【農場記4】未来に囀る
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/05/09 22:03



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 誰かが、私を呼んでいる。
 でも眠い……体が重くて動かない。
『申し訳ないとは思っています』
 覚えがある声がする。
 とても嫌な感じがする声。
 怖い。でも縋るような、不思議な声だ。
『あなたの他に神に愛された後継者はいないはず』
 神様はきらいよ。
 泣いても叫んでも、私と弟を助けてはくれなかったのだから。
『どうか……助けてください。我々を守って下さい。寵愛された者ならば古の加護をひけるはず』
 守る?
 何から?
 何の話をしているの?
『その代償に、私が持つ全てを貴女と神に捧げましょう。資産も我が身も命も全て』
 誰かが私を撫でている。
『雪若の咎をこの身に受けます。
 尊き神の形代よ。清浄な身に働く無礼を、どうかお許しあれ』
 何かが頬に当たった。
 ……雨?
 声が遠ざかる。何も見えない。
 ねえ、毎晩泣いているあなたは一体……誰なの?

 +++

「姉ちゃん、ひどい顔してた」 
 土間へ戻ってきた杏は、調理中の開拓者にそう告げた。
「そうか」
 豪雪地帯と呼ばれる五行の東、白螺鈿。漸く雪は溶け始めている。
 冬の間の暮らしは穏やかなものだ。毎日雪のけを行い、湖に張った氷を割って、雪の下に埋まった野菜を掘り出してきては加工品に変える。毎年と変わらぬ、でも昨年に比べて比較的穏やかな暮らし。
 けれど少し変わった事があった。
 杏の姉ミゼリが、時々夢に魘されている。悪夢かは難しい。何しろ泣いて目覚める朝も有れば、懐かしい夢を見た気がすると話す事もあり、一概に悪いものだと言えないからだ。夢の内容は何も覚えていない時が圧倒的だが、翌日は妙な事を口走る。例えば真冬なのに秋の話をしたりする。
 けれど記憶の混濁原因を杏達は理解していた。
 遡ること、今年一月。
 白螺鈿は雪神祭で賑わっていた。農場で働く何人かも、福男「雪若」に選ばれるべく半裸で放り投げられており、祭を楽しんで帰ろうという事で話がまとまった。
 その夜、祭から帰る寸前に事は起こった。
 新しい福男雪若の加護を賜ろうとした刹那、ミゼリと雪若の間で何かが弾けたのだ。
『なんだ、今の』
『ミゼリさん、大丈夫です?』
『ええ大丈夫、なんともないから。変ね』
 この時は何もなかったが、翌日からミゼリは奇行や言動を繰り返した
 意外にも奇行の答えは第三者から提供された。
 祭の後、雪神の羽妖精が遊びに現れたのだ。
『何か心当たりないかしら』
『あーうん』
『話してくれよ』
『単に干渉しあったんじゃないかなぁ。今の雪若に触ったんでしょ』
 菓子を囓りながら羽妖精は眠り込んだミゼリを見た。
『主様と強く繋がった人間ってのは……雪若の媒介なのよ』
『媒介?』
『あなた達だって宝珠武器がなきゃ単なる人間でしょ。何もない状態で使える力は限られる。雪若が術者なら、この子は雪若専用の宝珠ってとこ。長年契約状態にあったから、とびっきりの宝珠みたいなもん』
『ミゼリが?』
『大昔の人間が望んだ事よ。神代でもない人間が、直接主様から力を振るう事が可能だと思う? かつて雪若は力を望んだ際、一緒にいた友人を媒介に差し出した……と先代から聞いた事があるわ。端的に言えば生け贄ね。流れ込む力の負荷は全て媒介に託して、必要な力だけを雪若が行使したの』
 羽妖精は肩を竦めた。
『主様は今だ古の取り決めを守る。だから雪神祭で選ばれる男に一年限りの行使権限を与えてる……と言っても、術の行使方法が喪失してるから今じゃ単なる幸運の加護でしかない。でも基礎的な関係性は残るわ』
 ミゼリの記憶は雪神の力で包まれている。
 新しい雪若が触れた事で網の目が大きくなったのでは、というのが羽妖精の見解だった。
『大丈夫かしら』
『記憶が混濁するかもしれないけど、そのうち落ち着くんじゃない』
 開拓者達の結論は『ミゼリが変な事を口走っても穏やかに見守る』というものにならざるを得なかった。


「おはよう、ミゼリ」
 起きてきた娘の表情は青ざめていた。
「あのね……また変な事を言うかも知れないんだけど。
 私が記憶を無くした数年間で、誰か……亡くなって、ない?」
 開拓者は眉を潜めた。
 誰かが自然と「農場では無かったと思う」と囁く。
 ミゼリは「そう。じゃあ只の夢かしら」と呟いた。
 食事をしながら珍しく覚えているという夢の内容を聞き出す。
「夢の中で誰かが私に縋るのよ。泣いてるんだと思う」
 順に話を聞いて。
 その夢に現れる男の条件に一人、如彩家に当てはまる者がいる事を悟った。
「……その夢を見て、ミゼリはどう思ったの」
「わからない。ただ後ろめたい気持ちが湧いてきて……心が締めつけられるのよ」
 へんよね、と言ってミゼリは笑った。

 きっと。
 当時、囚われていた時に何かあったのだろう。推察するには充分な話だった。
 眠っていたミゼリに彼の男が何をしたにせよ、例の不審死が人による惨殺ではないと確信した。
 けれど多分……
 それはもう、知らなくて良いことなのだ。
 失われた命が代償ならば。
 かの男が恐れた存在は、もう世界の何処にもいないのだから。


「雪も溶けてきたし、春の相談しないとよね」

 植えるもの、焼き物のこと、市場の商売、新しく手に入れた川沿いの土地のこと。
 考えていく事は沢山ある。春になれば農家に休みはない。
 和気藹々と相談をする農場へ、如彩幸弥が現れた。
「お久しぶり」
「また求婚相手に会いに来たのか?」
 笑って茶化す者と猫のように威嚇する者がいる中で、幸弥は笑った。
「半分はね」
「半分?」
「仕事を頼みに来たんだ。適任者はここかなって」

 曰く。
 五行国政府が大アヤカシ生成姫の支配領域であった魔の森を、少しずつ焼いて浄化していく方針であるらしい。大凡十年規模の計画で、鬼灯の里から封陣院などの研究所が立つ非汚染区域、さらにその奥まで順番に土地の再生へ本腰をいれるらしい。しかし浄化した土地も、人が住まねば意味がない。
 よって以前から人口が過度に集中していた白螺鈿から、複数回に分けて移住計画が組まれることになった。
 けれど人を移しても、生きていく力がなければ、人々は逃げ出してしまう。

「手厚い保証や警護もあるけど、それだけじゃね」
「俺達に何をしろって」
「所謂、講師、かな。君達は、ここを一から立て直した。荒れ果てた土地を開墾し、農場として機能させていく為の知恵を授けてあげて欲しい。まずはどういう事から始めたらいいかとか、最初に持ち込む家畜の候補、荒れ地でも育つ作物の種類、炭や保存食の作り方、年単位でどういう事をすれば一介の農家として成立するか、経理の考え方とか……色々だよ」
 かくして。
 一同は己の得意分野や今まで何をやってきたかをおさらいする羽目になった。
 主に、多額の報酬につられて。 
 なにせ農場はいくらあっても足りないのだから。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰


■リプレイ本文

「私達がお教えできる事は僅かですけれど」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)達は控えめに受諾した。
 白螺鈿の地主、如彩幸弥は後日昼頃連れてくると話して帰っていく。
 ハッド(ib0295)は肩を竦めつつと言いつつ「ま〜よい」っと頭を切り換えた。
 ここは腕の見せ所。ネリク・シャーウッド(ib2898)は母屋を振り返る。
「俺達が教える立場か」
「講師か」
 酒々井 統真(ia0893)が頭を掻きながら呻く。
 隣の鈴梅雛(ia0116)は「現在の人口過密を考えれば、必要な事ですね」と頷き、若獅(ia5248)は「魔の森を清浄化しての開拓、かあ」と感慨深げに呟いた。
「計画が始まったら……俺もいっちょ自分の土地でも持って、農業暮らしでもしてみっかな! なんて。長く農場や白螺鈿の人達には世話になったし……俺達が培ってきた技術で恩返しができるなら本望さ」
 白 桜香(ib0392)も頷く。
「私が教えられるのは畑仕事、加工品作り、焼き物の初歩でしょうか」
 シャーウッドは「話すとしたら、特産品の活かし方、養蜂、人間関係ってところか」と言い、ロムルス・メルリード(ib0121)は「私は家畜や建物関係について教えられる位かしら」と言った。
「夜まで時間あるし後で考えよう。ロムルス、スープ煮込むの手伝ってくれ」
「いいわよ。野菜?」
「牛骨、鶏骨、野菜」
 一方で蓮 蒼馬(ib5707)は首を捻る。
「講師と言われても何を教えたらいいものか」
『俺が来た時にはある程度の形が出来ていたからな……とりあえず作業を終えてから考えるか』
 柵の補修点検道具を引っ張り出しつつ、終わったら病害虫予防をやって、栽培箱の点検と準備をやって等と山積みの作業を指折り数えながら気づく。
『うん? 結局いつも俺がやっている事を伝えればいいのか』
 問題解決。
 ハッドは「我輩が教えたいのは、魔の森を更地にした後に植えるべき、樹糖液の出る楓や食用のキノコ、キノコが育つための環境などかの〜。できる限り実地で教示するのじゃな」と森への散策を提案した。
 久遠院 雪夜(ib0212)も散策は考えていたらしい。
「一昔前では魔の森の開拓なんて考えも出来なかったし、うまく行くといいなって思う。……で、ボクが教えられそうな実技は、炭焼きと森歩きぐらいかなぁ」
 酒々井は「俺も教えられそうなのは……薪とか炭、とかか?」と首を捻る。
「後は作物の事とか加工品とかか。その辺は皆に任すな。俺達も教えられながら人手が必要な部分をやってきただけって感じなんだが……まあ何とかやるか。金は要るしな」
 桂杏(ib4111)達は「家計は火の車ですしね」と呟く。
 何をするにも金はいる。
 土地も買って純資産は大きく減った。
 帳簿をみていた桂杏が顔を上げる。
「あとですね。最終目標は自給自足かもですが、かなり先の事になるかと思われます。ですから基礎は勿論ですが、将来を見越した指示もあったほうがいいように思うんです。流通路の確保もお話した方がいいのかも」
「では、ひいなは一旦ギルドに出かけてきます。夜には戻ります」
 酒々井が首をかしげる。
「ギルド?」
「入植予定地や開拓予定の場所が、平地なのか山脈よりの傾斜地なのかとかですね。平地なら米、山間の痩せた土地なら蕎麦がいいとか。水源の規模によっても、できる事は違いますし、昔の報告書から拾える地理情報もあるでしょうから」
「なるほどなぁ」
 目の付け所が違う。
 鈴梅が、からくりの瑠璃に不在の間の仕事を託し、仲間から龍を借りた。
 ふいに白が「少し待って頂けますか」と声を投げた。
「皆さんに、お話があります」
 思い詰めた顔だった。


 翌日の昼前、如彩幸弥は無知な役人と移住候補者達を引き連れてきた。
 彼らに農家魂を叩き込むのが久遠院達の勤め。
「ふっふっふ……人にものを教えるなんて初めてだけど、こと農業に関しては厳しく行くよー、命に直結するからね。努力と知識は無駄にならないから普段から詰め込んでおこうって教え込まないと!」
 まず久遠院が始めた話は農場を行う心構えだ。
 過去に住み着いた問題家族の事例を引き合いに出しつつ『一人でも怠けるとうまく行かない』『全員が出来る事をするべきだが、分からない事は自分で独断せず、記された書物や周囲の先人の知恵を借りること』を話していく。
「複数の情報源から知識を得て、比較検討する事を忘れないで。得た知識が使えるかは分からない。自分の土地に合う様に工夫がいるし、問題が発生したら、みんなに相談しよう。一人で抱え込んでも解決しないから」

 鈴梅が調査を元に作物を複数リストアップし、桂杏が具体的な助言を始めた。
「焼けた魔の森で何が育ち、何が栽培に向いているかは正直分からないので、最初は何種類か育ててみて判断するしかないかもしれません。何事も使えるものを最大限に生かすこと。作物は初期投資が嵩みそうな品や育てるのが難しい品より、安価で世話の少なくてすむものを選ぶべきかと」

 加工品の話ではリトナが「まず私が作った保存食は塩卵でした」と語り始めた。
 継続生産できる品の重要性。
 有り物を使って始める事による損失軽減。
 近所の助け合い。
「御挨拶と感謝の気持ちと形を大事に。皆さん親切に教えてくださいますよ。もう一つ大事な事は楽しむ事。季節の移り変わりと実り、変わる景色、行事の準備……楽しみを見つけ、誰かと一緒に楽しめると、大変な事が多くとも少し楽です。そうそう、森を歩き回ると良い事に巡りあえますよ」
 森の恵みや人の縁の重要性を教えた。

 蓮は保存食としての燻製の作り方を教えた。
「木々によって風味が変わる。後で薫製器の図面を用意しておくが……難しそうな顔をするな。慣れだ。俺も四年前までは農業などやった事がなかった。だが此処で初めて自分が作った物を食べた時……人生で一番美味い物を食ったと思った。お前達がその思いを味わえる事を祈ってるぞ」
 いい講師だ。

 ふいに「発酵乳は」という声が聞こえた。
 白螺鈿では百家の農場でしか作られていない。
 桂杏が作り育てた高級食材だ。
「そうですねぇ」
『いきなりコレを作るのは無理とは言わないけど、種菌購入と温度管理の設備にかけるお金があったら、もっと他に使うべきところがあるはずよね、うん』
「今は基礎を学んだ方がいいですよ。無理に背伸びをしないで、その時を精一杯過ごして。結果は後からついてくると言いますか。地道が一番です」
 追求を回避した。

 ここからは飴と鞭だ。
 白は農場仕事の実践で叩き込むと決めていたようで、加工品作りを手伝わせつつ、手抜きは徹底的にやり直させた。役人でも関係ない。現地では誰も助けてくれないのだ。そして最期に加工品の完成品を食べさせる。
「美味しいでしょう。自慢の品です。農場で一番大事なのは一言で言えば愛かと。美味しい物を作りたい、食べたいと願う欲求が上達の近道です」

 メルリードは家畜について語り始めた。
「どの家畜が一番いいとは一概には言えないけど……鶏や牛なんかは有力な候補に挙がるわね。それぞれ食用にもなるけれど、それ以上に卵や牛乳は利用価値の高い食材だから。牛は労働力にもできるし。何より重要なのは飼育環境に合った家畜を選択すること。その土地で育てやすくて、必要とされる家畜を選ぶのが一番良いと思うわ」
 色々試してみてほしい、と告げながら、家畜を飼う準備に関する話へ映っていく。
 土地や小屋は勿論、安定して餌を与えられる環境は大切だ。

 次に若獅が、家畜の世話に関する要点を纏めながら指導する。内容は『畜舎の清潔はこまめに保つ』『家畜達は畜舎に入れっぱなしにせず、日光浴を兼ねて適度な運動をさせる』『牧草地を用意し、冬に備えての備蓄は必要十分量確保する』『糞尿や天候による畜舎老朽化は、定期的に点検、修繕する』等だ。
「この辺の作業する時、畑の柵の点検もしちまうと楽かな」
 ここで。
 蓮が柵の組み方と点検修理の仕方を教えていく。
「これをしっかり作っておかないと獣に畑を荒らされたりするからな」
 次に病害虫予防法の伝授で、草木灰の散布や石鹸水、防虫菊を使う事を順に話す。
「面倒かもしれんが手間を惜しんでは良い作物は出来んぞ」
「家畜も牛乳量増えたりするぜ」
 若獅は、バター類の攪拌機を作りたい者の希望をとった。
「わかった。後で設計図見せながら教えるな。あとバター類だけど」
 冷暗所での保存が基本であり、簡易冷蔵庫や氷室を併設するのが望ましい事を教えた。

 酒々井が何かを思い出す。
「冬に関してだが、特にここ一帯は冬が厳しいからなぁ。薪を乾かす期間も含めて早めに準備する必要があるぞ。買うにしても、必要なのはどこも同じだ」
 移住地が山間部故に平野よりも積雪の恐れがある。
 酒々井は薪の重要性を訴えつつ、体に負担の少ない薪の割り方を教えた。
「ぶっ続けで作業すると開拓者でも体力ないやつは寝込むからな。これは肉体労働全部に言える。そんで休息が必要って事は、作業には『作業そのものの時間に加えて休息時間』を見越した期間がかかるってこと覚えとけ。休めるのは、休みたい時じゃなくて、休まないといけない時だけになる。どうしても休みたい時に休むなら、その分、他でちょっと無理するっきゃねぇな」

 そして鈴梅は「帳簿は大事です」と重みのある声を発した。
 収穫量や在庫、売り掛け等を細かく記録しておく事で、最初は手探りでも段々と上達する事を教え、同時につける日誌で客観的に現状の確認もできるのだと利点を訴える。
「具体的な農作物や加工品は様々な案が出ていますが、最初から色々手を出すより、必要な主食類から始めると良いと思います」
 作物は商品だ。
 幾つかの売り方も例に挙げる。
「これら方法は、いずれも口約束ではいけません。例え親しい知人でも書面を作って、契約を結ぶべきです。口頭だと、お互いに勘違いが有ったりする事もあります。面倒でも、形に残して、確認出来る様にした方が良いです」
 お役人さんは担当がかわる事もあります、と警告を促す。
「必ず書面にして、誰が見ても明らかな形で残して下さい」

 シャーウッドは「特産品は色々な形で外部へ提供出来るようにしておくといい」と助言を連ねる。牛乳一つとっても加工法は幾通りもあると例を出し、加工品作りは失敗の連続だが、肝心な事はひとつだという。
「試行錯誤の連続だが絶対諦めるなよ」
 養蜂に関する季節事の大変な作業は、午後に実際見せると語った。

 加工品に伴う流通の話では桂杏が「鬼灯の街と繋がりを持ちましょう」と訴えた。
 恐らく最も近場の大きな街になるはずだ。どんな作物や商品が好まれ、よく売れるかの情報を仕入れる場所になるし、急な人手を要する時に斡旋してもらえる可能性が高い。

 便乗してシャーウッドが人間関係を語る。
「必ず外部との繋がりは作っておくこと。色々な場所と繋がりがあれば、情報は自ずと手に入るようになるし助けも得られる。地道にいくのが大切だ。こまめに交流は図るように……、と沢山勉強したところで昼飯だな。この時期の玉菜は最高だ。午後も勉強は続くからしっかり食べろー」
 昨日から仕込んでいたのは『春の玉菜煮込み』だ。
 作り方は玉葱、緑花椰菜、人参、玉菜の芯を細かく刻み炒め、塩とハーブ、ひしおで味付。玉菜の葉に炒めた具を乗せて巻く。最期は仕込んでおいたスープで煮込む。以上だ。

 食後、久遠院が忍犬天国を連れて集合をかけた。
「他の準備が整うまでだけど、これからボク達と実際に盛り歩きをしまーす。地図のつくり方から危険な動物避けの方法、食べていい植物の見分け方まで教えるので、森の中で勝手に遊びにいかないで。一応この森は整備してあるけど、人の手の入ってない森はもっと険しいよ」
 にんまり笑う。

 絶望気味な素人の皆様を見たハッドは「懸念が的中じゃの〜」と呟く。
 覚えきれない、と嘆く若者の肩を叩く。
「案ずるでないぞ〜。小手業抜きの基礎的な事だけじゃが……皆のもつ知識やノウハウを項目ごとに書き記して事典を作って、これから農業を始めようとする者が参考する事ができるようにしていこうと考えているのじゃ〜。後日、届くよう頼んでおくから、あとはこの『百農全書(仮)』を書写するなりして、更に広げていけるようにすればいいじゃろ。但し小技は今日の内に学んだ方がよいぞ〜、書かんからな」
 ハッドは森の道中で、カエデの見分け方から、伐採や製材の方法、将来的な大規模開発に備えた駆鎧を持つ開拓者の雇い方などを伝授するという。
「では参ろうか」
 久遠院が「しゅっぱーつ!」と歩き出した。


 一行が森へ消える。
 如彩幸弥は軒先の椅子に腰掛けて茶を飲んでいた。
 白が物陰で躊躇っていると、若獅が背を押す。
「行ってこいよ、桜香。決めたんだろう」
 昨日、家族全員が揃っている席で白は言った。


『……杏さんとミゼリさん、皆様。
 私、幸弥さんの求婚を受けようと思います。開拓者業を引退して。
 彼のお兄さんがミゼリさんを苦しめた事、忘れてません。彼は彼の苦悩があったと思いますが、それでも幸弥さんは、その事含めて誠実に対応して下さってると思うんです。
 だから……すみません、私の我が儘を許して下さい。
 勝手な事を言っていると分かってます。
 でも……この農場を離れても家族だと思ってて良いですか』
 告白と懇願に、数秒の沈黙の末『なんで泣くんだ』と皆が言い始めた。
『如彩に嫁いでも、桜香は桜香だろう』


「幸弥さん」
 如彩幸弥が振り返る。白桜香が隣に立った。
「私、人前と戦闘が苦手で……裏方での準備やお手伝い、何か作るのが大好きです。だから開拓者といっても大した経験はないんです」
 幸弥は「うん?」と言いつつ耳を傾ける。
「そんな私が、幸弥さんに相応しいかどうか正直自信ありません。でも農場と、この土地、家族を守りたいと願う心は……大きいです。とても。ですから、この土地と家族を大事に思ってくださる幸弥さんが……大好きです。こんな私で良いなら……お嫁さんにして頂けますか」
 着物の裾を握って俯く白の顔は赤い。
「きてくれるの?」
「まだ望んでくださるなら」
「今日返事をもらえるなんて考えてなかったから、何も用意してないや。はは、求婚しておいてなんだけど立場故に……きっと君や君の大切な人達を沢山困らせるよ、悲しい思いもさせると思う。
 未来は誰にも確約できない。
 だから僕は、せめて全力で手を尽くす事と、君へ誠実に向き合う事しか誓えない。
 そんな男の所へお嫁にきてくれるの?
 後悔しないって言えるかい」
「私は幸弥さんを信じたいです」
 ざぁ、と春の風が吹いた。
 やがて。
 穏やかに微笑む青年が手を差し出した。
「僕と結婚してください。白桜香さん」


「上手くいったみたいね」
 メルリードの視線の先には、寄り添う如彩幸弥と白桜香がいた。
 若獅の声も聞こえる。

「桜香を幸せにするのは勿論、お前が幸せそうにしてなきゃ、桜香だって心配するから、二人で白螺鈿で一番の夫婦になるんだぞ!」

 あれは若獅なりの祝福なのだろう。
「今夜は御馳走かな」
 シャーウッドは品目を考え始める。
「ねぇネリク……私たちっていつまでこうして居られるのかな?」
「何時まで、か。俺は……何時までも、と思ってるけど。末来がどうなるにせよ、ロムルス、俺はずっとお前といられればそれで幸せだ」
「あのね、ネリク。私これまでは『今をどうするか』に必死だったけど、最近になって『これから』を考える機会が増えてきて、最近色々考えてしまうのよね。数年後、私たちはどうしてるんだろう、杏たちや農場はどうなってるんだろうって」
「なるようになるさ。そう心配しなくても」
「違うの。ただ、どんな未来を想像しても……あなたと一緒に居ない未来は想像できない。それぐらい……あなたが好き、だから。
 あの時の返事、遅くなってごめんなさい。
 ずっと考えてたけど答えは一つしか浮かばなかった。だから……してくれる?
 私を、あなたの本当の家族に」
 シャーウッドは驚きすぎてオタマを落とした。
「えーと……なんつーか、いざ返事を貰えると、どう答えていいか困るな、嬉しすぎて」
「嬉しいって、思ってくれるの」
「当然だろう。その……ありがとうな、ロムルス。なろう、本当の家族に。式は…やっぱここでやるべきだよな。皆きっと喜んでくれるだろうし」
 メルリードを抱き寄せるシャーウッドの眼差しは多幸感に満ちていた。


 若獅が戻ってきて、ハーブ園に立つミゼリを見た。
「昨日の話だけどさ。ミゼリの記憶、少しずつ戻ってきてるって事だよな」
「ええ。ミゼリの記憶も徐々に戻ってきていると思うわ」
 メルリード達の言葉に酒々井が唸る。
「様子はやっぱ気になるが、今は時間をかけるしかねぇな」
 講習後「畑仕事より疲れた」といって寝ていた蓮が起きあがった。
「羽妖精の娘の話だと、そう心配する事もなさそうだと思うが。もしかしたら俺達が辿った軌跡を聞く事で、記憶も戻ってくるかもしれないな」
「一緒に辛いことまで思い出してしまうかもしれない。それでもやっぱり……嬉しいって気持ちが大きいわね。全部思い出したら『おかえり』って言ってあげないとね」
 メルリードの願いに若獅も同意した。
「悲しい記憶だけじゃなくて、農場の皆と過ごしたあの日々の事とか、楽しい記憶も順々に思い出してくれたらいいな。あの時は面白かったね、って、ミゼリや杏や農場の皆とわいわい話せる日が来るのが、今は一番の楽しみかもしれねえ」
「ミゼリさんの事は焦らず待つとして、正直心配なのは今日のお客さんです」
 桂杏は壺を煮沸消毒しながら声を投げた。
「え、別に危険な森じゃないぜ? 雪夜達も一緒だし」
「そうではなく。今にして思えば、ですが……昔を、あの頃の農場を知る人が見れば、確かに見事な立て直しなのでしょうけど、純粋に『何もない』ところから始めたとは言えないと思うんですよ。普通、こんなに広い土地や山なんて持ってませんもの。土地は手入れが必要でしたが、山は実りも豊かで随分と助けになりましたし……」
 暗に言いたい事は分かる。
 魔の森を開拓する彼らは、遙かに過酷な現実に立ち向かう事になるはずだ。
 鈴梅は「大丈夫です」と囁く。
「彼らの移住が始まったら指導や退治がてら、時々見に行きます」
 鈴梅達に開拓者籍がある以上、屡々呼び出される事はあるだろう。
 杏は「開拓業が忙しくなるの?」と首を傾げた。酒々井は肩を竦める。
「どうかな。でもまあなんかあった時はいつでも呼べ。開拓者業も後継者が育ってきてるし少しは落ち着くだろう」
 今まで戦がある時、杏は手紙を控えてきた。
 若獅は「そうだぞ杏」と言って小柄な手を握る。
「依頼でなくても俺にできる事なら、いつでも手助けしに行くし、顔見に行くから! 離れてても、皆ずっと友達で家族だぞっ! 結婚する桜香やネリク達もそうだし」
 後方から「気が早いわよ」とメルリードの声が聞こえた。
 今後、春の作物と婚儀で多忙を極めるだろう。
 ハッドは恋人達に向かって「結婚する時は呼ぶのじゃぞ」と笑いながら、成長した杏の頭を撫でて目を細めた。農場が落ち着いたらハッドは故郷に帰るという。
 鈴梅は晴れやかな空を見上げた。
「ひいなは暫く、農場に居つこうかと思います。やることは沢山です」
「春になりましたものね」
 娘を連れたリトナは穏やかに微笑む。
「四月から五月は忙しくなりますね。何を植えましょう。えんどう豆やマクワウリ、サツマイモの植え付け。塩卵の仕込みと御近所の御挨拶もしないと。あ、そうだわ恵音、後で時間を作ってフィアールカと空の散歩をしましょう。彼方此方に花が咲いてきれいよ」
 空龍フィアールカが期待の眼差しを注ぐ。


 澄み渡る空の青。
 草花が生い茂る緑の地表。
 大勢の愛情と努力で蘇った農場で、新しい日々が綴られていく。