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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 白原祭の季節になると、星の数の白い花が白原川を埋め尽くす。 蝉の鳴き声も心を躍らせ、彼方此方で氷菓子が売れていく。 「ハッパラ、ハスヲ、ミナモニナガセ‥‥」 威勢のいい掛け声と花笠太鼓の勇壮な祭の音色。 夏の花で華やかに彩られた山車を先頭に、艶やかな衣装と純白の花をあしらった花笠を手にした踊り手が、白螺鈿の大通りを舞台に群舞を繰り広げていく。いかに美しく華やかに飾るかが、この大行列の重要なところでもある。 人の賑わう大通りの空には、色鮮やかに煌めく吹き流しが風に揺れている。巨大な鞠に人の背丈ほどの長さのある短冊が無数に付いており、じっと目を凝らすと、吹き流しの短冊には様々な願い事が書いてあった。 ここは五行東方、白螺鈿。 五行国家有数の穀倉地帯として成長した街だ。 今は急成長を遂げたとはいえ、元々娯楽が少ない田舎の町だったこの地域では、お墓参りの際、久しぶりに集まる親戚と共に盛大に宴を執り行うようになり、いつしかそれはお祭り騒ぎへと変化していった。 賑やかな『白原祭』の決まり事はたったひとつ。 『祭の参加者は、白い蓮の花を一輪、身につけて過ごすこと』 手に持ったり、ポケットにいれたり、髪飾りにしたり。 身につけた蓮の花は一年間の身の汚れ、病や怪我、不運などを吸い取り、持ち主を清らかにしてくれると信じられていた。その為、一日の最期は、母なる白原川に、蓮の花を流す。 白原川は『白螺鈿』の街開発と共に年々汚れている為、泳いだり魚を釣ったりすることはできない。しかし祭の時期になると、川は一面、白い花で満たされ続け、ほんのりと花香る幻想的な景色になることで広く知られていた。 そして今年も8月10日から25日にかけて白原祭が開かれる。 + + + 「ヒルデ、はっぱらまつりだ」 遠くから聞こえてくる太鼓や、白螺鈿の大通りをにぎわす観光客。 勿論、杏は忙しい。 家畜の世話に、作物の手入れ、家事は雇っている女性二人がやってくれるけれど、決して遊び回れるほど暇ではない。だから遊びたい気持ちを無理に忘れて日々仕事に徹する。 今日はひいきの料亭に必要なものを尋ね、次に食堂を尋ねる。 食堂には以前、開拓者が朱印帳による集客を斡旋した。試験的に祭限定で試した所、家族連れと短期滞在観光客が足を運ぶようになり、客は一時的に増えた。塩玉子丼や野菜饂飩、魚の紫蘇味噌焼き定食の売れ行きも徐々に上がっているらしいが、何しろ祭前、五日間も食堂に放置された人妖曰く、古ぼけた外観が若い客を躊躇わせているらしい。 雑談と用事をすませ、自分の家へと戻っていく。 街道を歩き、林を抜け、家が近づく。 「ねぇ、杏。この前、野草図鑑持って森にいった皆が茸の群生地を見つけたって言ってたけど、そろそろ大きいのが取れるんじゃない?」 「アカヤマドリだっけ、じゃあ今度茸狩り‥‥あれ?」 玄関に来客の姿があった。 振り返った相手は、少年の面影を残す穏やかな容姿の若者。 白螺鈿の未来を担う如彩家四兄弟の三男であり、杏達農場が白螺鈿での商いをする際『年間出店許可証』を快く出してくれた若者だ。担当区でお世話になっている以上、大事な取引相手である。 「こんにちは、幸弥さん」 「こんにちは、杏くん。ええっと」 「ブリュンヒルデよ!」 「そっか、お手伝いか。偉いね。丁度良かった、君の帰りを待っていたんだよ」 如彩幸弥の用件は、白原祭への参加要請だった。 「ぎょーれつ?」 白原祭最大の見せ物の一つが、昼間の大通りを彩る花車の大行列だ。 「そう。君たちは僕の担当区の人間、いわば僕の家族だもの」 普段は見窄らしい山車。これに木で簡単な社をこしらえたり、ダシと呼ばれる障子紙を張って作る動植物等の模型を組む。更に蓮と夏の花で山車を華々しく飾り付ける。華やかな花車を牛や馬にくくりつけて、綱をひきながら街の大通りを練り歩くのだ。時々揃いの浴衣で美しく着飾った女達が、白原花笠音頭を踊ったりして観光客を楽しませてくれる。 じつはこれ。 客寄せ以外に、大事な意味合いがある。 各区のいわば町内活動費、これは毎年『白原祭』で集められている。 「素晴らしいダシに感動した偉い人や、これから仲良くしたいなって思う業者が、大行列中にやってきて、大金を包んで渡してくれるんだ。で、紙の札に、投資をくれた相手の名前と金額を書いて、山車の目立つ場所に貼っていく」 幸弥は、祭の暗黙の決まりを教え始めた。 相手の包むお金は、挨拶的な意味で1000文が圧倒的だが、時に一万文を越える大金を支払ってくれる場合がある。集めた金額の半分は区に納めなければならないが、残りは集めた担当者が貰い受けていいらしい。 つまり、上手くやれば一気に収益となる。 「お金をくれた人へのお礼は?」 「一杯の御神酒を交わす習慣があるね。それだけだよ。祭での投資は『今後どうぞごひいきに』っていう意味だから。‥‥8月から出店したばかりで『まだ早いかな』とは思ったけれど、君も立派な経営者なのだし一日くらいはね。うちの大行列の一台、任せていいかな?」 「うん」 真剣な表情の杏。幸弥が頭を撫でた。 「頼むよ。御神酒は‥‥隣の里『鬼灯』の純米吟醸『文佳人』がおすすめかな。一升100文で高めだけれど、2本も買えば充分だと思う。君は子供だ。二十歳以上の大人に代理をしてもらいなさい。山車と蓮は届けるよ。じゃ五日後に一本松で。十時集合だ」 書類を置いてて、幸弥は帰っていった。 唯一、人妖の炎鳥が食い入るように案内を読んでいる。 祭はいいが、農場の仕事は休まずしなければならない。 鶏二十三羽と雌牛十二頭の世話、家事、各種加工品作り、約900坪の畑の手入れ。 これに加えて四日で、花車を作り上げ、五日目には真夏の大通りを五時間ほど練り歩かなければならない。花車は深夜に皆で作るにしろ、社の形で六人乗りにするか、模型を作って目立たせる代わりに二人乗りにするか、大きな問題だ。 そして人手。 花車の先頭を歩く花形の誘導係。 大行列の日にみんなの昼食や飲料水の世話をする人。 お金を預かって管理し、習字で札をかいて花車に貼る人。 御神酒の係は、茶碗二つと一升瓶を抱えて練り歩き、お金を受け取ったら感謝を述べて御神酒を交わす。拒否できない酒だ。 白原花笠音頭を踊るかにもよるが、最低四人はいないと見栄えがしない。 道端で宴会している観光客相手に愛想をまく係も何人か必要だ。 休みなしの花車大行列、実に五時間。 時刻は昼。日差しは厳しい。 「明日、みんな来るよね?」 「ええ。蜂蜜とかお砂糖とかきれちゃったし、買ってきてもらわなきゃ」 意気込む杏とブリュンヒルデを、冷たい目でみている人妖の炎鳥。 「バカ。急いで作戦会議が必要だ」 忙しい日々が来る。 |
■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116)
12歳・女・巫
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
若獅(ia5248)
17歳・女・泰
アルーシュ・リトナ(ib0119)
19歳・女・吟
ロムルス・メルリード(ib0121)
18歳・女・騎
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
ミシェル・ユーハイム(ib0318)
16歳・男・巫
白 桜香(ib0392)
16歳・女・巫
ネリク・シャーウッド(ib2898)
23歳・男・騎
桂杏(ib4111)
21歳・女・シ
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
マハ シャンク(ib6351)
10歳・女・泰 |
■リプレイ本文 白螺鈿では白原祭が終盤に近づいていた。 約二週間に渡る祭も落ち着きを見せはじめている。 けれど白原川は相変わらず隙間無く蓮の花で満たされていたし、力強い太鼓の音と煌びやかな鈴の音が響き始めると、道は人の姿で溢れかえっていた。 「‥‥噂では聞いていましたけど、お祭りがあるんですね。楽しみです。いつもより、やらなきゃいけない事が沢山で、大変そうですけど」 鈴梅雛(ia0116)達が来る途中、すれ違った人々は一張羅を纏っていた。 「農場も稼ぎ時ですね。折角のお祭りですし、楽しんで支度を。もちろん農場の為、頑張ります。ね、桃香」 白 桜香(ib0392)の隣で「ねー」と人妖が踊っている。 「俺達が出るのは最終日か。5日目の祭に向けて、きりきり片づけちまおう」 案内を眺めた酒々井 統真(ia0893)が声を上げると、子供達は「おー!」と答えた。 「天儀の祭りは、思えば初めてだな。ちょっと楽しみだ」 ふと何かを思いついたネリク・シャーウッド(ib2898)が、傍らのロムルス・メルリード(ib0121)に囁く。暫くしてメルリードは「いいわよ」と呟く。 「この分だと、楽しむ方と楽しませる方、その両方ってことになりそうね」 早くも逢瀬の約束が決まったようだ。 久遠院 雪夜(ib0212)は「ミゼリちゃんを花車に誘ってくる!」と叫んで母屋に走っていった。 彼女はまだ聴覚しか戻っていない。声も出せない。 祭の華やかさは分からないかも知れない。けれど慣れ親しんだ祭のはずだ。 一緒にいるし、傍を離れないことも約束できる。 一緒に祭りを楽しめたなら、喜ばしい。 「農場の皆でお祭りに参加かぁ」 先日まで白螺鈿で祭の警備をしていた若獅(ia5248)は、不思議な感覚を覚えた。町中の様子や縁日の位置は覚えているが、観光客を楽しませる側になろうとは。 「自分達で祭の出し物するなんて初めてだから、どきどきするな! ミゼリや杏や、いつも農場助けてくれてる二人と子供達も、皆の想い出に残るような、楽しい日にしたい」 な、と声をかけたのは警備の仕事でも見かけたアルーシュ・リトナ(ib0119)だ。 「折角のお祭り、目一杯楽しみましょうね」 リトナは白原祭の前半は昼間の警備をし、後半は夜間警備を務め、合間を見て友人と遊んだり、気になった場所へ出かけたりと、ある意味で皆勤賞であった。 「さて、楽しみは最期に取っておこう。仕事は、祭の準備だけではないしな」 ミシェル・ユーハイム(ib0318)が笑って手を掲げる。蓮 蒼馬(ib5707)と手分けをして運んでいるのは、虫や病よけに使う煮出すための薬草と、何もない畝に植えるための苗だ。神楽の市で仕入れた緑花椰菜は1畝分、加密列と薬用サルビアの苗は20ずつ。 そして桂杏(ib4111)は、難しい顔をしていた。 悩むに連れて顔が険しくなっていく。様子を眺めた酒々井が一人「‥‥やっぱ兄妹なんだな」と奇妙な呟きを零していたが、蓮が花車の材料を集めると聞いて、桂杏はあれこれ頼んでいた。 マハ シャンク(ib6351)は白原祭に興味と言える感情は抱いていなかったが、農場の収益を速やかに頭の中で勘定しつつ、沸き立つ周囲の様子は興味深そうに眺めていた。 早速、久遠院は御神酒を購入する為、小烏丸で鬼灯の里へ向かった。 顔見知りの地主に予算を相談し、他と違う良い酒を手に入れる予定だ。 先に卵の回収を済ませ、若獅とメルリードが鶏小屋の清掃と餌やりに向かうと、酒々井とシャンクが畜舎の世話に向かった。より快適な環境と栄養状態により、搾乳量は上がってきている。酒々井が藁を運ぶ途中、食堂での菫の働きを褒めるシャンクが視界に入った。隣で同じ人妖の雪白が腕を組む。 「いつもは全く構わないのに、ここぞと言う時に仕事を褒める。うまいなー、ねぇ統真」 「‥‥何が言いたい、何が。いいから鍵を開けてこいよ、雪白」 「二人とも何をしている。牛が夏ばて気味だ、早く窓を開けよう。菫、手伝え」 「はぁーい」 一方、家で話し合ってから近所巡りに出かけたのはリトナとユーハイム、鈴梅と白の四人だ。 今の時期、氷は瞬く間に無くなってしまう。それ故、大変喜ばれた。 手分けして見回ってみると、近隣の農家も白原祭に参加したり休んだりと様々で、実際に客分で花車に参加した経験を持つリトナが、具体的な懸念事項を聞いた。その後、山麓の養蜂家へ挨拶に出かけた為、帰宅したのは日も暮れたあと。白は香草の使い方を詳しく知る人物を捜しつつ、既に行列を終えた家から余りの材料を貰い受けることができたので、随分と経費が浮いた。近所巡り後に戻ってきたユーハイムは薬草の煮出し作業に追われ、鈴梅は畑を巡回途中、病になりはじめの苗を見つけてむしっていた。 買い物に出かけた三人の内、シャーウッドは馴染みの店を順番に巡りながら、最終日に花車を出すので見に来てほしいと伝えた。これが当日に思わぬ結果を運ぶ。そして葉物の畝に植える苗を必要数だけ買い始めた。 「白菜は二畝だろ、あと大根、人参、菠薐草、キャベツ‥‥ほんと、天儀本島に無い食材が田舎まで普及するまで時間がかかるな。探しても無い上に、神楽の都ですら高値なんだよな‥‥早く故郷の味を杏達に教えてやりた‥‥と、リトナに裁縫道具を頼まれてたんだった。水菜や小松菜の苗は、帰り道でハーブと一緒に買うとするか」 ところで桂杏は、料亭と食堂に牛乳や作物の納品に行き、祭で足りないであろう追加注文を確実に受け取る。新馬鈴薯も売り込んで用事を済ませた後は、蓮と打ち合わせた花車の材料探しだ。 「貸し出される山車が届くのが夕刻、夜通しの作業として実質四日ですね。社形と決まった以上、さほど時間はかからないはず。やってみせます、兄様!」 空を振り仰いで、不在の実兄に誓いを立てる。 桂杏の故郷でも、似たものがあるに違いない。凛とした表情で、障子紙に糊、着色用の紅や竹ひご、下絵用の蝋燭と、着々と準備を進める後ろ姿が頼もしい。よく分かっている。 蓮は山車加工の使用木材量を算定し、購入に行くつもりでいたが、白の言付けを受けた桃香の連絡を受けて、譲り受けるものも取りに出かけた。やはり力仕事で頼れるのは男手である。午後にはユーハイムと共に病害虫の予防準備と畑整備に追われていた。 二日目は総出で馬鈴薯の収穫だ。 何しろ二十五メートルの畝五本分に、約410個の種芋を植えた。 直立する地上茎は約一メートルの背丈に成長し、地中には一株につき五個前後の馬鈴薯が育つ。 そして引き抜く作業には力が必要だ。二人一組で一つの畝を担当したが、収穫割り当ては一人につき約四十本が無言で架せられた。尚、二十本も抜けば普通は腰が痛む。 厚手の手袋をはめて、蝉と厳しい日差しの洗礼を受けながら作業に挑む。 不格好ながら巨大な芋も見たが、小粒の馬鈴薯が多かった。 白は薄荷の収穫に忙しかったが、時に忙殺されているシャンクを手伝った。 なにしろ馬鈴薯を日光に当てると緑化を促す。芽が出たり緑化した芋は毒性を帯びて商品価値が落ちる為、シャンクが休む暇なく日陰に晒して乾かし、積み上げないように木枠に並べ、風通しの良い日陰へ運んだ。瞬く間に、母屋の横の倉庫が埋まった。 三日目になると、一部に疲れが見え始めた。 何しろ連日の家畜と畑の世話、加工品作りはいつもの通りだが、今回は、夜通し山車を作らなければならない上に、二千個以上の馬鈴薯がある。昨日乾かせなかった馬鈴薯を乾かし、軽く泥を落として、状態や大きさ事に仕分けなければならない。 考えるのも嫌になる数だ。‥‥疲れない方がおかしい。 その為、鈴梅と酒々井、若獅やメルリード、そしてシャーウッドが作業を続けた。 ユーハイムと蓮は、購入してきた苗を植える為に畝を作り直している。リトナは種と苗植えを手伝い、久遠院は白が前日やり残した薄荷の収穫を。シャンクは祭で使う匂い袋をせっせと縫った。 一方、白は桂杏の調べ通り納品へ出かけたが、これがまた、思わぬ結果をもたらす。 白は、見慣れぬおっさん達を引き連れて帰ってきた。 事情を聞くと、納品に行った食堂に、昼食を食べに来ていた彼らは、深刻な顔をしていた。軽食の屋台を出していたが、想像以上の観光客で材料が足りなくなり、売りたいのに材料が無いという低落で、食堂の主人に愚痴をこぼしていたのだ。しかし必要なのは馬鈴薯、と分かり、食堂の主人が丁度納品に来た白を紹介したら、押し掛けてきたと。 「この量だし、保存する場所にも困るしな。いいんじゃないか? じゃ、交渉といこうか」 祭が終わるまで、あと僅か。 焦るおっさん相手に、口頭で戦うシャーウッド。 これまで市場で培った技術がうなる! 「馬鈴薯、抜いてて正解だったようだね。次にしようかとも迷ったけど、よかった」 「食堂に色々売り込んで正解でした。食堂のご主人も鼻が高いでしょう」 「すごく必死で頼まれてしまって‥‥少し怖かったです、ね、桃香」 ユーハイムと桂杏、白の三人が熾烈な交渉合戦を長めながら、そんな話をしていた。 最終的にキログラム単位で売り、農場や得意先の分に種芋と同じ四百個前後を残して馬鈴薯を売り切った。勝者だ。 祭を明日に控えた四日目も賢明に働き、昼間の内に、白と若獅は観賞席を陣取ってきた。 夜、杏やミゼリ、従業員の女性や子供達が寝静まった後も、鈴梅達は準備に明け暮れた。普段はアヤカシ相手の野営や体力が、いかんなく農作業に発揮されている。 「わあー! いいながめー!」 久遠院が頑丈に作った屋根の上から降りてくる。 側面に天女画を描いた花車は、桂杏が率先して製作時に活躍した。何故か手慣れていた。 白原祭を象徴する、白い蓮。 農場で咲かせた大輪の向日葵に、薄荷で縁取った場所に、麗しのサルビアで彩りを加え、紅蓮に燃える鶏頭の花が日陰に咲き誇る。 蓮は大工魂に火でもついたのか、採寸までして座り心地のいい椅子を作り出そうと、寝る時間を惜しんで働いた。肘掛もつけ、もふもふ枕を置く。 「さて、残るは屋根ですね。四隅に蓮に埋もれたもふら様でものせてみますか? 鬼で飾ると鬼灯祭みたいになっちゃいますし」 鈴梅と一緒に、屋根の上であーでもないこーでもないと悩んでいる声がする。 そこへ来た若獅から、うさぎともふらのぬいぐるみを一時的に借りることになった。 「もう明日なんですね。桃香はお留守番。ごめんなさい、宜しくね。農場に余計な注目集める訳にいかないし、後で美味しい物を買ってきてあげるから」 「えー」 ぶーたれる桃香を慰めるのは、同じ人妖の雪白だ。 「お祭で総出になってる時こそ、空き巣とかが動きそうだからね。仕方ないから農場の守りに残ってあげようよ。菫や炎鳥、ブリュンヒルデだって残るんだしさ」 と言いつつ、主人の方向を向く雪白。 音もなく動く口の形は、お土産を要求していた。 「‥‥高くつきそうだ」 この前の護衛で、白原祭へこっそり雪白を連れてった時に、屋台で強請られたのはなんだっけ、と記憶を探る酒々井は大真面目に悩んでいた。 とはいえ、居残りは人妖達だけではない。 皆で祭に出る以上、此処を護る者が必要だ。その辺の対策もしっかり考えている。 戸口には若獅の忍犬の天月達を。上空の監視は、蓮が迅鷹の絶影に命じている。更に鈴梅のなまこさん、メルリードのライカ、リトナのフィアールカ、久遠院の小烏丸、ユーハイムのモードレッド、桂杏の三春、というようにアヤカシと戦ってきた頼もしい龍達を農場のあちこちに配置して護らせる徹底ぶりだ。 普通の泥棒は、裸足で逃げ出す。 「人数分できたぞ」 シャンクが差し出したのは揃いの匂い袋だ。ここ連日、リトナとユーハイム、白やシャンク達が毎日衣装と共に試行錯誤していた。酒々井と久遠院曰く、従業員の女性達が元々染め物をやっていたというので、端切れが無いか聞いた。途中で染めに失敗して着物としての商品価値を失った品‥‥小物用にと染めた物を一部譲り受けた。 「そうだ。調香家を見つけた。そのうち訪ねてみるつもりだ。調香を勉強し香水や匂い袋を作れるのであれば、今後売り物にもなるだろう」 「あら、料亭にご紹介した後、どこへいかれたかと思ったら。調香家さんを探されていたんですね。ハーブの良い香り‥‥この染め物も、いつか本物を見てみたいですね」 笑ったリトナに「一応あるよ?」と久遠院が言う。 驚いた女性陣に「明日のお楽しみなんだよ」と久遠院が笑った。 白原祭の最終日に、太陽の祝福があった。 しゃんしゃんしゃん、と音を鳴らすのは前を行く錫杖の踊り手達だ。 雄大な太鼓、可憐な鈴の音、花笠の乙女達の歌声響く。 一本松から始まった花車の大行列。 楽の後に続く花車の先頭を歩くのは、酒々井と若獅の二人だ。 「まさか一番先頭を歩かされるとはなー、雌牛共がいつまで持つか心配でな‥‥」 「そんなこと言うなって。笑顔笑顔! 手を振ろうぜ! ゲルヒルデもオルトリンデも、今日くらいはおすまししてるんだぞ? 綺麗な花飾り、似合ってるぞ」 荒い鼻息ではなく、つんとすまして歩く雌牛たちは気取っているように見える。 花を飾った雌牛たちの後方に続くのが、四日間かけて間に合わせた花車だ。 蓮の花に農場の花。 子供に大人気のもふらさまが屋根にいる。 「清楚な白に鮮やかな向日葵が良く映えて、まさに花車だね! 椅子もふかふかだ」 花車に乗るのはユーハイム達だけではない。 ミゼリや杏達も一緒だ。歌えるリトナと会計の鈴雛を含めた四人は山車にのりっぱなしだが、残る二席分は、順番に入れ替わることになっている。仮装も大変だ。 ちなみにミゼリは、花嫁かと思われた。 『今日は、ミゼリちゃんに着て貰いたい衣装があるんだ』 明け方。久遠院が見せたのは、貴重な五彩友禅だった。 職人が授けた名前を持つ、正真正銘の本物。 五彩友禅「花籠」。 五行の彩陣で染められた五彩友禅の中でも、良品『山下』の落款が記された贅沢な着物だ。紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩が特徴で、牡丹や菊、梅や桜、桔梗などの様々な花々が絵巻のように咲き誇る。職人の遊び心に溢れた彩りは、世にも珍しい逸品だ。 地元で購入して十四万四千文。これを都で購入しようとすると、二度も三度も業者を挟むために、その価格は三倍から六倍に跳ね上がる。 一生に一度の花嫁衣装と謳われる所以だ。 ミゼリに着せようと思って持ってきたのだと、久遠院は笑った。 見えなくても着飾るべき日だ。今回はリトナの配慮でヴェールを被っている。素性を隠し、特別な一張羅を借りて参加だ。もし異常が起これば、或いは、冷静さを失いかけたらリトナが安らぎの子守唄で落ち着かせ、小鳥の囀りで周囲の目を逸らさせる。 「聞こえますか、沢山の声が。あの音色が。花車の先頭ですよ」 ミゼリを着付けた久遠院本人といえば、屋根の上で花吹雪を撒いていた。 「そぉーれ! 鈴の音がきこえないよー?」 「杏。一緒に鈴を鳴らさないかい? ほら、こんな感じでさ」 ユーハイムが鈴を鳴らす。 続いてミゼリや杏達が鳴らし始めた。それは先頭を行く太鼓に合わせた音だ。 慣れ親しんだ楽の音なのだ。口元に笑みが浮かぶ。 「向日葵は、あまり振り回さないようにね?」 子供らしく振る舞う姿に、道行くシャーウッドが眩しい微笑みを浮かべる。 「どうしたの? もしかして杏の具合、悪いとか? 交代した方がよさそう?」 「いや? みろよ、ロムルス。あいつらはまだ小さい、いつも気を張ってばかりいないで子供らしく振舞えるところも必要なはずだ。いい機会だと思う」 俺達は手伝えたかな、とシャーウッドは囁く。 華麗なる花車の両脇を固めるのは、御神酒を抱えた桂杏と蓮の二人組だ。 知名度もないから滅多に寄付がないかとおもいきや、シャーウッド達が馴染みの店に声をかけまくったのは充分な効果を発揮した。 「よう、ネリク。見にきたぜ!」 「一杯のませろや!」 「べっぴんと呑むにきまってんだろ!」 「男の杯を、わかっちゃいねぇな。一気だ一気!」 ‥‥予想外にやかましい状況になった。さほど多い金額ではないにしろ、日々を共に過ごし、積み重ねてきた成果がそのまま現れる。飲食店、金物屋、小道具に漢方薬屋、勿論市場の店舗も含めて、顔見知り達がやってくる。勿論知らない大店だって。 「これからも農場をよろしく頼みます」 「お酒が苦手な方やお子さんには、さっぱりした紫蘇飲料や薄荷水がございますよ」 最初は丁寧に接客していた二人も、三時間も経つと言葉や足取りが怪しくなってきた。 蓮は饒舌になり、桂杏は笑っている。 疲れた体。 空きっ腹にお酒。 導かれる結果は、推して知るべし。 「ご寄付頂き、ありがとうございます」 酔っぱらい二人に代わり、笑顔で挨拶した鈴梅は忙しかった。 まずは受け取ったつつみをほぐし、帳面に寄付者と金額を書き込み、それが終わると丁寧に札を書いて花車に貼る。流れ作業を延々と繰り返すと、お金の入った包みが、お金に見えなくなってくる。 様子を見ながら御神酒を氷水で冷やし、冷酒の状態を保つことも忘れない。 「暑いですし、冷たい方が、喜ばれそうです‥‥太鼓の音が変わりましたね、お昼休みみたいです」 白が声を張り上げる。 「みなさぁーん、ごはんですよー。じゃあ桃‥‥」 「菫達と留守番だろうに」 「そうでした‥‥つい。いつもお料理の時に一緒でしたから、では手分けしましょうか」 塩をきかせた梅干しのおむすびに、得意のゆで卵。 塩もみした胡瓜を漬け物にそえて。 勿論日差し対策に、氷水に浸した手拭いだって忘れない。 「誰が一番疲れやすいかは馬鈴薯の時に確認済みだ。心配ない」 シャンクの備えは万全だ。 なにしろ花車の行列は、午後も続くのだから。 「夜は、皆で夜店廻りしよう! お土産もかわなくちゃな!」 若獅達は子供達をつれて夜店周りに出かけた。 残念ながら、リトナは仕事に出かけているが、代わりにミゼリには白と久遠院が寄り添っていた。 「どうだった? 楽しかったらいいな」 『祭りに参加してみてどうだった? たくさんの人が居て、怖かったり辛かったかしら? それとも、お祭り特有の高揚感みたいなものも感じられたかしら? ‥‥もし何か心に感じることができたのなら、このお祭り参加には大きな意味があったことになるわね』 行列の最期でミゼリにそう囁いたメルリードも、今は姿がない。 というのもシャーウッドと一緒に、少しばかりの逢瀬を楽しみに出かけた。 時間になったら戻ってくる予定だ。 一方、やっと酔いの醒めた桂杏に、茶を差し出すシャンクがいた。 隣には、席にいる皆の為に買い出しに行っていた鈴梅の姿がある。 「ずっと忙しかったですから、今くらい、ゆっくり楽しみましょう。はい、どうぞ」 屋台で買った串を差し出す。 祭を見守る酒々井が我に返った。 「ああ‥‥そうだな。ぱぁっと食うか。今は余計な事を考えずに、祭のことを考えておこう。そのあとに考えるって自分で決めたことだしな」 そして杏は、元気な若獅やユーハイム達と一緒にいたが、はぐれそうになったので蓮に肩車をしてもらった。 祭で賑やかな道の果てまで見通せる、特等席だ。 ふと蓮が囁く。 「お前は在りし日を取り戻したいんだな。俺にも取り戻したい物がある。それは俺にとって、きっと何よりも大切な物なんだと思う。お前と同じだ」 失ってしまったもの。 帰らざる遠いあの日。 誰にでも、懐かしむものはある。 「お前の願いが、叶うといいな」 この願いを、花に託して。 ぽたりと頭に感じた一滴の冷たさ。 雨だったのか涙だったのかは、分からない。 連は黙って道を歩いた。 盛大な白原祭は、忘れられぬ夜と共に、終わりを告げたようである。 |