【私の体はツーアウト】
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 易しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/08 18:59



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 さて、ここに一人の『超ぽっちゃりさん』だった人がいる。

 名前を恵。

 若くして飲食関係の事業を成功させた豪商の愛娘である。
 それ故、幼い頃から美味しい物を食べ続けてきた。
 肥えた舌先による助言は、父親の仕事に大きく貢献してきている。

 しかし!

 流行の化粧や着物で飾ったその巨体重量。

 かつて100キロ。

 これで背が高かったらまだ良かったのかも知れないが、背が低いと必然的に身長は横に伸びていく。 どこからどう見ても、おデぶ‥‥‥‥いや、立派なぽっちゃりさんだった。
 そんな彼女に春が到来。
 相手は、憧れの如彩神楽様。
 実は少し前、白螺鈿の権力者である四人と面会があった。
 その為、一ヶ月前からギルドから開拓者を呼びつけてダイエットの教官をさせるという、トンデモ技を繰り出したのである。
 開拓者達の哀と涙と狂気の微笑みにより、彼女は確かにダイエットに成功した。
 ただいまの重量。

 およそ80キロ。
 まぁそういうものだよね、という話である。

 むしろ一ヶ月で20キロの減量に成功したというのは驚異の成果なのだが、実際に80キロの体重は、今だ『ぽっちゃり』の領域を抜け出せない。
 仕事の会談はつつがなく終わったのだが、当然ながらスリムな美人とは縁遠い彼女である。憧れの神楽様には、たるんだ皮と少々の肌荒れを指摘され、一部には病なのではと心配され、乙女心にヒビが入って会議中に倒れて医者送りになった。

「ほっといてパパ! 私は貝になりたい!」
 彼女は泣いた。
 マジで泣いた。
 命の危険を感じるまで頑張ったのに、恋心砕け散った。
 彼女は叫んだ。
 マジで喚いた。
 そこで怒りの矛先は、麗しの開拓者に向かった。
 100パーセント逆恨みである。
 色々と大人げないのはさておいて。
 こうして彼女は大量のシノビを雇い、自分を捜しに来る開拓者にささやかな報復を行うべく、近くの森に入って様々な嫌がらせを編み出した。そして実家に開拓者あての挑戦状を置いたまま、籠城を開始した。
「ほーほっほっほ! 掴まえられるものなら、やってごらんなさい!」
 
 ところで。

 実家の方には、珍しいお客様がやってきていた。
 白螺鈿の権力者、如彩四兄弟の一人、長男の誉さんである。
 忙しい彼が何故ここにいるのかというと、単なるお見舞いに過ぎない。大事な取引相手の娘が会談中に倒れたとなれば、やはりアフターフォローは大切だ。そんな型にはまった仕事の礼節を果たしに来た彼が、うっかり珍妙な封筒を発見した所から自体が動く。

「健康志向になっての減量研究ですか」
 取引相手に病状を聞かれたら、バカな回答をするわけにはいかない。
 差し障りのない内容に脚色して、美談ちっくに話ことに罪はない。
「頑固な娘でしてねぇ」
 歪曲した話の流れであるが『一ヶ月で20キロ減量した』という内容だけは伝わった。
「いえ、向上心に溢れる努力家の素晴らしいお嬢さんではありませんか。ふくよかさは女性の良いところだと思いますよ。健康的な美食の開発とあくなき探求心、時に自己を振り返り、新しい分野を求めて仕事に生かそうとする‥‥なかなか出来ることではありません」
 物は言いようだなぁ、と恵の弟は思った。
 が、父親と一緒に黙っていた。
「恵さんは、いつ頃こちらへ戻られるのですか?」
「どうでしょうねぇ。もう暫くすれば戻ると思うのですが」
 開拓者も来るし。
「では、研究が一段落ついた頃にでもご連絡ください。是非、二人で話がしたい」
 あれ?
 一通り話して去っていく誉さんを眺めて、恵の父親と弟は考えた。
 誉さんは如彩家の長男である。
 御歳32歳だが、多忙で嫁が出来る気配はない。
 兄弟の中でも堅実な努力を美徳とし、昔ながらの義理堅い男である。
 何より大事な取引相手。
「息子よ」
「なに?」
「開拓者を呼んできなさい」
「了解」
 痩せればモテる、とは限らない良い例だ。


 そう言うわけで、今回の指令が下された。
 数々の罠をくぐり抜けて森の中心部で籠城中の恵を捕獲し、もう少々ダイエットをさせて、誉との会談を恙なく進むように、恵を再教育する。

 今回の首尾はいかに?


■参加者一覧
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
からす(ia6525
13歳・女・弓
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
壬護 蒼樹(ib0423
29歳・男・志
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂


■リプレイ本文

 これは乙女のための壮絶なる減量物語である。
 多分。

「逃げていたのか」
 この蒸し暑い中、いつも通り着込んでいるイクス・マギワークス(ib3887)はマントを外しながら声を投げた。
「通常年単位の時間をかけるものが、僅か1ヶ月でどの程度の減量が達成できたか、と期待をかけていたのだが、とりあえず減量の効果は調べておかないとな」
「それは捕獲するという意味で?」
「他に何がある。大事な研究対象だ、逃げられては成果が分からない!」
 依頼完遂よりも減量研究に熱意を注ぐマギワークス。
 しかしマギワークスのような動機はまだ幸せな方だ。
「そうか逃げたか‥‥良い度胸だ」
 愛刀に手をのばした紬 柳斎(ia1231)に落ち着きがない。
 不気味な哄笑をあげながら森の方角を見た。
「何、それくらいの気概がなければ、こちらも調教のしがいがないというものだ」
 調教とか言ってルーっ!
 その横で泣いているっぽいKyrie(ib5916)がぶるぶると肩を奮わせる。
「‥‥く、どうやら私は恵さんの為人を見誤っていた様ですね。逆恨みして籠城とは」
 嘆かわしい!
 と相変わらずのオーバーリアクションを駆使して、全身で悲しさを表すと。
「いいでしょう!」
 ばさあぁぁぁ! と上着を脱ぎ捨てた。
「今回は激しくいかせてもらうぜ! イェアア!」
 詩人Kyrie。怒りと悲しみのあまり、人格が崩壊。
 ところで感情の少ないジャリード(ib6682)は、真顔でこんなことを言い出した。
「よかろう。本格的に『天儀でアル=カマル砂漠想定、浜辺のフルマラソンツアー』のスケジュールを組んでやる。8割運動でな」
 あ、キていた。
 そこのおにーさん、今は夏ですよ。
 不穏な空気が充満するなかで、からす(ia6525)は別な意味で唸った。
「代り映えのない料理に嫌気がさしたのだろうか」
 恵の弟を呼びつけ、何を食べていたのか聞くと「ところてんとかこんにゃくとか」という、予想通りの答えが返ってきた。
「‥‥。私が料理を作ってやろう」
 仏心とは多分このことだ。
 熱狂する様子を遠巻きに見ていたハッド(ib0295)はといえば。
「まもるもせめるもおかしくなっておるの〜」
 互いの意地がぶつかり合う、そんな様子に胸が躍らないわけがない。
「恵を捕まえて、再教育してやるのじゃ」
 再び減量させることが決定した段階でエラト(ib5623)が立ち上がった。
「まずは準備ですね。少々お待ちいただけますか?」
 恵を連れ戻したら強制ダイエット再開である。
 強制的に助ける食材や調理器具などを市場で購入しにいくといった。
 実に楽しそうに。
 鬼気迫る者達と異なり壬護 蒼樹(ib0423)は、ふと別なことに目を付けた。
「恵さんの経過観察とモチベーションの維持のつもりできました‥‥けど、おもわぬ良縁が転がり込んでるみたいですね」
 縁談の問題を考慮していたのはフィーナ・ウェンカー(ib0389)も同じだ。
「捕まえて痩せさせるだけならいいですが‥‥顔合わせや以降の付き合いを成功させるなら、生活と性格を見直さなくてはなりません」
 さらっ、と性格見直しの単語が入りました。
 減量より怖い未来が待っている。
 しかし不穏な空気は気にせず壬護が頷く。
「早いとこ教えてあげて、また減量を一緒に頑張りましょう」
 話が固まって準備ができた所で、紬が輝かしい笑顔をふりまく。
「では参ろうか、死地、そう、だいえっとの死地へ」
 大事なことなので二回言った。


 そこは鬱蒼と生い茂る森だった。
 人の出入りなど微塵も感じさせない雑木林。この奥に町育ちの娘が待ちかまえているのかと考えると、俄には信じがたかった。逆を言えば、彼女はそこまで本気になって開拓者達を一泡吹かせようと待ちかまえているのだ。
 本職のシノビさんを雇ってまで。

 暇だなぁ、金に困ってるのかなぁ。
 というのが、まず正直な感想である。
 どこからどう考えても、命の危険もなければ、重要な問題でもない、私怨にしてもとるにたらない問題だ。明らかに、恵が積んだ大金につられたに違いない。まぁ不況ですしね。

「この奥にて待つ、か」
 ジャリードは静かに闘志を燃え上がらせた。
「待っていてもらおうではないか」
 恵の考えた『さいきょーのとりで』を前に、目も当てられない格好に着替えはじめた。
 どういう格好かは後ほど解説申し上げる。
 マギワークスはきぐるみ装着で動く勇者を労い、皮水筒に水と塩を入れてきぐるみ装着前に渡した。勇者達を気遣う、マギワークスは正しく戦場に咲いた一輪の花!
 と盛り上げたい所なのだが。
 マギワークスは男性陣に前を進んでもらい、後ろをついていく気満々であった。何しろ本職のシノビの皆様考案の、数々の罠をくぐり抜ける前に男性陣に倒れてもらっては困るのである。
「‥‥。我ながら酷い案だな」
「どうかしたか?」
 闘志に燃ゆる、まっさらな瞳の伊達男、ジャリード。
「いやなんでもない。罠は任せた」
「勿論だ」
 絵になる二人の微笑み。
 交わされる言葉、交錯する瞳、輝く期待と闘志!
 いいように使われてるよ、じゃりーどおぉぉぉぉぉぉおぉ!
 勇者の後ろ姿に一度、両手をあわせたマギワークス。
 勇者よ、清らかに眠れ。
 というわけで綺麗すっぱり割り切り、気を取り直して捕縛用と救出用に荒縄を用意した。あとは‥‥
「ふむ、10フィート棒も用意しておいた方がよかっただろうか」
「心配には及びません。10フィート棒の準備は万全です」
 キリリとした声のKyrieは、三メートルほどの長さの棒を相棒のザジに持たせる。そして自らは普段の漆黒の衣装ではなく、作業着に着替えていた。暑さに参ったのか、前は臍まで全開! 無駄な色香を振りまいている。きっと今日の日差しで、彼の白い肌は小麦色に変じるに違いない!
 ‥‥。
 家を出る際、捻子が一本すっとんだ吠え方をしていたが、我は取り戻したようだ。
「まずは共にメスブタの捕獲に向かいましょう」
 ごめん、取り戻してなかった。
 超がんばれ。
 紬は哄笑を上げた。
 突然の大声に、漆黒の烏たちが飛び立っていく。
「拙者は真正面から突き進もう。人は全てを踏み潰し進む様を見て恐怖する。逃げ出したことを後悔させるには十分だ。泣け、わめけ、そしてひれ伏せ、拙者に恐怖せよ!」
 ばっさばっさとツタを切って前進する。刀が傷まないとよいのだが。
 動じないからすは、まったりと様子を眺めた。
「確かに後ろを行けば怪我しなくてすみそうだ。頼むよ、琴音」
『ん』
 人妖がふよふよと前を行く。
 ところでウェンカーは微笑んでいた。
「罠? いいでしょう」
 ただ、微笑んでいた。しかしその微笑みには、壮絶な黒い炎が宿っていた。

 なんということでしょう。
 あれだけ調教したというのに逆恨みとは。
 これは調教し直すためにも執念で捕獲しなければなりませんね。

 とか、心の中で言ってそうな顔だった。淑やかに、楚々として立っているはずなのに、背中に雷鳴が鳴り響く。近くを通り抜ける小動物達が逃げていく。怖いよ、ママーン。
「どうも肉食系女子が集ったようじゃの〜、ならば! いでよ鉄くず!」
 ばさぁぁぁ、とハッドが外套を翻し、手を高く掲げる。
 その背後に聳えるは、大いなるアーマー!
 とか煽っておいてなんなのだが、先ほどから切ない愛称で呼ばれているアーマーはハッドの後方にいた。ハッドは、何事もなかったかのようにアーマーによじよじ搭乗して‥‥そのまま様子を眺めていた。
「突破は女子どもに先陣をきらせてしまうがよかろ〜。王である我輩は後から恵一派の後方に回り込ませてもらおうかの」
 煌めく金の微笑み。
 男に前を行かせようとする乙女もいれば。
 乙女に先陣きらせようとする男もいた。
 壬護はといえば地道に周囲を見回し、足下に注意する。民間人とシノビの皆様御考案の罠である。命の危険はないにしろ、きっと別な意味でただではすまない気がする。
 ところでエラトは生真面目に備えていた。
「どこかに仕掛けられている罠を突破する際は、後衛にてファナティック・ファンファーレを奏で、支援いたします!」
 ちゃっかり支援に回っていた。賢い。


 まず最初の生涯は、寒天に満ちた落とし穴だった。
 横幅と深さ、およそ1M。
 ちゃんと氷で冷やしたらしく穴の下には冷たい水が漂っていた。表面に土を撒き、木の葉をかけ、一見楽な路に思わせておいてこの仕打ち!
「案外うごけないものだな」
「ごめんなさい、160キロ超でごめんなさい」
 落とし穴に填ったのは、足下の見えないジャリードと、巨体の壬護。
 並ぶ二人の後ろ姿はとてもシュールだ。
 ジャリードは『まるごとうえでぃんぐけーき』なるハリボテを纏っていた。耐寒性能0度の、本当に見たままの積み上げケーキのハリボテである。それ故にあがることができない!
 一方、壬護は230cmという巨体がみっちり詰まっており、寒天の意味が無くなっていた。なんだが穴の周囲に溢れている。相棒のミズチこと水蓮が主人を引き上げようとするが、寒天が吸盤か何かのような働きをしてしまい、数人掛かりでないと無理そうだ。
 流石に、紬もマギワークスもエラトもウェンカーもKyrieも手伝った。
「すまないが、腹をひっこめてくれないか」
 キリッ、と壬護に頼む緊縛中のマギワークス。
 ごーん、と心ひびわれる壬護。
「ぼ、僕の名誉の為に告白すると、今はお腹周りもムッチリしているだけで肥ってはいませんよ! 前回奥さんが帰ってきた時に渡された外套がいつの間にかきつめで、笑顔で次帰ってきた時に破れてたらと奥さんに言われているだけです。だから、だから」
 はいはいわかった、となだめられながら引き抜かれる壬護。
「寒天のうえでぃんぐけーき、か。これは新しいな。あの手の人間は、このケーキを丸ごと食べるのが夢、とかいうのがあるらしいからな。恵の婚儀に備えて考えておくか」
 全く動じてないジャリードも引き抜かれる。
「琴音、似たような状態の場所をみてきてくれる?」
 はーい、とからずの人妖が飛んでいく。
 その横を。
「路がないなら作るぞよ〜」
 めきめきめきめき。
 細い木々をアーマーで薙ぎ倒したハッドが悠々と突き進む。
 見事なまでの自然破壊だ。


 そして最大の難関はやってきた。
「なんだ?」
 ぴゅんぴゅんぴゅん、と縄のしなる音は、マギワークスの縄ではない。
「敵襲か! って、うわあぁぁぁあ!」
 紬が消えた。
「えー‥‥?」
 からすの視界が反転する。
「なんです、きゃ!」
 ウェンカーの『きゃ!』なんて一生に一度聞けるかどうかだ。
 いや、そうではなく。
 張り巡らせた縄が、見事なまでに女性陣の足を捕獲し、木の上につり上げた。
 逆さまで。
「は! これは大変です! 皆さん、見てはいけません! 下を向いてください!」
 慌てたエラトが男性四人に、直視しないよう通達を出す。
 考えてみて欲しい。
 三人は只今、罠にかかった。足をすくわれて逆さまに。
 そう逆さまに。
 紬はローズ・ヴェールと眼鏡が落ちたぐらいで、あとは裾が託し上がっている程度だが、頭に血が上っていた。ちなみに下から見上げると勝負下着が見えてしまう。
 きわどい。
 からすは黒猫の面がおちた、そして袴から白い膝が見えている。
 きわどい。
 ウェンカーはハイヒールが脱げた。そもそも裾の長く体のラインにあった淑女の格好をしているのが常なので、あられもない姿になっている。ドレスデザインとディアボリサッシュ(※帯)が役立ち色々と助かっているが、このままでは太股イヤーンが時間の問題だ。
「皆様大丈夫ですか! いま助けます!」
「それ以上動くと危険だ、主に羞恥心がな。動くなよ」
 エラトとマギワークスが救出作業に乗り出す。
「乙女を吊り上げようなどと、なんと破廉恥な!」
 逆さ吊りのまま吠える紬。
 何かの気配を察知して、無表情のまま鉄傘をさす、からす。そして何より。
「‥‥ふふっ」
 恐ろしい笑い声が三人目から零れてきた。あ、なんか寒いです、ハイ。
「何のこれしき。‥‥汚辱には耐えてみせます。ただし決して忘れません。ええ、決して」
 三倍返し? いいえ三億倍返しですよォ?
 うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
 と、なんか無言なのに聞こえました。気のせいじゃないと思います、ええ。
「かかったなぁ!」
 去り響く鳴子、現れるシノビ。
「お前達を、今か今かと待っていた! 待ちわびたぞ開拓者!」
 恵の依頼を受けたシノビの皆さん、眼前に出現。
 かなりの数だ、緊張が走った。
「お前達に分かるまい。この森の奥で、日夜罠づくりに励んだ我々の苦悩が! 気味の悪い虫の所為で肌が腫れ、蚊に刺されて全身かゆい上に、小娘の顎先で使われて、ろくな飯も与えられない犬のような生活を堪え忍んで待っていた我々の苦悩がぁぁぁあぁぁぁ!」
 ぶわぁぁぁ、と涙を流して訴えている。
 お疲れさまです。
「いまこそお役目を果たさせてもらうぞ!」
 シノビたちの両手に輝く武器!
 それは『腐った卵』と『牛乳びたしの雑巾』だった!
「今夜は牛肉祭だあぁぁぁあぁぁぁ!」
 切ないかけ声と共に襲いかかってくる一応、シノビの皆さん。本職です。
 それを最初に笑い飛ばしたのは紬!
「笑止! 逆さ状態でも剣の鋭さは聊かも劣らぬわ! 目指すものは貴様らの先にある!」
 抜刀、一閃。
 白銀が煌めき、異臭漂う雑巾をまっぷたつに切り裂いた!
 べちょっ。
 二つに分かれた雑巾が、紬の胴体と顔面に命中する。
 投げた物は切ったところで、少々軌道が変わるだけです。弾く素材なら別ですけどね。
「仕方ないな、少しそのまま待っていてくれ」
 言い残したマギワークスたち地上組は、一気に戦闘態勢に入った。
 Kyrieが「イェアァァァ!」と雄叫びを上げながら重力の爆音をつかう。ハッドは敵を凪ぎ払った。
「申し訳ありませんが、邪魔です」
 エラトたちの夜の子守歌が響く。
 何しろ、灼熱地獄と虫の脅威と過労でぐったりのシノビの皆さんである。
 魔性の歌声には逆らえずに、次々と睡魔に落ちていった。
 一方、観戦組のからすは鉄傘で攻撃を器用に凌いでいた。服は洗えばいい。
 壮絶な微笑みを浮かべるウェンカーに向かったシノビは、何故か途中でスルーして標的を変えた。所謂、厳しい大自然を生き抜く者達の野生の感、というやつである。
 そして。
 子供並の鬼ごっこを続けること実に一時間。
 かなり相手の数が減った。
 救護班の腕章をした一部のシノビが、吊され組の元へ水分を運びに行く。
「大丈夫ですかぁ? すいません、もうちょっとすれば‥‥」
 それまで頭に血が上って動かなかったからすが、シノビを捕まえ鉄傘を顔に近づける。
「前払い? それとも後払いか?」
「あ、後払いと伺っております」
「恵の父親から報酬は払わせる。シノビだって嫌だろうこんな仕事。縄を撤去して帰って」
「ほ、本当ですか!」
 そこで救護班のシノビは大声で仲間にそれを伝える。過労のシノビは恵の居場所を伝えて縄の撤去を始めた。
「これを恵さんに。お父様からです」
「かしこまりました」
 シノビが壬護から手紙を受け取り、姿を消す。
 ようやく地上に降りた紬達は、縄が撤去され、頭痛が治まったら奥に進むことになった。
 ところで。
「‥‥おーい、たすけてくれ」
 この戦域に真っ先に入り『なんだ?』の一言を残してつり下がったままになっているジャリードは、見事なまでの放置プレイを味わった。あまりにも切なかったので、シノビの人がジャリードを降ろし、なけなしの命の水(※冷えた麦茶)を提供した。


 そして、どうしても撤去できなかったのが『もずくの湿地帯』であった。
 ぬめぬめした海藻である。
 これはもう、自然に腐敗して自然に還るのを待つしかない。
「ふふふっ、逃がさん、逃がさんぞおぉおぉぉぉ!」
 血眼で恵を捜す紬は、這ってでも進んだ。もはや汚れは気にならない。
 その横を。
「ああ、初めて爽快な気分になったかもしれません」
 寒天まみれの壬護がミズチの水蓮に縄をもたせ、難なく渡っていた。


「本職のシノビも効かないなんて! ってゆーか、雇い主守りなさいよアンタたちー!」
 木の上に、シノビの皆さん渾身の家が組み上がっている。所謂、樹上の別宅みたいなアレである。わめき散らす恵に対し、からすの交渉が効いてるシノビの皆さんは、早く恵の父ちゃんから報酬が欲しいので様子を見守っている。何も語らないが、白い布を縛り付けた木の枝をふっていた。ちなみにアレは、ふんどしだった。
「この根性なしぃいぃぃぃぃ!」
「さぁ! もはや逃げ場はないぞ」
 もずくと腐った牛乳と腐った卵で、ぐっちゃんぐっちゃんの紬が不敵に笑う。
 逃げるなら咆哮で嫌でもこちらにむかせる。じりじりと間合いを詰めながら、開拓者達は恵を取り囲んだ。漂う殺気を急激におしこめ、輝かしい微笑みを纏って手を差し出す。
「なぁに大丈夫、80キロまで減らせたのだ。次は50キロまで一気に逝こうではないか」
 殺る気だー!
 感情の起伏が少ないマギワークスも、珍しく口元に弧を描く。
「100から80なら、80から60もいける」
 励ましているのか、容赦がないのか。
 意見がわかれるところだ。
「いいですか、メ‥‥恵さん。前にもお話ししたでしょう」
 メスブタと言いそうになったKyrieは、キラキラと輝く笑顔を振りまく。
「痩せれば素敵な恋愛が出来る、と。いわば今回の縁談は一生に一度の奇跡! 素敵な恋愛が待っているんです!」
 といいつつ、偶像の歌を駆使する。
「恋愛? 縁談?」
 あれ?
「恵さん、さっきの手紙は読みました?」
「お父様の説教なんて聞き飽きたから、破って捨てちゃったわ」
 流石、恵。
 話が一歩も前に進まない。
 壬護は恵の破り捨てた手紙を拾い、賢明に説明し直した。
 解説すること数十分。
「ほ、ほ、誉さまが?」
 どきーん、この胸の高鳴り、もしや恋?
 んな顔をしている恵は、一気に夢見る乙女だ。
 その変わり身の速さはパネェ。
 しかし開拓者は呆れてもいられない。からすも悪魔の囁きで畳みかける。
「そう、その長男殿。ダイエットが一段落したら会いに来てほしい、と。手紙の通りで、近々あえるかもしれない。20キロ痩せたんだ。恵殿ならまた頑張れるさ」
「がんばれるかしら、私、がんばれるかしら」
 ちょろすぎる。
 流石は気の多い娘だ。
 からすは『ふふ、それでいいさ』と胸中で笑う。こうして話はまとまった。
 ならば、待っているのは減量だ。
「ほーほっほっほ!」
 ウェンカーの笑い声が森に響き渡る。
「ついでです。前回の成果を見て差し上げましょう。今から減量開始ですね、なんてお得」
 そしてサンダーを近くの木々に当て始めた。
「ひぃやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 ばしーん、ばこーん、どっこーん、ばりばりばり。
 魔法の雷が、恵の足下をかすっていく!
「さぁ、走りなさい。逃げ惑いなさい。無様に泣き叫びなさい。ほーっほっほっほ!」
 轟く雷鳴。
 黒き女帝の哄笑が響く!

 ついでにこれをご覧の良い子の皆様へ。
 一般人に落雷を当てると高確率で死んでしまいますのでご注意下さい。
 開拓者は運がいいと瀕死で生き残りますが、保証は出来ません。かしこ。

 サンダーで追いつめられた恵。
 そんな彼女を救う存在が現れた。ハッドだ。
「さあこっちへ! 早くにげるぞよ!」
 第二の減量合宿にな!
 顔で輝いて心で策略。金色の策士は、どこまでも黒い。
「時間もないことですし、そろそろ参りましょうか」
 微笑んだエラトが、問答無用で恵を眠らせる。魔性の歌声を前に、恵陥落。
「さ、帰りましょう。強制ダイエットです」
 それを見ていたウェンカーは。
「あら残念。飽きた段階で逃げまどう豚をアイヴィーバインドで捕獲して、ぶひぶひ言わせようかと思っていましたのに。ああ、残念です」
 ひやーん、と一陣の風ならぬ冷気が通り過ぎた。
 唯一。
 ジャリードは、切ない依頼を受けていたシノビの皆さんを労った。
「お疲れ様、雇われだもんな‥‥分かるよ、まさかこういう罠を作らされたり、武器‥‥嗚呼、あれって攻撃するほうの手も、臭い移ったりするもんな」
 むわぁ〜ん、と異臭が漂っていた。



 こうして。
 ついにダイエット地獄は始まった!
 酷い格好になっている者達は身を清め、衣類を変えた。
 ここからは別な意味で勝負が始まろうとしている。
 いつも通り、減量、料理、捕獲班に分かれた。今回は恵の礼節を正すためにも、非常に過酷さを増していた。
 毎日、順番に恵が体験した減量の様子を、皆さんに少しだけご紹介する。

 鬼教官一人目。
「逃げさりさぼった分はしっかりと取り返さねばなぁ?」
 紬は、この時を待っていた。
「今回は天墜も貸してやろう、さぁ千本素振りでまずは精神集中だ! それが終わったら走り込み等は当然やりこむぞ」
 流石に千回ふることは出来ず、50回越えたところで文句を言い始め、100回を越えたあたりで、死んだ魚のように地面に横倒しになっていた。

 鬼教官二人目。
 ハッドは引き続き、ハードワークを基本にした運動ダイエットを考案した。
 そして長期間の籠城に伴う、古い角質などの手入れも女中達に命じた。本当は妖しい魚を買ってきたかったらしいが、この辺では売っていなかった。
「皮膚のたるみは、まだ若いし新陳代謝で何とかなる範囲だとはおもう。筋トレをして筋肉をつけながら体型の改善をすることで解消できるじゃろ〜」
 行動はハードだったが、言葉はおだてる率が高かった。

 鬼教官三人目。
「いいですか、これは調教もとい教育なのです」
 と、仲間に言い放つのはウェンカーだった。
 そして恵には、こういった。
「いいですか。食べるなとはいいませんが、節度を持ちなさい。節度なき人間はただの豚です。徹夜は厳禁、睡眠不足はいい減量の敵というものです、それに美容にも良くありません」
 くどくどと説明する中で、恵がよそ見をしようものならば。
 ばこーん。
 室内なのに、雷鳴が響いて湯飲みが割れた!
「相手の忠告には素直に耳を傾けなさい。聞けないというのでしたら、その耳、切り落としますよ」
 恨みも混じって発言が過激になってきた。
 目の前で常にギリギリをゆく、それがウェンカー。
 ついでにウェンカーはこの後、散々シノビの皆さんを怯えさせた。
「あまり私を怒らせないでください。だんだん腕が疲れてきたのでそろそろ意図的に誤って当てるかもしれません」
 当てちゃダメだ。

 鬼教官四人目。
 姿を整え、少しばかりこんがりと肌が日焼けしたKyrieは、忙しい減量の合間をみて、恵に礼節を叩き込むことにした。散々、罠につっぱしらせ、泥と色々な物で汚れていた相棒も綺麗に整えた。
「素敵な殿方と巡り合えたのですし、私はダンスの講習を致しましょう。相手はザジが努めます」
 これはなんという粋な働き!
 そこで続けてこういった。
「土偶なので不眠不休で相手が出来ますから、24時間耐久ワルツなんて如何でしょう?」
 根に持っていた。
 いやもしかしたら最初からこうだったのかもしれない。
「私も演奏でお付き合いしますよ」
 監視つき宣言キター!
 そしてその宣言通り、少しでも恵の動きが鈍ると。
「頑張ってくださイインンン!」
 壊れた人格が顔を出し、吠え猛りながら重力の爆音を近くに打ち込んだ。
 彼は正気に戻るのか、そもそもこのまま新しい路線を走り続けるのか、それは誰にもわからない!

 素敵な減量の鬼が集う中で。
 マギワークスは真夏のように厳しい日差しの空を見上げた。
「この暑さならそろそろ水練が出来るだろう」
 前回は寒くて出来なかった。今回ならば可能になる。
 川の水は汚いので、この辺は恵の家の財力を使って、大きめな木箱を用意させて、そこに冷水を流し込んだ。
「とりあえず、水中歩行から始めるといい。普段よりは疲れを感じない割に全身運動になるから消費も大きいはずだ。何より、どんなに重くても体に負担がかかりにくいというのが大きいな」
「やるやる!」
 結局、楽そうなほうに流れるのが恵だ。
 マギワークスは恵の心理が耐えうる範囲を探りながら、課題を与えていった。

 そして毎日の運動後、恵の体をほぐすのはエラトの役目だった。

 また。
 たとえ逃げようとしてもジャリードがそれを許さない!
「‥‥ふ。泣こうが喚こうが叫ぼうが暴れようが、シノビの皆さんの苦悩も含めて、逃 が さ な い ぞ ?」
 恵は首根っこを掴まれ、引きずり戻されるのが関の山だった。

 ちなみに。
「これでも武家の三男ですからね、素敵な淑女になる為礼儀作法や美しい歩き方、体験を生かした減量に関する座学を担当しましょう」
 心優しい壬護は恵がくじけそうになると両手を持って励ました。
「俺が一緒です、避雷針ぐらいにはなりますから一緒に頑張りましょう」
 恵の目の前で、二度目の惨殺未遂は勘弁願いたい。
 毎夜、瞼の裏に思い描く夢と言えば、恐怖の奥方と黒こげになる自分だった。
 切ない。


 こうして。
『あぁ、勿論今回も予定外の間食は許さぬからな。もし破ったら、ふふふ』
 そんな紬をはじめとした開拓者の監視下に置かれた恵の食生活は、一見過酷に見えて、かなり幸せなものだった。というのも、からすとエラトが順番にバランスのとれた食生活を促していったからである。
 からすは考えた。
 痩せるためには食べさせなければならない。その理念に決して間違いはないはずだ。野菜が中心にはなっていたが、力を付けるため肉類魚類をバランスよく献立に織り込む。
「運動の為には食べないとね」
 ただ、食べ過ぎないよう。
 その分運動しなければならないから、糖分はやはり果物を勧める。
 そして水分補給。飲まないといけないが飲み過ぎも身体に悪い。
「今回はレシピが必要かな」
 不在の期間に備えて献立を書き出す。
 また努力を水の泡にさせられては切なすぎる。
 前回、卵入り野菜炒め、豚肉と牛蒡の豚肉スープを提供したエラト先生はといえば、また新しい献立を考えついた。此処まで来たのだ、意地でも減らしてみせたい。
 というわけで。
「意外と知られてないんですが、さんまは痩せるのに効果ありますよ」
 ここで全世界の暇な奥様に、エラト先生直伝、減量に効果のある『さんま麦飯丼』の作り方を、少しだけご紹介する。
 まず、さんまの頭を切り落とし頭から尾に向け三枚おろしにした後一口大に切る。
 次に量の味醂・醤油・水・粉山椒を混ぜ合わせタレを作成。ししとう、椎茸は網で焼く。
 そして鍋に少量の油を熱し、さんまに片栗粉をまぶし鍋で焼く。
 この時、薄切りにして細切れにした豚肉と牛乳と鶏骨を煮こみ油部分を取り除いたスープを加え、強火で約3分半ほど加熱。塩・生姜を少量加え、さらに強火で2分程加熱。
 最期は深皿に麦飯、椎茸、獅子唐、さんまを盛り付け、予め作ったタレと粉山椒を振りかけ完成となる。
 是非、皆様もお試し頂きたい。
 そして恵の肌荒れが気になるジャリードは、美容のために新鮮なオリーブオイルを肌に漬けて潤いを保つ方法を選んでみた。



 最終日、紬はやりきった顔をしていた。
「だいえっとというのは気持ちが良いな。一人の人間の人生を改善できたことであるし、いやぁ気分が良い。今宵の酒は美味く呑めそうだ」
 今回ばかりは抜かりがない。
 恵の父親は監視係にシノビの皆さんを雇い直した。
 運動手順は恵の弟にも仕込んだ。
 からすとエラトは、美味しく痩せるための料理を厨房に教え込んだ。
 ジャリードとハッドは「これでダメなら次は砂漠だ」と脅すことに決めたらしい。
「この調子でやせてくれると良いのですが」
 手違いサンダーをちらつかせながら、見合いの日を想像するウェンカー。
 他にもやりきった顔したのは、壬護にマギワークス、そしてKyrieだ。
 思い起こせば、100キロの巨体だった。
 それが普通の娘になりつつある。
 がんばった。
 超がんばった。
 あとはどうか、この努力が実りますように。
 一ヶ月後に控えた面会が上手くいくことを祈りながら、開拓者達は最終日の去り際まで恵を絞り続けた。
「にゃあああああ!」
 夢見る乙女の悲鳴と共に。

 そして恵の人生がどう転んだかは、一ヶ月後にならないと分からない。
 これがまた単純な話ではなく、色々と騒動続きになるのだが、そんなことは露ほども考えていない開拓者たちであった。