【農場記3】困った居候
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
EX :相棒
難易度: 易しい
参加人数: 14人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/08 08:14



■オープニング本文

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 苺と葉野菜が枯れたのは、いつだっただろう。
 丹精込めて育てた小松菜、蝦夷蛇苺、苺、水菜、大葉、高菜……全て枯れて途方にくれた。
「去年の11月かぁ」
 帳簿を遡っていて、杏は時の経過を知った。この農場だけではない。各地の農場で作物が枯れて土が腐った。堆肥が飛ぶように売れたのを覚えている。土が金に変わる。作物の値は四倍にまで引き上がったのも今は昔。
 瘴気の詰まった木の実が撒かれたのだと、家族は言った。
 原因を突き止めてから、家族たちは皆、駆けずり回っていた様子だった。大規模な土壌洗浄が行われ、年が明けてアヤカシが群れで白螺鈿を襲撃してきた。里の者たちに国から避難命令が出され、一時的に家畜の世話ができなくなって、牛たちがやせ細ったのを覚えている。水や食料を備蓄していなかったら、避難前に食料を撒いておかなかったら、家畜は死んでいたかもしれない。なんとか凌いだ、厳しい冬だった。
 それでも定められた季節に春はきた。
 鬼灯祭や御船祭など、白螺鈿の近くへ足を運んだ家族が、様子を見に来てくれた事もある。
 忙しそうだったし、寂しかったけれど、会えなくても、家族がみんなの為に戦っていると思うと、杏は誇らしかった。
 やがて風の噂で五行の東に巣食っていた大アヤカシが滅びたのだと聞いた。

 だから考えた。
 自分も何かできないか。
 今回の戦で、各地に突然瘴気が吹き出し、家を失う人々が多いと聞いた。そこで仮住まいとして屋敷を開放することを思いついた春先。当面の寝床として使ってもらい、家賃の代わりに家で働いてもらえばいい。
 人妖の炎鳥とブリュンヒルデは大反対したが、姉のミゼリは褒めてくれた。
 誰かを救う。家族たちのように何かできる事があると思うと嬉しかった。
 これが五月半ばの話だが……
 現実はそう、甘くないことを知る。

『たーすけてぇー』

 開拓者業に勤しんでいた家族たちが、人妖のブリュンヒルデから手紙を受け取った。
 いつもは畑のことがびっしりと書かれているのに、今回は日頃の愚痴が延々と続いている。
 手紙には杏が『皆の役に立ちたい』と難民の受け入れを行った事が書かれていた。
 それは良い。
 問題は、その後の経過である。
 杏の屋敷に住み着いた一部の者たちが運悪く性根の宜しくない者たちだったのか『傲慢に居着いて』しまったらしい。卵や作物を勝手に収穫して食べ、牛や鶏の世話を頼んでも「臭いから嫌だ」とか「汚れるのが嫌だ」といって拒否をする。収穫よりも彼らに目を光らせなければならない日々で、家族一同疲弊しているようだ。
 おかげで。
 彼らが来る前より仕事がはかどらず、収穫物の数や帳簿も合わない。

『何度も注意したんだけど、子供のやることだからとか、自分たちは家も全部失ったんだ、とか逆に怒って私達の言うこと聞かないし! 同じ子供でも小鳥や聡志の方がよっぽど働き者よぉぉぉ!』

 あぁぁぁ……
 有様が目に浮かぶかのようだ。
 延々と人妖の泣き言が書かれた文面を解読すること数時間。

 まずは農場に居着いてしまった3つの家族を、別の仮住まいに移さねばならない。財産もないというから、こちらで立て替えてでも、白螺鈿の何処かに引越しさせるしかないだろう。面倒な手配が必要だ。
 それから母屋の掃除。
 十二頭の雌牛がいる牛舎と二十八羽の成鶏がいる鶏小屋の糞尿の運びだしに大掃除。
 蜂も巣箱を外に出す時期だ。
 先月5月末から6月上旬が収穫時期だったのに放置されている作物も収穫しなければならない。二番畝の玉葱、三番畝の大蒜、四番畝の玉菜(キャベツ)がそれだ。
 さらには生え放題のハーブ5畝の膨大な剪定。
 最後に空になった、或いは昨年の作物枯死事件から放置されている1番畝から19番畝までの雑草を刈り、肥料を調整して、新しい作物を植えなければならない。
 毎年5月から6月頃には、豌豆や法蓮草、人参、枝豆、馬鈴薯(ジャガイモ)、蝦夷蛇苺(ワイルドストロベリー)、玉蜀黍(トウモロコシ)など多彩に植えていたが、今年は一体何を植えたものか。
 もうじき夏で食べ物が腐るので、塩卵の再開や発酵乳の為に保冷庫の準備も必要になる。

 過去にないほど忙しい日々が始まろうとしていた。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
真名(ib1222
17歳・女・陰
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

 入道雲が空を泳ぎ、太陽の強い日差しが肌に刺さる。
「ん〜いい天気ね」
 真名(ib1222)が「姉さん」とアルーシュ・リトナ(ib0119)の横顔を仰ぐ。
「毎月こっちへ働きにきてたのね。どういう仕事をしてるの? 私にもやれるかしら」
「ふふ、そうですね。普通の農仕事の繰り返しですよ。あとは商売の種になりそうな事を考えて、買ったり育てたりしていくんです。どうします? 真名さん。母屋に到着したら一緒に挨拶回りしてみます?」
 真名は少し悩んで「初めてだし。まずは農場の把握に勤しむわ」と首を振った。
「まずは大掃除が必要なんでしょう? 相手の事も知りたいし、自分の事も知って欲しいから。それにね。開拓者になる前は実家の手伝いをしていたから、農作業はおまかせよ」
 意気込む真名の隣で、鈴梅雛(ia0116)が心配そうな顔で手元を見ている。
「手紙を読んでいると……何だか、大変な事になってるみたいですね」
 となりを歩くネリク・シャーウッド(ib2898)の目が死んでいた。
「やること山積みでさらに問題が、か」
 蓮 蒼馬(ib5707)が「まぁまぁ」とシャーウッドの肩を叩く。
「誰かの役に立ちたい、親切にしたい……と杏が思うようになったんだ。彼らの今までを思えば、それだけ心が成長し、余裕が出来たんだろう。嬉しい話じゃないか。その思いが無に帰さないようにしたいものだな」
 ミシェル・ユーハイム(ib0318)は口にこそ出さないが、杏達の話を聞きながら、人助けの姿勢を誇りに思っていた。さらに言うと家族全体の衣食住を心配していた。過酷な戦場で戦ってきた仲間も、何人か痩せているような気がする。
 白 桜香(ib0392)は首をひねる。戦後に杏が受け入れたうち、現状残る3家族が問題ということは、他は必死に働いたのだろう。夜にでも労をねぎらわねばならない。
「善意話にはリスクがつきもの。私達で何とかしなきゃ! 二度と戻ってこないよう……でも農場の評判が悪くなるのも困りますし」
 酒々井 統真(ia0893)は深い溜息を吐いた。順調にやってくれてると思っていたら、この手紙だ。居候を叩き出したい衝動にかられるが、そう簡単にはいかないだろう。
 色々と手段を講じねばなるまい。
 リトナも健在を祈っていた一人だが、こういう時こそ自分たちが力になってやらねば、と思っていた。
「やっときたああああ!」
 大声が響いて人妖ブリュンヒルデが白の頭に飛びついた。迎えをなだめながら「長らく来れなくてごめんなさい。大変でしたね」と囁く。少し遅れて杏も来た。炎鳥は監視をしているらしい。マハ シャンク(ib6351)は「久しいな」と杏たちに声をかけ、桂杏(ib4111)は「ようやく帰ってこられました、お変わりありませんでした?」と柔かに話しかける。リトナたちも再会の喜びを隠せない。
 酒々井はひとまず杏に「どういう様子だったのか言ってみな」と首をかしげた。
 杏の話は、ほぼ人妖の文面通りだった。
 しいていうなら、杏は家族に同情しがちで、自分が子供で侮られるのが悪いのかもしれない、と至らなさや頼りなさなどを重く受け止めている。
 自責の念が強いらしい。
 話を聞いて溜息を零した久遠院 雪夜(ib0212)は杏達の頭をなでた。
「……優しい人は損をする。そんな世の中じゃないはずなんだけどね……」
 ハッド(ib0295)もまたアレコレ考えていたが、杏の志はよしと捉え、解決に尽力するつもりでいる。
 そして若獅(ia5248)は表情を歪ませた。
 戦が起こり、大地から瘴気が吹き出す。
 大変だったのはこの地方に住む人々『全員』だ。困っているときはお互い様だという意識はあるが、そこに漬け込んでいるような一家の行動はいただけない。
 ロムルス・メルリード(ib0121)は、膝を折って肩に手を乗せた。
「ねぇ、杏。人助けをしようとしたこと。それは決して間違っていないわ。ミゼリは褒めてくれたのでしょう。少なくともそのおかげで助けられた人はいるのだから。……気を落とさないで」
「うん」
 桂杏の溜息も深い。
「……追い込まれないと本気を出さない人達のようですね。了解致しました、良いように致します」
 一瞬空気が冷えた。
 杏が「え? え? どうするの?」と不穏な空気に戸惑う。
 桂杏は「杏君に質問です」と柔かに尋ねた。
「家族が増える前は、どうして一人で頑張れたのですか?」
「え?」
「ここが荒れていた頃の話ですよ。自分が頑張るしかなかったから、ではないですか? 今は分からないかもしれませんが、それと同じことなんです」
 白く輝く桂杏の後光。リトナがはっと我に返った。
「そうだ。紹介したい人がいるんです。私の大事な、姉妹のような存在です」
 ひょっこり顔を出した真名が、杏に歩み寄る。
「私は真名。よろしくね。アルーシュ姉さんもいるって聞いて、募集を見てきたの。こっちは相棒の菖蒲。人妖の男の子よ」
「杏です。そっちはブリュンヒルデ。おうちに同じ人妖の炎鳥とおねえちゃんがいます。宜しくお願いします」
 ぺこりと頭を下げた。久遠院が杏の手を引いて歩き出す。
「兎に角! 余計な重荷を取り除いて、平穏な農場を取り戻さないと」
「ああ。脛齧りにも、そろそろ自立してもらわないとな。今日は家の掃除かな」
 若獅が誰のことを示しているのか言うまでもない。リトナが微笑み一つ。
「まずは噂の家族とご挨拶からですね。そのあとはご近所にもいかないと」
 酒々井がガリガリと頭を掻く。
「手分けして受入先探すにしろ、初日からいきなりとはいかねぇだろうが、ここに置いとかざるを得ない間はビシバシ行くぞ? マハも頼む」
 シャンクは肩をすくめた。
「やることはいつもと変わらないことだしな」
 シャンクは人妖の菫に人魂と暗視で、問題家族の動向を監視するよう命じた。着服や勝手に収穫して食べるのを確認する必要がある。真名が人妖の菖蒲にも『人魂』の監視を頼み、桂杏も人妖の百三郎に見張りと、クセの悪さを見抜くよう命じて、白螺鈿へ出かけた。シャンクは食堂の様子を見てくるという。リトナとユーハイムはご近所へ。シャーウッドは買い出しへ。久遠院は街中へ出かけた。蓮は柵の点検と補修。酒々井やメルリードは家畜の世話を第一に、残りは母屋。鈴梅は一日かけて帳簿整理をやり遂げてみせます、と言った。優先順位が低いとは言え、資産状況等にも関わる話は捨て置けないという。

 農場へ来る前、神楽の都で白は皆にこう告げていた。
『まずは現状整理です。証拠を掴んで、説得と教育をしませんと。適正を見極めるのは大事ですし、職を紹介して転居まで持っていきましょう。三日目までに見込みをつけて、その後は農作業に徹したいですね』

「さて挨拶も済ませたところで。まずは屋敷の大掃除ですよ!」
 白が声を張り上げた。真名も「手伝うわ」と袖をたすきで結ぶ。
「それと手伝いは不要です、こちらに来た時の習慣ですので」
 白は柔かに三家族を外へやる。ハッドは居候の子供たちを飴で誘導し、まずは親たちがどんな仕事をしていたのか情報収集に勤しんでいた。大人たちは暇を持て余すように雑談をしている。
 大掃除の名目で遺失物の抜き打ち調査だ。素早く動き出した若獅は「母屋から順番に行くぞ」と黄・雀風をはじめとした人妖たちに、人魂で小動物に変身させ、家財道具や金品、備品等で行方不明の物がないかの調査を始めた。
 白が奥の間へ戻った。
「疑惑の方々にはご退席頂いたところで……お話をよろしいですか?」
 馴染みの雇い女性達と聡志や小鳥に不在時の様子をきいた。
 すると子供たちは、小鳥たちがせっせとお手伝いしているのを邪魔して『遊ぼう』とせがむ事から始まり、なにより盗み食いが多い。
 白は「頑張って証拠をつかみましょう」と袖をめくる。

 リトナ達がまず最初に訪ねて回ったのが、昨年の秋に瘴気を浄化して回った農家だった。
 ユーハイムが手土産として氷の塊を提供すると、農家は非常に喜んだ。
「息災でしょうか。ご無沙汰していました。こちらはお詫びと差し入れに。うちの居候が迷惑をかけていないかな?」
 農家との世間話で、戦後の影響で再び物価の上昇が起こっている事と、如彩幸弥が後継者になった事を知った。
 今年の白原祭は盛大になるという噂だ。
「……教えてくれてありがとう。これから益々暑くなる、どうかお体を壊さぬよう」
「それではこれで。あ、……もし住み込みの働き口があれば、是非ご相談してくださいね」
 リトナはそう言って微笑んだ。

 白螺鈿の街に出た久遠院は、榛葉恵を訪ねた。
 視線の先には、店先で働く如彩誉――否、榛葉誉がいた。諸事情で後継者争いから退いた彼は、重責を背負っていた頃とは比べものにならない安らかな表情で働いている。
「じゃあ誉さんが榛葉家の婿に入ったってこと?」
「そうなるわね。一年以上前から薄々感じてた事よ。あの人が、地主になったら早死するって。だから返って……よかったんだと思う事にしたの。私はあの人の為なら、なんでもするつもりで、実際手を尽くした。援助もした。けれど、夫自身を省みていなかった」
 恵は「私たちはここから始めるのよ」と言って立ち上がった。
「で、そんな話をしに来たんじゃないんでしょ?」
 久遠院は「あ、うん」と言って、農場の事を相談した。残念ながら、斡旋の余裕はないらしい。恵は「あなたたちを長年受け持っていた幸弥に頼んだ方がいいわ」と助言した。

 シャーウッドは馴染みの店への聞き込みや、品物の物価を調べていた。
 ついでに住み込みの働き手はないか聞き込みで探してみると、なんと次期地主に決まった如彩幸弥が短期の働き手を募集しているらしい。白原祭の準備や、大々的な改革を始めようとしているらしく、見ている限り猫の手も借りたい忙しさだとか。
「そうか……ありがとう。また何かできたら持っていくよ」
 シャーウッドはひらりと手を振った。

 桂杏は如彩家三男坊、如彩幸弥を訪ねた。
「ご無沙汰しております、ようやく東の方も落ち着きまして……、ところで、その」
 外の大通りで幸弥の地主就任を祝うのぼりを掲げたりしている為、聞かずとも分かる。如彩四兄弟の中で、最も地主の地位からは遠いと言われていた若者は、余り嬉しくなさそうな顔だった。
「うん。正式な襲名披露はまだなんだけど、周囲は白原祭に重ねて騒ぎたいみたいでね。正直、こっちは何処かに婿に入るつもりでいたし、父さんと誉兄さんの蟠りも時期を見てとかなきゃ、って思ってるけど……無口で頭の固い人だから、長期戦かな」
 世間話を交えつつ。
 桂杏は如彩幸弥に、瘴気のせいで農地を失った人や被災・疎開難民達の生活についてを訪ねた。
「僅かだけど、お国から疎開先に選ばれた街には最低保障が出ている。受け入れ人数によって経費が支給されてるよ。あくまで三ヶ月程度を凌ぐ額でしかないから、その間に仕事を探せ、ということだと思う」
「新たな職に就くべく技能を習得するような場所は?」
「流石にそこまでは。でも、それイイ案だね。僕はあくまで支給の窓口なんだけど、街中の斡旋所と連携できないか考えてみるよ」
「はい。はじめは専門技能が不要で、住み込みが最良かと」
 最後に、幸弥の知る範囲に労働力を募っている場所がないかを尋ねると、短期仕事という条件で幸弥自身も大量に受け入れている事が分かった。白原祭に伴って人員を増やす飲食店は多いらしい。

「元気にしてたかの」
 シャンクが食堂を訪ねたところ、どうやらここ一ヶ月、杏たちの仕入れが無く、何かあったのでは……と心配されていたらしい。土が腐るという昨年秋の現象以後、戦乱も始まり、店主なりに納品に来た暗い顔の杏と共に、開拓者の消息をあんじていたと言う。
「それは、心配をかけた。ようやく此方にも顔を出せるようになった。杏の方も色々あったらしくてな……何はともあれ納品が一ヶ月滞った事には変わりない」
 シャンクは素直に謝罪しつつ、店内の様子を見渡す。
 店主のサボりグセが悪化しているのでは、と内心恐れていただけに、普通に働いている店主の姿は意外だった。戦や瘴気の噴出で、住処を追われる人々を見て、平和ボケをしている訳にもいかぬと考えたのだろう。
 注文の定食を作りながら「わしらが動じないところを見せねばな」と老体に鞭打って働いていた。
 流石に腰の悪さも相まって、営業時間は短いようだが。
「何かしたい事、やりたい事や困った事はできただろうか? うちでほしい食材があるなら持ってくるが」
 店主は白原祭に向けて、塩卵料理を復活させたい話と新しい料理を考案したいらしい。
 シャンクはその後、料亭の方にも出かけた。

 窃盗の証拠を掴む前に、人妖たちがまず最初に掴んだのが子供たちの悪事だった。
 発酵乳の盗み食いを目撃した酒々井は、容赦なく子供たちに拳骨を落とした。
 びゃあああああ、とやかましい泣き声が響き渡る。
 駆けつけてきた他の開拓者。一緒にきた親が、殴られた事を訴える子供を抱え込み「なんてことすんのよ、殺す気!?」と食ってかかった。
「あ? こんなもんは躾だ。殺す気ならとっくに殺ってるぜ。それより子供がしでかした事わかって言ってんのか」
 床に広がるのは、袋が敗れて使い物にならない砂糖と、空になったツボ。
 倒されて砕けた甕。
 すえた臭いを発する白濁とした発酵乳の海。
「なによ、そんな腐った物が入った甕を倒したくらいで……」
「これは料亭に納品してる、歴とした食いもんだ。高級食材だぞ! 桂杏がアル=カマルから苦労して仕入れた種を、温度管理に悩みながら何ヶ月もかけて、商品化したもんだ! そこまでトボけたことを言うなら、今後は親の責任ってことでそっちしごくが?」
 激昂する酒々井を「まあまあ」となだめた若獅は、同じように怒りたくなる衝動を抑えて歩み寄り、子供の口元を拭い、子供の頬袋に指を突っ込んだ。
「同じ発酵乳だ。ついでに砂糖。台所の砂糖を盗んで、かけて、食ってたんだろ?」
 子供の肩がびくりと震える。
 若獅が溜息を零す。
「……神楽の都で、砂糖を一キロ買うと大体200文になる。うな丼二食分だ。ここら辺で、砂糖の値段が幾らか、知ってるか? 一時期は3倍になった。たった一キロで600文。子供を一年間、寺子屋にやれる金額になる……両手に収まる、このくらいの小壷に入った発酵乳がいくらになるか……知りたいか?」
 若獅の言葉に親が息を呑む。
 どれほどの損害を出したのか、やっと察したらしい。
「勝手に他人の物に手を出すのを咎めもしない事が、子供にとって良い事なのか?」
 境遇は盾にならない。同情の余地はない。
 やや落ち着いた酒々井はそう思い「ここには元々何もなかった」と言った。
 メルリードも被災者と顔を付き合わせる。
「……あなた達も、家を失う前は普通に生活していたのでしょう? 働いてお金を稼いでいたのか、作物を育てていたのか、それは分からないけど、自分たちの食べ物は自分たちで手に入れていたはずよね」
「そりゃあね」
「なら今のままで良いはずがないってわかってるはずよ。今みたいな状態を続けていてこの子は自分が立派に育てたって言える? 自分の子供は、自分が養って食べさせて育てたって、胸を張って言いたいでしょ?」
 壁に寄りかかった真名が「働かざるもの食うべからずよ」と声を投げる。
「辛いのも大変なのも貴方達だけじゃないんだから。……なにより、子どものしたこと、なんて言い訳にならないわ。子どもの所行に責任を持つのが、親の役目でしょ?」
「そうよ。彼女の言うとおり。どうしたらいいのか、分からないなら私たちが道筋を立ててあげる。だからしっかり立って前に進みなさい!」
 メルリードたちによる説教は、数時間に及んだ。

 日が暮れた後。
 蓮は迅鷹の絶影に上空からの見張りを任せ、白螺鈿の街へ出かけた。
 目指す場所は如彩家次男坊、神楽の居酒屋だ。
「働き手ねぇ。夜の仕事だから住み込みは無理だけど、料理のできる女手はいつでも募集中よ。地域が離れてれば、変わった料理も作れそうだしね。ただ、アタシは厳しいけど」
 ぱちん、と片目を瞑った。

 鈴梅は朝から晩まで帳簿の整理に勤しんでいた。
 収穫数と出荷数、出入金、現在の資産はもちろんのこと、用途不明金を洗い出さなくてはならない。子供たちが勝手に食べてしまった分は、仕方がないので損失に計上するしかない。
「お金の帳尻が合わなかったりしたら、大変ですし」
「お手伝いしましょうか」
 白が牛乳と夜のつまみを手にやってきた。眠い瞼をこすって「お願いします」と鈴梅が未整理の帳簿を渡す。
 他の者は寝静まっている。
 梁の上には、トカゲに姿を変えた人妖雪白がいて、居候が深夜に悪さをしていないか見張っていた。
「あ、引越し資金や冬季の赤字補填に持ってきたんですが、どうしましょう」
 白の手にキラリと光る緑色の宝石。出資用の翡翠だ。
「そうですね。今週は整理と把握で費やされると思うので、来月に換算しましょう」
 なくさないよう持っててください、という鈴梅の言葉に「そうします」と微笑みかける。
 傍らでは久遠院の忍犬天国が、金庫番に勤しんでいた。


 二日目の早朝。
 苦労して増やした発酵乳を食い荒らされた、と知った桂杏の表情はひどく凍っていた。
 表情は笑顔だが……纏う空気は、まるで極寒のジルベリア。
「よろしいですか? ここには農作業しかありません。働かない方を置いておく余裕はありませんので、出て行っていただきます。お子さん達が可哀想だと仰られるなら、どうぞ他所でお勤めになってお給金を頂いてください」
 即効で叩きだしたい本音と衝動を抑えることに苦労する。
 若獅やリトナの調査で、物品のいくつかも無くなっている事が分かった。それらは居候の荷物の中から見つかっている。
「此処を食い潰したらどうするおつもりだったんですか?」
 リトナがやんわりと責める。
 酒々井や久遠院の双眸もつり上がっている。
 マハは軽蔑の眼差しを向けていたが、人妖の菫は必死に声をかけていた。
「辛かっただけなのですよね、だから逃げてしまっただけなのですよね」
 先に折れたのはリトナだった。
「互いにどれだけ大変だったか知る由もないのですからお互い様。だからこそやって良い事悪い事はあるんです。今まで出した損失と滞在費、多少は割り引くにしろ労働で返していただきますよ」
 人妖の菫は「そうです。代金は体で働いて支払えばよいのです」と促す。
 酒々井は子供たちを整列させて、桂杏に謝罪させる。
 謝れば済む問題ではない。
 よって子供たちにも労働をさせる事が決まった。わがままには再び拳骨が待っている。
 殺気立つ面々を見て、頬を掻いた真名が居候の肩を叩く。
「私もつきあってあげる。ただし、サボってたら当然報告させてもらうわよ」
 真名自身が仕事を覚えたいから……という意味もあったが、居候の中にもちゃんとやれる人もいるのだと信じて。
 助け舟を出した真名が「姉さん。何からやらせる? 掃除?」と首を傾げる。
「女性と子供は畑仕事、男性には家畜の世話で如何でしょう」
 マハが「早速いくぞ」と男達の前に仁王立ちになった。
 居候は「どこへ」と首を傾げる。
「畜舎の糞尿掃除と堆肥作りだ。動物の世話をするなら糞尿の掃除は当たり前だ。丁度いけに……手伝いが欲しかった所だ。なぁに、急に何でもできるようになれ、といってるわけじゃない。統真」
 酒々井は「おう、連れてくか」と言って立ち上がる。
「牛どもは荒っぽいんで大人の男だけな。コツとかはきちんと教えるぞ。ただし手とり足とり教えてもらえると思うなよ。やる気のねえ奴は叩き出す」
 居候たちを最終的に他所へ引き渡す事で仲間の見解が一致していたが、酒々井たちにも意地があった。最低限仕事ができる状態で引渡しに望みたい。
「糞尿の量もかなり溜まっているんでな。男手はいくらあっても足りん。菫、お前は食堂へ行け」
「はい、マハ様」
「では吾輩も〜」
「待たんか」
 ハッドは如彩家と榛葉家で出かけるつもりでいたが、既に白や久遠院が話をつけていた上、シャーウッドや蓮達も初日で調査を終えていたので、生贄を探していたシャンクに捕獲され、堆肥運び係として引きずられていった。若獅は鶏小屋の掃除と修繕に向かう。
 悪臭を放つ畜舎に向かう途中、蓮が肩を落とした男たちの背を叩き「背筋を伸ばせ」と囁く。
「子供が見てる」
「え?」
「実は俺も、自分が農場の仕事をするようになるとは思わなかった。俺の半生は命を育てるより……奪う物だったからな。職業柄致し方ない。だが今は娘を得て、子が誇りに思う親になりたいと思っている。子は親の背中を見て育つ、と言うしな」
 彼らも我が子に誇りに思われたいに違いない。
 そう思って語りかけた。それまで気力の萎びていた男たちが「そうだな」と独り言を呟き、俄かにやる気を出した。

 母屋の玄関から左手。東側には段差が無く、石が精緻に敷き詰められた廊下がある。土足のまま進めば、同じ土壁で区切られ独立した小部屋が三部屋横並びにあり、最奥には倉庫化した大部屋があった。小部屋の一つは倉庫に、いま一つは氷を詰めた保冷庫に、残り一つは家の裏手で飼っている蜂の冬を凌ぐ部屋に改装されている。
 定置養蜂を始めて再び来た夏。
 シャーウッドはまず蜂の巣箱を外へ出す。
 日光の直射を防ぐ為に、被覆物をかけて建物の影に設置した。
「遅くなったな、お前たち。今年もいい蜂蜜を集めてもらわなきゃな」
 本来、春過ぎは採蜜期である。梅雨明けの餌切れ。腐蛆病や罹病。クマの襲撃などに気を配りつつ、七月からは越夏期となり、このまま11月まで休閑期に入る。杏のマメな世話で蜜切れなどは起こしていないが……農場の蜂は遅れを取り戻す為に、これから一ヶ月は大忙しだ。
 蜂蜜の作り方を知らない居候の子達が、物陰からシャーウッドの様子を見ていた。
「働かざるもの食うべからず。俺たちは何時もそうしてきた。誰だって例外はないぞ」
 聞こえるように声を投げる。
「農業も養蜂も日々の積み重ねだ。やらなきゃ何も取れない。やればそれだけ何かが取れる。何事だって同じだ」
 子供達が蜂を恐れて近づかない。盗み食いの心配はなさそうだ。

 厳しい指導を心に決めたメルリードは、女性達をつれて雑草取りをしていた。
 時々ユーハイムが水を差し入れたり体調には気遣っていたが、炎天下で続ける前傾姿勢は辛い。
「草だけむしっちゃダメよ。土の中に芋みたいな根があって、そこから生えるの。ちゃんと土も落として」
 久遠院も隣で働いて『良き手本』にはなっていたが、絶えず放出される殺気が禍々しい。厳しく冷徹で無表情に、を貫く彼女の姿勢には、どんな泣き落としも通用しそうにない。メルリードが立ち上がった。
「他の様子を見てくるわ。昼食の準備ができたら呼びに来るから。それまでに線の場所まで全部雑草刈を終わらせて」
 監督を久遠院に任せたメルリードへ「精が出るね」と声を投げたのは、居候の指導にあたっていたユーハイムだった。二人で母屋に戻り、シャーウッドを手伝いながら、窓からサボっていないか様子を伺う。
「終わるまでお預けかな?」
「当然よ。その代わり、やり通すことができたら、その時はその時。こうすることが『コツ』だって助言をもらったことがあるから。……ま、これを教えてもらったのは、あの子の世話に手を焼いていたときだけど」
 丹を運ぶ駿龍ライカを眺めてポツリと告げた。

 昼食時にかき氷を作って振舞った後、ユーハイムは鈴梅の待つハーブ畑の剪定に向かった。雪の重さにやられてしまった苗。木と化して縦横無尽に生える蚊連草。つまむだけで強く香る迷迭香に、加密列やラベンダー、花をつけはじめた芸香。
「お待たせ、雛。雑草抜きと間引きは進んだかい?」
 額の汗を袖で拭った鈴梅は「まだです」といって困ったように笑った。雑草に混じって、昔植えた大葉の種や苺の葉があったりするので、今日は剪定までたどり着けそうにない。枯れた場所や病の場所を丹念に調べて刈っていかねばならないのだ。
「でも何故かな。ちっとも面倒に思えない。夏だねぇ……ここの空気は変わらないな」
「はい」
 麦わら帽子越しに輝く太陽を見上げた。

 一方、白は家を仲間に任せて、駿龍真勇でご近所を巡った。
 近隣農家は地表から瘴気が溢れるのではないかと怯えている。リトナやユーハイム達の証言と同じで、居候家族に関する噂はまだ漏れていない。瘴気汚染されて焼かれた里は、現在調査中で近づけなかった。
「これから夕食時まで、まだ時間がありますね……真勇、白螺鈿へ行ってください」
 白は幸弥を訪ねた。桂杏から働き口があると聞いていた為、正式に頼みに行ったわけだが、農場で起こった盗み食いなどの事も包み隠さず、正直に伝えた。
「うーん……杏君には荷が重そうだね。君達だって、いつでもいられるわけじゃないし」
「子供には手を焼いていますが、大人の意識は変えられると思います。ですからどうか」
「引きとって欲しいって訳だね。いいよ、少しキツい仕事が、人手がなくて給与を上げるという話をしてきたばかりだから。そこに男性を受け入れよう。手癖の悪さに関しては親方に一言いっておくさ」
「ありがとうございます」
 ほわ、と綿毛のような微笑みを浮かべて。
 幸弥は白の手を握り返した。順調に進んだ話の後、食堂の方へ顔を出した。


 三日目の朝は、朝日を拝む前から始まった。
 身支度を整えた白が、母屋の皆を起こしていく。
「さぁ皆さん。この時期の農場は寝るヒマないですよ。ここで寝起きしている以上は、最低限の仕事をやってくださいね。頑張った方だけ、美味しいご飯をご用意します」
 開拓者と杏たちは慣れたもので、あくびを噛み殺してテキパキ動くが、居候の三家族はうめき声をあげている。作業の服に着替えて、鼻と口元を手ぬぐいで覆ったリトナが「一緒に頑張りましょうね」と布団をはいだ。強制的に着替えさせ、シャンクや酒々井、メルリードや久遠院と共に畜舎に向かう。
「あ、そうでした。フィアールカ、子供たちをお願いしますね」
 駿龍フィアールカが一声鳴く。畑の雑草刈りと土の調整に、桂杏が黙々と勤しんでいたが、昨日延々と怒られた子供達が雑草抜きを真面目に手伝っている。
 早朝仕事を終えて、朝食を囲み。
 昼食まで時間のできた真名とシャーウッドは保冷庫の支度を始めた。
「この上段に氷を詰めるの?」
「ああ。だが排水管を先に設置しないと。蜂を母屋に入れている間は、管を外して通路を密閉しているから使えないんだ」
 倉庫にしまっておいた木の管を廊下に設置していく。
 保冷庫から溶けた水で、玄関脇に並べる栽培箱の植物を育てるのだ。
 昨日のうちに鶏小屋の掃除を済ませた若獅は、肥やしにまみれていた雌牛たちを洗い始めた。溜まってしまった糞尿を運び出すのは骨が折れるため、畜舎の修繕に伴う点検は明日以降だ。修繕の度合いによっては、資材を色々と買わねばならない。
 鈴梅はようやくハーブの剪定を始めた。
 枯れているものは致し方ないが、放っておけば他の妨げになる。
 間引いたり切り取ったハーブを見て思案すること数分。
「とりあえず、束ねて干しておきましょうか」
 この際、アーマーでバッサバッサと刈ろうとしたハッドが現れ、鈴梅とユーハイム、蓮が大慌てしている。
「待て待て待て」
「きゃあああ、だめです〜」
「おお〜? 藪を刈るのではないのか?」
「こらこらこら。ハーブは雑草じゃないんだからアーマーはいらないよ。狭い畝ごと踏み潰してしまったら根を傷める。てつくず君から降りて、地道に剪定をやってほしい」
 鈴梅と蓮にハーブを任せたユーハイムは、居候の女性をつれて、苗の見積に出かけていく。


 四日目は日が昇る前から一斉に畑へ行った。
 玉葱、大蒜、玉菜の収穫だ。シャーウッドが率先して作業しつつ、声を張り上げる。
「全員でやればそこまで大変じゃない。逆にいえばやらない奴がいれば、それだけ大変になる。持ちつ持たれつが基本だ。弁当は作ってある。全員でしっかり働くぞ」
 大量の弁当準備に伴い、シャーウッドはあまり寝ていない。無理しないでよ、とメルリードが濡れた手ぬぐいを渡す。
 酒々井と蓮、桂杏とメルリード、白と久遠院が収穫に専念した。
 リトナは居候たちの名前や性格、農具を扱う仕事の癖をじっと観察し、紙にしたためる。その後、休憩時間に子供たちをつれて、朝作った焼き菓子を手に若獅を訪ねると、若獅はひとり、畜舎で難しい顔をしていた。
「どうかしました?」
「それがさ。糞尿が溜まってた間に一部の柱が侵食されてたみたいだから、交換が必要だなって」
「まぁ、立て直しですか」
「本当にまいったよな…………いや。建物自体はまだ使える。腐った箇所だけを切り取って交換すれば、支柱として充分な役割は果たす……と思う。何本やられてるか調べたら、応急処置だけして、木材の見積もりを出さないと……ネリクや雛と相談だな」
 どんな大変な時でも挫けない。頑張っている背中を、子供たちに見せていたい。
 若獅にも意地があった。
 ハッドはユーハイムと鈴梅から、引き続きハーブの剪定と扱いを一から勉強している。
「むむ〜、腰が固まってきたの〜」
「働かざる者、食うべからずだそうです。長老様も、頑張って下さいね」
 鈴梅が、もふらの長老様にハーブの運搬を任せる。
 真名はシャーウッドのメモを見ながら、保冷庫の微調整と栽培箱の準備をしていた。
 一緒に収穫を手伝うつもりでいたシャンクは、一気に増えた糞尿を堆肥にする為に、古葉や籾殻、生ゴミ集めに追われた。食堂への納品作業も明日にならざるを得ない。


 五日目の午後。
 居候は支度金とともに農場を出て、白螺鈿の片隅に引っ越した。
 全面的な支援をしたのは如彩幸弥で、父親たちは彼の下で働き、秋からはまた別の仕事を見つけるらしい。母親たちは一人は如彩神楽の居酒屋に、いま一人は別の農家に、残り一人は子供を一人にできないとの理由で専業主婦を選んだ。
 慌ただしい日々が過ぎた。
「ただいま帰りました」
 引越しを手伝ったリトナ達が駿龍フィアールカをつれて帰ってきた。
 メルリードと蓮、しかめっ面の久遠院も一緒だ。母屋の屋根の上からハッドが手を振り、煙突から叫んでリトナ達の帰宅を知らせる。真名と若獅が出迎えた。
「姉さんおかえり! 保冷庫も今おわったところよ。ね」
 若獅は「ああ」と言って皆を出迎えた後、収穫物の仕分けをする為、倉庫に行った。鈴梅はひたすら術で氷を作って、保冷庫に押し込む作業を続けている。
「ふぅ……おかえりなさい。先にお風呂をどうぞ」
 数刻遅れて納品に行っていたシャンクも、人妖菫と戻ってきた。
 居間では水浴びを終えた過労気味の酒々井が「あー」と呻いて死んだように寝っ転がっていた。
「何だかいつもより、大変でした」 
 濡れた髪を拭きながら鈴梅も横に座る。
 夕食の鍋を混ぜながらシャーウッドが声を投げた。
「本当にな。後はまぁ、あいつら次第か。ここにいてもいいことはないし、やるべきことは自分たちでやるべきだからな。少しは理解してくれていればいいんだがね」
 玉葱を飴色になるまで炒めている白が「そうですね」と呟く。
「どーだか。ま、何かあったら許さない、とは念を押しておいたけど」
 風呂から戻った久遠院は怖い事を言いながらも上機嫌だった。
 とっておきの薔薇の石鹸で、刺々していた心も体も軽い。杏とミゼリに抱きついていると、枯渇した何かが満たされていくらしい。
「今回はこんな事になっちゃったけど、誰かの力になりたい気持ちは、とても素晴らしいと思う。よく頑張ったね」
 杏を褒める。蓮も『今回のことで人への親切を躊躇うようになるのでは』と気にしていたが、どうやら大丈夫そうだ。
 夕食を終えた後は、シャーウッドが『天儀風麦餅挟み』を夜食に披露した。

 シャーウッド特製の天儀風麦餅挟み。
 作り方は、まず水切りしたヨーグルトに塩を混ぜ、それに野菜を漬け込む。
 次にパン生地を作り焼く。
 そして余っている野菜をバターとハーブ類で炒める。
 最後にそれぞれパンで挟む。漬け野菜のパンには薄く味噌を塗り、野菜を漬けた塩ヨーグルトには蜂蜜を混ぜてクリームにしてこれも別に挟む。
 以上だ。

 桂杏が夜食を手に、畑の栽培記録を書いた帳簿を取り出した。
「発酵乳は大幅に損失を被りましたが、また頑張ります。それより栽培計画を纏めませんと」
 桂杏だけでなく、リトナや蓮も植えたいものの希望をあげた。
「そういえば。長らくお休みしていた塩卵の仕込みも、今夜から再開したいですね。あとは沢山刈り込んだハーブで一つ風味の違うもの、作れないでしょうか」
 リトナが悩み込むと「フレーバーオイルなんてどうかな」とユーハイムが摘んできた迷迭香(ローズマリー)を見せた。
 余ったハーブで花冠を作っていたらしく、ミゼリの頭にぽん、とのせた。
「ほら。希儀産のオリーブオイルが、神楽の都に入ってくるようになっただろう。量産はできないけど、うちの迷迭香を漬け込むだけで、三から四倍の値はつけられると思う」
 次々とアイディアが出て行く。
 真名も負けじと考える。
「とりあえず保冷庫は間に合ったけど……氷の術と穴掘り、藁敷き詰めて氷室できないかな」
「そうだな。ここの土壌からいくと水がしみてくるかもしれないな。近くに大きな池を作ったし、井戸もある。冬季の炭作りや堆肥用の大穴もあるから、掘るなら慎重に場所選びが……あー、そういえば、新しい倉庫を作ろうとして木材を放ったままだった」
 シャーウッドが積んでおいた丸太も、建材として使えるか点検をしなければならない。

 穏やかな日々が戻った、賑やかな夜だった。
 じきに蝉が鳴く、白原祭の季節が来る。