【農場記4】百家【番外編】
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/09/30 23:37



■オープニング本文

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●百家の闇

 五行国東方、白螺鈿。
 この郊外に農場を構える杏とミゼリはある問題を抱えていた。
 祖父母が手放した土地や家屋を奪還するか否か、だ。

 杏を手伝う人妖ブリュンヒルデは、まず財産の計算をしていた。
 現在、農場が経営に使える現金。換金していない翡翠の融資5個……12万5000文相当。そしてひょんな事から手に入った精霊の財宝。このうち精霊の財産を換金した額が31万2000文となっている。ここから大工五人を三ヶ月雇う事になっている為、経費7万5千文を抜いた残りは23万7000文。
「結構な金額になったみたいね」
「皆は借金返済に充てようって話してたけど……」

 問題は、祖父母の借金の総額を知らないことにある。
 元々杏達の大本である百家は、如彩家との覇権争いに負けて没落した。
 当時の事を簡単に纏めると次のようになる。

 天儀歴973年、今から約41年前こと。

 白原平野に、彩陣の里を捨てた如彩一族が逃げるように移住してきた。当時、白原平野は百家という大地主が納めており、六人の娘に財産を分与し、土地を渡した。一方、対成す形で豪商の榛葉家が勢力を拡大しており、榛葉家当主は二人の兄弟に財産を分与。
 榛葉の兄は如彩家の妻を娶り、榛葉の弟は百家の六女を妻に娶った。
 この弟と六女の妻が、杏達の祖父母にあたる。
 三年の月日が流れた。
 百家と如彩家の対立が起こり、兄が率いる榛葉本家は如彩家に肩入れし、弟の分家は百家への義理を大切にした。
 結果、百家は負けて没落した。
 無論百家に肩入れしていた杏の祖父もただではすまない。
 没落が決定的になる前、杏の祖父は妻と離縁し、数少ない財産を妻子に譲渡した。
 妻と娘を争いから護った彼は、莫大な借金を背負い、自殺を図ったという。
 借金を回収する為に如彩家は百家本邸にあった品物を奪った。
 金、財宝、宝飾品、家具、屋敷、そして土地。
 何もかも根こそぎに。

 杏達が今現在暮らしている場所は、離縁された祖母の所有地である。
 また白螺鈿において広範囲の土地が、今も百家ひいては分家子孫である杏とミゼリに所有権限があると言われている。しかしどの程度の規模でどこが所有地だったのか、百家の本家や六女だった祖母の姉妹がどうなったのか、資料もなければ、誰も教えてくれない。何故ならば当時の混乱に乗じて、百家の土地を借りていた者達が我が物顔で権利を主張し、本当の借用契約を闇へ葬ったからだ。
 百家の財産は無数の人間達に奪い取られた。
 死人に口なし。
 かくして全ては有耶無耶なまま現在に至る。

「借金の返済、かぁ」

 離縁された祖母の孫とはいえ、百家の子孫である杏とミゼリには良くも悪くも相続する権利がある。
 未だ百家を支持する旧家が姉弟を気にかけるのだから、他の血縁者はないと考えた方がいいのだろう。
 しかし諍いを望まない姉弟は、権利放棄に近い形で農地に引っ込んできた。
 だから。
 誰からも何も言われることはなかった。

「残ってる財宝が約23万文、金庫の現金が31万ちょっと。翡翠は換金すれば12万弱。幾らを返済に使うにしろ、色々品物戻ってくるのかな。おじいちゃんとおばあちゃんの形見くらい、現金と引き替えに仏壇新調して供えてあげたいけど」
 人妖は「家くらい、いけるんじゃないの?」と言い出す。
「無理だよ、ヒルデ。町中のお屋敷なんて」
「ばか言わないで。当時から40年近く経ってるのよ。その前から延々住んでたわけでしょ。築50年も60年以上も経ってるボロ屋敷に資産価値なんか無いわよ」
「そ、そうかもしれないけど。畑と家畜で手一杯なのに、街になんか住まないよ。精々物置か倉庫になっちゃうし、大勢に気を使うのも疲れるし、僕たちには此処が家なんだし……」
 杏は全く欲がない。
 しかし屋敷が杏達のものになれば、そうした権利書なども発見できる可能性がある。
 なにせ偉大な精霊様を、牧草地に埋めて隠していたような祖父だ。
 家財は無くなっても妙な所に隠している可能性はある。
 今まで手を出さなかった百家の資産。
 問題は、土地にするか、家にするか、家財にするか、だが……全く手を出さないという選択もある。

「どうするかは相談しなきゃね」
「別に買い戻さなくても困らないと言えば困らないもんね」


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰


■リプレイ本文

 酒々井 統真(ia0893)や鈴梅雛(ia0116)達は、神楽の都から五行の結陣に渡り、陸路で東の白螺鈿へ向かう。毎度ながら長距離だが、この移動が面倒になった数名は農場に滞在を継続する事に決めた。
「あれから結構立ちますが、皆さんどうしてるでしょうか。あ」
 鈴梅が大きな影に気づいた。
 声を投げると、竜が目の前へやってくる。
「只今戻りました。何か変わった事とかありましたか」
 駿龍ライカから降りたロムルス・メルリード(ib0121)が肩を竦める。
「特には。でも連日建材の調達だったの。意外と大変なのよ。皮剥いでカンナかけたり」
「そこまで?」
「まだネリク達は建設を手伝ってるわ。昼には母屋に戻るわよ」
 メルリードの指さす方向には、親方らしき大工から鉋のかけ方を学ぶ、ネリク・シャーウッド(ib2898)と蓮 蒼馬(ib5707)の姿が見えた。近くにアーマー火竜のアイゼンや炎龍レーヴァティンが待機している辺り、相当な肉体労働も架されているに違いない。

 母屋に到着してまず酒々井達の目に付いたのは薪だった。
「凄い量の枝だな」
 久遠院 雪夜(ib0212)が「あー、それね」と言いながら忍犬天国の毛を梳く。
「枝はここら辺一帯の拾いもの。あとは危ない倒木から割った奴ね」
「外にあった薪の束か」
「うん。冬籠もりの支度には早いけど、傷む物でもないし、早めに乾燥させた方が多少は使えるかなって。湿気が酷そうなら屋内用じゃなくて炭焼きや焼き物に使えそうだから」
 枝を拾い集める久遠院が森を捜索し、知らせを受けたハッド(ib0295)がアーマー戦狼のてつくず弐号を用いて計画的に伐採し、その場で延々と手斧処理を続けたらしい。ある程度の薪が溜まってきたら縄で縛り、アーマーや龍で母屋まで運搬する。きちんと昨年の内に伐採して薪用に乾燥させた木材と違い、倒木は色々と危険だからだ。
「で、ハッドは」
「試しに生木で炭作るって言って、朝から炭窯に生えた雑草伐採してるはず」
「皆さん、おかえりなさい」
 白 桜香(ib0392)は攪拌機をごろごろ回していた。
 毎日の加工品作りは収穫物に依存するし、作物には限りがあり、卵の収穫量が増えるわけでもないので、作る加工品は乳製品が大半だった。おかげで今まででは考えられない量のバターができている。
 代償と言えば腱鞘炎くらいだが、巫女に多少の怪我など無縁な世界だ。
 その時、玄関の戸が開いた。
「あー疲れた。ちょっと休憩……お? おっかえりー」
 泥と雑草まみれの若獅(ia5248)が人妖の黄・雀風と戻ってきた。
 冬は家畜の餌に困る為、今から牧草を刈って束ねて干し、夕方には乾燥した草を束ねる作業を毎日続けていた。
 白が「何か軽く食べます?」と若獅に問いかける。
「うん。食う! そういやさ、みんなが都に戻ってる間にすごいんだぜー、毎日バターたっぷりのパンとか食べられるし、発酵乳も時々食べられるし」
 驚いた鈴梅が「え、自家消費しちゃったんですか?」と首を傾げる。
「自家消費しても余りがあるって事です。最近、どれだけ中瓶を増やしたと思います?」
 発酵乳の世話を極める桂杏(ib4111)が胸を張る。
 開拓者仕事を放棄して長期滞在を決め込んだ桂杏がやった事は発酵乳の増産であった。
 部屋に人間の頭ほどの瓶が並んでいる。
「多いですね」
「そろそろ常温で置ける時期ですから。毎年続けてきただけあって、知名度も上がり、高値がつくようになってきてますから収入増えますよ。間違いないです。他の方は作り方を存じませんし、この前なんて『売ってくれ』と身なりのよさそうな方がいらっしゃって」
 うふふふふ、と桂杏が含み笑いをしながら饒舌に喋る。
 次に作るなら類似製品か、或いは、発酵乳を美味しく頂くソースの開発。
 夢は膨らむ。


 百家の資産を買い戻す。
 この問題を考えた時に『じゃあ買おう』等という話にはならない。
 何を買い、幾らの値段を払うか。本当にそれは必要なものか、等を吟味する必要がある。

 鈴梅は人妖ブリュンヒルデの話を聞いて悩みこんだ。
「家、ですか。何十年も前の物ですし、無人のまま久しいなら、そのままでは住めなさそうですけど」
「ボロボロを狙うのよ!」
「土地と家屋代ならまだしも、維持費と修繕費の方が掛かったりしませんか? ただ物件を買うだけなら、条件次第では新築の方がやすい場合もあります。今すぐと言う訳ではないですし、候補を見繕って、実際に下見をしておいても損は無いのではないでしょうか」
 買い物の前に気が大きくなるのは禁物だ。
「これは、と思うような物が見つかったり、やっぱり要らないとなる事も考えられますし」
 鈴梅に諭された人妖は「え〜」と残念がる。
 暫く悩んでいた桂杏が「確かにどう考えても時間がたちすぎていますしね」と話す。
「スジ的に考えれば杏さん達お二人に諸々の権利があると思いますが、もし仮に証文の類が出てきたとしても『はいそうですか』と譲ってくれない可能性の方が高いと思います」
 喧嘩してまで土地や屋敷が欲しいか、というとそうでもない。
 メルリードが「そうね」と呟く。
「建物に土地……何にしても安くは無いでしょうし、よく考えて決めないと。ね、ネリク」
「もし屋敷を買い戻すなら、また大きな金が動くことになるな」
 まだ購入予定に過ぎないが、資金繰りは考える必要はある。
「全く農場にきてから学ぶ事ばかりだ。農業林業に養蜂建築学経済学……世界の縮図だな」
 思えば色々手を出したものだ。
 農家の「濃」の字も無かった廃墟同然の頃を思い出す。
 蓮が軽く唸った。
「俺の意見としては……だが。土地や家屋の買戻しにについては、とりあえず実際に見てから決めても遅くはないだろうという話に同意だ。杏の祖父が林の中に何かを隠した可能性はあるかもしれないが、そうだとして容易には見つからんだろうな」
 話を聞く白は「菩提を弔う遺品などあれば、何か見つけたいですが」と呟く。
「調査は賛成。手伝うよ。でも」
 久遠院は「家や土地に隠す、ねぇ」と若干口ごもる。
「何か隠してあるのかなぁ? 例えば今でも隠してあるって場合は、約40年前の勢力争いの時には使わなかったって事だよね。没落原因が金銭なのにわざわざ使わない、隠した、しかも肉親に教えない……っていうのは考えにくくない?」
 こちらも正論である。
「まあ言うとおり……金品の線は薄いだろうが、何か物とかな」
 財産の可能性が7割程度消えた所で、久遠院が怪しんだのは別の可能性だ。
『仮に隠されてる物があったとして、だよ? 条件を考えると……精霊様の祠並みに危険物? 流石にそれは……それで、ちょっと怖いなぁ』
 安全を第一に考えるなら、関わりをご遠慮いたしたいモノの可能性もある。

 空気が重い。

 桂杏は「ものは考えようですよ」と励ます。
「お金に不自由した時代に手放さざるを得なかったもの……それを立派になって、もう一度買い直すのもロマンですよ、ロマン!」
 酒々井が話を聞きながら『確かに余計な輩が来る可能性もあるが……』と悩む中、成長した杏を見た。
 もはや簡単に騙されたり、人を追い出すばかりの子供ではない。
「ま、人でも精霊でもアヤカシ相手でも、そう簡単にゴタゴタに負けはしねぇさ。欲張る必要はねぇとは確かに思うが、取り戻せるもんなら取り戻しておいて損もねぇだろ」
「長い目で見れば、別の考え方もあります」
 鈴梅が杏やミゼリを一瞥した。
「今回の話は桂杏さんの言うように元々の資産を取り戻す……と言う意味もありますが、ひいなは、将来お二人が所帯を持つ事になった時等に、町の方に別邸があれば便利かなと。北と南の魔の森侵蝕で確実に高騰する白螺鈿の土地を今の内に買っておいたり、地域の相場を調べるだけでも違ってくるかもと思ったので」
 隣の酒々井も『資産を持つのは強みでもあるな』という発想に行き着いた。
 杏は今年9歳。
 ミゼリに至っては21歳、既に婚期を過ぎている。
 別居の相談は何十年も先の話ではない。
 久遠院は頬を掻く。
「そだね。あと翡翠の祠みたいな危険物が他の人の手に渡ったら怖いし、調べないとね」
 精霊の時のような厄介事はさけたいと白も思った。
『平和が続いて欲しいです。働き手も足りてませんし規模拡大は時期尚早にも思えます』
 若獅は頭が茹だった。
 肉体労働は慣れっこだが、土地の見立てなど未知の領域である。
「よく分からねえんだけど……でも折角だし、農場を栄えさせる事とか、杏達の将来に役立つ場所を選んでやりてえとは思うな」
 祖父母の形見くらいは取り戻してやりたい、そんな気持ちが蓮にもあった。
 出納帳を預かっていた鈴梅の経済的な話は続く。
「買う買わないを決める為にも、実際に見ておいた方が良いですよね。その為にも地権者や管理者を訪ねるのは必須です。不動産の相場も必要だと思いますし」
「俺が行こう。まずは幸弥だな」
 酒々井が立ち上がった。
「あくまで資産を取り戻す方向性で来た、ってのは明確にしとくか。前に何かあったか聞いた関係で様子見もしときたいし、あとは資産買戻しに関して地主に話通してた方がすんなりいくだろう」
 万が一、精霊や祠の話をふられたらすっとぼける、と告げた。
「私もご一緒します」
 白が昨晩作ったエッグタルトを手籠に入れ始めた。
「幸弥さんを訪ねようと思っていましたから。差し入れを持って。帰ったら皆さんにも振る舞いますね。自信作です」
 最終的に蓮も同行することになり。
 下見などの調査は如彩家を訪ねてから、という話になった。
 話もしまいの頃に、ハッドが「そういえば」と呟き「少し出かけてくる」と告げた。
「買い物か?」
「野暮用じゃな。我輩は祠の発掘場所や農場の建物の位置を地図に、あと百宴で見かけた縁者から生家の話でもきいておく。何か役に立つかもしれんし、立たぬかも知れぬがの」
 酒々井、蓮、白の三人は白螺鈿に向かった。


 白からタルトを受け取った幸弥が首を傾げる。
「百家の物件? 急にどうしたんだい」
 酒々井は「農場の経営も軌道に乗り始めたんでな」と説明を始めた。
「街の拠点とか別居先も考える時期なったし、資産はまぁ、うちは開拓者が多いし」
「十数名の投資家がついてるってのは、羨ましいよ。開拓者は高給取りが多いと聞くけど」
「その分、アヤカシ相手に命張ってんだけどな。兎も角な、運用資金の都合で町中の古い物件探しするなら、百家縁の空き物件の方が軋轢がなさそうかと思ってな。な、蓮」
「ああ。勝手に入る訳にはいかんしな、候補を絞るために現状を見ておきたい訳だ」
 蓮は肩を竦めつつ「地権者について知りたいんだが」と話す。
 暫く幸弥は黙っていたが、瞳が鈍く光った気がした。
 やがて微笑みを返す。
「うん。分かった。兄さんが纏めた資料があるから、良さそうなのを一緒に見繕うよ」
「兄さん?」
「虎司馬兄さんが残した資料さ。杏君達が受け取らなかった内の一つだよ。町中の物件、立地や土壌の調べもしてたみたいで、ぼくも大いに助かってる。で、どんなのがいいの?」
 酒々井は「あー、悪いが、こっちで預かって吟味していいか?」と問うた。
「量が多いよ。ぼくが手伝わないと」
「いや、それがな。やれ市場用に倉庫がいいとか、結婚したらどっちが外に出るかとか、小さな工場にして加工品増やすとか、畑の作物をふやすとか、つまり全員が言いたい放題で決まってねぇんだ。希望も条件もそろわねぇから、口論に付き合わせるのは悪いだろ」
 一応、嘘ではない。
「……君たち大変だね、そうか。目的や用途が決まってる訳じゃないんだね」
 蓮が「だから候補を絞る為だといったろう」と言い添えた。
 不憫そうな眼差しの幸弥が肩を落とし「けど資料をかす訳にはいかないし」と唸る。
 結果的に、白と上級人妖桃香、天妖雪白がめぼしい場所を数軒ほど書き出して写しを持って帰る事になった。
 酒々井と蓮は先に帰る。
 物件や地権者などを書き出していた白が、物陰にいき瘴索結界でアヤカシの反応がない事を確かめた後に、幸弥の手を握った。
「幸弥さん。一人で悩まないでくださいね。ずっと心配で……生成姫が退治されてから、この土地も良い方向に変わっていると私は思っています。疲れた時は甘いタルトでも食べてひと休みしてください」
 幸弥は言葉に詰まった。
 そして白の手に……縋った。
「……うん、ありがとう。そうだね、折角いい方向に変わってきたんだ。ぼくがしっかりしなきゃいけないのに、倒れるわけにはいかないね。ぼくにはもう、後がないんだから」
 あとがない?
 白や雪白達は眉を顰めつつ、それを追求する事ができなかった。

 そして写しを持って帰ると、更に家族が増えていた。
「こんばんは。遅くなりました」
 アルーシュ・リトナ(ib0119)だ。養女の恵音と羽妖精の思音をつれている。
 養女は開拓者ではないし竜を置いてきたので空路を使い、結陣から鬼灯、鬼灯から白螺鈿行きの馬車を乗り継いできたという。不在の間の経緯を聞いたリトナは「悩ましい問題ですね」と困った微笑み。
「何があるにせよ、きっとお祖父様はお二人が心穏やかに生きていくことを望まれるでしょう。慎ましく、自分の手の及ぶ範囲で」
 建築から戻ってきた蓮も瞳にくらい影を讃えつつ「俺もそう思う」と短く告げた。
「個人的には形見があるなら取り戻すのは間違っていないと思いますが……」
 問題は『加減』だ。


 久遠院とハッドは板張りのされた旧本邸に来ていた。
 白螺鈿の中心部にある一等地だ。
「でっかい豪邸には違いないけど、すごい埃と黴だなぁ」
 ごほごほ咳き込む。
 豪華な造りである事は分かったが、それは過去の栄光でしかない。
 ハッドは痛みの程度や状態を事細かく記録し始めた。管理の手落ちは、値引き交渉に使える。
 更に厚く体積した埃の上を、誰かが歩き回った痕跡があった。いつの足跡かは分からない。
 忍眼や超越聴覚で鼠や野良猫が畳の下を走り回る事が分かった後、外周と内装を計測して計算が合わない事に気づいた。
 隠し部屋は全部で二カ所。
 内一つから『人骨』が出た。
「こ、これ誰!? 男? 女? おじいさん、飛び降り自殺とかじゃなかった?」
「これは厄介な予感しかせんの〜」
 驚いた二人は現場をそのままにして帰ることにした。

 その頃、メルリード達は旧西別邸にきていた。
 旧家の多い地域だ。
「ここは大凡55万文か。現状の資産で何とか買い戻せないわけではないけど、いくら何でもお金をほとんど使い切るようなことはできないわよね。もし修理とか改装とか必要なら、むしろ予算を超えるくらい……今買い戻すというよりは、ずっと先の将来において、十分な資産がたまった時にって感じかしら」
 シャーウッドは「そうだなぁ」とぼやく。
「どれを買うにせよ大きな金が動く。慎重すぎても問題はない。農場の経営が軌道に乗ってて将来的な展望がはっきりしてたら余裕もあるんだろうけどなぁ……こちらに余裕はないし、長期的に考えれば必要でないものを買い戻すのは流石に厳しい。しかし精霊関係のものとかがあればまた話は別だし……あぁもう資金繰りは面倒臭いなぁ」
「気持ちは分かるわ。まさかにここにも何か埋めて……なんて事は考えたくないわね」
「ああ。買い戻すにせよしないにせよ、まず屋敷の状態や周辺状況が分からないことにはどうにもならない。こそこそ動いて怪しまれても後々面倒だしな。まっ、堂々といこう」
 庭が森と化していて、壁にもツタが生い茂って緑の屋敷となっている事をのぞけば、シャーウッド達の別邸は支柱に痛みも少なく良好な状態だった。ただしろくな家財はない。
 変形した金庫と潰れた仏壇があるくらいだ。
「壊そうとしたけど開かなかったのね。けどお金の路線は考えにくいし」
「普段使わない頭を使ってると疲れるな。ロムルス、帰ったら何か美味いものを作るか」
 シャーウッド達は農場へ帰る。

「寒い……屋根の瓦、割れてますね」
 随分雨漏りしたらしく、天井にはシミが伺え、柱は幾つか腐っていた。
 足下がギシギシ鳴るので鈴梅は常に注意せねばならなかった。
 もし本邸が高値な理由が痛みが少ないという事なら、旧東別邸の42万という価格は納得だ。
 老朽化が酷い。
 土地面積の値でしかないのかもしれない。
 建物の解体より補修の方が高く付きそうな気もする。
「でも。こうして見ると、やっぱり百家は大地主だったんですね」
 池だったと思しき場所は雑草の森だ。塞き止められた水は干上がり、石畳が残るのみ。
 家財は結構残っていたが使える物があるかは調べなければ分からない。
 鈴梅は屋根裏に上がった。
 輪になった縄が置かれていた。どう控えめに見ても首を吊る道具だ。遺体はない。
 さらに床下に潜り込んだ。
 基礎はボロボロで、触っただけでぼろりと崩れた。

 かつて百家の所有だった土地は、如彩家ばかりが持っていた訳ではない。
 主立った家屋を覗き、他の地権者はバラバラだ。
 如彩家へ不動産の売却を委託している例も多い。
 地権者に手土産を持って挨拶し、その後平地を訪ねた白は、平地を踏んでみて湿気が多いことに気づいた。川より低い位置にあるのかも知れない。
「畑か稲作か、といえば稲作でしょうか。アヤカシの反応もありませんし」
 ちなみに白は奇妙な話を平地の近所で聞いた。
 その平地は春頃、幸弥が大人数を投じて開墾したが、何故か田畑として使える状態にも関わらず放置されているという。

 完全な獣道だ。
 雑木林の下見に来た桂杏と蓮はそう思った。
 炎龍レーヴァティンの背から鬱そうと茂る雑木林を見た蓮が地上に降りる。
 蓮も桂杏も木の種類などを気にしていた。
「こんな立派な無花果の木が沢山あるのは嬉しいですね。十月には食べ頃ですよ、せめて実だけもらえないものでしょうか。何故、今まで誰も収穫にこなかったんでしょう」
「他は松だな。良く燃えるといえば燃えるが」
 バキッ、と音がした。
 蓮が何か踏んだ。
 それはたった1本の卒塔婆だった。
 ここは墓地ではなく、他には何もない。
 沈黙の末、地権者の生活ぶりを観察していた上級人妖百三郎を連れ戻して二人は帰った。

 若獅とリトナは川沿いの土地を見に来ていた。
 若獅は深呼吸して地権者の家の前に立つ。
『よぉし、気合い入れて調べとこう! 整地するのも金が掛かるってきいたし、川魚とか定期的に獲れそうなら、白螺鈿じゃ重宝されるだろうし……』
 少し前に話のあった稲作の事も、川から水引いて手を広げられるかもしれない。
 胸に使命感が宿る。
「たのもー! じゃなかった、こんにちはー!」
「はいはい、どちらさまで」
 若獅が人妖の黄・雀風とともに地権者から詳しく管理を尋ね、四季に応じた変化や魚の釣り具合、井戸などの水質の状態、ここら辺一帯の近隣住民などを的確に調べていく。
 その間、リトナは養女や羽妖精を連れて堤防を歩いていた。
 秋の花も咲いている。
「お祭りの後は静かね。堤防のお陰で氾濫もないみたいだし……近くに橋がないのが少し不便かしら。橋が有れば商いも増やせるけれど……あ、ごめんなさい恵音、疲れた?」
 腕に人形のふりを続行中の羽妖精思音を抱えた娘が首を振る。
「ううん、平気よ。おかあさん。釣ってる人、いっぱいいるね」
 白螺鈿の生活排水が近くから流れ込んでいるせいか、街の下流では殆ど見かけない釣り師や漁船が、ここ一帯では多かった。羽妖精が話の腰を折る。
「ねー、恵音、どんぐり拾いにいきたいな。秋用のベストにつけてくれるよね?」
「まだだめ。おねえさんが戻ってからにしなくちゃ」
 その後、若獅が戻ってきた。
 曰く、釣りをしたり、小さな漁船を構えるにはいい場所だが、大雨で水没したり川に近すぎて湿気に悩まされる場所だと判明したのだった。