、というところかの」 五行の者達が決して認めぬ研究の主。 こうしている姿からはとても想像はつかないが‥‥。 「まあ、今日はゆっくりしていくがよい。秘蔵のつまみを出すぞ。彼方。お主も来い!」 「はい!」 「そう来なくっちゃ!」 楽しげに笑いあう、桂名と開拓者。 一人残された清心はその輪に入れず、入ろうとせず、ただ暗い眼差しでそれを見つめていた。 翌朝、開拓者達は帰路に着いた。 「楽しい人だったね。予想とは少し違ったけど」 名残惜しそうに後ろを振り向きつつ 「でも、ま、陰陽師はあの人だけじゃないよ。気にしないでがんばろ。ね?」 ふしぎはまだ下を向く清心の背をぽんと励ますように叩いた。 「能力や、知識は‥‥どうやって、使うか‥‥が、大事。志体も、同じ。持ってる、だけじゃ、ダメ、なの。貴方は‥‥どう、したいの?」 「僕は‥‥負けてなんかいない。あいつにも‥‥誰にも‥‥。どうして、それなのに解ってくれないんだ!!」 「清心君」 声をかけかけた雫をアレーナは止める。 多分、ふしぎの励ましも、紗々良の言葉も彼には届いていまい。 足元に付いて今も彼を守ろうとしてくれる初霜さえ、蹴飛ばしかねない勢いだ。 彼は自分の殻に篭ってしまった。今となっては何を言っても多分逆効果だ。 思いの外素直に山を降りた少年の背中を見ながら劫光は小さく呟く。 「これは‥‥もう一波乱ありそうだな」 予言めいた彼の言葉はそれから暫くの後、現実のものとなった。 石鏡の山に登る商人の一団。 彼は荷の中に一通の手紙を入れる。 その中に書かれた文の意味を知ることも無く。 書いた人物の暗い思いを知ることも無く‥‥。 |