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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 初夏の頃、狩野 柚子平(iz0216)から二つの報告書が提示された。 一つは、妖刀飢羅の居場所。 もう一つは、アヤカシに魅入られた娘の所在。 それ即ち『妖刀飢羅の討伐』か『アヤカシに洗脳された子供達の殲滅』という、どちらにしても気の重い依頼を示していた。 相談の結果、選ばれたのは『妖刀飢羅の討伐』である。 +++ 「刀匠?」 夏の終わり、再び集められた開拓者は首をかしげた。 「はい。妖刀裂雷の件から考えるに、飢羅は付喪神の延長。生成姫が百年かけてアヤカシ化したといえど、元々は刀に過ぎません。錆びた飢羅を修復するには人の職人が必要です」 「だが五行の東で名のある刀匠なんて聞かないぜ? 大体百年前に飢羅を作った刀鍛冶なんてとっくに死んでるだろうに」 「誰かが同じ刀派の技術を受け継いでいれば可能です。実は……虹陣は今でこそ空洞化が進み、材木を主産業に据えていますが、その前は裕福な人々の屋敷が建ち並んでいた避暑地でした。そして避暑地として栄える前は、優秀な刀鍛冶が集う金物の街だったといいます」 五行の東。 渡鳥山脈を超えた北にある街、虹陣。 その虹陣の傍には、黒辺川(墨染川)が流れている。この黒辺川と五彩大川、そして白原川は、2年から3年に一度、いずれかが氾濫する事で知られているが、それは大昔から続いてきた。 そんな河川の氾濫に苦しむ農民を救済する為、遠路から釘鍛冶職人を招き、農家の副業として和釘の製造法を指導・奨励したのが、刀鍛冶の始まりとされている。 当初は副業としての和釘が作られていたが、やがて鍛冶の専業が現れ始めた。小さな街は『鍛冶町』と名を改め、鍛冶専業職人の集落へと成長を遂げる過程で、鋸や鉈などの製造法を習得し、製品も釘から鎌、包丁などの刃物類が大量に製造されるようになったことが、老いた金物専門の商人達から伝え聞くことができる。 「つまり虹陣で刀匠を探すのか?」 「虹陣にはいません」 度重なる河川の氾濫。そして商人増加による人口増と街の発展は、悲しくも刀工集団の衰退を招く結果に繋がった。人が増え、避暑地として見出され、観光地になれば、必然と必要とされる技術は変化していく。 武人が集う都や、神楽の都ならばいざ知らず。 田舎の片隅で、刀匠たちは刀よりも、生活必需品の製造に追われた。刀鍛冶だけでは食う飯に困る状況に陥り、刀匠は減り続け、刀鍛冶を貫こうとする者は、鍛刀地であった虹陣と故郷の砂鉄を捨てざるを得ない。 こうして虹陣からは刀匠が消えた。 柚子平は報告書を捲る。 「研究員に虹陣を調べさせましたが、鉱山師、鉄穴師、たたら師、山子はいても、刀鍛冶、彫師、鞘師、研師はいませんでした」 「でも居場所は分かったんだろう?」 追求に対して柚子平は「ええまぁ」と曖昧な返事を返した。 「どこです? まさか職人が魔の森に誘拐されてるとか」 「白螺鈿にいます」 一瞬、部屋が静まり帰った。 「なにー!?」 「昨年の4月。鬼灯の神器の刀が、白螺鈿の闇市で競売に出ていた事を、早く思い出すべきでした」 「どういう意味ですか」 「白螺鈿は元々五行の穀物庫。鎌などは必需品な訳で、刃物関係の技術者が揃っていなければ成り立たない。近年の拡大で富裕層も増え、競売で刀が目玉商品になる程度には趣味で集めている者もいます。つまり白螺鈿なら刀鍛冶は、買い手に困らない」 調査によると。 虹陣から良質の玉鋼を仕入れる鍛冶職人が何名か存在し、そこから刀鍛冶を洗い出したという。 所謂、私淑による継承という類である。 百年前、虹陣で製造されていた刀の肌目や刃紋等の技術を現代に復活させたのは、一介の若い鍛冶屋だった。だが若い刀匠が、巨額の資金を動かしているとなると、不自然極まりない。 「刀匠の名前は、蒼継。ここ数年、彼は何者かの後ろ盾を得て、洗練された刀のみを作ってきました。それなりの顧客もいることが分かっていますが、丁度年明け頃に店を閉め、近所にこう言ったそうです」 『ごめんな。暫く新しい注文は受けないんだ。恩人の頼みでね。形見の刀の錆を落としてやらないと』 蒼継は現在、彼の作る剣に惚れ込んだ志士の娘ヨキと夫婦になり、子は授からぬものの平凡な生活を送っているという。そんな蒼継本人に『ある名刀を探している』と変装した研究員が話を持ちかけたところ、持ち込まれた錆びた刀は、ほぼ間違いなく妖刀飢羅と断定された。 「持ち込んだ方は人かアヤカシか……でも利用されただけなら、もう妖刀はいないのでは?」 「噂の恩人とやらが、約二ヶ月に一度、妖刀を持って足繁く通っているんです。その上、恩人と奥方は旧知とか。あげく、奥方の名前はギルドの開拓者名簿にありませんでした。奥方は紛れもなく人間ですが……意図的に送り込まれた可能性が高いと見ています」 以前、皆に選ばせた『アヤカシに魅入られた娘の所在』とは別件らしい。 つまり、不審人物が定期的に、街の外から妖刀を帯刀して刀鍛冶の家を訪ねている。 しかも蒼継の奥方は、例のアヤカシにさらわれた子供の一人である可能性が高い。 そして開拓者達は、彼らから妖刀を破壊せずに奪わなければならない。 難題にもほどがある。 「一見には売ってはくれないそうですが、白螺鈿に来た開拓者が店に出入りすることは珍しくないので、刀目当てで訪ねれば疑われたりはしないと思います。あとはそうですね」 住宅地で騒げば混乱と甚大な被害は間違いなしだが、強力な増援は少ないと考えられる。 逆に街の外なら気に止むことなく騒げるが、逃走された場合に追いつくのは困難だ。 「封印用にこれを。気休め程度の修理はしましたが、封印効果は長くて一ヶ月前後。次に壊れたら、捕獲は諦めざるをえません」 かつて妖刀裂雷を封印していた封印具『剣の華』が差し出された。 「上手く弱体化させられない場合は?」 「樹里を使う……のは流石に玄武寮の仕事が滞ってしまうので、封印具に押し込む為に、一時的な寄生に適した別の人妖を使います」 名前はまだない子だと言った。 +++ 一方、白螺鈿の鍛冶屋では仲睦まじい夫婦が計画を立てていた。 「蒼継。明後日、兄様がいらっしゃるでしょう? 私も里帰りしてみようかと思っているの。一緒にどう?」 「いいかもしれないな。手紙で夫婦になったと報告をしたきりだし」 「本当? おかあさま、きっと喜ぶわ。刀のこと『家宝にしたい』と絶賛してらしたそうよ」 「照れるな。お土産にひと振りお持ちしようか、懐剣がいいかな」 「素敵ね。おかあさま、きっと私たちの絆を『永遠』なものだと認めてくださると思うの。ずっと一緒にいてね。ずっと。死がふたりを分かつとも……約束よ」 やくそくよ。 夢見がちな言葉に絆される若者。 彼らは翌日、近所の者に『暫く妻の故郷へ結婚の報告をしにいく為に店を閉じる』と話した。それは開拓者が白螺鈿を訪れる、前日の話である。 |
■参加者一覧
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 五行東、白螺鈿。 白原祭が終わっても人通りが多いことを痛感しつつ、炎龍の鈴に乗って一足早く訪れた萌月 鈴音(ib0395)は刀匠宅付近の路地をめぐりながら空を見上げた。 「建物が多いのは、隠れ易いですけど……それだけ人も多いと言う事ですよね……」 果たして街の人々に危害を加えずに『妖刀飢羅を捕獲する』という難しい作業を済ませられるかというと不安が残るが、あとには引けない。 駿龍の驟雨に乗って白螺鈿にきた水波(ia1360)は、丁度いい火の見櫓を見つけると、そこに登って、望遠鏡で問題の家がある路地を地道に監視することに決めたらしい。 天霧 那流(ib0755)もまた同区に夢魔などが潜んでいないかを散策がてら調べに出かける。 目立たない格好で聞き込みをしようと決めた乃木亜(ia1245)は買い物をする旅行者を装いつつ、刀匠宅で報告にある人物を出現を察知して、幾度目かの瘴索結界を試みた。 「人間?」 遠巻きに里帰りが明日であることを聞き取った乃木亜は、宿で待機する仲間にそのことを知らせる為に戻りつつ、現場近くに被害が少なくなる場所がないかを調べに出かけた。 刀匠蒼継夫妻が上明朝出立という話が判明した段階で、其々が急いで行動に出た。 「雪若の催事ぃ?」 甲龍の天凱を宿に残した弖志峰 直羽(ia1884)と、人妖のルイを仲間に預けた酒々井 統真(ia0893)、蓮 神音(ib2662)達三人は如彩神楽の元を訪ねていた。 妖刀飢羅との対決を街中で決行するという結論に至った為、白螺鈿という大きな街での戦闘被害を最小限に抑える為、蒼継夫婦と飢羅を生成姫の元へ行かせぬ為には、大掛かりな足止めが必要という判断に至ったからだ。ちなみに蓮の猫又くれおぱとらは、神楽の店の外でぬくぬくと丸まりつつ周囲を警戒している。 神楽の入れた緑茶を手に、蓮が熱弁を奮う。 「そうだよ! 雪若と街の人々との触れ合い、福のお裾分け突発企画を明朝より開催する……これで白原祭に続き、地域の活性化は間違いなし!」 「おおまかには、神音が言う感じだな。どうだ、やらねぇか」 「前に数十人に取り囲まれてへばってた雪若様が、よく表に出る気になったわね。やけに唐突な話だけど、誰を催主にするつもり?」 神楽の質問に対して蓮が「それは勿論、お祭りじょーずの神楽さんにお願いしたいから来たんだよ」と言った。 弖志峰も朗らかに応える。 「代表者や同心などへの連絡。催事に伴う住民警護や誘導は、俺が責任を持ってやります」 開催場所や告知先など、一通り話を聞いた神楽が微笑んだ。 「それで、随分明確に時間帯や場所が決まってるみたいだけど、本当は何がしたいのかしら? 人を集めるなら朝より昼や夕方がいいはずよね」 笑顔で切り込んでくる神楽。 それまで陽気に振舞っていた蓮は態度を切り替えた。 「お願いだよ。例の調査の報告の報酬だと思って。結局古文書も見られなかったんだし」 半ば脅迫じみた懇願だ。 「……どーしても、その時間、その場所に、特定の人間を集めたいわけね。危ないことじゃないでしょうね?」 「無事に済ませたいの。開拓者の護衛は他にも付けるし、住人の安全は保証してみせるよ」 深い溜息を零した神楽が「いいこと」と人差し指を立てる。 「催事を開催してもいいわ」 「ありがとう!」 「ただし、貴方達の裏事情に、私達は一切関与しない。だから催事の影で面倒があっても、知らぬ存ぜぬを貫く。仮にあなた達が犯罪紛いの行為をして、同心に捕まっても擁護することはできないわ。カンタンに言えば、何か失敗した時の責任は自己責任ってこと」 約束できる? と神楽は首をかしげた。 「覚悟はしています」 「やってみせるさ」 「もちろんだよ」 弖志峰、酒々井、蓮の眼差しに「じゃ、頑張ってね」と告げた。 事故にならないよう、如彩幸弥の方にも許可を取りに行ってくると言い残し、神楽の店を後にする。警備の人員を捻出するのも、幸弥側の方がいいと判断した為だ。 「ほんとに、これでいいんだよね?」 「……向こうは勝つ必要がねぇ、逃げるだけで十分なんだ。なら町中の方がやりやすい。周りを巻き込む訳にゃいかねぇし、周辺の人を避難させる手はずを整えるのが先だ」 蓮の眼差しに、酒々井はぴしゃりと告げて、如彩幸弥の家を目指した。 刀匠の店がある路地は、人で賑わっていた。 ローゼリア(ib5674)は耳と尻尾を隠して旅行者を装い、刀匠宅から斜め向かいの料亭二階から仲間たちの様子を伺っていた。からくりの桔梗が、外から見えない位置に付き従い、ローゼリアの代わりに伝令を行う。そこへ来客が訪れた。 「待たせましたか?」 「九寿重、本当に感謝しますわ」 ローゼリアは救援に来てくれた親友を包容して礼を告げた。 二人がいる二階からは仲間たちの位置が見渡せた。 ネネ(ib0892)は催事の宣伝を噂話を交えて近所に伝えつつ、刀匠の店に開拓者が訪ねる度に「あそこは有名なお店なんですか?」とか「お若い店主さんなんですね」とにこやかに世間話を装って話しかけていた。 酒々井たちが計画した催事。 その噂が広まり始めた頃を見計らって、アレーナ・オレアリス(ib0405)は刀匠蒼継の店を尋ねた。調査はもちろんだが、いかなる刀を打つのか興味があったこともある。尚、人妖ルイ入りの封印具『剣の華』は、緋色の外套で覆ってある。 尚、刀匠たちと接触するオレアリスや刃兼(ib7876)には、ネネたちが加護結界を付与する手伝いをしてある。 オレアリスが店先の若者に声をかけた。 「失礼、この辺で高名な刀鍛冶、蒼継殿とは貴方のことでしょうか」 「あぁ。開拓者の人かな。悪いけど新しい注文は受けられない」 「いえ、注文ではなくて……この刀を見ていただきたいのです」 オレアリスが持ち出したのは殲刀「秋水清光」だった。天儀最高峰の刀工の一人「加賀清光」がアヤカシを斬る為の刀ではないとまで言い切った品のひとつだ。 「こいつは驚いた……お客さん、これは刀工清光の殺人剣だ。俺も現物は初めて見る」 「お気に召しました?」 「俺も刀鍛冶なんでね。高名な作品に出会えるのは光栄だ」 「……明日なんですが、雪若の催事があるそうなんです。一緒に遊びに行きません?」 それまで刀に見入っていた蒼継が我に返った。 「なんだ、新手のナンパか? 言い寄られて悪い気はしないが、これでも一生を誓った妻がいるんだ。浮気を疑われちゃたまらない。お返しする、帰ってくれ」 蒼継は殲刀をオレアリスに返して、家へ戻った。 この数時間後。 まさに蒼継の店を目当てに旅してきた、という風を装ったのが刃兼だ。 店はどこか、休業日はいつなのか、そしてやっと訪ね当てたという顔をした。 「すまない、研ぎの依頼は……難しい、かな。いや、もし砥ぎ待ちでも、是非あなたの刀を見学させてもらいたい。一見に売らないというのは聞いているが、常に刀を使う身だし、品を見せてもらうことはできないだろうか」 出迎えに現れた蒼継が「どうぞ」と奥へ通す。 刃兼が「もし発注できるなら、どのくらい先になるだろうか」と尋ねると「暫く妻の実家に帰るので、残っている鍛冶仕事も当分先になるからなぁ」という蒼継の呟きに、残念そうな声を返す。 「俺は各地の仕事をしてるから、また立ち寄らせてもらうよ。どの地方かは知らないが……夫婦水入らず、二人旅って所か?」 冷やかしを装い店の奥に目を向ける。 奥では妻と思しき着物の女性と、若い男が談笑していた。 「残念ながら、二人っきりじゃなくってなー。お兄さんに嫌われないようにしないと」 「お目付け付きで奥方の実家とは、肩身が狭いな」 事前に容姿を聞いていた刃兼は、一般的な開拓者に扮する不審者に時々目を配った。腰に携えた刀に、不気味な威圧感を覚える。何か感づかれて警戒されればまずいと、極力自然を装った。 刃兼が無事に店を出るのを見届けたネネは、合流を果たす。 からくりのリュリュが待つ宿に戻る途中で、平和に暮らす人々の様子を眺めた。 「街中で、傍に人がいて、かつその人が……怖い状況、ですね」 「ああ」 日が暮れて、宿の一室に大蔵南洋(ia1246)達が揃っていた。 夜明けの仕事に向けて、食事をとり、体を休めておく必要があった。 夕餉の膳が運び込まれ、ひとり、またひとりと昼間の出来事について口をひらく。 水波が一日中張っていたが、特別奇異な行動は見られないと報告した。 「兄様とやらも術視を試みましたが、アヤカシではないようです。従って、飢羅の本性をいかに暴くかが重要になりますでしょうか。なんにせよ、忌み子を救うために避けては通れぬ道ですが……自分で決めた道です。諦めずに参りましょう」 弖志峰は行灯の蝋燭を入れ替えながら、声を投げた。 「霧雨さんを救い、生成姫の戦力を削ぎ落す……その為には」 仮初にしても『夫婦の絆を断つ』という可能性に躊躇いがないといえば嘘になる。 「大丈夫ですか?」 ネネが気遣いに「一応、ね」と弖志峰の曖昧な返事が返る。 「ただ……作為と謀略の結果であったとしても、きっと蒼継さんの中で妻への信頼と愛情は確かなものだろうから、たぶん傷つかない人間はいない」 人を陥れるために人を使う。それが連中の方法だ。 「全く生成ときたら……いちいちあざとい真似ばかり」 ローゼリアは歯ぎしり。 刃兼が膳に手を伸ばしつつ、声を投げる。 「厄介だが……やるしかない、だろ。降りる段階はとっくに過ぎた」 こんな人の多い里で妖刀捕縛、そして例の誘拐された子供達と思しき人物が傍にいる以上、一筋縄ではいかない。刀匠が自発的にアヤカシへ協力しているのではという嫌な想像が脳裏をよぎりもしたが、すべき仕事は決まっている。 白螺鈿への騒ぎを最小限に抑え、妖刀を捕獲するということ。 大蔵は猫又の浦里を膝に乗せつつ、淡々と語る。 「恐るべきアヤカシなれど、決して作戦は不可能事ではあるまい」 大蔵の落ち着きには、過去の戦いから何か見えるに違いないという、期待が込められていた。 一方のオレアリスは情熱を燃やしている。 「難問ですが、取り巻きの少ない状態で現れるのは最大の好機。妖刀が完治し、人の世に災いを為す前に戒めを与えましょう!」 「妖刀の捕獲。忌み子の呪縛を解きく為にも成功させましょう」 乃木亜に続き、蓮も拳を握る。 「霧雨さんを助ける為に飢羅確保、失敗する訳にいかない。頑張るよ!」 弖志峰はオレアリスが預かっている封印具を眺めると、狩野 柚子平(iz0216)を一瞥して少々難しい顔をした。遺失技術で造られた箱は、未だ完全修理や複製ができないというが、かろうじて修復が行われている事実は、不完全であろうとも技術の復活につながる。 「それでは皆さん、時間になったら起こしますね」 食事を終えると、柚子平が行灯の火を吹き消した。 遥か遠くで人の歓声が聞こえるが、此方は水を打ったように静かだった。 潜む者たちの存在を知ってか知らずか、蒼継と妻のヨキ、そして妖刀を携えた兄が現れた。 様子を見守っていた乃木亜が顔を歪める。 「分断したかったのですが、無理そうですね」 オレアリスや水波が強行を提案する。 やむを得ない。そう判断した萌月達は飛び出した。 「刀匠を攫って……今度は何を企んでいるんですか?」 「なんなんだ、君たち……君は!」 蒼継の驚きは、オレアリスと刃兼に向いた。 曖昧な笑みを浮かべて、刃兼は様子を伺っている。傍目には、強盗か何かにしか見えないに違いない。兄とやらが二人を庇い「下がっていろ」と低く囁く。ヨキは腰の刀に手を添えて一歩引いた。 守られている蒼継が叫ぶ。 「ま、まってくれ、なんのつもりだ。俺はただの刀鍛冶だし、何もしてない。俺の刀が目的なのか? なら何本でも渡す、お代は取らない、だから二人に危害を加えないでくれ」 オレアリスが「落ち着いて聞いてください」と手を挙げた。 「蒼継殿、貴方は騙されています。奥方の名前は、開拓者ギルドの名簿に存在しません」 蒼継が妻を凝視した。 ヨキはというと「本当なのか」という質問に「言い出せなくて」とまるで三文芝居のような光景が繰り広げられる。しかし蒼継は妻の弁解を鵜呑みにした。 「あんたたち聞いてくれ! 妻の偽証が問題だとしても、切ることはないだろう? 彼女はギルドに所属してないかもしれないが、腕は立つし、何度も人を救った。俺は知ってる! 俺は彼女の兄貴に、彼に命を救われたんだ! 何も悪いことはしてない!」 無言で蒼継を背に押しやる兄の方が、刀を抜いた。 黒光りする不気味な刀に、大蔵が目を細める。 「用があるのは、その男の刀だ。忘れもせん。神楽の都を襲撃した罪、よもや逃れられると思ってはおるまいな?」 蒼継は訳がわからないらしい。 「んー、妖刀だと思ったけど、裂雷みたいな凄みも気品もないし、こんななまくら刀、やっぱり違うかな。勘違いしたとか?」 大蔵に続く蓮の嘲笑に、ネネが便乗する。 「なまくら刀……って確か、赤鰯(あかいわし)って言うんですよね!」 愉快な口調のネネは、ヨキが避難名目で蒼継をつれてその場から身を隠す可能性が高いと考え、警戒を怠らない。同じようにローゼリアは妻ヨキを、遥か後方から監視していた。乃木亜は蒼継の動向を警戒している。 天霧は飢羅の動きに警戒したまま、口元に笑みを浮かべて双眸を細めた。 「珍しく何も喋らないのね。そのまま黙って刀のふりをして、また逃げるの? 戦って勝つ自信がないのかしら? それじゃいつまで経っても、裂雷を超えるなんて無理よ」 その時、ネネが動いた。 黒光りする妖刀飢羅に向かって錆壊符を放つ……はずだった。 「あ、あれ? ど、どうして発動しないんでしょう」 ネネは陰陽武器も符も持っていなかった。陰陽術には特別な道具がなくとも発動可能な術があるが、高度な術を活性化するには適した道具が必要不可欠である。最も、仮に陰陽武器を保有していても、ネネの場合、練力枯渇で一発成功するか否かだったに違いない。昼間の加護結界で、過度に消耗した所為だ。職を変えた弊害は、二倍近い力を消費することにある。 「『……貴様、陰陽師だな』」 「いけない、ネネちゃん逃げて!」 遅かった。強烈な威圧感のようなものがネネを襲った。 しかしなんともない。 「だ、大丈夫みたいです。私は後方から支援を」 何故か、呪縛符や加護結界まで使えなくなった。能力を完全に封じられている。 その場にいた全員に緊張が走り、蒼継は『喋る刀』の出現に、口をあんぐりと開けている。 「漸く語る気になったか」 「『我への侮辱、許さぬぞ。遊んでいる暇はないのでな、手早く済まさせてもらおう』」 大蔵は鼻で笑い「どうかな、お主達妖刀には決定的な弱点がある」と告げた。 「『……なんだと?』」 仲間たちが見守る中で、大蔵の言葉は蛇が獲物を穴へ誘い込むように、巧みに続いた。 「む? 聞こえなかったか? 弱点だ。生みの親さえ、未だ気がついておらぬ欠点がな。知りたくは無いか? 知って弱きところを克服したくは無いか? ……思えば、かの裂雷も恐るべきアヤカシであった。いま私がここに立っておるのは、あの時ほんの少しの幸運が味方し、弱点を突けたたからに過ぎぬ。その辺は認めざるをえない」 肩を竦めた。 「どうだ? 我らの挑戦を受ける勇気はあるか?」 しばしの沈黙に、飢羅が答えた。 「『まぁよい、以前預けた勝負、ここで果たしてくれる』」 釣れた。 そう確信して目配せした乃木亜は、笑って返した。 「結構。その方が私達は全力を出せます。全力の私達を倒さなければ、裂雷を越えたと言えないのではないですか?」 「『ほざいていろ』」 ヨキに兄と呼ばれていた者の全身が、黒い膜に覆い尽くされていくのが見えた。 「では私もいきます。ローゼは気をつけて」 「九寿重! 切れ味だけは鬼の様に鋭いですのよ! 無理はいけませんからね!」 友を案じるローゼリアの言葉に杉野は「気を引き締めて手伝います」と返事をした。 一方、どこぞではお祭り騒ぎが起こっていた。 「大金持ちになりたいかぁー!」 オォオォォォォォォォォォ! 「彼氏や彼女が欲しいかぁー!」 オォオォォォォォォォォォ! 雪若つまり福男の福にあやかりたい。 そんな白螺鈿の老若男女がひしめいている。 弖志峰と蒼馬は地味に警備仕事に追われていた。あまり頻繁に瘴索結界もできていない。酒々井はというと、壇上で青くなっていた。この大勢の誘導を失敗すると、大勢犠牲者が出そうだ。壇上の女装男子こと神楽が声を張り上げる。 「皆さん静粛にー。今回の『雪若追い』参加者はきちんと受付で10文払いましたか?」 「おい、神楽。いつの間に参加費とってるんだ」 「あら、参加者の制限よー。みんな腕輪してるでしょ。大変だったのよぉ」 大声を張り上げて規則を発表する神楽の隣で、幸弥が眠そうに目をこすっていた。雪若は指定区域しか走らないと繰り返す。つまり、戦場から最も遠い場所に住民たちを誘導するということだ。 一通り説明した後、幸弥が付け加えた。 「よろしいですか、皆さん。今は早朝です。お休みになっているご家族も多いので、大声や破壊行為は厳禁です。それといくら雪若が開拓者でも、術や武器や騎乗を禁止すれば、ちょっと頑丈な人間に過ぎません。皆さんのお相手を長時間するのは大変です。そこで区域に、雪若の秘密の休憩所を設け、時々、赤いたすきをかけた偽雪若を何人か放ちます。偽雪若を捕まえた方は自動的に脱落ですが、僕から1000文の金一封を差し上げます」 ちょっとしたお小遣いだ。民衆のやる気が急上昇している。 「それでは雪若と偽雪若を放ちます。十分後に開始しますね」 垂れ幕の向こうに酒々井達が消える。 弖志峰や蒼馬たち、警備の人間も集まってきた。幸弥が裏口に導く。 「急いでください。住民を置けるのは短時間です。女郎屋通りの裏を抜ければ見つからないかと。話はつけてあります」 「すまねぇ」 「終わったら、というか、無事に戻ってくださいね。ひとつ貸しです」 幸弥が片目を瞑った。酒々井と弖志峰達が会場の死角から走り出す。現場の皆が心配だ。 「生成姫はただでさえ強敵……ちまちまやんのは趣味じゃねぇが、周りから削らねぇと勝ちようがねぇ、飢羅を叩き折る為にも、今回で一気に決めるぜ」 現場では緊迫した空気が、皆の体を包んでいた。……はずだ。 「研ぎすぎると刃紋消えるって知ってます? そのうち刃じゃなくて針になっちゃいますよー?」 「『やかましい』」 遠くから妖刀をからかうネネの影で、天霧たちが計画を練る。 「私が囮にでる。確実に仕留めて!」 天霧は飢羅の攻撃を回避することを前提に走ったが、妖刀の動きについていくことは難しかった。 以前、妖刀裂雷に乗っ取られた時すら肉体が軋み、反動がでていた。 どうしても負傷は避けられない。 続く刃兼も、有効な手を打てるよう立ち回ることにしたらしい。同じく囮に出ていく。 「くるぞ! 構えろ!」 妖刀が放った二発の衝撃波は天霧と刃兼に直撃し、天霧を一撃で瀕死に追い込んだ。 刃兼は喋る元気はあったが、天霧の方は虫の息といえよう。 圧倒的な力の差だ。 その隙に死角に回り込んだオレアリスと後方の大蔵が、懇親の刀を奮う。 オレアリスの聖堂騎士剣と大蔵の真空刃は直撃した。 「『おのれ、餌の分際で』」 何処かにいるマックス・ボードマンの銃撃が、負傷者に妖刀を近づけぬよう、強制的に距離をとるよう計らっていく。 粉塵の向こうに見えた妖刀の刀身が、部分的に欠けてひび割れていた。 しかし宿主の練力を吸い上げ、ひび割れが修復されていく。 この長期戦が頭の痛い問題……と思われたが、回復速度が遅い。妖刀裂雷のような急激な修復ではないようだ。 オレアリスが我に返った。 「天霧殿と刃兼殿は生きていますか?」 「治療は私が!」 水波はネネの封術を解除すると、瀕死の仲間に閃癒を施すために走った。 修復の遅い飢羅の様子を一分ほど眺めていた大蔵とオレアリスが即座に分析をはじき出す。 「あれ、どうお考えになります? 大蔵殿。錆を研いだことで、刀身が大幅に軽くなった反面、色々と威力や耐久度が落ちたのでしょうか」 幾度か刃を交わしてきた大蔵が唸る。 「……落ちた、とは言い難い硬さだがな。だが今の負傷を完璧に元通りにするには、数分はかかるとみた。他の者達が合流すれば、修復の余裕なぞ消せる可能性があるが……こまめに修復させて練力を空にせねば、話が始まらん」 とはいえ。 たった十秒で二人も三人も重傷者を出している以上、合流前に力で押し切られる可能性が高い。 飢羅が修復に専念している隙に、天霧たちの回復を終えた。 今回の目的は、倒すことではない。 まず練力の枯渇を待つ。 「『ふん、兄者を倒しただけはある。……少し本気で行かせてもらうぞ』」 妖刀飢羅は陰陽師のネネに再び呪封を放ち、今度は水波にも術を封じた。 回復手がいてもらうのは都合が悪い、ということだろう。 だが回復は何も水波だけが使える訳ではない。乃木亜の藍玉に、天霧の水稀だっている。 妖刀は天霧を放置し、三発の衝撃波を刃兼とオレアリス、大蔵に打ち込んだ。 「がは!」 「刃兼殿! く、このまま、やられると思わないでください、な!」 持久戦を覚悟していたオレアリスと大蔵は、防御をしつつ受け流すことに努めた。 といっても、昔とは違う。 妖刀の一撃は、オレアリスに対し、微傷か軽傷にとどまった。 微かに、上回っている。だが微傷といっても、実際にはオレアリスの生命力半分を根こそぎ持っていくのだから、サビ一つない妖刀の一撃は、あまりにも重い。二発も連続して喰らえば、確実に死が迫る。 大蔵もまた、逃げ回るより、真正面から受けて抵抗する方が、傷が浅いようだ。微傷か軽傷が多く、希に衝撃波が直撃する。しかし直撃を受けても、大蔵には余裕があった。生命力半分削られたところで、致命傷にいたらぬ怪我だ。鍛え抜かれたサムライが怯む理由にはならない。 ここが正念場だった。 戦いの影で戦場から離脱を図ろうとするヨキと蒼継を発見し、ローゼリアの空撃砲が歩を止めさせた。残されたヨキと蒼継を取り囲んだのは、蓮と乃木亜と萌月の三人だった。 「貴方の相手は私たちです」 「なんでだよ! あんたたちの狙いは、あっちの化物刀なんじゃないのかよ!」 蒼継の絶叫をなだめつつも、逃げられぬように退路を塞ぐ。後方ではローゼリアが狙いを定めていた。萌月は強く訴えた。 「逃げられると……困ります。私たちは……保護にきました。あの妖刀は……人を操って喰らう……危険な存在です。あなたは狙われている……こちらへきてください」 幼い萌月の哀願に、蒼継が「わかった」と呟いて近づいたところで、二人を力づくで引き剥がす。 「何をするんだ! 妻に乱暴するな」 「申し訳ありませんが、事態が片付くまで奥様は拘束させて頂き、ま」 乃木亜の言葉が止まった。 低い位置から一撃喰らっていた。殺気を完全に覆い隠す、心覆の技術だ。油断した。幸いにも蓮は八極天陣で回避したが、ヨキは「私たちを騙す気ね! 兄を殺す気なら許さない!」と抜刀し、臨戦態勢に入る。 「そっちが本気なら、こっちだって! くれおぱとら!」 戦いは、避けられないようだ。 軋むような音が聞こえる。 闇色の刃を押し返して弾き飛ばされた刃兼が、這うように起き上がった。全身の痛みが酷い。金臭い。ぬるりとべとつく血液が大量出血を知らしめる。 「ごほ、痛っ……俺は、この程度で」 負けられない。 砂を握り締めて身を起こす。仲間の回復術があるにしても、痛みを感じないわけではない。肉を裂き、骨をえぐられる鈍い感覚。胴が真っ二つになるのではないか、という死に迫る恐怖感を、過去に体感したことがないわけではない。 頭部が裂けているのか、出血が止まらなかった。血が目に入る。赤く染まる視界の中で、水波が術を唱えているのが見えた。 そして妻ヨキと戦う仲間たちが視界に入る。 「おい、あんた! ヨキ! なぜ俺達に刃を向けるんだ!」 術で出血が止まり、痛みが引いていく。刃兼が、更に声を張り上げた。 「兄貴を助けたいからか? あんたの兄貴は人に刀を向けるような兄貴だったのか? 違うだろ! 俺はあんた達が人を助けたっていう蒼継の言葉を信じる! あんたの兄貴はアヤカシに寄生されてる! あの妖刀は神楽の都や北面で暴れたアヤカシだ! 開拓者なら倒さなければならない! ヨキ、あんたが開拓者を目指していたなら、わかるはずだ!」 ヨキが『さらわれた子供のひとり』の可能性を知りながら、刃兼は知らぬふりをして叫んだ。 ヨキの攻撃が止まり、蒼継を振り返る。 その表情から感じ取れるのは『戸惑い』だ。何かを天秤にかけている。 「……蒼継、ここにいて」 夫の返事を待つまでもなく、ヨキは意外な行動に出た。 蓮に乃木亜、萌月にローゼリアの攻撃を回避し、全速力で妖刀班に向かう。蓮たちが警戒を促す声に、妖刀班もヨキの接近に気づいたが、ヨキは大蔵達を襲わず、背後から『兄』を奇襲した。 「『な、に?』」 刀ではなく、黒く覆われた兄の肉体を刺した。 「兄様ごめんね。帰郷は中止よ、こうするしかないの」 ヨキは恐るべき速さで刃を走らせ、反撃の暇を与えずに切り捨てた。技を極めた志士ならば分かる。あれは『秋水』だ。天霧達は同士打ちの光景に呆気にとられ、蒼継は正義を貫く妻の奮闘ぶりを傍観していた。 妖刀の本体は刀にすぎず、全身を覆う黒い膜は、宿り身から力を吸い上げつつ自在に操るためのものに過ぎない。 人を攻撃すれば、妖刀よりも人が傷つく。 「誰かに殺されるくらいなら、私が殺す」 使命をとった、というには、余りにも冷酷な一言だった。 致命傷を負う兄を前にしても、ヨキは悲しそうな表情一つ見せない。 「私は開拓者を騙った。けれど大物を狩れば……功績は認めてくれるのでしょう」 ヨキは刃兼達とともに『妖刀を狩ることで蒼継の信頼回復』を選んだようだ。 隙を見せたヨキに近づく影がある。 「アムルリープ!」 フレイアだ。 会場警備に駆り出された者たちが戻ってきていた。 同時に追いかけて来た蓮が睡魔に襲われるヨキの懐に回り込み「えい!」と鳩尾に三蓮撃を加えた。萌月たちも束になって飛びかかった。味方したヨキを荒縄で手足を縛り、寝袋に詰めて口を縛る。後方から罵詈雑言が聞こえてくるが、蒼継の発言はこの際無視する。 「ヨキさん、あなたを次の器にされては……たまりません。ご協力は嬉しいのですが……あっちで蒼継さんと……おとなしくしていてください」 萌月や乃木亜達がヨキをずるずる引きずって離脱する。 一方で、酒々井が妖刀に迫っていた。 「随分と背中がお留守だな?」 催事用に重武装をしていなかった酒々井は桜色の燐光を纏った拳で、渾身の一撃を飢羅に打ち込んだ。弖志峰も戻り、会場準備に駆り出されていた仲間たちの一部も戻ってきた。 「おそーい!」 「すまねぇ、これでも急いだんだ」 「待たせてごめん、片付けよう! 水波さんは向こう、俺はこっちで!」 回復手の増員効果は大きい。 「そろそろ剥がれ落ちる頃だ」 大蔵が妖刀から視線をそらさず酒々井たちに声を投げる。 「わかった。つまりピンピンしてる俺たちが乗っ取られたら仕切り直しか」 「ああ。すまないが、此方は枯渇寸前だ。キクイチ、もう一度、隙を見て閃光を頼む」 散々弾き飛ばされつつ重症を負わされた刃兼も、決して刃が届いていないわけではなかった。その瞳からは闘志が消えず、口の中の砂混じりの血液を吐き出して妖刀を見定める。大太刀に練力を纏わせ、向かっていった。 幸いなことに。 大蔵や刃兼達の地道な努力により、宿主の練力が大幅に削られ、力が枯渇してきている様子が伺えた。これで術を封じるような大掛かりな技は使用回数を限られる。 先に相手をしていた面々は幾度も死にかけて消耗していたが、力が有り余る仲間が戻ってきた以上、力関係は一気に変わった。負傷者の支援に滋藤 御門とハッドが加わり、ローゼリアたちが遠距離から着実な狙撃を行う。蓮の天呼鳳凰拳が唸った。 倒す為に鍛えてきた。 一撃で振り払われ、盾を壊され、生死を彷徨った時代とは違う。 萌月は刀及ばずとも始終、妖刀に対して話しかけ、目的を誤認させ続けていた。 「蒼継さんが居なければ……貴方を手入れしてくれる人が居なくなりますよね?」 「『やっと育った逸材を横取りされてたまるか』」 一斉攻撃を受けた妖刀が修復をやめた。 おそらくこのまま押せば破壊できるが、今壊れては困る。 妖刀が宿主の体から剥がれ始めたのを見て、天霧が声を張り上げる。 「頃合よ! 全員離れて!」 練力の高い者や術者たちの大半が大きく離れた。 「『そんなばかな……力が足りぬ……貴様らの体をよこせ!』」 妖刀が殆ど元の形状に戻り、確実に次の獲物を刺し貫くべく飛ぶ。その威力は、以前、逃亡を止めようとした龍達の体を貫通しても止まらなかった事実から推して知るべしである。 仲間に刺さるはずだった妖刀を、オレアリスは封印具で弾き飛ばした。 箱は貫通どころか傷ひとつ、ついていない。 壁に刺さった妖刀がもがくのを見て、オレアリスは中にいた人妖のルイを放り出し、空になった箱で妖刀の持ち手から半ばまで、ばっくりと挟んだ。 「『おぉぉ! 何をする! なんだこれは!』」 「どなたか抑えてください!」 「どうする気だ」 男性陣が暴れる箱を閉めようと必死になっているが、閉まらない。オレアリスは「こうするのです!」と聖堂騎士剣ではみ出している刀身を塩に変えた。 「『ぎゃあ! 貴様ら、ただではすまさな……』」 ぱちん、と箱が閉じた。鍵をかけた。 すると荒れ果てた一帯は、急激に静かになった。 箱を降っても、ゴトゴトと音がするばかりで、何かが中に入っている事しか分からない。 「……終わった。へとへとぉー、くれおぱとら、どこー?」 どっかりと腰を下ろして倒れこむ蓮に、まだ仕事が残っている酒々井たち。 「ルイー、生きてるかー? ルイー? ……ダメだなこりゃ。とりあえず大怪我してないし、俺は会場戻らないと……雪若本人がいないってバレたら大目玉だ」 「俺は……休みたい」 身動き一つしたくないと大の字で転がる刃兼。 「ふー、妖刀掴んでる余裕がありませんでしたわね。これはぶっつけ本番になってしまうかしら」 今後の対策について悩むオレアリスと様々だ。 遠方にいたローゼリアたち狙撃手が戻ってくる。水波と弖志峰は重傷者の応急処置に追われていた。 「それより、どう考えても朝までに元通りに戻すのは無理だな。さて、どうしたものか」 「本当ね」 大蔵と天霧の視線の先には、破壊された家や壁がある。きっと雪若追いに参加した家主たちは、帰宅した時の家の壊れっぷりに言葉をなくすだろう。 「あのぅ。まず、彼らを運びませんか?」 「このままには……できないです」 乃木亜と萌月が、疲れ果てた仲間たちに声をかける。 あとに残ったのは、立ち尽くす刀鍛冶と縛られた娘、そして妹の手で致命傷を負わされ、妖刀に力を吸い尽くされた若い男の屍だけだった。 |