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■オープニング本文 誰も味方はいなかった。 毎日、薄暗い蔵から空を恨んだ。 神よ、世界よ。私が一体、何をしたというの。 許しを乞えば『やかましい』と叩かれる。誰も救ってくれないの。 できることは鼠相手に話すだけ。 『なんと冷たい奴らだろう』 ‥‥だあれ? 『私は蔵に眠るもの』 ケモノなの? アヤカシ? 誰でもいいか。 私をあげるから、あいつらを殺してよ。 『悲しいことをいうな。運命に遊ばれた娘よ、私を唯一の友とせよ。 日々の苦しみを語り、外の世界を教えておくれ。 お前の願い、叶えてやろう』 オトモダチは、私に生きる術を教えてくれた。 言葉遣い、文字の読み書き。 奥様に褒められる術。ぼっちゃまが優しくなる言葉遣い。旦那様が何でも買ってくれる方法。女の子の着飾り方。商いで信頼を得る方法。男の人からの贈り物を貰う術。奥様の秘密の金庫に隠す技。二つの帳簿を使って、上手にお金を蓄える方法。決して疑われない失敗を隠す手段。 数年後、お屋敷は潰れた。 不倫と横領の疑いで奥様達が役人に捕まり、旦那様は庭の松の樹につり下がった。 私は未払いの給金として、ぼっちゃまからオトモダチを受け取った。貯めたお金で部屋を買い、お屋敷と同じ仕事を始めたら、周りには驚かれたけれど、みんな私を信じた。若いのに凄いね、偉いね、と褒めてくれる。 でも私以外は昔のままだ。 お友達に相談すると、酷い世界を救えといった。 二人なら絶対にできる、って。 + + + 五行の東地域は山脈に囲まれた湿地帯で、国内最大の穀物地帯として誉れ高い。 が、いつしか魔の森が北と南から浸食を始めた。 平穏を求めた人々は必然的に東区の中心に集まり、結陣行きの道には渡鳥山脈の横断を選ぶことになる。ケモノやアヤカシ領分に踏み込む山渡りは、命がけの仕事と言われてきた。その山道にも魔の森の浸食の兆しが現れると、開拓者を雇う人件費は勿論、運送の負荷は計り知れない。 金持ち達は次々に飛空船を購入し、安全な商いを再開したかに思われたが、五行の結陣と虹陣を結ぶ商いの飛空船の失踪事件が相次いだ。何週間も前に消息を絶った飛空船が、雨雲の影から現れて、次の飛空船を襲うという。 偶然生き残った商人の証言で、幽霊飛空船に乗った襲撃者達が、虹陣で有名な義賊『剣の華』だと判明した。 金持ちの家から盗みを働き、財宝を貧しい者達に施す。 己の自尊心と栄光欲、そして歪んだ正義感を満たす為に行われる身勝手な義賊の所行は、虹陣では咎められていない。というのも、どん底の虹陣に息を吹き込んだのが義賊『剣の華』だったからだ。 少し前まで、虹陣は高官の避暑地だった。 地元民との生活格差が開いた頃には治安が荒れ果て、街の治安を維持するはずの同心が権力を振りかざしたりと、公的組織は根こそぎ信用を失った。 圧政に立ち上がったのは年端もいかぬ幼い娘。 義賊を率いた彼女は、異様に賢かった。 最初は短絡的に金持ちを襲ったが、決して必要以上の財産を奪わず、殺生もしない。そして手に入れた金品を、貧困層へ平等に配る。次々と打ち出す改革は大人顔負けのものばかり。里の頂点に辿り着き、新しい未来を目指したはずだった。 異変がおきた。 住民と手を取り合っていた義賊『剣の華』が、暴力と恐怖の支配を始める。 瞬く間に勢力を拡大し、田舎に裏社会を作り上げるまでに急成長をとげた。かつては嫌った殺生に、ためらいがない。金持ちから根こそぎ奪って、一人残らず殺し、痕跡を消していく。 渡鳥金山で遭遇する幽霊飛空船で見た顔も、少女を守る六人の一人に違いないと。 初夏の頃、事態を収拾すべく、十名の開拓者が派遣された。 商人に扮して、幽霊飛空船を撃墜せよ。 結果、一部の首謀者を捕まえたが、驚くべき事に元開拓者がいた。 取引の末、ナツキと呼ばれた元開拓者は淡々と経緯を語りはじめた。 当時まだ開拓者だった彼らは、同心達の要請で虹陣に訪れた。悲惨な街の状況を知り、幾度化の衝突の末に非力な義賊に力を貸すことを決意し、街の正常化に尽力した。全てが終わり、八名の開拓者の内二名は旅立ち、六名は開拓者の身分を捨て、義賊を率いた少女『春花』のもとに残った。 未来永劫繰り返すアヤカシとの戦いよりも、離れがたい一つの場所に根を下ろすことを選んだのである。 共に笑い、共に泣いた。辛く厳しい日々を過ごした。 満たされた。愛していた。かけがえのない家族だった。 「‥‥いつだったかな、春花は私達と距離を置くようになったの」 口数が減り、一方的な要求が増え始めた。 年頃だからと見守ったのが間違いで、状況は悪化の道を辿る。 やがてナツキ達は見つけた。春花が『おかしなモノ』と会話する様子を。 「どうみてもアヤカシだった。春花はオトモダチだって庇ったわ。小さい頃から一緒にいて、自分を助けてくれて、家族を作ってくれたんだって。話にならないから実力行使を試みたけど、歯が立たなかった。その箱、傷一つつかないの」 春花曰く、オトモダチは『この箱の中でないと生きられない』と話したらしい。 さらに奇妙なことを言い始めた。 オトモダチは仲間の精霊と話ができる。春花を嫌う者達が箱を開けてオトモダチを殺そうとしている、だから先に箱の鍵を手に入れないと、一緒にいられなくなると。 「春花は手下を使って豪商を襲い始めた。でも鍵は見つかってない。私達は妥協案を出した。代わりに探してあげるから、もうやめて、と。その夜、春花が寝てからアレは言ったの『この箱に守られる限り、お前達の力は届かない。信じもされない。じきに春花は美しい娘になる。献上向きの器に育ってくれた。さぞ歯がゆかろうな、これが時間の重みというものだ』って‥‥絶対に箱を開けてぶっ潰す!」 時々感情が爆発して話が進まない。 「だからって、どうして飛空船ごと奪ったりなんか」 扉が開く。 走り込んできたのはギルド職員だ。 「急いで精霊門で五行の結陣へ。現地で狩野 柚子平(iz0216)さんが中型飛空船を手配してくれます。一刻も早く山を越え、東の虹陣方面へ向かってください!」 「急に何故?」 「山肌で大きな炎が。十五隻の小型飛空船の傍で、鬼火6体と炎鬼が確認されています。里に来る前に、急ぎ退治を‥‥」 「うそ。集めた飛空船には春花に反発して、街から追い出された人達が住んでるの! 早く助けにいって!」 広葉樹が真っ赤に燃え上がる。 コの字型に置かれた合計十五隻の飛空船。 炎は角の二隻から燃え上がっていた。複数の鬼火が火炎を吐く。 けれど逃げることはできない。 森から体に炎を纏った大柄な鬼が現れて、じっと船内を見ていた。 コの字の中央広場に立ち、出てくる者を襲おうと待ちかまえている。 炎鬼に立ち向かう者は、誰もいない。 「ははは、燃えろ燃えろ」 不気味な声が、船内から響いていた。 |
■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
露草(ia1350)
17歳・女・陰
弖志峰 直羽(ia1884)
23歳・男・巫
秋桜(ia2482)
17歳・女・シ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
煉谷 耀(ib3229)
33歳・男・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 結陣を出発した飛空船が、問題の山肌に近づく。 コの字に置かれた十五隻の飛空船。黒煙を上げて赤く燃え上がるのは角の二隻に他ならない。山肌の風に煽られてか、火の手は広がっていくばかりだ。飛空船を手配した狩野 柚子平(iz0216)は突風に煽られながら、船体脇の貨物用扉を開け放った。 「いいですか! この船はあそこへ着陸できません! 山麓で待機していますからね!」 「今はまず人を助けるところからですか‥‥参りましょう!」 志藤 久遠(ia0597)は炎龍の篝に跨り、床を蹴る。ジークリンデ(ib0258)も炎龍を操り、空へ飛び出す。続く萌月 鈴音(ib0395)は炎龍の鈴の手綱を握り、鳳珠(ib3369)は駿龍の光陰を頼りにし、弖志峰 直羽(ia1884)は甲龍の天凱と現場を目指す。 露草(ia1350)も甲龍の鬼薊に乗ったが、‥‥イヤな予感を口にしていた。 「救助を邪魔するものがアヤカシだけであればいいのですが‥‥今は救助を急がなくては!」 大空へと舞う。秋桜(ia2482)は忍犬の恋を連れていた為、煉谷 耀(ib3229)の好意で駿龍の若月に相乗りさせてもらうことになった。相乗りの為にやや動きは劣るが、真下まで落下せずに運ぶことは可能だ。 「私達も参りますわ、ガイエル。準備はよろしいですか?」 「さ、いくわよ、炎生」 ローゼリア(ib5674)は駿龍に、天霧 那流(ib0755)は炎龍に乗って飛び出した。 『ナツキさん、聞いても良い?』 出発直前、天霧と煉谷は立ち止まって拘束された夏葵に語りかけた。 『剣の華の仲間が現れたとしたら、救助を手伝ってくれると思う?』 『率直に聞く、仲間にお前と同じ考えの者はいるか? 斬り合いとなれば加減が出来るものではないが、助ける手立てを探すならば人手がいる』 『出来れば、対決することなく協力したいんだけど。あなたからの言葉だと判っても難しい?』 力無く椅子に腰掛けた夏葵は『分からない』と繰り返す。 多くの仲間は春花と夏葵達六人を心から慕い、家族と呼ぶに相応しい信頼関係を結んでいた。しかし春花が豹変してからというもの、剣の華に派閥が生まれた。 豹変した春花を盲目的に信じる狂信派。旧来の状態をまだ継続すべきだと考える保守派。剣の華を解体し新しい道を模索すべきだと主張する革新派。これら三つの派閥の頂点にいるのが、元開拓者達に他ならない。 『私は保守派。一緒に捕まった群雲は革新派ね。保守派と革新派なら人助けはしてくれるでしょうけど、狂信派は春花の意志一つよ。仲間より春花を優先するはずだから』 天霧と煉谷は顔を見合わせた。天霧は『教えてくれてありがとう』と肩を叩く。 『遭遇した相手次第だな』 『そのようね。‥‥ナツキさん。血の繋がりを超えた家族のこと‥‥素敵な事だと思うわ。でも、忘れないで。間違った道を止める事が出来るのは又家族だという事を』 そう告げて天霧達は旅立った。 見下ろした広場に佇むのは、炎鬼一体のみ。しかしこの火の手だ、油断はできない。 「ガイエル! 皆が降りつくまで待機しますわ」 炎鬼は接近する龍に火炎を吹きつける。熱風が龍の接近を妨げると判断したローゼリアは、仲間の攻撃を支援する為、長銃で発砲した。威力に欠けるが、気をひく事が狙いだ。 「悠長にしていると火炎で撃墜されかねませんね」 志藤は炎鬼の吐く火炎を見るや、大身槍を天高く掲げて精霊の加護を身に纏う。篝の急降下で高度から炎鬼へ突撃をかけた。振り払われつつも降りた方が有利と判断し、炎鬼との間合いを気にしながら地上へ降り立つ。 一方、萌月は大地へ降りると、鈴に再び舞い上がり、一帯を旋回するよう命じた。新手に襲われては、救出もままならない。萌月はローゼリア達と共に炎鬼の殲滅にあたる。 「炎鬼の姿しか‥‥見えません。‥‥敵は、既に船内に入り込んでいるみたいです」 第一陣から少し離れた鳳珠は光陰に乗ったまま上空から瘴気を探った。炎鬼は勿論だが、鳳珠が探れる距離は限られており、全てを調べることはできなかったが、確かに感じる気配、それは船内に潜む脅威に間違いない。 「火の手があがっている船内に気配を感じます! お急ぎ下さい」 鳳珠はそのまま避難予定地へ降り立つ。 叫びを聞いたジークリンデは、炎龍にのった北側の角で燃える船に、強烈な吹雪を浴びせた。鎮火を確認した天霧が、近い距離に降下を試みる。船内へ炎生を連れて行けないため、外で待機させ、動けない者の搬出を手伝わせる。露草もまた地上へ降り立った。 炎鬼の方は、弖志峰の天凱が全重力をかけてぶつかった。船から反対方向へとバランスを崩す炎鬼。その隙に、前に立つ志藤の肩に触れて、祈りを唱えた。一瞬、志藤の体を淡い光で包み込む。精霊の加護を身に纏い、志藤が重い一撃を打ち込んだ。 「そんなバカな!」 炎鬼はよろめきながらも立っている。 本来、天儀のあちらこちらで見つかる炎鬼は、今の一撃だけで体力の四分の一は削られる。既にローゼリアが発砲し、志藤の篝が突撃をかけ、弖志峰の天凱が体当たりし、志藤の重い一撃を受けながら、炎鬼にはまだ余裕すら伺えた。 普通じゃない。この炎鬼は、何かが違う。 「怯むな!」 重量の問題で遅れた煉谷は、若月に衝撃波を打ち込ませた。狙うは足下だ。 体勢を崩した隙に、煉谷と秋桜は着地する。住民を避難させるのは開けた東側だ。 「若月、皆を守れ、任せたぞ。救出にいく、炎鬼は任せる!」 怒号をうち消すように襲い来る猛烈な熱風。志藤は大きく飛び退いた。 「正直なところ、本当に炎鬼だけで終わるか不透明ですから。皆さん、お気をつけて!」 「炎鬼が暴れていては‥‥避難もできません‥‥片づけましょう」 萌月が弖志峰とローゼリアに視線で合図する。 素早く短銃に持ちかえたローゼリアは、萌月の後方に持ち場を構え、弾を撃ち込んだ。 「ここは私達に任せ、早く生存者の方々を! 久々に身が震えますわね」 炎鬼ごときに、負けるわけにはいかない。 火が消えている北の五隻を捜索するのは煉谷と鳳珠だ。 既に吹雪で炎が消し止められていたが、炎上した船内の角で身を丸めていた少年は、凍傷を負っていた。窓から吹き込んだ吹雪は、船内にいた鬼火ごと一緒に滅したらしい。だが威力が強すぎたのだろう。少年も一緒に凍死していたかもしれない。不幸中の幸いだ。 「心配するな。怪我は仲間がすぐに治してくれる」 「助けに来ました。立てますか?」 鳳珠が怯えをとくように手を添える。少年の救出を皮切りに、二人は次々と東に向かって一隻ずつ調べていった。煉谷が感覚をとぎすませ、鳳珠はアヤカシの存在を感知する。 氷柱を食らった頼りない鬼火は、炎鬼と違ってあっけなく砕けた。 「まずは2体」 新たに萌える東の飛空船。東の五隻を捜索するのはジークリンデと天霧だ。 再び吹雪を浴びせるべく構えたジークリンデを「待って」と止めた。心眼で中の様子を探った天霧は、熱を帯びて歪んだ扉を固定している金具を、海冥剣で叩き切った。蹴り倒した扉の向こうに、身を寄せ合う家族がいる。 「早くこっちへ!」 船内に蠢く二体の鬼火。それを不愉快そうに眺めるジークリンデに、消火と殲滅を任せ、天霧は怯える家族を連れだした。 「お仲間の方は大丈夫なのですか? あんな女性おひとりで」 自分たちより中に残ったジークリンデを案じた女性の目の前で、爆音が響く。 炎上していた飛空船から火の勢いが消えた。 呆然と立つ住民達を見た天霧が「大丈夫です。こっちへ」と安全な場所へ誘導する。 未だ燃え続ける南の飛空船を捜索するのは秋桜と露草だ。 秋桜は感覚を研ぎ澄ませ、露草は人魂でくまなく調査し、火元の発見を急ぐ。 まずは火の手が上がっている角の飛空船から踏み込んだが、鬼火の相手を秋桜が担い、露草が「ギルドより救助に参りました」と短く告げて、人々を避難させていく。 「小物と遊んでいる暇はありません。私と出会ったのが運の尽きですわ」 手裏剣と忍刀が、鬼火を分かつ! 北班や東班もそうだが、今回、戦い慣れしている者達ばかりである為、救助の手間こそあれど、数匹の鬼火など恐れるほどの相手ではない。それは炎鬼にも同じ事が言えたはずだが、何処か炎鬼は散々攻撃を受けながら、各班が二隻目の救出を終えても立っていた。 「もう倒れてもいいはずですのに‥‥あの炎鬼、どうなっているのでしょう?」 秋桜の双眸が炎鬼を捕らえる。露草は首を振った。 「分かりませんが、普通と違うのは確かな様子。あんな耐久力をもっているはずが」 ない、と言いかけて「ギャンッ!」と忍犬の悲鳴が聞こえた。一瞬、目を奪われた隙に、次の飛空船に向かったはずの忍犬は、体に少々の怪我を負いながら、新たに燃え始めた船内に向かって、うなり声をあげていた。 鬼火の時とは様子が違う。 「あれ? 此処を護っていたカイタクシャは始末し終わったと思ったんだけどなぁ」 炎の中に揺れる人影。その口元が蛇のように吊り上がったのを、露草達は確かに感じた。 ずん、と大地に倒れ込んだ巨体がある。 肩で息を吐く志藤達の目の前で、異様な耐久力を持つ炎鬼が砂のように砕けて大地へと還っていく。強敵だった訳ではないとはいえ、当初の見込みより強かったことは見通しを立てにくく、押さえ役の神経をすり減らした。 いざ救助に専念しようとして、後方からの熱風に目を疑う。 南の一隻から、露草と秋桜が大きく飛び退いて間合いを取っている。 緊迫した空気が漂っていた。もしここで剣の華の者と出会ったなら、小言も含めて色々問いかける気でいた秋桜も、そんな気は相手を見て一瞬で失せた。露草と二人、瞬きをする一瞬すら気が抜けず、じっと様子を伺う。 燃える船内から現れたのは一人の志士、の様だった。 遠方から様子を見ていたローゼリア達は、もしやナツキの仲間だった六人の一人ではと考え、口々に敵意はないと主張し、協力を仰ぐ。 「この状況で人同士で争いたくはありませんのっ!」 ローゼリアが叫ぶ。 志藤は「夏葵殿の頼みで助けにきたわ」とだけ告げて見守った。 相手の様子がおかしい。 少しずつ奇妙な空気を感じ取った煉谷が問いかける。 「さて‥‥斯様な場所で何をしているのか。何故、手伝わない」 「ね、貴方も春花が大事なんでしょ? 本当に春花をアヤカシから助けたいなら、手を結ばない?」 黙っていた相手は「へぇ」と口元をつり上げる。 「夏葵‥‥ってこたぁ。その様子だと、見あたんない、あの小娘といけ好かない男は開拓者のギルドに捕まったって訳ね。昔の同胞に捕まる、あはっ、バっカみたい。あはは、あははははは! 裂雷様の勝手に自滅する、手間が省けるってこういうこと! さっすが」 不愉快な笑い声だった。 「あー、おもしろ‥‥っとと、こういう笑い方はしないんだったっけ? でも六人の知り合いがいるわけじゃないし、口調くらい、いっかぁ。‥‥お前達、春花のことはあきらめろ‥‥っていっても、きっと助けにくるんだよねぇ? カワイソーなのは見捨てられないんだってねぇ? 頑張って働けばいいよ。春花を助ける為に動いて、お眼鏡にかなえば、春花の為のお人形の価値はなくても、孤独と絶望がいっぱいもらえて、きっとこっち側に下るだろう? 裂雷様の宿り身の座は譲らないけど、未来の私の手下だ。モッチロン応援するさ」 「‥‥宿り身の座?」 「最強の宿り身の一つになるのは、この私だ。羨ましいだろ?」 歪んだ微笑みの娘は、獣の様な跳躍で飛空船の真上に飛び上がった。 「おぃ、まて!」 「まぁたなぁい。仕事は済んだし、ばいばーい、カイタクシャ。そのうちまた会うよ」 不気味な言葉を残して、娘は暗闇の森の中に走り去った。追いつく事はできなかった。 炎は鎮火し、誰一人死ぬことなく救出は済んだ。 火傷や凍傷を負った者は、治癒符や精霊の唄で大事に至ることなくすんだ。食事や水を飲ませ、危険が遠ざかったことを保証し、何があったのかを詳細に訪ねる。 しかし困惑した人々の会話より、何より開拓者達が驚いたことは、上空を旋回していた萌月の炎龍、鈴が発見して銜えてきた、虫の息の男だった。 全身に酷い火傷を負っており、もし発見できなければ死んでいたであろうことが容易に想像できた。弖志峰の閃癒により傷が癒され、火傷が修復されていくと、現れた顔を見て住民達が悲鳴を上げた。 「セリュサ様! どうして」 「セリュサの旦那! あの旦那がやられるなんて。一体誰に」 その名前は、初夏の頃、とある十名の開拓者達が幽霊船の一件で取り逃がした賊の一人であり、その後行方が分からなくなっていた魔術師の名前だった。萌月が恐る恐る訪ねる。 「‥‥あの、‥‥もしかして。この人、剣の華に残った‥‥元開拓者の方、ですか?」 「はい、そうです。昨夜、‥‥琴音さんを説得してくると里に下りたままでして。まさかこんな状態になっていたとは露知らず」 「琴音とは何者だ。同じ開拓者か」 煉谷の質問に、住民達は困惑した顔を見合わせて目を伏せた。 「‥‥はい、天笠琴音様。セリュサ様と恋仲でした」 「‥‥でした?」 「春花様がお変わりになってから口論が増えてしまって。セリュサ様は群雲様と同じ革新派、琴音様は狂信派の立場になられたもので、セリュサ様は幾度となく説得を試みておられた事までは皆が知っております」 「その天笠さんがどちらにいらっしゃるか、ご存じですか?」 秋桜の何気ない質問に、口を閉じた大人達。少女が焼けこげた飛空船を指し示す。 「‥‥さっきの、コトネおねえちゃん」 絶句する面々と、眉をしかめる煉谷たち。 「剣の華の仲間ならば、過去の志は捨て去ったようだな。」 「昔のおねえちゃんは、やさしかったもん! あんなのおねえちゃんじゃないもん!」 少女の小さな手が秋桜と煉谷の服の裾をつかみ、森に消えた琴音を庇う。 炎の中から現れた、謎の娘。不気味な言葉を吐いたあの娘が、六人の中で最も春花の傍らにいる二人の一人であるのだと。かつては家族のように親しかった娘に火を放たれ、殺されかけた事実を受け止めきれない幼子達を、露草が優しく抱きしめた。 泣き疲れて眠るのを待って、彼らは火が放たれた心当たりなどを訪ねながら、その日は彼らの元で夜を明かすことになった。 ばちばちと焚き火の炎が揺れていた。 船で休んで再び襲われてはたまらないと、露草達は広場の薪を囲んで頭を悩ませている。 「もしも彼らが当初の志を忘れていなければ、手助けしてくれるかもしれない、そんな期待を抱いていましたが、先ほどの件‥‥子供達には、心の傷になるかもしれませんね」 子供の泣き声が耳に残る。煉谷は腕を組んで炎を眺めた。 「魔に取り込まれた姫と、その友たち、か。どう思う」 弖志峰が炎の中に薪を一本放り投げた。 「‥‥心変わりしちまった親愛なる姫は、アヤカシに唆されてた‥‥って事情なのは分かった。けどさ、心の隙間に入り込んで懐柔し、信頼を勝ち得た事も、全て謀、と分かっちゃいても‥‥糺すのは容易じゃない。姫さんが、強くアヤカシを信じている限りはなぁ」 相当、頭のキレる敵であることは志藤達も気づいていた。 「ええ、時間をかけて孤独な少女の心を蝕んだアヤカシの毒‥‥根は深いにしても、だからと諦めてはそれこそアヤカシの思うツボ。時間という札では相手を上回るのは至難ですが、それならば他の札で超えるしかないと感じてはいます」 「だよなぁ」 弖志峰は膝を抱える。裏切りの友人なんかより、ずっと彼女を必要としてる人達がいる。その事実をいつか届けたいと考えてはいても、いつかは果たして「いつ」になるのか。 借り物の湯飲みに茶を注ぎながら、秋桜は溜息を零す。 「正気に戻せたら言いたいお小言が溜まるばかりではありますが、あのセリュサという魔術師も、いかなる手段を用いれば現状の打破に繋がるか‥‥真剣に頭を悩ませている様子。歩み寄れる余地はあるものと感じました。お茶をどうぞ、天霧様」 「ありがとう。‥‥そうね。彼に『このままでいいの?』と聞いたら『いい訳がない』と答えたもの。夏葵さんが話してくれたのも彼女を助ける為だと言ったら、分かってくれた」 しかし彼は既に犯罪者の一員だ。連れ帰れば、夏葵達のように捕らえざるをえない。 全てが終わるまで待ってくれ、とは、頼まれたけれど。 秋桜は湯飲みの水面を、じっと見つけた。月が水面に揺れている。 「気付かない速度で、徐々に蝕んでいく異変‥‥義賊がいつの間にか形を変え、犯罪者集団に、などと。実に、怖いものですね‥‥」 「今回は、普通の変化ではないようですが」 開拓者達を笑った志士の琴音は、住民達曰く『まるで別人』だと言う。 「無知な人間を焚き付けて、己の力を取り戻さんとするアヤカシの策謀、と読みますね」 ジークリンデはセリュサに色々と訪ねてみたが、ナツキと全く同じような話しかきけなかった。この辺の質問は萌月の質問にも似通った所は多かったが、予想を決定付けるような発言には辿り着かなかった。 「それは分かっていますが、春花さんだけでなく、六人も順番にたぶらかされているとか」 「私としましては、別の可能性もあると思いますわ」 ローゼリアは茶菓子を口に放り込みながら、アヤカシの群がやってきた西の方角を一瞥する。 その向こうにあるのは、渡鳥山脈。 魔の森の侵食が酷い地域だ。 「色々と込み入った事情があるようですが‥‥最近、五行の東地域でアヤカシが人と入れ替わる事件が多発しておりますの。覚えのある方もいらっしゃるかと思いますが、‥‥先ほどの会話を思い出すと、琴音さんが豹変したというより、何者かが琴音さんに化けている、と考えた方が自然だと感じます。この場合、どこかに本体が捨てられているのか」 ちらりと、ローゼリアは天霧を一瞥する。 天霧は以前、入れ替わって殺された人間達を見つけだした経験があった。 「‥‥もし、入れ替わっているとすれば、何処か人目のつかない場所に本人の体がある可能性は高いわ。まだ生きているかもしれない。‥‥どちらにせよ、盗姫がアヤカシの呪縛に捕われているなら勿論、開放を手伝うわ。アヤカシの思い通りになんて、なるもんですか」 ばきん、と薪が割れる。 義賊『剣の華』に潜む、アヤカシの企み。 恐るべき脅威の猛攻は、まだ始まりにすぎなかった。 |