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■オープニング本文 前回のリプレイを見る その日の朝、農場には初霜がおりた。 この白螺鈿周辺では、毎年11月に急激に冷え始め、12月に何処かで一度怒濤の雪が降る。突然冬が押し寄せてきたかと思えば、何事もなかったかのように雪がとけて温かくなり、そして1月から3月は本格的な白銀の世界に閉ざされる。だから今から寒いと言っていると冬が越せない。 とはいえ。 寒さが厳しくなってきたのも確かな話で。 「ヒルデー、まだ暖炉に火をいれてないの?」 「今は手がはなせないのー!」 どこからか人妖ブリュンヒルデの声がする。 人妖の炎鳥はきっと姉の部屋だろう。 「う〜寒い。あ、フツーの蝋燭切れてる。‥‥あれ使ってもいいかなぁ」 暖炉に薪を置いて部屋の棚から取り出してきたのは、火打ち石と家族が作って保管した蜜蝋蝋燭だ。3200gの蜜蝋から80個ほど作られた。赤ん坊の拳の大きさをした蝋燭は、点火後、約七時間も燃え続ける。白螺鈿で同じ蜜蝋蝋燭を買うと、普通の蝋燭の二倍も燃焼時間が持つという優れた点から、1個9文、20個入りで180文、という恐るべき値段がつけられることなどアンズ達は知らない。 「みんなー、もうちょっとするとあったかくなるよー」 朝市も先月で終了し、アンズ達の農場も週に一度の市場と贔屓先に納めるのがせいぜいで、平穏な時間が過ぎ始めていた。冬支度を始めたとはいっても、それはほんの少しだけ。仕事は、沢山あった。 「少しずつ薪を増やし始めないとだよね、来月でも間に合うけどさ」 前回作った十個綴りの干し柿は、合計15本ほど軒下に吊してあった。 そこからおやつを調達して朝の相談だ。 「そーねー。畑の葱のこともあるし。蒲公英の根を洗って乾燥させて粉々にして焙煎しないと飲めないものね」 呑気なアンズとブリュンヒルデに、人妖の炎鳥が手刀をかます。 「あほどもめ。まだ蜂蜜採取したり蜂の巣箱の移動もあるだろが」 家の裏手には蜂の巣箱が二つある。 夏に家族を驚かせようと秘密裏に頑張って増やしたのだが‥‥一人で面倒をみるには荷が重すぎたのか、そちらは先日全滅した。その為に巣箱内の7枚板を壊して蜂蜜を採取したり、蜜蝋を取り出さねばならず、家族と育てたもう一つは室内へ保護する。 定置養蜂を行う以上、十一月から三月の間は巣箱を回収し、室内つまり越冬庫に保管しなくてはならない。しかしそんな設備はない上に今から小屋を造るわけにもいかないので、母屋のジルベリア様式三部屋の一室、以前アンズが鶏を隠していた個室を、越冬庫として使用するのが、最も労力を使わずにすむ。これで空いている洋室は中央の一室だけになる。 炎鳥が唸った。 「蜂が部屋から出ないように窓側の内廊下、部屋を区切るように薄い扉つけたらどーだ? そろそろ氷柱つめなくても保管できるし、一旦、排水の筒はずしてさ」 「丁度いーね。冬は栽培箱お休みかなぁ。栽培箱の水菜と小松菜と春菊は収穫だし。大蒜も回収しちゃおっか。そういえば蜂の巣箱1枚壊すと一升位の蜂蜜が取れるってきいたよ。保存の瓶と小売り用の瓶を買ってこなきゃダメだね」 「一気に言わないで! 書けないでしょ!」 人妖のブリュンヒルデが怒りながら依頼書を書き出す。 『農家で働く開拓者募集』 というお決まりの見出しから始まる依頼書には、いつも通りのやらなければならない作業が書き込まれていく。 母屋の窓側廊下の改造。雌牛十二頭の世話。鶏二十三羽の世話。畑の世話。玄関前の栽培箱にある水菜、小松菜、春菊の収穫と栽培箱の片づけ。畝1本の根深ネギの収穫。畝1本の蚊連草など香草の剪定。畝1本の蒲公英の収穫。空いた畑の手入れ。牛糞堆肥と鶏糞堆肥の手入れ。蜂蜜と蜜蝋の採取と濾過。蜂の移動。塩卵とマヨネーズやバターなどの乳製品の加工。五日目の市場当番。食堂と料亭への納品。今月から始まる恵の実家、榛葉家への借地料金5000文の集金訪問。など。 ついでに今回からは給金がない。 新鮮な卵や野菜という現物支給だ。 「この前干してた牧草が奇跡的に乾いたし、大豆の在庫もあるし、一ヶ月は餌に困らないわよね。あと前回新しく作った苺ジャムが500g瓶で39個。紫蘇味噌が150g瓶で32個だっけ。前の値段が一瓶5文よね。塩漬け大葉が1600枚‥‥食堂や料亭におろしてもいいけど、市場に出すかは値段ごと相談しなきゃ」 働き者の人妖ブリュンヒルデ。 その後ろ姿を、ぼんやりと眺めるアンズ。 「‥‥あれも見てもらう?」 乱雑なままの帳簿。 花車の祝儀36000文と少し高めに売れた翡翠2個の52000文を家計簿の財産に加算した。 いつもの塩卵に牛乳、一ヶ月前の市場で売りさばいた不断草、蝦夷蛇苺、人参に玉蜀黍などの売り上げもかなりあったが、色々と面倒な状態なので、一ヶ月ほど放置していた。 「ボヤかない。依頼書出しに行くわよ! はい、どいてどいて」 人妖にじゃれつく子犬の絆を押しのけて、出かける二人。 そして白螺鈿へ飛脚を頼みに行って、少しばかり物々しい空気を感じながらも、異変に気づかないアンズたちは首を傾げて、何事もなかったかのように家へと戻る。 のんびりと過ぎゆく農家の時間。 波乱の冬が、すぐそこまで来ていた。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
ロムルス・メルリード(ib0121)
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
ミシェル・ユーハイム(ib0318)
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898)
23歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 遠くに聳える渡鳥山脈。 高嶺に仄か雪化粧。 農場にたどり着いて早々、若獅(ia5248)は大きく深呼吸した。 「白螺鈿の冬よ、俺は帰ってきた! 今年こそ先手をとってやるからなぁぁぁぁ!」 一部の者にとっては二年目の冬になる。 「今回は冬支度を本格的にしなければいけません。桃香もお手伝い宜しくね」 白 桜香(ib0392)が人妖に声をかけると「保存食でもつくるのー? あじみー?」と食い気を包み隠す様子もなく聞き返してきた。苦笑一つ零して近所に挨拶へ出かけるべく「干し柿を取って参りますね」と手土産を取りに行った。 久々の作業着姿で身を包んだ酒々井 統真(ia0893)は、目敏い杏に「けがー?」と問われる。 「よ、久しぶりだな。ちっとヘマしてな。少し怪我してるが、普通に動く分には問題ねえって」 わしわしと杏の頭を撫でる。 その隣を足早に通り抜けていくのは、いつも通りの薬草を買い込んできたミシェル・ユーハイム(ib0318)と蓮 蒼馬(ib5707)の二人だ。二人は一旦倉庫の中に薬草を片づけた。ユーハイムは鈴梅達と一緒に近所巡りに向かう予定があったし、蓮は柵の点検や補修をかねた定期点検だけでなく、ネリク・シャーウッド(ib2898)と手分けをして母屋の改装という使命もある。ユーハイムも杏に一声なげた。 「ゆっくり話したいけど、また後で。すぐに戻るよ」 午後から夜は久遠院 雪夜(ib0212)達と匂い袋や香作りをする予定なので尚更だ。 はあ、と吐いた息が白くなる。 これは本格的に冬が近いと悟ったシャーウッドは身を震わせた。 「寒くなってきたなぁ……これからがまた大変そうだ。今回は俺も挨拶回りにいってくるかな」 呟きを拾った桂杏(ib4111)も「本当に寒くなってきましたね」と空を見上げる。 「杏さん、風邪とか大丈夫ですか? お腹出して寝てませんか?」 「うん、へーき! ねー、ヒルデ」 「どーかしら? 前に熱だして困らせた奴が言う台詞じゃないわね」 色々台無しだ。今度は大丈夫だと喚く杏に「はいはい喧嘩はよくありませんよ」と割って入る桂杏は、ふと考え、人妖のブリュンヒルデを見下ろす。 「この辺りってどのくらい雪が降るのでしょう? 雪が降ってからだと、除雪の道具が品薄になることもありますし」 「それについては俺が答えるぜ! 聞いて驚け、一日で畑が埋まった!」 どーん、と胸を張る若獅。 「あぁ思い出すぜ。前日にやっとどけたと思ったのに、次の日は元の状態になってた」 何度も味わった徒労感を思い出し、酒々井は明後日の方向を見上げている。 「あの時は、道具も畑も何もなかったから、抑も入手が困難で……」 多少の愚痴が入るシャーウッド。 「……それで具体的にどのくらい積もるのですか?」 一通りぼやきを聞いてから、桂杏は話を本題に戻す。 問われた酒々井とシャーウッドは顔を見合わせた。じー、と見たのは母屋である。苦痛だった除雪の苦労を思い出しながら、あーでもない、こーでもない、と積雪の高さを話し合うこと数分後。 「平均して、一晩に膝ぐらいだったよな」 「ああ、たまーに一時間くらい町に出かけて戻ってくると道が無くなってたとかあったけどな」 つまり平均して一晩に三十センチから四十センチ。 山から離れている平地のため、二階の窓から出入りしなければならないという過酷な状況にはならないものの、時に連日雪が降り積もり続けると、子供の身長はゆうに超える時がある。 「少なくとも母屋から町への道を造る分は必要ですね。去年の道具を点検致しましょうか」 「それなら、こっちにあるぜー」 若獅に続いて桂杏が倉庫に消えた。 仕事に向かい始めた仲間を見て、酒々井が首を鳴らす。 「さぁて、納品作業なら、俺がいってくるぜ。冬に向けて、何がいるかも気になるしな」 塩卵、馬鈴薯、マヨネーズ、牛乳、と慣れた手つきで荷車に積み込んでいるとマハ シャンク(ib6351)が一緒に行くと告げた。 「大事な用事があるのでな。同行するぞ。アレは、どうにかせねばならん」 「べつに俺はかまわねぇけど」 ……アレって何? 何処か剣呑な様子に気圧されつつも、出かけていく二人。 そこへ白が戻ってきた。シャーウッドが「丁度いい」と振り返る。 「みんなも出かけるようだし、俺達も挨拶回りにいくか」 白螺鈿の空気はどこか緊張感に満ちていた。詳しい話はまだ分からないが、少しでも把握して置いた方がいいだろうと、いつもより多い人手で近所に出かける。逆に何か良い話がきければ、商売に繋がるかも知れない。干し柿を持った白に鈴梅雛(ia0116)、更にユーハイムとシャーウッドを含めた四人が、近所へと歩き出した。 ハッド(ib0295)は一人明日の収穫に備えた準備をすると言いつつも、炭焼き窯の作り方に関して悩んでいた。 「土を掘って盛り、石を組んで、本格的なものをつくれるとよいのだがの〜」 とはいえ、詳しい知識も持たない以上、一朝一夕では無謀な話である。 蓮も母屋に入ってから改装する廊下を見た。 「よし、俺もやるか。まずは測って材料を書き出さないとな」 窓側の廊下を扉で区切り、冷気と蜂の対策をしなければならない。ついでに今回取り出す蜂蜜の保存専用の瓶と、小売り用の瓶の数なども頭の中で計算して見繕うあたりは、農場暮らしが染みついてきた気がする。 「そういえば倉庫の芋、どうするかな。酒でも造ってもらえればいいんだが」 和紙に必要な道具を書き連ねつつ、口からついてでる悩みは全く別のことだった。器用だ。 倉庫では若獅と桂杏が悩んでいた。 「……て、あれ?」 「足りないみたいですね」 去年の豪雪を思い出した若獅は、既にやるべき事を網羅している。 それは建物の修繕と道具の確認だ。修繕道具の点検、除雪道具は一通り昨年買った道具が揃っているが、いつでも取り出せるようにしておかないと後で泣く。桂杏と準備をかねて数えだして数が足りないことに気づいた。 「あ、そっか、去年は九人で雪のけしてたから、足りないのか」 雇いの女性や子供用の除雪道具、更に今では毎月十二人前後が農場へ来るため、明らかに道具の数が足りない。シャンクやシャーウッドが出かけてしまう為、除雪道具の買い足しは後日誰かに頼むことにした若獅は、家畜の世話へ向かっていく。 桂杏は帳簿の整理に励み、生クリーム仕込みに専念した。 「これはまだ簡単ですけれど……バターが」 腕が筋肉痛になるのが、色々と死活問題である。 ロムルス・メルリード(ib0121)は調べたいことがあるからと、家の中を調べだした。気になるのは、親の遺品だ。一年前の杏は、金目の品を盗まれないように様々な場所へ隠す癖がついていた。この一年で随分と症状が改善され、帳簿などをきちんとあるべき場所へ置くようにはなったが、親の遺品は見た覚えがない気がする。それとも何処かに片づけてしまったか。 一年も前のことなので、記憶が朧だ。 「前も随分探したけれど……炎鳥、少し手伝ってくれない?」 杏に詳細を伏せて、人妖を呼び、作業に映る。 そんなメルリードを疑われないようにする為の意図もあったのか。 久遠院 雪夜は内職を増やすため、雇いの女性達や子供達も含めて呼び集め、匂い袋を作り始めた。余裕があれば、香も試作しようと、白螺鈿へ出かける面々に『暇があればお線香を一箱買ってきてくれないかな』と既に頼んである。試作した薄荷の匂い袋を持つと、居間の所へ向かう。 「ミゼリちゃーん、ちょっと手伝ってもらえないかな?」 悪戯っぽく呼びかけて近づいていく。 その頃、挨拶回りついでに鈴梅は困ったことがあれば依頼をして欲しいと言うつもりでいた。 杏達の農場に開拓者達が出入りするようになって一年経つ。近所の人間は認めてくれるようになったとはいえ、やはり奇異に映る場合もある。夏が過ぎ、冬支度の知恵を借りるばかりだったこともあって、今度は自分たちを頼って貰おうと考えた。色々頼まれすぎても困るが、老夫婦の農家などは力仕事のできる者が必要だろうと考えた。世間話ついでに、そっと話す。 「……ですから、もし何かあったら、声を掛けて下さい。助け合い、です」 にっこり微笑む。 「じゃあ一つ、お願いしたい、っていうか分けて欲しいものがあるんだけど……」 「なんでしょうか?」 そして奇妙なお願いを受けることになる。 同じく近所を尋ねていた白は、冬支度の助言は前回聞いたので、今回は地元の行事や情報収集をしようと考えていた。手土産は自作した干し柿だ。 「冬の行事ねぇ。年明けの初詣とか、雪若投げとか、結構色々あるかもしれないねぇ。やっぱ田舎は祭がないと寂しいから」 「ゆきわかなげ?」 雪若投げ、という行事は、所謂『福男探し』である。 毎年豪雪となるこの一帯では、除雪した雪を盛り続けて、所々にこんもりとした山ができる。雪若投げは、大屋敷並の高さまで雪を盛って坂を造り、その上から半裸になった『未婚の男』を投げ飛ばして、何処まで転がれるかを競う。大抵は雪まみれになり、時に風邪をひくが、最も遠くまで転がった者が、その年の『雪若』要するに福男として扱われる。 尚、雪若がもたらす福は、その周囲に限定される為、本人に福が来る保証は無いらしい。 「それはまた、なんといいますか……本人に利はないのですね」 「いーや? 福の神の化身っつーことで、雪若はモテるからねぇ。結構参加者いるんよ。彼女や嫁がほしいとか、純粋に賞金が目当てだったりとか、一年は食うに困らないからね」 最近、この辺で物騒なことがなかったか聞くつもりだった白は、無駄話の楽しさに他の用事を忘れて、祭の話に聞き入った。我に返って、羊や羊毛のことなどを聞いたのは、それから一時間ほど後になってからの話である。 一方、その頃の食堂では、室内で暴風が吹き荒れていた。 店の外には臨時休業の札がある。 「寒い。部屋の中なのに、寒ぃぞ」 背中に極寒の空気を感じつつ、食堂の片隅で火鉢にあたりながら身を小さくしている酒々井がいた。真似をしているのは人妖の菫だ。納品は終わった。終わったのだが、話はそれで終わらなかった。 先ほどからシャンクと食堂の店主の睨み合いが……否、とっても不機嫌なシャンクととぼけた顔の店主が顔をつきあわせていた。 「どうなのだ、店主」 食堂とは二人三脚の体勢で切り盛りをしていく……といっても、これはシャンク達の好意によって成り立っていた。確かに品物は金銭のやりとりが発生していたが、企画提案に店の改装、更には給仕に料理人、これら全ては無償奉仕と化していた大問題にシャンクが気づいたのだ。 何分、世話焼きで気のいい面々が揃っていた為、いつの間にか食堂の主人は体の不調を理由に、皆の善意に胡座をかいていた、という訳だ。 「……それはやっぱり、儂は秀でた感性がないし」 「ええい、話から逃げるな! ここ最近、私達に任せっぱなしではないか!」 がーっ、と珍しく感情を表に出しつつ説教をするシャンクに「まあまあ落ちつけって」と酒々井が時折仲裁に入る。 何度も話が脱線しつつ、根性がたるんでいた食堂の主人に活を入れることに成功したシャンク。途中で待つのに飽きた酒々井が、久遠院達に頼まれた買い物に出かけたが、終わって戻っても話が続いており、それは日が暮れるまで続いた。 「うむ。外観のウケは良かった、その日の一押しを張り出す板も設置した、顔馴染みの作り方も話した、季節商品の回し方や今後の経理の話もした、出だしとしては良好だな」 帰路についた荷車の上で、達成感に満ちたシャンク。 「……俺は腹が減った」 延々待ち疲れた酒々井が、腹を鳴らしながら茜色の空を仰いだ。 二日目は午前中に普段通りの仕事を済ませると、午後から雇いの女達や人妖の炎鳥たちに留守を任せ、メルリード達は厳しい冬を越すための薪広いを総出で行う。忍犬たちは不審者探しの為に、それぞれ走っていった。 「ライカ、この辺で待っていて頂戴。集めてから積むから、力仕事を頼むわ」 そうした頼みに龍たちも、じっと仕事を待つ。 ある程度集めては森の外に運び、待機している大型の相棒達に摘んで運ぶという手順だ。 「雪白、そっちは任せるぜ」 「人使いが荒いね、全く。まあいいや、ボクは不審者の警戒に行ってくるよ」 手斧を担いで薪集めに出かける酒々井の頼みを聞いて、人妖の雪白が遠ざかっていく。 本日、手斧をきちんと持ってきたのは酒々井のみ。 仕方がないので。 メルリードは片手剣のドラゴンフィンガーで、久遠院は刀の鬼神丸、シャーウッドは命宰の刀、桂杏は忍刀の蝮を斧代わりに使った。 立てた枯れ木をずばんと切り裂いて、桂杏は愛刀を見下ろす。 「……いつもはアヤカシしか切りませんし、刃こぼれしないといいのですが」 お高い武器が、予想外の用途に泣いている。 背負った籠には枯れ枝だけでなく、着火に必要な枯れ葉や枯れ枝も放り込む。 枝を拾いながら、鈴梅がふと、何か思い出して顔を上げた。 「そういえば……生木はきちんと乾燥させないと、煙が酷いらしいです」 シャーウッドがあることに気づく。 「そういえば、うちで使ってる竈の薪や炭って、全部買ってるんだよな……きちんと乾燥してるから使いやすいんだが、拾ってくるようにすれば、燃料代が少しは浮くかな」 実は薪用の樹木というのは、生木の自然乾燥に一年から二年ほどかかる。 ある程度乾燥したものでも、割った後は八ヶ月ほど放置しておくのが望ましい。 幸いにも杏達が所有する森は何年もほったらかしで、半分腐った様な木や枯れ枝は勿論、薪に適した乾燥した木々というのは、案外ごろごろ転がっていた。少し歩けば見つかるのだ。 とはいえ。 それらは本当に、折れたまま放置された状態だ。 例えば高さ20mで直径40cmほどの樹木1本を適切な大きさに切って運ぶ作業は重労働で、大の大人でも二日はかかる。もふらさまや龍がいれば、運ぶ作業は楽になるとしても、人の手は必要だ。 どうした木が望ましいのか、皆が悩みながら拾っていく。 すると突然、蓮が「重い」と呟く若獅に声を投げた。 「広葉樹より針葉樹の方が軽くて運搬が楽だぞ。薪割りもしやすいしな。火力が強くなるから着火材に向く。火の粉を少なくするなら檜がいい。重くて火はつきにくいが……割り易さや火力で行くと、これ、これがいい! 燃焼もゆっくりで……これって何の木だ?」 自信たっぷりに枯れ木を示しながら、我に返った蓮がユーハイムを振り返る。 「ブナだね、それ」 若獅が蓮を凝視した。 「詳しいなー……なんで知ってるんだ?」 「……からだが覚えてるんだ。それ以上は、染みついてる感覚としか言えん」 そんな和む空気の中で、忍犬の天月が吠えた。 「……は、何奴!」 突然、手にした薪を投げた桂杏。 「げべ!」 変な声の方向に向かうと、見知らぬ男が薪を背負って倒れていた。 見窄らしい身なり。この辺では見たことはないが、武装もしていなければ、金を持っている風でもなく、道にでも迷ったのかという話になり、鈴梅が怪我を治して何事もなかったかのように帰した。 「例の不審者かと思いました」 紛らわしい、と溜息を零す桂杏に、シャンクが声を投げる。 「不審者といえば不審者だろうが、普通の人間だったようでなによりだ。しかし獣があまりいないな、冬だから仕方ないか。色々生態が把握できたらよかったのだが」 この日、午後一時から日が暮れる五時までの四時間ほど薪集めに奔走した。 細い枝ばかりでも、すぐに仕えそうな薪が一抱えあれば充分に一食を賄い、一晩を暖める火力が生まれる。箸の細さから腕の太さまで。枯れ枝を集めた者は一人につき四日は燃やし続けられる量を集めた。鈴梅にユーハイム、蓮やシャンク、白と若獅に杏の拾った量をあわせると28日分になるだろうか。 酒々井と久遠院、メルリードとシャーウッド、桂杏はまず手頃な木を見つけて四十センチ幅に小分けにし、運び出す作業に追われた。 唯一手斧を持っていた酒々井は必然的に運ばれてきた薪を延々と割る作業になり、探したのは最初の一時間だけで、残り三時間は薪割りに徹した。一時間に約12日分、日が暮れる頃には36日分という脅威の薪量を積み上げて腰をさすっていた。 普通の人間なら丸一日専念しても作れる薪は一週間に届くかどうかだ。 開拓者故の驚異的な身体能力が、無駄なのか効率的なのかよく分からない方向で大活躍している。 最終的に薪として使える量は、全部合わせて64日分と、約二ヶ月分になった。 何故かシャーウッドは薪よりも銀杏や茸の収穫率が高く、今日明日の食事は豪華だと上機嫌で、一方アーマーの鉄くずに騎乗したハッドは来年用の薪にできそうな樹木を伐採し、一カ所に淡々と積み上げていた。 三日目は、ほぼ総出で畑の作物収穫と薄荷に取り組んだ。 鈴梅が薄荷を畑単位で契約する為の書類を作り、もふらの長老様を薄荷の運び出しに貸し出す。 ハッドは薄荷が広がりを見せているのを眺めて、地下茎で増殖することを思い出し、作物側の百坪に影響が出ないよう、アーマーで境界に板材を打ち込んでいた。 淡々と収穫をこなす桂杏とシャンク、白はというと、収穫をしながら、途中で作物をじっと眺めて分け始めた。葉物は五日目の市場へ出してしまうが、痛みのあるものは自宅の鍋の具材や漬け物加工用にする為だ。実りの少ない冬は、樽や桶単位で野菜を塩や昆布で漬けて、長期間持つように工夫する家が多いと聞いた。 ユーハイムと蓮は午前中は病害虫予防に勤しみ、午後は栽培箱の収穫に専念した。それが終わると、ユーハイムは畑の収穫物も含めて、白と同じように、傷や出来具合を見極めながら、上物、並、内用と綺麗に区分けていく。 一方の蓮は、朝から延々と蜂を保管する為の部屋作りに苦労しているシャーウッドを手伝った。まずは今まで氷の保冷庫の排水をしていた筒を外して一旦片づけ、個室の隙間を板張りにして塞ぎ、蜂が逃げ出さないように気を使う。さらに部屋と部屋を繋いでいた窓側の廊下を区切って扉をつけていく訳だから、一苦労だ。しかし全ては養蜂をやっていく為に必要な試練でもある。 ところでメルリードは、今日はいない。朝早くから白螺鈿の町へ買い出しに出かけている。足りない除雪道具や蓮が書き出していた蜂蜜用の瓶、調味料、母屋の改装に必要な材料など、足りない品は山ほどあったからだ。翡翠の価格相場も調べたいと思いつつ、道行く人々の話に耳を澄ませるのが精一杯だった。 ところで、この日、新しい試みが行われていた。 炭の伏せ焼き、原始的な炭の作り方である。 風向きを確かめ、旧畑の一角に細長いくぼみを掘った。底は平ったい上、深さは約三十センチと、大して深くはない。少しずつ高低差を付けてあるのは、焼け具合を調整するためだ。 「んー、上がり勾配は燃えやすく、下がり勾配は燃えにくいってあるけど、どっちがいいんだろ?」 がしゃがしゃと土を掘る酒々井と若獅に声を投げる久遠院。 責任は重大だと、意気込んでみたものの、何しろ炭など初めて作るので、何が最適で、どうすれば上手くいくかは分からない。 泥まみれの酒々井が汗を拭った。 「悩むなんざ、めんどくせぇ。両方やっちまおうぜ。若獅、もう一本、穴掘ってくるから、こっち頼むわ」 「任せとけって! こっちはいいとこ掘ったから、昨日の割ってない薪取ってくる」 若獅は久遠院に指示された通り、まず縦長の穴の一番奥に組石の煙突を作った。次に手前に人が入れる空間をとって、手頃な石を積み、窯口を作る。こうしてできた煙突と窯口の間が、炭にする木を置ける空間になるのだ。土が脆い場合は、崩れてこないよう、両脇に手頃な石を積んで壁を作る。とはいえ空間に木を敷き詰めればいいという訳でもなく、両脇に壁から握り拳二つ分の空間をとった中央に、太い敷き木を縦に並べ、その上に細木、太木、細木の順番で炭にする為の木を三段組む。次に保温材として握り拳三つ分の深さまで、集めた落ち葉をみっちり詰める。その上に買ってきた鉄板を置いて蓋をし、ばんばん土をかけていく。 「じゃ、いっくよー?」 窯口で、いざ焚き火開始。 この時、火が奥に入らないように注意しなくてはならない。 熱を団扇で延々とおくりつづけ、煙突からの煙で状況を判断する。炭材に着火するまで、およそ二時間も団扇で仰ぎ続けた為、三人揃って手首が痛くなった。 やがて煙突の煙はどんどんと凄くなり、白煙が耐えず吹き出していた。 着火を確認し、窯口を石で塞ぐ。途中で煙の勢いが衰えた片方を、酒々井が必死に石をどけて再び焚き火をしてから閉めた。 次に人の身長ほどもある竹を二本交差させて等間隔で台を作り、煙突の上に竹筒を被せ、て台で固定する。あとは竹筒の先端に桶を設置して、木酢液を集めるという仕組みだ。 時々、久遠院が煙突にマッチをかざす。 三分以内に火がつけば、丁度良い時間だ。 火がついたのを確認してから、一旦窯口をあけ、煙突を塞ぎ、もう一度窯口を完全に密閉する。こうして空気の供給が絶たれた伏せ窯は、およそ五時間から七時間を経て消火に至る。あとは時間を待つばかりだ。 「これでしまいか?」 「一晩たたないとわかんないって書いてあるよ。帰ろっか」 「早く完成しないかなぁ、炭焼きの肉ってすげえ美味いんだって!」 待ちきれない若獅。この炭の結果は、翌朝にならないと分からない。 四日目の朝、鉄板が冷えた頃合いを確認して、被せた土をどかし、鉄板をあけた。 中から現れたのは、所々焼け残ったり粉々にはなっていたものの、歴とした炭材だ。色々な時間差は生まれたが、下り勾配の炭の量は上り勾配より多く取れたことがわかった。 「わあー! 今夜は炭焼き肉だな! ネーリクー!」 若獅が、踊る足取りで炭を運んでいく。 炭を運び出す途中、太い薪の隙間に、やけに綺麗な花形の炭が置かれていることに酒々井と久遠院が気づいた。それは松ぼっくりが炭化した品で『観賞炭』と呼ばれる飾りや消臭に使われる品だったが、二人とも入れた覚えがない。あれ? と首を傾げると「ボクらだよ」と手が伸びた。 人妖の雪白だった。その後ろに連なる、桃香に菫たちの悪戯な顔。 どうやらひっそり仕込んだらしい。 「みんなで話してたんだ。随分と綺麗にできたじゃないか。松ぼっくりの、もらってくよ」 そのまま母屋に持っていった。きっと自慢する気だろう。 酒々井と久遠院は完成した炭の運び出しと、次の炭焼きの準備に午前中を使った。午後は、再び炭焼きに挑戦だ。 この日も畑の作業は続いていた。 ユーハイムが真剣な表情で香草の剪定を続けている。 鈴梅とメルリード、ハッドと蓮が忙しそうに取り組んでいく。 戻った若獅とシャンクはといえば、豪雪に備えて畜舎と鶏小屋の点検と補修をしていた。 シャーウッドは養蜂箱のための改装をしながら、炭焼き料理に悩んでいた。桂杏は明日の市場に備えて品を整理し、加工品をつめていく。その隣で、白は雇いの女性達に引き抜いた蒲公英の根っこを念入りに洗うよう指示を出しながら、忙しそうに塩卵と乳製品の加工に走り回っていた。本当は蒲公英の焙煎を済ませてお茶にしたかったのだが、どうにもこうにも乾燥させて焙煎をするには時間が足りない。なんとか洗いだけでも済ませて、次は頑張って蒲公英珈琲を作ろうと考えた。途中の休みも若獅を捕まえては、もっと簡単にバターが作れる道具はできないものかと相談にいっていた。 慌ただしい時間が過ぎていく。 五日目は多くの者が白螺鈿へと出かけていった。 ハッドは一人、榛葉家へ賃料の徴収と、不法占拠の賠償金について話し合いに出かけた。 メルリードは以前尋ねた商家の家へ。 「単刀直入に聞きます。彼らの母親に過去に何があったのか教えて頂けませんか。雇われの身で尋ねる話ではないかもしれませんが……あの子たちを支えていくためにも知っておいた方がいいと感じたので。それと、もしあの子たちの力になっても良いと思って頂けるのなら、住み込みで働けて信用できる人物に心当たりがあったら教えていただけませんか」 親の件は「少し考えさせて欲しい」と相手は言った。雇われの開拓者相手に何処まで話すべきか、一人で判断できないと言う。友人と相談させてもらうと言いつつも、働き手に関しては我が家から出してやれるかも知れないと告げた。 新しい作物の料亭や食堂への搬入は、白とユーハイム、そして桂杏が出かけた。 「冬用あったか定食なんてどうでしょう。大葉入卵焼きとお握り、根深葱とじゃが芋の味噌汁、漬物は自家製で」 うきうきと台所に立つ白と、給仕をしながら時折楽を奏でるユーハイムを眺めつつ、桂杏は家に帰ったらさほど量のない葛粉を使って、何か甘味でも作ろうかと悩んでいた。 一方、市場へ荷を搬入した連は、その後酒蔵を歩いて家へ戻った。残った久遠院が身を飾って、商品を売り込む。元気で可憐な売り子が注目を集める影で、 鈴梅は市場で売り上げの管理をしていた。人の波が減った頃合いとユーハイムが様子を見にやってきたのをみて、続きを任せ、一人、羊毛を探しに出かけた。 「すぐ戻ります。冬の内職も、考えないといけませんから」 残念ながら蚕は手に入らなかったが、途中、もふら毛や羊毛の編み物があることを改めて鈴梅は自覚した。余り一般的では無いらしいが、老婆が編んでいるのを見かけたのだ。 その頃、家畜の世話を終えた若獅は、白に頼まれたバターを作る道具を試作していた。新品の木の桶に見合う蓋をつくり、蓋の中央に麺打ち棒が入る位の穴を開ける。麺打ち棒は手頃な幅で切り、切り口から彫って筒状に穴を開け、曲げた金属取っ手を埋め込む一方、側面に薄い板を放射状に打ち付けて釘で固定する。これに蓋を通すと、攪拌機になるという訳だ。 「美味くバターができるといいんだけどなぁ。ひとまず煮沸してみるか」 相変わらずの手作業には違いないが、腕がおかしくなる手間は軽減されるだろう。 ところでシャンクは生け贄を探していた。 なんの生け贄かというと、某切り返し作業という力仕事の為の崇高なる生け贄である。 「暇だな?」 がし、と通りがかりの酒々井を捕まえる。 「お?」 相手は状況を把握していない。 これはカモ、いや生け……大変な助っ人に他ならない! 「暇なのだろう? ならば困っている者を助けてはくれないか、なあにそれほど面倒な仕事ではない。ただ力が必要なのだ。一人ではどうにも難題でな、だからきてくれ」 「え、え、お、おい、なんだ一体」 無表情だが、シャンクの背中は歓喜で満ちあふれていた。ぐいぐい引きずっていく。 場所かわって。 「やっと、完成したな。どうだ」 にやりと笑う蓮と満足げなシャーウッド。 「いいんじゃないか。さて、移動するか。来年いい蜂蜜を作ってもらわなきゃな。また頑張ってくれよ」 廊下と部屋の改装を追え、健在の養蜂箱を移した後、シャーウッドは全滅した方の蜂蜜の巣を取り出して蓋を開け、蜂蜜を取り出す作業に映り、蓮は蜜蝋濾過に専念する。 幸いにも手一杯でシャンクに捕獲されなかった二人は、遠くから酒々井の叫び声を聞いたという。 しかしさりげなく勇者(犠牲者)のいる方向……もとい牛糞堆肥と鶏糞堆肥がある方向に向かって合掌した。何が起こっているか知っている顔だった。惨い。 台所には白と若獅、シャーウッドが立っていた。 白は月末に向け、特別なお菓子を作っている。皆を驚かせる予定だ。 若獅は紅蓮に燃える炭の傍に、串に刺した川魚や肉を焙っている。 一方、シャーウッドは母国料理を再現しようとしているらしい。 まず鍋で人参、茸、その他野菜類をバターで炒める。次に茸は傘と足を分け、足も捨てずに使う。狩ってきて貰った兎肉をそこに加えて炒め、米、塩、水、刻んだハーブ類に隠し味の味噌の上澄み少量を入れ、暫く煮込み炊き上げるという。 香ばしい匂いが母屋に漂っていた。 「しっかし寒いの〜」 ハッドが寒そうに体をさすった。のっそりと起きあがったシャンクが暖炉に薪を投げる。 「冷えるな。冬が近くなると尻尾や翼が冷えて仕方がない。……まぁ、家畜も服を着ていないので辛さは同じなんだろうか。で、重要な話とはなんなのだ?」 毎晩の会議だが、今夜ばかりは少し深刻だった。 「燃料が足りない?」 話を聞いたユーハイムが問い返す。 ここ連日。メルリード達を初めとした皆の聞き込みや調査の末に分かったのは、白螺鈿の人々が燃料を奪い合っているという事実だった。初日に聞いた近所の頼みも『薪が余っていたら分けて欲しい』というのだから状況は深刻だ。 驚愕の話の原因は、少し前に遡る。 白螺鈿は元々米所としては名をはせていたが、何分僻地にあった為に、長閑な田舎町だった。ところが魔の森の拡大に、鬼灯と白螺鈿を結ぶ陸路の開通、それらは人口増加を促し、夏場は局所的な食糧難が白螺鈿を悩ませていた。 しかしそれはほんの序の口。 今まで細々と暮らしていた場所に許容量を超える人間が雪崩込んだ為、今度は冬の薪が足りなくなる事が分かった。人々は冬を越えるため、買い溜めを始めたそうなのだ。 この白螺鈿一帯で、例年の薪の値段は一束6本で約5文。 暖をとるために薪を半日燃やし続けると考えると、大体一日に2から3束を消費することになる。つまり一家庭が一日の薪に必要な経費は10文から15文というわけだ。 一見、大した費用ではないように見える。 しかしご存じの通り、白螺鈿の冬は長い。 平均して四ヶ月も雪に悩まされる地域である。一日の消費量は大したことが無くても、一家族が一ヶ月に消費する薪の経費は300文から450文。ひと冬で換算すれば、その経費は1200文から1800文に膨れあがる。 「……薪の絶対量が足りない上、その薪の値段も二倍や三倍に膨れる可能性があるわけか」 酒々井は唸る。今はまだいいが、本格的に豪雪になる一月以降は大騒ぎになるだろう。 「ですが、うちは森がありますし、それほど深刻な話でも……」 そこで桂杏は言葉を止め、半纏を縫っていた久遠院は気づいた。 幾度も見かけた、謎の不審者。相棒達に見晴らせても、懲りずにやって来る。 「じゃあなに。あれ、みんな薪泥棒ってこと?」 「……厄介なことになりそうだな」 蓮の眉間にも皺が浮かぶ。 「まっ、まだ少し猶予もあるだろうし、今日の所は温かい食べ物でも食べて寝ようか」 どん、とシャーウッドが料理を置いた。 「本当は窯に入れて上も焼くんだが、ないから代用品なんだが。茸は足も使ってみた。独特の食感があって美味いからな。おこげが美味いぞー。杏、みんな呼んできてくれ」 空腹の者達が歓声をあげる。食事と団欒が日々の楽しみだ。 「まあ、いい匂い。それにしても、いつ位から雪が降るのでしょうね」 白が首を傾げたとき。 「みてみて、雪だよ!」 朝から続いた雨が、儚い雪に変わる。帳簿整理を終えた鈴梅が、小窓から手を伸ばす。 「最近はだいぶ冷え込んで来て……本格的な冬も、もうすぐですね」 初雪がもたらす冬の知らせ。 白銀の世界まで、あと僅かに迫っていた。 |