【農場記4】移ろう秋景色
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/11/05 22:43



■オープニング本文

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 最近はどうも寒暖の差が激しい。
 秋の雲を見上げながら、杏はそんな事を思った。

 既に肌寒くなっていい季節だというのに、時々『夏が戻って来た』と例えたくなるほどの暑さに見舞われる。7月以降、杏は家族が買ってきた作物の種を保存し、とある行動に出た。
 それは『真夏の間は畑を休ませる』というものだ。
 杏の野生の感は見事に効果を発揮した。
 例年通り作物を育てたほかの農家は、酷暑と大雨、急激な気温の変化にに作物の多くがやられたらしい。おかげで今年も野菜の供給は需要過多で値段が上がり始めている、と人妖のブリュンヒルデは話していた。
 家族で食べる分は、栽培箱で賄った。
 そして今、杏は数年ぶりに見るだだっ広い19畝を眺めて、自慢げに微笑んだ。三ヶ月間、家族を呼ばなかったのは理由があった。連作障害が起きぬよう、一人で作物のない畑の土壌調整を行ったのである。昨年、家族が仕込んだ堆肥は初夏に完成していたので使いたい放題だ。
 何より杏は……
 まだ子供と侮られる身でも、物乞いをしていた頃と違って、一人前の大人と同じくらい最低限の仕事ができるようになった様を、皆に見せたかった。驚かせたかった。凄いね、と家族に褒めて欲しかった。
 だから黙々と土と向き合った夏を過ごした。

「杏ー」
 人妖の炎鳥が「夕飯だぞー」と呼びに来る。
「今行く。ねー、炎鳥。養蜂の越冬庫って今月だっけ?」
「まだ早いって。この暑さだし、11月下旬になったら家ん中を片付けて巣箱回収、でいいんじゃないか。今年は蜂を増やすのに費やして、巣箱も多いし」
 毎年6月から11月は休閑期に相当し、ミツバチが回収した蜂蜜は採蜜せず、ミツバチ自身の利用にまかせている。今回、外に出すのが7月になった事で、杏たちは採蜜をせず日陰に放置していた。
 気づくと蜂の巣箱は『3つ』になっていた。生育に失敗した昨年と違い、来年が楽しみである。
「そだね。蜂はもうちょっと余裕があるなら、他の事をしないとだね」

 久しぶりに家族みんなを呼び戻すに当たり、杏はやることを書き出した。すると驚く程、沢山の仕事があった。
 畑の種まきは、冬を越えて春収穫の作物なら来月でも十分に間に合う。
 保冷庫の解体も、まだ時々暑くなるので、来月まで様子見だ。
 今の納品は塩卵や加工品に限られる。
 
 今、急がねばならない仕事。
 それは森へ入って秋の実りを徹底して集めることと、冬支度をはじめることだ。
 広大な森はキノコや柿、栗などが取り放題の時期である。それらをどれだけ収穫するかで、加工品の総量が決まる。小分けの瓶や砂糖も買い足しておかねばならない。
 そして冬に向けた薪作りと炭作りを始めねばならない時期でもある。
 毎年、最長四ヶ月も雪に閉ざされるこの地域では、大量の薪や炭が必要だ。冬場の販売を計算に入れるなら、自宅用以外に沢山作る必要がある。
「森に放置して乾燥させた丸太、切り出して割っていかなくちゃね」
「あれ使えば早いんじゃないか?」
 人妖炎鳥が指差した先には、綺麗に整えられた建材用の木材が積まれていた。家族が新しい小屋を建てようと、昨年末から少しずつ用意をしていたものだ。今から毎週のように皆で頑張れば、雪が降る前に小屋を増やすこととて不可能ではない。
「あれはダメ。小屋の材料にするか、薪にするかは相談しないと。それに畜舎の修復でもつかうかもしれないよ」
 去る七月。
 畜舎を点検した家族が異常を見つけた。
 長いこと戦で来れず、糞尿がたまった為に、幾つか柱の根元がやられてしまった部分があるのだ。
 建築業者曰く。腐った部分だけ切り取って、真新しい建材に変えればいい、とは言われている。洪水で家の柱の根が腐る事の多い白原平野では、よく使われている修理方法だという。
「そういえば、新しい堆肥の為の古葉や籾殻が足んないな……」
「運び出した糞尿は貯めた状態で乾燥しかけてるから、いろんなところから籾殻とか分けてもらってきて混ぜたら……水かけて発酵促さないとだね」
 幸い。
 どこもかしこも稲刈りで、籾殻は余っているだろうが……仕事が多い。
「あとほら書類の件」
「幸弥さんのお願いのやつ?」
「そっ」
 白螺鈿の里では今年の夏、新しい地主が誕生した。
 次男が後継者争いから辞退。四男が不審死。長男がよんどころない事情で離脱。
 消去法により、如彩家の三男に後継者の椅子が回ってきた。おっとりとした性格の若者だが、経営手腕はそつがなく、最近は地区の纏めと、ある女性に取られた土地の対応で多忙を極めていたそうなのだが……最近、噂の三男が杏の家を訪ねてきた。

『こんにちは。杏くん、土地を貸してはくれないかな』
『土地?』
『うん。君が牧草地として使っている広い荒れ畑。ハッカ畑の方は調香師の人か何かに売ってるんだろう? もし貸してくれるなら、相応のお金は毎月払うよ』
『でも、うちは牛がいるし、牧草は必要だし、放牧を森だけって訳には……何にするの?』
『単純だよ。お米を作るんだ。白螺鈿は五行の米所だからね。食糧事情の改善を、行商に頼り続けているわけにもいかないから、空き地で色々やっていこうと思って。お姉さん達に相談してみてくれないかな』
『んー、みんなと話し合ってみる』

 杏はまず農場の実質権利者である姉のミゼリに相談した。
 家族と話し合って決めていい、と言ってくれた。
「じゃ、牧草地の事も依頼書に書き添えておこうか。お腹減った。ごはんー」
「おい。書き添えるんなら、食い荒らされたまんまの発酵乳の再仕入れと、迷迭香(ローズマリー)を漬けたフレーバーオイルを本格的に作るのかも一緒にきかないとダメだ」

 ああ……秋色に移ろう景色は、こんなにも茜色で綺麗なのに。
 農場の仕事が多すぎる。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
真名(ib1222
17歳・女・陰
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

 肌寒い風がネリク・シャーウッド(ib2898)の頬をなでた。
「すっかり寒くなってきたな……季節の移り変わりってのは早いもんだ」
「冬はあっという間にやってきますからね。今のうちからしっかり備えておかないと」
 桂杏(ib4111)が手元の小壷を見た。
 神楽の都で仕入れた発酵乳は、食べる為ではなく種株専用である。
 鈴梅雛(ia0116)は太陽を見上げた。
 夏の厳しさが和らいだ日差しは心地よいものの、夏が長かった分、秋は短く、冬の気配を感じさせる。時に家が埋まるほどの豪雪に見舞われるこの土地では、冬の間に出来ることは限られる。
「冬は冬で、雪かきとか仕事も多いですけど……今の時間は貴重ですね」
「へぇ、冬場も忙しいのね。頑張らなきゃ」
 真名(ib1222)は覚える仕事の多さを意識して、気合を入れていた。少しずつ仕事に慣れて、なるべく早く覚えていきたい。
 鈴梅が冬の仕事を指折り数えながら、林の向こうの人影に気づいた。
「久しぶりになってしまいましたが、皆さん元気でしょうか」
「ふむ〜杏んの農場も久しぶりじゃからの〜」
 ハッド(ib0295)の隣をすり抜けて走り出した久遠院 雪夜(ib0212)が、迎えに来た杏にぎゅーっと抱きついて頬を寄せた。
「お久しぶりっ、杏くん」
 こうして心の安らぎを補給する。
「私のこと覚えてる?」
「まなおねーちゃん?」
「そ。真名、よ。秋も冬も忙しいそうだけど頑張るから、よろしくね」
 杏と合流すれば、視界に広がるのは畑だ。ロムルス・メルリード(ib0121)が微笑んだ。
「ちゃんと立派にやっていたようね。偉いわよ杏」
 白 桜香(ib0392)も興奮気味に杏を褒める。
「今年の夏の異常な暑さと大雨を見越して畑を休ませるなんて凄いです、杏さん」
 少し逞しくなったように思えるのは気のせいではないに違いない。
「杏さんお一人でよく此処まで……本当に凄いです、偉いです」
 杏を抱きしめるアルーシュ・リトナ(ib0119)は、子供の逞しさに感心していた。その成長ぶりは、時に想像を遥かに越える。
 ハッドも「よーやった」と杏の頭を撫でた。
 けれど蓮 蒼馬(ib5707)だけは、仁王立ちで厳しい表情をしていた。
 都で買った渋柿をつめていた籠を、背から降ろす。
「畑の土壌改良を杏は一人でやったのか?」
「え、う、うん。ヒルデ達に家事してもらったりは、したけど」
「そうじゃない。夏の暑い盛りに、一人でそんな事をして倒れたらどうする?」
「……ごめんなさい」
 睨まれて意気消沈した杏を、久遠院が抱きしめて庇った。
「そんなに怒んなくてもいいじゃん! のっぽ! 青ハゲ! のんべちゃん!」
「のんべちゃん!? 確かに青い髪だが、まだ俺はハゲる歳ではないぞ。……そうじゃなくて。無理をして倒れられたら、心配する人間がここには大勢いる。そういう話だ」
 蓮は溜息を零しながら杏の前で膝を折った。
「無理はよくない。だが、よくやったな」
 ニッ笑いながら、杏の頭をくしゃっと撫でた。見守っていたリトナが袖をめくる。
「さ、私達も頑張りませんとね」
 杏の手に多くのものを残してやりたい。それは白も同じだった。
「私達も負けていられません。頑張りましょう」
 酒々井 統真(ia0893)が「とにかく」と両手を叩いて皆を母屋へ追い立てる。
「冬に向けて薪集めや炭作りしねぇと。早く準備はじめるぞ」
「そうだな。さて今回も頑張りますかね」
 シャーウッドが倉庫に向かい、杏が「手伝うよ」とあとを追いかける。見慣れた光景を眺めたメルリードが「連絡無かったから少し心配したのに」と言いつつ肩をすくめる。
 久遠院が「でもさ」と遠ざかる背中を見た。
「ボク達が呼ばれないって事は、農場が平和って事で……嬉しい様な寂しい様な」
 複雑な心境になる。
 上級人妖の雪白が「久しぶりの農場仕事だと、少し気合が入るね」と酒々井へ声を投げたが、酒々井は物憂げな表情で白螺鈿の街を眺めていた。
「……牧草地を水田に、じゃったかな」
 ハッドの問いに「ああ」と返事が返される。
 若獅(ia5248)は「杏の農場に水田、なぁ」と呟き、放牧地を脳裏に浮かべる。
 マハ シャンク(ib6351)も渋い顔をしている。
 他の余っている土地にも声をかけているのか気になった。
 白螺鈿管理者として、食料状況の懸念故に動いただけかもしれない。
「私も思うところはあるが、考え過ぎかもしれないしな。せめて過ごしやすい冬であればいいが……まあいい。菫、朝食後は食堂へ行け。やることは分かってるだろう」
 上級人妖の菫は「食材の聞き取りはわかってますけども」と言いつつ、異様にシャンクの目の前を飛び回って「マハ様、なんか気づきませんか」と声をかける。
「見てわかりませんか? 何か変化してますよね? 分かりますよね? ほら、なんか上級っぽいオーラとか……」
「やかましい。考え事の邪魔をするな」
 ピッ、と翼を掴まれ視界から遠ざけられた。本日も菫はシャンクに構ってもらえない。
「う〜ん、私は……今更田んぼというのが、少し」
 唸った桂杏は懐から一枚の和紙を取り出した。
 そこには『米1キロ25文』と書いてあった。神楽の都における平均米相場である。
「確かにお米はお腹が膨れますけど、これまで町の皆さんに喜んで頂けたのは、野菜や卵に加工品、それに燃料なんですよね」
 五行東は穀物庫と呼ばれる水田地帯が広がっている。ここで生産された米は東地域だけでなく、国内や国外に出荷されている為、いくら戦の騒ぎで街に人が集中したといっても……お米すら行き渡らないという状況は考えにくかった。
 桂杏の考え通り、此処が米不足に陥るなら、大なり小なり各地で影響が出ていても不思議ではない。
「初日は全員で森へ行くんでしたよね……二日目に街へ出る方、お暇な時でいいのでお米の値段を調べていただけます? 後ほど比較してみますから」
 需要の増減。まずはそこからだ。
 ハッドが頭をかいた。
「幸弥んが本音をゆ〜てくれればよいのじゃろ〜が、今や立場があるからの〜。色々情報を集めて、その上でミゼリんと杏んが判断すればよい。ただ、安請け合いはダメじゃな」
 追々詳しい調査もしなければならないと酒々井たちは感じていた。

 まずは母屋で待つ家族……姉ミゼリと人妖たち、住み込み一家に挨拶したら朝食だ。
「杏君は大きくなったけど、ミゼリちゃんは可愛くなったよねっ!」
 久遠院がミゼリにも抱きつく。
 メルリードは母屋で出迎えた者達に「変わりないようで安心したわ」と声をかける。
『ミゼリの目も相変わらず、か』
 ふと思った。
 何故『視力だけ』が戻らないのだろう。
 メルリード達が初めて農場に来た時、ミゼリは生きることを放棄した肉の人形と化していた。心の殻に閉じこもっていた。外界に対する興味を取り戻すことに苦労し、手話を経て、不慮の事故ではあったが声も戻った。……けれど視力だけが戻らない。
 アヤカシの術の類でないことは、リトナの友人が調査済みだ。
 人の知りうる限りの知識では『心理的要因によるもの』としか判断できないのだが、かといってミゼリが『家族』となった開拓者や、現在の農場を見たくないと思っているようには思えない。これだけは自信を持って言えるだけの時間を過ごしてきた。
 だから尚更、どうしたらいいのか分からない。
 焦ってもどうにもならない話だと、頭では分かってはいる。
「ロムルス」
 シャーウッドに声をかけられたメルリードは、ミゼリに「森へ採集に行ってくるわね」と言って、シャーウッドと籠を取りに行った。母屋の外に出て「大丈夫か」と囁く、馴染みに苦笑い一つ。
「お見通し、って顔ね」
「まあな」
 肩を竦めたメルリードは「私ね、時々考えるのよ」と母屋を振り返った。
「あの子が思い描いている景色より、もっと立派な農場を見せてあげなきゃって。私の勝手な目標だけど……農場を益々成長させないとね。せめて、その時が来きた時の為に」
 寂しげに微笑むメルリードに「ああ」と短く答えた。


 一部、仕事のある者を残して朝食後は全員で収穫に出ることになった。
「姉さん。フィアちゃんの籠には何をいれるの」
 真名の問いに「勿論おにぎりですよ」とリトナが風呂敷の包を渡す。
「収穫はこの生活の醍醐味の一つです。収穫頑張りましょうね、真名さん」
「もっちろん。今日は練力からっきしになるまで紅印を呼び出すから、高い場所も平気よ」
 真名は「そうだわ」と呟いて、杏を手招きした。
「紹介が遅れたわね。この子は宝狐禅の紅印、礼儀正しくて真面目で人懐っこい男の子なの。仲良くてあげてね」
「うん。僕は杏、よろしくね。狐さん」
「さて、皆の者。よくわからん茸は、吾輩が夜にでも見極めておこう。後でまとめておくのじゃぞ」
 ハッドは野草図鑑を掲げた。
 更に「今まで行っていない場所に足を伸ばす」と言い残し、森の中へ消えていく。
 久遠院も「ボクも森の奥の方を回ってくるよ」と籠を背負う。道中で木の実を見つければ羽妖精姫鶴と共に拾ってくると言ったが、久遠院は私有地を示す柵の点検が主目的であり、薪泥棒が出ていないかや熊などの危険な動物が移り住んでいないかの確認もかねる。

 森は一年で姿を変える。
「毎年のことながら、獣道だよな」
 先頭を行く酒々井は、ばっさばっさと前方の枝を切り落としながら、一行はシャーウッドに言われるまま収穫地を巡っていた。
 例えばメルリードは駿龍のライカと共に、木の上部にある柿を収穫し、白は果実のみならず、上級人妖の桃香と栗や胡桃なども拾っていく。桂杏と人妖百三郎は無花果の収穫に必死になっていた。
 鈴梅は茸を専門に収穫していく。
 毎年続けてきた分、食べられる大凡の茸は見分けられる。
「夏が暑いと、毒キノコが増えるらしいです。一応、解毒は使える様にはしてきましたが……いつもと似ていて違う茸はやめておきましょう」
 からくりの瑠璃が頷く。
 リトナがじっと茸を見た。
「茸の原木栽培をしたいところですが、この辺の茸の栽培方法を調べないといけませんね」
 シャンクは堆肥用の古葉を黙々と集めていた。更に木の葉の下から時々見つかる茸を片っ端から籠に入れていく。食べられるか否かの選別は仲間に任せるので時間はかけない。
「なんだこれは……銀杏?」
 手袋で実を拾い、銀杏の樹木を見上げた。薬にもなるらしいと聞いたことがあったし、料理上手は仲間に多い。予備の手袋に銀杏をみっしり詰めて小袋代わりにすると、
「大事な収入源だ。日暮れまで頑張ろう」
 シャーウッドは甲龍の背中に栗の詰まった籠をくくりつけつつ、収穫した場所を地図に書き込んでいった。一年、二年と繰り返すうち、どこに何があるのか分かるようになってきている。
 収穫に専念する皆の横を、背負子しょって手押し車を押す若獅が通り抜けていく。
 よく燃える松ぼっくり。手頃な枝。手斧をもって、来年の木材に適した枯れ木などを見繕っていく。なんせ切り倒した木は燃やすと煙が多く、すぐに薪には使えない。駿龍華耶に手伝ってもらいつつ、危ない巨木は一箇所にまとめておく。
「よしっと。また炭火で焼いた肉とか食べたいなぁ……、ねーりく〜」
「はいはい、わかった。炭が充分できたらな」
 物欲に素直な若獅の呟きは、皆の胃袋担当ことシャーウッドに向けられていた。
 毎日の献立を考えるシャーウッドの頭に『肉の炭火焼』が追加される。

 農場に残った蓮は、冬の豪雪に備えて柵の点検と補修、除雪道具の確認など冬支度に専念して一日が過ぎた。暇があれば冬虫夏草を見つけたいと考えていたが、元々他国の高山地帯原産の菌類であり、似たような外観を持つ菌類が多い為、素人がふらりと森を探しても見つけることはできなかったに違いない。

 ところで日暮れに帰ってきたハッドは「砂糖楓を発見したぞ」と証明の落ち葉を見せた。
「なるほど。盲点だったな……ずいぶん遠い場所だが」
「取り尽くすと樹が枯れてしまうので注意じゃが……大凡一本から150リットルの樹液が取れるらしいからの。40リットルほど煮詰めれば、1リットルの樹糖ができる」
 楓から採集できる時期は3月中旬から4月下旬と決まっている。
 冬の間に小桶を量産して、春に試そうという話になった。

 杏たちが寝静まった後、酒々井達はシャーウッド特製の夜食を手に議論していた。
「正直、幸弥の狙いはさっぱり分からねぇ。そこでだ」
 もっしゃもっしゃ、と芋パイを齧る。
「明日から街に買い出しで行く奴がいると思う。聞き込みでおさえておきたい点は3つ。幸弥の米作りに他意があるか否か、杏を取り込む意図は見られるか、この土地に何かあるのか、……いずれかに引っかかりそうな情報が入ったら改めて相談していこうぜ」
「分かりました。では、夜の仕事しましょうか」
 夜食後、桂杏は発酵乳の再仕込みを始めた。
 その仕事ぶりを真名が見学する。
 まず熱湯で殺菌した容器の中に種となる発酵乳と常温の牛乳を加え撹拌する。種の採取や攪拌用の柄杓も熱湯に浸した物を使用する。またヨーグルト種は発酵が進み固まった表面を少し除け、中心辺りから種を採取し別容器に移す。容量の比率は種五に対して牛乳が九五程度だ。今はまだ発酵に適した気温だが、じきに寒くなる為、来月辺りからは暖炉のある洋室作りの居間に置いておく必要が出てくる。
「こうやって作るのね」
「ええ。アル=カマル産の発酵乳を持ち込んで地道に増やしてきたんです。作り始めたのは昨年の六月で、こちらの地方ではウチしか扱っていない高級食材ですよ」
 桂杏自慢の商品だ。
 賑やかな土間の隣では、人妖百三郎が桂杏に命じられるまま、無花果を白と赤で分けていた。白無花果は乾果か甘露煮用。赤無花果は生食もしくは料亭に持ち込む専用だ。
「いい香りですね。食べたくなっちゃいます。ね、桃香」
「味見ならおまかせよ」
 食い意地張った人妖の言葉に笑う。白は収穫した柿の皮を剥いて茎を紐にくくりつけ、干し柿を作るために熱湯の中へ十秒ほど晒して軒下に吊るしていく。


 二日目も休む暇なく皆が働く。
 朝一番で堆肥に古葉の混ぜ込んでいたシャンクが、周囲へ挨拶に行く白を呼び止める。
「近隣に行くなら丁度いい。不要な籾殻があればもらってきてほしい。頼めるか」
「わかりました。いってきます」
「瑠璃さーん、牧草刈りに行きますよ。干草も買うと高いですし。少し節約しないと」
 鈴梅は冬場の干し草代金を節約する為、牧草刈りに一日を費やすことに決めた。
「行ってらっしゃい」
 家の中ではリトナが塩卵の作り方とバターの作り方を真名に伝授しつつ、自分自身は仕分けされた食べられる茸を洗って細かく切ったあと、天日干しの支度を始めていた。
 若獅とメルリード、蓮の三人は午前中に畜舎を掃除した後、支柱の修繕を開始する。
「これから先、長持ちしないと困るし、積雪で倒壊なんかしたら目も当てられないからなぁ……ふたりともー、ロープで長さ測ったら白墨に合わせて切ってくぜ」
 腐った下の部分を切り出し、真新しい木々とすげ替えて杭を打つ。力仕事は当然ながら龍たちが酷使された。
 切り出された部品を木槌ではめ込む作業が続く。
 一方、屋外では炭作りが忙しい。
 何しろ毎年愛用している二箇所の縦長伏せ窯は自作だ。
 酒々井が過去の高温で割れている組石や釜口を修理する中、シャーウッド、久遠院、ハッドの三人は、延々と炭焼きに使う薪を運んできては叩き割っている。
 複数箇所同時で焼くので、まったくもって生産が追いつかない。開拓者の身体能力をもってしても一時間に約12日分の生産が精々で、窯の中で高温に蒸された木は僅かな炭に変化し、伏せ窯一カ所約220kgの採取になる。
「おーい。準備できた。薪持ってこいよ。並べ終わったら鉄板で蓋すんぞ」
 酒々井の声が聞こえた。
「わかった。ふー。力仕事をしていると、農場に帰ってきたって実感が湧くが……流石にこの時期でも暑いな……」
 ひらひらと手で顔を仰ぐシャーウッドに、久遠院がにやりと笑う。
「ボクの役目と変わったげてもいいよ?」
 久遠院は寝ずに火の番を行う。
 炭を焼くには、まず火が窯口の奥へ入らぬよう注意し、二時間ほど熱を団扇で延々とおくりつづけ、煙突からの煙で状況を判断する。炭材への着火を確認して窯口を閉め、煙の勢いが衰えぬように五時間から七時間を経て消火するまで我慢しなければならない。
「ま、ボクは花炭作りたいから譲らないけど」
 ここで長年鍛えた完徹技術が冴えるのだから不思議な話だ。

 その頃、桂杏は白螺鈿の街へ納品と買い出しへ来ていた。秋まき用の野菜で大根、蕪、玉葱、ニラ、小松菜、春菊、菠薐草などに目星をつけつつ、市場の状況観察をかねてお米の市場価格を確認しておく。すると白螺鈿の米相場は都より若干安い位だった。
 無花果の納品と発酵乳の生産再開を知らせるべく料亭の方にも顔を出しておく。
「ちなみにお米はどうされてます? うちでも作ってみようか、っていう話も出てるんですが」
 あくまで予定は未定というのが本音であったが、米の農家は別で契約している為、特にうちはいらないという返事だった。街の食料状態は葉物が少々高い程度で、さしたる食糧不足は認められなかった。

 ところで白は、買出しの前に近所の挨拶回りをしていた。
「では色んな空き土地に声をかけてるんですか」
「そうなのよー、大金だしてくれるから、了承した農家も多くてね」
 最近の白螺鈿事情を調べるべく『人がたくさん入ってきたと聞きましたけども』と差し障りのない話から始まった会話は、如彩幸弥の改革話になっていた。
「でもねぇ、少し変なのよ」
 周囲の目を気にするように、ひそひそと小声で話し出す。
「変?」
「給料がいいって噂になって、地元の若者も志願したらしいんだけど……新しい水田の仕事は移り住んできた人が優先だから、って断られたんですって。国の支援金が移住者分しか出てないにしてもケチじゃない。あとほら。使えない田んぼを混ぜっ返したりするでしょ? 作業員はみんな同じことを言われるんですって」
 幸弥が言ったとされる発言をきいて、白は眉を顰めた。

 塩卵の納品の為、食堂に来たマハは、人妖菫に労いの干し柿を与えつつ、食堂の主人と世間話をしていた。
「腰痛予防に何か運動をすべきだな。犬でも飼ってみたらどうだ、農場の絆……犬は敷地を走り回っているが、街中ではそうもいくまい。自然と散歩は義務になるぞ?」
「今は無理じゃ〜、仕事が終わると腰が痛くて動けん〜」
「だからそれを予防する為にだな……そういえば、後を継ぐ者はいないのか?」
「おらんよ」
 食堂の店主は台所の方を見た。
「この食堂は儂とともに生き、儂とともに眠る。台所に立てなくなったら店を手放して、その金で静かに長屋で暮らそうかとも思った。……3年前にな」
 日々劣化していく体に、震える手足。とっくに働く気力も萎えていた。けれど偶然の縁から始まった開拓者との付き合いで、時に駄々をこね、時に叱り飛ばされ、続けてきた。
「思えば遠くにきたものだよ。ありがとう」
 目元の深いシワが光って見えた。

 同日の夜。蓮は土産のピスタチオを片手に、白螺鈿の歓楽街へ出かけた。
 現在の地主、如彩幸弥の兄に会う為だ。飲み屋街を仕切る次男こと神楽は、相変わらず女装姿で居酒屋を経営していた。熱燗を運んできた神楽に「そういえば」と話を切り出す。
「幸弥が農場の土地を借りて米作りをしたいらしいが、何か聞いてないか。むしろ自前で土地を用意できないのか。天奈に土地をとられたと娘に聞いたが」
「まるっとぶんどられてたわねぇ」
 惣菜を小鉢にもりながら、神楽は笑った。
「まぁ水田は幾つあっても無駄じゃないと思うわ。米の等級は毎年変わるし、米俵が余ったことなんてなかったはずだから。実家の土地は結構、人に貸していたし」
 ふぅん、と相槌をうつ。
「熊ちゃんはそつなく仕事してると思うわよ。白螺鈿の住民数が増えてる割に、仕事がないのは事実だもの。寝てる土地があれば、国の援助があるうちに雇用に変えようって考えたって無理はないし、新しい事業起こすより、田んぼの方がノウハウはあるデショ?」
 蓮はお猪口に注がれた吟醸酒を煽った。特に裏があるようには感じない。
 さて帰ろうと立ち上がった時「ああでも、そうね」と神楽が独り言を呟く。
「米より野菜を作った方がいいのかもしれない」
 黙ったまま300文の呑み代を払った蓮に、神楽は言った。
「言われてみると、熊ちゃんがお米に情熱を注ぎだしたのって狐の遺産をついだ頃だわ」
「狐の遺産?」
「虎司馬よ」
 ちゃりん、とお釣りが音を立てた。


 三日目も仕事は山積みで、皆を休ませてくれる気配がない。
 メルリードは積雪に備えた小屋の点検と修繕。鈴梅は若獅とからくり瑠璃に干し草刈りと天日ぼしを頼み、自分は稲藁を分けてもらう為にでかけた。
 リトナも塩卵を手土産に、再就職口の農家を巡った。籾殻を分けてもらう傍ら、真面目に働くようになった者達の姿にほっとした。一方、やはり幸弥は使われていない水田を精力的に借りている。金にものを言わせて土地の利権そのものを奪っていた如彩家の亡き四男坊とはやり方が全く異なるが、結果的には似たようなものかもしれない。
 リトナは茸を扱っている業者を教えてもらい、農場へ帰った。
 一方、徹夜で睡眠不足な久遠院は、化粧で目の下のクマをごまかし、熟した赤無花果を片手に街へ出かけた。商いに詳しい榛葉家へ菜種油の交渉に行く為だ。世間話がてら、白螺鈿で深刻な食糧不足が起こっている訳ではない事を教えてもらいつつ、恵のところでは購入量が大口になるので商品を卸している店を教えてもらった。
 シャーウッドも一晩で大量に消える砂糖の追加購入に街へ出かけつつ、馴染みの店への顔出しをしながら、品物の相場などを聞いて回った。
 白は胡桃を割る作業に徹しており、桂杏は台所で大鍋と格闘しながら、白無花果を砂糖で煮ている。真名はリトナに教わった通り、小屋から卵を回収してはお湯でゆで卵を作り、塩卵を付けて、一晩がかりでリトナと桂杏が仕上げた栗の甘露煮を、煮沸消毒した瓶詰めにしていた。
 ハッドは炭作りで真っ黒。
 酒々井は頭にハチマキまいて心頭滅却しながら薪を割っていた。
 蓮はおかんな割烹着姿で修繕した柱に防腐剤がわりの渋柿を塗っている。
 外では生贄を確保しそこねたシャンクが、新しい堆肥に古葉や籾殻、水分を加えて切り返したりしていた。


 朝早く空龍フィアールカを鈴梅の干し草運びに貸し出すと、リトナ自身は塩や砂糖の追加買い出しに街へ出た。干し茸を詰める為の小瓶も買ってきて煮沸消毒しなければならない。
 鈴梅はからくりの瑠璃に干し草仕事を継続させると、シャンクと杏を連れて現在牧草地となっている旧畑がどれほどの広さなのか、荒縄をつかって面積を調べ始めた。
 現時点では土地を貸さない方針になっているとはいえ、調べておいて損はないと判断したからだ。
 昨日に引き続き、若獅とメルリード、蓮の三人は、柱の交換作業と補強に午後までかかっていたが、夕方からは蓮の薪割りの音が農場に響いた。メルリードは完成した炭の運搬を手伝い、若獅はバターの手回し攪拌機をもう一つ作る為に金づちを握っていた。
 シャーウッドは来月の蜂巣の越冬準備に備え、酒々井とハッドと真名は一日中、火の番をしながら炭を焼き、久遠院はフレーバーオイルに使うハーブ、つまり菜種油に漬け込む迷迭香を刈り取って綺麗に洗っていた。
 桂杏は一日ひたすら栗の皮むきの地道な作業に終われ、手袋をしていても爪の間が茶色く変色し、剥いた栗の虫チェックは、帰宅したリトナがしていった。
 白は白兎を呼び出して水辺を探そうとしたが、どうにも酒々井と若獅が復旧させた池と小川に兎がいってしまうので無意味だった。仮に水田を作るなら、池に水を引き込んだ小川から水を引くしかないらしい。
「適してない土地なら牧草地のままで、米の方が有用そうであれば将来を考える方が良いかもとは思いましたが……」
 そこで沈黙した白は、夕方から急に牧草地を掘った。


 茜色の空に闇の帳が落ちていく。
 メルリードは「今日は随分と冷え込むわね」と暖炉に薪を入れた。
 来月には、雪がいつ降っても不思議ではなくなる。積雪がもう少し遅れるようなら、小屋に着手もできるのだが、他の仕事が山積みなので微妙なところだ。
 リトナは菜種油に迷迭香を漬けた。昨日、久遠院が洗っていたものだ。小さな瓶に一つためしてみて、商品化の有無を決める。ついでに桂杏とリトナが剥いた栗は、現在砂糖で煮詰めて甘露煮に加工中である。
 ハッドが杏に「からくりを育ててみないか」と聞いたが、杏は首を横に振った。農場で手一杯で誰かを育てられるような大人ではないから、と言った。妥当な判断だろう。からくりの常識を育てる事が非常に大変である事は、他の者たちを通して見ていた。
「さて難しい話し合いの前に、甘いものを食べようか。久々の農場だから、ちょっと奮発して美味いものを作ってみた。これでも食べてこれからも頑張ろう」
 シャーウッドの作った本日の夜食は焦がし卵菓子(クリームブリュレ)だ。

 作り方はまず牛乳を加熱、分離したクリームを取る。
 卵黄に砂糖を加え混ぜ、弱火で暖めたクリームと牛乳を加える。
 深めの小皿にクリームを入れ蒸し焼きにする。
 蒸し焼きして固まったらその上に蜂蜜をかけ、焼いた石で表面を炙り焦げ目をつける。
 この上に森で採れたいちじく等を煮詰めて完成させたジャムソースをかける。以上だ。

 甘いもので心和ませつつ、開拓者達は顔を突き合わせた。
「えっと、報告すればいいのね。周辺に異常はなしよ」
 真名の宝狐禅の紅印が見張りをしたが、不審者などは見つからなかったそうだ。
 酒々井も人妖雪白に薪泥棒が出ていないか調べさせたが、今のところそれらしい痕跡はなかったらしい。
 久遠院や蓮、白や桂杏、リトナたちも聞いた話を順に語った。
 桂杏は「他も、ですか。でも結局は条件次第ですね。この間の家族の件で懲りたばっかりですし」と天井を見上げた。
 シャンクが首をひねった。
「何故わざわざここなのか、百家の忘れ形見との友好関係を保っていると見せたいのか、はたまた等と思っていたが……他の場所でも動きがあったのか」
 若獅が卵菓子を口に放り込みながら「難民の問題は継続してるんだろうし、その対策としてって理由ならやぶさかではない所だけども」と前置きしつつ「正直よく分からねぇ」と言った。
 森の資源と牛の食事との均衡が取れる保証はない。
 酒々井は「幸弥も、悪人たぁ思えないが……結局生き残ってきてるからなぁ」と呻く。
 これなら殴り合いで済むアヤカシの方がよっぽど楽だ。
 鈴梅も「場所だけあっても、用水路とかも掃除や整備が必要ですし、簡単には出来ないですね」と呟く。
 酒々井が空になった皿を机に置き「いずれにしても」と唸る面々を見渡す。
「牧草地をもし潰すなら代替案がいるし、それもないうちから受けられねぇ、って感じか、表向きは」
 白たちもこくりと頷いた。
「貸出はひとまず牧草地がいるので、という所で一旦棚上げ、ですね」
「ところで土間に置いてある、アレはなんだ」
 そこには白が持って来たでっかい土の塊があった。
 謎の破片が突き出ている。
「昼間のうちに掘り出したものです。粘土質の土が見つかれば、炭焼きの釜を使ってお皿や茶碗などの焼き物や、瓦も作れるんじゃないかと……思ったんですけど」
 粘土質の土を掘っていて……何故か、土圧で潰れた見慣れぬ大瓶が出てきた。
 白が口ごもる。
「あの、近隣農家の話を聞いたら、水田の整備を命じられた作業員は全員、同じことを言われるんだそうです。もしも……」

 ――――もしも水瓶か大きな石が出てきたら、決して手を触れずにボクを呼ぶ様に。

「ですから、私が見つけた水瓶って、幸弥さんが探してるそれじゃないかと思って」
 更に人妖の菫が「あ、食堂でその作業員たち見ましたよ、マハ様」と言った。
 給仕で聞き耳を立てていた人妖曰く、幸弥が何かを探しているのは間違いないらしい。
 話を聞いた酒々井たちが露骨に顔をしかめる。
「控えめに聞いても曰くつきにしか聞こえないぞ。まさか死体を入れたり、アヤカシが封じてあるとか」
「あ、アヤカシは大丈夫だと思います。瘴索結界に反応しませんし、土も普通で、それにもう壊れてますから……仮に何かあっても蛻の空だと思います」
 全員が、土間に置かれた土の塊を見た。
「確かに……殺気とか瘴気は全く感じないな。極端に言えば、死体の匂いもしないし」
「けど財宝って柄じゃねーだろ。洗いたくねぇなぁ、アレ」
 職業柄、蓮や酒々井が引け腰だ。
 危険性はない。
 土の塊をみた全員がそう判断したが、どうしても不気味に見える。
 掘り出してきた白が、責任もって食後に洗ったが……潰れた水瓶から出てきたのは、赤子の拳ほどの翡翠で、タワシで丁寧に土を洗うと『家の形』をしている事が分かった。上級人妖の桃香が「きれーい」と光にかざす。
「そうね。でも凄いお宝という程ではないような。折角ですし、暖炉に飾りましょうか」
 白は磨かれた翡翠の置物を置いて。
「ねー、なんだかすごくおなかすいた〜」
「さっき食べたばかりでしょう。もう、桃香ったら」
 割烹着を脱ぎ、寝室に向かう。

 皆が寝静まった夜。
 ごとり、と翡翠の祠が動いた。