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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ●神殺しの咎人が問う 狩野 柚子平(iz0216)は研究所を出ると、遠くに聳える渡鳥山脈を見上げた。 この頃、よく思う。 山の神を名乗りし生成姫よ。……果たして貴女は、一体何者であったのか。 ●理想と現実の狭間 その日、柚子平は榛葉大屋敷に出向いていた。 上級アヤカシ討伐に漬け込まれて法外な取引を迫られた如彩誉は土地と私財を失い、次期地主の座を逐われ、妻である榛葉恵の婿に入ったと噂で聞いた為だ。 「あら、狩野分室長」 罵詈雑言を覚悟していた柚子平は、目を点にした。恵の表情が明るい。夫の誉と娘の紫陽花も、店先で慣れない商いに勤しんでいる。夫と娘に店番を頼んだ恵は、軒先で柚子平と話し込んだ。 「今は……そう悪くないことだと思うことにしたの」 一年以上も前から、恵には葛藤があったという。 夫を次の地主に据えたい。後継者争いに勝って欲しい。 けれどそれは自分の一方的な願いにすぎず、夫の誉は地主に到底向かなかった。 誉は精神が強靭とは言えず、義理堅く真面目すぎる。旧家の叱責や嫌味を心に溜め込み、商才も皆無で、妻の収益の援助がなければ地区の運営さえ成り立たない状態で心身を削っていた。 「窶れた横顔を見ると『地主になったら過労死するんじゃないか』って何度も思ったわ……自尊心と義務感の塊みたいな人だから、肩書きから解放するべきだって、分かってた」 恵は娘を一瞥した。 「誉は紫陽花を娘だと言ってくれた。二人で守って行くべきだって。あの人は妻と娘と肉親を守ったのよ。実家との絶縁は悲しいことだし、社会的権威の失墜は免れないけれど……あの人には、これでよかったの。次期地主として期待と賞賛を受けた頃より、ずっといい顔してるもの」 柚子平が眩しそうに父娘の姿を眺める。 恵は「それに『能ある鷹は爪を隠す』と言うじゃない」と意味ありげに笑った。 「鷹?」 「ぽやっとした三男がダークホースって事よ。大体誉が治めていたのは、白螺鈿でも排他的な旧家が密集した地区なの。よそ者の女に、早々夫の代わりができるもんですか。田舎には田舎の流儀があるわ。義理や人情。重んじるものが違う。反発は避けられない」 恵は「私達はのんびり見物させてもらうわ」と優雅に笑ってみせた。 ●誇り高き者たちの休息 ギルドの一室では、アレーナ・オレアリス(ib0405)や水波(ia1360)が優雅にお茶を飲んでいた。酒々井 統真(ia0893)やローゼリア(ib5674)達は難しい顔で顔を見合わせる。 「社会的立場上は最悪だが、本人の心身の為には最良だった、ってことか」 「ややこしいですわねぇ。……来ましたわ」 扉から現れたのは、商船『晴天』で陽炎という名で呼ばれていた元陰陽師、御彩・霧雨(iz0164)だった。肩には人妖の陽光ルナ。天霧 那流(ib0755)が立ち上がり「霧雨さん!」と叫んで飛びつく。記録上から抹殺せざるを得なかった仲間は、八ヶ月という時を経て戻ってきた。 「……不思議だな。忘れられていなかったってのが、こんなにも嬉しいと思わなかったよ」 「ほんとバカね」と言って霧雨の頬を容赦なく抓った天霧は「前にも散々言ったでしょ。私が一番助けたいのは霧雨さんだし、何があっても……あたしはあなたの婚約者のままよ、これから先もずっと。迎えに来るのは当たり前じゃない。ずっと我慢してたんだから」と笑った。 ローゼリアが弖志峰 直羽(ia1884)に「前にも船で見た光景ですわね」と笑った。 天霧が「皆、ありがと……この人を返してくれて」と呟く。 蓮 神音(ib2662)は朗らかに笑った。 「霧雨さんには、那流おねーさん幸せにしてもらわないといけないもんね」 「霧雨さんと那流ちゃんには、幸せになって欲しいんだ」 弖志峰達の言葉に、霧雨が感謝を重ねる。 一方『殴る』という言葉に酒々井の眉間が厳しくなり「あの野郎を直でぶっ飛ばしそこねたのがなー。せめて魔の森に攫われた時に、一発殴っとけば良かったぜ」と悔しそうに呟いていた。弖志峰が「あー、アヤカシに夜這いかけられた時の。宿の朝飯楽しみにしてたんだよなァ……今度食べに行かなきゃ」と朝食の恨みを思い出す。 大蔵南洋(ia1246)が愛刀を磨きながら「うむ。いかな私と言えども、流石にあれは、な」と懐かしそうに語った。 宿で眠り、目覚めたら魔の森だった。 ……なんて二度と体験したくはない。 乃木亜(ia1245)は両手を合わせ「冥越を滅ぼしたアヤカシを葬れた。忌み子の呪縛をとけたことで……少しだけ胸のつっかえが取れた気はします」と、かつて差し貫かれた胸に添えた。 刃兼(ib7876)は、じっと手を眺める。 誘拐された夜を思い出しては、手が震えた一年前より、少しは成長しているのだろうか。 世界は……残酷で理不尽だ。 救えた時もあれば、どう考えても救えない時もあった。 けれど立ち止まることも途中で降りることも、御免こうむると決めて前に進んできた。 「生成姫と忌み子達、か。伝説の終焉、だな」 蓮は「実感は薄いよね」と肩を竦める。 「他に確認されている御印はございません。配下解放は阻止し、五行国が回収した……よってナマナリの復活はない、というのが見解なのでしょう」 水波の言葉に「ええ」と柚子平は応えた。 刃兼の双眸が細くなった。 「だが気になっている事がある。違うか?」 「瘴気の行方や龍脈については、今も調査中です」 ネネ(ib0892)と萌月 鈴音(ib0395)が淡々と話し合う。 「生成姫が何故危険を冒してまで、神代とその自由意思を優先したのか、理由は分からずじまいですね」 「己の消滅すら、さして重視している気配は……ありませんでしたね」 酒々井は机に肘を付いた。 「向こうは、勝つ必要がなかった。護大も餌も充分あった。俺達の世代が死ぬのを待つ、或いは、影で誘拐してくるのは簡単だったはずだ。だがそうしなかった……何か理由があったんだろ」 「生成が神代の何を欲したか、それがわかればな」 大蔵が刀を鞘にしまった。 「大アヤカシの知性に程度はあれど、生成と同様の策を考え出す者が今後現れぬとは限らぬ。そこを狙うしかない。難儀な話だが、国境を越えた持久戦だな。これまでの戦いより見えてくるべきこともある。決して不可能ではあるまい」 運命を切り開いていく力を信じる弖志峰は「やってできない事はない筈だ」と頷いた。 ネネが「ところで何の仕事ですか」と首をかしげた。 「皆さんが暇であれば、彩陣まで霧雨くんを護送してください。経緯は手紙で話しておきました。歓待してくれるでしょう」 「偽証の件は」 「正確な情報が各地に浸透するまで半年はかかる。来年まで身動きは取りずらいものと思ってください。ついでに彩陣の長から一緒に『新しい祭について一緒に考えてほしい』と伝言を預かっています」 天霧の弁当を食べる霧雨の額を、ローゼリアがつついた。 「約束通り、お酒に付き合っていただきますわよ?」 |
■参加者一覧
乃木亜(ia1245)
20歳・女・志
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
ネネ(ib0892)
15歳・女・陰
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 婚約者と話し込む御彩・霧雨(iz0164)達を、一瞬羨ましそうな眼差しで見つめた蓮 神音(ib2662)が目を細めた。 「霧雨さんが戻ってくる事ができて、本当によかったよ。おねーさんを心配させちゃ駄目だよ!」 隣の乃木亜(ia1245)が「おかえりなさい」と霧雨を迎えて「おめでとうございます」と囁いた。 遠い昔、乃木亜は家族を失った。故に、己の家族でなくとも『誰かの家族を取り戻した』事実は、達成感に変わる。 やっと区切りがついた気がした。 弖志峰 直羽(ia1884)も霧雨達に歩み寄る。 「生成姫の追撃から護る為とはいえ……長く俗世から離れて過すのは辛かっただろう?」 霧雨は「少し、な」と呟く。 「迎えに行くのが遅くなって、ごめんな。これからは2人で幸せになってくれよな」 「努力するよ。まずは手に仕事をつけないとな」 冗談めかして笑う。 水波(ia1360)は、彼らが生き残ったのは幸運に過ぎないと判断しつつ、脳裏に渦巻く疑問を一旦横に置いて「これからはひとりで抱えこまないでくださいますように」と霧雨に告げた。 「出発まで、……まだ時間がありますし……証明書もらってきますね」 萌月 鈴音(ib0395)が部屋を出て行く。 霧雨を死人やアヤカシの手先と思われては困るからだ。 護送の準備が進む中で、大蔵南洋(ia1246)は柚子平を見て考え込んでいた。 「護送に我らを任ずるとは、考えてみれば太っ腹というか」 元々、大蔵達が発掘し、実証した生成姫伝説を横から浚うようなお上が、自分達を『よくやった』と認めているとは考えにくい。悩む大蔵の視線に気づいた柚子平が手を振った。 大蔵は「さようか」と呟き、肩の力を抜く。 やがて。 外でグライダーの整備などをしていた津田とも(ic0154)が「出発の準備ができたぜ」と皆を呼びに来た。手頃な仕事を求めていた津田は、魔の森の傍ときいて武装し始める。萌月が戻ったのを確認した刃兼(ib7876)が「じゃあ、霧雨をしっかり彩陣まで送り届けようか」と立ち上がった。 霧雨の婚約者は故郷に一度、報告へ帰るらしい。 依頼主の柚子平は『仕事があるから』と五行の結陣で別れた。 アヤカシの襲撃を恐れぬ旅路は長閑なものだった。 道中の甘味処に立ち寄り、暇を持て余すアレーナ・オレアリス(ib0405)は「空夫としての暮らしは如何でした」と霧雨に尋ねた。 「平凡だったよ」 「そういえば柚子平殿が石鏡でお見合いをなさったそうですよ。ご存知?」 「え?」 「俺も幼馴染から『柚子平が見合いをした』という話を聞いた、な」 「相手はわかるか」 刃兼が空を仰ぐ。 「石鏡の貴族で……斎竹家、だったか。柚子平は仕事熱心だし、生成姫の呪縛に捕らわれたままだったら、考えられないことだったかもしれないな」 「確かに。……斎竹家か」 ふいに現れた大蔵が、霧雨の肩に手を置く。 「……して。当分は慌ただしい日が続くと思われるが『諸々』覚悟のほどはよろしいか」 霧雨は意味が分かっていない。 大蔵は周囲を気にした様子で囁く。 「何を今更。陰陽師をやめて家業を継ぐ。それ即ち、御彩家ひいては里長に就任するという事であろうが。家督を相続する以上は、挨拶回りは勿論、奥方の問題が上がるのは必然。もはや祝言の問題からは逃げられはせぬ」 「そうだったぁぁぁ」 「────霧雨。嫁さんのこと、大事にな」 刃兼が見捨てる。 ネネ(ib0892)達が「どうしたんです?」と頭を抱える霧雨に声を投げると、話が耳に入らない霧雨に代わり大蔵が「なんでもない、男同士の話だ」と凛々しく答えた。 首をかしげたネネが輝く笑顔で「あ、聞かないといけないことがあるのです」と手を握る。 「子どもさんと奥さんのお土産、用意しましたか?」 ぶほーっ、と霧雨がお茶を吹き出した。 大蔵が「子は純粋で残酷だな」とさりげなく見放す。 「そ、それはいろんな都合が、だな。す、すぐというのは難しく」 ネネが首を傾げる。 「それと『これからしたいこと』を聞きたいなぁって。これはお決まりの『家族で仲良く暮らす』はダメですよ。これは普通の事であって、特にやりたいことです!」 霧雨の情けない応答を見るに見かねたローゼリア(ib5674)が両手を叩く。 「さ、霧雨。休憩はおしまいですわ。キリキリ歩いて下さいませ」 護衛仕事は区別しているらしい。暑さで呻く霧雨に「彩陣についたらお酒を出して差し上げますわよ」と額を人差し指で弾いた。萌月が笑う。 「霧雨さんは……彩陣に戻ったら、色々言われるかも知れないですね……沢山、心配を掛けさせましたし」 霧雨は貝のように耳を閉じた。 事前に手紙が届いていたからか、里の人間たちは開拓者達を快く迎えた。 到着早々、乃木亜のカミヅチ藍玉は、里の中央を流れる清水の川を見つけると、身を躍らせて突進していく。 「あ、藍玉ー!?」 「かまいませぬよ。日暮れには水辺からあがりましょう。中へどうぞ」 宴の準備が整うまで、乃木亜達は別室へと通された。 老夫婦や若者たちが集っている。 ネネ達には霧雨護送以外に『新しい祭について知恵を貸して欲しい』と頼まれていた。 早速、桑茶を手にした水波が意気揚々と語りだす。 「生成姫という夜の闇が払われて、彩陣に新しい朝がもたらされ、人々は光の元を歩んで行ける訳ですから……その事をお祝いしてみては。十二色のぼんぼりで里中を飾ったり」 水波は、自ら光彩祭と称する案を次々と提示したが、別の五彩友禅を織って新婚夫婦に授けるなど経費や諸々の調整がかかりすぎる為、採用ならず。 乃木亜が「順番に考えてみませんか」と囁く。 「里長さん、祭はいつ頃行う予定なのでしょうか? 季節の花や食材を目玉にできるでしょうし、特産の染物の作業が忙しい時期の開催も避けた方がいいのではないかと」 「まだ決めておりません」 「つまり最初の問題は、いつごろ実施するかですわね」 寝始めた管狐ディンを戻したオレアリスは、和紙に五行東の祭について書き出し始めた。 「祭の時期が被る場合、観光客も分散し、収益が下がります。ここは豪雪地方ですので一月から三月の真冬も避けるべきですね。四月は虹陣の桜祭、八月は白螺鈿で白原祭、九月と十月は結陣で菊祭が行われていますし、十二月は鬼灯祭がございますね」 「5月、6月、7月……あとは11月か」 オレアリスの笑みが輝く。 「私は6月を推薦いたしますわ。ジルベリアの故事で素敵な時期ですし、里をあげて薔薇か百合を育てられるならば、名物になるかも知れませんね」 「薔薇は難しいが、山百合なら勝手に咲くなぁ」 里の若い男が呟いた。 花に溢れた時期を思い浮かべた乃木亜とオレアリスが穏やかに語る。 「祭は、生まれた子供に精霊の加護を願ったり、邪気を祓うなどしては如何でしょう」 「私も子供の誕生と結婚を祝うことで、生成に子供をとられることからの解放を表す祭を提案したく思います」 計り知れないものとかけがえの無い命が、生成姫に奪われていった。 だからこそ。 今後は自分の幸せを掴んで暮れることを願いたい。 「神音も、その年に生まれた子供達を祝福するのはいいと思うよ」 蓮も両手を挙げて賛成した。大蔵が桑茶を手に呟く。 「今まで、彩陣で産まれた志体持ちは二十五歳でナマナリの迎えが来ていた。数百年に渡って祝いとは無縁であったことと思うし、ある意味『成人』を祝ってやりたい気も致す」 「確かにねー。彩陣の場合、赤ん坊が志体を持ってたら素直に喜べなかった訳だし……でも、もうそんな事ないもんね」 蓮は新生児と両親を神輿に乗せて里中を練り歩く案と共に、御彩友禅のハギレを紙吹雪のように投げる事を提案したが、友禅のハギレは小物などの為に高額取引されているので採用されなかった。 ただ祝う存在だとわかる特別な装いを、という話が進む。 弖志峰が更に案を固める。 「祝いの対象である子供達へ、健やかな成長を祈願する意味合いの……着物や飾りをつけて精霊の祝福を与える、鶴亀など長寿で縁起の良い象徴を贈るのもいいよな」 黙っていた萌月が手を挙げた。 「あとは……再出発を祝うものですし、賑やかな催しには……賛成です。でも、犠牲になった人々や、過去の忌み子を慰める……鎮魂の意味を込めた儀式や神事が含まれていても……良いと思います」 弖志峰が「忘れえぬための祭事ってことかな」と尋ねる。 「碑や祠を建てて……そこで始まりの儀式をするとか、日暮れ時に弔いの意味を込めた灯篭を川に流すとか。賑やかさと静かな部分の……メリハリをつけられたらな、と」 ローゼリアの口元に笑みが浮かぶ。 「死者を思いおこして、生まれ来る命の明日を祈る……良い趣旨ではないかと思いますわ。力及ばず散らせてしまった命を改めて刻む為にも。その死が無駄では無かったと祈り捧げる場にもなれば」 津田はローゼリアの隣で「いいと思う」と頷いている。 弖志峰は「鎮魂祭には、祈りや舞を奉納したり、提灯や燈籠に祈りを込めて夜通し灯すのもいいよな」と想像力を働かせた。彩陣の祭は鎮魂の儀式から始まり、昼夜を通して騒ぐ形式になりそうだ。 「して、いかなる名が宜しいでしょうか」 ネネ達は「センス下さい」とお手上げだったが、刃兼は暫く悩んだ後に口を開く。 「祭の名前は……とうき、東喜祭なんてどう、かな。五行の東に、喜ばしいことが訪れた、という意味を込めて」 鬼或いは姫を討伐した――つまり討鬼や討姫という別の字を重ね隠して。 「刃兼さんの東喜祭はいい名前だと思います」 乃木亜だけでなく、蓮やローゼリアも賛成した。弖志峰が手を握る。 「俺も東喜祭を推すよ。子供の誕生と成長を祝いつつ、過去に犠牲になった人々の鎮魂を祭の目的にするのは賛成だから」 一方のネネは皆の案を聞いて「自分が考えるのより断然素敵です」と聞き惚れていた。 「ところで郷土料理で、元から彩陣で食べられている珍味などはありますか」 乃木亜の質問に、微妙な沈黙が流れる。 老人たちが「何かあったか」とか「蚕の佃煮は出すべきではあるまい」等と囁きあう。 「……絹織物を生産しているのでしたら、蚕用に栽培している桑の実などを果実酒やジャム、お菓子にしたり、水の綺麗な川に生息するヤマメやイワナの魚料理にひと工夫加えてみるのは如何でしょうか? 甘酸っぱい桑の実は確か四月から五月が旬ですし」 「では桑の葉の天ぷらは如何でしょう」 「そ、そんな感じで!」 虫料理発言で表情が硬い乃木亜に対して、刃兼が頭を悩ませる。 「生成姫から離れてしまうが……封印具『剣の華』に封じられた妖刀はどう、かな」 ローゼリアが「妖刀ですの?」と訝しげに問う。 「刀身が漆黒だったし、包み焼きの生地に黒胡麻か、食用の炭を混ぜて、黒く染めてそれっぽくする、とか。包む具は肉でも野菜でも、彩陣で手に入りやすい食材で」 刃兼は生成姫の配下の形、つまり刀や琵琶、横笛の形をした祭具やお菓子を里に隠し、どれだけ多く探し出せるか競う催しを提案した。 弖志峰は「郷土料理かぁ」と大皿を目に留める。 「彩陣の伝統的染物である、五彩友禅の色を象徴する食べ物を揃えた練菓子、或いは皿鉢料理なんてどうかな。例えば……紅は木苺や桑の実、黄土はきなこ、緑は抹茶、藍はクチナシの実で、青っぽい色をつけたもの。紫は紫芋って感じで。ちらし寿司も5色で彩りよく飾った一品になると思う」 例えばクチナシの果実が実るのは11月だが、乾燥させた物を使って、和菓子などを黄金色に染める食品着色料として昔から用いられている。黄飯を炊く地方もあるし、クチナシを発酵させれば青の染料に変わる。 「何度か試作は必要そうですが、彩陣らしさが出そうですな」 ネネが「お客さんの食べ歩きやお土産物に三色饅頭なんてどうでしょうか」と提案した。 「生成姫の顔に例えて、1個を赤い物、1個を野菜惣菜、1個を甘い物で。これを食べる事で、やっつける! というわけです。皮は米粉・小麦粉なんでもよし、調理法も焼いてよし、煮てよし、蒸してよし、スープに浮かべるもよし!」 「小麦粉はともかく、米の粉なら鬼灯から買えそうだ。酒造りで余るらしい」 「ほんとですか? お饅頭は基本をおさえて、お店やお家ごとの味付けにするとお店を持てて、お客さんを呼べるんじゃないかなぁって」 「なるほど」 津田はネネの案を推しつつ「精進料理でよくあるサトイモの練り物とか、あとは魚のすり身で精緻な生成姫を作って喰らうとか、どうかな」と提案していた。 やがて霧雨の母が、皆を呼びに来た。 「膳の支度が整いました。ささやかではありますが、楽しんでいってくださいね」 「まってましたー!」 続々と宴の席へ向かう。 は、と我に返った乃木亜が「藍玉の様子を見てきます」と家を飛び出していく。 戻ってきた時には、台所から陰殻西瓜を切っていたと思しき蓮が「おそーい!」と声を投げる。 「ごめんなさい……やっぱり藍玉が川からでなくって」 「そーなんだ? でも早くしないと西瓜なくなっちゃうよー。これ二個目だから」 「神音ー、次ー!」 「はいはーい、霧雨さん食べ過ぎ。でもま、今日はお祝いだからね」 片目を瞑った蓮が差し出したのは、陰殻西瓜と特別本醸造酒「弾正」だ。 「おー!」 「のんだくれが増えますわね。桔梗、奥方と給仕のお手伝いを」 からくりを台所に向かわせたローゼリアも葡萄酒を持ち出した。 「さあ霧雨。刃兼や直羽も、無粋はなしですわよ」 金色の瞳が妖しく輝く。可憐な笑顔の裏側で『ふふふ、酔い潰して差し上げます』と悪戯心を芽吹かせる。周囲に蟒蛇が多かったらしく、ローゼリアも相当な酒豪であった。 刃兼は「喜んで」と盃を持った。 「では私も一杯……そういえばお一人姿が見えませんね」 朱塗りの盃を受け取った乃木亜が周囲を見回す。 探し人改め別室の大蔵は、霧雨の母と対面していた。刀を横に置いて正座して向き合う。 「大変遅くなり申し訳ない」 「手紙で経緯をお聞き致しました。あなたは愚息を守ってくださった。感謝します」 暫く話し込んでいた大蔵が戻ってきた時、弖志峰と霧雨は一緒に泥酔していた。 「む、一歩遅かったか」 「あちらは……一気に、強いお酒を……飲んだみたいです。どうぞ」 羽目を外す仲間たちを眺めながら、萌月は盃を渡して酌をすると、自らも湯呑を持った。 「それでよいのか」 「はい。私はお酒飲めませんし、桑茶を飲みながら肴を分けてもらえれば」 酔ったまま担ぎ上げられる霧雨を眺めて、ネネは「……よかった! だってもう、それしかいえないじゃないですか! 他に何を言えというのですか!」と力説していた。ちなみに酒は一滴も入っていない。 賑やかなネネ達を眺め、萌月が呟いた。 「最初は……花嫁衣裳を探しに来ただけ、だったんですよね」 「ああ」 萌月と大蔵の近くに座った蓮が盃を見下ろす。 「……最初は香華さんの為に五彩友禅を手に入れる、って事から始まったんだよね」 柚子平の実妹の婚姻に見合う衣装を、と鬼灯に訪ねた三年前。 「色々な事があったな。……長い付き合いになったものだ」 「うん。それから境城と卯城の対立、天奈さんの野望、真朱やナマナリの存在に気付いて……」 蓮の声が暗く澱んでいく。 萌月が手を握った。 「でも。ナマナリや、主だった眷族も倒せましたし……霧雨さんも生きてます」 何度、死ぬような思いをしたか。 分からない。数えていない。実際に死にかけた仲間は何人もいた。全てが丸く収まったとは言えずとも、霧雨を救い、他にも救えた人々は確かにいて、一応の決着はついたのだ。 蓮が「そーだね」とぎこちなく微笑む。 「そー言えばさ。天奈さん、霧雨さんを手に入れよーって必死だったよね。やっぱり霧雨さん、まだ天奈さんのこと苦手なのかな」 「うーむ。霧雨殿の泥酔ぶりでは、まともな返事は期待できそうにないが」 「だよねー」 「それに、いかにあの天奈といえど彩陣に取り入る隙はない。霧雨殿の祝言も近かろう」 祝言と聞いて。 蓮は酔いつぶれた霧雨を見た。 ギルドで再会した二人は幸せそうだった。 「霧雨さんとおねーさん、羨ましいなー。神音も早くセンセーと……わわっ」 顔が真っ赤になった。萌月が熱を心配する。 「……彩陣の人だけじゃない。春花ちゃんや剣の華の人達、紫陽花さん、蕨の里の子供達、その他にも沢山の人が、ナマナリの所為で人生を狂わされて辛い目にあった。神音は……皆がこれから幸せになってくれたらいーな、って思うよ」 「違いない。さて、拙者も飲み比べるとしよう」 大蔵が立ち上がった。 一方のローゼリアと刃兼の仁義なき戦いは持久戦になっていた。 「……刃兼。あなた全く酔いませんのね」 潰れている霧雨たちを一瞥して苦笑いを返す。 「酒好きの親兄弟に散々鍛えられたから、な。多少は酔っていても、戦いには受けて立つ」 酌をされたローゼリアは「頼もしいですわね」と笑った。 そこへ忍び寄るもののふの影。 「では拙者も一献よろしいか」 刃兼が「勿論だ」と酒を持ち、ローゼリアが悔しげな眼差しを向ける。 「く、かなり飲ませてからの参戦とは、策士ですわね! ……改めてお疲れ様ですわ。これで、ようやく終わりですわね……いえ、ここら始めないといけませんのよね」 「思えば長くなったもんだ、な」 刃兼は瞼を閉じた。 『死も恐れぬ者に、協力を求める』 古い依頼の文面を、未だ忘れることができない。 あれは開拓者になって天儀に来て、半年が経った頃だった。達成できたこと、後悔したこと、どちらもあった。幾多の修羅場を駆け抜けた。けれどここまで辿りついた。語り尽くせぬ思い出は誇りに代わり、記憶に刻まれていく。 刻々と賑やかな時が過ぎ、宴も終わり。 酔い潰されていたはずの弖志峰は、酔いがさめたのか頭にハチマキを結び、氷を量産して「俺が頑張って介抱してみせるよ! 不死鳥のごとく!」と叫んでいた。 一方、深夜まで乃木亜が近くのアヤカシを駆除して回るというので、水波が同行に挙手した。カミヅチ藍玉が水辺からあがって追いかける。 「お二人共、気をつけてくださいな」 ローゼリア達が見送りに出た。 彩陣にいる間、オレアリスはずっと考えていた。 生成姫が、なぜ神を名乗ったのか。 アヤカシの出自は色々だ。語られた伝説も数多い。生成姫が知識を吸収して行く過程で、得た知識の中に、神と称するに値する何かがあったのか。しかし答えが返ることはない。 「謎は謎のままですけれど、いつかは分かる時が来るのかしら。ナマナリの言葉の意味を」 「さあ。でも生成姫……貴女がいなくても、私達は歩いていけると教えてあげますわ」 ローゼリアは、母を失った魔の森の方角を見た。 霧深い早朝に、霧雨は開拓者達の見送りに出てきた。 「また各国の旅に出るのか?」 「開拓者は流浪の身ゆえ。とはいえ正直なところ、気がかりなのは柚子平殿がことよ」 大蔵の双眸が細く煌めく。 「あれが鬼とならなかったのは、側に友がいたからであろうし、ナマナリが消滅したから間違いはおころうはずもない。が、気の迷いや間違いを、いかなる時に起こすか分からぬのが……人というものであろうしな」 「そうか。あいつは今後、魔の森や石鏡との問題で忙しくなると思う」 「何、こののちも我らは出来る限りのことは致す」 「すまない。苦労をかけるな」 ネネとローゼリアが霧雨の手を握る。 「お幸せに。ずっとずっと『めでたしめでたし』でいてくださいね」 「人の心配もいいですけど。何時でも呼びなさいな。今更、遠慮はなしですわよ」 弖志峰と刃兼も朗らかに笑った。 「遠慮なく呼んでくれよ。俺達で力になれる事があれば、何でもするからさ」 「また何かあれば駆けつけるつもりだ」 「――ありがとう」 労苦を共にした仲間達の声が、霧の果てへと遠ざかる。 長い旅路を超えて。 今、永い夜の闇が明けていく。 |