【忌み子】山吹の悪食
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 11人
サポート: 10人
リプレイ完成日時: 2013/05/29 07:14



■オープニング本文

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●解放された最後の忌み子

 その日、五行東の彩陣へ若者が訪れた。
 五行王の使いの者だと名乗った青年は、生成姫消滅を里の長へ伝え、彩陣が永き呪縛から解放された事を伝えた。
「里長殿。残る『忌み子』はいずこに? 体内の御印を除去する方法を、封陣院が編み出してございます」
 忌み子、とは彩陣に生まれた志体を示す。
 彼らは生成姫を封印した先祖であるが故に、生成姫の玩具として、一定年齢に達すると惨殺される宿命を背負っていた。体内に寄生したアヤカシ『御印』のせいで、逃げることは不可能。生成姫が消滅しても、時期が来れば食い殺される。
 その寄生型アヤカシを除去できるという。
 里長は泣いて喜び、悲しみに暮れた。
「霧雨が生きていたら、後一年、早ければ……」
「お気持ち、お察し致します」
 彩陣には御印を持つ子が残っていた。
 幸司という青年が、やせ細った姉と今年の七月に二歳になる姪っ子を連れてきた。
 身に纏う着物の、金糸で煌めく丸に水仙の家紋――――睦彩本家だ。
 使者は懐から取り出した横笛を吹く。すると子供が痙攣をおこし、心臓の真上の皮膚を食い破って、虫に似たアヤカシが現れた。素早く壷に封印し、治癒府で子供の傷を塞ぐ。
「完了です」
 霧の果てへと若者は消えた。

 数時間後。
 封陣院分室長、狩野 柚子平(iz0216)が生成姫の消滅を知らせにきた。
「御使者の方なら、お帰りになりましたよ」
「私は使者など送っていません」
 一瞬の静寂。
「しかし目の前で御印の除去をやってのけました。子供を救ってくださったのです」
 柚子平は青ざめた。
 彼ですら、御印の除去方法は上級アヤカシによる共食いの誘発しか考えつかなかった。御印を無理に引き離せば宿主を食い殺し、独立したアヤカシと化して主人の元へ帰る性質がある。
 人間の手で御印をはぎ取る事はできない。
「御印の除去方法など、誰も編み出していません。それは助けにきた者ではありません。おそらく生成姫の一部を迎えにきたのです。教えなさい。此処へ来た者のことを!」
 何かが水面下で始まっている事を知った。


●おかあさまの遺言

 彩陣で子供を救った青年――山吹は、御印を持って魔の森の近くへ戻った。
「おめでとう、山吹兄さん」
 拍手を向けたのは、一人の陰陽師だ。
「次のおかあさまをお迎えする準備は、無事に整いつつあるわね」
「石榴、お前はイサナを取りにいけ。あれの体と炎の性質は、是非とも欲しい」
「任せて」
 女性陰陽師が消える。山吹が闇の中を見た。
「儀式をはじめるぞ」
 現れたのは、黒の幽鬼や吸血鬼など、生え抜きの中級アヤカシ達だった。
 大アヤカシ消滅を目の当たりにしても尚、何故か彼らは『子供たち』に従順に従っていた。
 石榴と山吹が従えるアヤカシ達は、決して逆らおうとしない。
 生成姫がそのように創ったからだ。
 誰かに使われることを前提としたアヤカシ達は、己の意志を持たない。上位者の命令のみを聞く。まさに道具だ。そして生成姫存命時、石榴と山吹に与えられたアヤカシ達は、同種と同じ性質を持ちながら、自らの意志より『命令を優先する』ように創られていた。

 これには恐るべき理由が隠されていた。

「おかあさまは大地へ御隠れになられた。我々はおかあさまがお帰りになるまで、常世の森を守らなければならぬ。我らは一つとなり、次のおかあさまをお支えするのだ」
 山吹は壷の蓋をあけ、不気味な音色を奏でた。
 御印が壷から這い出す。
 次の瞬間、近くにいた黒の幽鬼を食らった。吸血鬼も鵺も、次々に飲みこんでいく。
 誰も逃げない。
 自立した意志のない彼らは『御印にとりこまれる』為に残された群だった。
 最後の一匹まで、食らいつくした御印は球体に変化し、虚空を漂う。
「おかあさま。みていますか」
 若者は恍惚とした眼差しで見上げた。
「山吹は、お言いつけを守りました。仕事を成し遂げ、神の子の資格を得たのです。私は未来永劫、おかあさまにこの身と知恵をお捧げします。いつか大地からお帰りになる日を、お待ちしております」
 最後の笛を奏でた。
 球体は体を押しつけるように、笛を奏でる山吹を食らい、人型を形成する。
 真っ赤な瞳に、地に伸びる黒い髪。
 漆黒と紅蓮の着物。生成姫によく似た格好の男性だが、頭は一つで腕は二本。
 生成姫を模造した者は、水面に映る己の姿を歓喜の眼差しで眺め、両腕で体を抱きしめた。

『おかあさま。贈り物に感謝します』

 それは飲み込んだアヤカシの能力と、生成姫に従順な人間の記憶と知恵を得た、新たな存在。
 生成姫の森を受け継ぐ、上級アヤカシ『山吹』が誕生した瞬間だった。

『次は食い初めの儀式をしなければ』

 そして。
 この様子を見ていた一体の以津真天が遠ざかり、追っ手の不在を確認して元の人型に戻った。
「……なんということ」
 人魂で石榴を追っていた火焔の人妖イサナは、急いで手紙を書き、密かに柚子平へ知らせた。


●山吹の悪食

「後継者が誕生した?」
 育て上げた完成品の子供を食った御印は、生成姫を崇拝する意思と記憶を取り込む。
 イサナの密書を受け取った頃、五行の東で奇妙な事件が起きていた。
 旅人が次々食われ、何故か頭が残るという。
「人を食って、知恵を活用するアヤカシの例は数多いですが……これは別の価値観を取り込ませない為だと思われます。生成姫の遺志を従順に遂行し続ける為には、第三の存在に変異させない必要がある」
 柚子平が依頼書を提示する。
「つい先刻、魔の森から生成姫に似た男性型アヤカシが出現し、沼垂を目指したという報告が、風信術で到着しました。手紙の山吹でしょう。相手の実力は未知数ですが……」
「行くさ」
 生成姫が残した種は、全てこの世から葬らねばならない。

 +++

 上級アヤカシ山吹は、鋭い爪で顎を掻きながら、沼垂の空で逃げ惑う人々を眺めていた。
『この街では、どれが美味しいんだろう。おかあさまは無垢な赤子がお好きだったようだが』
 生命力に溢れ、自我も育っていない赤子が一番いい。頭は絶対に食べてはいけない。
 御印に刻まれていた警告が、山吹の行動を無意識に縛っていた。
『でも目玉は美味しそうだ』
 腹が減る。
 人を食いたくてたまらない。
 小さな里一つ食べても、静まらない気がする。
 食い初めの儀式は、僻地や夜、旅人などを選び、人知れず食い飽きるまで続けろと言われた。やがて多少は空腹に耐えられるようになる。決して、人里で大事な手足となる兄弟姉妹を襲わぬように……と。
 だが姉妹を思い出すだけで味を想像してしまう。
『……新しい体に慣れるまで大変だ。気を付けないと。力の加減も覚えるか。お前たち。私より先に食うんじゃないぞ。食っていいのは私が残した頭だ。それと全員、家の外へ出すな。順番に食うからな』
 山吹は死肉を好む人面鳥の群れを従え、食い初めの儀式を再開しようとしていた。
 30体の人面鳥が鳴き、其々屋根に降りた。


■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
水波(ia1360
18歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
ネネ(ib0892
15歳・女・陰
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲
刃兼(ib7876
18歳・男・サ


■リプレイ本文

 飛空船で虹陣に降りた二十一名は、沼垂を目指していた。
 先頭を行くのは空龍である鎗真、驟雨、ウェントス、ガイエル。背を追うのがロロ、アスラ、トモエマルを代表とする駿龍八体。轟龍の鈴。炎龍の柘榴と続き、更に八ツ目と天凱たち鋼龍三体。殿を務めるのは、甲龍二体と同乗者と忍犬を乗せてふらつく炎龍だ。

 目視領域に沼垂とアヤカシを捉えたローゼリア(ib5674)が眉をひそめる。
「悪趣味な。厄介な忘れ形見がいたものですわね」
 生成姫の姿を模倣した山吹を見たネネ(ib0892)は「そんな風に手を打っていたんですね」と呟き、悟りの眼差しを向けた。
 かつて御印は他にもあった。
 忌み子の御印が、生成姫の後継者を創る核になる。
 山吹と同型アヤカシを複数誕生していたかもしれない可能性を思うと刃兼(ib7876)の肝は冷えた。
「色々と笑えない事態になったもんだな」
 生成姫が育てた子供の心理が歪んでいることは、刃兼も重々理解していたが、あり方に疑問は尽きない。しかし考えに耽る時間すらない。ああなってしまっては、もう人の記憶を悪用する悪質なアヤカシでしかない。
「生成姫を滅ぼしても、子を介して後継者が誕生してしまうなんて」
 乃木亜(ia1245)の言葉に、蓮 神音(ib2662)やテーゼ・アーデンハイトも渋面を作る。身を捧げさせるような慕わせ方をしていた事実に嫌悪感と怒りがわく。洗脳されていたとはいえ、どうして人を捨てられるのか理解できない。
「大元が滅びるとも火種はまだ幾つも、か。全く……随分と子育て上手な事だ、生成姫め」
 弖志峰 直羽(ia1884)が忌々しげに呟く。
 生成姫の消滅は、過去の大アヤカシ討伐とは全く違う意味を持ち始めている。
 様々な常識が大きく揺らいだ。けれど生成姫の消失が今後どれだけの意味を持とうとも、アヤカシに蹂躙され、悲しむ人が其処にいる限り、抗わない訳にはいかない。
「奴らから届かぬ距離。参ります」
 鹿角結が藍染めの弓を構えて二矢を放った。110メートルの距離を飛ぶ矢は、一体の人面鳥を貫く。一瞬で瘴気に還った。続くアーデンハイトの二矢を受けた人面鳥は瀕死で蠢いていた。下級アヤカシの中でも中級に近い部類だ。
 大蔵南洋(ia1246)は思う。
 生成姫の生み出したアヤカシ共は功を競いあってきた。
 だが、山吹は違うかもしれない。
「競うべき相手がなく、自らの代わりになる者もそうはおらぬとなれば……山吹は保身優先の可能性も大いにあるやもしれぬ。兆候があれば知らせあうか」
「実質、後継に等しい存在だと……思います」
 龍の背で萌月 鈴音(ib0395)が俯く。
 空龍の驟雨に乗った水波(ia1360)は、山吹が後継者であるなら後継者を用意してまで魔の森を維持する理由が何かあるのか、と想像を働かせていた。
 ふと蓮の脳裏に知り合いの顔がよぎったが、今は討伐が優先だ。
 紅蓮の髪が揺れる。蓮の傍らを、鍔樹の放った精霊力を纏う矢がすり抜けていく。だが胴を貫いても人面鳥は重傷どまり。
 酒々井 統真(ia0893)が渋面を作る。自分たちも含め、仲間はいずれもギルドで名を挙げてきた強者ばかり。対して山吹が連れている人面鳥は約30体。
 先制攻撃の影響を見る限り、一定の腕前の開拓者が集っても、充分足止めが可能な配下だ。
「どのみち人面鳥の処分と住民保護が先だ。その間に山吹の注意を引く必要があるし、手の内も明かしておきたい。正直、ぶっ潰してぇがな。いくぜ、鎗真」
「斃すべき敵ですわね」
 アレーナ・オレアリス(ib0405)は空龍ウェントスの手綱を握り、水波とともに里へ突入せずに70メートルほど手前で旋回した。皆が首をかしげたが、呪詛と巫女の水波への攻撃を警戒してだ。オレアリスが天狗礫を投げ、遠く離れた人面鳥を追撃して山吹護衛を阻む。
 距離を見極めた劉が高位式神を召喚し、死に至る呪いを叩き込む。
 一瞬で人面鳥二体が滅んだ。
 里が近づく。

 山吹の呪わしい声が響き始めたのを見て、抵抗力のない者にホーリースペルをかけた神座の判断が幸いした。呪詛をはねのけ、蓮が標的を定める。
「飛んでアスラ! 疾く!」
 人面鳥を退け、屋内の人々に「もう少しの辛抱だよ!」と声を投げつつ、萌月たちは皆、上空の山吹目指して飛んでいく。


「沼垂を阿鼻叫喚の地獄絵図にさせるのは避けないと。俺たちも人面鳥に集中しよう……頼りにしてるぞ、トモエマル。行こう!」
 駿龍が里の奥へ飛んだ。
 死肉を好む人面鳥と、人の頭だけ喰い残す親玉と――両者悪食お断り、だな。
 刃兼と乃木亜の瞳が敵の位置を把握する。
「屋根にいる人面鳥の数が多いですね……柘榴、あのアヤカシを屋根から引き離して!」
 乃木亜の刀は、風の刃を発生させた。炎龍柘榴が一気に近付いて引きずり落とす。
 弖志峰が支援隊を振り返る。
「人面鳥を人家から引き離す。その隙に救出組は住民保護にあたってくれ」
 鋼龍天凱が、手前の人家から此方を威嚇している人面鳥に襲いかかる。黎乃壬弥が、小隊員や仲間に「囮がいるな。翼狙ってさっさと落とすぜ」と指示を送りながら、鋭い意匠の黒い湾弓を携帯品から取り出し、矢をかつがえた。素早く狙って放ったが、やはり一撃では落ちない。
 ネネも駿龍ロロの手綱を操り、人面鳥に襲いかかった。
 ローゼリアが叫ぶ。
「この数です! 村人に被害が出ない様に食い止めますわ!」
 人の顔よりも大きなひし形の穂先と砂色の柄を持つ魔槍砲を構え、人面鳥に狙いを定める。練力が充填されたのを確認して光線を放った。30メートル直線上にいた人面鳥をなぎ払ったが、人面鳥は目に見える大怪我を負っただけで砕かれる気配がない。
「……随分とタフですこと。二発目に耐えられたら、褒めて差し上げますわ」


 一方、地上では一件ずつ訪ね、人面鳥を滅して住民を保護する作業が続いていた。
 接触したアーデンハイトが住民を元気づける。荷物をまとめて出た途端、住民の背を狙う人面鳥を見て、劉天藍が結界呪符で住民とアヤカシを寸断する。音有は気合を込めてグングニルを放ったが、胴を貫かれた人面鳥は、再び空へ羽ばたこうとする。
 星乙女が短筒で銃撃を打ち込む。流石に一発で葬ることはできなかったが、弾を込め直して再び打ち込むと、人面鳥は地に落ちた。
 隙を見て住民を誘導していく。
 少しでも安全な脱出経路を探す為に、鈴梅が瘴索結界で人面鳥の位置を知らせる。
 それまで風の鎌で応戦していたブラストが術を唱えた刹那、大気が凍りついて人面鳥にまとわりついた。黎乃が持つ水色の刀身が炎を纏う。
 抜刀、一閃。
 太刀は一撃で鈍く動く人面鳥を屠った。だが安心できない。家はまだ多い。外に出た住民を狙って人面鳥が集う。鹿角の矢が上空に放たれ、前方塞いでいた人面鳥をなぎ払った。
 散り散りになった個体の撃破を狙う者たち。
 ネネが遠ざかる人面鳥に眼突鴉を放つ。二発の眼突鴉は確実に人面鳥の目を抉った。
「こっち落としました、お願いします!」
 声を上げて落下を知らせる。
 乃木亜の破魔弓から矢が放たれる。一撃で葬り去ることはできなかったが、構わなかった。隙を補う仲間がいる。
「山吹の所へはいかせないぞ!」
 刃兼が雄叫びをあげながら飛来すると、山吹の方へ近づこうとしていた人面鳥を引き止めた。人面鳥が不気味に鳴いたが、刃兼は人面鳥の魅了を跳ねのけた。弱っている個体に優先して真空刃を放った。
 一体ずつ確実に落とさねばならない。


 その頃、山吹対応班は苦戦を強いられていた。
 空龍お得意の高速飛行で、オレアリスが山吹との距離を詰める。殲刀に聖なる精霊力を宿らせて頭部を狙った。だが山吹は一瞬で無数の蝙蝠になり、刀は僅か一匹を塩に変えただけ。
「くっ!」
 一気に戦域から離脱する。
 放電を空龍鎗真たちの速い翼が避けていた。
 山吹が煩わしげに酒々井たちを睨み、60メートル範囲にいた者を次々に呪詛した。
 水波は遥かに離れていたので呪詛は回避できた。だが解術の法を施すには対象者の十メートル付近に接近しなくてはならない。空龍の驟雨が一気に飛んで20メートル。翼で迫っては戦域から安全圏へ離脱するという方法を選んだ為、最前線には術が届かない。更に水波の腕でも二度に一度しか解術に成功しなかった為、非常に練力効率が悪かった。

 幸いにも龍の翼のおかげで放電から逃れ続けている。
 だが引きつけ役とはいえ、決定打を与えられない無駄打ちは長期戦に不利だ。
 空龍鎗真が翼をはためかせ、標的に向かって一気に接近する。
 そこで気づいた。
 飢えた目で、こちらを見ている。
 守られた人間より、邪魔な開拓者に狙いを定めたらしい。生理的な嫌悪感で皆の産毛が泡立った。
 好都合だ、と酒々井は腹をくくった。
 山吹の耐久性を知る必要がある。
 自身の身体を覚醒状態体にさせ、瞬時に攻撃を三度繰り出す用意は万全。
 雄叫びと共に拳を打ち込む。だが手応えがおかしい。
 山吹の体が歪んだ。まるで膜のように酒々井を包んで食おうとする。大蔵が真空の刃を放ってきた隙に、瞬時に爪を蹴り飛ばして離脱した。
「ふむ……山吹よ。我々はナマナリの眷属共とは幾度となく見えて参ったが、これまでの者共とお主は少し違うようだ。品というものが感じられぬ」
 神々しさの欠片もない、と続く大蔵の言葉に山吹が襲いかかる。


 地上の作業は順調に進んでいた。
 弖志峰が人面鳥の位置と残敵を上空から確認し、住民救助にあたる仲間を的確に誘導する。
 刃兼と乃木亜は支援者の大技で一網打尽にできるよう、人面鳥を引きつけて誘導する。威力の高い技は、数を打てない。これほど大勢の群れを始末するには、工夫が必要だ。
 ブラストと神座のブリザーストームが人面鳥の群れを分断し、人面鳥を打ち合わせた場所に誘導する。
 仲間が追い込んだ重傷の敵を、ローゼリアの魔砲が狙う。
 一発打ち込んでも重傷に追い込めないほど強靭且つ回避力が高い事は悟っていたが、ネネの氷龍など大勢で畳み掛ければ脅威ではない。
「これより先には行かせませんわ!」
 ローゼリアの隣にいた乃木亜が眼下を見た。
 救出されていく住民の中に、覚えのある人物――勝也を見つけて舞い降りる。
「無事ですか。すみませんけれど、どこか安全なところへ村の方の避難をお願いしてみます」
 生成姫が倒れた事を伝えようにも、今は時間がない。まして目の前で生成姫に似た男性型アヤカシが暴れまわっているのだから『安心してください』というには難しい状態だ。
 さほど大きな怪我もなく。
 突入前と突入後合わせて、合計30体の人面鳥を瘴気に還した。
「皆さんをお願いします」
「俺も行こう」
 支援隊に護送を任せた乃木亜と刃兼が、上級アヤカシ『山吹』と交戦中の仲間のもとへ向かう。
「気をつけて」
 弖志峰も向かうつもりだったが、状況を見て残った。山吹が一瞬で移動する性質上、瘴索結界で警戒するためにも住民たちの傍を離れるわけには行かない。置き去りが起きないように調べてまわる必要があったし、総じて抵抗力の高い仲間たちは兎も角、何もできない弱い人々を正気に戻すには巫女の力が必要不可欠だった。
 ネネは山吹の様子を伺う。人面鳥の激減を悟れば、山吹が身の危険を感じ、逃げないとも限らない。その予感は当たっていた。人面鳥の殲滅が飛躍的に進んだことを山吹が気づいた。悪態をついて姿を消す。
「備えないと」
 ネネと弖志峰が瘴索結界を展開する。
 瘴気から敵を探るというその性質上、陰陽師の式や、アヤカシになる前の瘴気などを見分けられない。
 だが此処にいる陰陽術の使い手は、ネネと劉のみ。人面鳥の数を常時把握しつつ瘴索結界を乱発できれば、人面鳥以外に急激に増える瘴気に警戒を示すことができる事に気づいた。けれど転職したネネに瘴索結界は術消耗が激しすぎた。眼突鴉の連発に氷龍で住民救出を支援する都合上、瘴索結界に使える練力は僅か一発。
「直羽さん。大変ですけど、人面鳥の位置と数を把握し続けてください。転移する山吹の出現を察知できるかもしれません。こっちの班は散りますから餌食にされかねません」
 隙を見せるわけには行かない。


 同時刻、地上の萌月は必死に頭を働かせた。
 物陰から攻撃しようにも、山吹の懐に飛び込むことは至難だ。
 このままでは軽傷のまま逃げられてしまう。過去に討伐した妖刀と同様に共食いで自己強化が可能なアヤカシである以上、放置すれば強力化され、隙がなくなるのは目に見えている。将来的な影響を考えても、早急に討ち取らねばならない。
「そんなに『お母様』がいいなら会わせてやる!」
「神音達も倒せないで、生成の後継者なんてちゃんちゃら可笑しいよ!」
 上空の酒々井と、地上に降りている蓮の挑発が耳に届く。
 ふと萌月はある事に気づいた。
 思い出した、というべきか。
 物陰に轟龍を待機させた萌月が大通りへ飛び出す。そして思いつく限り罵倒し始めた。
「あなたは寄せ集めの力に過信して酔っているだけ……自分たちが偉大だなどと、思い上がりです! 神を称しても、結局ナマナリは……人間に敗れた! 生成は配下揃って私達に恐れを」
 殺気が迫る。
 十本の鋭い爪が、萌月の体を貫いていた。
 嘲笑する山吹が噛み付く。肉が食い破られ、血が吹き出す。
 ぼき、と肩の骨が折れた。
 けれど。
『命乞いをしないのか?』
 血の泡を吹く萌月の口元が三日月のように釣り上がる。
「……わ、私を、選んだのが、う、う、運の、つ、尽き……で、す」
 頭の片隅で、死神を近くに感じる。けれど術者や蓮達ではなく練力に乏しい自分を選ばせたことで、山吹の回復量は程度が知れた。何よりこれほど血の匂いをさせた『餌』を前にして、食欲旺盛な山吹が欲求を我慢をできるとは思えなかった。
「鈴音ェェェ!」
「離れろ化物!」
 酒々井と蓮の拳が唸る。
 餌に気を取られていた山吹の動きが一手遅れた。
 酒々井と挟み撃ちにした蓮が顔面、腹、幾つか殴る場所を変えて拳を叩き込む。何処か弱点になる部位がないかを探ろうとしたが、爪や牙の強固さを覗き、手応えが全て同じ。それは人の皮袋の中に液体が詰まっているような感触に似ていた。
 骨や臓腑のような手応えがわからない。
 そこへ両手で刀を持った大蔵が、気合と共に全身の力を発揮して武器を振るった。
 直接攻撃をまともに受けた山吹の体が半分、消し飛んだ。
『ぎゃあぁぁぁぁあ!』
 蹴り飛ばされた勢いのまま、何処かへ消える。生きながら食われた瀕死の萌月に、乃木亜や鈴梅たちが駆け寄る。
「逃がさないよ! みんな一緒に来て!」
 再び龍で追う蓮が、消えた山吹を探し出そうとしたが……水波曰く「途中まで確認できた瘴気反応が感知できなくなる」つまり水波の能力より山吹の抵抗力が遥かに優っているか、体内に瘴気を封印する吸血鬼の術を体得した事を意味していた。
 瘴索結界だけでは、山吹を途中で見失ってしまう。
 一方、こぼれた臓物を戻して傷を塞いだ。命はとりとめたが、暫くは療養が必要になるだろう。

 山吹に逃げられてしまったが、あれほどの大怪我だ。相手が未知数である以上、押しきれぬことは皆、想定内。それより負傷者を運搬し、住民を安全な隣町まで護送しなければならない。

 片付けなければならない事は、もう一つあった。
 犯罪者として開拓者名簿から抹消された御彩霧雨の名誉回復である。
 過去の報告書を訂正する事は、少なくとも事件に当たった開拓者全員の信用を大なり小なり損なう。大アヤカシから守るという理由があったにせよ、虚偽報告をした事実は消えない。

 柚子平の元に戻った後、酒々井は躊躇いもなく訂正申告書類に署名した。
「元々人に信用されるようなガラでもねぇし。ここで惜しむようなら、何のために霧雨を助けたか分からねぇ」
「元より、唯一人救うと宣言して以来、なじられる事も石を投げられる事も覚悟してますの。偽りの英雄よりずっとマシですわ」
 勇ましいローゼリアに続き、弖志峰も署名した書類を提出する。
「俺も、代償を払う覚悟は決めた。武器を振うだけでは救えないものを救いたくて、俺はこの道を選んだから」
 蓮が「書いたよー」と元気な声で書類を差し出す。刃兼も署名した書類を渡した。ネネは署名した書類を渡しながら「霧雨さんのこと、お願いします」と囁く。
 ふと乃木亜が懸念を伝えた。
「私も提出しますが……山吹の件が片付くまで保留しませんか。完全に安全が確認できない内に力を無くした霧雨さんを公にして良いものかどうか」
 萌月と水波も署名をしつつ様子を見守る。生成姫の残党が健在なのは事実だ。オレアリスは「性急な判断は危険です」と言い残し、署名をせず帰った。
 柚子平は悩む。
「五行東にはまだ軍が常駐していますので安全は保証されています。ただ忌み子に興味を示さなかった山吹を倒すまで、となると……いつまでかかるか」
 山吹の知恵は生成姫に劣るが、相手は上級アヤカシだ。
 見つけられなければ、倒すこともできない。申告書に署名した大蔵が柚子平の肩を叩く。
「頃合ではないか? 今であれば、我らが『功』と引き換えにお偉方を黙らせることもできよう。それにな……『瘴気の行き場』という新たな疑問も持ち上がっている。人を惑わす技に長けたナマナリの言葉を信じるわけではないが、不穏な調査結果も出た。下手をすれば『開拓者め、余計なことをしてくれた』と世界中から言われる日が、この先来ぬとも限らぬ」
 大蔵の言い分は正しい。
 今まで開拓者は『英雄』だった。
 だが倒した大アヤカシの瘴気が空の龍脈に流れると、悪影響を及ぼすと判明した。
 過去に噴出さなかった瘴気の行方次第では、開拓者の存在や立場は変わっていくだろう。
「霧雨殿の身の安全については傍に誰もおらぬ訳でなし、どうにかなるであろう。何かあれば我らが駆けつければ良い」
「そーそー。霧雨さんには、おねーさんを幸せにしてもらわないといけないもんね!」
 大蔵と蓮が朗らかに告げた。
 思い出すのは仲間との約束。
 弖志峰が「その通りだよ、柚子平さん」と後押しした。
「アヤカシが跋扈するこの世に、絶対の安全なんてない。それでも陽の下に戻れる機会があるうちに……霧雨さんには、帰りを待っている婚約者と一緒にいて幸せになって欲しい」
 柚子平は瞼を伏せた。
「……私も弱気になっていられませんか。大蔵さんの言うように、功労者として自在に身動きができる内に手を回さないと」
「さよう。手がないわけでもないことだしな」
 大蔵が、皆の話を聞きながら沼垂での様子を纏める。
 山吹は策より飢餓感に引きずられ、欲求を殆ど抑えられない。感情面は利用できそうだが、その感情を司る『人としての記憶』がいつまで有効かは疑問が残る。痛覚はあり、不要な攻撃を避ける傾向もあった。
「萌月殿を不憫な目に合わせてしまったが、転移の最大距離が20メートルと判明したのは朗報だ。問題は、そう簡単に術をあてられんことだな」
 今まで遠距離からでも必中と言われてきた攻撃術を叩き込んでも、殆ど当てる事ができなかった。
 瞬時に転移できるのだから、当然といえば当然である。
 酒々井が頬ずえをつく。
「俺や神音の打撃も、まともに食らうと効いてるみたいだが……妖刀連中がバカみてぇに硬かったのに対して、あいつは柔すぎる。別な意味で耐久性が高い。だが、妖刀ほど威力はない。食って回復する以上、防ぎながら畳み掛けるしかねぇな」
 柚子平は瞼を伏せた。
「生憎と今の私は、戦後の処理で手が離せません。皆さんから頂いた書類の処理は来月になるでしょう。……それまでにやって頂きたいこと、わかりますね」
「ああ。まだまだ厄介事が多いんだ、山吹にいつまでも構ってられねぇ」 
 酒々井が不敵に笑って拳を鳴らした。

 上級アヤカシ『山吹』の抹殺。
 生成姫の残した忌まわしい種を、根絶やしにする為に。