【農場記3】実りの秋に
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/06 12:16



■オープニング本文

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 白原祭も終わった、今は秋。
 入道雲もまだら模様に姿を変えて空を泳ぐ。実り豊かな頃になっても、日差しの厳しさは依然として続いていた。団扇で暑さを紛らわしながら、農場主の杏と人妖ブリュンヒルデは帳簿の整理と依頼書の書き出しに必死である。

「ヒルデー、今回は何頼むんだっけ?」
「おばかさんね。馬鈴薯が二畝分を掘り起こさなきゃいけないから、結構な重労働になるわよ。あと夏の間、定期的に収穫したトマトも最後だから、残りの自家消費分を取ったら枯れてる苗を処分しなきゃ。それが済んだら、土壌を改良して、放置しっぱなしの畝11本に冬ギリギリまでに収穫できそうな物を植えないといけないでしょう」
 余裕があれば、森の中に茸や栗の収穫をしなければならない。

 仕事は多い。

 杏は窓から畑を眺めた。
「それにしてもトマトさん、夏の稼ぎ頭だったね」
 この一帯では物珍しい、という事もあり、7月頃から一個2文で売れたトマトは、1株につき通算20個前後が実った。トマトの畝は3畝あり、1畝に55株ある。これまでの収穫総数は3300個。つまりトマトだけで6600文を稼ぎ出した事になる。
 例えば前回の収穫物で、2畝分の枝豆が400文、2畝分の人参が996文、1畝分の玉蜀黍が100文……といった具合で、過去に収穫した葉野菜、それこそ1畝分の春菊が332文、青梗菜が624文だったりした事から比較すれば、驚異的な数字である。
 惜しいことは、トマトは連作できないということだ。
「来年の夏にまた植えたいね」
「来年の話じゃなくて、今の話をしてよね! 鶏もしめなきゃいけないでしょ!」
 ぷりぷり怒る人妖に、杏は「僕じゃ無理だよ」と肩を落とした。
 可哀想だから、等という理由ではない。
 身長と力が足りないのだ。

 今年の夏、十五羽の鶏が役目を終えた。
 卵を産まなくなり、現役の鶏は僅か八羽で、これはマヨネーズを作るための鶏と化している。塩卵作りは一時休止し、新しい鶏を二十羽ほど仕入れたが……問題は『食肉として食堂へ出荷を決めた鶏十五羽を絞めるのが難しい』ということだった。近隣のご老人たちは頭を掴んで首を振り回すだけだと言うが、鶏たちも大人しく食肉になる気はないからか、暴れる上に重い。一羽1000文の収入は大きいが、こればかりは物理的な問題で杏にはできなかった。そして出荷先の食堂ほたるの主人も、ご高齢の為に力仕事が難しい。
 人妖が「男手に任せればいいじゃない」と言い張る。
「収穫どうするんだよー、芋の収穫大変だし、五日目に市場だってあるのに。薄荷畑の収穫に他所の人が三日間来るから、薄荷畑の監督兼差し入れ係も誰か必要だし」
 年間出店特別許可証を再発行してもらった事で、今年8月から来年7月まで再び市場への出入りができるようになった訳だが……販売にも人手は必要だ。なによりまだ氷が1キロ25文で売れ続けている今、家族の中で氷を作れる者たちの技術は最大限に活用したい。
「なんにせよ、早く皆に来てもらったほうがよさそうね」
「同感」

 こうしてギルドを通じ、いつもどおりの依頼が届く。
 目立つ仕事は、2畝分の馬鈴薯、最後のトマトの収穫。収穫物と加工品の配達。家畜の世話。畑の土壌改良。新しい作物の植え付け。五日目の市場。森のキノコや栗や果物の収穫。薄荷畑の監督など。
 尚、放置されている畝11本の状況は次のとおりだ。

 【04番畝】芋→法蓮草→人参→?
 【05番畝】放置(元葉野菜畝)→大根→人参→?
 【06番畝】芋→白菜(ハクサイ)→枝豆→?
 【09番畝】玉蜀黍→蕪→法蓮草→?
 【10番畝】向日葵→大根→春菊→?
 【11番畝】三つ葉→人参→青梗菜→?
 【13番畝】芋→緑花椰菜(ブロッコリー)→枝豆→?
 【14番畝】芋→玉菜(キャベツ)→玉蜀黍→?
 【15番畝】牛蒡→法蓮草→?
 【16番畝】人参→葉ネギ→?
 【17番畝】不断草→豌豆→?

 忙しい秋である。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰
白木 明紗(ib9802
23歳・女・武


■リプレイ本文

 斑雲が広がる空の下で、久遠院 雪夜(ib0212)がミゼリと杏に飛びつく。
 白 桜香(ib0392)が鶏小屋を一瞥した。
「鶏さん達がもう役目を終えるのですね……絞めるのは男性陣に?」
「あの。午後にマハさんと食堂へ、新料理の提案と試作に行きたいので、鶏を一羽頂いて宜しいでしょうか」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)だ。
 人妖菫に食堂勤務を言い渡して、足早に堆肥の所へ向かうマハ シャンク(ib6351)の背中を見たネリク・シャーウッド(ib2898)が「先に絞め方を教えたほうがいいか」と悩み始めた。
 白が首を傾げる。
「白螺鈿へお出かけになるはずでは? この一羽は私が絞めましょうか。……いいですか?」
 白が久遠院の顔色を伺う。
「桜香さん、ボクは午前中は冬ごもりの支度をしてるから気にしないで」
「それは助かるけど……本当に任せていいのか?」
「はい、今日の予定は午後からで、午前中はあいてます。実は鶏を家でも飼っていました。でも私の力だと、血抜きの時に暴れるかも」
「でしたら鶏を絞める際、夜の子守唄で眠らせてみましょうか」
 リトナと白が鶏小屋に歩いていく。ロムルス・メルリード(ib0121)が畜舎を見た。畜舎には若獅(ia5248)が向かていた。牛達の散歩や小屋の清掃に餌やりが必要だ。秋は天候が荒れる為、畜舎や小屋の柵の補修点検が欠かせない。
「どうしたロムルス」
「ネリク。……雌牛たちだって、家畜である以上は例外じゃないのよね」
「優しいな。だが……あいつらが大人しくやられるとは思えない俺がいるよ」
 何せ脱走し、野生でも逞しく生きた暴れ牛だ。
 メルリードは「当分先の話かもしれないわね」と呟き、家畜の世話をする為、若獅の後を追った。
「さて。俺は街にいってくるが、他の予定は?」
 シャーウッドは馴染みの店に顔を出し、買い出しと街で需要の高い品を聞いてくるという。
「すまないが、燻製向きの木屑を見繕ってきてくれないか?」
 蓮 蒼馬(ib5707)の頼みを聞いたシャーウッドが「桜がいいかな」と購入一覧に追加する。鈴梅雛(ia0116)は薄荷畑の業者へ出かけた。収穫作業を二日目から四日目にしてもらう為だ。ハッド(ib0295)は榛葉家に集金と白螺鈿の食料事情を調べに出かける。
 酒々井 統真(ia0893)は如彩家に挨拶へいくという。別件の仕事の筋と礼儀を通すらしい。それを聞いた桂杏(ib4111)が「例のツケなんですけれど」とポソポソと酒々井に耳打ちしていた。
「じゃ、いってくる」
 酒々井は白螺鈿へ行くついでに、午後は食堂へ行き、まずは何羽必要か聞いてくるという。からくりの桔梗は農場に残り、蓮や白木 明紗(ib9802)を手伝うらしい。
 蓮が龍に積んでいた荷物を解く。
 事前に白と相談し、神楽の都で購入した苗や種だ。大根、蕪、小松菜、法蓮草、紫蘇、水菜、玉葱、球菜、大蒜、韮、芥子菜、青梗菜、高菜、浅葱、苺の苗……種類は豊富だ。
「収穫、植え付け、鶏。やる事は目白押しだな!」
 重労働は大変だが、共に働くのは楽しい。蓮は荷物を倉庫に運ぶと、収穫を白木達に任せ、前回行った柵の点検を済ませると、板材から栽培箱と燻製器の試作を始めた。
 桂杏は発酵乳(ヨーグルト)の機嫌を見に行く。
「種の状態は……マシなのを除き、幾つかツボがダメになってますね。念の為、次回に再び購入しておきますか」
 時々畑の作業状況をみて、杏や人妖の炎鳥達を呼ぶ。
 発酵乳の管理方法を仕込む為だ。
「私がいない間、毎日朝と夜に面倒をみてくださいね。これはこれで生き物みたいなものなんです」
 発酵の重点は、まず衛生管理である。
 使用する容器は熱湯消毒の必要性から大きすぎる壺・龜の類は不適だ。種の採取や攪拌用の柄杓も熱湯に浸した物を使用する。またヨーグルト種は発酵が進み固まった表面を少し除け、中心辺りから種を採取し別容器に移す。
 そして保冷庫に保存だ。
 発酵乳の発酵に適した温度は20〜30度である為、今はまだ気温が高すぎる。徐々に気温が下がりつつあるが、冬場の対策は悩ましい。
「来週辺りに雨が降って、気温が落ちそうですねぇ」
 今年も埋まるほど雪が降るのかしら、と桂杏は斑雲の空を見上げた。

 太陽が高く昇っていく。
 人妖彩乃が塩と蜂蜜を溶かした水を運んでいた。桂杏の仕事を見て覚えたようだ。
「まだ暑いさかりだから。ちゃんと水分補給してね」
「ありがと。お、いってらっしゃーい」
 若獅が出かける者たちに声を投げて、小屋に戻る。
「体毛の色も少しずつ変わって、大分鶏っぽさが出てきたなぁ。そぉれ、遊んでこーい」
 小屋の中の区画整備も若獅の仕事だ。今は厳しい残暑を考慮して風通しを良くしているが、急激に気温が落ちた時が怖いので、藁を敷き詰めたり、急激な気温差に耐えられるよう配慮を行う。

 午後から久遠院と白は近所へ挨拶回りに出かけた。秋まきの注意点などを聞いてくるという。念のため「明日から開拓者総出で畑作業します、お騒がせしてすみません」と頭を下げておく。
「あ、そうだ。この辺に林業や炭焼きに詳しい人はいませんか」

 一方、マハとリトナは街へ出かけた。
 マハは堆肥を使用している農家の話を聞きに行く。堆肥の更なる使い道が知りたいからだ。帰りに食堂へ顔を出すと告げた。一足早く食堂へ訪れたリトナは、持参した一羽を使い、料理の提案と試作に勤しむ。
「後日また参りますが、鶏団子スープと燻製の案が出ていました」
 本日持ち込んだ一羽の鶏ガラでスープを 肉は団子や燻製にし、団子は馬鈴薯や豆腐でカサを増したりふんわり感を出して、ネギや椎茸、大蒜などの薬味で旨みを出そうと、楽しげに語った。


 二日目。
 リトナは早朝から渡鳥山脈の方へ、駿龍のフィアールカと出かけた。
 目指す先は養蜂家、芳茂の家だ。冬が近いので十一月の越冬庫に備えた相談である。将来を考えて聞いておきたい事もあった。
「果樹、蜜蜂の受粉やその果実の花の香りの蜂蜜が出来るそうです。将来を考えて、林檎や柑橘類などのお勧めを聞いて帰ってきますね」
 直後、集団のお客様が現れた。鈴梅が対応に出る。薄荷畑の収穫だ。
「いつもお引き立て、ありがとうございます」
「道具はこちらでーす」
 若獅もまた率先して働き、収穫手伝いに来る人員へ、立ち入り可能な設備や作業手順の説明、道具の貸与を行う。一通り説明を終えると、昨日できなかった保冷庫の整備の為に母屋へ戻った。
 土間では白が料理を作っていた。
 小屋と畜舎の世話はメルリードとシャーウッド、そして若獅には世話になっているからとマハが、分担して作業する。シャーウッドは家畜の世話を午前中に手伝い、午後は収穫物の仕分けをしていたが、時々手を止めて「そろそろいるよなー」と独り言を呟いていた。
 忙しい声に、寝ぼけ顔の酒々井達が顔を出す。
「植え付けの手伝いとかは、俺は収穫作業が終わってからにならざるを得ないか……また後でな」
 発酵乳の世話を終えた桂杏と蓮、そして白木と久遠院は収穫と農地整備の準備を同時に行う。前に水捌けが悪くて病気が出てた事も考慮した畝作りが必要だ。
 まずは馬鈴薯掘りに専念した。
 酒々井に「あんまり日光に当てるのはよくない」と言われた運搬担当の桔梗が、麻袋の中に押し込んで倉庫に運んでいく。
 時は刻々と過ぎていく。
 鈴梅は薄荷収穫を進んで手伝い、運搬はもふらの長老様に任せた。
「皆さん、暑い中ご苦労様です。冷えたお茶をご用意しました。彩乃さん、お願いします」
 人妖に後を任せ、薄荷収穫の傍らで、以前ハッドが薄荷の繁殖を制限する為に挿した板が、傷んでないか見て回った。
 収穫班の休憩時間中に、杏が蓮に尋ねた。
「何食べると身長ってのびるの?」
「杏は背を伸ばしたいのか?」
 頷く杏に対して、蓮は「それなら」と太極拳の身体の操方と呼吸法を教え始めた。
「地味だが続ければ成長は期待できよう。ただやりすぎは逆効果だ」
 体だけでなく、心も大きくなってほしい……そう願う。
 ところでハッドがいない。
「家の修理や畑の補修に使う板材も必要か……終わったら探しにいくかの〜」
 駆鎧の鉄くずと森に入り、次回の炭作りに使う丸太を運んでいた。昨年伐採して積んでおいた木々がほどよく乾燥していた。


 三日目は殆ど全員で収穫作業だ。
 収穫が遅れていた。このまま五日目まで収穫に時間を使うと土壌改良と植え付けの時間がなくなってしまう。朝から晩まで働いて、夜は死んだように眠りについた。


 四日目の朝、桂杏は料亭へ出かけた。期間限定で出した発酵乳の反響を聞く為だ。
「今後の生産量次第ですが、市での販売や食堂への納品も検討しましょうか」
 久遠院もまたトマトと馬鈴薯を手土産に、朝早く出かける。同じく森を持つお宅を訪ねる為だ。開拓者は樹木を伐採して、常人の倍以上働く事も可能だが、所詮は素人知識に過ぎない。ある程度吟味はしているが、闇雲に切り倒して森を丸裸にする訳にはいかない。
 鈴梅は薄荷畑の対応に出ているが、午後は蓮と交代だ。蓮は日中、土壌改良に植え付け作業と忙しく働いた。午後は薄荷畑の監督の傍らで燻製を試作する。
 若獅は畜舎が忙しい。畑は酒々井とリトナ、白とメルリードの四人が土壌改良を終えた場所から植えていった。鈴梅と仕分けをしていた白木が「それにしても」と作物を見渡す。
「すごい量。こうして改めて畑を目の前にすると圧巻。見事なものね」
 一方、マハは毎度のことながら堆肥を切り返す為に生贄を捕獲した。
 シャーウッドだ。
 マハは隣で初日の話を参考に、堆肥の管理帳簿をつけていた。
「牛が一頭一日30キロの排泄で十二頭365日……鶏が一羽一日110グラム。古葉や雑草、生ゴミだけでなく、近くの農家から余った籾殻でも調達してくるか」
「熱心だな」
 牛糞堆肥と鶏糞堆肥はマハが一年がかりで堆肥に仕上げた。
「まわりの作物に悪影響が出ないか注意が必要だ。私達が使うのは初めてだからな。牛糞と籾殻で作った堆肥を、梨木に使っている果樹園もあった。まだ調べがたりん。……土いじりは、暇潰しには丁度いい。ゆっくり時間がすぎて、成長も見れる」
 淡々と仕事をこなしつつも、昔より穏やかな空気を纏うようになった気がする。
 マハの人妖菫は、家でも食堂でもせっせと働いた。仲間に「働き者ね」と褒めてもらえる。そして何より、主人の代わりに友好関係を築く使命感に燃えていた。
 堆肥の切り返しを終えたシャーウッドは改めて新しい保存場所の選定に出かけた。一年を通して涼しい簡易的な小屋か土室みたいな場所が欲しかった為だ。
 ハッドは昨年の様に炭づくりで使う伏せ窯の準備に出かけていた。斜面に幅広で長い穴を掘っていて、日が暮れる頃には力尽きていた。 


 朝早くから蓮達は龍やもふらに荷物を積んでいた。 
「このくらいか?」
「堆肥も一緒に売ってくれ。折角作ったんだ、利用しないとな」
 堆肥の販売を任せたマハは、菫と一緒に食堂へ出かけた。
 本日は市がある。白が市場へ出かける鈴梅に、人妖の桃香を託す。
「秋は恵みの時期ですし、冬支度と来年の収穫までの支度が大事な時期です。頑張りましょう。桃香は美味しい試作品選び宜しくね」
 白は大量の氷を作って託す。そして人妖の桃香に食堂へ行ってくるよう命じた。
 白自身は午後から森へ行く。
 先に荷を積んだ後、酒々井と久遠院、桂杏と白木の四人が森へ出かけた。
 リトナは蜜蜂の様子を見てから森へ出かけるという。
 鶏を捌くのは、シャーウッドと白、若獅と蓮、そしてハッドだ。メルリードと杏は見学である。一気に捌いて腐らせない為にも、まずは頼まれた5羽を捌く。
 初日に持参した分と合わせて6羽。
 残りは9羽。
 翼をばたつかせる鶏を見て、シャーウッドが蓮に手伝いを頼む。
「大暴れもしょうがないな。こいつらも生きるのに必死だ。すまんな……さて、ひねるより確実な方法でいこうか」
 まず鶏が暴れないように羽交い絞めにし、両足を紐で括って低い木に吊るす。鳥は約三十分放置して鬱血した所で、目隠しをするように鶏の首を持つ。出刃包丁の刃渡りを鋸を扱うようにして、喉元を切り、一気に落とす。数分間血抜きした後、熱湯で十秒ほど軽く煮る。ゆがく事で羽の間の砂を落とし、熱いうちに素手で羽を抜けるようになる。
 以上で下処理は御終いだが、結構な重労働だ。
 絞める手伝いに来ていた若獅が、意識のない鶏に触れた。つめたい。今まで沢山卵産んでくれたことに『ありがとうな』と心で祈りと礼を捧げる。
 作業見学中の杏の隣に、メルリードが腰掛けた。
「杏……あなた、家畜を絞めるところを見たことはある?」
「あるけど自分でやったことない。ずっと昔、何度か飢えて絞めようとしたけど……やり方わからないし、暴れるし、卵は大事な食糧だったから……」
 かつて杏が洋室の一室で、隠すように鶏を飼っていた事を思い出す。
 ともに労苦を乗り越えた鶏達には、酷な仕打ちかもしれない。
 見届ける為に、片時も目をそらさない杏の肩を抱いた。
「なら、その目でしっかりと見ておくといいわ。これは家畜を飼う上、避けては通れないことだから。もし役目を終えた家畜を処分しないと、餌代も世話する負担も掛かり続ける。やがて次の世代も役目を果たせなくなり、更にその分の負担が増え続けることになってしまう。わかるわね」
「うん」
「農場を維持していくためには、こういった決断も必要になってくる。鶏も牛もそうよ。大人になる前に、心構えはしておいてね」 
 青空教室の傍らで羽をむしる作業は続く。
「ところで……鶏の首、どうするんかの?」
 ハッドの質問にシャーウッドが「うん?」と声だけ投げる。
「見た目は問題だが、出汁が取れる。首も足も、捨てるところは殆どないくらいだ」
「鶏さん、お疲れ様でした」
 白は血抜きした後の鶏の羽をむしる為に、大釜にお湯を沸かす。
「鶏の皆様。美味しく調理されて下さいね」
 白が実家で鶏を飼っていたという話の凄みを感じる笑顔だった。
 午後には、白は森へ出かけるし、若獅は市場を手伝いに向かうので、あまり時間はない。
 他の者は一通り鶏の下処理をしてから、持ち場や土間に戻った。
 今度は杏もシャーウッドと一緒に作業する。
「じゃ、もも肉、大手羽と胸肉、ササミ、内蔵、ぼんじりの順でいこうか。ナイフに油がつくと切れなくなるから、適度にお湯につけて油をとってくれ」
 まず体と太腿の間に切込をいれて、足を開く。皮は自然と裂ける。腰骨から肉を削ぎ落とすように尾の方向から包丁を入れ、関節を断ち、腰骨を抑えて鶏の足を頭の方向にひけば、もも肉ごと足が取れる。
「次。手羽先は、羽をもつだろう? 鶏の肩のふたつ山、この関節の間に包丁を入れて、……切り取った肉に三本の骨がある。ここから手羽元と胸肉を一緒に分離する。ササミは丁寧にな。何度かやれば慣れるさ」
 言うはやすし。
 その後も、残る体から出刃包丁で肩甲骨を剥がし、あばらを剥がして内蔵の処理を行う。心臓と肝臓と脂肪から心臓と肝臓を取り除く。砂ずり(卵巣)とたまひも(輸卵管)、更に緑色の胆嚢が見えた。
 シャーウッドが慣れた手つきで捌く。
「肝臓と砂肝と心臓は夜食に使うぞ。この胆嚢は破れると臭くて周りの肉が苦くなるし、小腸も詰まってる糞の処理が大変だから、両方とも破らないように切除してしまおうな。あとは丁寧に捨てる内臓をとって、骨は煮出してスープに使える、と」
 言いながら胸肉の筋を取り去り、成形する。

 午後から蓮は如彩幸弥の家へ出かけた。薪を安く供給できる手立てについて案があるのか聞きに行く為だ。
 若獅は市場へ急ぐ。一方、鈴梅は大騒ぎだった。作物だけではない。厳しい残暑でまだまだ暑い日々だ。氷霊結で氷を作って、せっせと販売していた。
「氷が空になりましたー!」
 長蛇の列はまだ続く。しかし売上げを帳面に付けなければならない。
 若獅が手伝いにきて漸く余裕ができた。鈴梅は「もうしばしお待ち下さい」と丁寧に頭をさげつつ、時間を決めて再度氷の販売を続けた。
「お待たせしました。はい、どうぞ。もう彼岸ですし。暑いのももう少しで終わりですよ」
 若獅は連日夜遅くに作った立て看板に『おすすめ商品』と書いたり『商品名』を書いた紙を貼り付けて呼びこみに徹していた。 

 桔梗とともに森へ出かけた酒々井は、薪の確保に向かった。
 念の為、薪泥棒が入っていないか、足跡に注意しておく。
「桔梗、足跡みつけたらどっちに続いてるか、きちんと見てくれ。今年もじきに寒くなる。薪の必要量は多いから、俺は可能な限り薪に集中したいしな。そろそろこの手斧の扱いにもかなり習熟してきた気がする」
 柄が手の形に曲がってきた気がした。

 姫鶴を連れた久遠院たちは、去年の記録を元に、キノコや木の実を収穫する。高い場所は姫鶴の出番だ。そんな中で、リトナがどんぐりや木の葉を沢山袋につめて、フィアールカに括りつけていた。白木が不思議そうに「キノコをつまないの?」と尋ねる。
「どんぐりは艶々で手触りもいいですから、お土産に持って帰っても良いですね。手芸に使えますし、お子さん達が喜びそう。落ち葉も沢山持って帰って、マハさんに渡さないと。大事な肥料ですもの」
 白木は目から鱗の話に聞き入った後、背中の籠にキノコを放り込む。
「噂のきのこの群生地、今度こそ見てみたかったの。こんなに取れると楽しくなるわ」
 少し強い風が髪を浚う。
「秋ね、ほんっといい風が吹くわ」
 桂杏も秋の実りを求めて籠を背負い歩く。
「今が旬なのは無花果に栗、葡萄はぎりぎりで、柿は少し早いかな」
 無花果の甘露煮、無花果湯、イチジクを磨り潰したソースに肉料理。
 桂杏の脳裏は、めくるめく秋の味覚で一色だ。
「みなさーん」
 そこへ昨年の地図を参考にした白が、収穫用の籠を背負い、人妖たちを連れて走ってきた。


 昼と違い、夜は少し肌寒い。
 リトナは冬の間、雇いの女性たちの手仕事になる手芸品の相談をしていた。蔦類の編み物や卵の殻に薄荷や布、和紙を貼り合わせた細工物の民芸品。過去にも色々挑戦したが、民芸品の売り上げは難しい。
 白も、夜は加工品作りに専念した。食堂の新しい料理も考えねばならない。鶏肉団子に参鶏湯、茸の汁物も美味しい季節だ。
 疲れて寝ているハッドは「ぼすけて〜!」と時々魘されていた。怖い夢に違いない。マハは三日間食堂で働いた菫から様子を聞いていて、酒々井と蓮は井戸で水浴び中だ。メルリードはシャーウッドの夜食作りを手伝い、久遠院は森の実りを仕分けしていた。
 鈴梅は帳簿整理をしながら声を投げた。
「今年はまだ暑いですが、そろそろ植える物を固定しての輪作も、考えた方が良いかも知れませんね。冬の事も考えないと……」
 季節が過ぎ去るのは早い。
 忙しすぎる、という文句に何人か笑った。畳の上で転がっていた若獅は「やる事盛りだくさんで大変なんだけど、この忙しさが何か好き」と小声で呟く。そこへ発酵乳の世話を終えた桂杏が戻ってきた。
「秋は美味しいものがいっぱいです。丁度、いちじく湯もできてますね」
 甘酸っぱい無花果湯の鍋をかき混ぜ、人数分を配る。
 熱いのが苦手なら氷をひとつ。
 器を受け取った白木が「ありがと」と薄紅色の無花果湯を眺めた。
「実はね。前は『この仕事で自分にやれる事は何か』って考えてたの。でも違ったわ」
 長閑な農場では、皆が皆、暇や時間を調節して助け合い、気づいたところから手を入れていく。
 家にいるような穏やかな暮らし。
「街の人たちの温かい眼差しは印象的だった。笑わないでね? 仕事は仕事としてこなすけど、ここの一員として一緒に楽しんでいくのも……勿論、今までの皆の苦労があってこその……」
「難しい話は食事の後にしよう。おーい、鶏のモツ煮ができたぞ」
 響き渡るシャーウッドの言葉。
 長閑な夜が過ぎていく。