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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ここひと月、静かな時間が過ぎていた。 開拓者ギルドで一枚の依頼書を見かけた開拓者達が、依頼人の名前を見て相談室に集うと、狩野 柚子平(iz0216)の姿があった。封陣院の分室長にして、玄武寮の副寮長。 そして御印のない忌み子。 生成姫関連について色々と知っている様子だが、他人に詳細を語らない。その柚子平が依頼人……つまり単純な依頼ではない。柚子平の肩に人妖の樹里がいた。霧雨の姿はない。流水紋の扇子を閉じた柚子平は封書を前に肘をついた。 「皆さんがいらっしゃった、という事は……下手な隠し事や遠回しな依頼は無用、ですか」 「用件を聞こう」 「ここに二つの報告書があります」 「依頼書じゃなく?」 「ひとつは妖刀飢羅に関する居場所。 もう一つはアヤカシに魅入られた娘に関する居場所です」 妖刀飢羅といえば、昨年末、炎鬼と鷲頭獅子を率いて神楽の都を襲撃した大アヤカシ生成姫の妖刀に他ならない。生成姫が冥越に出現した当時の妖刀裂雷は、既に破壊した。残る妖刀は、生成姫の脇差しと考えられる妖刀飢羅のみで、今まで居場所が不明だった。 もう一方の『娘』とはアヤカシではない。 幼少時代に人里から姿を消し、アヤカシの手で高度な戦闘教育を施され、恐らく生成姫を全能の神、或いは、親愛なる母として崇拝する……志体持ちの子供たちのひとり。 「どうやって」 「私も遊んでいた訳ではありません。急を要する場合は、人海戦術しかないでしょう?」 肩にいた人妖が虚空に浮いて言葉を添えた。 「ゆずは封陣院の分室の人達を調査に使ったの。何人か亡くなったわ」 いいですか、と柚子平は姿勢を正した。 「今まで皆さんにこの話をしなかったのは、相応の理由があると思って頂きたい。まず……妖刀の居場所を探り出したのは、倒す為では断じてありません。破壊は二の次です」 「二の次?」 「霧雨君を、生成姫の御印の呪縛から解放するには、妖刀が必要です」 とん、と。 心臓の位置を示す。 「以前お教えした方もいますね。御印を授かった忌み子の霧雨君は、体内に寄生型アヤカシを飼っています。取り除こうとすれば食い殺され、放置すれば死ぬまで生成姫に居場所が知れる。そして万が一、生成姫と衝突した時、人質にされる可能性も否定できない。かといって、人質に国やギルドが弱気になる訳がない」 もし正面衝突したとして。 幾百万の民と、一介の開拓者。殉死を選ばされるのがオチだ。 「なぜ妖刀が必要に?」 生成姫の御印を人の手で取り除くのは不可能だと考えられている。 体内の小さなアヤカシだけを狙える術もない。異様な耐久性を考えれば、一撃でしとめない限り、宿主が御印に食い殺される。 柚子平は躊躇いがちに打ち明けた。 「妖刀を霧雨君の心臓の隣に刺して、御印を食わせるんです」 「うそ」 「人の手で破壊するより、共食いさせた方が、宿主の生存率は高い、という結論に至りました。これは妖刀裂雷と白琵琶姫討伐の報告書から、性質を研究したものです」 別の紙束が机に投げられた。 「妖刀は元々『使われる』為のアヤカシです。肉体に寄生し、力を吸い上げ、自己修復を計る。そして必要があれば、次々と器を入れ替え、共食いをしてでも己を強化する。その性質を逆に利用します。妖刀を破壊寸前で捕らえるのは、第一段階に過ぎません」 柚子平が考案した救出策。 それは妖刀を破壊寸前で、並外れた剣の腕前と強靱な精神力を持った者に寄生させて、奪われた肉体の支配権限を取り戻し、霧雨の心臓を傷つけない位置に、妖刀を的確にうち込む事だ。 成功すれば理論上、妖刀飢羅は下位の寄生アヤカシを食い、霧雨の練力を吸い上げて回復を計るだろう。 ここで霧雨は御印から解放されることになる。 だが、心臓或いは重要な血管を傷つければ、霧雨の体は甚大な損傷を受ける。 戦いながら、肉体が急激に死に向かう。 更に妖刀飢羅は、術者の練力を吸い上げて完全体に戻る可能性がある。霧雨が剣術に関して素人でも、与えた損傷が巻き戻るのは深刻な痛手だ。運良く妖刀のみを破壊しても、交戦が長引けば霧雨は寄生されたまま屍人になり、手元に戻るのは遺体だけ。 それを防ぐ為には強力な回復手が必要不可欠となる。 青ざめた面々の一人が手を挙げた。 「……つまり。俺たちの誰かが一度、妖刀に寄生される必要がある、んだよな? 確かな剣の腕前と相当な気力を兼ね備えなきゃならない」 研究書類を置く。 「そして霧雨に寄生させたら、重傷を負った霧雨の肉体が死ぬ前に『妖刀だけ』を今度こそ完全に破壊しなければならない」 妖刀は一本しかない。 誰かが妖刀を破壊する前に実行しなければ、方法を失う。 だが失敗すれば、霧雨は死ぬ。たった一度しか使えない諸刃の剣だ。 もしも成功できれば、霧雨は少なくとも呪縛から解放され、例え霧雨が死んだとしても……真朱、裂雷、白琵琶に続き、生成姫の強力な手駒を削ぎ落とせる。 実行に移す価値はある。 「それと」 「まだ何かあるのか」 「もう一件についてですよ。これは疑わしい経歴を持つ開拓者から断定に至った、渡鳥山脈付近で失踪した開拓者を師に持つ娘ですが……白螺鈿で雇用されています」 なにせ人間で開拓者だ。 何を崇拝しようと、誰にも疑われない。 「説得が望み薄でも、即排除はできません。柊さんや皆さんに同行した樹里から色々伺いましたが、魔の森の廃村が、白琵琶姫消滅後どうなったのか。分かっていません。世に何人放たれたかも不明です。この娘から手がかりを探り出さなくてはならない。ですが……誘拐の計画が上級アヤカシ主導で行われ、妖刀に子を与えるのを拒否した事実を考慮するに、娘の背後にいて、白琵琶姫の任務を継いだアヤカシは、白琵琶と同等かそれ以上と判断すべきでしょう」 どちらを選んでも。 最終的には強敵との戦いは避けられない。 「力任せに強敵を倒すのとは訳が違います。皆さんに『片方』を託します。どちらに専念すべきか考えて、決めて頂きたい。それと……皆さんがどの程度、生成姫が扱う寄生型アヤカシに耐性があるのか、私の研究所で調べられます」 五行にある柚子平の研究施設には、魔の森で捕獲したアヤカシの数々や人工的に創り出したアヤカシが保管されている。 そこで一人につき一体。 あえて寄生させて『肉体の支配権を何秒間取り戻せるか』や『標的に見立てた等身大の人形を狙えるか』などを調べるという。 「調査がおわったら?」 「妖刀みたく全身が覆われる訳ではありませんのでね。寄生中は水蛸みたいな物です。剥ぎとって再度寄生されないうちに倒せばいい」 「一人で!?」 「私が作った試験体です。術者の命令に従う率は六割。多分、死にはしませんよ。本気でやらないと負傷は避けられません。数日は動けないと思います。……無理強いはしませんよ」 重い腰をあげた男は、そう告げて嗤った。 |
■参加者一覧
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ |
■リプレイ本文 久々に現れたローゼリア(ib5674)は、初見の者に挨拶しつつも、大蔵南洋(ia1246)達から経緯をきいて「なかなか難儀な状況になっておりますのね」と溜息を零していた。 「それで耐性調査は結局どなたが受けるのです?」 狩野 柚子平(iz0216)の問い。 ローゼリアは「私はやめておきますわ」と手を振った。 「銃を得手にする私では、受けてもあまり力にはなれないと思いますし。でも噂の御印や忌み子騒動の状況について詳しく知っておきたいですわ。話の相手をしてくださいます?」 「分かりました。他の方々は」 耐性調査を受ける為、そして話をする為に柚子平と結陣へ向かうのは、萌月 鈴音(ib0395)とアレーナ・オレアリス(ib0405)、天霧 那流(ib0755)とネネ(ib0892)、大蔵と刃兼(ib7876)、ローゼリアの七人となった。 他の者は用事があるらしい。 水波(ia1360)は「気になる事がございますので白螺鈿と鬼灯に参ります」と頭を垂れた。 弖志峰 直羽(ia1884)は出発前に例の花札について刃兼と話し合う。 「そういえば不如帰って、鶯とかに自分の子供を育てさせる鳥だと聞いた事がある。空の卵との繋がりは分からないけど……添文の言葉を思い出せば、嫌な事しか思い浮かばない、かな」 「托卵ですね」 声の主は柚子平だった。 「不如帰と鶯の場合は、正確には種間托卵といいます。托卵は、巣作りや抱卵、子育てなどを仮親に托す行為。いわば寄生と言えるでしょう」 一方、蓮 神音(ib2662)は天霧に御彩家の鍵を見せてもらっていた。 「門の鍵というより、からくり錠を動かす部品みたいな感じね。これでいい?」 形状を念入りに確認してから「那流おねーさん、ありがとー」とお礼を述べた。 これから柊のもとへ行くという。 それを聞いた萌月は、柊たちと同居している春花に『どう言う経緯で剣の華の封印具を手に入れたのか、を聞いてきて欲しい』と頼んだ。 弖志峰は蓮に同行し、その後に白螺鈿に向かう。 「では、皆さん。調査後は私の屋敷でお会いしましょう。お気をつけて」 五行結陣、封陣院分室。 妖刀への耐性を調査する為、研究施設を訪れた萌月達は不安な気持ちを抱えていた。 顰めっ面の大蔵が「念のため聞くが」と咳払い一つ。 「よもや……アヤカシを食せ、などとは言うまいな?」 しばしの沈黙。 「食べても結構ですが、確実に命令を聞くかは怪しいので、取り出せるかは保証できませんね。大粘泥「瘴海」の時の様に体の内側から食われるかもしれません」 物騒極まりない発言に刃兼が青くなった。 「命令に従う率が六割……だったか? 十回に四回は言うことを聞かない計算になるんじゃないか、それ」 「ご名答です。ですから術としても朋友としても欠陥がありすぎて、実用化できないのですよ」 封陣院は研究施設である為、不良品の生産は日常茶飯事なのだろう。 オレアリスが天井を仰ぐ。 「態々命を失いかねないアヤカシに囚われて活路を見出す……危険な賭けではありますがそれで救える命があるならば喜んで力を尽くしましょう」 天霧は柚子平に「ありがとう」と短く声をかけた。 「では始めましょう。最初は、萌月さんですね」 萌月の目前に、謎の符が貼られ、鎖で固定された黒色の包丁が運ばれてきた。 何者にも打ち勝ってみせるという強靭な覚悟を持って柄を握る。 硬い感触が、萌月の手中でドロリと溶けた。 「え?」 刹那、黒い液体はタコの足に似た触手を形成し、萌月という獲物に食らいついた。 手を固定し、螺旋を描くように腕を這い、脊髄目指して伸びていく。 激しい生理的嫌悪感。 背筋に怖気が走る中で柚子平の声がした。 「本物の妖刀は全身を黒く覆いますが、それは腕一本が限界です。ただの木偶相手では緊張感がありませんので……樹里を襲わせましょう。では、おてなみ拝見」 「……え?」 萌月が意味を理解する前に、包丁は人妖を切り裂くべく凶刃を振りかざしていた。 「きゃあああ!」 「逃げてください!」 寸前で萌月が軌道をそらす。 刃は虚空を凪ぎ、人妖は髪をひと房落としただけで済んだ。 遠方で刃兼達が呆然とし、ローゼリアが柚子平の首を締めて前後に揺さぶる。 「なんて事しますの!」 「人を襲わせると傷害事件になっちゃいますし、樹里なら私が修理できます」 「そんな話をしてるんじゃありませんわ!」 「そうですか? 人でなく、傷の修復が容易で、我々に敵意がなく、痛みも恐怖も覚える個体……誂え向きですよ。ねぇ樹里」 残酷な言葉。 呆然とする者達と対照的に、萌月が包丁を押さえ込むのに汗を流していた。 気力を振り絞り、張り付いている触手を引き剥がした頃には……十秒が経過していた。 次にネネが人工アヤカシに向き合ったが、躊躇いがちに人妖を振り返った。 樹里は青ざめていたが、柚子平の命令に背く気はないらしい。 いつもの勝気な態度はない。 「ネネ、私なら大丈夫よ。斬られたら……そりゃ痛いけど、またゆずが修復してくれる。でも霧雨ちゃんは人間で、失敗したら戻らない。だから私で試して」 ネネは俯いた。 「……もしかしたら、対妖刀だけでなく転用できることが増えるかもしれない。私、存外欲張りだったみたいです。では、樹里ちゃんを傷つけないように頑張りますから!」 意を決して両手で包丁を手に取る。 萌月の時の様に、柄が溶けて腕に絡みついた。 強烈な力は細い腕を締め上げ、術者の命令通りに、人妖の樹里を襲おうとする。 ネネは精神を集中し、気力を振り絞る。 支配する力に抗い、全力で木偶人形に向かう。 萌月と比較して剣の腕前や命中率は劣ったが、何故か深く貫通していた。 「何か、変です! うぅ!」 十秒を経過した直後、強制力に負けて操られたネネが、樹里に斬撃符を放つ。 幸いにも身軽な樹里は回避したが、符の威力は普段の力を上回っていた。 戸惑うネネを、柚子平が複雑そうな表情で眺める。 陰陽師は皆、少なからず魔の森や瘴気への抵抗力がある。抵抗力だけなら嬉しい話だが、知覚が優れ、攻撃力が増すという現象は……余り陰陽術が優れない霧雨でも、飢羅の意のままになった時、少々手ごわくなる可能性を示していた。 ネネの奮闘を眺めながら、ローゼリアは柚子平の隣で尋ねた。 「霧雨の所在はご存知ですの?」 「今はまだ遊郭で腐ってますよ。そこの太夫が私の頼みをよく聞く子でしてね」 曰く。 霧雨が来たら飛脚を飛ばすように頼んでおいたら、網にかかったらしい。 極力傍で様子を見て留め置くように命じてある、と言った。天霧が茶を吹き出して「遊女ってあなたの差金だったの!?」と騒いでいたが涼しい顔で聞き流す。 「この案、当然霧雨は知りませんわよね?」 ローゼリアの追求に、大蔵も興味をひかれたのか耳を傾けた。 「ええ。霧雨君に話せば、御印を通じて妖刀に知れる。実行に移しても共食いをしない可能性が高まる。そしてなにより……彼は自分だけ助かろう、なんて考えないでしょう」 「どうする気ですの」 「別な名目で招集し、私が暗影符で視界を奪い、呪縛符で動きを封じ、あとは毒蟲で動きを封じる……のが精一杯ですね。加減を間違うと此方の術で消耗しすぎ、妖刀に寄生された後は長く持たない」 難儀な役目だ。 「霧雨は『別の方法を考える』と言ったとか。何を考えているか、見当はついてますの?」 柚子平の顔が偽りの笑みで満たされたのを、ローゼリアは見ていた。 一方の蓮は、妖刀飢羅の捕虜だった柊が、身を寄せている家を訪ねていた。 まず一人のシノビの特徴と共に名前に聞き覚えはあるかを訪ねたが、柊は首を横に振った。 「そっか、じゃあ」 蓮は複雑な気持ちに囚われつつ、餅を食べながら春花を呼んだ。 「春花ちゃんに、辛い事を思い出させるかもしれないけど……ごめん、教えて欲しいんだ」 萌月も気にしていたことだ。 「裂雷……ううんオトモダチは、いつ誰に封印具に封印されたか言っていた? 来歴は?」 「しらない」 「オトモダチは、何処で手に入れたの?」 「お屋敷。未払いの給金のかわりに、ぼっちゃまがくれたの」 春花はそれだけ言うと、家の奥へ消えた。 一方、刃兼は、陰鬱な目つきで柚子平を睨んでいた。 「なんで俺の時に限って、主人の命令をきかないんだ」 「いやぁ……完全に運ですねぇ」 「運って」 「仕方ありません。統計上、二回か三回に一度、暴走します」 人工アヤカシは、人妖の樹里ではなく、視界に入った仲間を狙った。 噂の不良品らしい。 幸い壁に衝突して止まった。 刃が抜けない間抜けな状態だが『いい機会だ』と刃兼は思い直すことにした。 「ここで人工アヤカシに苦戦したら、妖刀本人とまみえた時、命がいくつあっても足りない、かな。……さて、今はとにかく」 刃が抜けない状態なら、誰も襲わないで感覚を探れる。 刃兼は瞼を閉じた。 寄生された感覚を掴む為だ。今は片腕に触手が這っている。 開始前に、かつて破壊されたという妖刀裂雷について少し聞いていた。 寄生されていた過去を持つ天霧曰く。 膨大な触手が全身を這い、四肢どころか喉の奥まで蹂躙される不快感を味わう。体が勝手に動き、意に反する声を発し、どんなに我を取り戻そうとしてもままならない感覚を想像する。 「……強制力に反発する訳か、剣術の稽古とは違うんだな。これはタコみたいな数本の触手だが、本物は全身を膜みたいな状態に覆うなんだよな」 刃兼は肩で荒い息を吐きながら、皮肉げに笑って独り言を呟いた。 「毒を以て毒を制す、まさに言葉通りだな」 刃兼は気力を振り絞り、壁から刃を引き抜いた勢いのまま、人形を目指した。 時は刻々と過ぎていき。 人工アヤカシを滅した天霧は、物思いに耽っていた。 「飢羅をあの時逃したのは幸か不幸か……何か複雑。今はどの位強くなっているか分からないけど、裂雷位の覚悟はしておいた方がいいかしらね。どう考えてるの?」 柚子平は肩を竦めた。 「昨年末、神楽の都を襲撃してきた時よりは強い、と見るべきでしょうね。どの程度の能力を得たか……計画を実行してもらう前に、調査に入ってもらうかは考え中です」 「そう」 「おや、興味がなさそうな顔ですね?」 「興味がどう、とかじゃないわ。未来の為に、この手で彼を助けたい……いいえ、霧雨さんを絶対に助ける。その後は、持てる力を尽くして挑むわ。刺し違えてでも必ず倒す。命を賭ける事は躊躇わない……て、何してるの」 他の者が適性を調べている間に『突きの練習』をしようと考えていた天霧は、柚子平の手元が気になった。 先程から何かを書き留めている。 「何って……『作戦実行に必要な事項は全て正確な記録がほしい』とおっしゃったでしょう? 多少の誤差も加味して算出しているつもりですよ。あなたの場合は、裂雷の宿り身でしたし」 前より耐性がついているに違いない、と柚子平は言った。 今日は重装備をしていない大蔵が、猫又の浦里を傍に控えさせ、迷いなく柄を手にとった。 妖刀とは何度も相対した。 既に兄貴分の妖刀を折っているのだから折る事は至難ではない。しかし今回は、まず生かすために使う。その難しさを考えていた。 「後は、霧雨さんが命を預けてくれるか否か」 本番では少しでも動けば、余計な怪我を負わせる可能性が高まる。 大蔵はいとも簡単に的を当てると、悠々とした動きで何度か素振りをし、人工アヤカシを引き剥がして虚空へ放り投げた。猫又の針千本を浴びせつつ、気合と共に全身の力を発揮して包丁を粉々に砕く。 肩を鳴らしてから振り返った。 「二十秒か……だが、やはり脆いな。そして遅い。裂雷の時とは比べ物にならん」 「流石に一撃で民家半分を吹き飛ばしていた上級アヤカシとは天と地の差ですよ。性能的には中級前後……なはずですが、妖刀を再現しようとした反動で耐久性が夢魔以下になってしまいましたので……皆さんには怪我より力を吸われた影響が大きいようですね」 大した怪我は負っていない。 しかし大蔵のように、他の者より長く接触していた者ほど、どっと疲れたようだ。 続いて驚異的な耐性を発揮したのがオレアリスだった。 気力を振り絞り、寄生による支配に逆らって、まずは寄生の感覚を覚えようと、手を握ったり開いたり、望む方向に腕を振えるかを試した。やがて安定していけると判断したのか、オレアリスは樹里に目もくれず、人形から一定の距離を保って刃を構える。 獲物を狙う獣の瞳だ。 緑の瞳が狙うのは、心臓と横隔膜の隙間。 刃は横にし、肋骨に当たらない様に気を配る。 「いけそうですわね……参りますわ!」 可憐な唇から溢れた咆哮。 それは刀は鞘に収まるような、迷いのない動きをしていた。寸分狂いのない剣先が人形を貫くと、三十秒間近で人工アヤカシを剥ぎ取り、聖堂騎士剣で破壊した。 駿龍の驟雨で白螺鈿へ訪れた水波は、天城天奈に「暑中お見舞いに参りました」と水菓子を片手に声をかけた。 鬼灯から白螺鈿を結ぶ街道。 ここの管理は、現在天奈が担っている。 天奈が悪夢に魘されていないことを確認してから、伝説の『三つ鬼と天女』について詳しく知っている者がいないかを訪ねたが、天奈は「私以上に詳しい人間がいるとすれば、それは死んだお母様だわ」と寂しそうに告げた。 「……申し訳ありません。鬼灯へも参りますが、お兄様に何か伝言はございますか」 他愛もない会話をしてから、水波は白螺鈿を後にした。 「忌み子という言葉を聞いた事はありますか?」 「無いが」 五行結陣東、白螺鈿。 五行の穀物庫として知られるこの地の地主候補達に、蓮と弖志峰は向き合っていた。 外では猫又に監視を任せてある。 如彩四兄弟の次男、神楽の店を通して接触を試みたものの、地主本人は病床で面会が叶わなかった為、次男の神楽に、長男の誉と三男の幸弥を集めてもらった。 蓮は『彩陣十二家は、かつて生成姫を封じた陰陽師の子孫であり、生成姫復活によりある条件を満たした者が一定の年齢に達すると殺される呪いを受けている』ことを伝えた。標的には条件と例外もある事も前置きする。 「かつてお爺さまが彩陣にいた頃に起きた、如彩の悲劇もその呪いと思われ、虎司馬さんも忌み子の一人でした」 「そんな、大アヤカシなど、おとぎ話にしか聞かないような存在に」 「信じがたいのは分かってます。でも事実なんです。私たち、生成を倒す為に、どんな手がかりでもいいので欲しいんです。如彩家の古文書を見せてもらえませんか」 「それがね」 と、話を切り出したのは次男の神楽だ。 以前から父親に交渉してきたそうなのだが、どうやら如彩が彩陣にいた頃の財産、それこそ染物に関するものから家系図に至るまで、他界した祖父が全て焼いてしまったらしい。 「ぜ、全部?」 「父によると祖父は『彩陣とは縁を切る。ここで全て最初からやり直すんだ』って」 友禅を捨てて、新しい地で生きる為の決別だと……周囲は思っていた。 二度の惨劇を目撃したと考えられる彼らの祖父は、きっと我が子を守ろうとしたに違いない。まさか息子の愛人が、志体持ちを授かるとは考えていなかったはずだ。 以前、ネネがその時の仔細を柚子平から聞いている。 『愛人だった母は、如彩の長から忌み子の末路を聞き、言われたそうです。今すぐ子供をおろせ、さもなくば息子の前から去れ、何処か遠くへ消えてくれと……』 孫が幸せに生きられないこと。 周囲が巻き添えになることを。 身をもって知っていたが故の発言に違いない。如彩の祖父は、忌み子の話を息子にも語らず、墓に持っていった。 顔色の悪い三人に、弖志峰が続けた。 「今後、生成姫を母の如く慕う志体持ちの人間が白螺鈿に入り込んでくると、俺たちは睨んでいる。その子供達は概ね十代前半頃と若いながら、豚鬼を一撃で倒すなど極めて高い戦闘能力を持つ上、生成姫の配下から助力や指示を与えられている可能性が濃厚なんだ」 そこまで聞いて、誉と幸弥が顔を見合わせた。 「ですから身元不明の子供や繋がりのある者は雇わず、依頼はギルドを正式に通したり、長年の付き合いで信頼のおける者に頼む事を勧めたい」 過去に白螺鈿で起きた怪事件についても尋ねてみたが「調べてみないとわからない」という返事だった。 最後に蓮が絵を書いた和紙を取り出した。 「この鍵と似たような鍵は見覚えありませんか?」 誉や神楽が首をひねったが、幸弥だけが「見たことあるかも」と呟いた。 「どこで」 「虎司馬兄さんが持ってた。封陣院の分室長様が、よく借りに来てたよ」 翌日、結陣に滞在中の者たちは、柚子平の屋敷で体を休めていた。 居間についた萌月は「柚子平さん」と袖をひいた。 「裂雷を封印具に詰めて、虹陣に持ち出した人物に、心当たりはありませんか?」 「一応は。人、ではないでしょうがね」 萌月は眉を顰める。 「柚子平殿」 オレアリスは座布団に座り、真剣な眼差しで問うた。 「私は実際に居合わせておりませんので、詳しく存じませんが……神楽の都を襲撃し、弓弦童子と交戦の影で、北面にも現れたという妖刀飢羅と白琵琶姫。噂では共食いを試みて失敗したそうですが、白琵琶姫から能力を吸収した可能性はございます?」 「開拓者が途中で阻止して、飢羅は吸収に失敗してますからねぇ。有無までは」 「では仮にです。白琵琶姫が持っていたという呪封の能力。飢羅の有無は別にしても、一般的な射程や時間などはご存知でしょうか」 「そうですねぇ」 柚子平が唸る。 「能力を封印する技術はアヤカシでも希なもの。一般的に二分近くは封じられてしまうと聞きます。妖刀飢羅と白琵琶姫。二体の交戦記録から判断するに、もし飢羅が使えるなら……50メートルは射程内でしょうね。飢羅は十秒間に五発の衝撃波を放っていた……とすると、十秒間に最大五人は封印が可能という分析に行き着きます」 「それは本気なのか」 硬直した刃兼の姿を見て、柚子平が手を振る。 「あくまで理論上の話です。呪封技術はアヤカシにも相当な負担がかかる様なので、無駄撃ちする余裕はないはず。恐らく、やむ得ない状況でしか使わない。術を封じるより、衝撃波で打ち落とす方を選ぶはずです…………ところで、宿題の答えは出ましたか?」 全てを手に入れた大アヤカシ。 生成姫は封印の危険まで冒して、一体何を欲したのか。 あれから色々考えたというネネは、アヤカシの定義を踏まえつつ答えた。 「生成姫の求めるものは、生物としての自分の子孫、ではないでしょうか? 子ども達を育てるのは、その下準備もかねているような気がします」 「それをどう取引に活用するんです?」 ネネは悩んで天を仰いだ。 「大アヤカシは、思うだけで無数の配下を生み出す化物です。肉を持った子なら、憑依して人に孕ませればいい。けれど大アヤカシ自ら労力を使う価値はないでしょう。まだ授業で扱ってませんでしたね」 柚子平がネネの頭を撫でる。 「希に憑依型アヤカシは人に憑依し、人の肉を借りて子をなしますが……生まれる子は必ずアヤカシで、親となるアヤカシの命令に従うのですよ」 話を聞いていた大蔵が唸る。 「生きるための糧に困らず、己を脅かす者もおらず……寿命という概念も無いとするならば、その生は退屈という他あるまい」 萌月が首を縦に振った。 「生成が求めているのは……単純に娯楽なのでは? 敢えて人と『契約』を交わして……自分達の行動を制限する様な事をするのも、何でも出来るからこそ、その不自由さを楽しむ為かなと。遊びは……難しければ難しいほど……面白いはず」 彩陣十二家の呪いは復讐というより、遊んでいるようにしか見えない。 大蔵は「玩具には不自由しておらぬのかもしれぬが」と独り言のように呟く。 「共に楽しむ者がおらねば面白さにも限りがあるというものがあろう。同じ手に二度かかる輩とは到底思えぬが……欲する物への思いが強ければ、今だ求めている可能性はあるはず、そこで」 大蔵は柚子平を正面から睨み据えた。 「生成は欲する物を、既に手にした……と見ておられるか?」 「いいえ。それはない」 「何故、そう言い切れる?」 涼しげな顔で返事をした柚子平の双眸が煌く。 「私が、保護しているからです」 部屋に静寂が満ちた。 柚子平は懐からひとつの玉飾りを持ち出した。萌月が目を止める。 「柚子平さんのご実家の蔵から見つかった……三つの神器の一つですね。関係が?」 一年以上前、狩野家の倉の取り壊しに伴い、壁から発掘されたものがある。 太古の陰陽師の活躍を記した一冊の文献と玉飾りだ。 玉飾りの紐が挟まっていた箇所の記述。 それが『生成(なまなり)禍をなすこと』という伝説だった。まだ生成姫の存在が公になっていない頃の話である。 そして玉飾りは奇しくも鬼灯で祀られていた模造品と形状が一致していた。 鬼灯で祀られる神器には、大本となる『本物の神器』が存在する。調査により、鬼灯で祀られた神器が『鏡・剣・勾玉』であるのに対し、伝説上は『笛・剣・勾玉』であったことが判明している。笛は生成の手に戻り、剣は妖刀裂雷の事で何者かによって持ち出され、そして生成姫が勾玉を返せと迫った記録から特別な品と推察された。 柚子平は玉飾りを置く。 「これが一体何か。あなた方はご存知ない。生成姫が己を封印する危険に晒してでも入手を試みたもの……『三つ鬼の財宝』を示すものですよ」 覚えのある言葉に、萌月や大蔵は眉を顰めた。 その頃水波は、鬼灯で境城家の当主、天城改め境城和輝を訪ねていた。 白螺鈿にいる妹、天奈の伝言を伝えた後に「実はお尋ねしたいことがございます」と冷茶を片手に告げた。 「鬼灯に伝わる鬼姫伝説。天奈様の様に、三つ鬼や財宝のこと、舞い降り食われた天女の事について詳しく知っている方をご存知ありませんか? 文献でもよいのですが」 天姫伝説或いは鬼姫伝説と呼称される、鬼灯の里と御三家(天城・卯城・境城)の歴史を、順番に整理するとこうだ。 元々三つ鬼の財宝が眠ると言われる秘密里に、舞い降りた天女が飢えた鬼に食われてしまう。 天に復讐を願った天女。 しかし天女にあらざる振る舞いだと天の怒りを買い、自分を食った鬼の姫となって生まれ変わってしまう。 美しい鬼姫に成長した後、二人の男に天の力が宿った剣と笛の音を教え、かつて天女の自分を食い殺した親鬼を成敗させたのちに、鬼の呪いを受けた男二人の片方と結婚し、人間と共に叡智を持って鬼灯の地を治める。 ここまでは土地の者達、誰もが知っている。 一昨年、開拓者達はこの伝説に裏と続きがあることを知り始めた。 地を納めたはずの鬼姫は鬼の性質を押さえきれず、やがて欲望に負けて次々と赤子を食い始めた。我を失ったが故に、陰陽師に封印された。陰陽師は、封印の強化を提案し、里を山麓に移した。鬼姫が解き放たれることのないように、封印に使われた三種の神器を地下深くに埋めた。陰陽師の指示に従い、里人は神器の上に宮を築き、渡りの巫女達に手厚く祀らせた。 これが恐らく、250年ほど昔の話。 天の力が宿った剣と笛が天女ひいては生成の力が宿るものだとして、最初の伝説に勾玉の記載は登場しない。しかし暴走後の話には、剣と笛に加えて、勾玉が登場する。 またこの陰陽師の話は、とある倉の取り壊しに伴い、壁から発掘されたという陰陽師の活躍を記した、一冊の文献にも軌跡を辿ることが出来る。かの文献には玉飾りの挟まっていた箇所に『生成(なまなり)禍をなすこと』という伝説がある。 文献内容を要約するとこうだ。 美女に取り憑いた生成という鬼の怪物と七日七晩戦ったが倒すことが出来ず、鳥が渡る東の地に封じた。封印を強固とする為に、その地に社を築き、偉大なる天女を祭り、宮司の一族に封印に用いた三種の神器を与え、脈々と土地を守るよう命じた。 鳥が渡る東の地。 それは五行の東にある、渡鳥金山を示す。鬼灯の里もここにある。 そして時は流れ、伝説を忘れた子孫が鬼姫を解き放つ。 この愚か者が天城兄妹のひいひいじじ‥‥天城正則であることが分かってきた。 彼は家族と里を飢饉から救うために、壁の神器に手をつけた。 そして友人の先祖は鬼姫を封じた陰陽師の末裔と分かり、神の呪いを受けた。 この頃には既に、笛・剣・勾玉の三つの神器のうち、剣と勾玉は失われていた。 偽りの二つは砕かれ、笛は鬼姫の手に戻り。 天女は元来持っていたとされる剣と、何故か勾玉を欲している。 復活した鬼姫に逆らう術のない里は、旅人を贄にして禍を逃れることにした。 そこへ渡りの巫女が現れる。身籠もっていた巫女を、里は手厚くもてなし、眠っている間に鬼姫に捧げたが、巫女は夫の武人に助けられて生きて戻った。真朱と名乗った巫女は里人に激怒しながら『私に従うならば、この地に残り、代々に我が力を授けて魔物を封印しよう』と告げる。巫女はアヤカシ共を魔の森に追い払い、守り神として崇められた。 だが伝説の守り神『真朱』が生け贄に捧げられた際、生成と出会って力を望み、アヤカシと化して、百年間という長きに渡り、鬼灯の里を食い物にしてきたことが判明した。 死に際の天城正則が同時期、新たに鏡・剣・勾玉を作り出して後世に託したことも分かった。彼の功績により、生成が今から250年前の冥越から渡ってきたことも。 もしそれらが事実なら。 冥越からの渡りの時期はおそらく、全ての始まりである舞い降りた叡智の天女を示すはず。 誰もが知る『成長した美しい鬼姫』は、きっと既にアヤカシ『生成姫』だったのではないだろうか。 ……そう考えてきた。つい最近まで。 「前に散々、君たちが調べたんじゃないか? 天奈の方が詳しいし、俺はさっぱりだし」 和輝の返事に、水波は残念そうに肩を落とした。 「そうですか。実は最初に舞い降りた天女と、成長した鬼姫が本当に同一の存在か? 言い伝えが歪んでいないか、ということを確かめられればと思ったのですが……」 水波が悩んでいると「いや、まてよ」と和輝が記憶の片隅を探り始めた。 「まだ俺と天奈が山にいた頃、柚子平さんが俺たちにも依頼報酬を請求したことがあったな。火事を装った時の事だよ。あの時『金がない』と言ったら、神棚の巻物を持ってった」 水波の目が、文字通り点になった。 すぱーん、と襖が開かれた。鬼灯からとんぼ返りした水波である。 「柚子平様、ご説明を! 天城の巻物のこと、何故黙っておられたのですか!」 口から火でも吹きそうな勢いで和輝との会話を告げると、教えてくれるまで一歩も動かぬ、という形相で大蔵の隣に腰掛けた。 大蔵は信じられない顔で柚子平を振り返る。 「焼き討ちで焼失したはずの天城家の巻物? 何故隠された。何が記されておったのか?」 柚子平は暫く言葉を探して視線を彷徨わせていたが、諦めたようにため息をこぼす。 「狩野の醜聞を隠すのもそろそろ限界ですねぇ」 「醜聞? 隠す?」 鬼灯の鬼姫伝説は、生成姫を知る原点の一つだ。 「……あれね。正確に言うと、生成姫の事だけではないんですよ。うちの蔵と天城家の古文書研究で分かった解釈に状況を直すと、次のようになります」 遙か昔。 この地には既に、周囲を掌握する上級アヤカシがいたらしい。 しかし其処へ、冥越から軍勢を引き連れた天女が渡ってきた。 大アヤカシ生成姫である。 アヤカシの社会は絶対的な縦社会だ。当然、この土地で発生し、支配権を握っていた上級アヤカシでも、その支配を逃れることはできない。 かくして一国一城の主は、一夜にして『まろうど』即ち『よそもの』の支配下に下ることになる。 だが。 絶対服従かというと、実はそうでもない。 最終的に命令に従うとしても、同じ母体から発生した上級アヤカシと、異なる母体から発生した上級アヤカシ、これら二つによる、大アヤカシに対する忠誠心は、天と地ほどの差があることが、北面などの戦いから判明している。 この地を支配していた上級アヤカシは、不本意ながら生成姫の支配下に下った。 生成姫の力で、魔の森は拡大し、急速に力を増していく。 そこで古の上級アヤカシは考える。 生成姫が消えれば、自分が魔の森の王になれる。 「二人の男に、天の力が宿った剣と笛の音を教えた鬼姫。この鬼姫は、生成姫のことではありません。生成姫に組みせざるを得なかった上級アヤカシの『裏切り』を示します。かの上級アヤカシは……生成姫とその腹心を騙し、人間に売ったんです」 「そんなことが有り得るのか!?」 柚子平は「私もありえないと思ったのですがね」と前置きして続けた。 「かつて狩野家には『上級アヤカシの使役に成功した希代の陰陽師』がいた、とされています。しかし秘術は残っていません。それは何故か。かの陰陽師が『上級アヤカシの使役に成功した』のではなく『上級アヤカシと取引を行った陰陽師』だったからです」 「取引……ですか?」 困惑する萌月の問いに「ええ」と首を縦に降った。 「アヤカシとの取引など、そう簡単にはできません。取り引きしたと見せかけて全員食われるのがオチですが……狩野の陰陽師はやり通した。大凡こんな内容ですよ」 『……古のアヤカシよ、取引をしよう。 そなたを魔の森の王にしてやろう。 その代わり、生成姫を封じる為の手伝いをせよ。 大アヤカシになる方法を探す代わりに、私の孫が天寿を全うするまで、都に害を成さないで欲しい。 そなたが私に操られているふりをすれば、私は人の世で影響力を持つことができる。 人々もまた、式神のそなたを討伐しようとは考えぬ。 必要な餌は都の外で、下級に命じて集めさせればよかろう?』 そして利害が一致した。 柚子平は「困った先祖がいたものです」と前置きしてから話を続けた。 「上級アヤカシを使役し、大アヤカシの封印に成功した陰陽師ともなれば国宝級の術者です。世間もまた、大アヤカシを封印してしまえば、配下なぞ最高峰の陰陽師の手でどうにでもなると考えるでしょう」 「確かに」 「計画は実行に移され、生成姫の封印に成功した。この時、狩野の指示に従い、封印にあたった陰陽師達が彩陣の祖です。そして狩野は、仮初めの栄華を極めた」 ふと。 大蔵達が思い出すのは、凡そ半年前。 戦が激化する北面で見た、共食いする奇妙なアヤカシ。 『姫様は封印の裏切りを問うておいでだ。誰ぞと結託して森の主に成り代わろうとしたのは真か? 白琵琶よ、賢いのは汝だけではない。それにな、人間を百人食らうより、何百年もの時を経た汝を食った方が、手っ取り早いではないか』 『私は……裏切ってなど……がっ』 「北面で飢羅が言っておったのは、その事だったのか!」 「生成姫は古株の誰が裏切ったのか、分かっていないのでしょう。飢羅という新しい片腕を創造したのも、大事な手駒をただ粛清するのは痛手……という風にみています」 吠える大蔵に、柚子平がため息を零す。 「ただね。果たされていない約束があるのですよね」 ローゼリアがきらりと瞳を光らせた。 「大アヤカシになる方法、ですわね」 「はい。だから狩野家の陰陽師は、古の約束を果たす為に生かされる。霧雨くんと一緒にいても、魔の森に侵入しても、私が通報されないのはこの為だと気づきました。生成姫に『忌み子』として密告、消されては、向こうが困るのです。だから私の痕跡は、徹底して排除される……ようです。霧雨君とは別の監視を受けている、といった所でしょうか」 アヤカシを警戒する者たちに、柚子平は「御印とは違いますよ」と笑った。 「ですから私の心配は無用です。今大事なことは」 「……まて。古の陰陽師は、何を出汁にして生成を呼び寄せて封印した?」 大蔵が話を止めた。 「裏切り者は陰陽師に何を教えた? 先ほど三つ鬼の財宝と申したな」 生成姫が欲するものを、柚子平は自分が持っていると言った。 「……その勾玉が『三つ鬼の財宝』ではなく『三つ鬼の財宝を示すもの』とは、財宝は別にあるということか」 柚子平は口を噤んだ。ふー、と溜息を落とす。 「いつ、なぜ、それがそこにあったのか、私は知りません。人の記録には経緯が残っていません。ですが、それを最後に見た者の記録から、財宝が何なのか想像はつきます」 「見たもの?」 「……人の指に似ているが、人ではなく、瘴気も発しない不気味で巨大な塊」 それは。 「かつて生成姫は『もうひとつの護大』を手に入れようとして、封印されたのです」 曰く。 渡鳥山脈の麓、封印の間には生成姫を誘い込んだ檻の向こうに別の檻がある。生成姫が解放されてもなお閉ざされている場所に、三つ鬼の財宝……古のアヤカシ達が誰も制御できなかった護大が眠っていて、封印を解くには勾玉が必要なのだと告げた。 出かけていた開拓者たちが五行結陣へ戻ってきていた。 食事を囲んだ後、柚子平が机の上で手を組む。 「では、皆さんの意見を聞かせてください」 そこで『妖刀飢羅の破壊と忌み子の呪縛解放』を優先すべきだという結論に至ったのは、大蔵と萌月、水波とオレアリス、天霧とネネ、蓮とローゼリア、そして刃兼だった。弖志峰は結論が出なかったらしい。 「なぜ、そちらを?」 柚子平が「参考までに」と言いながら首をかしげた。 すると愛刀の手入れをしていた大蔵は「単純なことだ」と声を投げる。 「愉快な妖刀との因縁がこともあるが、そもそも近しい者ひとり救えずに何が開拓者か」 それまでオレアリスは黙っていたが、今後、生成姫との戦が激化すれば忌み子の命は無きに等しい……と、判断した。 「困難でも、それでも忌み子と呼ばれる人達に希望を未来を残してあげたいと願うのです」 天霧は「怒られるかもしれないけれど」と前置きしてから語りだした。 「何よりも誰よりも一番、霧雨さんを助けたい。他の忌み子を救う方法は勿論探すわ! だけど……ごめんなさい。最後まで意地を張れなかった。一より全を優先するのが開拓者なのに」 天霧に寄り添う萌月は、囁き声でも、はっきりと告げた。 「私も、誰かを見捨てる事になっても……霧雨さんを助けたいです」 萌月の言葉にローゼリアは耳をぴくりと動かした。 「見捨てる……昨日伺った、彩陣にお住まいの方のことですわね。事実を胸に刻みつつ、目の前にある命を助けたいと思いますわ。知らない顔ではございませんし」 肩を竦めた。 ふー、と重いため息をこぼした柚子平は「分かりました」と言って片方の書類を円卓の中央に置いた。彼の部下が、命を賭して集めた飢羅の軌跡。 彼らに託される役目は、最後の妖刀破壊。 「では、準備を始めましょうか」 新しい明日を掴む為に。 |