【盗姫】旅路の果て
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 11人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/01/02 23:08



■オープニング本文

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「じゃあ、またくるから」
「ああ、楽しみに待ってる」
 別れは哀しいけれど、それは決して生涯会えない訳ではない。
 再び牢の向こうへと消えてゆく恋人を、琴音は笑顔で見送った。泣いて心配させるよりも、幸せな気持ちで孤独な時間を耐えて欲しかった。かつての仲間達との面会が終わり、琴音は傍らの少女の手を引く。
「いこう、春花」
 新しい住まいへと。


 妖刀との死闘を経てから、随分な時間が過ぎていた。
 その間に何も無かったわけではない。
 伝説に残る冥越八禍衆「生成姫」の妖刀「裂雷」討伐は大きな影響をもたらした。
 一国を揺るがす大アヤカシの力を確実に削り落とせたことは評価されて尚余りあるものだったが、それでも過去に犯した罪が消えるわけではない。
 少なくともセリュサと群雲、花菱と夏葵の四人が盗賊行為を良しとして悪事を働いた上、元開拓者の横暴という開拓者の評判を落としたのは確かだった。行き詰まったから商船を襲って良い等という理屈は通らない。妖刀討伐の一件で四人は減刑になったが、数年間は開拓者ギルド監視下に置かれることが決まった。
『タダメシ貰えるのはいいけど、たーいくつー、ま、しょーがないんだけどね』
 夏葵は呑気に答え、群雲と花菱も表情は穏やかだった。
『覚悟はしてたぞ。首を切られるだろうと思っていたからな、むしろ幸運だろう。死ぬ前には出てこられるさ。案ずるな』
『私達がいない間、どうか春花を……お願いします』
 春花については六人必死の説明によって、妖刀にいいように操られていた……という事になり、おとがめナシになった。
 けれど。
『今更、虹陣には帰れないな。どうする』
 春花は虹陣を捨てて、六人を取り戻そうと旅をした。
 六人は春花を救うために、己の身分も居場所も役目も、全てを投げた。
『決まってるわ。四人が帰れる家を造りましょう。私達は、家族なんだもの』
 春花の傍が、終の棲家。
 そう心に決めて、開拓者の身分を捨てた。
 色々と手を尽くした虹陣のことも、結局最期は街の未来よりも春花の救出を選んだ。現在、虹陣や山に匿っていた人達がどうなっているかなんて見当もつかない。六人が介入して、やっと均衡を保っていたような場所だっただけに、良い方向に転がっているとは思えなかった。
 しかし手を出そうと出すまいと、容赦のない明日はくる。
 彼らがいなくても、虹陣は日々を刻む。


「じゃあ、神楽の都に?」
「ええ。朋友達のこともあるし、私と刹那と春花で家を借りて、私と刹那が交代で働きに出る事になったの。開拓者として復帰できるよう申請を出すつもりよ。少なくとも、どっちかが春花の傍にいる。三人でもなんとかなると思うわ。開拓者の仕事なら、稼ぎはいいしね」

 元々六人は、現役であった当時、それぞれに春花の身元保証人になるつもりでいたらしい。刹那や夏葵は妹にする気であった、花菱はお姉さんになりたがったし、群雲は娘が二人になってもいいと考え、琴音とセリュサは結婚して春花を養女に迎えるつもりでいた。
 揉めるぐらいなら六人で暮らそう、という結論になった経緯もあり、もはや六人は互いを『家族』として認識している。生まれも育ちも違う。容姿も似ていない。
 それでも。

「本当に、それでいいの?」
「家族って、そういうものじゃないかしら」

 人は生まれる時も死ぬ時も、ひとりきりだ。
 けれど生きている間に、長い旅をする。かけがえのない存在に出会って、同じ屋根の下で暮らす。思いが同じならば、遠く離れていても関係は揺るがない。
 それは開拓者として旅をして、身分を捨て。
 あがいた六人の旅路の果て。

「何年でも、何十年でも、私達は家族を待つの。そう決めたのよ」
「……そう」
「それでね、あなたたちにお願いがあるの」
 琴音は一枚の紙を取り出した。
 それは開拓者ギルドに提出に行く予定だった依頼書である。
「私達は、虹陣へは戻らない。もう二度と」
 声が震えていた。
「だから、山に匿った人達や街の人達に、私達六人と春花はアヤカシに殺されて死んでしまったと伝えてきて欲しいの。そして『ごめんなさい』と。遺言として伝えてきて。遺族に遺品を渡すから、ということにして私物を回収してきて。街がどうなってるかも気になるから……お願いできる?」
 できれば、家のことも少し手伝って貰えたら嬉しいけれど、と琴音は言った。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
露草(ia1350
17歳・女・陰
弖志峰 直羽(ia1884
23歳・男・巫
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
煉谷 耀(ib3229
33歳・男・シ
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 神楽の都に残り、新しい生活を手助けするのは大蔵南洋(ia1246)と弖志峰 直羽(ia1884)、天霧 那流(ib0755)と石動 神音(ib2662)、そして鳳珠(ib3369)だ。
「神音に任せといてよ!」
 頼もしい石動の隣で、天霧も「任せなさいよ」と手を握る。
「今後は家族として幸せを取り戻しなさいね、大変かもしれないけれど……虹陣だってきっと大丈夫よ、彼らも新たな道を歩めるわ」
 そして弖志峰と鳳珠が新生活に必要な品物を書き出し始める。家の状況を又聞きした大蔵が、琴音に心配せずに手続きへ向かうように告げた。虹陣へ向かう者達を振り返る。
「さて、なにぶん虹陣の事情には疎いゆえ御任せ致す。よろしいか」
 志藤 久遠(ia0597)が首を縦に振った。
「ええ。ですが……裂雷の一件は片づいたにせよ、裂雷に付け入る隙を与えた虹陣の問題は依然残っている……むしろ、事態を誘導するものがいなくなった分更に問題ですか」
「正に後始末ですね。脅威を倒したとは言え……それまでに負った傷を癒す術など無くやりきれない想いですわ。どうすれば」
 悩んでいる志藤とローゼリア(ib5674)に、煉谷 耀(ib3229)が頷く。
「里は混乱の坩堝か、はたまた喪失の虚ろか……この目で見るまではわからぬ。ただ幾ら俺達が刀を潰した存在であっても、単純な説明だけでは、虹陣の者達が聞く耳を持つか不明だ」
 僧衣にでも着替えるかと、悩み始める煉谷。どのみち説明は必要だ。
 志藤は立ち上がった。
「私は狂信派を。のりかかった船です、後始末をつけてきましょう」
 私も行きます、と萌月 鈴音(ib0395)が手を挙げた。
「虹陣は……本当の意味で…自ら立ち上がらないと………それで、あの、話が矛盾してしまうと、疑いを生むので、事前に死亡理由などを細かく打ち合わせませんか?」
 今が虹陣が立ち直るか、滅ぶかの分かれ目に違いない。
「なるべく事実に近い話の方が良いです……状況と矛盾しないですし」
「そうですわね。証拠品として血染めの衣類などお借りできればとは思っていますが」
 むー、と考え込んだローゼリア。話の細部が違うと後々面倒なことになりかねない。志藤達は相談の末『豹変した以降の春花はアヤカシに憑かれており、元開拓者の幹部達はそれを知って戦いを挑んで、双方果てた』という筋書きになった。
 相談を終えた露草(ia1350)が立ち上がる。
「では、人の心の瘴気回収と参りましょう。ご一緒します」
 同じく虹陣へ行くジークリンデ(ib0258)は選ばれなかった虹陣を心配し、何か悩んでいた。最初は虹陣に直行を考えていたが、何か考えついたらしく、一旦近隣の様子……白螺鈿等を見回ってから合流するという。
 ふと思い立った煉谷は琴音に近づく。
 言うべきことは戦いの中で告げた。琴音達は歩くべき道を見いだした。
「開拓者業をやるならこれから再会もあろうが、まずは達者に暮らせよ」
 そしてこの日、戦いで襤褸になった衣類や武具を受け取りに行ったローゼリアは、春花を一瞥する。罪に気づいているのか、分かっているからこそ何も言わないのか、言葉を話さない娘の背中に、独り言に近い言葉を投げる。
「……貴女について、私は特に興味がある訳ではありませんが、他の方は貴女を捨てた訳でなく、貴女の為に動いていたんですのよ。……少しは思い出してみれば如何ですの? 貴方が彼ら開拓者と出会った頃の気持ちを。それが何もかも本当に変わってしまったのだったら、貴女は今ここにおりませんの。それをよく考えてみる事ですわ」
 くるりと踵を返していく。
 開拓者達は六名が虹陣に。
 五名が神楽の都に残り、琴音達を手助けすることになった。


 虹陣に到着してから、ローゼリアは志藤達に問いかけた。
「代表にかけあい、一カ所に集まって頂いて一気に説明した方がよいでしょうか?」
「どうなっているか分かりませんし……順に巡ってみますか。狂信派で時間を使いそうですが、話さえ通じれば、後は遺品整理ですし」
 とは言うものの志藤自身、狂信派の扱いは頭が痛い。
 革新派の一部が春花暗殺を試み、狂信派は刺客の家族を虹陣から追い出した。山中の飛空船には、街から追い出された人達が住んでいる。これまでの経緯を考えれば退くに退けぬ環境のはず。
「町の方々としても『全てがアヤカシのせいだった』で納得されるかは微妙、ですか」
 ひとまず話し合って見なければ何も始まらない。
 屋敷に行ってみると、春花達の失踪に他派閥誘拐説まで出ていた。狂信派の幹部を掴まえた志藤達は、予定通り『豹変した以降の春花はアヤカシに憑かれており、元開拓者の幹部達はそれを知って戦いを挑んで、双方果てた』という説明を試みた。
 より説得力を与える為、僧衣の煉谷は咳払いを一つしてから、厳かに語る。
「不肖拙僧とこの開拓者達が、精霊となりしかの者達の戦いの行く末と遺言を言づてに参った。激戦終わりて今際の際に瀕しておっても、御主等の行く末を案じたまこと立派な最期であった」
 露草が言葉を添える。
「琴音さん達。ごめんなさい、と言っていましたよ」
 狂信派を始め虹陣全体を支えていた琴音の言葉は、間違いなく真実。
 きっと琴音達にも葛藤があったろう。春花が一番とはいえ、此処で長く暮らしてきたのだ。仲間は家族同然だったはずだ。友もいただろう、思い出の場所もあっただろう、離れがたく感じるに足る記憶をもっていただろう。
 それでも選んだ。そして帰らなかった。
「……ごめんなさい、か。バカだね。それが間際の言葉かい」
 深い皺を刻んだ顔が歪む。
「生きてさえいてくれたら、それでよかったのに。あたしらは頼りすぎたんだねぇ、あんなに世話になったのに……何もしてやれなかったよ」
 虹陣の多くの者が六人と春花を支えにしていた事実は揺るがない。
 露草が説明する横で、ローゼリアは彼らの顔をじっと眺めた。沈痛な面もち。時に泣き崩れ、怒りも混ざる里人の様子を心に刻みつけた。二度と、繰り返させない為に。
「今後、どうされるのです?」
「今後?」
 志藤が問うた。
「派閥争いもアヤカシの仕組んだこと。彼らも亡くなった今……このままの道を進む必要はないはず。もしも指導者という後ろ盾も無く、これまでの意地だけで進む場合、貴方達に従う者は無いでしょう。最初は貴方達も人々の為に集った筈。剣の華という形の為ではなく、虹陣の為に働くのなら、そこに春花殿の目指した筈の境地があるのでは?」
 尤もだった。
 しかしすぐに身の振り方は決められないと言う。無理もない。
 ひとまず遺品を遺族に届ける話をした。僧衣の煉谷は虹陣の外れに塚を築く為、一旦別行動になるが……別れ際に、里人に諭す。
「よいか、ゆめ忘れるでないぞ。そもかの者達がこの地に居つき戦いし理由、それは全て御主等を救わんが為。争いは人の業にて和合は人の徳。業にて精霊達を哀しませる事なく、功徳を詰みて安心させよ」
 そして遺品の整理を手伝ってくれる女衆や男衆は沢山いた。
 それくらいしか、もうやってやれないからと。
「あの……彼ら彼女らのお墓に供える言葉は、ありますか?」
 言葉を伝えても、言葉を持って帰れないのは寂しいから。
 露草は順に声をかけ、可能な限り言葉と名前をメモした。それは彼らが用意した骨壺の中に納められ、虹陣の外れに作られる塚の所へ持っていく。
 虹陣の為に尽くした英雄達は、この土地で果てるのだから。
 事前に意志を統一した成果か、説得は随分と順調に進んでいた。
 例えば革新派は表立って動くことはできないでいた。派閥争いより、山中に追いやられた飛空船暮らしの家族達を養わねばならない問題で手一杯だったのだ。
 露草は以前の虹陣潜入と飛空船の際に知り合った者から順番に説明をしていった。
 そして刹那を失った保守派の者達には、萌月が淡々と言葉を添える。
「春花さんに憑いたアヤカシが……全て仕組んでいたんです……でも、その存在は消えました。今は……一丸となって…虹陣の再興を……目指す時だと思います」
 一方、煉谷はローゼリアと虹陣の外れに塚を作り始めた。黙々と作業に徹しながら、ふと思った。
「……分裂にはアヤカシの力もあった故、すぐに虹陣の者達が復帰するのは難しいだろう」
「そうですわね。あの様子では」
「状況を収めるには支えが必要と判断して、先ほどはその信心を利用する話にはしたが……せめて妖刀騒ぎで打撃を蒙った地として、儀から援助が出るよう声だけはかけておくか」
 戻ったら、ギルドを通じて五行の国へ上申書を書こうと思った。
 ところで。
 皆より随分と遅れて虹陣に到着したジークリンデはというと、日も暮れた頃、仲間と山中で合流し、驚くべき話を持ち出した。
「遅れて申し訳ありません。近隣と虹陣の現状を軽くですが調査し、良い案を思いつきました」
 ……良い案? と首を捻る者達。
「実は立ち寄った白螺鈿の方で、現在、材木や燃料薪が不足して値段が高騰しているようなのです。詳しく調べる時間がとれませんでしたので、理由はよく分かりませんが……少なくとも、此処の森林は豊かです。燃料としての炭作りと植林による森林資源の安定供給の確立辺りが、今後虹陣の産業としては伸びていくのではないでしょうか」
 とはいえ虹陣から白螺鈿まではかなりの距離がある。
 半ば荒廃した街に新しい飛空船を買う金や運搬費用は……と考えて、誰かが「そうだ、船ならあるじゃないか」と言った。
 山間に追いやられた人々。彼らが居住空間として使用しているのは、盗まれた飛空船の残骸だ。何隻かはアヤカシ襲撃の際に壊れてしまったが、無事な船も残っている。飛空船の元の持ち主だった結陣の商人達は、撃墜された船などゴミ同然と考えており、運んで修理するだけ金の無駄なので権利を放棄していた。
「材木を刈る方、燃料を作る方、船を貸す方……商いをするにしても必要な人材は色々ございます。かつて「剣の華」の目指した相互扶助の精神は受け継ぐとよいのではないかと」
 狂信派は熱意に溢れ、力に覚えのある者が多い一方で、春花達を失い、掲げる目標を見失った。
 革新派の者は、以前、露草やローゼリア達の尽力で『家族が狂信派に放火されて殺された』という誤解こそ解けたが、家族を追い出された事実だけは変わらず蟠りが残っており、生きている家族を呼び戻す口実を探していた。
 保守派は、どちらの味方でもないが、指導者を失ったことで変化を余儀なくされている。
 アヤカシの介入はあれど、皆が謝罪して済むほど簡単な話ではない以上、歩み寄るには時間がいる。媚びず、尊大にならず、互いに折り合いをつけて新しい未来を模索しなければならない。
 管理者の消えた虹陣。
 虹陣から村八分にされた者達の手を借りなくては、この商いは成り立たない。
 新しい形で、手を取り合う未来が示された。


 ところで時は少しばかり巻き戻り。
 神楽の都では、琴音と刹那、春花の三人の生活を支援する為に、五人が奮闘していた。
「たのもー! じゃなくて、こんちわー! これ、新居祝いのお煎餅の詰め合わせだよ」
 弖志峰の明るい声が響き渡る。
 待ち合わせの時間通りに琴音達の家へ訪れた五人を、琴音と刹那が出迎えた。遠くの階段から春花が顔を出す。こうして見ると、刹那と琴音が夫婦で、春花が子供のような錯覚を覚える。もっとも、互いに目的が一致している以上、一緒に暮らした方が色々と『便利』には違いなかった。
「では春花と後を頼む」
 天霧が「任せて。こう見えても家事は得意なのよ?」と答える。
「頼もしいな。琴音、いくぞ」
「分かってるわ。春花、ちょっと仕事の手続きに出かけてくるからね。夜には戻るから」
 刹那に急かされながら、きちんと二人とも春花に声をかけていく。
 出かけた。弖志峰が春花にそっと近づく。
「ところで琴音ちゃん、臨時の家政婦はいらない? 色々忙しそうだし、家周りの掃除に生活用品の買い出しとか手伝うよ!」
 そーだよー、と春花にはたきを持たせたのは石動だ。
「やることいっぱいあるし、なにより自分の住む家だもん、お姫様みたいに納まっている場合じゃないよ! 間違って大事なモノとか捨てられる前に片づけなきゃ!」
「え。あ、女の子の部屋は不可侵だから、そこは女性陣に任せる!」
 後ろの方で大荷物抱えた大蔵に「ネ!」と同意を求める弖志峰がいた。
 こうして大掃除が始まった。
 まずは一通りみんなでハタキや箒で埃を掃き出す。
 あらかた終えると鳳珠があまよみで洗濯日和を察知し、様々な洗濯に徹する。
 傍らで石動が庭の草むしりをしつつ、春花の掃除ぶりを時々見に行った。元々商家の下女だったらしい春花は、いざ働かせてみると細部の掃除に徹している。
 弖志峰ははたきから雑巾がけ、庭掃除に物の移動と幅広く力仕事を任されていた。
 天霧は弖志峰達と相談の上で書き出した食材を買い足しに出かけた。
 大蔵はと言えば、冬を越す為に必要なものを調べた。なにしろこれから三人が暮らす家だ。屋根や壁の点検、最低でも雨戸の手入れは必要だし、障子も破れたままより、綺麗に張り替えた方がいい。薪や、炭、火鉢や炬燵等々は欠かせないし……と道具を買いそろえながら、新年の飾りも買い足した。後で共に飾り付ければ、いい口実にもなるだろう。掃除中、大蔵はふと考えた。
「して。春花殿、誰ぞ御近所への挨拶は済まされたか? 済んでないようなら春花殿と誰かで行ってきては如何かであろう?」
「そのことなのですが、私達に良い案がございます」
 にっこりと鳳珠が微笑む。石動が何かを思いだして玄関に走った。
「私達の分も考えて二十人分のお蕎麦を買って参りましたので、近隣に配っては如何でしょう?」
「これだよー。ご近所に配る引越しそばも用意しないといけないかな、って話してたんだよ。ご近所付き合いは大切だし、印象はよくしておかないとね。琴音さん達が帰ってきたら、春花ちゃんと一緒にみんなで回るといいよ」
 順調に掃除が進み、夕暮れの頃合いになると後は琴音達の帰りを待ってお蕎麦をゆでるだけ……という状態に持ち込んだ。女性陣が台所に立つ様子を眺めながら、弖志峰と大蔵が荷運びをしながら遠巻きに春花を見た。
「春花ちゃんは……心の整理がつくには、まだ時間は必要かな」
 箪笥の移動をしながら、大蔵が小さく答えた。
「……少なくとも。自分が何をしてしまったのか、これからどうすればよいのか、頭では分かっているのであろうが心情の面で納得がゆかぬのであろう。そのあたりは家族の務め、ゆっくりと時間をかけて解してゆくよりあるまい」
「そっか、そうだね。沢山の罪がそこにはあったはずだ。傷つかなかった人なんて、誰もいない。それでも俺は……彼らが全員無事だったことを慶びたい、かな」
 ここから目指せる場所はあるはずだと。

 その後、琴音達が戻るまでの数時間を持てあまし、彼らは近場のお祭りにでかけた。
 気分転換とこれからの未来への祈願もかねたものだったが、途中で弖志峰が春花の為に簪を購入した。
 新しい生活のお祝いと思い出に、と。
 しかし春花はそれを拒んだ。
 散々迷惑をかけたのだから、自分一人、そんな高価な品を受け取る資格はないと考えているらしい。
 春花だけでなく、琴音とお揃いにするつもりだという話にも、渋ったので、天霧が言葉を添える。
「春花は……あれから時が止まってるの? 相当傷つけてしまったものね。だけど、後悔してないわ。裂雷に蝕まれる……あの思いをさせたくなかったもの。させなくて良かったと思ってる。私達はあなたからオトモダチを奪い取った。だけど、春花の笑顔が見たいと願ってるわ。別の場所で許される時を待っている花菱達も、きっとそうよ。あなたの笑顔が見たくて、こうして彼らは別の暮らしを選んだのだもの。帰ってきた時に、笑顔を見せるのが一番恩返しになるんじゃないかしら。……お祭りや綺麗な簪は嫌い?」
 ううん、と春花は首を振る。

 で、結局どうなったかというと。

「……ふぅむ、若者は大変でござるな」
「しみじみ言いながら遠ざからないでください」
 半泣きの弖志峰。
 離れた場所に簪「早春の梅枝」を飾った春花と「私達ともお揃いね」とはしゃぐ天霧、石動、鳳珠の三名がいる。暗い顔をしていた春花の表情も少し明るい。
 ……集団心理って偉大だ。
 いや、一点400文なので約一名のお財布が大変なことになっていたが、元々お揃いで買いそろえる予定だったし……と無理矢理自分を納得させる弖志峰。
 こそ、と天霧達が順に声をかける。
「良かったの? 私達の分まで」
「いいんだ、みんなの思い出になるし……あ、そうだ。春花ちゃん、これ」
 そこには小箱に納められた同じ簪が三つあった。
「琴音さんと夏葵ちゃん、花菱ちゃんの分だよ。琴音さんには帰ってから、春花ちゃんの手で渡してあげるといい。残りの二つは、いつか君が……直接会いに行って渡すんだ」
 祭の思い出。
 会いに行く口実。
 それは少なくとも春花にとって大きな助けになる。
「……ありがとう」
 ぎゅ、と胸に抱きしめる。
 春花と神社に向かっていく女性陣。後ろ姿を眺める大蔵と弖志峰に月が微笑む。
「総額で2800文でござるな」
「大蔵さん、俺が切なくなるから値段禁止……なんてね。生きてさえいれば良い訳じゃない事も、生きるからこそ苦しい事も、多分ある。だけど、だからこそ成せる事も、変わり、変えられる事も、確かにあると思う。俺はただ……前に進む為の切っ掛けをあげただけだよ」
 少しずつ変わっていけばいい。
 祭の中で、石動は春花に言った。
「小さい頃にね、神音はお祭でとーさまに肩車してもらうのが大好きだったんだ。もう……してもらえないけど。でも今はセンセーやにーさまがいるから、寂しくないよ。くれおぱとらもいてくれるし」
 すり寄る猫又を抱きしめる。
「琴音さんや刹那さんも、他の人達も、きっとずっと春花ちゃんに寄り添ってくれる。いい事をすれば褒めてくれるし、悪い事をすれば叱ってくれる。皆にとって春花ちゃんは家族なんだと思うよ」
 天霧は賽銭を投げ込んで春花の手を引く。
「そうよ。家族はちゃんと傍に居るわ。貴方は長い悪い夢を見ていただけ。何一つ失ってなんてないのよ、何もかも捨てて護ろうとした大切な人達の事を思い出してあげて。やり直せるのよ、もう一度。だから資格がないなんて言わないで、家族に思いっきり甘えてあげなさい」
 神に願うのは、明るい未来だ。


 祭から帰ってきて、石動は招きもふらを玄関に飾り、天霧達は蕎麦を茹でにいった。琴音達が帰ってきたのをみて、鳳珠は春花にうさぎのぬいぐるみともふら飴を進呈し、琴音や刹那には開拓者復帰後の生活も考慮して、琴音に仕込杖「春畝」を、刹那に朱春弓を贈った。
 開拓者は高額な武器や防具をよく扱うので金銭感覚が頻繁に鈍るが、長く開拓者業を離れていた琴音達にとっては相当な品である。
「どうぞお役立て下さい。これから必要になるはずです。……いずれ春永に」
 鳳珠が微笑む。
「さ、みんな。ぼやっとしてないで。お蕎麦を近所に配らなきゃ。私達の分だけでもかなりあるのよ。とくに琴音さんは、セリュサさんの為に花嫁修業しておかないとね!」
 顔を赤くする娘に『……大切な人は決して手放しちゃ駄目よ?』と秘密の囁きをしながら、天霧達は年越し蕎麦を用意する。
 やがて近所に鳳珠達の「引っ越して参りました」というかけ声が響く。
 挨拶回りの後は、新居での団欒だ。

 ここが春花と琴音たちの、新しい我が家。
 長い旅を終えた者達は、賑やかな食卓を囲みながら新しい年の訪れを感じていた。