【農場記】言無姫の悪夢
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
EX :相棒
難易度: やや難
参加人数: 12人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2012/04/19 22:49



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 何故こんなことになったのだろう。

 きっかけは他愛もない招待状だ。
 こんな雪深い季節に、何故と思いはした。けれど。
『ね、一緒にいこうよ。きっと楽しいよ』
 だから出かけた。
「大丈夫……だよ」
 腕の中で弱った声がした。呼吸が浅い。血の匂いがする。
 でも私には詳しく分からない。
 一緒にいた人妖の炎鳥が「助けを呼んでくる」と叫んで遠ざかった。
 徐々に冷えていく気温が、時の経過を知らせるだけ。
「だい……」
 声が途切れた。
 炎鳥が戻る気配がない。何かあったのかもしれない。人妖は珍しいから、誘拐は珍しくないときいた。今『家族たち』は農場にいない。時間通りに帰らなくても、誰も探してはくれない。
 不安と恐怖で心臓が押しつぶされていく。
 どうしよう。
 どうしよう。どうしよう。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう……

 誰か。

「………………て」

 お願い。

「……けて、たすけて」

 父は死んだ。
 母も死んだ。
 今度は弟まで奪うというの?

「助けて! 誰か助けて! 神様ぁ!」

 かつて私は何度も神に祈った。
 けれど神が助けてくれた事なんて一度もない。

「けが人がいるの! 目が見えないの! 神様じゃなくてもいい! 魔物でもアヤカシでもなんでもいいから! なんでもするから、この子を助けて!」

 それは。

「今、アヤカシでもいい、といいましたね?」
 背筋も凍る、冷たい美声。
「アヤカシの代わりに、私が助けて差し上げますよ。ミゼリさん?」
 声を取り戻した代償は、あまりにも大きいことを知る。


 +++


 農場の人妖ブリュンヒルデから毎度の依頼が届いたのは、雪が溶け始めた頃だった。
「8月に植えた二月末収穫の人参は、一度雪が溶けて晴れた四日間に、皆で収穫しました?」
「へー…、2畝分あったよな。どこに置いたんだ」
「雪のとこだな」

 経営状況を見直すと、前回の忙しさを思い知る。
 前回、祭屋台に参加し、加工品と収穫物を売りさばいた。

 売却物は塩卵100個、マヨネーズ9L、牛乳432L、紫蘇味噌150g瓶10個、葱味噌500g瓶80個のうち50個が売却、塩漬け大葉1600枚は味噌と一緒に握り飯に活用し、握り飯2個入りを一日で600セット売りさばいた。大根煮は好評。蜂蜜はミルク粥の大鍋にかなり使った。苺ジャム500g瓶35個も屋台で使い切った。古い蜜蝋蝋燭は売り、新しい蜜蝋蝋燭も作った。

 収穫した2畝分の法蓮草は納品へ。142本収穫した大根の半分は屋台や販売で使ったが、残る大根72本は白菜80玉と蕪190個と共に雪の中に貯蔵してある。200本の人参も雪で覆ったらしい。

 現在放置した畝は12本に及ぶが、連作内容の整理と相談が必要になる。
 雪が完全に溶けた五月頃に相談だ。

「今回は……世話と加工品と一部収穫か」
 今回は1畝分の緑花椰菜、1畝分の牛蒡、1畝分の玉菜だ。
 総作業量75M。全員総出で約1日。さほどでもない。

「いっそ例の男手を頼む? 一日一人100文で5人まで貸してくれるって話じゃない? 前日に言えば、翌日にはって話だし」
「悪くないですね」

「あの、収支の欄をみせてください。前回のと比較して計算しておきます」
 前回財産81088文。
 特別加算財産が集金5000文と雪若賞金48000文。
 前回の納品や屋台総売上が7407文。
 従って現在総額は128995文。
 しかし計上赤字は−257432文なので、損を取り戻すにはまだ努力が必要だ。
「……ん?」

 何故か『一刻も早くきて』と書かれていた。
 急いで農場へ来てみると……ミゼリや杏どころか、人妖の炎鳥まで不在。

「ミゼリが五日後に結婚!?」
「私も訳わかんないの。杏は医者のトコにいて、命に別状はないんだけど、何故か意識が戻らなくて。それにー…」
 ヒルデが説明をしようとした刹那、戸が叩かれた。
 扉の向こうに立っていたのは如彩四兄弟の末弟、虎司馬。
「こんにちは。お届け物です」
 人妖の炎鳥を手渡された。ボロボロだ。
「貴様、何をした」
「私は闇市で高額売買されていた彼を保護しただけですよ」
 虎司馬曰く。
 昨今の白螺鈿では裏社会が根付き、それを駆逐する為に兄弟達も密偵を使わし、同心達と手を取り合い、日々戦っているそうだが、先日闇市の競りで、盗品が売りに出されると聞いて乗り込んでみたら目玉商品に見覚えのある人妖が商品だったという。
 即ち、炎鳥だ。
「一大事でしょう? 摘発の際、彼を持ち逃げされては困りますので計画を中止し、50万文で競り落とし、此処へお連れした訳です。特にお代は請求しませんよ。これも全ては大事な婚約者の為ですから。結婚すれば我々は家族も同然。愛する人が困っていたら手助けしなければね?」
 腹の立つ笑顔で告げると、招待状を手渡した。
「是非皆さんもご出席を。心からおもてなしをさせて頂きますよ」
 言うだけ言って、去っていった。


 牛乳を飲みながら、炎鳥の話は始まった。
「あの日、一枚の招待状が届いたんだ」
 懇親会の招待状だった。場所は渡鳥金山の山麓。差出人は養蜂組合。だからてっきり養蜂家の芳茂が紹介してくれたのだと思った。なんと交通費にと馬貸し屋の往復無料券まであった。
『ご姉弟でどうぞ、だって』
 折角の好意を無下にはできない。
 杏とミゼリと、お目付役に人妖の炎鳥が同行して出かけた。
 もふらを荷車に繋いだ、ゆっくり歩く便を選び、山麓に辿り着いて、地図の目印を目当てに歩いた。
 しかし屋敷が見つからない。挙げ句、沢へ転落。杏は重傷。
「俺、解毒は使えたけど、神風恩寵はヒルデに頼ってたから」
『日が暮れる……誰か呼んでくる! 二人とも待ってろ!』
 炎鳥は考えた。来た路を戻り、山に入りなおして養蜂家の芳茂を呼んだ方が、救助は早い。そこで人魂と暗視を駆使して、芳茂の家を探し当て、事情を説明すると、養蜂組合も懇親会も存在しないと言う。
「やな予感がして、一足先に戻ろうとしたんだけど」
 途中、狩人に襲われた。
 度重なる捜索で練力は底をついていた。
「あとは暴力、速攻で競り。でも売られる途中で聞いたんだ」

『確かに情報通りの人妖だ。いくらの値がつくか楽しみだな』
『新しい情報屋も悪くないな』
『真珠亭にいる、あれか。黒猫の面かぶってる』
『ああ。ウチは伝手が多くて上に顔が利くんです、なんて最初は法螺かと思ったぜ』

「どう考えても、来るの知ってた、よね」
「ハメられたんだと思う」
 言いながら、炎鳥は汚れた招待状ともふら便の半券、未使用の片道切符を取り出した。
 じっと見てみる。
「この貸し馬の、本物らしいな。境城家の割印が押してある。発行者署名は天奈、山道を管理している兄妹の妹だ。これは、鬼灯と白螺鈿間の通行料の支払い証書もかねた高額切符だ」
 滅多に出回る代物ではない。
「計画的な匂いがぷんぷんです」
「右に同じく」

 さて、どこから始めよう?


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
若獅(ia5248
17歳・女・泰
ロムルス・メルリード(ib0121
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898
23歳・男・騎
桂杏(ib4111
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351
10歳・女・泰


■リプレイ本文

 話を聞き終えた直後、久遠院 雪夜(ib0212)は絶叫した。
「ふっざっけんなーっ! いいよ、なら戦争だ。ボクの家族に手を出してただで済むと思うな」
 今にでも殴り込みに行きそうな久遠院を、蓮 蒼馬(ib5707)が「落ち着け落ち着け」と背から羽交い締めにして、娘と一緒に宥めている。仕方がないので、ミシェル・ユーハイム(ib0318)が話を聞きながら、蓮と運び込んだ薬草関係を棚に終い始めた。
「こんな事、絶対に許せないです。して良い事と悪い事があります」
 俯く鈴梅雛(ia0116)と一緒に白 桜香(ib0392)が声を張り上げた。
「そうです! 卑怯な罠で家族を人質に、ミゼリさんに結婚を強要するなんて許せません! 絶対証拠を見つけてその結婚阻止です! ミゼリさんや杏さんが心配です。特にミゼリさん……あの虎司馬の所で色々吹込まれ怯えてるのでは……」
 ブリュンヒルデ曰く、ミゼリは婚礼の衣装合わせの為に、如彩屋敷に滞在中とのことだ。
「杏を傷つけて、ミゼリに望まない婚姻を迫って……自分が成りあがる為の道具に使うなら、絶対許さねぇ」
 若獅(ia5248)も同意見らしい。
 その隣で仁王立ちのマハ シャンク(ib6351)からは尋常ではない殺気が漂っていた。
「全く、下らん事ばかりだ……しょうもない問題に、ミゼリを巻き込むとはな」
 幾度と無く、辛い試練を課す世界を呪いたくなる。
「やってくれるわね、あの男」
 感情を露わにする仲間達が多い中で、ロムルス・メルリード(ib0121)が、元凶の虎司馬を思い浮かべて苦虫を噛み潰したような顔をした。
「しばらく動いてねぇと思ったら……俺があの時一緒に行ってればこんなことにはならなかったっつーのに、くそっ」
 酒々井 統真(ia0893)の脳裏に浮かぶのは、別の用件で農場を訪れた時の杏の笑顔だった。招待状が来たから三人で出かけるのだと笑っていた。一緒に来る? と尋ねられ、急ぎの用があっていけないから、気をつけてな……と送り出した。
「過ぎたことを責めても仕方がないわ」
 自責の念にかられる酒々井の肩をメルリードが叩く。
「今は時間が惜しいもの。式まで後五日ないのよ。そうでしょ、ネリク」
「確かに洒落になってない状況だな……流石にミゼリをとられるわけにはいかないし、どうにかしたいところだが。みんなどう動く?」
 ネリク・シャーウッド(ib2898)の問いに、桂杏(ib4111)が天井を仰ぐ。
「んー、なぜ虎司馬はミゼリさんと杏さんがそこにいる、って分かったんでしょう? 身動きが取れなくなる場所が決まってるからこそ情報が流せた、ということになりますよね」
 桂杏は人妖を「少し宜しいですか?」と手招きする。
 杏が沢に転落するまでの様子を質問した。
「なるほど……大体わかりました。では。杏さんだけが沢に落ちたということは、荷馬車に同乗せず歩いていたということですよね?」
「山の麓でみんな車から降りたんだ。これ以上先はいけないから、って言われた」
「そうですか。それと道中に農場から持参した物以外を御二人は口にされましたか?」
「いや、家のだけだ。無駄遣いになるから、って杏が……色々すすめられたけど」
 桂杏は「一度現場に行ってみるべきですね」と呟く。
「私、みんなが動けるように今から人手を頼んでくるわ。百家の話は今度にしましょう」
 メルリードが例の商家の所へ出かける支度を始めた。
「杏さんが何日も目が覚めないと言うのは、やっぱりおかしいです。ひいなはお見舞いに」
「私もいきます」
 鈴梅雛と白は杏の見舞いに向かう。
 半券を発行した天城天奈という女の所へは、酒々井と久遠院が向かうことになった。久遠院が「僕あの女苦手なんだよね」と頬を掻きつつも、今は個人的な好き嫌いを言っていられないと決断した。鈴梅は怒りを胸の内に抑えながらも、白と共に杏の見舞いにいくことを伝えた。
 なにはともあれ、やることは決まった。ハッド(ib0295)が唸る。
「むむむむ〜、我が心の友に手を出したコトを、虎司馬めに後悔させねばならぬの〜。ミゼリんを虎司馬とやらの魔手から奪還ぞ〜!」
 そうだよ! と久遠院が円卓を叩いた。
「絶対に叩き潰してミゼリちゃんを助け出す!」
「時間はないけど、このまま思惑通りにさせたりなんかしない……止めるわよ、みんな」
 メルリード達は急いで奪還の準備に取りかかった。


 まず商家に向かったメルリードは人を雇いたいと告げた。
「明日から四日間お願いします。明日は五人、以降は一人ずつで。基本仕事は農作業です」
「では一人100文で、合計800文頂くよ。よろしいかね?」
 メルリードが契約書に判を押して、農場の資産から800文を支払った。
「ところで、百家のお話について少し待っていただけませんか?」
「む?」
「今は農場を守る為に皆で奔走していて……手一杯と申しますか。無事にことが片付いたら改めてどうするか皆で話し合い、覚悟が決まったらお話を聞きに来るつもりでいます。そしてその時は、もしかしたら杏やミゼリたちも一緒かもしれませんが……」
 例えば、鈴梅のように『百家に関しては、話の内容次第ですが、協力は惜しみません』といった声もあればまだ迷う者も多い。メルリードが「申し訳ありません」と頭を垂れると老人は、白い髭を撫でた。
「それは……これのことではないかね?」
 老人が手にしていたのは、虎司馬が農場に置いていったものと同じ、婚儀の招待状だった。考えてもみれば、旧家が招待されても不思議ではない。顔面蒼白のメルリードに、老人が手紙を机に投げ出す。
「如彩家の四男に百家の御息女。てっきり、如彩家に膝を折ったのかと思っていたが」
「違います! これには深い事情があって……ともかく、彼女は必ず取り戻してみせます」
 老人は暫くメルリードの顔を伺っていたが、やがて招待状を火鉢の中に投げ込んだ。
「そこまで言うなら、頑張ってみたまえ。君たちを信じよう。しかし女で問題を起こすとは……如彩の家は、親子三代そろって学ばん奴らよ」
 皮肉そうに笑う傍らで、めらめらと燃える手紙が灰に変わっていく。


 ところで酒々井と久遠院は、鬼灯と白螺鈿を結ぶ陸路の監督者である天城天奈を訪ねた。道中、事情を話すか話さないかで散々揉めた二人だったが、様子を見ることになった。天奈との面会後、人妖の炎鳥が持ち帰った半券や切符をみせると、天奈は台帳を手にした。
「確かに先月の売り上げにあるわね」
「購入者は誰か分かるか」
「徳志の件は別として……生憎とこっちも商売よ。いくら開拓者が一定の捜査権限があるっていったって、アヤカシ絡みの事件でもないのに顧客情報は出せないわ」
 一つ懸念を抱いている酒々井は、がりがりと頭を掻いた。
「……貸し馬切符が犯罪に使われたようだ、つってもダメか? 存在しない組合を名乗る者が使ったから調査してる。これは閲覧する理由に足りないか? それとも隠す意味が?」
「言うわね。でも証拠はあるの?」
「だからその証拠を掴むためにだな……」
 鶏が先か、卵が先かという議論になってきた。
 様子を眺めていた久遠院が、間に割り込み「天奈、聞き方を変えるよ」と睨み据えた。
「切符の購入者は誰か、購入者の素性や、どういう関係かも、分かるの?」
「多少なら」
「じゃあボクと取り引きしてよ。天奈が手を貸して欲しい時、それがどんな事であってもボクが手伝う……汚い事も、なんだってする。だから今はボク達の味方になって欲しい」
 そこで膝を折って頭をさげたので、天奈も酒々井も、土下座に仰天した。
 久遠院なりに意地があった。
 自分を家族と呼んでくれた子を助けられるなら安いものだ。
「……分かったわよ。一つ、仕事をタダで引き受けてくれるなら目を瞑るわ。それでどう? ただしお互いに他言は無用よ」
「いいよ」
 天奈は台帳を渡した。購入者は見知らぬ男の名前があった。
 曰く、頻繁に高額切符を買いに来る割に身なりが見窄らしく、一時期は盗んだ金でも使っているのではないか、犯罪に悪用しているのではないか、と悩んだが、疑った途端、自分は身分の高い者達の小間使いに過ぎないと言い張り、高額切符を買う際は、ちゃんと書き付けをみせるようになった。
 そして問題の日に発行された高額切符を買いに来た時に見せられた書き付けの署名は、偽名だが虎司馬のものに似ていたという。
「つまり、そいつ捕まえて書き付け回収すれば実証できるんじゃないかな?」
「そんなに上手くいく? この男は所謂、裏社会の人間よ、公に出来ない買い物や売り物を代行してるの。そう簡単に捕まらないと思うわ」
 久遠院に指摘する声に、酒々井が我に返った。
「おい、天奈。俺達は今さっき『小間使い』としか聞いてないぞ。そこまで言い切るには、なんかあるだろ」
「……使ったからよ、私も」
「何に」
「……薬の売買に」
「何の」
「……前、霧雨様に使った奴」
 酒々井と久遠院の目が点になった。
 この天奈、諸事情で特殊な毒薬の精製に長けていた。
「なんてもの販売してんだ! 正気か!」
「し、仕方ないでしょ! ばかみたいな超高額で売れるんだもの! それに成分は少し変えてあるから気分よくなる程度で……媚薬みたいなものよ!」
 そういう問題ではない。
 とはいえ高額切符の出所は掴めた。久遠院は天奈に礼を述べつつ「ボクに頼みたい仕事ってなに?」と尋ねると、天奈は視線を彷徨わせ。
「……ず」
「ず?」
「随分前に泥棒が入って……毒薬の方、盗まれちゃった。調べて回収してね、秘密裏に」
 気恥ずかしげに笑った天奈に、殺意が湧いた二人であった。


 時は少しばかり巻き戻り。
 ユーハイムと蓮は、石動の紹介を受けて、如彩家の次男、神楽に面会していた。
 夜の街を取り仕切る男の娘……実際には、仕事としての女装癖が強いが、石動に「久しぶりぃ。調査どお?」と抱きつく様子を眺めつつ、ユーハイムは説明を始めた。
 四男の虎司馬が賊を使い、若い娘を陥れて強引にものにしようとしてる事。
 農場の土地を手に入れる為な事。
 自分達の目的は、虎司馬個人を締め上げ、ミゼリを奪還するだけだという事。
 杏とミゼリが目指すのは、平穏な暮らしであり、如彩と事を構えたくない事。
「だから僕たちは、君に会いに来たんだ。如彩の後継候補でありながら、粋に通じ、女子の心が分かると噂のね」
「なんか話の分かる子じゃない。もう候補ではないんだけど、嬉しいわ。ありがと」
 ユーハイムの後ろから、上機嫌の神楽に蓮が声を投げる。
「娘から、あんたが後継者レースから降りたのは聞いた。だからと言って虎司馬に後継者になって欲しい訳じゃないだろう? 奴をへこませるいい機会だと思うが」
「確かにね。胡散臭いし、常に笑顔で何考えてるかわかんないし。あたしキライ。で、あたしに何して欲しいわけ? 爺婆のツテはないわよ?」
 ユーハイムは『事件をうやむやにする為の協力関係が欲しい』と伝えた。
「街の裏に詳しいときいたよ。調査に協力して欲しい。それと事を収める為に、関係者に根回しして欲しい。このままじゃ、泣く女子が増えるだけだろうからね。望まぬ結婚から救う手伝いをして欲しいんだ。できすぎた弟にお灸をすえるのも上の役目だろうし……ほっといても火は燃え広がるよ」
「かわいい可憐な女の子を泣かせるなんてゆるせない! 女の矜持をみせてやるわ!」
 このひと男なんだよな? と。物陰で蓮が娘に確認している。
 ユーハイムが自分を指さす。
「見返りとしてお店で働かせてもらうよ。準備に少し時間がほしいけど、いいかな」
「そうだ神楽。ミッシェルと一緒に、娘を使ってくれ。連絡係を頼んである。それと最近歓楽街で派手に金を使っている連中がいないか、店仲間の伝手を通じての情報入手を頼む。白螺鈿の裏社会に詳しい者が店の客にいれば、その者への紹介も頼みたい。ついでに式当日、神音を付き添いとして同行させて欲しい」
「……要求が多いわね、ま、いいでしょ、なんだかシノビごっこみたいね」
 ふふふ、と神楽は意地の悪い笑みを浮かべた。


 調査組はさておき。
 収穫を控えた農場は今日も忙しい。
「虎司馬め、雇われの開拓者風情だってバカにするなよ、農場の皆は俺達の家族なんだ、きっと護ってみせる!」
 若獅は延々恨み言を零しながらも、しっかり仕事をこなしていた。
 緑花椰菜、牛蒡、玉菜などの採取は明日一斉に行うとはいえ、鶏も雌牛たちもいる。雌牛たちの散歩、畜舎の掃除、いつもの餌やり、マヨネーズやバターの加工品は勿論ながら、新しく農場で働く者達が使う道具の整備は欠かせない。
「休憩だぞ。少し休め」
 シャンクが昼食を持って畜舎へ来た。
 本日の差し入れは、焼きおにぎり三種である。
「さっき、牛の散歩ありがとな。おかげで掃除ができたよ」
「お互い様だ。今回は生贄もいないのだし、相手できる者がいなければ手伝うしかない」
 すましたシャンクは午前中、主に鶏小屋と堆肥の作業を行っていた。
 なんだかんだ言いながら、若獅と二人で助け合いながら作業をこなしている。因みにシャーウッドは、只今日々の食事に加えて、収穫の準備と加工品の処理で忙殺中だ。
『ミゼリの事も心配だが、やるべきことはやっておかないとな』
 大事なことは忘れない。
 そんなシャーウッドの仕事ッぷりが眩しい。
「ほれへ、ほうやっへ、へひふふってふん……だから、すげーよなぁ」
「飲み込んでから喋ったらどうだ。まぁ確かに、多忙をもろともせずに食事を作るのは感心……で、さっきから何を書いているのだ?」
「明日の奴。あった方が便利かなって」
 若獅は雇用人の為に、作業手順や保管場所を紙に記したりしていた。勿論実地の説明や適宜指導もするつもりではいるが、雇用人個々でも確認作業ができるようにしておきたい。
「殊勝なことだな」
「ん。あと、必要以上に農場施設に立ち入らないように、さ。雇用者を疑う訳じゃないけど、昔色々あったし、杏やミゼリが不在の内に農場に問題が起こったら申し訳が立たねえから……杏、早く元気になるといいな」
「……私達が信じなくてどうする。自信を持て。他の皆が全力を出しているのであれば農場を守るのは私達の役割だ」
 暗い表情の若獅に声を投げるシャンク。
 丁度その頃、ユーハイムや蓮が戻ってきたのだった。


 その頃のハッドは、如彩家の長男、誉の妻である榛葉恵のもとを尋ねていた。いつも通りの集金だが、今回は恵本人に話があった。その為、手にはちゃっかり甘味がある。
「騙されないわよ! 太らせて絞ろうって魂胆でしょ! 私は騙されないわあああ!」
「恵よ。今回はそうではないぞ。これはほんの気持ちじゃって」
 そこでハッドは農場の一件を説明した。途端に、恵の目つきが変わる。恵は白螺鈿内の商売に精通しており、また夫の敵は自分の政敵として、社会的抹殺の為に手段を選ばない。
『夫の敵の王手には黙ってられんじゃろーしのぉ。ここは一つ、恵の資金力を利用……』
「帰って」
「む?」
「菓子なんか食べてる場合じゃないわ! この街の後継者はウチの人よ!」
 食うておるではないか、と思いつつ、ぽいと放り出されたハッドだった。


 太陽が天高く登った頃、桂杏は人妖の炎鳥をつれて事故現場を調べていた。現場に徒歩の子供のみが引っかかるトラップの痕跡が残っていないか、人の手が加わっていたとして何らかの遺留品が残されていないか、を調べる為だ。ふと、きらりと光るものを見つけた。
 密閉された浅い瓶のようだ。中身はない。
 桂杏が蓋を開けると、抹香に似た、何処かで嗅いだような香りがした。
 頭が甘く痺れるような……
『……神に捧げる特別な香で常に満たされており、私や目付以外の、慣れぬ者が嗅ぐと倒れることがございまして……』
 即効で蓋を閉めた。軽い酩酊感と強烈な不快感が、桂杏の身を襲う。一年以上も前に聞いた老婆の言葉が今更、桂杏の脳裏を駆けめぐった。覚えがある。嗅いだことがある。
「これは……舞姫の部屋で焚かれた香と同じもの?」
 何故こんなところに。


 その頃、鈴梅と白は、目覚めない杏の見舞いに訪れていた。
 のだが、大変なことになっていた。
『医者様なのに、毒に気付かないなんて、考えられません』
 鈴梅が道中に気にしたことを遠回しに尋ねたが、解毒は毒の種類が分からなければ解毒できないと言い放った医者が……人外だった為である。医者が隣室に向かい、誰もいない部屋で使った瘴索結界でアヤカシだと判明した。
 が、再び大変な事実に気づいた。
 探索や解術、解毒を考えはしたが、誰も戦えなかったのだ。
 敵の能力が未知数のまま二人で戦いを挑むのは無謀だ。杏を置き去りにする訳にもいかず。ひとまず鈴梅が、仲間を呼びに戻る決断をした時、帰宅途中の久遠院と酒々井に遭遇した。
 かくして医者に化けていたアヤカシ退治は恙なく進む。
「夢魔、だよなぁ……さっきの」
「んー」
 ぼそぼそと話し合う酒々井と久遠院。その横で、解毒により意識を取り戻した杏に、鈴梅と白が飛びついていた。昏睡状態だった杏は状況を理解していなかった。
「目が覚めて、良かったです」
「大丈夫ですよ。お腹がすきましたか? 帰ったら卵粥やミルク粥をつくりますからね。消化が良く栄養がある物をたくさん。後は私達に任せてゆっくり休んで下さい」
 そこへ駆け込んできたのは、桂杏だった。
「あら、覚めたんですね……私の早とちりでしたか」
「早とちり? 何ですか、その瓶」
 白が首を傾げると「現場に落ちていたものです」と差し出した。
「嗅ぐと倒れるかも知れませんのでご注意を……でも、解毒の術をお持ちの方はいますね」
「何故そんな物騒なものが現場に」
「解毒できてよかったです」
 白と鈴梅が呟く。
 試しに杏に嗅がせて再び解毒をしてみたが、事件の夜に同じ匂いを嗅いだと言った。
 ほぼ興味本位で、久遠院が嗅いでみた。顔を歪める。そして酒々井にも嗅がせた。
「これ、山渡りの時に使われたのと同じだと思うんだよ。鼻、覚えてるよね、どう?」
「……だな。例の盗難された毒薬の方か。意図的に盗んで使いやがったな」
「盗難?」
 桂杏が首を傾げると、酒々井と久遠院が顔を見合わせて言葉に困った。
「えっと。詳しく説明できないんだけど、これ盗難品かも。これは毒薬なんだけど……成分少し変えて媚薬にして売ってるのがいてさ、ボク秘密裏に回収の依頼を受けたんだよ」
 言葉に困る久遠院に、桂杏は難しい顔で考え込んだ。
「私もずっと昔、同じ匂いを嗅いだことがございますが……媚薬とは初耳です。どちらかといえば神聖なものの扱いで……」
「神聖なもの? 一体何処で嗅いだ」
「鬼灯の失踪した舞姫の館です。それで……つかぬことをお伺いしますが、これを作られた方は、まさか飲食店を営んでいたり」
「ぜーんぜん違うよ」
 久遠院の言葉に、桂杏は心底ほっとした。が、三人揃って言うに言えない事情を抱えていたので……お互いの顔を見合わせたまま妙な沈黙が流れた。酒々井が頭を掻く。
「この話は今度にするか。杏も起きたし、帰るぞ。薬の流通元は分かってるから、こっちで釘を差しておく」
「分かりました」
「じゃ。この瓶、証拠品だね。騒ぎが落ち着いたら、後でボク預かるね」
 こうして五人は杏を連れて農場に戻った。


 二日目の早朝から、男手が五人ほど農場へきた。
 そこへ仁王立ちのシャンクが無表情で立ちはだかる。
「まだ朝は寒い。皆これを着るがいい」
 人数分の防寒具を与える。シャンクが用意した。
 言葉無き優しさである。
「みんな、字読めるよな。きちんと読んでくれな」
 若獅が昨日用意した紙面を配布し、作業内容と施設の説明を雇用者へ伝える。収穫する作物の畝の指示、収穫物を纏めて貯蔵庫に運搬する作業、それから気性の荒い家畜達の世話……までは無理だが、精一杯指導に徹した。
 ついでに作物収穫の細かいやり方は、蓮とハッドに指導を頼んだ。
 シャンクは養蜂箱を気にしつつ「……まだ寒いか」と呟いて収穫に戻る。
 ユーハイムは圧雪や凍結でダメになったハーブの手入れをしていた。
 春になって病気になられては困る。
 人妖の桃香は、病み上がりの杏の傍で看病だ。杏は延々と眠っていた為、しばらくは安静である。
 白や雇いの女性達は加工品作りへ。
 鈴梅は溜まり続けた帳簿の整理に忙しい。そして昼過ぎ、猫又が農場の門を叩いた。


 この日、炎鳥を連れた桂杏と久遠院が再び現場に訪れた。
 結果、何者かが事件現場の死角に天幕を張っていたり、幾つか人為的な罠が仕込まれていたことが分かった。
 所謂、狩人達がケモノを仕留める為の罠が、異常に多い。

 酒々井は石動が滞在中の神楽の店にひっそり顔を出した……のだが、突然響いた「雪若様よぉぉお!」という雄叫びの所為で、人の波の果てに飲み込まれた。
 神楽や石動の配慮で、酒々井が救出されたのは数十分後のことだった。
 そして今、ズタボロの若者が床に転がっている。
 店の扉には『臨時休業』の札を出した。
 謝礼に『雪若の福』を言い出す前に、全生命力を奪われた酒々井は身動き一つしない。昨日無事だったのは、相手が鬼灯の人間だからだな、と今更ながら扱いの違いを思い知った。
 石動が「神音の手紙届いた?」と酒々井に尋ねると「蒼馬とロムルスが行った」と答える。神楽が調べた歓楽街の情報を、石動が猫又を使って蓮に連絡したのだ。
 従って羽振りの良すぎる不審な客の捜索に、既に仲間が当たっている。きっと炎鳥を売った賊が発見できるだろう。
 改めて石動が酒々井を神楽に紹介した。
「すまないが聞きたいことがある。先日の闇市の摘発で、炎鳥を、人妖を保護した時……虎司馬が割り込まなかったか?」
「割り込んだわよー、そりゃあもう」
 酒々井は神楽と話した後、石動をつれて幸弥の元に向かった。


 三日目、農場は収穫した作物の仕分けや整理に追われていた。
 しかし農場の納屋に、縛られた男達の姿があった。神楽のつてで見つかった異様に羽振りのいい賊を捕獲したのはメルリードや蓮である。メルリードは人妖の炎鳥を呼びつけて「どう?」と尋ねる。
「こいつらだ」
「やっていいわ」
 メルリードのゴーサイン。響く絶叫。連とハッドと酒々井が、三人で荒縄を絞めていく。裏社会の人間にしては肝の小さい連中だ。
 そこへ農作業を終えたシャンクが戻ってきた。
「まだ吐かんのか……そこの屑ども」
 シャンクが売人の顔を厳つい尻尾でべちべちとひっぱたく。
「私は皆と違って、そう気の長い質ではなくてな。つかえん奴は……食って捨てるぞ」
 ミゼリと杏に対する扱いで頭に血が上っていたシャンクが低い怒声で凄むと、賊は縮み上がった。観念して尋問に答えていく。
 男達は定期的に白螺鈿の闇売買を利用しており、街の中央区にある真珠亭で、偶然浅黒い肌をした猫面の男に声をかけられたという。
『旦那ぁ、ちょっと儲かる仕事してみません?』
「仕事の依頼だと?」
 曰く、黒猫の面をした情報屋は、最初から高額の前金を差し出したという。
『俺は最近働き始めたばっかですが、金と情報筋は確かですよ。なんせ客の大半がお偉方なんで。金あるところに綻びありっと。ウチは伝手が多くて上に顔が利くんです。騙されたと思って、一度受けてくだせえ。これは前金です』
 開拓者に頼めぬ裏の案件を処理する人間達の話はさして珍しいことではなく、男は要人の護衛を頼んできたのだという。加えてもう一つこんな話をしてきた。
『旦那達、競売の方もやってんでしょ? でしたらいいことを教えてさしあげます。行き先に人妖が出るんですよ。ハグレかなんかだと思いますけど、これは確かです。特徴はここに。随分弱ってるみたいでねー、旦那達ならちょちょいとふんじばれると思いますよ』
 依頼主は高飛び用の資金までくれる気前の良さだった。
「向こうの誤算は、こいつらが味を占めて高飛びしなかった、ということかな?」
 久遠院が首を傾げる。若獅が「猫面の情報屋のことは?」と仲間に問いかけると「ユーハイムが流れの吟遊詩人として監視している」と答えた。
「で、護衛した要人は誰だ」
「……如彩の虎司馬……」
 次は、黒猫の面の情報屋だ。


 黒猫面の情報屋には、変装した蓮が当たった。幸い虎司馬ではなかった。
 片隅で歌うユーハイムが様子を見守る。店の出入り口や裏口には、若獅やシャンク、久遠院や桂杏達が張っていた。
 しかし交渉は本題に入った所で難航する。
「俺は簡単に客の情報を売ったりしませんよ。一件裏切れば信用は揺らぐ。裏の世界は金と信用。そういうもんでしょう、売れる情報にも程度の差はありまさぁ」
 蓮が拳を握った。
「お、力で訴えますかい?」
「金を積んでも売る気はないんだろう?」
「俺は、恩を仇で返す気はないだけっすよ。さて。お望みの情報は一切売れませんが、俺の用事を済まさして貰いますぜ。これを此処へ来るであろうあんたらに渡す、仕事をね」
 蓮が受け取ったのは、高額切符を買ってこい、という趣旨の指示書だった。
「確かに渡しました。あとは筆跡鑑定なり、なんなりしてくださいよ」
「誰がこれを」
「言ったでしょ、そいつぁ秘密だ。ただまあ……事情を知らないと、意味不明にしかみえねぇだろうなぁ、とだけ言っときますよ。それじゃ、失礼」
 黒猫の面の男は、奥の部屋に行き……そして闇に溶けるように姿を消した。
 玄関も裏口にも現れなかったと、仲間が語った。


「おーいみんな飯だぞ」
 本日の賄い飯はまず、収穫した緑花椰菜と玉菜を少し刻む。
 刻んだ野菜とご飯、ハーブ類に味噌の上澄みを入れバターで炒め取り出す。
 卵に牛乳を少量混ぜ溶き、バターで焼いて手早く半月状に形を整える。
 半月状の焼き卵を先ほどの野菜飯の上に乗せ、卵を中心から切り開く。
 以上、シャーウッド先生特製、ふわふわ天儀風オムレツの新作である。
「しっかり食べておけよ。連日かなり動いてるし、今倒れるわけに行かないしな。それと情報屋から入手した紙と招待状の筆跡鑑定をしてきた。名前は違うが、同一人物だとお墨付きがでたぞ」
 シャーウッドが二枚の紙を差し出した。
 これで少なくとも偽名を使った不審な切符の手配や、人目を憚る虎司馬の行動、そして取り締まるべき人間が、裏社会で用途不明の護衛に雇っていたことは明らかになった。ミゼリとの遭遇は偶然にしてはできすぎているが……陥れたという決定打に欠ける。競売の件は摘発をやめさせ、自分の行動を知る護衛の捕獲を防いだ……位だろうか。
「現状だと……ミゼリと杏を陥れたというより、不審な行動の多い虎司馬との結婚は承伏しかねるから詳細な説明を……が精一杯ね。どうにかできないかしら」
 メルリード達の眉間に皺が寄る。
 散々悩んだ後、四日目に関係者の家を訪ねることになった。


 四日目は静かな時間が過ぎていった。
 そして五日目が来てしまった。
 頭の回る相手だと分かっているだけに、勝機が薄い。結果は見えなかった。
「ミゼリさんは、何としてでも助け出さないと。全員で出かけてしまうと、農場に何か仕掛けてくるかもしれないので、なまこさんとお留守番してます。頑張ってください」
 鈴梅は仲間達に声援を送った。
 鈴梅とともに農場に残る桂杏が「そういえば」と呟く。
「一応、幸弥様にも発破をかけてはみたんですけど」
 桂杏は昨日の夜、幸弥のもとを訪ねた。
『違法性が無く、ミゼリさんの意志に基づく婚儀であれば私達も祝福します。でもあの方の行動は真っ当とは言い難いものです。如彩家の名誉を守るためにも協力を。それに幸弥様よろしいのですか? 白螺鈿の未来のために為された投資が無駄になってしまいますよ、虎司馬さんひとりのせいで』
 これに対する幸弥の返答は。
『正直言うと、僕は推したいと思っていた。神楽兄さんは嫌いみたいだけど、虎司馬兄さんが優秀なのは事実だし、長く肩身の狭い思いをしていたのだし……でも、困ったな。君たちが困っていたら守るべきは……僕だものね』
「まだ揺れているご様子でした。過度な期待は禁物かもしれません」

 此処で二手に分かれた。
 招待状を手に正面から訪ねる者と、賊を縛り上げて連れて行く者達である。
 ハッドは恵を見つけて「話してくる」と遠ざかった。本当は如彩の当主に密告したかったが、面会叶わなかったらしい。
 そしてシャーウッドやメルリード、白と久遠院、酒々井……と列を為して入ったところで、酒々井の肩に何かが落ちてきた。
「どうだ?」
 ひそひそと話しかけた相手は、人妖の雪白だ。神楽と話した後、酒々井が如彩屋敷を訪ねた時に、天井裏にひっそり潜り込ませていた。
「虎司馬は、ずーっと書類もって忙しくしてたかな。結婚式の準備だと思う。そういえば幾つも封筒を作って金庫にしま……」
「人が来る、また後でな」

 門が閉め切られ、婚儀が始まろうとしていた。
 一方その頃、蓮と若獅とシャンクは、縛り上げた賊を伴い、裏口にいた。
 実は神楽の付き添いとして屋敷へ入った石動が、化粧を直してくるとこっそり抜けだし、裏口をユーハイムとともに確保していた。若獅の瞳が燃えた。
「虎司馬が心底どう思ってるか分からねえけど、そんでもこんなやり方は酷過ぎるよ」
 絶対に阻止してみせる、と。
 そして一行は、賑わう式場に踏み込んで、賊を転がす大胆な方法を選んだ。
「お集まりの皆さん、失礼する。悪いが結婚は取りやめだ」
 蓮は、神楽や幸弥を探した。
 そして摘発の時に見た売人で間違いないか確認をとった。
「さて、うちの農場の人妖炎鳥が、闇競売にかけられた。摘発を中止して大金を払ってまで救出した……という美談だったが、当の本人達にきくと……虎司馬、あんたは同時期にこいつらを護衛として雇っていて、知り合いだったそうだな」
 自分で覚えてるだろう? と足下の三人を蹴り飛ばす若獅。
「あんたは影で大金を使ってこいつらを雇った。何のために? しかも護衛を依頼した時に、帰りにハグレ人妖が入手できると仲介者が吹き込んだそうだ。摘発しなかったのは……関係を隠すためか? 説明してもらうぜ」
 周囲が呆気にとられている。
 派手にやったなぁと思いつつも、メルリードの傍らにいたシャーウッドが席から立ち上がり、懐から三枚の紙を渡す。
「これは、あんた直筆の招待状で間違いないな? そしてこれは存在しない養蜂組合の会合への案内状、最後は同封されていた高額切符を手配した男が持っていた購入指示の書き付けだが……筆跡鑑定の結果、案内状は別人のものだが、招待状と書き付けは同一人物の可能性が限りなく高いといわれた。少なくとも架空の組合の件に、あんたは一枚噛んでいるわけだ。他人を使って購入した切符が、どうして問題の案内状に同封されていたのか、是非経緯をききたいな……今更、無くしたとは言わないだろう」
 シャンクは無言で様子を見守っていたが、内心は心穏やかな訳もなく、周囲を注意深く観察していた。
 上手くいくことを願いながら、仲間が暴走しないように気を配る。
「丁度いいわ。私もきいちゃう。これなぁんだ」
 可憐な声の主は、如彩四兄弟長男の奥方だ。
 誉の妻は、虎司馬の前に一枚の書類を差し出した。
「正解はぁ、とある改竄書類でーす。関係者には大金を、囚人には刑期短縮を条件に、随分何人もの囚人を抱え込んだみたいだけど……影で何してるのかしら? 職権乱用とかいう世界の話じゃないわよね。黙ってても根こそぎ罪に問われるわよ? 夫の迷惑になるような行いは、いくら義理の弟でも許せないの。出るとこ出ても構わないけれど?」

 周囲は騒然となった。
 農場の面々を放置して親族が取っ組み合いに成っている。
 虎司馬が身動きできない間に、久遠院が声を張り上げた。
「ミゼリちゃん、家族が助けに来たよ。皆で家に帰ろう。こんな奴の言いなりになんか……ミゼリちゃん?」
 反応がない。
 近づいてすぐに原因がわかった。
 白無垢のかぶりものを奪い、すぐに匂いの原因を探す。
 胸元の匂い袋を発見すると、速攻で火鉢に投げ入れた。
「媚薬使って意志を奪うなんて、最低。残念だったね、ボク、この薬詳しいんだ。散々嗅いできたからね」
 ミゼリに近寄らせないよう、立ちはだかる。
 白が駆け寄って何度も呼びかけたが、焦点が合わない。
「ミゼリさん帰りましょう。虎司馬の言う事は皆嘘、今回の事は全部仕組まれたに違いありません。虎司馬は貴女も家族も傷つけた人です!」
 お守りを握らせて、縋った。
「どんな時でも夜明けは来ます。私達は貴女が大好きです。私達の大好きな貴女自身をどうか信じて。勇気を出して貴女の本当の心を聞かせて下さい。貴女の心の通りに私達はお手伝いします」
「…………杏、は?」
 朦朧とする意識をつなぎ止めてミゼリが問う。
「農場で帰りを待っている」
 シャンクが囁いた。
「帰っても、いいの?」
「当然だろう。自分の家だ」
 立ち上がり、段を降りるミゼリを虎司馬が追う。
「待ってください! まだ……」
 パァン、と破裂音が響いた。
 それは一瞬のことだった。
 目の見えないミゼリが虎司馬の頬に平手打ちを放った。
「触らないで」
 それは長年心を閉ざし、人形のようになっていた娘の静かな激情だった。
 壇上から戻ってきたミゼリをメルリードが抱きしめた。
「辛かったわね……すぐ助けにこれなくてごめんなさい」
「そんなことないです」
 可憐な声に笑みがこぼれる。
 何人かは、ずっと昔から知っていたような気がした。
 この声に、会いたかったのだと思う。
「帰るぞ。それと……貴様。くだらんことは二度とするな」
 去り際にシャンクが虎司馬に言い放ち、久遠院も睨みをきかせた。
「表沙汰にはしないよ。といっても、僕たち以外は知らないけどね。表向きは『ミゼリちゃんは、やはり婚約していた開拓者を愛していて農場に帰った』で良い。でもこれ以上農場とミゼリちゃんに手を出すな」
 虎司馬と口論をしている間、ユーハイム達は参列者への口裏合わせ等に徹していた。虎司馬の不始末を夢魔による傀儡とした噂の流布等を相談している。これだけ派手にやったので効果があるかは不明だ。
 最期にシャーウッドが振り返った。
「俺たちも色々やることがあるんでね。あまり俺たちの大切な家族を困らせないでくれ、虎司馬さん」


 こうしてミゼリと杏は農場に帰ってきた。
 様々な波紋を呼んだ、慌ただしい日々だった。

 そしてこの翌日。
 開拓者達は街で衝撃の話を耳にする。如彩家の四男、虎司馬が病死した……と。