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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 牡丹雪が降り積もり、最近は地肌がよく見えなくなってきている。 ここは五行東方、白螺鈿のすぐ近く。 杏達の農場は街から少し離れていることは勿論、見渡す限りの敷地が自分の家ということもあって、来客といえばごく一部だった。どちらかといえば珍しい部類に入る。年越しの支度をしていた最中のことである。 「こんにちは、杏君」 雪道を遙々やってきたのは白螺鈿を統治する如彩四兄弟の三男、幸弥だった。 「百宴? ううん、知らない」 「だろうね。僕も初めて知ったんだよ」 幸弥の用件は、杏に『百宴』と呼ばれる祝いの席を主催してほしい、というものだった。 「兄さん達にも聞いてみたんだけど、他の地域では殆ど廃れてしまった風習みたいなんだ。どうやら僕の区域ではひっそり続いていたらしいね」 幸弥が調べた所、彼の父や祖父の代、大凡三十五年前を境にして廃れた行事で、元々はお金持ちの家が近隣に餅などの食料や反物の施しをしていたものが、今日では大農家などが順番を決めて担当し、年末になると豪勢な料理や贈り物を山と用意して様々な家庭を招くという。 「今年から君たちが商いに加わっただろう? そうしたら君たちも参加すべきだと、他の家が口を揃えたんだ。我々がやってきたんだから、君たちもやるべきだとね。……といっても、道端でこそこそ相談していたのを僕が又聞きしたんだけど」 だから今の今まで幸弥はそんな行事があることを知らなかった。 「わざわざ介入したの? ものずきー」 「こらヒルデ!」 人妖の一言を、幸弥が笑う。 「あはは、そうかもしれないね。でも僕には理想があるんだ。商いに携わってみて分かったけれど田舎では、隣の畑の虫がうちにも来たとか、どうでもいい話を理由に、お互いを牽制しあっている。良いところもあるし悪いところもある。僕はできるだけ、そういった暗い現実に光をあてて、正常化したいんだ」 にこにこと微笑んでから、幸弥はぽん、とお金を置いた。 それは四万文という大金だった。 「だから今回の件は、把握していなかった僕の責任だ。祝い事を無しにしたら地域が沈んでしまうから『百宴』という風習は無くさない。今年から僕の方で担当順を管理して、百宴の資金は此方で捻出する。人を雇う費用として一人2400文で十二名分の人件費、それと宴の席の経費として11200文を君たちに預けるから、これは僕からの正式な依頼として受け取って欲しい。宴の経費から更に人を雇うか、その中で料理や贈り物を賄うかは君たちに任せるよ。お願いできるかい?」 杏は「うん」と頷いた。 宴の会場は町中で改築したばかりの古民家で、かなりの広さを誇っている。 杏は急いで開拓者ギルドに依頼を出した。 『うたげをてつだってください』 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
ロムルス・メルリード(ib0121)
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318)
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898)
23歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 さくさくと音をたてるのは降り積もった雪だ。 初めて見る雪に感動する者もいれば、見慣れた光景に肩を落とす者もいる。 「天儀で初めて過ごす年始なんだがなぁ……まぁ頑張りますかね」 首を鳴らすネリク・シャーウッド(ib2898)の脳裏には、既に幾つかの料理が思い浮かんでいる。 幸弥の渡してきた4万文に疑問を抱きながらも「どのみちやるしかないしな」と酒々井 統真(ia0893)は割り切った。 腕に大袋を抱えた若獅(ia5248)は遠巻きに杏の様子を見守った。 色々なしがらみが生きる片田舎で、杏達は昔は閉じこもって暮らすだけだった。が、今や立派に胸を張って暮らしつつある。宴は契機と見て、支えてやらなければと胸が熱くなった。 「あ、そうだ。これ、景品に使ってくれよ」 うさぎともふらのぬいぐるみ、そしてキャンディボックスが入っていた。 「……べ、別に俺がぬいぐるみ好きって訳じゃないからな。に、にやにやすんな!」 くすくす笑う久遠院 雪夜(ib0212)は、忍犬に留守番を言いつけて、宴に使う景品集めを始めた。 「はーい、みんな。一覧に纏めるからよろしくね」 久遠院自身も膨大な景品を背負っている。 甘酒や甘刀「正飴」は勿論、うさぎのぬいぐるみ、牛の面に黒猫の面と白猫の面、お香の「新緑」と「梅花香」、簪「早春の梅枝」、キャンディボックス、豪華錦絵は「高橋甲斐」に「天元征四郎」、そして「穂邑」、七色水飴、ねこのて、ブレスレット・ベル、もふらのぬいぐるみ、ヴァンパイアキャンディー、以下略。 「百宴か……今までひっそりとこの行事を続けてきた人たちは、いったい何を思って続けてきたのかしらね?」 何かを揶揄するように呟いたロムルス・メルリード(ib0121)もまた、遊びの景品として、とらともふらのぬいぐるみと、プリャニキを久遠院に手渡した。そして宴の中で行う寸劇の支度を考え始める。 ハッド(ib0295)は百宴が密かに続いていた事情を察しつつ、幸弥に疑念を抱いたが……結局疑ったところで何も話は進まない。 謎の小さな樽を抱えた蓮 蒼馬(ib5707)が唸る。 「百宴という名からして、百家の関係した催しだったのだろうか? ま、今の杏達には関係無い話だしな。宴を成功させる事を考えよう。で、これは俺からな」 甘刀「正飴」に、うさぎとかえるに加えてとらともふらのぬいぐるみを積み上げる。ちなみに極辛純米酒と酒「もふ殺し」は男衆向けである。 「餅つきの臼と杵の手配にいってくる。ご近所で持ってる所はあるだろうしな」 謎の小樽を仲間に預けて、出かける蓮。 「そのまま会場に向かうから、先に行っててくれ」 ソレまだ開けるなよ、と念を押していった。 中身は長いことシャーウッドや桂杏(ib4111)達が探していたものだが、後のお楽しみだ。 難しい顔をした桂杏もまた幸弥について考えた。 「んー…、杏さんのことを知っていただく良い機会と、この際割り切っていいのではないでしょうか。あ、これ男衆向けにと思いまして」 荷物から名酒『もふ殺し』二升を手渡す。更に景品として、甘刀「正飴」に豚の貯金箱、モフテラスのお守り、もふら張子を久遠院に渡した。 白 桜香(ib0392)は百宴の存在に驚きつつも、幸弥に対して素直に感心を示す。しかし何よりも気合いが入るのは、杏主催の宴である。必ず成功させて地域に受け入れて貰いたかった。ついでに居残り組の人妖達や子供達に宴料理について聞きながら、お土産を持って帰ると約束する。 「頑張ってきます。美味しいお土産持って帰ってきますね」 鈴梅雛(ia0116)が、両腕にかえるのぬいぐるみと月餅の数々を久遠院に手渡して振り返る。 「ご近所と仲良くするのは、大切です。早速、支度しましょう」 無言で妙な威圧感を放っているマハ シャンク(ib6351)は、幸弥の要求……というより百宴の依頼が来たこと自体に腹を立てていたが、どちらにせよ断りようのない話な為、渋々支度を始めた。やるからには完璧に成功させる。古酒と天儀酒を男衆向けに提供し、絵付本「もふらさまのすべて」とお手玉、祝福の水晶にまるごとあひるさん、もふら張子などを、ごっちゃりと景品に提供した。 手渡しが終わると、人妖の菫に子供達用のお年玉を少額ごとに袋詰めにする作業を言いつけて、食材の買い出しである。 とその前に。 暫く話し込んだ末に、振る舞う料理は、様々な鍋が主体になると決まった。 そこで大事なのは必要最低限の予算管理だ。皆が出発準備をしている間に、珍しく酒々井が経費を計算している。 見るからに頭が煮えていた。 「鍋を中心に据えるだろ? 豆腐一丁四人から六人前とすりゃ十六丁以上はいるよな? 具がなー、鶏が一羽1000文なんだよな。まぁこの辺はネリク達に任せとけば、なんとかなりそうだが……雑炊用の米が六合半で25文だろ? 米に餅米、あと、年越しになるから年越し蕎麦も必須だろうな……蕎麦って十文か、単純に100人で考えたら蕎麦だけで1000文いっちまうんだよな」 独り言、終わる気配なし。 「なんだか今日は主夫のようだね? ちゃんと紙には書いてるんだね」 肩からのぞき込む人妖の雪白。 「ほっとけ。ちゃんと留守番してろよ」 「分かってるさ。お餅位は持って帰ってきてくれると信じてるよ?」 「ちゃっかりしてんな。だいたい、大枠はこんなか」 玄関の方向から酒々井を呼ぶ声がした。人妖の雪白に居残りの手伝いを言い聞かせる。 若獅達は留守番をする者達に声を投げた。 「ミゼリ、準備の間とか少しの間、留守にするけど家を宜しく頼むな。後で此処の皆で新年のお祝いやろうな!」 清々しい気持ちで新年を迎えたいものだ。 白螺鈿へ向かうまでに、皆は各分担と予定を打ち合わせる。 話しながらシャーウッドがふと鶏小屋を思い出したが、絞めるほど量がいないので、町中で鶏を買うことにした。加えて懇意の肉屋に足を運んでみて、牛骨が手に入ればいいな、とも。 「鶏は絞めてすぐ使っても、あんまり美味くないからな。今の季節だと絞めてから二日か三日は寝かせないとならないし……一言で鍋と言ったって約百人分か。なかなか厳しいな」 「ああ。準備に使えるのは11200文。100人とすると結構きついぜ」 酒々井が肩をすくめながら空を仰ぐ。 「この一帯は無駄に高いしな。葉物の野菜、あとは茸でも持たせられるし、味噌とか水炊きとか出汁、味を変えることで場所を移る交流を生んだり、飽きられるのを防ぐこともできるはずだ」 「それでしたら、私達が。つけ汁も複数用意して、柚子を搾ったりしようかと」 白が次々に案を出す。 そりゃ楽しみだ、と酒々井が笑う。 「で、まぁ。肉だの魚だのは高いから、米と卵を用意しておいてある程度、鍋の中身があいたら雑炊にすれば不満も出ない、と思う」 なるほどな、とシャーウッドが唸った。 「手分けするか。とりあえず、俺は急いで使えそうな鶏があるか見繕ってくる」 「私も、いきます」 まず鈴梅はもふらの長老様をつれて白や桂杏、シャーウッド達の買い出しを手伝った。軽く見積もって百人分だ。書き付けた分を買うだけで相当な荷物になる。 「結構な量になるはずです。人数分のお蕎麦と、お酒は十升くらいで足りるでしょうか? あ、でも集めたお酒がありますし……四升くらいにしておきますか?」 「いいんじゃないかな。やれやれ大仕事だ」 会場となる屋敷に到着すると、早速仕事は忙しくなる。 若獅と久遠院は、足りない掃除は勿論、広い会場の設営を始めた。 邪魔な家具は動かす。子供が遊べる隣部屋も作る。寒い季節なので火鉢はかかせないが、子供が騒ぐことが想定される以上、引っかけて怪我をしたり、火事を起こしては大変だと部屋の隅に設置した。時には設営だけでなく、白達の食材の下ごしらえも手伝う予定だ。 作る鍋は、寄せ鍋と味噌鍋、そしてジルベリア風煮込み鍋が主体。 買い物から戻ったシャーウッド達は阿吽の呼吸で料理にとりかかる。 まずは一斉に野菜を洗ったり、刻んだりという下処理に徹する。 その後、白と桂杏が寄せ鍋と味噌鍋を担当し、シャーウッドがジルベリア料理を担当した。幸いにも牛乳や卵は農場で手に入る上、余っている野菜や香草は使いたい放題だ。 とはいえ、余り余裕はないのだが。 「希望鍋からお好きに取る方式辺りでいいと思います。色々とつけ汁があればあきませんし、シメはお餅か蕎麦で選んで頂いて……お蕎麦や漬け物もそうですけれど、今年は出来あいの物中心になりますが、次回があれば手作りしたいですね」 話しながら手は器用に動く。シャーウッドの隣では、桂杏が唸っていた。 「大きめの雄鶏達ですし、こっちの一羽は骨から削ぎ落とした鶏肉で肉団子を作りますか? 先に入れちゃえば出汁も出ます、それに……お肉には夢がありますから」 色々他にも支度がある為、あばらや骨周りについた肉の掻きだしを若獅に頼もうとしたところ。 「あれ? 雛、それは?」 若獅が首を傾げる。鈴梅は自前の七輪を沢山土間に運び込んだ。 「ひいなはお料理は苦手ですが、簡単なお手伝いなら頑張ります。任せてください」 焙っても美味しい。それに土間は寒いので、暖をとるにも丁度いい。 ふたり仲良く肉団子作りが始まった。 鍋と言えば肉の争奪戦である。 そして数が少ないと落ち込むのではないかと考えた桂杏が、鶏肉に細かく砕いた軟骨や刻んだ葱、つなぎの生卵を加えて嵩増しを測る。味を良くする為、シャーウッドの案で味噌の上澄み汁、臭みを取る為の酒や刻み生薑、砕いた椎茸を叩き込んだ。 小さく丸めて鍋の中へ。 ここでシャーウッド作煮込み鍋の作り方を紹介したい。 まず買ってきた雄鶏の処理だ。モミジ(鶏の足)の爪を取り除き、安く譲って貰った牛骨とともに下茹でして血抜きをする。水を変え、鶏がらも加えて加熱。沸騰して灰汁が出たら取り除き、少なくなったらたまねぎ等各種野菜を入れる。野菜の灰汁をとり、でなくなったら布でゆっくりと漉す。その後、鶏肉、各種野菜をバターで炒める。水とブイヨンを足して煮込みながら灰汁を取る。牛乳を加え、塩で味を調えながら煮込む。 以上だ。 手間暇かかるが、慣れた手つきで順番に済ませ、灰汁抜きに専念する。 「天儀じゃ中々お目にかかれない料理だから、客も喜んでくれるんじゃないかな……後は餅つきか」 「臼と杵の数次第ですけど、食べる分は勿論、紅白のお餅はお土産にかかせませんよね」 白が餅米の蒸し係を率先して引き受けた。 一臼80個と考え最低10臼位搗く計算でいいだろうかと、餅米の量を弾き出す。 宴が終わるまで休む暇はなさそうだと、シャーウッドが笑う。 「まぁ道具さえ用意しておけば皆で楽しめるものだし、じきに蓮も戻ってくるだろうから、俺は全部終わったら黄粉、餡子、醤等色々な味付で楽しめるようにしておこうか」 「遅れたな。すまない。まだ下準備中か」 噂をすればなんとやら。 餅つき道具一式を幾つも借りて戻ってきた蓮が、預けていた小さな樽を受け取る。 「で、結局それは?」 「神楽の都で買ってきた発酵乳だ。所謂ヨーグルトだな。この辺じゃ全くお目にかからなかっただろう? これは抑も遊牧民の自然発酵食材だし、アル=カマルとかの国交が盛んになった神楽の都でなら手に入らないかと探してみたんだ。よっ、と」 蓋を開けると独特の酸っぱい匂いが漂う。 ちなみに羊の乳である。 「ネリク、鶏のがらを少し分けてくれ。本当は羊の骨も欲しかったんだが、時間がなかったんで余ってる牛骨で代用する。この出汁に乳と発酵乳を混ぜて煮込んだ野菜鍋が、酸味が効いていいらしい。コレ、娘の書いたレシピな」 桂杏に手渡す。念願の発酵乳に狂喜乱舞しそうな勢いで、料理に戻った。余ったら農場で使おう、と顔に書いてある。そして土間から立ち去る蓮には仕事があった。餅つきのための道具、これを綺麗に洗わねばならない。 一方、手伝いたくても料理に関しては口を出せないメルリードは設営を手伝ったりしながら、寸劇のために「阿修羅幻想」巻之壱を読みこんでいた。 ハッドはというと、榛葉家の所に行っている暇がなかった。一年前に酒々井達が苦労したように、アーマーを用いたとはいえ、威圧感溢れる雪のけで苦労していた。さりげなく「餅には黒豆と餡子じゃぞ!」と要求を忘れない。庭園の手入れもしようと目論んでいたので、料理は完全に仲間に任せきりになった。 そして肝心の杏は、文字と向き合っていた。 「えっとぉ『ほんじつはおひがらもよく』……雪降ってるし、だめだよね」 ずもーん、と落ち込む杏。 その背中をのぞき込む人影。 「どうです? んー…、しいて言うなら『足下のお悪いなか』とか。でも難しいことを言う必要は無いですよ。皆さんも言っていたでしょう? この一年感じたことを杏さんなりの言葉で話してもらって、最後に来年もよろしくお願いしますで締めくくれば大丈夫」 桂杏の休憩時間は、杏に挨拶をさせる為の特訓に費やされた。実はこれ、かなり重要だった。開会と閉会の挨拶だけに留まらず、各席を回ってご挨拶をするように告げる。 「……で、返杯に関しては大人が受けますから大丈夫です」 やることに意味がある。 仕込を手伝っていた鈴梅たちも、休憩時間になると次々に杏の様子を見に行った。宴会の最初の挨拶と締めの挨拶は杏がやるべきだと考えて。 杏のご挨拶練習を傍らで眺めながら、景品の整理をしていたのは久遠院だ。 掃除の際に、品目の数だけ番号を書いた紙を隠してある。あとは同じ数を書いた紙を景品につけて、引き替えていけばいい……とはいいつつも、きっと宴の間は休む暇がなさそうな気がする、という予感がする。引換券は『簡単に見つかる』場合と『簡単には見つからないけど、頑張れば見つかる』ように仕掛けたものがある。 当然、長丁場は覚悟しなければならない。 「それなにー?」 休み時間に久遠院が若獅の手元をのぞき込むと、もふらさまの福笑いを作っていた。 ちなみに、買い出しに出かけたはずのシャンクは、食堂の主人を連れて戻ってきた。農場から開拓者が無償奉仕した分は、体で払ってもらう気らしい。 そして会場を綺麗に飾っては、と。 白と久遠院が率先して綺麗に片づいた玄関や床の間、廊下などを新年用の飾りで華やかに彩った。 「簡素でも鏡餅と門松は忘れずに、と」 久遠院が願掛けでもするように手を合わせる。沢山の笑顔が見れますように、と。 白螺鈿で皆が宴に忙しい中で、シャンクは一人役目を終えると農場に戻った。 一人といっても、雇いの女性達はいるし、朋友達は命じられたとおり敷地の見回りをしたり、人妖達は家事に勤しんでいる。シャンクは時折暖炉の火加減を調節しながら、じっと目の前のミゼリを見ていた。 ジルベリアの容貌を備えた、杏の姉。 聴覚は戻れども、視覚と声は一向に戻らない。開拓者が来る前は、過酷な生活と物取りや無体を働こうとする者達に悩まされたとも聞いた。心の中で思う。 『自分で悩みや苦痛を手にした後に成長がある。ある程度は無関心でなくてはならない』 開拓者として『手助けに留めるべきだ』という考えが脳裏をよぎる。 けれど……ミゼリは例外だ、と確信めいた気持ちがあった。 『思惑が混沌としている中で、難儀している子供二人で何が出来ようか。そうさ』 親を亡くした。財を奪われた。五感を失う程の苦痛を受けながら、今も悪意に狙われる。 『更なる苦痛を手に入れる必要があるのか? 成長する為の資格は十分に得たはず』 運命とやらは……これ以上何を、彼女から奪う? 「眉間に皺が」 人妖の菫が目の前に茶を置いた。気が付くと雪白や炎鳥達も顔をのぞき込んでいる。再びミゼリを見ると、膝の上に湯たんぽ代わりの忍犬天国を乗せたまま微笑んでいる。 「……尻尾が寒いだけだ」 願わくば、できる限りの手を。成長の先の安息の為に、と。 「たっだいまぁ! 無事に終わったよー!」 深夜遅く。行きと違い、身軽に帰ってきた久遠院の後ろには、屍のように気力も体力も使い果たした酒々井と蓮がいた。顔が真っ赤なのは、杏の代わりに空腹で男衆の酒に付き合わされた為だが、餅つきに子供達の相手も相まって、気力が限界だ。 「もういい、ここでいいから!」 「すまない。ここで、眠らせてくれ!」 酒々井と蓮、魂の叫び。 「はいはい。ここは廊下です。邪魔なので奥で寝てくださいね。奥でしたら倒れてもかまいませんが、寝てしまうと御馳走が食べられませんよ」 桂杏が空きっ腹の二人に動くように両手を叩く。 後方から鍋の余りを抱えたシャーウッドと白が接近してくるので、腹の虫が鳴り響いた。酒は飲んでいないが、疲れる気持ちは分かる若獅とメルリードが肩を貸す。鈴梅は走って人妖達の所へ行き、お茶を取りに行った。ハッドは蓮の代わりに、借り物の餅つき道具一式を仕舞いに行く。返却は洗って乾かした明日以降だ。 「腕の立つ開拓者ともあろう者が一体どうした」 留守番のシャンクが解説を求める。 若獅が「うん? 実はなー」と宴の様子を語る。 みっちり仕込まれた杏の開会式で恙なく始まった宴には、知っている人から知らない人まで多くの人が足を運んでくれた。 片隅の餅つきに子供達が自分もやってみたいと群がれば、彼らの親は監督責任から解放される。 数少ない心休まる大人達の時間。 その隙を見て杏が皆を伴いながらも挨拶をして周った。珍しい料理や温まる鍋は勿論、受けがよかったのだが……問題は宴終盤、酔いが回り始めた親父共と食事に飽きた子供達である。 酒の相手は覚悟していたし、その間の子供達は景品の番号を見つける遊びや、寸劇を見せている間は静かだったが……子供というのは少しでも眠ると体力全開で遊ぶ生き物である。 泥酔状態で子供達のあくなき戦いに挑んだ勇者達は、見ての通りだ。 「土間は土間で、鍋に餅に蕎麦に、休む暇もなかったからな。見ろ、服に汗で塩の線が」 疲労の色が濃いのは、シャーウッドや白、桂杏も一緒だ。既に料理する気力がない。 最初は座敷にいたハッドも、後半は土産用の紅白餅作りで裏方にいた。 「ひいなはお酌とお茶の支度と、倒れた方の介抱で手一杯でしたし」 久遠院は子供の遊び役に専念していたが、景品のことで喧嘩が起きないようにかかりっきりで、やっと手元からなくなった後には、シャンクから預かったお年玉を配り……と作業は果てしない。若獅の場合、最初に配膳に必死だったがそれが済むと子供達の相手が待っていた。最も、メルリード達女性陣の子供の相手は、酒々井や蓮が酒を交わしている間が殆どだったので、後半は入れ替わりで休む暇があったらしい。 なんにせよ、宴は概ね成功に終わった。 「ほんと、今日は全く休む暇がなかったな……まぁしょうがないか。ロムルスと少しくらい一緒の時間が取れたらよかったんだけどなぁ」 「結局、落ち着けないうちに年も越してしまったわね。まあ、どうせネリクもこれから先も農場に来るつもりでしょう? ゆっくりしようと思えば、またいつでも機会はあるわよ。……た、たぶんね」 戻ってきた和やかな空気。 白が「できましたよ」と皆に声を投げる。 「皆さん、余り物ですがご飯にしましょう。前に仕込んで置いたお菓子もありますし」 白が温め直した鍋を運ぶ。 戦いの夜を見越していたのか、屍状態の蓮がそっとおせちを差し出した。杏とミゼリにも隠しておいた贈り物を渡す。杏は「ありがとう」と飛びついた。久遠院が笑う。 「ボクたちの正月がきたね。かんぱーい!」 新年あけましておめでとう。 家族だけのささやかな宴がはじまる。 年が明ける頃には、幸弥の計らいで『笑楽庵』と名の彫られた看板が、宴の屋敷を飾ることだろう。 |