【農場記４】百家【番外２】
マスター名：やよい雛徒
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| ■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●百家の闇 五行国東方、白螺鈿。 この郊外に農場を構える杏とミゼリはある問題を抱えていた。 祖父母が手放した土地や家屋を奪還するか否か、だ。 開拓者の物理的及び資金援助の結果、物乞い同然だった百家の農場は見事に再生を果たした。家畜の飼育、農作物の生産、新たな事業の開始、珍しい加工食品の製作に街への出荷。 何年もかけた成果で、収入が安定し始めている。 そして開拓者たちが精霊を救った事で、思わぬ財産を手に入れることになった。開拓者達は財宝を我が物として手に入れる事もできたが、全てを換金して農場の資産とした。そこで可能になったのが、かつて奪われた祖父母こと百家の資産奪還である。 天儀歴９７３年、今から約４１年前のこと。 白原平野に、彩陣の里を捨てた如彩一族が逃げるように移住してきた。当時、白原平野は百家という大地主が納めており、六人の娘に財産を分与し、土地を渡した。一方、対成す形で豪商の榛葉家が勢力を拡大しており、榛葉家当主は二人の兄弟に財産を分与。 榛葉の兄は如彩家の妻を娶り、榛葉の弟は百家の六女を妻に娶った。 この弟と六女の妻が、杏達の祖父母にあたる。 三年の月日が流れた。 百家と如彩家の対立が起こり、兄が率いる榛葉本家は如彩家に肩入れし、弟の分家は百家への義理を大切にした。 結果、百家は負けて没落した。 無論百家に肩入れしていた杏の祖父もただではすまない。 没落が決定的になる前、杏の祖父は妻と離縁し、数少ない財産を妻子に譲渡した。 妻と娘を争いから護った彼は、莫大な借金を背負い、自殺を図ったという。 借金を回収する為に如彩家は百家本邸にあった品物を奪った。 金、財宝、宝飾品、家具、屋敷、そして土地。 何かも根こそぎに。 杏達が今現在暮らしている場所は、離縁された祖母の所有地である。 また白螺鈿において広範囲の土地が、今も百家ひいては分家子孫である杏とミゼリに所有権限があると言われている。しかしどの程度の規模でどこが所有地だったのか、百家の本家や六女だった祖母の姉妹がどうなったのか、資料もなければ、誰も教えてくれない。何故ならば当時の混乱に乗じて、百家の土地を借りていた者達が我が物顔で権利を主張し、本当の借用契約を闇へ葬ったからだ。 百家の財産は無数の人間達に奪い取られた。 死人に口なし。 かくして全ては有耶無耶なまま現在に至る。 離縁された祖母の孫とはいえ、百家の子孫である杏とミゼリには、百家の財産を良くも悪くも相続する権利がある。未だ百家を支持する旧家が姉弟を気にかけるのだから、他の血縁者はないと考えた方がいいのだろう。 しかし諍いを望まない姉弟は、権利放棄に近い形で農地に引っ込んできた。 だから。 誰からも何も言われることはなかった。 しかし本邸が杏達のものになれば、失われた権利書なども発見できる可能性がある。 なにせ偉大な精霊様を、牧草地に埋めて隠していたような祖父だ。 家財は無くなっても妙な所に隠している可能性はある。 百家の元資産。 問題は、土地にするか、家にするか、家財にするか。 だが……全く手を出さないという選択もある。 開拓者達は影で調査を決めた。 ●調査中の求婚騒動 大勢が見守る中、当人達の話は続く。 「あの。幸弥さんがそんな風に私の事を思って下さったなんて……吃驚で、光栄です。 でも、 私は百家の農場で働く者。この先も農場の味方です。 それに……私が幸弥さんの結婚の相手に相応しいかどうかと不安が…… 幸弥さん、その点はどうお考えでしょうか？」 少女の真摯な瞳に、求婚してきた地主こと如彩幸弥は頬を掻いた。 「だろうね」 「と申されますと」 「え、と。深い意味は……いや、迂遠かな。遠まわしな言葉は誤解を招くだけだと思うから、ぼくの話は既に手紙にしてきたんだ」 懐から一枚の封筒が出てきた時、ふんわりと蜜柑の香りがした。 「後で皆とゆっくり読んで。 まず。ぼくは白螺鈿の旧家関係から妻を選ぼうと考えていない」 突然、色気のイの字もない話が飛び出した。 「はい？」 「娘を使う狐狸の類が多いからね。健全な家庭になりっこない。元々どこかに肩入れする気がないんだ。勿論これは榛葉家とか豪商一族も同じだけれど、兄さんが婿にいったし、恵さんは兄さんにべたぼれで、夜の町は神楽兄さんが手広くやってて程々には安心で」 「あ……あの？」 「だから自分の妻に選ぶ相手は……ここと縁の薄い者にしよう、と思っていたんだ。長期の不在を託せるほど聡明で、働き者で、思いやる心があって、多くの人に愛される徳の高い女性を選ぼう、ってね」 幸弥は柔和な微笑みを浮かべた。 「あなたは僕の理想だよ。 勿論この前のハーブティとさつまいもパイ、とても美味しかったよ。料理上手だよね。 つらい時に色々気にかけてくれたのも、男としては好きにならざるをえないかな。 知ってた？ 僕の家系、一目ぼれ多いらしいんだ」 蝋梅の枝を渡した。 白い花から甘い香りがする。 「あなたが百家の味方をするって事は……遺産を断ったミゼリさんの意向と同じく、街から一歩ひいた目線で居続けるって事だろう？ 尚の事、僕は安心できるよ」 幸弥は少女の手に触れた。後ろで何人かが騒いでいる。 「心だけは本物だから、忘れないで」 返事を待つよ、と言って幸弥が帰った。 少し妙な会話だった。 その夜、詩的な恋文が開封された。 蜜柑の香りが漂う。 『僕の心は、今まさに春を囀るウグイスのよう。 はごろもの如き柔らかな髪に目を奪われてから、焦がれる日々だ。 ココロの音が早鐘の様に鳴り響くのは、きっと君に本当の恋をしているから。 ローズの赤い花を何千本おくろうとも、この思いは伝えきれない。 さながら僕は愛の旅人。 れい雨にうたれようとも、いつまでも君を待ち続けたい。そう今なら…… るい月でも答えを待つよ。君に僕の全てを捧げたいから』 こっぱずかしい歌だな、と批評する者。 蜜柑を食べながら恋文を書くなんて、と騒ぐ者。 妙な違和感に苛まれる者。 暫く賑やかだった夜の集いは、次第に土地の相談になった。 「別宅の件、あれも放置と言う訳には、行かないですよね」 幾つかの土地を見回って、どれも問題があったり、何か欠点を抱えていることが判明した。人為的な事件の匂いを別にすれば、長年手入れがされなかった土地だから致し方のない事かもしれない。前の調査の結果、それぞれ所有者の弱みを掴んだりはできたが…… 「先祖が持ってかれた土地って、結局何処も微妙ってゆーか、訳あり物件過ぎんだよなあ……杏達の手には余りそうだ」 「これ以上面倒事はない、と思いたいけども。元資産の方も一部胡散臭いのあったしな……」 「今年の百宴もどうするか決めねばならんの〜。昨年は精霊騒ぎで多忙じゃったし」 「もうすぐ大雪きちゃいますしねー……」 考える事が多すぎる。 |
■参加者一覧
鈴梅雛（ia0116）12歳・女・巫 
酒々井 統真（ia0893）19歳・男・泰 
若獅（ia5248）17歳・女・泰 
アルーシュ・リトナ（ib0119）19歳・女・吟 
ロムルス・メルリード（ib0121）18歳・女・騎 
久遠院 雪夜（ib0212）13歳・女・シ 
ハッド（ib0295）17歳・男・騎 
白 桜香（ib0392）16歳・女・巫 
ネリク・シャーウッド（ib2898）23歳・男・騎 
桂杏（ib4111）21歳・女・シ 
蓮 蒼馬（ib5707）30歳・男・泰 |
| ■リプレイ本文 白 桜香（ib0392）宛の恋文で騒ぐ室内に一石を投じたのは蓮 蒼馬（ib5707）だ。 「詩はよく解らんが……各行の頭を繋げると『僕はコロされる』とあるな」 一見、情熱的に見える文面のだが、妙な字の使い方や改行をしている事に複数人が気づいていた。疑惑が確信になった久遠院 雪夜（ib0212）は天井を見上げて虚ろな目。 『また、面倒事が……のんびりと農作業に専念できる日は来るのかな……』 教えて神様。それとも神を恨むべきか。 隣のロムルス・メルリード（ib0121）は頭痛を覚えつつ白の手元を覗き込む。 「わざわざこんな文字の使い方してるくらいだし、単なる偶然なんて事はないわよね」 若獅（ia5248）は「殺されるっていうのはヤバいだろ」と呟き、求婚された白を見る。 『桜香は幸弥に好意的みてーだし、幸弥の気持ちがホントに本当なら、めでたいことではあるんだけど……これは』 鈴梅雛（ia0116）は冷静に頭を働かせる。 「幸弥さんの手紙の『僕は殺される』は、助けを求めて居るんだと思います」 「同意見だ。桜香への求婚が嘘とは思わんが、同時に助けを求めているのかもしれんな」 蓮が頷く。酒々井 統真（ia0893）はごりごり頭を掻いた。 『俺も幸弥が白に惚れたのは嘘じゃないと思うが……唐突な求婚はこの手紙が理由かね』 「狙われてると仮定して、その理由は俺達と無関係……なはずはねぇし、動くしかねぇ気もすんだが」 どうすんだ、と揶揄された白は驚くほど冷静だった。 「私も、命の危険、と読めます。むしろ納得しました……ずっと様子が変だと」 思っていたので、と続けた。 アルーシュ・リトナ（ib0119）は黙って白の様子を伺う。 『上手く……行かないものですね。そう言えば幸弥さんが前に「僕には後がない」って仰ってたとか……まるでかの家にも何かが取り付いている様なそんな感じもしますけど』 悩み込む桂杏（ib4111）にも思い当たる節という物はあった。 「う〜ん、これまでおかしな事件が幾つかあったのは事実なんですよね。どれも一応の解決は見てますけど」 『ひっかかる不自然さ、といえば……茜さんの代役を務めたお婆さんの事件、は鬼灯ですからともかく、虎司馬の不審死、、幸弥さんの誘拐……虎司馬の事を一番知ってそうなのは、やっぱりあの人かな？ それと『雲』って今どうなってるんだったかな……ああもぅ』 鈴梅も亡き虎司馬の事を思い出していた。 『今思えば、虎司馬さんも自身が死ぬ予感を持っていたようですし……』 「古い話をしますけど、虎司馬も死を避ける為に、ミゼリさんを使って開拓者を事件に巻き込もう、としていたのかも。同じ犯人でしょうか。あの時はアヤカシも居ましたし。生成残党、犯罪組織、旧家の因縁……どれもありそうです」 「只でさえ白螺鈿には休暇の因縁があるし、どのみち狙われる心当たりは多すぎるよな」 若獅は虎司馬の話に眉を顰める。 『幸弥が血眼で探してた精霊様の件も、虎司馬から受け継いだ何かの一つに過ぎないんだろうし、地下組織の話も覚えがあるし、……そいつをどーにかしなけりゃ安心できねえ』 話が薄暗い方向になってきたので、ネリク・シャーウッド（ib2898）も鍋を火から下ろして居間に戻る。 「あいつ、こんな回りくどい手紙を出してくるって言うことは……相当な事態になってる、ってことなんだろうな」 『全く。人が頑張って決意したところに、とんだ悩み相談だ』 一方、シャーウッドの苦悩を知らないメルリードは冷静な判断を弾き出す。 「そうね。狙っている相手が誰かはわからないけど、表だって助けを呼べない理由でもあるということかしら……と思う訳だけれど」 「同感だな。こんな回りくどい事をするという事は狙っているのは奴の身近にいる者かもしれん。もしやさっきも何処かで監視されていたのか？」 蓮が幸弥の様子を思い出す。 ここへ来た幸弥は笑顔を振りまいていた。他に誰か……と言えば見慣れた御者ぐらい。 「暗号の手紙を持って来たと言う事は、犯人は身近で見張れる人物か公に騒ぎ立てられない人物でしょうから、幸弥さんとの接触も別の口実を用意した方が良いと思います」 鈴梅の言葉に「だろうな」と呟く蓮が鼻を利かす。 「この蜜柑の香り。もしかしたら炙り出しを仕込んでいるのかもしれん」 僕はコロされる。 この文だけではない可能性がある。酒々井は「炙り出しにしろ何にしろ」と立ち上がる。 「わざわざ暗号文みたいな手紙をよこしたのは、何処に『敵』の目があるかわかんねぇからだろうし、火鉢取ってくるな」 別室を暖めていた火鉢を取りに行く。酒々井が持ってきた火鉢に白が手紙を翳した。 「蜜柑の炙りだしかもしれませんよね……温めてみます、何があるのでしょう」 白の様子を若獅達が見守り、久遠院と蓮は幸弥の様子から何か探れないかと話し込む。 「告白の際の幸弥の台詞回しもどうも変だったし『長期の不在を託せる』なんて、まるで『自分の死後の如彩の家を託す』みたいな感じだよね。渡してきたのが蝋梅の枝っていうのも花言葉が『慈愛』だから分らなくもないけど、確か蝋梅って毒性があったはず。考えすぎかなぁ。どう思うー？」 「昔の職業柄、種子に毒性がある事は知っているが、それ以上に何か意味があるのか？」 「何か出てきました」 幸弥の手紙には、まるで文様のような緻密な文字が余白に鏤められていた。 『この手紙に君達が気づくか分からないけれど、せめて殺される前に伝えられなかった言葉を記しておきたい』 「……『君達』ね」 久遠院が眉を顰めた。文字は続く。 『虎司馬兄さんは父を恨んで、報復の為に多くの材料を集めていたみたいだ。不正の証拠とかは公になれば撲殺されても仕方がないものだと思う。僕は偶然受け継いだけれど、今は如彩家の主として君達に告げておくべきだと思う。百家に許しを乞える立場ではないけれど、愚かな祖父の所為で杏君達の祖父母は大迷惑を被ったのだろうと推測はつく。 すまない。 随分悩んだけれど兄さん達の為にも、家の犯した罪を補えるよう僕は努力してきた。 でも決断が正しかったか分からない。 それは結局、危険な綱渡りになってしまったから雲に付け入る隙を与えてしまった。僕は結局、兄さんほど上手く立ち回れなかった。利用していたつもりが利用されていた。奴らは雪神様の恩寵を諦めない。 じきに彼らは僕と傀儡を入れ替えるだろう。 急激には変わらないだろうけれど、僕が白さんに熱愛する節がなくなったら、もう如彩家には来てはいけない。開拓者の巫女を愛するアヤカシなんて世界中探したって、いないだろうからね。できたら兄さん達にも警戒を促してくれると嬉しいな。その頃には僕は何もできない。遠くからでいいから街や家族を見守って欲しい。人とアヤカシが組むなんてこの目で見るまで信じなかったけれど、開拓者ギルドがアヤカシと組む時代だから、利害が一致すればある事なんだろう。最期に一つ、旧家は大抵、庭の特徴になる植物がある。柿木のお屋敷、とか揶揄されてるみたいに。僕の贈り物があるお屋敷には近づいてはいけない』 手紙が途切れていた。 蓮と久遠院が贈り物を見た。 「それで蝋梅か」 「白い椿もね。確かに現物があれば探しやすいのは確かだよねー、飛べるのもいるしさ」 『ともかく桜香さんに告白した以上、勝手に死なれて不幸にするなんて許さない。絶対に幸せにしてもらわないと』 久遠院が決意を燃やしている横で、鈴梅は「遺書も同然ですね」と冷静に意見する。 幸弥の手紙から分かること。 それは、虎司馬の遺産が如彩家の急所であり、遺産に謎の組織『雲』が関与していて、幸弥は遺産の扱いに失敗したという事だ。雲は雪神が狙いで、幸弥の背後におり、幸弥をそう遠くないうちに変身術を備えたアヤカシと入れ替える恐れがある上、幸弥はその兆候が分かりやすいように開拓者の巫女である白へ求婚を持ちかけた。そして贈り物の植物がある庭の屋敷は……恐らく塒か、雲にとって重要な施設。 「虎司馬さんの遺産や精霊様絡みなら、ひいなたちも無関係では在りません」 かつて如彩虎司馬の遺産を受け取らない決断をした事は、正解だったのだろう。 例え上手く扱えたとしても、幸弥の様子からしてミゼリや杏を危険に晒したはずだ。今だって危険を事前に知らされている。この先、関わらず静かに過ごすという手もある。 けれど鈴梅達は『問題を介入する』という決断を下した。 「百宴は、幸弥さんが仕切ると言っていましたし。打ち合わせ名目で、会いにいけるかも」 酒々井は「だなぁ」と頷く。 「幸弥のところへ顔を出す理由になるし、人間による脅威なら百家に連なる杏達の家が何かやるってなりゃ反応は見せるかもしれねぇ。アヤカシなら捨ておけねぇし」 シャーウッドは「俺も大々的に開くほうが何かと動きもあっていいかと思う」と告げた。 「問題は誰が行くか、ですけど」 鈴梅が皆を見る。 蓮が白を見た。 「もし誰かが幸弥につくなら……流れからして桜香が適任かと俺も思う。後は何を話すか」 色々と話し合った結果『土地の購入』と『百宴の実施提案』は総意がとれた。 「平地は使い勝手良さそうなのも良いです。お米作りを考えたいかな、と」 白が桂杏の作ったお米を眺めた。 シャーウッドは帳簿に見込み出費を記しておく。 「平地はこちらとしても利用価値が高いし、まずはこれを買い戻す、でいいな。他の物件は周りの反応次第ってところか。値段の吊り上げとか動きがあるかもしれないし、それを見てからでも遅くない。旧本宅は気になるが……」 ハッド（ib0295）は「百宴は実行する方向でよかろ」と言いつつ、土間を漁り出す。 「ま〜妙な違和感は拭えぬしの〜、我輩達が積極的に動ける間に白螺鈿が抱える闇を吐き出させてやらねば将来に憂いを残すじゃろ〜、うむ、幾つか甘味を手土産に貰うぞ」 桂杏も「ちょっと出かけてきます」と言って駿龍三春と寒空へ飛び、久遠院は忍犬天国に「ボクたちが動く間、農場の警戒するんだよ」と命じ、若獅は「幸弥の為じゃねーぞ、桜香の為にやるんだからなっ！」と何やら理由付けをしながら荷物の片づけに向かう。更に酒々井の天妖雪白は、旧本邸へ張り込みに行く。 「みんな早いな。俺はとりあえず、明日の飯の仕込みをしておくか」 家を空ける事が多くなるかもしれない。 その間、食べられる料理や弁当は必要になるだろう。 シャーウッドの仕込みを、メルリードがさりげなく手伝う。 「とりあえず……ネリク。私は明日、西別邸にあった金庫や仏壇を買い取れないか交渉しに行くわね。まあ正直な所、価値のある物が入ってることはそんなに期待してないけれど、形見になりそうなものが見つかれば上々……ところで、この間言ってた話だけど……」 「悪いなロムルス、今回は色々大変だから言えそうにない。次こそはちゃんと伝えるからもう少しだけ待っててくれ」 「そう……別にいいけど、あんまり長くは待たせないでよ。なんか、ちょっと落ち着かないし……ね」 動き方を心得ている開拓者勢が走り出す中、白は手紙をじっと見つめていた。 大勢で動くのは不審だから、鈴梅とリトナは買い出しがてら町中へ出かけた。 リトナは昔の百家をよく知る老人の元へ足を運ぶ。 「お久しぶりです。師走のご挨拶に参りました。百家の再興は考えておりませんが、家系に余裕が出てきたので杏さん達ご一家の形見を仏壇に供えられればと思って僅かながら買い戻しを考えているのですが、何が思い出の品に心当たりはございませんか」 リトナは、祖母の簪であるとか大事にしていた楽器など、ごく一般的な遺品の心当たりを聞いて帰ることになる。 一方の鈴梅は百宴の材料探しつつ町中の様子を伺う。一時期は無職で溢れていた道も穏やかになった。寒さ故に人の数は少ないが、馴染みの店に顔を出しつつ様子を聞く。 「……あと伊勢エビ五つとアンコウ一尾。息子さんの就職、決まって良かったですね」 「おうよ。あんま選択できなかったみたいだけどな。当面ってやつさ」 「如彩の屋敷で使用人の雇用があれば雪道でも楽に通えたのに」 「そういう話はきかなかったねぇ」 「毎朝大変ですね」 その頃、ハッドは榛葉大屋敷にいた。 「少しアヤカシ関係の調べ物をしておって古文書の類は残っておらんかのぉ」 「うち商家なんだけど……あんた正気？」 榛葉家は白螺鈿有数の豪商である。その商いの幅は広く、当然証書や台帳はごまんとある。というかありすぎる。年内の分などは把握でき、恵が関与した４年分は目星をつけられても、何十年も遡るような証書や古文書は土蔵に放りっぱなしであった。 「何年前の代物を探してるのか知らないけど、こっから向こう全部ね。頑張って」 「気が遠くなるのぉ。うむ、かたじけない。そうじゃ、紫陽花んはおらんか？」 「狩野さんトコにお使い行った後、何か手伝ってるみたい」 「きいとらんのか」 「お国の関係はね。それにうち放任主義だから」 がらがらと重い戸が閉まる。蔵の中は朽ちかけの紙しかない。 『うーむ。あえるよーなら町中の事をきこうかと思ったが、調査が先決か。気になると言えば……元々山脈におった雪神んを翡翠の祠に閉じ込めて繁栄したのはま〜よいとして、誰が祠に閉じ込めるという知恵を与えたのか。生成姫のばばぁが龍脈に細工をして雪神んが帰れなくしておった事を考えれば、白螺鈿に何かとんでもない闇が隠れてそ〜じゃの〜』 問題は『手がかりが殆ど絶えている中で探り当てられるか』という事なのだが。 そして蓮は贈り物がある屋敷を調べた後、雑木林の卒塔婆を拾いにいった。 誰のものか調べるには必要だ。 龍で飛んだ桂杏は結陣にいた。 鬼灯祭の警備で鬼灯にきていた兄に書かせた紹介状を携えているのは、確実に狩野柚子平に会う為だ。 「何か御用でしょうか」 「ええ。如彩虎司馬の遺産について少々」 「アレは如彩幸弥に譲渡致しましたよ。訪ねる先をお間違えです」 「幸弥さんに尋ねられないからここへ来たんです。虎司馬について一番ご存じなのはあなたのはず。彼が『少しでも長く生きるための努力』の中に、強引すぎる商売や精霊探索、雲との関わりが含まれていたのでは？ 東の背景を良く知らないまま遺産を継いだ為に現在の状況が生まれたのでは？ 彼が手がけていた商売や人脈を教えてください」 「……話が全く見えないのですが、何かあったのですか」 そこで我に返った桂杏は、白宛の恋文の暗号について話した。 柚子平の反応は薄い。 「まぁ……何かあったんでしょうね。間違いなく」 「ですから心当たりか何か」 「例の封筒は私も存じません。彼が殺されたとして、自ら危ない橋を渡ったなら自業自得。私が彼を救う事で大した利益があるとは思えませんし、危険に首を突っ込む気は微塵も」 「血の繋がった弟を……助けようとは思わないのですか？」 「慕ってくる彼を邪険にしずらいので態度に出した事はありませんが……遺産譲渡の話をした時に言ったでしょう。『子供心に許せない境遇だった』と。虎司馬ほど露骨ではありませんが、私も如彩を好いている訳ではありません。だから狩野のままで居るわけで」 柚子平は茫然とする桂杏を見た。 「ただ……あなたや兄君に恩を売っておくのは悪くないですね」 にっこりと嗤う。 固まった桂杏は内心『兄様ごめんなさい』と鬼灯方面に謝罪した。 「街を跨ぐ雲の商売は手広く情報網は広い。虎司馬は地下の人脈作りに、足抜けを使っていました。裏世界からの救済です。大抵は借金で首が回らない者に目を付け、その辺から情報と縁故を掴んでいましたね。いつだったが『雲頭の女と知り合った』と言っていたので、かなり中核まで首を突っ込んでいたんでしょう。宮仕えの私には、いい迷惑でした」 事件が起これば調査され、身内に犯罪疑惑が有れば失脚の材料にされる。 遅蒔きながら病死発表の裏を知った。 如彩家の屋敷外では若獅が配達の荷や薪を見張っている。仕事がてらという風で寒空の下に震えながら屋敷の出入りを眺めていた。因みに幸弥に面会を求め、百宴の実施と物件の購入に関する話をしにいったのは、丸腰の酒々井と久遠院、そして白だった。 危ないから来るな、と警告されながら遠慮なく訪ねる辺りは長年の経験から来る度胸なのかもしれない。天井裏には白の人妖桃香が潜り込み、屋根裏から屋敷を見て回っていた。甘いお菓子のご褒美付きなので熱心に調査を行う。 白を笑顔で迎える幸弥は、まだ入れ替わられている節はなかった。 「……と言う訳で、去年は忙しかったんだが、今年は任せて貰おうと意見が纏まってだな」 「うん、わかった。酒々井君達がそういうなら」 酒々井の横にいた久遠院が白の肩を抱く。 「でさー、幸弥も出席できないかな、ほら、百宴の中で幸弥と桜香さんの中を大々的に発表する場を設けたいんだよ、ぜひ宴に参加してほしいな！」 「……君達、断固反対みたいな顔してなかった？」 変わり身の速さを幸弥に指摘される。 「当人の問題だって年長者に諭されちゃってさー。まー、納得できてない人もいるよ、だから約一名が外で荷物番してる」 咄嗟に口から出任せを並べると「ああ、だから」と幸弥はあっさり頷いた。 「白さんは、いいのかな。僕で」 頬を染めながら「はい」と返事をする白が人払いを頼んでみるが、上手くかわされてしまった。人払いできない理由があるのだろう。久遠院は大袈裟な声を上げた。 「ざーんねーん。ま、しょげないでよ、桜香さん。そのうち二人っきりになれるって。我慢だよー。幸弥、お仕事忙しいみたいだけど、体に気を付けてね。ボクたちの家族と結婚する以上、末永く幸せにしてもらわないと許さないんだから！」 「……ああ、そう、だね」 歯切れが悪い。酒々井が立ち上がった。 「百宴と婚約発表の件は本決まりだな。折角この町も前に進みだしてるしな。まだ難関はあるが、ここまできたら全部に当たってくさ。任せとけ」 時々笑い声もあった手探りの面会を終えて玄関先へ出た時、白の足が止まった。 「お、どうした？」 「微かですけど、瘴索結界に反応があります。正門の外です」 酒々井と久遠院の顔に緊張が走り、大声を張り上げた。 「若獅！ 近くに誰か居たら押さえろ！」 その時、若獅は寒さに震えながら雪兎をこしらえていた。早く戻ってこねーかな、と暢気に考えていた若獅は、藪から棒な仲間の声に目を点にした。だが戸に手をかけていた女中の手を反射的に掴む。布に隠れた容貌を見て瞳が凍った。 「ひさ、き？」 かつて合戦で目にした女怪に似ていたが、あれはとうの昔に滅びている。 「チッ」 フッ、と姿を消した。 酒々井と久遠院が出てきた。 「転移使い、か。完璧に瘴気消せねぇ辺り大したことねぇが、短距離でも５０メートルは移動できる。おい、納品中止だ。一旦帰って、まずアルーシュを呼んできてくれ。浄化した場所に連中は入れねぇ……格好だけでも足止めになる。皆にも知らせ頼むわ」 「あ、わ、分かった。連絡は雀風に任せるな」 押しつけた籠の中には若獅の人妖黄雀風が護衛兼連絡係として潜んでいる。 久遠院が大声で「はいはーい、今から誰も外に出ないで〜、一歩でも出たら縛るから」と命じる。 アヤカシ関与が明確化された段階で、開拓者には捜査権限が発生する。勿論、追跡の為に民家への侵入すら可能だ。 「私は幸弥さんの傍にいます」 白が如彩家に残り、久遠院が屋敷の使用人調査に当たった。リトナは聖歌の準備をしていた訳ではなかったが、彼女が浄化できる事は屋敷の誰もが知っている。酒々井は鈴梅や蓮の到着を待って、瘴索結界で屋敷近辺から調査を開始した。 「……で、結局ここに辿り着く訳か。贈り物で目星はつけていたし、入れ替わる前に気づけて正解だったな」 蓮が庭の植物を見た。 「ま〜の〜、とっとと見つけて塩に変えてしまおうぞ。吾輩たちも暇ではない」 「あんだけ町中で大っぴらに動いて連続転移させたんだから、もう転移の余力はねーだろ。人間は後だな。夢魔以外の人相は、時の蜃気楼で洗い出せばいい。じゃ、ひいな」 「はい。いきます」 十分経たずして、滅びた鬻姫の姿形を真似た夢魔が滅ぼされた。 屋敷に集っていた者達は何人か捕縛されたが、夢魔の命令で動いていた事が後に明らかになる。 虎司馬や幸弥と雲のかかわり。裏で何が行われていたかの解明は、これから進むだろう。 ひとまずアヤカシを突破口に、組織の活動支部が一カ所潰えた。 幸弥が安全と言い切れないにしろ、アヤカシによる入れ替わりを防げた成果は大きい。 今後幸弥は安易に出歩く事はできないが、定期的に吟遊詩人や巫女を雇用して敷地の浄化に務め、開拓者雇用で警備を高めて日々の仕事をこなすらしい。 必要に迫られたとはいえ、タダ働きさせられた開拓者達には、僅かながら幸弥から謝礼が出た。 そして騒動が鎮まっても……ゆっくりできないのが農家というものだ。 「う、おぉお、お、ぉお！」 若獅がひたすら手動攪拌機のハンドルを回している。バターが足りない。誰かが塩バター鍋というものを街で普及しているらしく、供給がおいついていなかった。リトナは鈴梅の買い忘れ食材と年末掃除の雑巾、更に豪雪に踏まえた除雪道具を一新する為、フィアールカを連れて街を往復。メルリードは杏達に叱咤激励を飛ばしながら掃除していた。 「やれるときにやっておかないと。もう来年まであっという間に過ぎてしまうものね」 「そうだね」 「この大片付けが終わらないと色々始めることもできないしな……エビ、エビ料理」 シャーウッドは窶れた顔で掃除しつつ、同時進行で料理の品目を考えていた。 「天儀には御節とかあったよな……作るなら農場でできた野菜とかをふんだんに使って」 「ネリク、少し休んだら」 「ロムルス。子供の手前休む訳にはいかないさ。料理は任せておけ！」 『今年も腕がまた死にそうだが』 男手は重宝さんだ。よって土間には複数人が立ち、白がトマト鍋を作ったり、桂杏が芋餅をこしらえていた。冬場は複雑な調理のいらない食べ物も蓄えて置かねばならない。蓮はというと餅つき道具一式を新しく買うことを熱望し、あっさり買いに行った。卒塔婆は後程洗うらしく、裏の軒下においてある。なんとなく不気味だ。 「今月は、家計が、火の車です。雪神祭には残る薪も売らないと」 帳簿を眺める鈴梅の声が低い。 土地、形見、除雪具、百宴の経費その他。確かに出費が相当な額だ。 「そうだ、鬼灯祭にいきましょう」 何人かが出稼ぎと現実逃避をかねて鬼灯祭に出かけていった。 数日後。 白や蓮、酒々井や萌月をはじめ複数人が鬼灯祭から戻ってきた。リトナはお留守番をしていた杏達に不審な人物が来たかどうか念のため問いかけたが、問題ないらしい。 「みんなにみやげだ。……桜香、どうした？」 「いえ」 白は鬼灯祭に出かける前、差し入れを持って如彩幸弥を尋ねた時の事を思い出していた。 留守番を頼む農場用に薩摩芋の茶巾絞りや林檎風味と茶巾寿司を作った。意外と大量にできた為『少し、幸弥さんに差し入れしてから行きましょうか』と立ち寄った。 『サツマイモや林檎が、お好きかと思って』 『確かに好きだね。嬉しいな。ありがとう』 客間に通されて少し話した。 『君を利用する形になってしまって、本当に申し訳ない事をしたと思ってる。ごめんね』 こういう時、幸弥は昔の少年のような面影を見せた。 白は『命を狙われていたんですから仕方ありません』と物分かりのいい言葉を返しつつ、内心は順立てて考え、農場という視点からしても白螺鈿の最期の取り纏めを失うわけにいかないと判断していた。長男は婿入り、次男は勘当、四男は死に、五男は封陣院仕事優先で如彩家と関係を絶っていた。 幸弥しか、残っていなかったのだ。 『他の方はどうお考えか分かりませんか、幸弥さんを守らなきゃって思いました』 『……あの百家を再興させた君達なら、ううん、君なら手を差し伸べてくれるだろう……そんな浅はかな打算がなかったと言えば嘘になるな』 『では、あの求婚は』 『あれは』幸弥は慌てた素振りで姿勢を正し『君さえよければ』と告げてきた。 『その……以前の言葉通りで、この前のお返事は作戦だったもので。それに、幸弥さんのお好きな物やご両親の事も、私、何も知らないですし』 幸弥は『僕も』と笑った。 『求婚は急いた話だけど、お見合いみたいに結婚前提の交際っていうのは、どうかな』 『え？』 『僕はいつか妻をとらなきゃいけない。だから流浪の身を貫く相手と結婚はできない。遠距離交際をする、って手もあるけど、それは二人の妻を持った父と同じで、虎司馬兄さん達みたいな不幸な境遇を子供に強いる可能性がある。だから僕は妻を一人だけ選ぶと誓った。伴侶だけを愛する誠実な男でありたい。願わくば、相手が君であってほしいけど……それを君に強要する事はできない』 幸弥は柔和に微笑んだ。 『僕は如彩家で白螺鈿の地主で、君は百家に組する開拓者。だから開拓者の立場を捨てて、如彩家のお嫁さんになってもいい、と思える相手か、夫に相応しい男か、君に値踏みして欲しい。一年経っても選んで貰えなかったら、その時は別の女性を捜すことにするから』 『分かり、ました』 『本当は……家や立場、街のしがらみ全部捨てて「愛してる。僕を信じて一緒に逃げて欲しい。どこへでも君の好きな場所へ行こう」って言ってみたいけど……頭の中だけにしておくよ。君に見損なわれたくないし、大勢に穏やかな生活を約束した。良い地主でありたいから。嘘でも一番だって言えなくて……勝手な求婚者で、ごめんね。ごちそうさま』 「……桜香、どうした？」 若獅が心配そうに覗き込む。 「いえ、幸弥さんの事を、少し」 「あいつになんかされたのか！？ 何か言われたのか！？ 殴ってこようか！？」 言い淀んでいる間に誤解加速。 「ところで事件は緊急性から脱した訳だが、桜香は笑楽庵の百宴で結婚発表するのか？」 蓮の率直な疑問に白は「ま、まだお返事もしてないです！」と叫ぶ。 今回の問題が長引きそうなら百宴で婚約発表をして敵の出方をみよう……という話をしていただけなので、今は扱いに困る。台所で試作を繰り返すシャーウッドが声を投げた。 「……まぁ今回の百宴で桜香たちの交際を利用する形になるのは悪い、とは思ってたし、急がないなら、ゆっくり考えたらいいんじゃないか。当人同士の問題だろう」 「うう」 メルリードは真面目な顔で「のんびり過ぎても困るわよ」と言う。 「もしも百宴で婚約発表も兼ねるなら早めに言ってね。そうなると今回はお祝いの膳も含めて、前の時よりも盛大なものになりそうだから。そうでしょ、ネリク」 「……俺の右腕がしななきゃな」 鈴梅は帳簿を書きながら経費を見積もる。 「今年もまた、鍋と蕎麦でしょうか。実は鬼灯の酒粕鍋、美味しかったですし。材料が揃えば、やってみたいです」 蓮は「そういえば酒粕は安かったな」と瞳を輝かせる。 「料理は雛の案通り鍋と蕎麦でいいと思う。今度は肉たっぷりの鍋にするか？ だとすれば俺は食材の調達に一狩りしに行かんとな。狙うは兎か猪か」 「頑張ってください。お肉の代金が、丸々浮きますから。杵の赤字に乗せましょう」 「……ひいな……」 もうじき月末。 今度こそ、平穏な年越しになりそうだ。 |
