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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 遠い遠い遥か昔。 『目を覚ませ!』 『……お前は耐えられるのか。アヤカシに蹂躙され、大地が腐り落ちていくのが。妻や娘や息子が、飢えて死んでいく様を、ただ黙って見ていろというのか』 『だからって、お前の行動は間違ってる! 強欲は身を滅ぼすぞ!』 『……神よ、大いなる山の神よ! 我が社を受け入れ、この地に宿り給え! いかなる代償も受け入れよう! 未来永劫、敬い続ける! だからどうか我々を救ってくれ! 俺の声を聞き入れてくれ!』 それが全ての不幸の始まり。 +++ 白螺鈿の旧家へ訪れた開拓者は、老人と話し込んでいた。 「君たちは白原平野一帯に伝わる『雪逢いの仙女』の事を知っているかね」 「なんだそれは」 「樹氷を見た詩人の詩だが、大本の民話がある」 雪逢いの仙女。 雪の花で彩られた木々を仙女にたとえて、人々はそう呼ぶ。 桃源郷の仙女は雪とともに現れて木々に宿り、恋した男を探しているのだ、という夢物語は、古い民話から生まれた。 「ワシも大婆から聞いたきりだが」 むかしむかし。 雪山から降りてきた人ならざる女は、樹木に宿り、山で見初めた男を捜した。 しかし男には妻がいた。 樹に宿った女は男に数々の幸運をもたらしたが、男は一向に振り向かない。怒った女は男から幸運を取り上げ、腹いせに周囲に幸運をもたらした。周りの家々は金持ちになるのに、男は貧しくなっていく。 人ならざる女の元に、ついに男が現れた。 けれど男は言った。 「あなた様が何をしようと、私は妻を愛しています。私に何をしてもかまいません。ですから妻や子を罰しないでください。そのかわり、私は毎日あなたを奉りましょう」 女は男の誠実さを気に入り、現人神にした。 男には何の力もなかったが、男に触れる者は幸せを手に入れた。男の子供は生涯幸せに過ごしたが、男は貧しいまま大勢に見守られて一生を終えた。 「……正直者は得をする。どこにでもある話だよ」 「では雪神祭で選ばれる雪若が、幸運をもたらす意味とは」 「今の話に若干近いぞ」 白螺鈿の祭司は語る。 ある農村に山の神に気に入られた男がいた。 男の名は『雪若』と言った。 雪若が神に頼むと、親戚は皆金持ちになった。子宝に恵まれ、畑は実り豊かになり、家畜は増えた。 それを妬んだ隣の老人が、雪若を殺してしまう。 すると雪若を殺した老人は四肢を引き裂かれて獣の餌となった。 さらに嘆き悲しんだ神の涙は大雨となり、洪水で周りの家は流され、川は氾濫し、田畑は沼地になった。たちまち周囲は飢えに苦しみ不幸になった。 村の者たちは相談し、雪若の弟を神に捧げた。 「ご覧ください、あなたの雪若です。どうぞ怒りを静め、私たちを豊かにしてください」 「それは私の雪若ではない」 神は嘘つき達から、まず目玉を取り上げた。 彼らの目は闇に閉ざされ、何を食べても灰をかむような味しかせず、匂いもわからなくなり、やがて愛する者の声すらきけなくなった。何を触ってもすり抜けてしまい、生き物と亡霊の狭間の住人となった。 雪若の弟は懇願した。 「彼らをお許しください。私は雪若ではありませんが、兄の代わりにあなた様に従います。どうか村を救ってください」 「その言葉が嘘でないかどうか、確かめてからだ」 弟の願いを聞き入れた神は、皆を元に戻す代わりに、弟から全てを奪った。 弟は目が見えず、耳が聞こえず、匂いも感じず、何を食べても味がせず、誰にも触れない体を与えられた。 しかし弟は誰も恨まなかった。 弟は頭が良く、毎日、物語を語って聞かせた。閉ざされた宮の中からは、いつも弟の声が聞こえた。 季節が巡った。 年が明けると、神は雪若の弟に全てを返した。 「お前の言葉に嘘はなかった。 雪若と同じ清い心を持っていた。 今度は私が約束を果たそう。 毎年若者を一人選んで私の元へ連れておいで。ただし妻子を持つ者ではいけない。次の男が、お前と同じ清い者であったなら、私は加護を与えよう。 けれど強欲な愚か者であったなら、私は大地を枯れさせる」 こうして西の山にいた神は、東の里に宿るものとなった。 人々は神を『雪神様』とあがめ、毎年雪若の元に食事を運び、尊敬するようになった。 「……どこまで本当の話かはわからんがな。口頭で伝わる話は歪みやすい」 老人はキセルをくわえて窓の外を見た。 「事実、精霊は白原平野の豊穣を司っている。ここの自然はアレの気分一つだ。毎年祭で選ばれる男は『雪若』と呼ばれ、雪若は何故か周囲に幸運をもたらすが……物語のように雪若が五感を奪われることはない」 「視覚・味覚・嗅覚・聴覚・触覚か」 「さよう」 紫煙がくすぶる部屋の中で、老人は遠い日に思いを馳せた。 「むかし百家の大邸宅には社があった。大切に奉っていたよ。子供心に『本当に神などいるのか』と思ったものだ」 「疑っていたのに存在を確信した、……という事は何かあったのか」 「輝く透き通った手を見た。それと、自殺した友は生前に豊穣を願った。光が田畑を覆い、その年は豊作。大半の者は雷が落ちたと思ったそうだが……目の前で社の奇跡を見た儂は違う」 「如彩家は、そのことを」 老人は頷きながら「どこから聞きつけたのか知らんがな」と苦虫を噛み潰したような顔をした。 「連中が移り住んできた頃だ。皆を救う為、山の神の厄災を退ける為だとぬかして、あの手この手で社の引き渡しを迫っていたな。最終的には百家を陥れて借金をカタに奪おうとした」 「だが奪えなかった」 「……友が屋根から飛び降りる前の晩、儂に言ったよ。『これからきっと皆が飢える。だが奇跡を奴らの手には渡せない。誰もわからぬ場所に隠した。許してくれ。妻と子を頼む』とな」 最後の持ち主は……ミゼリと杏の祖父は、妻子に全資産を譲渡して、命を絶った。 「奇跡など縋るからいかんのだ。案ずるな。如彩の若造に見つけられるはずがない。安心して、放っておけ」 老人は淡々と述べた。 +++ それから平穏な時間が過ぎた。 農場では相変わらず深夜、ミゼリが暖炉に近づくと白い手が現れたが、それだけだ。 家族の話を聞いた同居の小鳥と聡志は、毎日ご飯と料理酒を翡翠の置物の隣に並べて両手をあわせた。 体調悪化が一向に治らない人妖たちは畜舎で牛とともに寝起きしている。 再び開拓者が農場へ帰ってきた。 春収穫の作物植え付け、保冷庫の解体、養蜂箱の回収だけはやっておかねばならない。 「急ぎの農仕事を先にやるとして」 「翡翠の祠をどうするか決めないとな。放っておけば幸弥にも知れるだろう」 「杏さん、何か変わったことはありましたか」 杏が天井を仰ぐ。 「お姉さん達の足が治ってた。お医者様は絶対治らないって言ってたのにね」 かつて筋を切られた葉彩小夜と文彩翠の足が、元に戻ったという。 「あとは聡志と小鳥の事かな。小鳥に話しかけても無視するし、聡志は殆どご飯食べてない」 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121)
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318)
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
真名(ib1222)
17歳・女・陰
ネリク・シャーウッド(ib2898)
23歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 農場へ到着する前のこと。 十三人が話し合った結論は『翡翠の祠を破壊する』事だった。 人為的な理由で精霊が土地を渡って居着いたと仮定した場合、精霊をその地に縛るものがあるはずだ。老人は『宿り物』と言った。 久遠院 雪夜(ib0212)は『もしも、だよ』と指を立てた。 『幸弥が精霊を引き継ぐ方法を知っていて血眼で探しているのなら、渡すのは危険すぎると思う。精霊と契約した幸弥がどんな行動にでるか分からないし、孫の代まで正しい引継ぎが伝えられると思えない。……昆孫、仍孫、これを忘れ。知らぬ雲孫、ついに招きぬ……だよ」 例えば大アヤカシ生成姫は、時の経過による伝承劣化によって世に解放された。 未来の保証はない。 話を聞きながら『同感だな』とマハ シャンク(ib6351)は声を投げた。 ミゼリの祖父は『誰にも見つからない場所に隠した』という。だが開拓者にたやすく見つかっている。これが他の者達に見つかっていた場合どうなったのか……考えるだけでも恐ろしい話だ、と思ったからだ。 『つまるところ精霊に元の地へお帰り頂く他あるまいて』 ハッド(ib0295)は肩を揉みながら『げに恐ろしきは手に負えぬ存在に手を出す人の欲だと思うがの〜』と古の人々に呆れていた。伝承を信じるなら、精霊は『西の山から東の里』に宿った。東の里が白螺鈿近郊の里と仮定すると、そこから西に聳える最も近い山は、半ば魔の森に呑まれている渡鳥山脈だ。 『どういった事情で、精霊様が小さい祠に宿り、白螺鈿近郊を守護していらっしゃるのか、……私たちは理由を存じません。知りようもない話ではあります』 白 桜香(ib0392)は瞼を伏せた。 『ですが、古の人が干渉したのなら何か必要に迫られたはず。他にも希儀のアルテナ様やクリノカラカミ様の話を聞きますが、今回のような事例はありません。条件付きで願いが叶うなら、それはきっと古の人と雪神様の取り決め』 雪神様が願いを叶える代償は『五感』だと人はいう。 『白螺鈿は自然が厳しい土地です。挙句、約400年に渡って大アヤカシ生成姫が居着き、それより以前には上級アヤカシ鬻姫の狩場だった……もしも古の人が、愛するモノを守る為に祈り縋ったとしたら、己の身を引換えでも……そんな強い思いがあったなら、私は行いを否定できません。同じ立場に立った場合を考えると、古から続く精霊との契約を、私達が破棄して良いかどうか迷いはあります。でも……』 若獅(ia5248)も俯いて考え込んでいた。人の手に余る奇跡を叶えるには、引き換えにするものが必要だという理屈はわかる。しかしミゼリの件に関しては納得がいかない。 『答えなんて決まってるわ』 力強い声を発した真名(ib1222)が白の肩を叩く。 『人が良ければ自分は、なんてのは無し! どんな理由があったとしても、犠牲をよしとはできないもの。それで護られても……大切な人は喜んでなんかくれないんだから』 物事は多面的だ。自己犠牲は美徳ではあるが、庇われた者が苦しむ事を忘れがちだ。 『ね、姉さん』 『ええ』 頷くアルーシュ・リトナ(ib0119)は『もう加護は要らないというのは都合が良過ぎるでしょうか。……でも言葉が届かないのですよね』と呟いて両手を握る。 『過去に願いを叶えたという事は、全く意思疎通ができないわけではないと思うんです』 鈴梅雛(ia0116)の言葉に、皆が視線を集めた。 『話は聞いているけれど言葉を交わすつもりはない。そういう事ではないかと。ひとまず敵意を持っていない事を示す為に、現地についたら、皆さんも朝夕に祠を拝してもらえませんか? ひいなはお供え用のお神酒とお米と榊を仕入れてきます』 『なら、酒はこれを使ってくれ。安酒でない方がよかろう』 シャンクは手持ちの酒瓶を三本提供した。皆に愛される天儀酒、清和街の上等な澄み酒、地下水脈に保蔵されていたという龍肝酒……全部で三日分だ。 ロムルス・メルリード(ib0121)も『そうね。買い物を手伝うわ』と席を立った。 『相手は精霊……それも、神とも表現されるほど強大な力を持った存在だもの』 メルリードは己の手を見つめた。いつか自分の力不足を後悔しない為に強くなる。これまでずっと自分に言い聞かせて鍛えてきた。けれど『いつか』が来たのかもしれない。 『ロムルス、そんな顔するなよ。厄介な話だが……大丈夫、なんとかなるさ』 ネリク・シャーウッド(ib2898)はメルリードの肩に手を置いた。 『……まっ、やれることはやりますかね。精霊門の開門前に戻る』 蓮 蒼馬(ib5707)も『真名の言うとおりだな』と返す。 『どんな存在だろうと、どんな理由があろうと、奪われた物は取り返す。ミゼリも、小鳥も、聡志も。俺達の大切な家族なのだからな』 桂杏(ib4111)や篠崎早矢(ic0072)たちは覚悟を決めて精霊門を渡った。 そして話は……現在に至る。 鈴梅と白、真名とリトナ、久遠院とメルリード、篠崎は桂杏主導のもとで一斉に作物の植え付けを手伝った。ハッドはアーマー人狼改ことてつくず弐号で、三日目に備えて除雪を始めていた。効率稼動で長時間運用を可能にしても練力は有限である。シャンクは人妖菫を食堂の手伝いに行かせた。普段の仕事をこなす事に加えて、食堂には幸弥のところの作業員が多く出入りするからだ。一方、シャンク自身はといえば堆肥の世話に勤しんだ。 若獅が異様に元気な牛たちを放牧し、犬たちに番を任せた後は、保冷庫の解体作業に移った。蓮と共に管を外して穴を塞ぎ、蜂達を移さねばならない。蓮が柵の点検に向かい、若獅が畜舎の掃除に戻る頃には昼時だった。 「昼飯、もってきた。忙しいからお米とかき揚げのサンドだけどな」 畜舎清掃していた若獅は手を止め、昼食を届けに来たシャーウッドに声を投げた。 「精霊との契約の事、代償の事……ミゼリは知ってたのかな」 ミゼリの盲目は精霊との契約である可能性が高い。子供達を見る限り代償なのだろう。 「考えにくいな。初めて農場に来た時に、ロムルスと炎鳥が話してた事を覚えてるか」 『……彼女、意識はあるの?』 『……そうさ。ある日突然、目が見えなくなった。『ずっと夜のようだわ、でも心配しないで』って無理して笑ってた。次に耳が聞こえなくなって『誰もいないの? 誰かいたら答えて』と半狂乱で叫びだした。最期には、喉から声が出なくなった』 「前兆もなかったから、今までミゼリ自身にも見当がつかなかった訳だし」 発酵乳用の乳を絞りに来ていた桂杏が「思うんですけど」と首を傾げる。 「雪神様が願いの大きさに応じて代償を求められたのだとしたら、……ミゼリさんは何を望んだのだでしょう。子供達を見る限り、個人的な望みなら感覚一つ、里全体に及ぶ望みなら五感の総て、という印象です。取り上げた三つのうち二つが返されたのは何故なのか。幸弥さんも、精霊に何を望むつもりだったのか」 「幸弥の考えは、本人に聞くしかないな。ミゼリは……」 「今までのミゼリの不調が、全て契約のせいとは限らないんじゃない?」 人妖ブリュンヒルデが、干し草の上から声を投げる。 「目の件は兎も角、例えば伝承の五感に『味覚』はあるけど『声』は入ってないし」 「そういえば」 「仮に五感の全てを奪うなら、小鳥達複数の対象から同じ感覚を奪う意味もさっぱりよ」 何故、五感なのか。 今は考えても答えがでない。若獅は「そっか」と短く呟く。 「けど偶発的にしろ、ミゼリ自身の願いじゃないのに……俺はやっぱり納得いかねえ。構わないってミゼリが言っても、そんなんじゃ杏も俺達も、心から笑って過せないよ」 どうにか精霊との契約を破棄しなければならない。 想いが募るばかりだった。 二日目も恙無く農作業は続いた。 真名は一日かけて雪神について街で調べたが、あまりにも言い伝えが古すぎて老人から聞き出した以上のことは判明しなかった。ただし夜になってから鈴梅達は、ミゼリや杏、雇いの親子も含めて畜舎に移動し、現状や明日の事について話し合った。 『小夜さんや翠さんも我が子の五感を奪ってまで足を動かしたいと思うでしょうか』 白の懸念は的中した。 親たちは「なんて馬鹿なことを」と頭を抱えている。 「怒らないであげてください。今、向こうで怒ってますから」 話の中で、子供達が『おかあさんの足が治りますように』と願った事を知った蓮は、聡志と小鳥を正座させて「願いが叶って満足か?」と厳しい声で尋ねた。聡志は首を縦に振ったが、小鳥はやはり耳が聞こえていない。文字もろくに読めないので交信手段がない。 「聡志。お前達は間違っている。母親の幸福を願う、その気持ちが、じゃない。その為に自分を犠牲にする事が、だ。お前達の母親は一生その事を負い目に感じないといけないんだぞ。自分の母親にそんな思いをさせたかったのか?」 泣きながら「だって」を繰り返す聡志たちをメルリードが抱きしめる。 「自分が犠牲になっても大切な人が幸せならそれでいいの? でもあなた達を大切に思ってる人たちは、あなた達を犠牲にしてまで幸せなんて欲しいとは思ってないわ。心から笑うことができないなら、それは本当の幸せじゃないわ。特別なことなんてなくていい、一緒に居て、一緒に笑って……きっと幸せってそういうものよ」 頷くのを見てリトナが牛乳粥を手に近づく。 「さぁ、聡志さん。少しはお腹が空きましたか? 味が解らなくて辛いでしょうけど 少しでも食べて下さいね」 蓮は「お前達が献上した物、きっと取り返す」と言った。 白は「そうですよ」と拳を握った。 「私達もミゼリさんの目が見えて欲しいですもの。なんとかします。それに、精霊様の御加護と罰を特定の人のみに課せられてはいけないと考えます。人は人以上の力をあてにすべきではないんです」 若獅も「誰かの犠牲の上に立つものが当然だなんて思っちゃいけないんだ」と訴えた。 「どんなに辛くても、安易に手を延ばしちゃいけないものはある。最初から、願いを叶えてくれるものなんて無かったんだと思えばいいのさ。護りたい人がいて、手を差し伸べ合える人がいて、皆で頑張っていけばいいんだよ」 一方、ミゼリ達に説明した後、久遠院は「だからね」と言って両手を握った。 「ボク達も懇願するけれど、やはり契約者の言葉で無いと精霊も納得しないと思う。勿論、戦闘の際には安全な所まで離れてもらうし、懇願の際にも礼儀を守って許される限り近くに居て、何かあれば身を挺して庇うから」 リトナも「お祖父様が守った契約を破棄させてください」と声を投げた。 「仮に精霊の加護がなくなり、この先畑がどう変わるか解りませんが、その分私達も頑張ります。積み重ねたものを基礎にまた一から……良いですか?」 シャーウッドは「なるようになるさ。だからミゼリたちもあまり心配するなよ」と陽気な声で安心させた。最も、精霊様が厄介そうだという事にかわりはない。 三日目の朝が来た。 人妖や龍、叉鬼犬といった相棒たちは敷地の境界の巡回を命じられた。 早起きした鈴梅は、水垢離(みずごり)で潔斎し、精霊様に挑む為に祠を移す牧草地を塩とお神酒でお清めした。更に木箱を置いて布を被せ、台座とした。 「ここなら、殆ど回りを気にしなくても良さそうです」 鈴梅が戻ると、若獅達も禊を済ませていた。蓮は正装し、真名達は武装を解いている。 「交渉は任せるわ。武装解除は無駄かもしれないけど、敵意がない事を示す気持ち的にね」 「始めましょう」 全員で暖炉の祠を拝した後は、鈴梅が清めた身で精霊を台座へ運んだ。 そして非礼の詫び、加護の御礼、百家の契約とミゼリと子供達の契約解除、力の封じがない状態での交戦、祠の破壊を試練条件に帰ってもらえるよう、何時間も長い寿詞(ヨゴト)を唱えた。 そして静寂。 若獅が白に「なんて言ってんの?」と耳打ちした。 「ひいなさんが唱えているのは私たちの願いを混ぜ込んだ所謂、祝詞の変形です。例えば最後のは送納要文の類で、人為的に降臨願った神に元の本宮にお帰り願うものです」 更に白は鈴梅の隣で嘆願に参加し『試練に打ち勝てず、祠を割れなかった暁には、自分が一生を捧げて祀る』事を誓った。 覚悟の強さを示した刹那、翡翠の祠から光が広がり、池の水が重力に逆らって空に吸い上げられ、薄い膜状に広がっていく。百メートル四方が水の膜に閉ざされた。 「水の結界!? 試練が終わるまで誰も出さないって事か」 蓮たちが武装する。 リトナは昨日、子供達と作った2体の雪像を指差した。 「いかがでしょう。精霊様。今だけあちらの雪像にお宿り頂くというのは」 葉っぱや木の実、もふらストールで装飾した雪だるまだ。すると突然雪だるまに手足が生えた。手に氷の武器を形成し、祠を守るように立ちはだかる。祠は相変わらず発光していた。 リトナや篠崎達、一部は誤解を抱いていた。 この試練は『精霊を絶対に傷つけてはいけない』のだ。 「どうやら別なものが宿ったな。差し詰め、護衛兵か」 蓮の冷静な分析で構える。精霊は敵ではない。むしろ傷つけたらどんな影響が出るかわからない。憑いている祠だけを破壊しないと、精霊は居座り続ける。 シャーウッドは刀を抜いた。 「障害がとれだけ増えようと知ったことか。今はここをどうにかさせるわけにはいかないんだ。ここがどうにかなったら、俺の家族も、俺の好きなやつも全員バラバラになっちまう。後腐れなくいこうぜ!」 しかし、そう簡単には接近できなかった。 相手は広大な平野を何百年も守護してきた精霊だ。 「ボクは……ただ、ミゼリちゃんの目が見えるようになって欲しい。素直に言えばそれだけなんだ……お願いです、精霊様。ボクの家族に、返してあげてください、光を!」 挑戦を続ける久遠院達の懇願。さらに伝承からの推察を、シャーウッドやメルリード達が訴えたが、まるで防衛の手は緩まなかった。 精霊は全く翡翠の祠から離れる様子がない。 また戦馬で上空にいた篠崎は、バーストアローや乱射を試みたが、どちらの技も結果的に射程内の存在を、敵味方無差別に射抜くことになった。しかも護衛兵には痛覚がない。判断ミスだ。篠崎は、新たな護衛兵の弱体化に力を注いだ。 メルリードとシャーウッドはミゼリや杏、子供達を守るので精一杯。 「ロムルス、お前はちょっと無茶しすぎだ」 「わかってるわよ! でも!」 「みんなも心配するな! こっちはこっちで引き受ける!」 一方、宝狐禅紅印と同化したものの、真名は瘴気を源とする陰陽術が精霊にどう影響がでるか予測しきれなかった。そこでシャーウッドが子供を守るのと同じく、リトナの護衛役となり、何が効果的か完全に見極めるまでは攻撃を控えていた。結界呪符を量産し、仲間の防御壁構築に心血を注ぐ。 そして間も無く。 真名の慎重な判断が優れていた事を周りが悟る。 それはオーラで強化したアーマーマスケットの弾丸で狙撃し、護衛兵ごとぶち抜いて祠を掠めた時の事だ。大気が嘶き、ハッド周辺の空間が歪んだ。アーマーの外装が潰れる。 「がああああああああああ!」 アーマー内部のハッドは虫の息だった。慌てて治療しながら、鈴梅が仲間に声を投げる。 「雪神様を攻撃してはいけません! 粛清されます! 精霊砲の類も打ってはダメです!」 無尽蔵に生まれる雪の護衛兵から距離を取る。シャンクは皮肉げに笑った。 「なるほど、魂を引き裂いたりする類は全面的に使えんか」 小技なら兎も角、高い威力を持つ非物理攻撃は、精霊本体へ影響が現れる。 「蒼馬、若獅、桂杏! 私にひとつ考えがある、すまないが手伝ってくれ」 若獅は「まかせろ! 精霊様に頼ってばっかの人間じゃないって事、見せてやるさ」と強気で返した。リトナの竪琴が爆発的な力を呼び覚ます。皆で護衛兵の相手を引き受け、瞬脚で距離を詰めて肉の壁となった仲間の影から躍り出た桂杏とシャンクが、翡翠の祠に肉薄した。 「雪神様、ご無礼お許しを」 「ミゼリやあの農場の者達、皆は大事だ。それを助ける為ならば……私は!」 指先に気を集中させたシャンクが、懇親の一撃を叩き込む。同時に、全身に風の刃を受けて二人が弾き飛ばされた。気は『翡翠の祠だけ』を巡り、亀裂を拡大させていく。 途端、パァンと音を立てて翡翠の祠が内部から割れた。 祠からふわりと浮かび上がった光の球が点滅を繰り返す。するとミゼリ、小鳥、聡志の体も発光した。同時に区画を覆っていた水の結界が破れ、雨粒となって皆の上に降り注いだ。光球が大地に消える。メルリードたちが、ミゼリや子供達に駆け寄った。 「大丈夫? 何で光っているのかしら」 ぼーっとした聡志はメルリードの顔を見上げた。 「……『いたい』って」 「え?」 隣の小鳥が「痛いって、眠いんだって」と口を揃えた。徐々に光が静まっていく。鈴梅は「もしや雪神様と繋がっているのでは」と声を発した。シャーウッドが「他に何か聞こえるか」と尋ねると、子供達は首を横に振った。 「もう聞こえない」 「一瞬だけ透明な気持ちが小鳥にとけてきたの」 「まて。小鳥たちに五感が戻ったならミゼリも」 皆が振り返った、刹那。 「あ、ひ、いぃ、ぁぁぁあ、あ!」 「どうした!」 絶叫し続けるミゼリの肩を揺さぶると、焦点の合わない目を彷徨わせた。 小刻みに震えながら、やがて両手で顔を覆って意識を失った。 「あのお姉ちゃん、いつから雪神さまにおめめ貸したの?」 小鳥の言葉にメルリード達が眉をひそめる。 「どういうこと」 「雪神さまは小鳥たちみたいに体がないの。人の体の真似は大変だから時々借りるみたい。小鳥はお耳をかしたのよ。皆が何を言ってるか分かんなくて、辛かったけど……お母さんの足を治してもらったし『貸してた間の音も戻った』から今は平気。頭痛いけど森と農場の音ばっかで、森にいたみたいな変な感じ」 貸していた間? 「だから『ずっと』なら全部が今戻ったのよ」 考え込んでいた真名が「陰陽師の人魂みたいなものかしら? ほら、あれは式神と視覚を短時間だけ共有するものだから」と言って沈黙した。 シャンクが顔をしかめる。 「願いを叶える代償に五感を奪ったのではなく、奇跡は人の五感を借用する代価か? 五感の返還が行われて、精霊と一時的に同調したとすれば」 「小鳥達は数日でも、ミゼリの視覚喪失は年単位だ。仮に、その間の視覚情報が無差別で流れ込んだなら……到底、人の頭で理解できる情報量とは思えん」 蓮達が憤る訳にもいかないのが難しいところだ。 視覚は確かに返却された。神代でもない人間が人知を超える存在に一時的にでも繋がってしまった副作用はやむを得ない。シャーウッドは「起きるのを待って、何か美味いもんでも作ってみるか。少し落ち着いてくれるといいんだが」と呟いて、まだ残っている農作業に頭を悩ませた。 「母屋に戻ろう。ずぶ濡れだ」 仲間の治療を終えた鈴梅は砕けた翡翠の祠の残骸を元の場所に埋めていく。 「ミゼリさんが膨大な記憶に押しつぶされないように、最善を尽くさなくては。それに」 人妖炎鳥は「過ちか」と精霊の消えた場所を見た。 五感は戻った。精霊の解放はできた。 けれど。 「きっと強力な術なんて最初から不要だったんだ。雪神様は実体がない。物理攻撃やアヤカシ向けの術は本体には通じなかった。敬意を示し、精霊術封じも予測して、封じられぬ様に頼んだ。後は祠の破壊だけだったが……アヤカシと戦うのと同じ感覚で、見極めずに幾度も霊体に傷をつけた」 「そう、ですね。痛い眠いという言葉は、消耗したか休眠状態に入るという意味でしょう。影響は守護地である白原平野全域……たぶん、本当に大変なのは、これからです」 この日。 人知れず精霊を軛から解放した開拓者たちは、偉大な存在に干渉した責任と、己の利己を貫く代償を知った。 |