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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●夏の到来 雨季が通り過ぎると、急激に暑くなる。 蒸し暑い不快な気候と言えるが、それは夏の始まりと祭の到来を呼ぶものだ。 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 水田改革で培った土木技術を用いて、彩陣の経路とは別に渡鳥山脈を越えた鬼灯までの整地された山道を数年前12月1日に開通。結陣との最短貿易陸路成立に伴い、移住者も増え、ここ一帯の中で最も大きな町に発展した。 白螺鈿は毎年8月10日から25日まで、白原祭で賑わっている。 「もうじきお祭りだねー、ヒルデ」 「そうねー」 杏の農場は白螺鈿郊外に莫大な敷地を保有していた。 今では立派な農場である為、毎日仕事に忙しい。余り祭に顔を出すことはないだろう。 なにより最近は、街中の様子も少しおかしいと聞いた。 今の地主は、如彩幸弥。 四兄弟の中でも最も温和でありながら経営手腕に長けた若者……だった。 今年の春以降、彼は街中の物事に興味を示さず、意図的に拡大する農地ばかり見て回っているという。少し神経質になり、近寄りがたい雰囲気を放っていると聞いた。 「許可証の更新、いかなきゃだめだよね。畑の件、聞かれるかなぁ」 市場を利用するには許可証がいる。 つまり如彩幸弥に会わねばならない。 「土地貸してくれってやつ? 聞かれるまでシラをきっとけば」 「そうだね。一万文用意しておかなきゃ。幸弥さんところにいって、すぐ帰る」 支度をしていた矢先に来客が現れた。 もふらをつれて。 「元気そうね」 ●資産譲渡 窓から急に聞こえた第三者の声。振り返ると見覚えのある羽妖精がいた。 「この前の」 「今日は届け物に来たの。主様解放の謝礼、置いていくから」 意味不明な発言だ。眉をひそめて窓の外を覗き込むと、そこには荷車をひかされているもふら様がいた。荷車の中には高級そうな器や金銀の装飾品などが、ずっしり積まれていた。しかるべき筋で売り払えば、底値でも30万文はくだらないだろう。 「な、なにこれ」 「……里の復興に、とっておいた財産の一部よ」 「え?」 「あなたたちには関係ない話。主様の社にあったお布施とか宝物庫の品物とか。いらなくなったから持ってきただけ。ありがたく思いなさい。野良もふらも置いてくから、すきにすれば。じゃあね。もこもこ、ここで養ってもらいなさいよ」 「もふ〜、元気で暮らすもふ〜、ばいばいもふ〜」 ごっそり荷物を置いて去っていった。 杏と人妖が顔を見合わせる。 「一旦倉庫に突っ込んで、みんなに伝えなきゃかな」 「素直に受け取っていいのか困るわよね。変なところから盗んだモノとかだったら困るし、うちは農場があるからって話で……資産の譲渡を断ったくらいだし」 その時、畑を見回っていた人妖の炎鳥が戻ってきた。 「なんだ……そのもふら。みたことないぞ! 家族のじゃないよな?」 「後で説明するよ。先に畑。ミゼリ姉ちゃんは」 「胡瓜の支え棒作ってる。これ畑の様子な」 資料を手渡す。 ●農作業 今回は仕事が多い。 一番畝、二番畝、三番畝で猛烈に伸びているニラを根元を少し残して刈り取らねばならない。放っておいても勝手に伸びるのは幸いだ。4番畝のタンポポの根も引き抜いて念入りに洗って天日に干さねばならない。葉は苦みのあるサラダとして食べることもできるので、一種の珍味だ。10番畝のホウレンソウ、11番畝の春菊も青々と異様な位に茂っている。15番畝のトマトも収穫開始時期で、ハーブ園では芸香に花がついている。 「すごい仕事量ね」 「カボチャとかはどうだった?」 5番畝に植えた南瓜の収穫はもう一か月先になりそうだという。同じように玉蜀黍、薩摩芋、馬鈴薯、茄子、胡瓜、枝豆、豌豆の収穫にはまだ早い。 「6番畝、7番畝、8番畝、9番畝に何植えるか決めないとだね」 前に収穫してそのままだった。 「堆肥は袋詰めしたいけど、余裕はないかもしれないな。できれば蜂蜜も収穫したいけど、まだ時間はあるからもう少し先でもいい」 「収穫したのは即日納品と市場で売らないといけないものねー、この暑さじゃ腐っちゃう」 気がかりなことは他にもある。 豌豆や茄子は28度を超えると生育が鈍るし、馬鈴薯は30℃以上になると芋が形成されない。牛や鶏は暑さにばて始めているので、卵の収穫数も少しだけおちてしまい、発酵乳を収めている保冷庫用も含めてたくさんの氷が必要だ。 「あ、そうだ。みんなになめこの事をいわないと」 家族が調べてきたキノコ接種には、どうしても条件に適した木が必要だった。しかも秋までに時間があまりない。そこで、家族が小屋を建てる為に保管していた木材を何本か拝借して、なめこの接種用に使ってしまったのだ。 「怒られるかな。怒られるよね」 「かくさないことね」 一旦、人妖炎鳥は仕事の一覧を書きだした。 1、家畜の世話。 2、許可証の更新。 3、作物の収穫。 4、暑さに弱い作物の日除けや支え棒づくり。 5、作物の収穫と販売。氷の調達。苗の調達。 6、各種加工品づくり。 7、野良もふらと譲渡財産をどうするか。 次から次へ。 問題は山積みだ。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121)
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
真名(ib1222)
17歳・女・陰
ネリク・シャーウッド(ib2898)
23歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰 |
■リプレイ本文 農場に到着後、もふらと財宝の置き土産に仰天した。 しかし鈴梅雛(ia0116)達から農場から去った雪神様が本殿に戻り、新しい水脈が解放された事を聞いた。 「……という訳です。とりあえず、そのお礼の品は、怪しい物ではないと思います」 「そうか」 神楽の都で買ってきた種や苗を倉庫に置き始めた蓮 蒼馬(ib5707)は、ふと思った。 『もふらや財産を託して、あの妖精の娘はこれからどうするつもりなんだ?』 また遊びに来るとは言っていた気もする。 が、果たして白原祭開催中に来るだろうか。 手伝うハッド(ib0295)が財宝をしげしげと眺める。 『あの、ちんちくりんが齎した財宝の〜、これも何かの縁とゆ〜ヤツかもしれんの〜』 「でもさ、そういう経緯なら財産はありがたく受けて如彩家への返済にあてたいなぁ」 声を投げたのは久遠院 雪夜(ib0212)だ。 杏と一緒にもふらに抱きついてもふもふ感を感じつつ話を続ける。 「ボク、正直に言って幸弥を信用しきれない。 そりゃ、直接手の込んだ真似してきてた虎司馬みたいな素振りは見ないよ。 市場では世話になってる、大雪に埋もれた時も色々と便宜も図ってくれた。 けど状況的に見て近づきすぎるのは良くないと思うんだよ。 疑念が増えたって言うか、色々理由つけて手を回してくる可能性がないとは言えない。『明日までに払え、でなければ農場を渡せ』と言ってくる日が……この先こないともかぎらない」 苗を棚に並べる蓮は「俺も財産は借金返済の足しに、で異論はない」と声を投げ、酒々井 統真(ia0893)も「貰っていいたぁ思うが」と言いつつ財宝を見て頭を掻く。 「信頼できる人が調べてからがいいのかな。やっぱり」 若獅(ia5248)は『縁故での鑑定』を推した。 鈴梅は財産の鑑定先に、事情を知る封陣院分室長の狩野柚子平の名をあげた。 ハッドが「鑑定の〜」と天を仰ぐ。 「流石に街へ運ぶのは目立つしの。単に相場を知るんであれば、恵んにでも鑑定に来てもらってモノが何なのか確かめるのがよいじゃろ。あれでも榛葉の豪商の要じゃからの〜、曰く付きの物なりを処分するしないは……そのあとでよかろ〜」 とはいえ榛葉恵は商を支える大黒柱だ。いわば商売の鬼。無料で鑑定してくれるとは限らないし、へたに口を滑らせる訳にもいかない。 蓮が頭を捻る。 「恵に鑑定してもらう場合だが……冥越での戦いで俺達が得た褒章を持ち寄った物、としておくか? 少し苦しいが不正に得た物ではないという事は言っておいた方がいいだろうと思う」 アルーシュ・リトナ(ib0119)が古めかしい貨幣を拾い上げた。 「どちらの伝手を借りるにせよ、借金返済の為には少しずつ換金でよいかと思います。桂杏さんがおっしゃったように、出所を詮索されるのは困りますし、一度に返すとそれも訝しがられると思うので……分割や開拓者からの援助なりの理由は必要でしょう」 財産の出所が分からないようにしたい点については桂杏(ib4111)も同意した。 「そうですね。例えばこれらが百家所蔵品だったとか勝手な評判が立ってしまうと、困窮していた時期になぜ手放さなかったのか? 最近手に入れたとしたら、何処から? と、面倒事が増えるばかりです、きっと」 ロムルス・メルリード(ib0121)は「鑑定の後に、換金しても良さそうな品を改めて見繕う必要があるわね」と財宝の山を見た。 「田舎は兎も角、神楽の都や他の首都なら換金しても噂の立ちようもないでしょうし」 酒々井は「そうだな処理は分散した方が良い」と言った後に一同を見回して「俺らが預かって金を戻すか?」と話を振った。 重い物は龍の相棒を連れた仲間に託すしかなさそうだ。 蓮も「皆で手分けして換金する点は了解だ」と頷く 若獅は「売却して問題なさそうな品物なら、俺も換金手伝うよ」と空龍を示す。農場の赤字を相殺できるなら願ったりだ。 「後はもふらさまだよなぁ」 リトナは「お迎えしましょう」と乗り気だ。 「のんびりした調子がミゼリさんの和みになってくれれば、って思いますもの」 「ボクも同意見。ミゼリちゃんや杏君の癒しになってくれればそれはそれで」 桂杏がもふらを撫でる。 「この子が突然増えたからって、何も問題ないと思います。誰か開拓者が置いていったと言えば、これまでの経緯から疑う人がいるとも思えませんので」 酒々井はもふらを一瞥する。 「こいつも『養ってもらいなさい』って言われたみたいだし、財産受け取るなら面倒見るべきだな。上手くすりゃ、力仕事も捗る」 ハッドも「もふらさまは住み着いてもらっていいじゃろ〜」と声を投げる。 「ただし働かざるもの食うべからず、じゃがの」 もふらの定住に賛同した蓮も「此処にいる以上しっかり働いてもらわんといかんがな」と笑う。もふらに頑張って働いて貰う事に鈴梅や杏達も賛成した。 メルリードが「まあ、杏達が良いなら止める理由はないわね」と肩を竦めた。 少しは労働力になって欲しいとは思うものの…… もふらは総じてやる気がない。 若獅は「なぁ、もふらさま」と声を投げて歩み寄る。 「ここに住んで貰ってお世話する代わりに、杏が困ってたらきちんと助けてくれよな」 「もふらはここで飼うのが良いとは思いますが、暮らす為の規則は覚えて頂かないと」 白 桜香(ib0392)は早速、もふらの傍らに立って色々教え始めた。 田畑を荒らさず、気性の荒い動物の成育を妨げず、どこが遊んだりお昼寝してよい場所か、近所や来客に対して礼儀正しく接して農場の評判を落とさないよう努力することなど。 「いっぱいのはなしは、よくわかんないもふ〜」 「少しずつ覚えて働いて貰えれば。次は大事なことですが、……ここに来た経緯は『気付いたらここにいた』程度で留めて、本当のことは秘密にしてくださいね」 「わかったもふ〜」 本当に分かったのだろうか。 財産ともふらの話し合いが落ち着いた所で、皆が農作業に移っていく。 ふいに杏がネリク・シャーウッド(ib2898)の手をひいた。とても深刻そうな顔で「言わなきゃいけない事があって」等と言い出すから何事かと思えば、シャーウッドが確保していた木材を一部、茸に使った事を謝ってきた。 「勝手に使って、ごめんなさい」 隣のメルリードは「別に怒らないわよ。木材はどうせ今すぐ必要ってわけじゃないし。ねぇネリク」と助け船を出す。 「そうだな。怒るつもりなんてないぞ。寧ろ……お前たちが先を考えて動いたほうが、俺は嬉しい」 「本当?」 まだ怯えている杏にリトナが歩み寄った。 「杏さん、建築木材の件は自分で判断された事ですもの、大丈夫。上手く育ちます様に」 「美味く育てばなめこ茸は新しい収入源にもなるし、材木はまた探せばいい。収穫できたら美味い茸料理を作ってやるから楽しみにな」 わっしゃわっしゃと頭を撫でるシャーウッド。メルリードは残る材木を見た。 「でもネリク。もう結構長い間放置してしまっているし、建てるなら少しずつでも手を付けていかないといけないわね」 「そうだな。不足分は後で、手が空いたら見繕うとするよ。なにしろ天儀の夏は蒸し暑い……作物が心配だ。さて、やることは山積みだ、っと」 現れた鈴梅が「夏も仕事は山積みです。暑がってばかりも居られません」と言いつつ帽子を探す。 「これ被ってください。夏の暑さは、作物だけじゃなくて、人にも良くないです」 「そうですね」 微笑んだリトナの後方から「おかあさん、お話、終わった?」と声が聞こえた。 振り返ると空龍フィアールカがいた。その足下に少女が隠れている。 「あ、すっかり紹介が遅くなってしまいましたね。私の養女の恵音です。収穫のお手伝いをしてもらおうと思って。杏さんと歳も近いと思います。さ、恵音、皆さんに挨拶して」 「はじめまして恵音です」 一方、若獅は記憶を持たないミゼリと対面していた。改めて挨拶が必要だと感じた為だ。 「今のミゼリにとっては、初めましてだな。俺は若獅ってんだ。農場の仕事は主に力仕事担当してる。宜しくな!」 努めて明るく笑って握手した。 ミゼリと若獅の様子を見ていたメルリードが双眸を細める。 『ミゼリの記憶は、焦っても仕方がないわね。今は目の前の農場仕事をコツコツしないと』 通りかかった久遠院はハッと何かを思い出し、ミゼリに駆け寄って「換金の話きいた?」と確認した。 ミゼリが「ええ」と頷く。 「昔の事で不安かもしれないけど、ちゃんと換金して持ってくる。ボク達を信じて」 前に農場の財産を掠め取った者がいた。姉弟は以降、人を信じなくなった時期があるのだ。暫く思案した後、ミゼリは浅く頷いた。信用したと言うより半信半疑の様子だった。 若獅は早速、畜舎へ向かう。 重い扉を開け放つと籠もっていた空気が吹き抜けた。 「よっし、みんなげんきにしてたかー!? まずは水浴びするぜー!」 モォォォォ、と鳴く雌牛たち。 『やること盛り沢山、上等! やりがいあるってもんだぜ』 まずは雌牛達を洗い、散歩に出して、畜舎の掃除と日除け設置が待っている。 蓮は痛む体を労りつつ、柵の点検と修理に向かった。獣が行き交うこの辺りでは、壊されることが屡々ある。柵の修理をしつつ、畑の支え棒になりそうな枝を見繕っていく。 「なんか久しぶりって感じだなぁ……仕事がたまる前に、さっさと片づけちまわねぇと」 酒々井は蒲公英の根を引き抜くのに苦労していた。 前にやった作業と言えど、根が千切れては意味がないし、時間がかかれば洗ったり日干しにする時間が圧迫される。 桂杏とメルリード、人妖やからくり達も収穫に勤しむ。 急いで収穫が進む中で、時々鈴梅達が冷えたお茶や特別な水を皆のところへ持ってきた。 「今の時期は収穫を逃すと痛んでしまうので、作物の収穫は勿論大事ですが……熱中症が怖いですし、帽子を被っていても水分補給は、忘れないで下さい」 ちなみにこの特別な水は、シャーウッドのお手製で水と塩、樹糖が混ぜ込まれている。 「ありがとー、今晩はボクが品分けするよ。倉庫に積んで置いてくれれば」 冷茶を受け取る久遠院が「完徹でやるから任せて」と笑う。 シャーウッドが倉庫の合い鍵を渡した。 「今晩の当番、頼むな。皆も頑張り過ぎず、一寸疲れたらしっかり休憩も取っておけよ。……おっと、雛、採蜜にいってくるんで残りを配るの頼む」 「はい。分かりました。いってらっしゃい。アルーシュさん達もどうぞ」 「ありがとうございます」 同じく冷茶を受け取ったリトナが休憩がてら栽培箱の様子を眺める。唐辛子はもう少し時間が経ってから。夜には塩卵の仕込みを欠かさずやらなければならない。戻ってくると収穫の手伝いで疲れた恵音が日陰で空龍フィアールカと寝ていた。 ハッドはいない。 蓮から頼まれた日除けに使う布を街で購入してこなければならないし、榛葉家に樹糖の売り込みという名目で鑑定を頼みに出かけたからだ。 白は通っている使用人の女性達に話を聞いていた。 二日目の朝が来た。まだ外は薄暗い。 「おはよー、悪いんだけど柵の方に行けないかも。今日中になんとか向こうを片づけるよ」 「気にするな」 「ごめんな。あと、買い出し班に釣り具一式の買い物頼んでおいてくれると嬉しい」 夜遅くまで久遠院を手伝っていた若獅は、猛烈に眠そうな顔で畜舎に向かう支度をする。 昨日、雌牛を洗って散歩に出し、畜舎を軽く整えたものの、外に出した糞尿を発酵させる穴まで持って行かねばならない。運搬が終わったら鶏小屋の掃除がまるごと待っている。 『明日は池でヤマメ釣りできるかなー、無理かな、がんばろう』 「打ち水おわったわ。少しは涼しくなってくれるといいのだけど。あら、おはよう」 家の周りで打ち水をしていたメルリードが「今日は私もそっちを手伝うわ」と言った。 「え、でも」 「人手は多い方がいいでしょ。雌牛たちを外に放して水と飼い葉の設置を手伝ったら、鶏小屋の方は私がするから。食べたら行きましょ」 ゆで卵を割っていたハッドが「雌牛の散歩なら王に任せるがよい」と胸を張った。 「畜舎と小屋じゃが、補修箇所の確認だけしておけばよいぞ。後ほど我が輩が取りかかろう。恵んの来訪は明日じゃし、木材の調達は夕方以降でもてつくず弐号があれば早いしの」 「おまたせー、今日の納品分の野菜つんだよー」 徹夜で仕事をしていた久遠院が顔を出した。 リトナは「娘を起こしてきます」と奥に消えた。 酒々井は朝起きてから色々悩んでいたが、やがて杏を手招きした。 「どうかした?」 「いいか、杏。今日は許可証の更新に、俺達もついていく」 「一人でもできるよ?」 「そうじゃない。最近の事情考えっと、幸弥とのやりとりは結構際どい事になる。翡翠の祠関連、羽妖精絡みの話は……絶対するなよ。あくまで事務的な手続きに来た、って風に振る舞うんだ。万が一、土地の話を向こうからふってきた場合は、俺達が『牧草地は必要だし、他の農産物も重要で畑を潰すわけにもいかねぇから。悪いな』って感じで軽く流す」 「……分かった」 話を聞いていた白が「お邪魔でなければ更新にご一緒させてください」と手を挙げる。 『幸弥さん、心配です』 白に続き、桂杏も一緒に行くという。 「幸弥さん、ピリピリしてるらしいとか……どうしちゃったんでしょうね?」 『一般的に考えれば、何かが思うように上手くいっていない。ですけど、白螺鈿の町は発展を続けて人も集まってきている以上、順調としか。中身が別人の線は流石にないでしょうけど、素が出ただけというのは……普通にありそうなのがなんとも』 最終的に。 今日の納品と買い出しは久遠院とリトナが専属で行い、更新には酒々井と白と桂杏も同行するが、終了次第、杏と酒々井は農場へ戻り、白は封陣院分室を訪ねた後は焼き物の相談へ。桂杏は町を見て回るという。 「では行きましょうか」 「お、出かけるか」 加工品用に収穫物を洗っていたシャーウッドが顔を出す。 「買ってきて欲しい物がある。トマトが採れ始めたから、丸々太った大蒜も欲しい。あと小麦粉も。そんな量はいらないから、適当によろしく頼む」 買い出し班が出かけていく。 暫くして保冷庫の氷を作っていた鈴梅が顔を出して「これがおわったらご近所へ暑中の挨拶と氷のお裾分けに行ってきます」と告げて出かけた。 「俺も仕事をするか」 蓮は昨日ハッドに買ってきて貰った布を使って日除けを作っていた。蔓の類や背が高くなる作物には支え棒が欠かせない。支柱を立てたり、格子状に組んだ棒を縄で縛って立てかけた。 久遠院が納品や販売がてら噂話を仕入れ、リトナが養女と一緒に鳥避けの網や塩、砂糖、鶏小屋用のすだれ、経営の本、頼まれた大蒜や小麦粉、釣り道具一式などを買っていた頃。 如彩家では許可証の更新作業が恙なく終わっていた。 当然土地の話も出て、袖にしたが無理に粘ってはこなかった。 現在、白螺鈿の街を仕切る地主の幸弥は……以前よりすっかり窶れていた。そもそも細身で小柄、乙女のように華奢で気弱な風貌だったが、今年21歳になった彼は柔らかい雰囲気をどこかに置き去りにしたかのようだ。白はそんな幸弥を労った。 「少しお痩せになったのではありませんか」 「そうかな。食べてはいるつもりだけど、動き回っている時間が長いから」 「あの、何かご心配事があれば、ギルドを通して開拓者に任せてみては如何でしょう。各地でナマナリ初め大昔から居た大アヤカシが開拓者に多く討伐され、世もこの辺りも変わりつつあります。皆さんきっと力になってくださいます。勿論、私も」 首を鳴らした酒々井が「なんかあったのか? 相談乗れるなら乗るが」と義理で声をかけておく。どこか暗い表情の幸弥は「……開拓者か、そうだね」と小さく呟いた。 「今は白原祭の事で手一杯だけど、落ち着いた頃に相談してみるよ。そろそろ、ボク一人で探すのは難しそうだから」 そんな話をした。 三日目の朝が来た。 酒々井はタンポポの根を日干しに出した後、畜舎の修理と堆肥運びへ出かけ、リトナや久遠院達が新しい苗や種を植えていく傍ら、ハッドや鈴梅達はミゼリと一緒に支柱立てや日除け作りに精を出す。広い畑の一本、一本に作業していくのだから手は抜けないし、なにより腰を痛める。蓮に関しては一人、炎天下の中で薬草を煮だして、病害虫予防に必死になっていた。あれはつらい。 黙々と働くミゼリの様子を遠巻きに見ていた久遠院は双眸を細めた。 『前回よりは少し積極的、かな。少しでも親しみを感じてくれていたらうれしいな』 腰を伸ばしていたハッドが動きを止めた。 「おっと、すまんが恵んが来たようじゃ。我が輩は鑑定にいってくるので、少し抜けるぞ。恵ん、こっちじゃ、こっちー」 「ちょっと〜、遠路遙々来たんだから少しはもてなしくらいしてよね」 「すまんの〜、奥で甘味と飲み物をだそう。夫と娘は?」 「祭はかき入れ時なのよ。店番」 家の中では白が紫蘇ジュースを用意して待っていた。 「どうぞごゆっくり。後ほどトマトの水菓子を用意しますね」 白は上級人妖桃香と一緒にトマトを湯むきして潰している途中だった。 その数時間後、鈴梅と白に呼ばれた狩野柚子平もやってきて、いわくつきの品の有無を調べていった。 日が暮れていく。 「ただいま〜、ネリクー! この魚、料理してくれないか?」 ヤマメ釣りをした若獅が、笑顔で戦利品をシャーウッドに渡した。今回は余りにも忙しくてゆっくり釣っている暇は無かったが、刺身などにするには充分だ。ついでに味わいを見て新しい商品開発にもなる。白螺鈿では魚が高値だ。 続いて午後から森の見回りに行っていた久遠院も帰ってきた。どうやら前に見つけたスズメバチの巣が無くなっていたという。 「人為的に削ったみたい。落ちた痕跡はなかったから、誰か持っていったみたいだよ」 久遠院が首を傾げる。 スズメバチは蜜蜂を狙う害虫である。しかしある方法を使うと薬効を持つ事を知る者は少ない。 「夕飯にするぞ」 皆で食事しながら近況報告である。 今夜はシャーウッド特製のトマト料理だ。 まず小麦粉と水とバターを捏ねて自家製麺を作り、塩入りのお湯で茹で、刻んだ大蒜と種を抜いた唐辛子をバターで炒め、湯むきした刻みトマトを淹れて煮込み、塩で味付けして味を調え、麺を絡め、香草を散らした。 更に白が、若獅の釣ったヤマメ刺身の皿を置く。 「どこから話す?」 白が挙手した。 「初日に小夜さん達に生活の相談がてら周辺の話を聞いたのですが『今年はどこも豊作だろう』という話でした。ただ生命力の強い種や苗に、他の作物が栄養をとられたいるのか、実らなかったり、収穫が極端に傾いているみたいです」 鈴梅が手を挙げた。 「ご近所の皆さんも似た事を仰っていました」 白原川も昨年より水量が多く、今年は洪水になるのでは、と怯えている家もあったという。そこで鈴梅は、増加した水は龍脈周辺から湧いて流れ込んでいる良い水だと教えた。 『治水工事もしてありますし、大丈夫だと思いますよ』 桂杏が上級人妖百三郎と街を見て回ったところ、土地借用の話は一時期から止まったらしい。掘り返されていた場所は、確かに田畑として再活用され、青々と茂っていたという。 「財宝の件は」 「そうであったの〜」 恵が鑑定した所、古銭や小物の類は売り払える事が分かった。なにか曰くありげな物は見つからなかったので、皆で分担して換金を行う結論に至る。 報告を終えると、鈴梅は氷作りに戻り、桂杏は発酵乳量産に向けた計画を立てるため、帳簿を見に行った。シャーウッドとメルリードは小屋を建てる位置について、昔久遠院が作った図面を見て悩んでいる。 夜の闇の中から微かに聞こえてくる祭囃子。 耳を澄ませ、若獅は目を閉じた。 『仕事片付いたら、皆でまた白原祭行きたいな』 白原祭の音が聞こえた。 |