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■オープニング本文 前回のリプレイを見る こない。 待てど暮らせど、依頼書が来ない。 悩む開拓者達は毎月、五行の東にある農場を尋ねている。開拓者が居を構えられない都合やら、幼い依頼主の教育やら、諸々の問題があり『依頼』という形式を保っているが、正直な話をすれば、殆どそこが第二の家に近い状態にある。 ギルドに依頼が届いたら、訪ねていく。 そんな事を、人によっては一年以上も続けていた。 「……おかしいよな」 「おかしいですね」 「なにか、あったのかしら」 不安要素しか思い浮かばない。そんな時、ギルドの係員が彼らを呼んだ。 依頼書の差出人は、如彩幸弥。 『やあ。実は今年の白螺鈿は豪雪でね。 常時2メートルの雪が降って、何件か家屋が倒壊してるんだ。 各担当区の家に保証金を出すことになったけど…… 杏君の家までの路が埋まって、連絡がとれなくてね。確認を頼めないかな。 君達なら、龍やら術やらで、空からいけるだろう? 被害状況を確認して、僕に知らせて欲しい。報告してくれるだけでいいんだ。 あとは自由。 そうだ。五日後に雪若投げがあるんだけど、暇だったらおいでよ。 では、よろしくね』 杏は子供だ。 他に住んでいるのは、足の悪い女達とその子供達と、人妖くらい。 「……完全に埋まったな」 雪で。 「あの体で出られるわけありませんしね」 除雪して、街への通路掘って、幸弥に知らせたら……今度は畑がある。 「1月の収穫は……法蓮草と大根と白菜がそれぞれ2畝で、蕪が1畝ありますね」 「八月と十月の終わりに植えた作物か……掘り出すんだよな」 全員でやっても二日かな、とか。やな予感。 「おーい、みんな支度しろー!」 早く現地へ行かねばならない。 ところかわって農場は雪に埋まっていたが…… 「ヒルデー、古い薪つかっちゃったー?」 「余った松ぼっくりあるから、先に使ってちょーだい」 「茸狩りの時に一緒に拾ったのがあったっけ。あれ、良く燃えるよね」 長閑に暮らしていた。 水は雪を溶かして手に入れ、家畜の小屋までは穴を掘った。 食料は、買い溜めした米や自家製の加工品がある。 路が埋まった以上、自分達の生活が優先だ。この家には雇いの女性達が子供連れで住んでいるので経費は増す。家畜への餌やり水やりもかろうじてこなしている程度。 ここ数日の豪雪でかなり食品を消費した。 まず先月の市場で売った葉物の残り……つまり根深ネギ、水菜、小松菜、春菊の余りは鍋になった。紫蘇味噌150g瓶は市場で1つ5文で20個売ったが、2瓶内部消費した為、残りは150g瓶が十個だけ。塩卵は一日一人一個消費しているうちに、残数は百個に。葛粉は、苺ジャム瓶四つをつかって雇いの女性陣が杏や子供らの為に菓子を作った為に消えた。 子供の胃袋は怖い。 「ねーヒルデ、雪若投げの奴どうしよう」 雪若投げは、所謂『福男探し』である。 毎年豪雪となるこの一帯では、会場に大屋敷並の高さまで雪を盛って坂を造り、その上から半裸になった『未婚の男』を投げ飛ばして、何処まで転がれるかを競う。大抵は雪まみれになり、時に風邪をひくが、最も遠くまで転がった者が、その年の『雪若』要するに福男として扱われる。 尚、雪若がもたらす福は、その周囲に限定される為、本人に福が来る保証は無いらしい。 議題は、雪若投げに参加する話ではない。 勿論自由参加なので、参加しても良いのだが……実は、豪雪になる直前に、食堂の主人から相談があった。 雪若投げ会場で屋台スペースを確保したが、風邪と腰痛で行けなくなった為、所場代がもったいないから代わりに行かないか、という。何分寒い雪の中なので、塩漬け大葉で握り飯なり、七輪で肉を焙るなり、温かい軽食でも提供すれば、大幅な売り上げは間違いないだろう。 「でも畑も掘り出せないし、依頼書だって出しにいけないし」 「そっかぁ」 肩を落とした。売る物は沢山あるのに、ままならない。 食料だけではない。 燃料だって余裕はある。 現在、近隣は深刻な燃料不足に悩まされている。 米所で有名な白螺鈿は、何分僻地にあった為、長閑な田舎町だった。ところが魔の森の拡大に、鬼灯と白螺鈿を結ぶ陸路の開通、それらは人口増加を促し、夏場は局所的な食糧難が白螺鈿を悩ませていた。 冬は状況が悪化。 今まで細々と暮らしていた場所に許容量を超える人間が雪崩込んだ為、今度は冬の薪が足りなくなる事が分かった。 この白螺鈿一帯で、例年の薪の値段は一束6本で約5文。 暖をとるために薪を半日燃やし続けると考えると、大体一日に2から3束を消費することになる。つまり一家庭が一日の薪に必要な経費は10文から15文というわけだ。 一見、大した費用ではないように見える。 しかしご存じの通り、白螺鈿の冬は長い。 平均して四ヶ月も雪に悩まされる地域である。一日の消費量は大したことが無くても、一家族が一ヶ月に消費する薪の経費は300文から450文。ひと冬で換算すれば、その経費は1200文から1800文に膨れあがる。 杏の家の敷地にも、薪泥棒はやってくる。 泥棒は困る。でも燃料を売る機会があるなら、売ってあげたい。 先日増産したので古い薪を使い切っても、まだ外に64日分、濡れぬよう保護して積んである。 更に薪とは別に二カ所の伏せ窯を作って二日間を費やした結果、一カ所約220kgも炭を採取した。二日間合計約880kg。これは盗まれないよう、屋内の空き部屋に貯蓄している。 炭は三キロもあれば二時間燃える。 仮に一日十六時間も炭を燃やし続けたとして、使う炭の量は24kg。 単純計算で36日間と10時間分の燃料になる。充分に冬を越えることは可能だ。 使用数の計算や販売も考慮して、三キロ一括りで293箱ある。 炭とは別に。 副産物の木酢液があるが……残念ながらこれはカメに入れて放置してある。 実は木酢液というのは精製を繰り返した品である為、採取したものを半年間から一年放置し、軽油質と粗木酢液とタール分に自然分離するのを待たなければならない。美味く分離して軽油質をすくい取り、タール分が沈殿していれば、計算上かなりの粗木酢液を採取できる可能性があるが、これの結果は少なくとも6月までお預けである。 ところで現在、10月中旬頃に始めた牛糞堆肥と鶏糞堆肥作りを継続しているが、これは一年作業な為、完成は九月頃……ではあるのだが、堆肥作りは放っておくと発酵が止まってしまい、熱気がなくなってくる為、定期的な切り返しが必要になる。 今回も枯葉や稲藁、牛糞の他、米糠や菜種粕を追加し切り返しをする必要があるが、その前に、積もった豪雪をどけなくてはならない。 結局。 どれもこれも大人の力を借りなければならない力仕事だ。 「……早く大人になりたいなぁ」 松ぼっくりを竈に投げ込む。茜の炎が、ばちん、と爆ぜた。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
ロムルス・メルリード(ib0121)
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318)
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898)
23歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 まず蓮 蒼馬(ib5707)と若獅(ia5248)は事前に雪かきの道具を調達した。 向こうでは家が埋まっている。 ならば道具も埋まっている為、取り出すのは困難だ。 そして今頃、白螺鈿の街は、除雪の道具が売り切れ続出に違いない。 人数分の道具を買いそろえて戻ってきた頃には、皆が朋友を連れて精霊門の前で待っていた。各国に一つ、開拓者ギルドに一つ、深夜0時にのみ開く、奇跡の門。 「待たせたなレーヴァティン……門が開くまで後少しか。みんな、自分の分を持ってくれ」 炎龍をひと撫でして、道具を配る蓮に対して若獅は。 「……白い魔物との対決の日々再来! 杏、ミゼリ、農場の皆待ってろよ! すぐ助けに行くんだぜ! ああああ、早く0時になれ!」 やたら盛り上がっていた。 どちらかというと『もしや生き埋めなんじゃないか!?』という恐ろしい想像と戦っていた。 気分は雪山に入る遭難救助隊である。 酒々井 統真(ia0893)は昨年の積雪を思い出して溜息を零したが、割と落ち着いていた。今回も相当な雪だが、元々積雪の多い場所だ。全く知恵がない訳ではないだろう、という読みだ。 しかし此処には若獅をはじめ、心配性が数多い。 落ち着きのない者は沢山いた。 去年の積雪量を知らない白 桜香(ib0392)も、積雪量は凄かったという事実だけは聞いていたので、今回の除雪に向けた決意は固めてある。荷物を受け取り、駿龍の真勇に飛び乗る。 依頼書を読み直していた蓮が、遠い場所に住む杏達を思う。 「俺の身長でも埋もれるな。杏達、雪に埋もれて難儀してないといいんだが……体の不自由な女性と小さい子供だけでは、雪かきもままならんだろうし、早く行ってやらんとな」 ぴくり、と肩が震える人影。 マハ シャンク(ib6351)は……とても渋い顔をしていた。 いつも言葉は必要最低限な上、淡々としているが……尻尾に落ち着きのなさが見て取れる。 精霊門が動くのを待つ間、蓮はミシェル・ユーハイム(ib0318)の荷物を持ちつつ、ユーハイムに防寒装備を貸し出す。 「よかったら使ってくれ」 「すまない。助か……」 善意の輝きで差し出された強烈な存在感を放つ『もふら半纏』や『もふら〜』一式。 ブサかわいい。 しかし似合うかどうかは、別だ。 数分間ほど目を点にしていたが、ユーハイムはちらりと周囲を見回した。 隣に立つ久遠院 雪夜(ib0212)が防寒対策にまるごとみづちを着込んでいる事に気づいた。ミヅチを模した、全身をすっぽりと覆うきぐるみ。光沢のある素材は、おもちゃっぽくてかわいらしいが、案外水ハケがよく、多少の雨でも濡れにくい上、耐寒性能15度を誇る優れものだ。 何より久遠院は堂々としていた。凛々しい。 ユーハイムの迷い、吹っ飛ぶ。 蓮から借りた防寒装備で身を包み、やり遂げた顔で駿龍モードレッドの元へ戻る。 深夜0時。 精霊門の光を越え、辿り着いた先は五行の都、結陣。 ここから杏達の所へ向かうには、渡鳥山脈を越え、白原平野を抜けなくてはならない。 シャンクは駿龍のピーに跨り、大空へ舞い上がる。 「先に行くぞ」 「俺もいく! ファイェ!」 若獅が駿龍華耶を呼び、シャンクの後を高速移動で追いかける。 残される他一同。 気持ちは分からないでもない。ロムルス・メルリード(ib0121)達は若獅達に続いた。 「……心配症なんだから。行きましょうか」 メルリードの一声に、ネリク・シャーウッド(ib2898)や鈴梅雛(ia0116)、桂杏(ib4111)達が続く。尚、アーマーを背負ったハッド(ib0295)は白螺鈿に用事がある為、定期便で昼頃に到着予定だ。 結陣を出て、鬼灯を過ぎ。 山脈を越える頃には気温が下がっていた。雪は益々厚くなり、暫くすると道が消える。 一面に広がる純白の平原は、まだ薄暗いのに白く輝いていた。民家の光を反射したのだろう。 杏の農場にたどり着くと、既にシャンクと若獅が扉があるだろう所を掘り始めていた。 甲龍のなまこさんに乗った鈴梅雛は呆然と呟く。 「……本当に、完全に埋まってます」 家も道も、なにもかも。 メルリードが畜舎の方に耳を澄ます。微かに鳴き声は聞こえてくる。 「……なるほどね。去年も結構な雪だったけど、今年はまた一段とひどいようね」 ついでに地上に降りた二人の龍が、一メートル半ほど下半身を埋もれさせて寒さに震えている。 黙っていたシャーウッドが埋まった玄関を凝視する。 「……こいつはまた……派手に積もったもんだなぁ」 作業が大変そうに見えるのは、気のせいではない。 溜息を吐きつつ龍を降ろし、輪かんじきを履いて飛び降りる。 それほど埋まらなかった。 「まずは目の前の雪かきから頑張りますか。おぃ、手を貸してくれ」 酒々井や蓮が玄関の傍に降りようとした時、鈴梅が「……待って下さい」と声を投げた。 「……あの、龍を降ろすの……すぐにどけない場所にした方が……いいかもしれません。龍の重みで圧雪になって……氷みたいに圧し固められて……除雪がしにくくなるかもしれないです。ひいなの故郷も、雪の多い所なので……雪かきの大変さは良く分ります」 成る程。 少し逸れた場所に舞い降りた。 酒々井や蓮達も足に輪かんじきを履いて若獅とシャンクの所へ近づき「交代だ」と言って入れ替わった。 様子を見守る久遠院達。 「うーん、ここの雪をなめていたと言うか……」 「それ、地図?」 「え? うん。そうだよ。前に作って、秋に使ってたやつ。畜舎は分かるけど、小屋が」 あのこんもりしてるっぽい所だろうか。 玄関掘り起こしの力仕事を男衆に任せ、メルリードも地図を見て周囲を見回す。 吹雪でなくて本当に良かった、と胸をなで下ろした桂杏は男衆が除雪に勤しんでいる間、今後の除雪計画を悩んでいた。杏の家から荷を積んだ車が白螺鈿の町を目指すとしても、ここから街は埋まっている。大凡どこまで除雪し、道を開ければよいのかは大きな問題である。 玄関を掘り起こした頃には、朝日が昇っていた。 しかし空は雲が厚く、直射日光が差すことはない。凍りついて開かない玄関に苦戦する男達が壊すかを議論し始めたのを見て、若獅とシャンクが飛び込んだ。扉の下に棒を差し込み、てこの原理で持ち上げて外す。 がたん、と外れた扉を酒々井達に預けて。 「大丈夫か!」 「杏、ミゼリ! みんな!」 血相を変えたシャンクと若獅が飛び込んだ先では。 「ふぇ? ……ん〜?」 暖炉の傍で毛布にくるまっていた杏と人妖が、寝ぼけ眼でシャンク達を見た。 ぼ〜、と見て、首を傾げて、再び毛布の下に引っ込む。どうやら夢だと思ったらしい。衰弱しているのでは、と駆け寄ったが、やはり単に寝ぼけているだけだった。起こすと戸が開いている事を不思議がったので、如彩幸弥の依頼で此処まで来て、扉を掘り返したと説明した。 人妖も起きた。 「ふあぁぁ、今って朝なのねー、家の中だと朝なのか昼なのか分からなくって。あたし、みんなを起こしてくるわ」 「私もいこう、体調が気になる」 ユーハイムは人妖ブリュンヒルデの後をついていく。杏やミゼリ達の体調を気遣い、健康状態の把握に務めるようだ。杏が朝御飯の支度を始める。 「みんなご飯食べる? おみそ汁とおにぎりしかないけど」 生き埋めなのではないかと青くなっていた面々の肩から力が抜ける。 「……何か、皆、意外と大丈夫そう? やはは、良かった良かった!」 若獅、照れて誤魔化す。杏の方は状況があまり分かってない。 見回りから戻ってきた久遠院は、掘った穴から、ひょっとのぞき込む。 「ミゼリちゃん、杏君、元気ー? 風邪とかひいてない?」 「あ、おはよー!」 顔を出した杏は手を振った。元気そうだ。 安否と屋敷の状態を確認した久遠院は、如彩の元に連絡にいくと告げた。ついでに帰りに雪かきに便利な道具があれば買ってきたり、色々聞いて来るという。 「あ、ひいなもいきます!」 鈴梅雛はいつも気にかけてくれているお礼がしたいという。 蓮が渡して欲しい手紙があるというので、久遠院が代理で受け取った。 久遠院と鈴梅を見送り、酒々井に蓮、シャーウッドにメルリード、白に桂杏も家へ入る。 「水はどうしてたんだ?」 シャーウッドが杏の頭を撫でながら薄暗い室内を見回す。 「んと、裏口が引き戸だから、開くから、そこから雪を溶かしてるよ」 桂杏の顔色が変わった。 「井戸は? まさか凍ってたとか」 「……井戸の桶で水を汲み置きしてたら、水が凍って中がとれなくなっちゃった、ほらこれ」 水を汲むための桶。 汲んでおいた水ごと凍っているのを見て、白が笑った。 「大丈夫ですよ。後でお湯を湧かして、盥にお湯をはって、氷の張った桶をつけましょうね。少しとければ、するっと外れるはずですから」 「あ、そっか」 なかなか肝の据わった暮らしぶりに、シャンクの張りつめていた緊張の糸が解けた。 「ふん、元気そうではないか。だが閉じこめられていた事にかわりはない。幸弥が私達に手紙を出さなければどうなっていたか分からんのだぞ。ことが終わったら礼を言うのだな」 「はぁい。心配かけてごめんなさい」 気落ちした杏に酒々井が声を投げた。 「こうは言うけどな? 顔色変えて一番真っ先に飛んだのはこいつで……ごはっ!」 「ん? すまんな、壁かと思って『うっかり』ひじ鉄をいれてしまったようだ。すまない」 うそつけ、と反論したい気持ちを押し込めて悶絶。 漫才に笑いながら、まずは食事だ。 ところ変わって。 白螺鈿では馬をはじめ、交通機関が麻痺しており、総出で除雪をしていた。龍を連れた久遠院と鈴梅が空を駆け抜けると羨ましそうな視線を浴びる。二人は如彩幸弥の元へ辿り着いてすぐ、杏達の無事を告げた。 「うん、分かった。どうもありがとう。これは依頼料、仲間のみんなに渡してくれるかい?」 ずっしりと重い袋。 報酬を手に取った鈴梅は、深々と頭を垂れた。 「農場の方も気に掛けて頂いて、ありがとうございます」 「大したことじゃないよ。兄さん達みたいに大ぴらなことは性に合わないし、皆に宜しく」 「あ、そうだ。これ預かってたんだ」 久遠院が蓮の手紙を渡すと、一読した幸弥は「上手い方法を考えてみるよ」と告げた。 食事を終えた農場の方では、皆が久遠院の置いていった地図を元に除雪の計画を立てていた。 改めて考えると農場は広い。目眩がする。途方もない除雪量に気が遠くなりかけた桂杏だったが、何かを悟った。 「どこから手をつけて良いのか気が遠くなりそうですが、とにかくやるしかないです」 メルリードは久遠院の作っていた地図を元に、家屋の位置と除雪の順番を決めていく。 「今日は屋敷と家畜小屋、その周辺を重点的に雪かきをしましょう」 酒々井はガリガリと頭を掻いた。 「雪かきの最優先順として屋敷と畜舎からってことになるのか? ま、行き来の時間は短縮したいしな。母屋の屋根の雪下ろしは俺がやろう、危ないからな」 酒々井が「つきあえよ」と声を投げると蓮が「望むところだ」と快諾した。 覚悟完了。 大変な母屋担当は酒々井と蓮になった。下で雪を雪車に積むのは桂杏と白。 畜舎の雪下ろしはメルリードとシャーウッドで、雪を積むのはユーハイム。潰れそうな鶏小屋は若獅とシャンクが徹底的に降ろす。 鈴梅や久遠院達も午後には帰ってくるので、午前中は効率重視だ。 ちなみに運ぶのは力自慢の朋友達の仕事である。 桂杏が首を捻った。 「除雪した雪、最終的に何処へおきます? 薄荷畑か牧草地でもかまいませんが、遠すぎる場所では時間効率が悪くなりますし、何度か分割しますか?」 メルリードが唸る。 「雪があっても邪魔にならない場所に積み上げられないかしら」 若獅が「最初は池の辺りに積み上げとくってのは?」と、ぽつりと言った。畜舎の隣には、酒々井と若獅が復活させた広い池がある。 酒々井が何か思い出す。 「一旦、近くに積み上げるのはいいとして、池に落とすはやめとくか。折角魚も戻ってきてるし……あと氷の具合次第だが、全面に氷が張ってるようなら、俺、先に割ってくる」 「え、なんで?」 「あぁ、山に出入りしてる経験って奴だ。人工の池が完全に凍り張っちまうと、魚とかが酸欠で死ぬ。あと例えば、鴨が降りる水辺がないと、河川に行っちまったりとかな」 酒々井の仕事、激増。 早速、池に向かう。 「それでは天候を調べてみましょう。少しお待ち下さいね」 白はまず、あまよみで天候を読んだ。なるべく労力が無駄にならないようにする為だ。除雪の力仕事は相棒の真勇にも頼み「頼りにしてますよ」という言葉に、随分と嬉しそうな様子だった。 「……暫くは晴れるようです」 「さて、やるか!」 蓮は気合いをいれて外へ出ていく。皆が動き出した。 まず屋内に残った白は、外の運搬を桂杏に任せ、井戸の水を汲み上げられるようにする為、ガチンガチンに凍った桶の氷を取り出すことを考えた。お湯を湧かしては盥に注ぎ、桶をつけた。外周が溶ければ外れる。 畜舎の雪おろしがある程度進むまで、ユーハイムは消費した在庫の整理と、休憩用の軽食や温かいお茶作りをしつつ、玄関から道に向けてを、少しずつ拡大した。午後の除雪に取りかかる前に、以前注文のあった薪のお裾分けに、近所へ出かけてくると告げる。 ところで母屋の屋根では。 「でかい雪の塊には、こうだ!」 池の氷を拳で割り終えた酒々井は、龍の助けで屋根に舞い降りた。練力を両腕に流し込み、一時的に筋力を増加させた。そして気合いとともに鬼のような豪腕を振りかざす。 「かあぁぁぁぁぁぁぁッ!」 ぼす。穴が開いた。 ぼすぼすぼす。更に穴が開いた。 とても不毛な感覚が、酒々井の身を襲う。 「おーい、とーまー、鍛錬とか遊ぶのは後なー?」 鶏小屋に向かう若獅が声を投げる。 「遊んでねぇ! ……雪が軽すぎる。地道におろせってか、大変にも程があるぞ」 酒々井の不発ぶりを見ていた蓮が『自分は蹴りをするまい』と影で心に誓う。 「屋根から雪を落とすときは、下に何もないか確認してからにしてね」 メルリードの注意に、落ち込んだ酒々井の生返事が返ってきた。 畜舎の屋根でメルリードと地道に作業をするシャーウッドは「降ろすぞー逃げろよー」と大きな声で確認を行う。まだユーハイムは母屋で作業中だが、誰かが通りかかった場合は危険な為だ。 メルリードが「律儀ね」と笑う。 「二人っきりの共同作業なんて久々じゃない?」 「大切なことだぞ? くたびれるけどな。明日以降、雪の運搬には牛たちも使ってやるか」 掃除ついでに運動させてやらないと、雌牛達の暴れ具合が怖い。 丁度、雪下ろしが始まって一時間が経った頃。 久遠院と鈴梅が帰宅した。鈴梅がよじよじ母屋の屋根に降りる。 「ひいなは身長が低いですが、故郷のやり方は覚えてます」 胸を張った鈴梅は、効率的な方法を酒々井達に伝授した。 「まずは、鋤などを使って、雪を切る様にして分けて、適度な大きさで縦に雪を割って、下に鋤を差し込んで、梃子の原理で持ち上げると、四角い塊で持ち上がるので、そのまま屋根から下へと下ろします。ん〜、下の圧雪はやっぱり固いですね」 救世主、現る。 蓮も試してみた。 「本当だな。これはいい」 「屋根から落ちたり、雪に埋まったりして危ないので、絶対に一人ではしないで下さい」 「よぉし! 任せろ!」 酒々井、復活。 これより男二人による、恐るべき速さの雪下ろしが始まった。 鈴梅は畜舎や鶏小屋の方にも方法を教えに行き、同じく戻ってきた久遠院もまるごとみづちを着込んだまま、道具を運び出したり、雪車を使って運んだりしていた。休憩時間に雪だるまを作ってみせる余裕は若さを感じさせる。羨ましい。 昼になって杏の農場にたどり着いたハッドはというと、定期便で白螺鈿に先に行くことで榛葉家から5000文の集金をしてから戻ってきた。尤も時間がないので長話をしている暇はなかったのだが。 「うむ、此処は豪雪じゃの〜、雪かきにおいても我輩が王であることを示さねばならぬの」 「じゃ、俺と交代で頼むな。あと運ぶだけだから」 さりげなく体力有り余ってるハッドに除雪交代するシャーウッド。一抜け。 「ぬぉ! まぁよい。任せよ。冷静に考えて、病人や怪我人が出た時に孤立しているのは問題じゃから、雪を何とかしておくというハナシじゃからの。代わりに夕食を頼むぞ」 戻ってきた久遠院と鈴梅達の手伝いもあり、鶏小屋の除雪を終えた若獅は建物の破損を軽く調べて回っていた。実際に修繕するのは後になるが、把握しておけば材料の調達も容易い。 そして何より手を焼いたのは、畜舎の掃除だ。 ところでシャンクは地道に堆肥の場所を探して掘り起こした。 表面は冷えていたが、材料を足して切り返しを行えば、一日もすると高温に戻る。 手頃な生け贄を……と探しはじめて、ぽん、と肩に手が掛かった。若獅だ。 「切り返しだろ? 手伝うよ。終わったら戻んないと掃除おわんないけど」 「そうか。では手伝ってくれ。感謝する」 堆肥の世話を終えると、ひとまず板を被せて、今度は畜舎の掃除に戻る。 シャンクも手伝った。 「こんなものか。さて……若獅。少し思いついたんだが」 「うん? 何?」 何かを思いついたシャンクは、日が暮れる直前に堆肥場の幅を測っていた。 こうして怒濤の除雪一日目が終わった。 とても長い一日だった。 二日目は畑の除雪をして、総出で作物を収穫した。 邪魔な雪は頼もしい朋友達や苛々していた雌牛たちに運んで貰う。 「ざっくり掘ったら……後は手分けですね。根菜はともかく葉物が大変そうです」 桂杏の溜息。 しかしこの日も鈴梅の故郷仕込みの知恵が冴える。 「収穫した野菜は雪に埋めて保存すると、凍って腐ったりしないそうです」 「へぇ! じゃあさ、売り物以外は母屋の傍の一カ所に纏めて、雪で包もっか」 若獅達が加工するものを運び込んでいく。 「ほ〜れほ〜れ、雪かきこなのじゃ〜!」 ハッドは一人、アーマーの鉄くずを使い、街道までの雪で埋まった道を延々と掘っていた。ある意味では、効率的な使い方である。本来の仕様用途から大幅に逸れているのは気にしない。 白は卵を収穫し、雇いの女性達と塩卵やマヨネーズを作る作業に徹した。白螺鈿の豪雪具合を考慮し、家族で消費する分以外は全て売りに出す。 夜になると龍をつれた蓮が森にいって泥棒の様子を伺うとともに、めぼしい枯れ木を手斧で刈り取って帰ってきた。 収穫は三日目も続いた。 除雪の疲労も相まって、終わりが見えない。 否、終わらないかもしれない。 ユーハイムはハーブの心配をしていたが、正直そこまで掘っている暇はなかった。 耐寒性のある宿根ハーブならば霜や雪が降っても、春には芽吹く。 幸いにも加密列はマイナス10度、多年草のラベンダーはマイナス15度の耐寒温度にも耐えられるので、春の新芽が期待できる。しかし農場に植えたハーブの多くは、現在の気温に耐えられない品種が多い。 まず蚊連草は0度が耐寒温度の限界。芸香はマイナス5度が限界。迷迭香はマイナス5度だとか10度だとか品種により諸説はあるが、乾寒風にさらされていた上、どちらにせよ、現在の気温より下がれば限界を超える為に危険である。 余り対策をしていない為、枯死しているか生育が止まっているか、どちらかになる。枯死する原因は寒さより病気と言われている為、今まで病害の対策をしてきただけに、その辺は大丈夫だと信じたい。 ……圧雪で折れていなければ。 雪解けを待って、生きているハーブの手入れが必要になるだろう。 屋内ではシャーウッドと白が燃料について雑談をしながら、白は雇いの女性達と蜜蝋を濾過して蜜蝋蝋燭を作り続けている。 シャーウッドは全員分の食事作りに忙しかったが、人妖達と一緒に蒲公英珈琲を作るべく、以前、白達がたわしで丁寧に洗って、天日干しにした、牛蒡のような蒲公英の根っこを、包丁で粉々に砕いた。連日の除雪も相まって「腕が棒みたいだな」と呟きながら、暇な時間は延々と砕いて、鉄板で焦がさないように炒った。火加減の調節が非常に難しい。 ちなみにシャンクと若獅はなにやら「晴れている今が勝負なんだ」と叫んで、堆肥場に向かった。どこも忙しかった。 残念ながら収穫は四日目までにずれ込んだ。 除雪しながらの収穫は正に悪夢。 二日目と三日目の収穫状況といえば、2畝の法蓮草の発掘作業は葉物な為に傷がつかないようにと気疲れし、神経質になった状態の白菜2畝収穫は苦行に他ならず、2畝の大根引き抜きは半ばヤケになっていた。力任せに引き抜いて、途中で折り始めた辺りで『これはまずい』という話になり、作業終了した三日目。 四日目の残る収穫作業は、途中でやめた大根と、全く手つかずの蕪が1畝だ。 大変だが終わりが見えてきている。 仕方がないので、鈴梅とメルリード、ユーハイムの三人が収穫に徹する。1畝を三人で手分けすれば、一人九メートルにも満たない! ……五メートルも苦行なのは秘密だ。 とはいえ五日目は屋台がある為、その準備もしなければならない。 街への街道にむけた除雪はハッドの豪快な雪かきに頼る。道の細かい除雪と氷割り作業は蓮が請け負った。 酒々井は午前中は畑の除雪に手を貸し、午後は相棒の鎗真と薪の増産に出かける。 久遠院も午後は森へ出かけた。 薪の余裕は必要だが、番犬の絆を連れての薪泥棒警戒をかねている。 若獅とシャンクは午前中は堆肥場で謎の作業をしており、午後は各自別の作業に徹した。 若獅は前回の自作した箱を白と調整しつつバターの増産。シャンクは食堂の方に顔を出し、体調を伺いつつ、さりげなく鍋一杯の粥を作って帰った。優しさが鍋に溢れていた。 「只今戻りました」 辺りはすっかり暗くなっていた。 街へ納品と買い出しに出かけていた桂杏が、明日の荷物を土間に置いて、上に上がる。白とシャーウッドが土鍋を運んでいた。 「おかえり。食事ができた所だ、座ってくれ。体が暖まるぞ」 今晩のメニューはシャーウッド特製のポトフである。 ここで毎度お馴染みシャーウッド先生直伝、おいしいポトフの作り方をご紹介する。 まず大蒜、白菜、人参、その他香味野菜を煮込んで野菜スープを作る。 次に各種野菜の皮を剥き、大きめに切る。 ちなみに今回は肉や骨がないので、味噌の上澄みとハーブ、塩を使って味付けする。 そして各種野菜を煮込んで灰汁を取る。 以上である。 食事を終え、歓談を経て、皆が寝静まった頃にはいつもの座談会が始まる。 ここ連日は疲労のあまりに、倒れ込むように寝ていたから、前日に比べれば元気がある方だ。尤も、ハッドや蓮のように、口から魂が抜け出ているかのように。身動きひとつせず机につっぷしている者もいる。 「……お、王であると、示したぞよ」 「……全身が痛い」 「無理しなくてもいいんだぞ」 笑いながらも、シャーウッドは全員に蒲公英珈琲を配っていく。 「はーい、お夜食ですよー」 本日の夜食担当は白だ。 ミルク粥に自前のチョコレートを溶かして、疲労している仲間の為のデザートを作った。美味しい物を食べていると幸せな気分になるし、元気が出る。 「収穫は、なんとか終わりました」 「なんとかね。折れた大根はネリクが料理してくれたからいいとして、分類は?」 「ふふ、ちゃんと分けてあるよ。これが、内訳」 鈴梅とメルリードの報告に、ユーハイムが数を記載した紙切れを桂杏に渡す。最近、帳簿の管理は鈴梅と桂杏が専任状態に近い。 「納品はいつも通りだ。……それと、堆肥の方は頑丈な柱を打ち込んで屋根をつけてきた」 そう呟くシャンクと若獅が時間を見つけて作業をしていたのは、コレの為だった。 「バターの方も結構できたぜ?」 「こちらは加工品が進みました。手が回らなかった蒲公英珈琲は任せてしまいましたけど」 シャーウッドお手製の蒲公英珈琲の香ばしい香りが部屋に満ちている。 「二人で集めた新しい薪は、見ての通りだな。そういえば森で誰かと喋ってなかったか?」 酒々井が隣の久遠院に話を振ると「あれ、薪泥棒の人だよ」と、普通に答えつつ、湯飲みから立ち上る湯気をふぅっと吹いた。 メルリード達の目が点になる。 「実際に話したの? それとも捕まえたの?」 「んー? ほら、森の中って、殆ど枝ばっかりだし、枝にも雪どっさり積もってるし、幸い、ここ最近はあんまり雪が厚く降ってないから、人の通った跡って目立つんだよ。薪を集めながら、足跡追ったら見つかるかな、って」 「俺が空から見かけたのは、その時か。で、理由は聞いたのか?」 パチパチと爆ぜる暖炉の炎が、物憂げな久遠院の横顔を照らす。 「経済的な理由だ、て言ってたよ。正直、高値転売の輩は容赦なく追い払う気だったけど……やむにやまれずの人達には、適当な価格で売るのも考えた方がいいのかな、って思うし、事情聴取してみたら……高騰してる燃料を買うほどお金がないみたい」 蒲公英珈琲を一口飲んでから溜息を零す。 「嘘ついてるんじゃないかと思って色々聞いてみたけど、嘘つく余裕はなさそうだった。切羽詰まった顔で、拝み倒されるとね……でも『これも盗みの一種ですよ』って注意して、薪は没収じゃなくて、少額と引き替えにお帰り頂いたって感じかな」 街に出かけた者達の聞き込みや感想を聞いたところ、大凡印象は一致した。 一見、華やかな白螺鈿の街。 しかし現在、白螺鈿の貧富の格差は広がり続けている。 燃料の高騰に異常な拍車がかかっているのも、組織的な買い占めの所為らしい。 鬼灯方面からもたらされる圧倒的な資源。これの殆どを掌握しているのが、鬼灯の境城家現当主及びその妹御と縁故を持つ如彩家四男、虎司馬だ。 ここの農場を支援する三男、幸弥の政敵でもある。 燃料に限定した話にしても、虎司馬の所に流れ込んだ品の大半は富める者の元へ優先的に流され、それらと引き替えに多額の支援を獲得しているらしい。 よーするに、普通の家庭や貧乏人は後回しで、眼中にも入らないと。 「……人気取りの方法は知っている、実際に権力者に這い上がって、今度は金持ちから莫大な金集めか……忙しい奴だな全く」 酒々井が渋面を作る。 極端な話をすれば、こちらに火の粉が降りかからなければ別に構わないのだが、この家には埋蔵している資産の存在がある上、それらの権利者と思しき杏の姉ミゼリは、過去に求婚された経緯がある。今は『債権』や『恋人ごっこ』等の影響故か、何も手を出してこないが……気は抜けない。 「一朝一夕でどうにかなる話じゃないんだけど、注意は必要かな、って感じ」 農場の森をあてにして、泥棒に来る者は今後もいるだろう。 いつの時代も、弱い者が犠牲になる。 重い話を終えると、皆は明日の屋台について話し始めたのだった。 皆が雪若投げを人目見ようと会場へ出かけたこの日、屋台の準備を抜け出したメルリードは一人、如彩家長男こと誉の担当区に来ていた。 辿り着いたのは、大きな商家。 杏とミゼリの親の過去を知る、数少ない人物だ。 屋敷に招き入れられたメルリードは、まず男の働き手についてどうなったかを問うた。 その結果、日雇いという形式であれば農場に派遣できると相手は答えた。 毎回契約を改めるし、同じ人間がいくとは限らない。だから余り複雑な仕事は任せられないが、身元の確かな者を一日一人100文の給金で、最大5人まで。前日に申し入れてくれたならば、翌日に派遣する……という内容で、必要時に頼むことになった。 「それと、彼らの親や祖父母の身に何があったのかという話ですが」 ぴくり、と老人の肩が震えた。 「……無理に聞くつもりはありません。いずれ、話しても構わないと思える時が来たら」 「こちらからも尋ねたい。それを知って、君たちはどう動くのかね?」 「え?」 「あの子達を守るのかね? 失ったものを取り戻すのかね? 儂は前、あの子達の母君は、元大地主の百家の忘れ形見だと教えたろう? 如彩と問題があったことも」 「ええ」 「百家の昔を知ることは、理不尽な過去を知ることだ」 「……理不尽」 「憤りを覚えるのが目に見えている。過去を掘り起こして戦うにせよ、憤りを抑えて沈黙を保つにせよ。石のように揺るがぬ意志は必要だ。仮に前者を選び、かつて失われた百家の威光や如彩家に蹂躙された全財産を取り戻そうというのなら、これは戦争になるんだよ、お嬢さん」 「戦争?」 「そう、頭の切れる如彩家との知恵比べだ。もし勝てば、過去の濡れ衣を晴らし、如彩家を追放し、名誉も莫大な財産も手に入る。この白螺鈿一帯全てが、あの子らの物になると言っても過言ではない。しかし……負ければ、此処を追われるぞ」 二つに一つ。 何もかも、全てをかけて真実を取り戻す為に戦うか。 先祖の冤罪により没落したまま、息を潜めて死ぬまで平穏に暮らすか。 選ぶ道は二つ。 今は、後者の道を歩いている。 「意図的に闇に葬られた過去を、再び洗い出して清算する……これほど難しいことはそうないだろう。儂のように負い目を感じる者もいれば、如彩になびく者もいる。途方もない証拠集めと、陰湿なやり口にも揺るがない忍耐力が必要だ。もちろん……あくまでこれは『戦う場合』の話だがね」 煙管の紫煙が尽きた。 「教えてもいい。だが、知らない方がいいこともある。昔の何かを得ようとするなら辛い道になるのは確かだ。……流れ者の君達に、他人の人生を背負う覚悟はあるのかね?」 メルリードは押し黙った。 気軽に『はい』と言い切るには重すぎる問題だった。 「では、こうしよう」 老人は指を立てた。 「君たちは開拓者だったね。もし、あの子達に『命を懸けられる者が六人以上揃った』時は、儂は腹を割って昔話をしよう。君たちの決断次第によっては儂が『亡き親友の無念を晴らす』為にギルドへ依頼を出して、君達を雇ってもいい。如彩家と戦って百家を復興させられるかは、君たちの働き次第になる。勿論話の後『全てを忘れる』も一つの選択だ……どうかね?」 静寂が満ちていく。 雪若投げの会場では、半裸の男達が跋扈していた。寒そうだ。 しかし怯まない。何故ならば雪若とは福男。この辺では正に、あやかりたい現人神。 そんな挑戦者達の雄姿を眺めながら、屋台は繁盛していた。 「いかがですか? 新鮮な大根や蕪の煮物です。あったかくて、美味しいですよ」 鈴梅は大根に甘い卵味噌をそえる。 若獅は獣耳カチューシャと狐しっぽで仮装して、売り子に専念した。片づけだって、素早く回収する。久遠院は徹夜なので顔色が悪い。牛乳と檸檬の絞り汁で作ったチーズが、今は鍋で煮えている。串焼きを買ってつけろと言う贅沢さ。持ち寄った七輪がよく活躍している。桂杏は塩漬け大葉入りのおにぎりに、特製紫蘇味噌をぬって軽く焙っていた。 「いつも以上に、湯気と香りが人を惹きつけてますね。製作が追いつきません」 嬉しい悲鳴だ。本当に手が足りないので、雪若投げに参加予定だったユーハイムが米炊きを手伝う。白も苺ジャムや蜂蜜を入れて味を改良したミルク粥を、子供連れや女性客に売り込んでいた。そしてシャンクは、近くの屋台に差し入れと称して農場の製品を売り込んでいた。流石すぎる。農場の胃袋担当シャーウッドは、汁物の増産や、串の食べ方を爽やかな笑顔で解説していた。 「なんかいいお土産があったら、ロムルスやミゼリに買っておこうと思ったんだが……屋台の忙しさが想定以上だな。……お、出番が来たみたいだぞ」 建物より高い雪山の上。 寒風吹きすさぶ白銀の平原で半裸になる未婚な中年、登場。 「普段から鍛えているからな。これくらいなんともない。絶対お前達に福をもたらしてみせるぞおぉぉぉぉ!」 マジか。 本日晴れ。しかし只今の気温マイナス7度。これが夜なら凍死する。 応援する杏と、雇いの女性達の子供達こと聡志と小鳥に微笑んだ蓮は、背中を丸めて、おっさん達に勢いなく投げられた。 寒い。冷たい。そして肌が痛い。 しかしここで負ける訳にはいかない。いかないのだ! 「ぐあああ!」 髪が氷にへばりついて非常に痛い思いをしながら、蓮投げ終了。 小高い雪山の上に半裸で現れたハッドは、充実感を味わっていた。 これこそが王者の居場所。 しかし落ちていく先は奈落の底。 「王の威厳にかけて むむむむむ〜! どぉうぅりゃあぁぁああ!」 おっちゃんが投げる前に、自分で飛び込んだ。遠心力はハッドの体を遠方に投げ出したが、捻った体はコースから逸れて落ちてゆく。南無。 一年分の賞金、という単語につられて参戦した未婚の半裸男、登場。 「いくぜ! おぉぉぉぉ!」 練力使って覚悟完了。 ともかく己の内から不屈の精神が湧いてくる! 酒々井は両手を天高く伸ばし、針のように体を細くしてみた。 おっちゃんが足と手を掴む。 「思いっきり投げてくれ」 最初が肝心だ。おっちゃん達の勢いが勝敗を決する。まるで振り子のような状態で反動をつけた酒々井の体は、しなやかに虚空へ舞う。しかし棒のような体勢を崩さず、顔面や腹を強打しても動じず、ごろごろと坂を転がっていった。 確かに覚悟は完了していた。 『えー、皆様。今年の福男「雪若」は、農場にお勤めの酒々井 統真さんに確定しました。酒々井さんには賞金48000文が贈られます。おめでとうございます』 「あ、ああ……ありがとう?」 酒々井はぶつけた体のあちこちが鬱血して青くなっていた。 そして早速、雪若の福にあやかろうと、目の色を変えた男女が願い事を叶える為、福若に触れるべく群がる。 例えば『富くじを当てるんだあぁぁぁ』『脱独り身よおぉぉぉ』『両思いになりたいのぉぉぉ』『昇進んんん』などなど、ある意味で恐ろしい光景が光臨。 人間の欲は底知れない。 蓮とハッドは呑気に眺めていたが、酒々井は休む暇もなく逃げ回った。物陰に潜んだ時に、ふさっと振ってきたのは衣類と毛布、そして酒。 シャンクだった。 人数分の毛布を事前に用意していたらしい。 「頑張ったのなら労うのは当然だ、よくやったな。さ、戻るぞ」 姿を隠して屋台に戻り、獲得賞金を杏に手渡す。 「ほらよ。雪若の福付きだぞ」 「えへへ、ありがとう」 賞金を受け取った杏は、じーっと酒々井を見て、手を叩いて拝むと、足にしがみついた。 「杏……何をしてるんだ?」 「うんとね、御願いごとして雪若に触ると、お願いごとが叶うんだよ!」 雪若を追い回した住民達を思い出して納得する面々。 「で、何を願ったんだ?」 「ひーみつー!」 再び降り出した白銀の雪。 沢山の笑い声は、空の彼方に溶けていく。 |