【農場記】翡翠の祠【番外】
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/28 09:32



■オープニング本文

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 その部屋は、長い間手つかずになっていた。

 表向きは『病死した』とされる屋主が、実際には余りにも凄惨な死を遂げた為、誰も遺品に手をつけようとしなかったのだ。実の兄弟だった青年が、何度か法的な手続きの為に出入りしただけで……整理が終わると部屋は堅く閉じられた。

 今年の夏、長い沈黙を破って扉は開かれた。

 如彩家の三男が、家督を継いだ為だ。三男こと如彩幸弥は、残されていた部屋の荷物を一人で整理した。
 今も時々、誰もいない部屋を訪ねる。
 拭っても消えない、黒ずんだ血の跡が残る床に座って、瞼を閉じた。
「兄さん」
 腹違いの兄だった。
 けれど養子という経緯故に、彼は四男として扱われる事になった。強引な手腕で幾つもの改革を行った。常に黒い噂がつきまとい、後ろ指を指されても、決して己を曲げない人物だった。
「兄さん……あなたは『素晴らしい人』でした」
 多くを憎んでいたのかもしれない。
 大勢に恨まれていたかもしれない。
 それでも。
「今の僕はそう思える」
 誰がなんと言おうと、遺品を受け継いだ今は。
「虎司馬兄さん。あなたができなかったことを、僕がやり遂げてみせます。方法は違っても、必ず」

 今度こそ失敗せぬように。


 +++


 農場の少年から届いた依頼書に、ギルドの受付が眉をひそめた。
 毎月農作業を依頼してくる少年なのだが、今回は内容が少し違う。
 家に誰かいる、としきりに訴えていた。
 少年の暮らす母屋には、複数の人間が暮らしている。
 まず姉のミゼリ。少年もとい杏。そして農作業を手伝ってくれる、故あって足の悪い女性二人。名前は葉彩小夜と文彩緑。その息子の聡志と小鳥。
 全部で六人。
 ここに人妖ブリュンヒルデと炎鳥が入り、飼い犬の絆や鶏28羽、牛12頭となると、かなり騒々しい家である事は想像にたやすい。
 杏という少年が『誰かいる』と訴える事について、普通ならば気のせいか、或いは物取りかと考えがちだが、杏の訴えが具体的だったことから『事件』という扱いになった。


『家の中に誰かいるんだ』
 依頼書に添えられた手紙は、そんな書き出しから始まっていた。
『ずっと誰かに見られてる気がする。振り返っても誰もいないし、家族みんな仕事があるから、遊んでる暇なんてない。けど深夜に音がするんだ』
 日々の異変を切々と訴える。
 人妖二人が家の中をくまなく探したが、泥棒などの気配はない。そればかりか、人妖たちは何故か体調を徐々に壊して、ここ暫く、動くのも気だるいらしい。具合が悪い割には、異様なほど腹が減るのだとか。

 依頼書を読んだ者達が柳眉をしかめた。
「目に見えないアヤカシ、かね」
「人妖が具合が悪くなるっていうと、魔の森並に濃い瘴気でも発生してるのかな」
「だとしたら、普通は人間が一日と持たないと思います」
 杏達は不気味さを訴えるばかりで、特に体調を崩したなどの記述はない。
 手紙には続きがあった。

『ボク見たんだ』
 日暮れの話だ。
 居間の暖炉の傍で、姉が火にあたっていた。そこへ杏が牧草刈りから戻ってきた。けれど姉に近づけなかった。暖炉の辺りから、ぬぅっと白い光がのびており、紛れもなく手の形をしていたという。
 白い手は、姉の顔の前でふらふら漂っていた。
 姉のミゼリは目が見えない。
 地面に縫いつけられたかのように、異様な光景を眺めていると、手は暖炉の中へ消えていった。暫くして「お姉ちゃん」と声を絞り出すと、ミゼリが「おかえりなさい」と声を発するだけで、恐る恐るのぞき込んだ暖炉には何もなかったという。

 同じ事が、何度も続いた。

 奇しくも。
 この異変が始まったのは、農場の牧草地の土壌から赤子の拳ほどの『翡翠の祠』が掘り出されてからだ。元々は粘土質の土を探そうとして発見されたもので、土圧で潰れた水瓶の中にあった。洗うと綺麗な光沢を放った為、現在は暖炉の所に飾ってある。

「……家に何かいるのは間違いなさそうだし、調べた方がいいな」
「あの、これも見つけました」

 開拓者の一人が、別の依頼書を持ってきた。
 依頼主は、五行東の里「白螺鈿」の若き地主で、如彩幸弥といった。水田を混ぜ返す為に、龍やもふら等の力仕事が得意な相棒を連れた開拓者を短期で募集していた。何の変哲もない農作業員の募集である。
 けれど、幸弥には曰くがあった。
 急激にあちこちの水田を増やして短期の雇用を拡大する傍らで『もしも水瓶か大きな石が出てきたら、決して手を触れずにボクを呼ぶ様に』と命じているという。
 過去諸々の事情から推察するに……彼が密かに探しているのは『杏の牧草地から見つかった水瓶ではないか?』という話も出ている。

「何人か、作業員に潜入して調べるか?」

 いずれにせよ。
 一筋縄ではいかぬ話になりそうだ。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
真名(ib1222
17歳・女・陰
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

 依頼書を眺めた若獅(ia5248)が頭を掻いた。
「妙な物が出てきちまったなぁ……杏の話からすっと、不気味な印象しかないんだが」
 久遠院 雪夜(ib0212)は思わず明後日の方向を見上げて「なんて言うか……少し掘っただけでこんな謎な物体が出土するなんて、この農場どうなってるんだろう」と呟いた。
 話を聞いた真名(ib1222)は「季節外れの怪談ね、全く」と感想を呟き、身震い一つ。
「ミゼリさん……大丈夫かしら」
 早く白い手の正体を突き止めなければ、という思いがよぎる。
 真名が傍らのアルーシュ・リトナ(ib0119)を見ると難しい顔で悩んでいた。
 ロムルス・メルリード(ib0121)が悩み込む。
「正体不明の白い手、か……確かあれにはアヤカシの反応はなかったはずよね?」
 白 桜香(ib0392)は翡翠の祠を思い出しながら「はい」と迷いのない声で答えた。
「何かあるような気が、しないでもなかったですが……特別な反応は何も」
 農場の人々には変化がない一方で、人妖の炎鳥達は体調不良を訴えるという。
 白が「そういえば、うちの人妖もお腹を空かせていました」と呟くと、桂杏(ib4111)は傍らの上級人妖こと百三郎を眺めた。
「え〜っと……この子達って私達と同じ物も食べますけど、確か瘴気も一緒に取り込んでるというか、力の一部になってましたよね? 瘴気が抜かれているか、取り込めないせいで、疲れたりお腹が減ったりする可能性がある……と思うのですが、詳しく調べた方がいいでしょうか」
 鈴梅雛(ia0116)は不安げにうつむき「五行の東地域には、ナマナリ配下の封印物が多く有ったそうですし。万が一そんな物だったりしたら大変です」と言って裾を握った。
 ハッド(ib0295)が鈴梅の言葉に頷いている。
「ふ〜む〜謂れがわからぬ品はかくも不気味なものよの〜」
 若獅が「けどさ」と声を投げた。
「気味悪いって手放しちまうのも無責任だし、幸弥が探し求めてるかもしれない物なら、絶対曰くつきで訳ありって気はする。こっちでもある程度、事情は把握しとかねぇと」
 杏やミゼリ達、農場を護っていく為にも。
 ネリク・シャーウッド(ib2898)は「違いない」と肩を竦めた。
「一体アレが何なのか分からないが、放っておけば、またろくでもない事態になりそうだ」
 とんでもないものを掘り起こしたのだろうか、と内心考えつつも、幸弥の依頼書に『シャーウッド』と名を書いた。
「人手もあるし、農場の方は任せる。まずはアレがなんなのか見極める方が先だろうし、俺は甲龍連れて、幸弥の所にいってみるよ。蒼馬たちも行くだろう?」
 蓮 蒼馬(ib5707)は「そうだな」と肩をすくめて羽ペンを受け取った。
「杏やミゼリの事は心配だが……俺には瘴気や精霊力の事は解らんし、幸弥の依頼を受けてこよう。少しでも奴が、何を考えているか解ればいいんだがな」
 壁際のマハ シャンク(ib6351)は渋い顔をしていたが、幸弥の依頼に名を入れた。
『……結局、人知れず動き回り、巻き込み、利用する。そういうことなのか?』
 酒々井 統真(ia0893)が「俺も行こう」と書類に記名し、空龍鎗真を迎えに行く。
「杏とミゼリは勿論、あそこの全員の安全、人妖達の不調と気になる事は多いが……そっちは任せるぜ。翡翠か……農場に来た時も、翡翠の値上がりに乗じた杏の物乞いが切欠だったっけな」
 リトナが「あの」と酒々井達を呼び止めた。
「もし他の場所で同様のものが見つかったら、地図に印をつけていただけますか。なにか法則性があるかもしれませんから」
「ああ」
「では農場へむかう我輩達も、まずは現地で確認か」
 ハッド達も腰を上げた。
 話し合いの結果、農場には鈴梅と若獅、リトナとメルリード、久遠院、ハッド、白、真名、桂杏の九人が残り、酒々井とシャーウッド、蓮とシャンクが幸弥の依頼を受けた。


 出迎えた杏の頭を、リトナが撫でた。
「杏さん 呼んでくれてありがとうございます。大丈夫ですから」
 他の子供たちを一旦外へ出し、龍のフィアールカに遊び相手を命じる。
「俺は敷地内を調べてくる。夕方には戻るから。天月」
 若獅は叉鬼犬の天月を解き放ち、関係者以外の匂いがないが調べるように命じた。訓練された絶対的な嗅覚の前では、人の工作など児戯に等しい。
 桂杏は上級人妖の百三郎の変化を観察していた。
 農場の敷地に入った時は、まだ元気だった百三郎は、屋敷に入った段階で急激な空腹を訴え始めた。問題の祠に近づくと、他の人妖同様の症状を訴え始める。
 宝狐禅の紅印を召喚で呼び出して懐に忍ばせた真名は「瘴気を調べてくれる?」と声を投げた。宝狐禅の紅印が瘴気の流れを感知しようと神経を集中していく。
 けれども。
「姉さん、紅印が『瘴気を殆ど感じない』って言ってるんだけど。瘴気回収もダメみたい」
 リトナが双眸を細める。感知できないほど薄いのか。
 久遠院が忍眼で観察してみたが、簡素な家型をしているという事を除き、文字や文様の彫り込みなどは認められなかった。
 続いて鈴梅が、翡翠の祠の近くで瘴索結界と術視を行ったが、何も目立った変化はない。
 もしも瘴気やアヤカシ絡みなら寮やギルドに持ち込むべきと考えていたが……
「アヤカシなら直ぐに分るんですけど。そうじゃない。……いったい何なんでしょう」
 皆が注視しても目立った怪奇現象はない。
 桂杏が人妖百三郎を外で休ませてきます、と言って席を外す。
 メルリードが杏を手招きして「いつも同じ時間に見たのかしら」と尋ねると微妙な顔をした。曰く、毎日という訳ではないらしい。姉ミゼリが一人の時にしか見かけた事がなく、ミゼリが暖炉前以外の場所にいる時は反応がない。
「手が現れた状態で、他の誰かが近づいた場合に反応はあった?」
「怖くて試してないよ」
「では杏さん。白い手が現れた日と時間を詳しく教えてください」
 リトナは神木から削り出した竪琴を手に、暖炉の前に座った。もしかしたら白い手は撫でようとしたのかもしれない、と思ったのだ。リトナが時計の振り子のような音を奏で始めると、屋敷の中の幻影が浮かび上がり始める。
「姉さん?」
 眉を顰めた真名がリトナに呼びかける。
 リトナの額に脂汗が浮かんだ。立ち上る幻影の中で、ありし時間の人々が動き始めた。けれど朧だ。なんとなく子供たちが廊下を歩いて寝室に向かう姿や、壁伝いにミゼリが歩いてくる姿は見えていたのだが……
 ふ、と立ち消えた。蝋燭の炎を吹き消すように。
「姉さん、大丈夫なの。真っ青よ」
 莫大な練力を注いで演奏を続けたリトナは、呆然と両手を見た。
「ダメです。ここ一帯の精霊が、何も応えてくれないなんて、そんな」
 その後何度演奏をしても、幻影が浮かぶ事は二度となかった。


 一方、幸弥の依頼を受けた四人は、龍に道具をつないで働いていた。
 真面目に仕事をこなす。空龍の鎗真、甲龍、炎龍のレーヴァティン、甲龍ファラクが泥まみれで輝く傍ら、休憩時間や食事の時間を使って、作業員たちに聞き込みをして回った。
「よぉみんな、今日は乳飯(クリームリゾット)の差し入れだ」
 現場近くの家の台所を手配してもらったシャーウッドは、農場から持ち出した余ったハーブに塩と牛乳、少量のバターで異国料理を作り、出稼ぎの男達に振舞った。
「いよ! 料理人! まってましたぁ!」
「みんな、たぁんと食えよ。うまいものは元気の源だ。午後も頑張って働かないとな!」
「おうよ。土を掘り返すのは大変だしなぁ。ゴミばっか見つかるしよ」
 どうも長い間空き地だった場所は、ゴミ捨て場……埋立地にされていることが多いらしい。壊れた荷車や陶器の破片など、気を付けないと怪我をしかねないらしい。
 どこも現場の一角にはゴミ捨て場が有り、ガラクタが積み上がっていた。

「そういや依頼主が言ってたアレ、なんの話なんだろうな」
 同じく出稼ぎを装った酒々井が、飯を食べながら話をふってみる。
 もしや複数出土してるのではないか、という懸念があったのだ。作業員が唸る。
「さぁなぁ。時々大きな石とか、墨文字の書かれた茶碗とか、色々出てくるたびに幸弥さんを呼ぶんだけど、なんか毎回『違うね』って言って帰るんだとよ。何探してんのやら」
 古くから井戸や田畑には儀礼的な痕跡が残されているが、その類ではないらしい。話を聞いていると『らしきもの』が何度出ても、目的の品は見つかっていない様子だという。
『……何か、特定のものってことか。益々怪しいな』
 同じく食後の茶を楽しんでいたシャンクも『幸弥が言っていたもの』が見つかっていないらしい事を聞き出していた。
「ふむ。では……これじゃないか、と急いで呼びに行ったら激怒されたと」
「なんつったっけ。息切らせながら『君たちが触っていいものじゃない。離れるんだ』って、顔真っ青にしてさ。でも結局『違った』って言って帰ったよ。全く人が親切に……」
 ぶつぶつ呟く作業員の愚痴を聞き流しながら、シャンクは顔色を変えずに悩みこんだ。


 その頃、農場では皆の健康診断を終えていた。
 ミゼリや杏たち住民に体調変化は見られなかった。ハッドが帳簿と財産の確認をしたが、換金していない翡翠が減った様子もない。鈴梅が食事の支度を手伝う。
「今の所、人には害はないみたいですけど。人妖さんの具合が悪くなるのは困りますよね」
 人妖たちは体調が悪いので、当面は畜舎で寝起きする事に決めたらしい。
 リトナ達は音以外の情報を求めて、匂いなどを他の子供にも聞いてみたが変化なし。
「ミゼリさん、ここ最近で何か変わった事は?」
 白たちはミゼリを質問攻めにしてみたが、翡翠の置物など聞いたこともないらしい。まるで見当がつかず、むしろ怯えさせる原因になった。
「わ、私に、何かあるの? 白い手って、私につきまとってるの?」
「ミゼリ。ごめんね、不安にさせて。でも何かあった時は絶対守るから。私たちを信じて」
 メルリードが手を握って元気づける。

 ただ皆が一箇所に集まって食事をしていると、宝狐禅紅印と同化した真名が何者かの動き回る気配を感じはするものの……姿をとらえることができない、という現象が続いた。
「一体どういうこと。いたと思ったのに何もないとか。姉さん、私気が変になりそう」
「真名さん、少し休んでください」
「たっだいま〜」
 若獅が敷地内の捜索から戻って来たところ、アヤカシは影も形もなく、むしろ森は実り豊かで小動物が多く行き交い、平和そのものだったらしい。晩飯は又鬼犬が持って来た野うさぎになりそうだ。
「今年も百宴をしたいものじゃが……その暇があるかじゃな〜。さて、出かけてくる」
 ハッドは買い出しをかねて、白螺鈿の街へ出かけた。百宴の時に知り合った、百家縁の旧家から翡翠にまつわる民話を聞き出すためだ。
「私もでかけてきます」
 白が干し柿を手に取った。
「ご近所にきいてみます。大丈夫。正体が判明するまで、誰にも知らせません」
 そう言い残して出かけていった。


 如彩幸弥は各地の現場をまめに見て回っていた。会うことはできたが長話は困難だ。
 酒々井は朗らかに接することを心がけた。
「耕すのは任せとけって。だから依頼料は頼むぜ」
「あはは。多くは払えないけど期待に添えるように頑張るよ」
「助かるぜ。最近、財布が軽くてな……虎司馬とはあんなになったが、上手くやっていきたい。ミゼリも身を落ち着ける事とか考える歳で、嫁入り道具とか考えると物入りだ」
 幸弥は「君たちが傍にいて、彼女達は幸せだね」と言った。
『……ミゼリの血筋には興味なし、か。立候補してくる気配もなさそうだな。虎司馬がミゼリを嫁に希望したのは利権どうこうだけだったのか? 分からねぇ』

 夕方、シャーウッドと蓮が幸弥に警告や揺さぶりをかけるつもりで屋敷を訪ねたが、どうも外泊が増えているらしく、いくら待っても捕まえることができなかった。
 日を改めようと立ち上がり、廊下を歩いている途中で、ある部屋の床の間に目をとめた。
 そこにあったのは、硝子の箱に入った翡翠の美術品だった。
 緻密で豪奢な細工が施された社の模型に見える。
「すみません、お手伝いさん。あれは」
「ああ、幸弥様のですよ。元々は虎司馬様の私物です。高品質の翡翠を各地から集め、職人が仕上げた一品で『神を迎えるまで汚してはならない』と誰にも触れさせないのです。どこの社にお納めするのか存じませんが、毎日眺めて大切にされておられます」
 それが『ミゼリと杏が受け取りを拒否した遺産の一つ』だという事を暗に知った。


 仕事後、シャンクは真珠亭という酒場を訪ねた。黒猫の面をした情報屋を探す為だ。
「仕事は順調か」
「顧客にゃ事欠きませんからね。そちらの皆様もお忙しそうだ」
 仮面の下でにやりと笑う。玉葱のフライを摘むシャンクが怪訝な顔で睨みつける。
「怖いなぁ。農場の再建で手一杯の筈の開拓者様方が、若長の仕事を受けて色々探りをいれている、とくれば……ただの出稼ぎとは思えませんや。どうされたんです」
 シャンクは木の椅子に背を預け「ただの出稼ぎと情報集めだ」と一刀両断した。
「開拓者は、地域の事情に耳を傾けておく必要がある。どこにアヤカシの影があるかわからん。まして幸弥が土地を掘り返しては何か探している以上……先の合戦で滅びた生成姫の遺物でも探してるのではないか、と警戒したくもなる」
 口から出まかせを「なるほど。本職っすね」と猫面の男は納得したらしい。
「心配いりやせんぜ。若長が探してるのは別もんだ」
 シャンクは眉をひそめ「お前は幸弥が探してるモノを知っているのか」と問うた。
「推察はできるって程度ですがね。……興味あります?」
「小銭をせびりたいなら他を当たれ」
「冷てぇなぁ。ま、アレは開拓者様が気に止める事じゃないっすよ。今まで何十年も、誰も見つけられなかったんで」
「財宝が眠ってるとでも言いたげだな」
「金や宝石なら俺も飛びつくんですが、生憎、人の身には余る類の宝ってやつです。ここで会った縁で、少しお教えしておきやしょう。今の若長には関わらない方がいい。万が一、掘り当てたら大変だ。色んなトコが奪いに来るか、屍の山ができますぜ。腫れ物には触らない方が安全です。それじゃ、何かあればご贔屓に」
 世間話をかねて食堂の関係を聞くつもりでいたシャンクは、酒の入った盃を凝視した。
『人の身には余る、だと。幸弥以外にも探す者がいるのか』
 夕闇は深くなっていく。


 夜が近づいても出稼ぎの者たちが帰ってこない。
 調査が長引いている事を推察した桂杏が「遺品を整理された方にお話を聞ければ良かったのですが」と溜息を零した。
 祠は当番の真名が様子を伺っている。敵意を見せない限りは、攻撃したくはないと考えていたが気配すら感じない。若獅がミゼリに心当たりを尋ねたが「何も」との返事だった。
「随分古くから有るみたいだけど、攻撃してくると思う?」
 真名の問いに、メルリードは「確かに『何者か』がいるとしても、ミゼリや私たちに危害を加えるか否かは確認しておきたいわよね」と答えた。
 久遠院が揚げ菓子を摘む。
「正直、害をなすならボク達が来る前にする機会はいくらでもあったと思う」
 土間では白やリトナ達が、土圧で潰れた水龜の破片を集めて調べたが、どこにでもある古い水龜だ。
 若獅は手回し攪拌機でバターを作りながら「人間に影響がなくて、人妖が空腹感を強く覚えるって事は、瘴気の浄化か、何かに吸収されているんじゃないか」と言い出した。
 白も「私もそう思います」と手を上げる。
 鈴梅が首をかしげた。
「ひょっとしたら精霊様が居るのかもしれません。祠は祀る物ですし。精霊力で、瘴気が浄化されて、人妖さんの具合が悪くなったとか」
 メルリードは「精霊の類、かしら」と祠を見た。
「これが幸弥の探している物だとしたら……わざわざあそこまでして探し出したい、と思えるぐらいには、何かしらの意味があるということになるわよね、ひいな」
「はい。でも本当に祀る物なら調度品とか副葬品とか、他にも沢山出てきても良さそうですけど……まるで無造作に捨てられたような状態だったのは、どういう事なんでしょう」
 鈴梅や桂杏たちは白に掘り出した場所をきいて、再び掘ってみたが何も見つからなかった。桂杏たちは位置的なものに何かあるのでは、と記録してみたが、収穫なし。
 完全に手詰まりだ。
 夜も寝ずの観察をする事が決まり、二時間交代で一覧を作る。
 やれやれと肩を鳴らした久遠院は、翡翠の祠を凝視した。

「全く……君は完全に包囲されている、おとなしく手を上げて出てきなさーい! なんて」

 久遠院が冗談半分で勧告し、祠を掴もうとした刹那。
 室内に突風が巻き起こり、久遠院は背後の壁に叩きつけられていた。
 衝撃で息ができない。
 体が床に落ちたと同時に、祠が眩く発光した。出現した手が刃物のように鋭くなり、久遠院に狙いを定める。雄々しく威圧的で明確な――殺気だ!
「や、やめてえぇえぇ!」
 羽妖精姫鶴の絶叫が響く。
 白い手に向けた真名の呪縛符も、ハッドの聖堂騎士剣も効果がない。
 久遠院と刃の間に割り入った羽妖精の手前で、光の刃は止まった。空を切った風で、頬が裂ける。五本の光の刃は白い手の形状を取り戻し、羽妖精の前をふらふら彷徨う。虚空に溶けるように……消えた。
 杏とミゼリをかばっていたメルリードが目を疑う。
 一瞬の出来事だった。
 カシャン、と音がして、懐中時計「ド・マリニー」が落ちた。
 久遠院が拾おうと手を伸ばして硬直する。
「……針が……精霊力の側に……振り切ってる」
 再び見上げた翡翠の祠は、何事もなかったように鎮座していた。
 リトナが心の旋律を奏で、姫鶴や若獅が話しかけても、何の反応も示さなかった。


 その頃、シャンクはかつて誉の担当区で、現在は天城天奈の所有区になっている地域の商家を訪ねた。百家を知る老人に、幸弥が牧草地を借りに来たことや、各水田を開発しながら何かを探している事を知らせて意見を聞いた。
「幸弥は地元の人間を雇わない。つまりその物自体を知っている可能性があり、掘り返しているのを周囲に知られると拙いのでは? 何か『地元の縁の物』ではないのかと私は考えている。意見を聞きたい」
「違いないな。如彩の若造など放っておけ」
「しかし」
「清浄な巫女でもなく、選ばれてさえいない。そんな者が掘り出したところで手に負えんよ」
「どういう意味だ。物の正体さえ分かれば、幸弥に事情を聞きやすくなる。教えてくれ」
「如彩の若造に聞く必要などない。アレは人の言葉が通じぬ上に、ひどく気まぐれだ。恩恵は凄まじいが代償も大きい」
「知って、いるのか」
「それで親友を亡くしたからの」
 老人の親友。
 ミゼリたちの祖父。かつて百家の六女を娶って分家となり、離縁して自殺した男の事だ。
「何故、如彩が百家を陥れてまで財を奪ったのか。かつて如彩家が、大々的に水田を整備しなければならなかった真の理由。毎年選ばれる雪若が、実際に幸運を齎すのは何故か。あの男が宿り物を隠した場所を、妻にすら語らずに自殺した意味。何故、我々が没落した百家の再興を切望し、影で尊び続けるのか」
 老人は煙管をふかした。
「君たちは理由を知るべきだよ。最も『あの姉弟の幸せ』を望むなら、誰より先にアレを見つけ、人知れずどこぞに放棄するか、新しい宿り物で誰かに引き継いで、百家を解放してやった方がいいのは事実だがね」
 そうすれば娘の眼も戻るだろう、と老人は驚くべきことを告げた。
 シャンクが息を呑む。
「幸弥が血眼で探しているのは……」

「豊穣の精霊、とでも言うべきかな。白原平野一帯の気難しいヌシだ。姿を持たぬ上に、言葉を発した記録はなく、百家以外に鎮めた者の話は聞いたことがない。干渉せぬ方が賢明だ」

 老人は煙管の灰を煙草盆に落とした。