【農場記4】晩秋の実りと
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/30 15:34



■オープニング本文

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 最近、急激に気温が下がってきたように感じる。
 雨の日も増えた。稀に雷とともに小さな雹が降ることもあり、冬が近いことを感じずにはいられない。おそらく来月の何処かで雪が降るだろう。
 そして何事もなかったかのように晴れて、一月から本格的な冬が始まるのだ。

「皆そろそろ帰ってくるかな」
 秋の半ば頃から、開拓者ギルドに籍がある者達は皆が出払っている。
 雲の下という未開の地にいくらしい。ほんの一ヶ月か二ヶ月だから、と話していた家族達は、土地の下見に行った後から様子が変だった。その理由を、杏やミゼリは知らされていない。
 というのも。
 百家旧本邸の隠し部屋には放置された遺体があり、百家旧西別邸には変形した金庫と仏壇が見つかり、百家旧東別邸は老朽化が酷く何者かが首を吊ったと思しき縄が発見され、雑木林には解読不能の卒塔婆が転がっていたからだ。何事もなかった平地は湿気の多い場所で、川沿いの土地は大雨の度に水没するという。
 家族は何とも言えぬ顔を突き合わせ『合戦から戻ったら考えよう』と土地の話は保留になった。
 杏も気にはなった。
 だが、尋ねるほど暇ではなかった。
 何しろ家畜の世話がある上、畑は実りが多い季節であったし、農場の一角に建物の建築が進んでいる。冬に備えた薪割り、炭作り、更には加工品の増産もあったからだ。
 
「まだ森の収穫行ってないのに、けっこう売れてるよね」
 炒った蒲公英珈琲瓶60個は360文、枝豆83株は200文、豌豆は166文、二ヶ月かけて熟成させた南瓜75個は225文、氷は近所に売った分が650文、牛糞堆肥240袋は960文、鶏糞堆肥50袋は150文、塩卵は夏から纏めて12880文、牛乳432Lは1728文だが、家族が発酵乳やバター、マヨネーズの大量生産に手をつけていた。
「売れてる以上に、生活費以外の出費が凄いけどね」

 出費の中で尤も大きな割合を占めているのが大工達の雇用費だ。
 いくら諸経費込みとはいっても、三ヶ月分を計算すれば7万5千文になる。

「でも、ほら。木材の追加料金は請求されてないし、みんな手伝ってたし、まだ売る物だってあるんだし」

 開拓者の中には、夏の終わりから一ヶ月間ほど『他に仕事は入れていないから問題ない』と言って農場で暮らした。それぞれに担当の仕事は持っていたが、やはり長期間毎日仕事をすると様々な仕事が片づく。

 まず作物を一番美味しい時期に収穫できた。
 滞在のおかげで玉蜀黍100文、韮3畝分2490文、青梗菜624文、小松菜250文、薩摩芋1645文、馬鈴薯1410文、トマト2200文、茄子825文、胡瓜250文の売り上げになっている。
 残っているのは、各野菜の売り物にならない不格好な品ばかり。
 自家消費分だろう。
 また加工品が圧倒的に増えた。
 発酵乳の小さな瓶は30個になって暖炉のある居間を占拠している。夏の間は一壺300文の高値をつけながら、最近では400文出すからうちにも売ってくれと言う者も現れている。
 やはり根を詰めるとできが違う。
 小屋の建築は12月の半ばまで続くと思われていたが、家族達が必死に材木を調達し、荷を運び、大工の手足となって手伝ったお陰で骨組みと外装が出来上がり、残るは内装となっている。
 また完成していた堆肥が全て袋詰めできたし、牧草は大束が30個ほど追加で作られたので1500文の経費削減になった。
 さらに凄いのが薪と炭だ。
 一ヶ月、農場に引きこもった家族は、森の倒木を片っ端から伐採した。
 お陰で森が綺麗だ。
 毎日繰り返された単純作業ながら、薪は実質1080日分、炭は137日分もある。農場が冬を越すには片方が121日分あればいいので、他はいらない。売るほど出来たのはいいが、家に入りきらず、大型相棒がいないと市場に売りにも行けない状態だ。



「今週、やらなきゃいけない事ってなに?」
 杏が帳簿を見る。
「保冷庫の解体、蜂の格納、森の収穫……栗とか茸とか無花果とか。余裕が有れば、小屋の内装とかの材料調達? ただの保管庫ならあのまま仕上げればいいけど、暖炉とか囲炉裏を入れるなら材料がいるし。新しい苗と種の買い物と、多すぎる薪と炭を売りにいって……」
「いくらで売るのよ」
「相場は薪が1束5文だけど、6文とか7文でも売れるよね」
「安く売ってご贔屓さん作るって手もあるけど」
「相談かなー。あと燃料の調達が冬前におわったから焼き物……」

 そんな相談をしていた時だった。
 奇妙な客が来た。
 白い椿の小鉢を抱えた白螺鈿の地主、如彩幸弥だ。

「こんにちは……皆さんは、お出かけ、だった……かな」
「ギルド。何か用? 土地の事ならまだ相談中よ」
 人妖がトゲトゲしい物言いで睨む。
「あ、違うよ。
 今日は、間が悪かったというか、出直そう、かな」
「ハッキリ言いなさいよ」
「本人に直接『求婚』しよう、と思って来たんだけど」

 杏達の思考が停止した。
 求婚に良い思い出が全くない。

「姉さんは渡さないぞ!」
「……なんでミゼリさんなんだい」

 幸弥が首を傾げている。
 目が点になった。

「違うの?」
「ボクが求婚にきた相手は開拓者の白桜香(ib0392)さんだよ」
「え」
「なんで」
「なんでって……沢山お世話になったから。今までの親切は雇用関係だったから、という面もあるんだろうけど、ちがう可能性にかけてみたくて。辛い毎日と忙しさの中で、ぼんやり気づいた一目ぼれ、みたいなものかな」
 穏やかに笑う。
 杏と人妖は絶句していた。
「この花。渡しておいてくれるかな」
 杏は「あ、うん」と放心したまま小鉢を受け取った。
「もしよければ彼女が来たら教えて貰いたいんだけど……流石に急かな。また日を改めてくるね」

 ぱたん、と扉が閉まった。
 部屋に静寂が満ちた。

「……お、教えるの?」
 今の話を。
「一応。そうしたほうが、いい気がする」


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰


■リプレイ本文




「幸弥が求婚!?」
「幸弥が桜香さんに求婚しに来た? また急な……」
 農場に到着早々、若獅(ia5248)や久遠院 雪夜(ib0212)は素っ頓狂な声を上げた。
 ネリク・シャーウッド(ib2898)が街の方向をみやる。
「求婚ね……さらっと爆弾残していったな、あいつ」
 白螺鈿の地主である如彩幸弥が、白 桜香(ib0392)に求婚に来た。
 その知らせを受けた白は茫然と立ちつくし、隣にいた桂杏(ib4111)は徐に頭を垂れる。
「白さん、おめでとうございます。心からお喜びをもうしあげ……」
「早い、気が早いです! まだですから!」
 白が慌てる。
 一方、ぼーっとした若獅は「俺としちゃ、桜香が幸せになってくれるなら、それが一番だけど」と言いつつ『実際どうなんだ』という視線を送る。
 白が困り果てた。
「私、正直、幸弥さんの事をそういう対象で今まで見た事がなく」
 シャーウッドは「まぁ、直球で伝えられるのは羨ましいけど」と小声を零す。
「幸弥が求婚なぁ。若いってのはいいもんだな」
 褒めているのか呆れているのか。
 どちらにせよ恋が叶わなかった蓮 蒼馬(ib5707)には羨ましい話である。自分が老いたような感覚を覚えつつ『娘が聞いたらどんな顔をするかな……神楽や誉は幸弥の求婚の件、知っているんだろうか?』等と思考を巡らせる。
 ロムルス・メルリード(ib0121)は「あの幸弥が桜香に、ね」と呟く。
「まあ、いつぞやのアレのような求婚とは全然違うようだし、ここは私たちがどうこう口をはさむ問題じゃないわね」
 白が「で、ですが」と狼狽えている。
 鈴梅雛(ia0116)は「やっぱりご本人の意思が大事ですし、外からあれこれ言う事はできないです」と正論を述べた。
 蓮は肩を竦める。
「ま、こればかりは桜香の気持ち次第だからな」
 養女と栽培箱の収穫に勤しむアルーシュ・リトナ(ib0119)は苦笑を零した。
「お互いのお気持ちがあってお付き合いを経てなら、いいと思いますよ。伴侶が得られればより落ち着かれると思いますしね」
 白は「私の気持ち?」と瞬きを繰り返す。
「私は、……幸弥さんに幸せでいて欲しいと思ってます。
 私が、幸せにしてさし上げられるのなら、
 嬉しい、とも……、
 ……えっと、
 ……嬉しいと思うという事は、その、多分」
 かぁあぁあぁ、と白の顔が赤くなる。
「あの、前向きに考えていきたいと思います。幸弥さんにも良く考えて頂いてから……」
 まんざらでもない、という事なのだろうか。
 前向きに、という発言を聞いて、酒々井 統真(ia0893)は口を挟むのをやめた。
『ちょっと前の状態ならともかく、今の幸弥なら即面倒事にってこともないだろうし』
 ハッド(ib0295)は「幸弥んはど〜なのかの〜」と首を捻った。
 結婚問題について話し込む一同の中で、メルリードが隣のシャーウッドを見上げた。
「どうしたロムルス」
「……べ、別になんでもないわ」
 話題が落ち着いたところで鈴梅が両手を叩いて鳴らす。
「続きはまた後にしませんか。もうすぐ本格的な冬が来ますし。今の内に出来る事はしておかないと……白さんも、ゆっくり考えたり、きいたりする時間がいると思います」

 皆が忙しく家の農作業の支度に取りかかる。

 シャーウッドは馴染みへの顔出しもかねて、必要なものの買い出しに出かけた。自分用に柑橘類も仕入れるらしいが、必要になりそうな物の値段を調べて来るという。しかし何故かシャーウッドは買い物帰りに女物の装飾品を扱う店をふらふら彷徨っている姿が目撃されることになるが……不可解な行動の意味は、そのうち明らかになるだろう。
 蓮や若獅は柵や畜舎の修理と点検が欠かせない。
「若獅、放牧は後にするのか?」
「方向一緒だしなー、栗のイガの上で転がって毛抜きで抜くとか面倒な事件があっても困るし、あらかた収穫が終わったら一足早く戻って牛を放すよ。暗くなる前に畜舎の傍に戻ってくるだろうし、中の掃除は……が、頑張る!」
『まずは仕事をきりきり片付けねぇと』
 野犬や狼、クマ対策には空龍華耶たちが傍に置かれる事になった。流石の肉食系大型動物も龍を前にして家畜を襲うのは不可能である。

 午後からは森の恵の収穫だ。

「薪を集めたお陰で、森の中が結構片付いてますね」
 鈴梅たちの足下は、まるで何処かの散策道のように障害物が少ない。獣道を歩いたのが昔の事のようだ。鈴梅は借りた野草図鑑を片手に薬草を探す。からくり瑠璃も右に同じ。
「秋の実りじゃの〜」
 ハッドは収穫と枝の剪定を行いつつ、時々川沿いの土壌を調査していた。
 煉瓦や陶器を作るのに役立ちそうな粘土質の土のある場所の探索、砂や石灰のある場所の発見には根気がいる。
 手斧を腰に下げた酒々井と天妖雪白が、ミゼリを気遣う。
「足下、気をつけろよ」
「……随分様変わりしたわ。危ない場所だったのに」
「だろうなぁ。年単位で倒木を薪にして、柵で境界を区切って、あと雪夜達が周辺の地図を作って、あっちこっち手入れしたからな。さて、栗拾いの仕方は知ってるか」
 後方のメルリードが「ミゼリ、一緒に収穫しましょうか」とさりげなく気遣う。
「遠慮はなしだよ、ミゼリちゃん!」
 元気が有り余る久遠院は、さくさく歩いて皆を誘導する。
「栗がいっぱい取れたら、今日は栗ご飯だね! 楽しみだなぁ」
『やっと地上世界から無事戻ってきたし、がんばって農作業するぞーっ!』
 自在棍の先にナイフを取り付けた蓮が高い場所の木の実や柿も器用に枝付きで切り落とす。
 桂杏と上級人妖百三郎も柿を収穫していく。
「無花果は遅かったみたいですね、いいものは獣に取られてます」
 桂杏のしょんぼり声に、シャーウッドは「少しなら少しでうまいものを作るさ」と声を投げる。本格的に寒くなる前に、というよりドカ雪になる前にジャム類も作っておきたい。
 シャーウッドの「うまいものを作る」という言葉で、張り切り出すのは若獅だ。
「ネリクの栗ご飯ー!」
 ひゃっほー、と全身で喜びを顕している。
 美味しいご飯に、夜食が待っている!
 と思うと夕方から始める畜舎掃除も苦ではない。
「木の実とか、ごちそうね、おかあさん」
「ええ。大事な恵みですものね」
 リトナとその娘も籠を背負って賢明に働く。
 白も賢明に収穫を手伝うが、時々立ち止まって考え事に耽っていた。
 上級人妖桃香が「桜香ー、どうするのー?」と話しかける。
「どうするって」
「求婚よ。如彩へお嫁にいく気?」
「……幸弥さんは、白螺鈿を良く治めてますし、お仕事はとても大変そうなんですよね。それは分かるんです。
 でも……格好良いですし優しくて可愛い方です」
 あばたもえくぼな発言に、隣の桃香は「桜香、趣味おかしいのー」と率直に述べる。
 しかし。
 つらつらと頬を染めて語る白の耳に届かない。
「でも私が農場の味方なのはこの先も変わりないですから、農場と対立する時があるとすれば立場の違いかなと」
 遠巻きに白の様子を伺いながら、久遠院がこっそり杏の傍に寄り添った。
「杏君、杏君、ちょっと聞いてもいい?」
「なに?」
「幸弥の求婚。ボク達としては桜香さん次第だけど、如彩と一番色々あった杏君としては、彼が『家族』の結婚相手になっても大丈夫? 仕事相手なら兎も角さ」
 杏は「よく分かんない」と話す。
 四男の虎司馬には散々困らせられた上、祖父母の軋轢があるから如彩家には良い印象がない。姉に縁談が来れば財産狙いではと勘ぐりもする。けれど求婚相手は開拓者の白だ。いざ冷静になると、幸弥には散々援助をして貰っているから反対をする理由が無いという。

 夜になっても仕事は続く。

 桂杏は柿のへたを残して皮を剥く傍ら、熱湯を湧かしていた。柿のへたの枝部分を紐に結びつけて、熱湯に5秒ほど浸して殺菌し、風通しの良い日陰で風乾させれば干し柿になる。桂杏は「杏君、一週間位したら軽くもんで下さいね」と言いつけておく。
 隣ではリトナが卵を茹で、近くで養女の恵音が冷水につけた卵の殻を剥いていた。
「……おかあさん、むけたわ」
「遅くまでありがとう、恵音。明日も早いから、おやすみなさい」
 少女が寝室に向かう。娘の剥いた卵を塩卵にするべく、リトナが漬け汁を作っていく。
「……唐辛子を一緒に漬け込むと風味が変わるでしょうか」
 今度、お塩も買わなければ。
「こっちに茸おきますから」
 鈴梅が沢山のざるを並べていく。茸は天日で乾燥させたり塩漬けにすれば長く持つ。
「それにしても帰りが遅いですね。酔い潰れていないといいんですけど」
 蓮はいない。
 夕方から街へ呑みに行って、夕飯は不要なのだそうだ。


 二日目の朝がきた。
 特製栗ご飯を食べた後、シャーウッドと蓮は保冷庫の解体を始めた。管を外し、壁の穴を一時的に塞ぐ。これをしないと冬場の貯蔵庫に困る上、通路を塞いで蜂を格納できない。勿論、お手製の管は綺麗に洗って格納しなければならないので、蓮がたわしを取りにいく。
 メルリードと久遠院、そして桂杏は膨大な薪と炭を分けたり、数えたりしていた。午後までに街へ運んで市場で売り始めないと、夕方に帰ってこられない。この冬に家で使う分を保管する桂杏が、壁のように聳える薪と炭を見上げる。
「毎年の事で……考えたくはないですが、万が一、道が塞がって街への行き来が難しくなった時の備えは余分に残しておきましょう。竈や暖炉だけでなく、火鉢にも使う訳ですし」
 メルリードが「そうね、まず農場が冬を越すのに必要な分は分けて確保しないと」と言いつつ、駿龍ライカに薪を積み込んでいく。
「一度に運べる量にも限界があるし何度かに分ける必要があるわね……売り切れるかしら」
 一抹の不安に、薪を作りまくった久遠院が拳を握る。
「だ、大丈夫だよ! 毎年足りなくて町中の薪の値段が年明けにあがったりするんだし、大量生産した一端として責任持って行商してくるから」
 薪を携えた駿龍小烏丸が嘶く。
 メルリードが暫く考えに耽る。
「一気に売る必要はないっていう意見も出てたことだし、積雪前に保管できない分を売るぐらいの気持ちでいいんじゃないかしら」
 売り担当の二人は、薪の売値を通常通りに抑え、一括販売の際の割引をどの程度にするか考えたり、市場調査も兼ねることにした。汚染地域からの流入者や小作人の解雇問題等、久遠院が危惧している問題が完全に街から払拭されたとは言い難いからだ。
「いってらっしゃいませ」
 桂杏が一行を見送る。
 運搬には酒々井とハッド、白も付いていった。
 市場への荷下ろしを手伝った後、酒々井は新しい苗や種買い出し、ハッドは加工品に必要な材料の買い付けと豪商榛葉家へ市場調査に、白は如彩の兄弟達を尋ねるという。

『冬に植えられそうなのはほうれん草、ソラマメ、小松菜、キャベツ、アスパラガス、小カブってところか……空き畝は多いけども、全部いっぺんに植えちまうと収穫時期に作業量で酷い目に遭う気がする』
 酒々井は遠い日の酷い作業を思い出す。
 志体を持ってしても加重労働には勝てない。
『つー訳であと頼まぁ。ハッド〜、買い物が重複しないように線ひいとけよ』
『もう書いとるぞ。焼き栗を一袋貰うぞ。恵んにあって、最新の情報を得ておこうと思う。あそこほど鼻が利く商いはないからのぉ〜、あとは土地保有者の件で狙い目の調査じゃな』
『私もご一緒しようと思います。無花果のタルトを手土産に。その、幸弥さんの事で、誉さんや神楽さんから、お、お考えをさりげなくお聞きしたく!』
 白の求婚話は切羽詰まっていたので『あー行って来い。こちらは心配するな』と蓮達は送り出した。
 となると。
 一気に農作業が残留者たちの肩にのしかかってくる。
 男手や体力のある者が悉く不在。

「はっ、堆肥の人員に逃げられてしまいました」
 鈴梅は己が身の不幸を呪った。
 流石に保冷庫と蜂の格納の作業から男手を引き抜く訳にはいかない。若獅は畜舎に続いて鶏小屋の掃除と世話があり、午後にはバターやマヨネーズの納品で猛烈に忙しい。桂杏は発酵乳の世話が終わり次第、新しい作物の為に畝を調整する作業があり、はざかけ状態の米の脱穀もどうにかせねばならない。リトナとその娘は、収穫物の天日干しやゴミの取り除きの他、なめこ茸の収穫に行き、戻り次第、唐辛子などを収穫して不要になった栽培箱の片づけもせねばならなかった。
 つまり鈴梅ひとり。
 鈴梅はからくりの手を掴み「瑠璃さんは強制参加です」と呻いた。
「この前、堆肥を被った事を思えば、これくらい何でもありません。何でもありません」
 自己暗示か。
「主様、あの後暫く、匂い取れませんでしたからね」
 一時間後、鶏小屋の屋根で寒さに震える若獅が、こやしにまみれる鈴梅を見た。
 夜には肉体労働で疲れたメルリードと久遠院、肥やしで精魂尽きた鈴梅、荷車を引きながら買い出しの物量で魂がどこかへ飛んだ酒々井が畳に沈み、ハッドは調査資料を黙々と纏め、白は何を言われたのが顔を赤くしたり蒼くしたり一人で悶々と悩んでいた。
「みんな風邪ひくよ」
 料理中のリトナが声に気づき「あらあら」と毛布を掛け、片隅に火鉢を置いた。
「なめこ茸はお鍋にしたら温まりそう……と思いましたが、試食はおみそ汁ですね」
 若獅が「んーめぇ」と冷えた体を温め、隣の蓮が保冷庫の部品をじゃぶじゃぶ洗いながら残して置いてくれと訴え、シャーウッドは無花果ジャムを焦がさないように必死で、桂杏は即席の道具で自家製の米を稲穂から分離させ、脱穀するのに必死だった。
「お米の出来がよかったら、来年用の道具を買うかどうかも考えないといけませんね」
 地道な作業で夜が更けていく。


 三日目の朝が来た。
 保冷庫の解体を終えた蓮は、鈴梅や酒々井、メルリードや白、久遠院たちと作物の植え付けを行う。シャーウッドは蜂の格納に専念し、桂杏は来年用の種籾以外の実をすり鉢に入れて布巻き麺打ち棒を使って籾殻を落とす事に挑戦し、若獅が鈴梅と交代で鶏小屋の糞尿を運び出し、リトナは薪やなめこ茸などを空龍に積み込んで近所の挨拶回りへ出かけ、ハッドは除雪道具がいい加減ガタが来ている事に気づいて再び街へ買い物に出た。
 そんな忙しい中に、話題の如彩幸弥が現る。
「こんにちは、みなさん」
 なんだろう。あの五割り増しの笑顔は。
 幸弥を見た久遠院が獰猛な番犬の様に来訪を警戒する反面、蓮は幸弥にお守りを渡して「しっかりな」と全面応援でもするかのように背を押す。
 そこに現れたるは……農場一家の今だけ二大巨頭!
「ちょっとまちなぁ!」
 若獅と酒々井だ。
 白と幸弥の目が点になる。
 若獅が吼えた。
「幸弥! 桜香の友人として、求婚が衝動的なものでない事を確かめさせてもらうぜ!」
「よぅ、幸弥。あー、一目惚れっつぅ話は聞いたんだが、一応、所帯持ちとしてのお節介、つーか、開拓者相手の結婚をどう考えてるか、将来への視点だけは聞いときてぇと……」
 酒々井を押しのけるように、若獅が更なる熱弁を振るう。
「今回の件を最終的に決めんのは桜香だ。
 けど俺達も心から祝福できるように、一人の男として信用させてくれよ!
 困っている時に優しくしてもらったから。それは切欠に過ぎない。桜香と共に過ごした時間は短いのに結婚まで考えるのだから、桜香の良い所、好きな所を教えて欲しい! そして彼女を娶った後の将来的な視点も……」
 話が、一向に前へ進まない。
 仕方がないので蓮が戻ってきて二人の首根っこを掴んだ。
「お前たちは桜香のオヤジさんか」
「うおおお、放せって! 大事な問題だぜ! 話はまだ終わっちゃいない〜」
 じたばた騒ぐ若獅を「後で質問責めにできるだろう。少しは待て」と引きずっていく。
 珍騒動をぼーんやり眺めていたメルリードとシャーウッド、桂杏と鈴梅は、白から距離を取って軒下で一列に並んだ。
 久遠院が、白に近づく幸弥をみてキリキリ歯ぎしり。
『うー、ボクの家族に失礼が有ったら容赦しないぞー!』
 隣の桂杏が脱穀をしながら雑談に興じる。
「落ち着かれる前の幸弥さんがお相手でしたら、本気で止めましたけど……あれからの様子を見る限り大丈夫ですよ、うん、……多分ですけど」
 鈴梅は新しい苗に水やりをしながら様子を見守る。
「ひいなとしては……上手く纏まって如彩家と百家が和解する一助になればとも思いますが。結婚については、お二方の意思次第だと思います」
「結婚か……」
 メルリードがぽそりと一言。
『今までろくに考えたこともなかった気がする……ずっと遠い将来か、別世界の話みたいに感じてたのかもね。う〜ん……それが急に気になる言葉に聞こえてしまうのは、やっぱネリクのせいかしら』
 シャーウッドはというと、土間で無花果ジャムの焼き玉菓子を作りつつ「当人の気持ち次第としか言えないし、ちゃんと決着がつくならそれでいい」と放任主義を貫く。
 そして若獅と酒々井に、白たちの話が終わるまで待つよう諭した娘持ちの蓮はというと「さてどうなるかな」と様子を見守る。
「あの二人がどうなるにせよ……好いた者と生涯を歩む。そういう事は、俺には出来なかった事だから。陰ながら祈らせてもらおう。上手くいったら今夜は祝い酒だな。丁度酒を持っているし」
 絶対に朝まで呑む気だ。
「ところでいい匂いだな、ネリク」
「今夜の夜食だ。柑橘類、無花果をそれぞれ砂糖で煮詰めて、小麦粉に柑橘類のジャムと牛乳、卵をあわせ練って生地にして、生地を丸めて焼き上げて、最後に無花果ジャムをかける。本当は来月食べるお菓子なんだけどな。一足早くに、だ。で、さっきの話、本当なのか」
「俺のか? ああ。昔の、ずっと昔の……話だけどな」
 切ない過去を思う蓮の話を聞いて、シャーウッドが煮詰めていた鍋を一旦下ろした。
「なぁ、ロムルス」
「何よ。二人の話がおわりしだい、畑の続きはするわよ」
「そうじゃなくてな……今度農場にきたとき、話がある。その時は聞いてくれるか?」
「話? それは、えっと……うん、わかった、待ってる」
 メルリードが頷いた。

 一方、大勢の視線に晒される白は、顔を赤くしつつも正面から求婚相手を見ていた。
「あの。幸弥さんがそんな風に私の事を思って下さったなんて……吃驚で、光栄です」
 でも、と白は毅然とした態度を貫く。
「私は百家の農場で働く者。この先も農場の味方です。それに……私が幸弥さんの結婚の相手に相応しいかどうかと不安が……幸弥さん、その点はどうお考えでしょうか?」

 白と幸弥の求婚騒動は、どちらの結論を出すにしろ、解決するまで暫しの時間を要することになりそうだ。
 そして土地の件でも一筋縄ではいかない。
 皆が調べた話は、如彩家と百家の間に、薄暗い予感を漂わせていた。