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■オープニング本文 前回のリプレイを見る ‥‥どれほど眠りについただろう。 風の噂で、あの方が忌まわしい檻から解放されたと伺った。 我こそは、かの御方の身飾りにして美しき刃。最高の片腕。 戻らなければならない。 しかし、一体どうすればよいのだろう? ‥‥泣き声がする。 『誰も助けてくれないの』 人の娘。餌の娘。ここから出られれば食えたはず。 そういえば、かの御方は美しい宿り身を好まれた。 望む品や力の源をお捧げすれば、きっとお慶びになるだろう。 今度こそ陰陽師など踏みつぶすに違いない。 冥越で共に踊りし栄華を今再び! つたない手足は手に入れた。 時間をかけて贈り物に見合う優秀な手駒に育ってくれた。 駒に群がる面倒な連中も、我が知恵を授ければ、懐柔することは容易い。 人よ。喜びも、悲しみも、怒りも全て利用してやろう。 望もうと望まぬと、汝らは我が意志を実行する。 互いに愛し、互いに裏切り、互いに憎悪せよ。 滅びをもたらせ! 餌を集めよ! かの御方は我が声に気づき、解放の為に我に適した宿り身まで与えてくださった。 駆け抜けましょう、この世の果てまで。お供致します、我が鬼姫。 後少しの辛抱です。 +++ ギルドの一室に開拓者達が集められた。 陰陽師、狩野 柚子平(iz0216)が扇子で顔を仰ぎながら現れる。 「先日助けたセリュサさんからの連絡で『近く、大勢の死傷者がでる。その前に助けてくれ』と手紙が」 笑えない話が飛び出した。 問題の街、虹陣があるのは五行の東地域だ。 ここは山脈に囲まれた湿地帯で、国内最大の穀物地帯として誉れ高いが、いつしか魔の森が北と南から浸食を始めた。人々は居住区を制限され、商いも陸路より空路が目立つようになる。 しかし、その空路を航行する商船が次々と襲われ、幽霊船の騒ぎを開拓者が解決したのが初夏の頃。 数名捕まえて話をきいてみれば、虹陣を影で支える義賊『剣の華』の一員が元開拓者だったという驚きの事実と、頭目の少女の豹変に加えて、少女がオトモダチと呼ぶ謎めいたアヤカシの存在が判明した。 いざ詳しく調査を進めようとした矢先に、盗まれた十五隻の飛空船が炎鬼により放火炎上。駆けつけてみれば多くの家族が暮らしており、彼らが虹陣から村八分にされた者達で、そこに匿われていたことを知る。 幸い火は消し止められ、死者はでなかった。 が、奇妙な物言いをして走り去った娘が気にかかる。 挙げ句、傍の森で元開拓者が一人、瀕死で発見された。 命を取り留めたこの青年がセリュサである。彼は幽霊船事件の際も姿が確認されているが、シノビの少女と逃げ延び、その後行方不明になった。瀕死の傷を癒して話を伺ってみれば、恋人に殺されかけたという。 実は最近、五行の東地域では、夢魔などの珍しいアヤカシが人に成り代わる事件が多発していた。夢魔といえば、吸精、変身、魅了、錯乱、嘘、悪夢などと芸が細かいことで有名だ。状況から察するにセリュサもまた、恋人に化けたアヤカシに襲われたのだろう、という結論に至った。 アヤカシ達は、何故元開拓者を襲って化けるのか。 その理由は、彼らが虹陣で重要な地位にいることだ。 義賊『剣の華』は、頭目の春花の豹変により、三つの派閥に分裂した。 豹変した春花を盲目的に信じる『狂信派』の者。 旧来の状態をまだ継続すべきだと考える『保守派』の者。 剣の華を解体し新しい道を模索すべきだと主張する『革新派』の者。 これら三つの派閥の頂点にいるのが、元開拓者達に他ならない。 つまり、彼らの発言は虹陣全体を動かす。 「セリュサさんが一旦、革新派の根城に裏口から戻ったら、もう一人の自分が演説で、仲間を煽っていたんだそうです。『既に狂信派の手引きで皆の家族は殺された。かつての仲間に胸は痛むが、情は捨て、共に立ち上がって狂信派を倒そう』とね」 開拓者が業火から守り抜いた者達は、里から追放されたとはいえ、虹陣に残してきた家族や親戚がいる。そういう者達から、順にたきつけていた。乱入しても悪化すると判断し、人に姿を見られぬようにセリュサは根城を出た。 そしてそのまま‥‥狂信派の根城を目指した。 幽霊船の一件で逃げ帰ってきた後、他の派閥の仲間に会っていない為だ。 「実は派閥分けは建前だそうで」 「どういう意味?」 「住民はともかく、元開拓者の六人は仲違いした訳ではない、という意味です。春花さんの豹変にかまけていたら、義賊は三つに分裂していた。このままではマズイという話になり、六人は二人組で各派閥に理解を示した風を装い、各組織の頂点に立って統率し直した。適度に連絡を取り合い、様子を見ながら派閥の長として会談を重ね、徐々に和解させていく計画を立てていたと」 気の遠くなるような話だ。 あえて恋人同士が別派閥に離れたのも、将来的な政略結婚の建前を見据えてだった。 追放された者達を隠す為に、飛空船を調達していた犯罪行為も六人合意の上らしい。 苦肉の策だったという。 「だから相談しにいったのね」 「ですね。しかし春花さんのいる狂信派を担当されたのは、幽霊船以降行方不明のシノビ花菱さんと、先日の天笠琴音さんだった訳で‥‥」 既に、狂信派にいた琴音は連中の手に落ちた。 同じく熱っぽい演説で革新派を侮蔑し、武器を取って闘うようにし向けていたのだ。 『私たちは虹陣に全てを捧げて支えてきた。何事をなすにも犠牲は付き物。世の中はそうできている。私達は耐えてきた。しかし革新派はどうだ。邪魔者は強硬排除しようとする。我らの希望の星、春花暗殺を試みた者の家族を、未だ匿うとは何事か! 今こそ立ち上がれ兄弟姉妹達よ! 我らは希望! 汝らは一人ではない!』 遠巻きに花菱の姿は発見したが‥‥ 病なのか、随分と憔悴している様子だった。常に大男が二人付き添っていて、近づく隙がない事は分かっている。接触を断念したセリュサは、飛空船に戻った。本物の琴音が何処に消えたのか見当がつかず、不安で眠れないそうだ。虹陣に地下はない為、廃屋の何処かだろう。 「アヤカシ達は、虹陣で派手な争いを起こしたい様子。‥‥民衆の目を覚ます為には、殺されたことになっている方々の生存を穏便に知らせつつ、彼らを先導する者が偽物であると証明する必要がありますが、これは危険も伴います。騒ぎを起こす当日の昼頃、会談の行われる時間と場所は、街の中央広場と分かっていますが‥‥何百人も集まりますし」 「ねえ。群雲さんと夏葵さんがギルドにいて、群雲さんが革新派なら、もう一人の保守派は?」 「弓術士の刹那さん、が保守派にいらっしゃいますね。朋友の甲龍が留守番で本人には会えなかったそうですが、沈黙を保っているとか。会談には春花さん含めて全員出席するそうですから、来ると思いますが‥‥本人かどうか」 ひとまず現地に向かいましょうか、と柚子平は部屋を出た。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 皆を乗せた中型飛空船は、結陣から虹陣に向けて出発した。 暗い闇の中を進む飛空船は、日が昇る頃に虹陣付近へと辿り着く。 内密に動く為に、闇に紛れて船から飛び立ち、龍に乗り合わせて山肌の飛空船群へ降り立つ。普段なら眠っている刻限の為、短い飛行時間を使って体を休めている者は多かった。 ふとローゼリア(ib5674)が立ち上がり、中型飛空船を手配した狩野 柚子平(iz0216)に先日助けた者達の様子を尋ねると「彼らは、そのまま生活していましたよ」という返事が返ってきた。行く宛はない。再び襲撃されるのではないかという恐怖心を抱えたまま、暮らしているのだ。 「丁度いい、皆さんを起こしてきて頂けますか? あの山を越えればすぐです」 「分かりましたわ」 ギルドを出発する直前、七人が夏葵と群雲を質問責めにしていた。 といっても、考えることは皆同じで。 虹陣内部の構造、保守派の根城、革新派の根城、狂信派の根城、重役と一般人の居住区、里の抜け道、警備関係、彼らの自宅や部屋の間取り‥‥考え得る限りのことを尋ねて書き付けや地図に纏めた。 天霧 那流(ib0755)が地図を見下ろす。元々高官の避暑地だったからか虹陣は広い。 『本物が放置されそうな人目のつかない場所、廃屋や蔵、‥‥数が多すぎるわね。セリュサが途方に暮れたのも分かる気がするわ』 『‥‥群雲さん。町の住民が入れない、或いは近付かない場所って‥‥ご存じですか?』 夏葵と違い、群雲はギルドに囚われてから殆ど言葉を発しなかった。観念しているのか、諦めているのか、胸中を推察することはできなかったが、萌月 鈴音(ib0395)の様な幼い者が尋ねると、一言二言話し出す。‥‥娘のことを、重ねているのかもしれない。 『中心部で、売り家が多い』 群雲の示す場所というのは、夏葵曰く『昔お金持ちが住んでたトコロ』‥‥つまり里の中心部に位置する旧一等地で、かつては高官の別宅だった豪邸が多く並んでいた。虹陣の荒廃と共に売りに出されていき、年季の入った廃墟が連なる区域になった訳である。 天霧はふと、何かを思い出した。 『‥‥あたし、この一帯、案内できるかも知れないわ』 『え?』 『随分前、去年の十一月頃になるけど‥‥虹陣を視察したことがあるのよ。街中の墨染川で虹友禅の友禅流しをやっていたわ。豪邸と居住区と、誰もいない歪な地区があって‥‥』 間違いない。覚えている。 思いの外、捜索は上手くいきそうな気がした。 そうと分かれば、と。弖志峰 直羽(ia1884)は群雲に、娘の花菱に会えた時に備え、娘との秘密の会話、約束、想い出などを差し支えない範囲で尋ねた。色々話を聞いていると、黙っていても娘を気にかけているのは、よく分かった。煉谷 耀(ib3229)が群雲の肩を叩く。 『群雲よ。娘への一筆と‥‥お前の衣類を借りたい。毒には毒だ。お前の姿、借り受ける』 『それで、夏葵。刹那の人柄とか口調とか、能力って分かるかな? 二人だけが知ってる思い出とか、春花に纏わる話とかでもいいんだけど』 神咲 六花(ia8361)が首を傾げる。石動 神音(ib2662)も外見などを尋ねた。 『せっちゃんは物静かだけど弓の名手よ。アヤカシとかを察知するのが上手だし、その辺の森や林に隠れるのが得意で。あ、時々矢をうつと女性の悲鳴みたいな音がしたかも』 首を捻る神咲。 後ろにいた柚子平が『女の悲鳴、ですか』と短い返事をする。 『‥‥私はさほど弓術士に詳しくはありませんが、結構な場数を踏んだ方のようですね』 そんな事を呟いた。 「それでは武運を」 飛空船の重い扉を開け放つと、冷えた突風が吹き込んでくる。 柚子平の合図で、一斉に外へと出た。 管狐のチシャを抱えた露草(ia1350)は、志藤 久遠(ia0597)の篝に。猫又のくれおぱとらを抱えた石動は痛む体に心で鞭をうちつつ、気丈に振る舞いながら秋桜(ia2482)が操る甲龍の秋水にしがみつく。同じように猫又のリデルを抱えた神咲は、すまない助かるよ、と言いながら萌月の炎龍こと鈴に同乗した。寒さに身震いした弖志峰は、猫又の羽九尾太夫を懐に押し込んで懐炉代わりにしながら、天霧の炎龍である炎生に跨った。しっかり捕まらないと落ちるわよ、と天霧に叱咤されつつも、その顔はどこか幸せそうである。忍犬のフレキを抱えたジークリンデ(ib0258)は、鳳珠(ib3369)の駿龍である光陰の背に乗った。 相乗りは飛べないことはない。 が、いざという時に逃げることは困難だ。 駿龍の若月とガイエルが警戒しながら旋回する。若月に乗った煉谷と、ガイエルを従えるローゼリアが安全を確認して降りた。白み始めた空を見上げ、煉谷が先行して街を調べてくると言うと、石動と弖志峰が呼び止める。 「この子を一緒につれてって、きっと役に立つから。くれおぱとら、手伝ってね!」 「こっちも斥候役を羽九尾太夫に任せるから、一緒に頼む」 あまり時間はない。煉谷と二匹の猫又は、まだ薄暗い森を駆け下りていく。 実は。 ここへの到着は早朝と分かっていたが、いつ虹陣へ踏み込むかの意見はこの期に及んでも割れていた。誰が誰の救出に当たるか、という事についても、立候補者を除き、一部顔を見合わせている状態である。萌月に協力を頼まれたセリュサは、やはりというか琴音を一緒に探しに行きたがったが、彼の同伴は道案内や戦力にもなるが、危険も跳ね上がる。 さてどうしよう、と言っている間にも刻々と時間は過ぎ、青空は明るさを増していく。 改めて確認を取り『元開拓者達の救出』と『会談の阻止』が最優先されることになった。 「薄暗いうちに街へ侵入、という案もありましたが、皆さんのやっておきたい確認内容から考えまして‥‥全て済む頃には、陽も高く登ってしまいますね」 日中に紛れ込むのは危険だ。唸った鳳珠が、虹陣を一瞥する。煉谷と猫又達の負担が相当なものになると察しつつ、これ以上の危険を避けるため、相談の結果、間を取った。 「では‥‥斥候役の帰還を待ちましょうか。此方は夜に備えましょう。夜が来るのを待って町に侵入し、班に分かれて救出。状況確認を行って、一旦集まり情報の交換、すり合わせ等を行い、その後偽物の正体を暴いて会談自体を行わせない様に話を持っていく」 という流れが理想だが、果たして何処まで上手く事を運べるか。 色々と不安が残るものの、動ける刻限までは待つしかない。 セリュサと相談の末、ここに匿われている者達を説得して、里に生存を知らせることを決めた。不安で顔を曇らせる者達に対して、決して危険は犯さない。火事の時のように、皆さんを護ります、と志藤は説得し続けた。 「お願いです。どなたか協力していただけないでしょうか。ご自身の家族の為に」 朗々と語りかけるローゼリアは、露草と共に革新派に関わりを持つ家々を巡り、彼らが自身を示すのに適した身飾りなどを借りた。 ふと、神咲があることを思い出す。 「セリュサ。夏葵の猫又を見なかったかい。幽霊船の一件でギルドに連行されたのは、夏葵と群雲、それと彼の龍だけだったそうだし」 「朝顔のことかな。多分、刹那と一緒にいるか‥‥ハグレになっているか」 要するに見ていないと。 話を聞いてまわり、品物を預かりながら露草は考え込む。 「まずは夢魔を出し抜くこと、でしょうか‥‥難しいですね。上手く誘導できるかどうか」 「厄介な事になりましたわね」 言うは容易く、実現は難しい。露草の言葉に頷くローゼリアは溜息を零す。 天霧は斜面に置かれた飛空船を見上げた。 「いくらアヤカシの介入があったとはいえ‥‥度重なる強盗に殺人行為、利己的な目的に基づく行動の数々。罪を背負わせる為に彼らを生かす事になるかもしれないけど、それでも助けるって決めたから、必ず連れ戻さなきゃね」 盗まれた飛空船。これらは全て盗品に間違いなかったが、身を寄せ合って怯え暮らしている者達を見ていると、責める気にはなれなかった。いつかは追求してけじめをつけなければならないが、それをする前にアヤカシの関与を片づけなければならない。 志藤は暗い表情で呟いた。 「平穏を目指す為の苦肉の策すら、逆用される結果となるとは‥‥、やはり相当に頭のいい相手。しかし、例え策謀を用いる相手だとて、退く訳にはいかないのならば挑むのみ」 志藤の言葉に秋桜も同意する。 「自らは手を下さずに内側から崩す、と。表舞台に姿を表さず、暗躍する敵が一番厄介なもの。人の気持ち、志を弄び、嘲り笑う。いかにも下劣なアヤカシの考えそうな事ですね。私達が、何としてでも阻止せねば」 相づちを打った志藤は「考えてもみてください」と仲間を振り返った。 「セリュサ殿の連絡が確かなら、偽のセリュサ殿は1つ確実に嘘をついています。飛空船置き場にいた方々は助けだしましたから、革新派の家族が死んだというのは嘘になる筈」 ここを糸口に、偽物を立証すればいい。 その話に同意しつつも、露草は別のことが気に掛かっていた。 遠巻きにセリュサをじっと見つめる。 何故『セリュサだけが、瀕死で見つかった』のか。 不可解だった。他の者が監禁或いは厳重な監視を受ける中で、息の根を止められることなく発見された。敵の周到さから考えれば、ミスは考えにくい。普通は逃がして増援を呼ばれる位ならば殺すだろう。そもそも入れ替わった或いは、邪魔者を捕獲監禁できる優位な状態にも関わらず、邪魔者の本人達をあえて生かしておく‥‥その真意を量りかねた。 少なくとも前回『セリュサの旦那!』と呼んでいた男に、ここに来てからセリュサに変わった様子が無かったかを訊ねて、問題がなかったことは確認した上、弖志峰の瘴索結界によりセリュサが人間であることは確かだ。それは安心できる。 けれど。 『‥‥きっと助けにくるんだよねぇ? カワイソーなのは見捨てられないんだってねぇ』 助けにこい、と。アレは嗤った。救出や乗り込みを見据えた発言だった。 他にも気に掛かる事ある。 連中が飛空船群を襲ったのは、暴動を焚きつけるためだというのは理解できたが、結局火は消し止められ、ひとりも死者はでなかった。偽琴音は駆けつけた新たな開拓者達のことも、放火が失敗したことも見ていながら‥‥決して『放火作戦が失敗した』と考えている様子はなかった。そこにいた真実を知る開拓者達を、殲滅しようともしなかった。 『仕事は済んだし、ばいばーい、カイタクシャ。そのうちまた会うよ』 仕事は済んだ? 「‥‥与えられた仕事を済ませた?」 これは果たして奇跡か、幸運か。 それとも奇跡の生還すらも策の上なのか。 「何故、彼だけ生還できたんでしょうか。考え過ぎだと、いいんですが」 曇る顔。露草の懸念を、天霧や萌月も聞いていたが‥‥いまいち確信が得られない。 この答えを、露草達は後々になって思い知ることになる。 「偽琴音の発言に出て来た『裂雷』って何者かしら‥‥春花のオトモダチのこと?」 首を傾げた天霧に、ジークリンデは「どうでしょうか」と呟きながら冷たい微笑みを浮かべていた。 「義賊『剣の華』の名称もオトモダチとやらから与えられた名である以上、その可能性は限りなく高いものと考えています。かつて虹陣は圧政で喘いでいた。英雄的な行いは、義賊の名を広める為に、とても適した術であったはず。年端もいかぬ乙女の身で、巨悪に立ち向かった英雄譚。‥‥ふふ、聞く者が聞けば興味をそそられる話ではありませんか」 閉塞した時代に舞い降りた輝ける乙女。誰もがその名を誉め讃える。 人心の操り方を、よく理解している。 「噂の知恵が働くオトモダチに仲間がいると仮定致しまして、かの存在をアレの仲間が察知すれば、真偽を確かめる為に様子を見にいくはず。異様に頑丈と噂の箱を、開けられない場合は諦めるか、方法を探すものと考えます。手下を送ることも考えられますね」 ジークリンデは、とても愉快そうに微笑んだ。 「藻掻いているのかもしれませんね。ならば手足をもいで差し上げましょう」 さぁどうしてくれようか、と想像して語る表情は生き生きとしていたが『自分たちが敵の術中の一部にされているかもしれない』という事については想像していないようだった。 太陽が昇り、何事もなかったように日が暮れて、空が茜色に染まった頃。 偵察に出ていた煉谷と猫又達が戻ってきた。得られた情報を共有し、班に分かれ、町中を目指す。龍は目立つ為、この場へ置いていくことになった。 「必ず迎えに来ますからね。秋水さん」 「鈴。もしも何かあったら‥‥報せて下さいね」 秋桜や萌月は龍にそう囁く。十二人は斜面を駆け下りていった。 茜色の空が鈍色に染まり始めた頃、人々は家の中へ戻りつつあった。 猫又のくれおぱとらが先頭を行く。石動と神咲がその後ろに続き、後方から周囲を伺うのは猫又のリデルだ。二人は保守派の根城を目指していた。夏葵がギルドに捕まってから、保守派は刹那が仕切っているはずだ。 「六花にーさま、あそこみたい」 粗末な建物があった。立て札からして、この区画の集会所らしい。出入り口の傍には甲龍が繋がれていた。様子を伺い続けると、出入り口から子供が数人現れて「さよーならー」と声を揃えた。奥から顕れたのは、ひょろりと背の高い若者だ。足下に一匹の猫又が寄り添っている。 「琥珀色の毛並み、ってことは‥‥あれが夏葵の猫又かな? 朝顔なら分かるかな」 神咲はリデルを呼びつけ、夏葵から借りてきた革の首飾りをくくりつけた。リデルは主人の代わりに集会所へ近づいていく。青年の足下にいた猫又が、リデルに気づいた。甲龍も首をあげる。離れた道端に座ったリデルはよく目立った。猫又が一歩、リデルに近づく。 「待つんだ、朝顔」 猫又が歩を止める。青年が弓を構えた。瞼を閉じ、指で弦を掻き鳴らすと、びぃいぃぃん、と小さく音が響く。その揺れが静まるのを待って「いいよ」と許可がおりた。 突如顕れたリデルが、アヤカシか否かを確かめたのだ。 二匹の猫又が道端でにゃあにゃあと鳴く。暫くしてリデルが神咲達のもとへと戻ってきた。刹那は本物だと確認が取れた為、次の段階にうつる。石動が事前に用意していた手紙を首筋に押し込むと、再びリデルを放った。 じっと待っていた朝顔は、託された手紙を加えて引き抜き、集会所の方へと戻っていった。青年が甲龍をひと撫でしてから、再び建物の中へと入っていく。 「事情は書いてあるけど‥‥刹那さん、信用してくれるかなぁ?」 「どうかな。もう少し暗くなるのを待って、裏に回ろう。お疲れさま、リデル」 石動と神咲は、くれおぱとらの案内で身を潜められる場所へと移動した。 いずこかに囚われている琴音の捜索は、難航していた。 ジークリンデがセリュサに『恋人にまつわる品は何か持っていないか』を尋ねたが、生憎とそういった物は持っていなかった。忍犬の鼻を頼れないのは痛い。幸いにも煉谷の事前調査と天霧の記憶を頼りに大体の見通しは立てられたが、結局は空き家を一つ一つ調べていくしかない。傍にアヤカシか人間の見張りがいることも考慮して、天霧は生命反応を探り、秋桜は聴覚を極限まで研ぎ澄ませる。 ふと、秋桜の足が止まった。 「途切れるような呼吸音、こちらの奥か‥‥しっ!」 言葉半ばに秋桜は萌月達を制止した。物陰に隠れて、様子を伺う。大きな建物だ。出入り口は崩れていた。しかし敷地の中には、家を囲むように一定の間隔で人が立っていた。 「ぐるっと屋敷を囲んでるわね‥‥見張りというより、あれは」 天霧が双眸を細める。蠅がたかっていた。足が腐り、骨が見えている。そんな状態で生きていられる人間など存在しない。屍人だ。大したことはない相手だが、数が多い上、派手な物音は禁物だ。 「ここのようですねぇ。普段なら困りはしない相手ではございますが」 「アムルスリープで眠らせてしまいましょうか?」 「倒しても‥‥構わないと思います‥‥でも、あの瓦礫では‥‥少し時間がかかるかも」 悩む時間が惜しい為、ジークリンデは魔法を雨のように放った。屍人相手に使うにはもったいない威力だが、一体ずつ確実に落とし、順に乗り込んで屍の首と胴を切り離す。再び天霧が意識を集中すると、屋内に2体の反応を見つけた。 そして問題は、どうやって物音を立てずに入るかなのだが。 「俺が」 一緒についてきたセリュサだった。詠唱終了と同時に突如として灰色の光球が生じた。 ふよふよと漂う球体は瓦礫をめざし、触れる物全てを一瞬で灰に変えていく。 サラサラと灰が風に舞う。 廃墟の中に、僅かな夕日が射し込んだ。蹲っているのは‥‥ひとりの女性と、子供? 「琴音、琴音大丈夫か!」 セリュサが走り出した刹那。 「あああああああああああああああああ!」 琴音と思しき人影は、低いうなり声をあげて抜刀した! 凄まじい速さで白刃が閃き、かまいたちが最も近い標的――セリュサを切り裂いた。想定外の攻撃に怯む暇もなく、駆け寄ろうとする萌月達にも凶刃が襲いかかった。 憎悪に満ちた鋭い眼光に、理性の光はない。 「あの技、桔梗だわ。本人みたいだけど、どうなってるの」 「このままでは埒があきませんね。正気を失われていらっしゃる様子‥‥仕方ありません。強行突破致しましょう」 秋桜が煙遁を使うと、屋内は白い煙幕に包まれた。その隙に萌月とジークリンデがセリュサを戦域から引きずっていく。天霧と秋桜は神経を研ぎ澄ませ、琴音の死角から動きを封じる。 「あああああああ! あー!」 「助けに来たのよ、勘違いしないで!」 「ギルドより参りました。闘う意志はございません!」 琴音の腕を捻る。 からん、と刀が落ちた。どさ、という重い音は、琴音が抱きかかえていた子供が落ちたのだろう。少しずつ煙幕が晴れていく。萌月が駆け寄ってきて、荒縄を投げた。獣のように暴れようとする琴音を、やむなく縛り上げる。 「しっかりして。私達は敵じゃないの。助けに来たのよ。一体どうしたというの」 「一体、何があったのでしょう。ともかく、此処を離れ‥‥」 秋桜が倒れている子供を立たせようとして‥‥その腕が異様に冷たいことに気づいた。 首に指を当てたが、脈は無い。首を振って「亡くなっています」と呟くと、開いた瞳孔をのぞき込み、瞼を伏せさせた。年の頃は五歳になるか、ならないか。 「‥‥う、うう、うあぁぁぁ」 それまで正気を失っていた琴音が、声を上げて泣き始めた。泣きながら何度も呼んだ名前は、恐らくこの子の事だ。彼女は子供と廃屋に閉じこめられていた。見つけた時は子供を抱えていた。共に閉じこめられていた、と考えるべきだろう。 そして子供は死んだ。 「‥‥あなたの所為じゃないわ」 同じ志士として、天霧は琴音の状態を考えた。 出入り口は瓦礫で閉ざされていた。周囲に屍人が取り囲むように立っていた。琴音が志士といえど、感じ取れるのは存在だけ。敵の能力までは判別できない。脱出を試みたとしても、衰弱した身で幼い子供を抱えて闘うのは、分が悪すぎる。 琴音は助けを待つしかなかったはずだ。 きっと励ましただろう。助けが来るから大丈夫よ、と繰り返したに違いない。 為す術もなく闇の中で冷えていく子供の体が、どれほど琴音を打ちのめしたかは――想像を絶する。 「あなたの所為じゃない、あなたの所為じゃないの‥‥あなたは守ろうとしただけよ」 琴音は泣いた。守れなかった、と繰り返した。 秋桜が背をさする。 「後ほど、改めて弔いを致しましょう。ね?」 頭を縦に振った琴音の顔は、憔悴しきっていた。 何があったのかを尋ねると、この亡くなった子供に此処へ案内されたのだという。 この子は数日前から姿が見えず、手分けして探そうかという時に、琴音の元へ顕れた。怪我をした捨て猫がいて、ずっと世話をしていたのだと言った。 『私じゃ持てないから一緒に来て』 子供らしい言葉。 気を許したのが間違いだった。 怪我をした猫などいなかった。廃墟にやってきてすぐ、出入り口は崩れた。 『おめでとう琴音様』 『誰? 一体なんなの!』 『裂雷様の命令だ。しばらくここにいてもらおう。選りすぐりの見張り番を、周囲に十二体ほど置いておくから。決して逃げようなんて考えないことさ。あんたなら気配が分かるだろう? 子供を抱えて強力なアヤカシの群と戦える訳がない‥‥ああ、ちなみに。その子は何日も水すら与えていないから、死ぬのは時間の問題さ』 人の無力をかみしめなよ、とその声の主は嗤ったという。 「ですが外にいたのは屍‥‥」 は、とジークリンデは口を押さえた。 これは罠だ。 門番は『強敵である必要はなかった』のだ。闇に閉ざされた空間だ。アヤカシを壁の向こうに沢山立たせるだけでいい。琴音ならば心眼で数が分かる。それで『発言の通り見張りがいる』と思いこむ。無理に突破した場合の危険を考慮すれば、琴音は大人しく留まる方を選んだ。そして助かるかも知れなかった子供を死なせた事実は、あまりに残酷だ。 「‥‥殺してやる。破壊してやる。許さない、許さない、許さない! わああああ!」 琴音の瞳は怒りに燃えた。 騙された事実は、琴音の形相を鬼女へと変えた。 このまま琴音を放ったら、何をしでかすか分からない‥‥と考えて萌月は夏葵の話を思い出す。 『春花がね、オトモダチは『この箱の中でないと生きられない』って言ってたのよ』 露草は言っていた。 『どうして彼だけ生還できたんでしょうか。考え過ぎだと、いいんですが』 憎悪を煽るのが狙い? 箱を破壊したいと思わせるように仕向けている? 単に琴音を誘い出す為なら、どうして子供を何日も前から浚った? 水も食料も与えずに時間を計ったのは、閉じこめられている間に餓死させる為ではないのか? 琴音は廃墟から出てくる危険はおかさなかった。彼女は闇の中で救えない現実に絶望する、そして助けられた時には『救えたかもしれない好機を逃した』事実を知るだろう。 重なった絶望。 我を失うことは目に見えている。 助けにこい、と。アレは嗤った。 生還したセリュサと琴音は恋仲だ。片方に何かあれば、もう片方は探すだろう。 露草の懸念は的中していたのである。 惨い仕打ちだ。 「このまま乗り込んでもアヤカシ扱いされるのは琴音さんに間違いないわね」 「それだけでなく‥‥相手の思う壺‥‥だと思います」 天霧と萌月は顔を見合わせる。 「会談を執り行わせない方針を選んだのは、適切だったかもしれませんね。一旦、戻りますか?」 秋桜が促す。まずは琴音達を安全圏である飛空船群へと護送しなければならない。 護送役をセリュサと秋桜、萌月の三人に任せ、天霧とジークリンデは花菱救出班に合流すべく、道を急いだ。 ところ変わって。 盗姫たる春花のいる狂信派の根城は、人通りの多い場所にあった。 元々は相当な金持ちか身分の高い者の屋敷だったに違いない。白塗りの平垣に囲まれた内部を伺い知ることはできなかったが、幸いにも此方は侵入に適した路を知っている。 弖志峰と煉谷、二人だけの侵入は心細さもあった。 だが、首尾良く琴音の救出ができれば天霧たちが追いかけて来てくれるはずだ。合流を待つ暇はない。予想が正しければ、花菱は一刻を争う状態に違いない。花菱を救うには、この高い壁を突破するしか方法はない。 「西に要人向けの扉がある。そこの門番を何とか出来れば、中庭に直結しているはずだ」 「気が重いなぁ。那流ちゃん早くきて〜」 「泣きごと言ってる場合ではなかろう。頼むぞ」 弖志峰の体が僅かに発光する。周囲にアヤカシの気配は感じない。目的の門には辿り着いたが、どうやって侵入するか考えていなかった。そうしたものかと弖志峰が振り返ると、煉谷が鍵開け道具を持って待っている。残る問題は門の裏の番兵‥‥と思いきや、弖志峰の足下にいた猫又の羽九尾太夫が、しかたがないのぅと言わんばかりに重い腰をあげ、肩に飛び乗ると、しなやかな跳躍で屋根に飛び乗り、奥へ入っていった。まつことしばし。 「ぎゃ! この野良、なにす‥‥うわ! ま、まちやがれ」 扉の穴から刺すような閃光が零れた。続いてあっちこっちにぶつかりながら人が走っていく足音がした。上手い具合に門番を遠ざけたらしい。煉谷が鍵を外し、気を配って侵入を試みた。そのまま中庭に続く扉も開け、木々に隠れて目的の部屋を目指す。 大勢の人間が、暮らしている気配がした。人の様子を伺いながら進むのは時間がかかった。 「花菱の部屋は離れのはずだ。池に回るぞ」 「わ、待って待って」 小声で話しながら、庭の植木を影にして目的地を目指す。辺りはすっかり暗闇に包まれていた。一歩間違えればずぶ濡れになる池の縁と建物の隙間を移動しながら、花菱の部屋の傍に辿り着く。煉谷が周囲を警戒し、再び弖志峰がアヤカシを探知すると、来る途中で見かけた廊下の大男二人はアヤカシであると分かった。淡い輝きが静まった、そのとき。 す、と障子が開いた。囚われの花菱である。 煉谷が音もなく踏み込んだ。花菱の口を押さえ、屋内に忍び込む。 「んん!」 しぃー、と煉谷が騒がぬよう指示を出す。障子の向こうでは弖志峰が心細そうに辺りを見回している。懐から取り出したのは、群雲からの手紙だ。花菱の顔色が変わるのが分かった。そっと手を放す。 「花菱様?」 廊下の方から声がした。 「なんでもないです。ちょっと夜風にあたりたいだけ。外には出ないから」 念を押すように声を上げた。廊下からの質問は、そこで止まる。花菱の憔悴具合をみて弖志峰が閃癒を施し、声を出さずに二人は花菱に語りかける。 ――――たすけにきたよ、ここから逃がしてあげる。 ――――それは群雲からの手紙だ。俺達を信じろ。 ――――だめなんです。私が逃げると、琴音ちゃんが殺されるって。 ――――案ずるな。本物のセリュサと仲間が救出に向かっている。 ――――君は利用されているんだ、このままじゃ危険だよ。 丁度その時、天霧とジークリンデが合流した。 先に狂信派の家族に生存を知らせてきて、遅くなったらしい。 猫又の羽九尾太夫がここまで案内を務めた。相変わらず強力な一発で遭遇する者達を眠らせてきたようだ。襖の向こうに大男に変じたアヤカシが立っていると聞かされたジークリンデはいつも通りアークブラストをお見舞いしようとしたが、ばれていないことを伝えて攻撃を止めた。このまま静かに逃げた方が、大事にならずに済む。 ――――私がいなくなったら、春花がひとりになってしまう。 留まる意志を示す花菱に、天霧とジークリンデが重ねて囁く。 ――――今まで都合良く利用する為に生かしてきた子よ。 ――――献上向き、との言葉からして生かしておくはず。殺されはしませんよ。 ――――花菱、父親を安心させてやれ。 煉谷の言葉に、はっと顔を上げた。託された手紙を胸に抱きしめ、こくりと首を縦に振る。飛空船の処には、仲間達が待っている。脱出を決め、花菱は床を蹴って庭に舞い降りた。ひらりとした身のこなしは、流石はシノビというべきだろう。 池の縁を渡り、中庭を通って、裏口を目指す。 追っ手は――こない。 「‥‥あっ」 花菱が声をあげた。 視線の先は、屋敷の二階。遠く離れたその場所に佇む、花菱と同じ年頃の女の子。 「春花」 その手に抱えている何かは、彼女の身長ほどもある細長く漆塗りの箱のような‥‥ 背筋に悪寒が走った。 「ダメよ」 杖を構えたジークリンデを、天霧が止めた。 「今はダメ。気づかれたわ、急ぎましょう!」 春花はじっと、煉谷達を見ていた。 追っ手がかかることを想定し、素早く屋敷から脱出する。 門の外では忍犬が待っていた。辺りに人の気配はない。弖志峰達は急いで走り去った。 革新派の方を担当した志藤と露草、ローゼリアと鳳珠はといえば、根城と一定の距離を保ちながら、中の人間をおびき出す方法を選んだ。気配を殺し、周囲を警戒する志藤と鳳珠がアヤカシの気配がないと判断してから接触を試みていた。 「チシャ、何度もごめんなさい。お願いします」 管狐を労う露草は、再びローゼリアから品を手渡されると管狐の首にくくりつけた。鳥や野良猫に姿を変えさせ、中から家族を捜し出す。そしてローゼリアは状況を説明した。 「ご家族は無事です。あなた方を心配なさっておりますわ」 泣いて喜ぶ者もいれば、困惑するものもいた。どうしても信じぬ者は、家族のところへ連れて行った。恐ろしく時間のかかる作業だったが、確実に理解者を増やしていく。 「みんなに伝えた方が」 「私達が致しますわ。気づかれると守れません。決して早まらぬように」 この忠告は、とても大切な役割を果たした。 いくら頼み込んでも相手は所詮、普通の人間だ。自分たちを纏めているセリュサが偽物であると分かれば、どうしたって挙動不審は目に見える。しかし極力日常を装わせることで、ひとり、またひとり、と屋内の偽セリュサの傍から人を遠ざけることに成功した。皆、家族が心配だった。不思議に思われても、深夜遅くになり始めていた為に『明日に備えて寝たそうです』と、気が回らないなりにもさらりとかわしていた。 そして。 「‥‥きます」 鳳珠が警戒を促す。 管狐のチシャに誘われて、ひとりの女性が現れた。 その後ろをひっそりと追いかけるのは、セリュサに瓜二つの男の顔。 ローゼリアは柳眉を顰めた。 「気づかれましたわね、どう致します?」 「ここは危険です。ひとけのない場所へ誘い出しましょう」 志藤の言葉に頷き、打ち合わせ、ローゼリアと鳳珠、志藤は走り出した。露草は物陰へ戻ってきたチシャに新たな命令を与える。上手く誘導し、あれを叩く為に。チシャは再び女性の前に戻り、ゆっくりと別の路へ誘導しはじめた。 露草は気づかれぬように息を殺す。 そして無事に通り過ぎたことを確認して、その場を離れた。 飛空船の傍にいる仲間達に、知らせなくては。 一方、刹那への状況理解を済ませた石動と神咲は戻ってきていた。琴音を救出したセリュサと秋桜、萌月も右に同じ。花菱を連れた煉谷と天霧、ジークリンデも無事に戻ってきた。弖志峰は怪我を癒すのが忙しい。しかし‥‥露草達の帰りが遅い。 心配になってきた所で、露草が森を抜けてきた。 偽セリュサに動きが気づかれ、別の場所に誘導したと聞いて、一旦顔を見合わせる。 「私は残ります。誰かが守らねばなりません」 秋桜が此処へ残る判断をしたのは、正しかった。目を離したら、きっと琴音は走り出していただろうから。セリュサと花菱も此処へ残し、残りの者達は露草と共に走り出した。 ここで暗躍を阻まねばならない。 銃声が森に響いた。か細い女の悲鳴は、ローゼリア達のものではない。 「ちょこまかと‥‥逃げるしか能がございませんの? 生きて帰れると思わないことですわ!」 鳳珠は管狐が連れ出した女性を庇っている。 「生憎と皆さんは無事でしてね。あなたは隙だらけです!」 志藤の巨大な矛先が、偽セリュサの胴を二度も捕らえた。威力はそのまま敵を大樹に叩きつける。ずるずると地面に落ちる。 「無事か!」 遠くから煉谷の声が聞こえた。仲間達が走ってくる。 「大丈夫です。そちらは上手くいきましたか?」 志藤の質問に、刹那の生存確認、花菱と琴音の救出が済み、現在落ち着かせるために秋桜が残って様子を見ていると話すと、偽セリュサは不気味な笑い声をあげた。 「‥‥は、街を献上し、死体を増やす方は失敗か‥‥しかし」 ぐっと頭を上げた。 「最低限のことは成功したらしい。痛み分けというやつだな? ふふ、はははは」 偽セリュサは嗤いながら、霧散していった。形を無くした瘴気が大地へと降りそそぐ。 「‥‥戻りましょう」 残してきた者達が心配だ。 飛空船の所に戻ってから、力及ばなかった者達を煉谷は元気付けた。 「応報の機は訪れる。報いられるべき結果を重ねた以上、人が在る限り逃れられぬ。だがその前に、お前達は泣く幼子のような友の手を掴む存在になれ。アヤカシなど寄せ付けぬ程に、今以上に人として、友として結束し生きられるように、だ」 その姿を一瞥し、弖志峰は虹陣を見下ろす。 「大丈夫?」 天霧が声をかけた。 「うん。結局、追ってこなかったな、って思ってさ」 春花は、こちらに気づいていた。けれど追ってはかからなかった。 刹那が事情を把握し、各派閥の家族にも生存を伝え、偽セリュサを討伐した以上、明日の暴動は防げるはずだ。 けれど、偽琴音をそのままに、春花を残してきてしまった。 「春花は人として生きたいのか、アヤカシに阿り殉ずるのか‥‥確かめたいのは、全てを知った上での春花の意志なんだけど」 確かめようにも‥‥近づくことは難しい。 その頃、救出を知っていて妨げなかった敵陣はというと。 『やれやれ‥‥まあいい。見えたかい、春花。花菱は我が身の可愛さに、お前と琴音を捨てたよ。あれが、お前が家族だと言い張るものの正体なのさ』 「本当に家族なのか脅かして試そう、って言ったのは‥‥こうなるって知ってたからなのね」 『言ったじゃないか。私だけがお前を理解している。私だけが何があってもお前の傍にいるのだと。どうだい春花、姿形を真似るだけなら私の友達にはいくらでもできる。決して裏切ることのない真の家族だ。どちらを信じるべきか、明白だろう?』 「うん。もういい。もういいよ。よく分かった‥‥夏葵ちゃんと刹那ちゃんは義賊のことは大事だと言ってくれたけど、大事なオトモダチを紹介したのに理解してくれなかった。群雲やセリュサは、義賊なんてどうでもよかった。楽しかったのに。そんなことより大事なことって何? 花菱ちゃんは私を捨てた。琴音ちゃんも‥‥きっと同じね」 ぽろぽろと涙がこぼれた。 『でも好きだったのだろう? 傍にいて欲しいのだろう? 裏切る者は裏切らないようにすれば良いのだよ。私の言うとおりにすれば、愛してくれた頃の家族が、そのままの形で手に入るぞ。どうすればいいか、知りたいかね?』 「うん。今度はちゃんと、言うことを聞くわ」 夜は更けていく。 翌日の会談は行われず、生存者の件は内密に伝わり、暴動は起こらなかった。 元開拓者の六人は無事な姿で生還したが、春花はアヤカシと共に屋敷へと残された。この夜を境に、狂信派の屋敷から、何かと理由をつけて人々が屋内から消えていく。琴音が偽物だと伝えたからだろう。色々と気になった神咲が猫又のリデルを狂信派の偵察に出した。これにより重大な異変を察知する。 この後、春花は忽然と姿を消すことになる。 |