【私の体はツーアウト】
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
EX
難易度: 易しい
参加人数: 12人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/06/06 17:56



■オープニング本文

 ‥‥ああ、なんていい香り!

 理性がぶっ飛びそうな料理の数々。
 そんな皿を前に、修羅の形相をした乙女が決死の思いで耐えていた。
「‥‥恵ねーちゃん、怖い」
 泣いているのか笑っているのか。
 判断の付きにくい姉の顔を、弟は怯えながら眺めていた。
 そう、只今痩せるために必死である。
「あああ、食べたい。でも我慢しなきゃ。だって神楽様があぁぁぁぁ」
 聞こえるうめき声。
 いつもこういう思いつきで無茶な痩せ方するから太るのに。
 と、思っていてもいわないのが弟の優しさである。
 達観してるとも言う。
 
 ここは五行東方、渡鳥山脈を越えた先にある大きな町、白螺鈿。
 異国の料理すら揃うこの町では、現在、如彩家四人の兄弟が町を発展させるために奮闘中なのだが、四兄弟はそれぞれ色んな意味で有名であったりする。こと次男は、年寄りや一般の者達からは鼻つまみ者だが、町の命運を握る若者世代には異常なまでの人気を誇っていた。
 次男の名は、神楽。
 見目麗しい男性で、日常的に女の装いをしている。一部では男の娘、という呼称でも呼ばれる。
 そして女性陣の噂の的。

 実はこの飢えに苦しむ恵という少女。
 若くして飲食関係の事業を成功させた豪商の愛娘である。
 それ故、幼い頃から美味しい物を食べ続けてきた。
 肥えた舌先による助言は、父親の仕事に大きく貢献してきている。

 しかし!

 流行の化粧や着物で飾ったその巨体重量。

 およそ100キロ。

 これで背が高かったらまだ良かったのかも知れないが、背が低いと必然的に身長は横に伸びていく。
 どこからどう見ても。
 おデぶ‥‥‥‥いや、立派なぽっちゃりさんだった。
 そんな彼女に春が到来。
 相手は、憧れの如彩神楽様。
 実は一ヶ月後、白螺鈿の権力者である四人と面会することになっている。
 そこで問題が発生した。

 なんとしてでも痩せなければならない。

 かくして絶食生活が始まった。
 あまりにも無茶なやり方で、よなよな起きて台所で何かを食べている。
 しかし姉はそれを覚えていない。減らない体重を呪うばかりだ。
 見かねた弟は、悩みや事件を解決してくれるというギルドを訪ねた。
 姉には教官が必要だ。

「‥‥という訳でして、効率よく痩せる方法を知りませんか?」

 目が点になる開拓者達。
 今、華麗なる戦いの火蓋が切って落とされた!!


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
紬 柳斎(ia1231
27歳・女・サ
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
からす(ia6525
13歳・女・弓
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
フィーナ・ウェンカー(ib0389
20歳・女・魔
壬護 蒼樹(ib0423
29歳・男・志
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
セシリア=L=モルゲン(ib5665
24歳・女・ジ
Kyrie(ib5916
23歳・男・陰
ジャリード(ib6682
20歳・男・砂


■リプレイ本文

 改めまして。
 これは絶対にして凶悪な支配の元に行われた、涙と猟奇の壮絶なる減量物語である。
 心の儚い方、体力のない方、持病を持つ方。
 というか基本的に一ヶ月という短期間で50キロ痩せたい!
 って言うアリエナイ欲望をお持ちの方々は、決してマネをしてはいけない。
 ‥‥理由?
 命の保証はできないからだ。いや、マジで。
 広い世の中には身を持って実証しようとする(少々奇特な)精神をお持ちの方がいないとは限らないからである。誰かって? 聞いてはいけない秘密が世の中にはあるものだ!

 以下、輝かしい笑顔のもとに割愛。

 道行くからす(ia6525)が賢明に献立を考えている。
 それはエラト(ib5623)も同じだったようで、相談を終えたら市場に新鮮な食材と調理道具を揃えに行くと言った。
 Kyrie(ib5916)は何故か、人情本や読本など若い女性が好みそうな内容の本を探しに行くらしい。いつにも増して化粧をばっちり決めた顔は、つい先日まで近くに来ていたので近隣のお店を紹介するから任せてください、と言って益々優美に輝いていた。
 なんにせよ。
「まずは本人に会って話を聞こう。彼女にも目標体重があるはずだ」
 紬 柳斎(ia1231)の言葉に「目標体重ねェ」とセシリア=L=モルゲン(ib5665)が呟く。
 噂の彼女は、100キロだ。そこから果たして、どれほど削るのか。
「ンフフ。痩せたいっていうなら、それなりの覚悟は必要よねェ」
 実に楽しそうな顔をしている。
 つつ、と鞭を這う指先が危険な香りを放っていた。
「俺たちを見ても分かるが、開拓者にデブはほとんどいねえな!」
 得意げに言ってぐるりと見回した巴 渓(ia1334)は、あることに今更気づいた。
 そう、今回支援を行う開拓者のなかにも、肥満に悩む者がいることを!
 うっかりさんな発言は、時に気まずさを生むので注意されたし。
 壬護 蒼樹(ib0423)が青い空を見上げた。
「‥‥ダイエットとリバウンドと私、永遠の命題ですね」
 それは減量ではなく増量だ。
 しみじみと呟く彼に、果たして何があったのか。
 それは個人の問題なので、第三者が悪戯に尋ねてはいけない。
「さて、鬼教官はたっぷりそろってるみたいだしな」
 巴は話題を逸らした。
 今回は生やさしい減量作戦は許されない。
 そうですね、とKyrieはちらりと仲間達を一瞥した。
「恵さんが心のゆとりを持てるように注意しておくとしましょう。鬼教官の方が揃っていますし、激しい運動や食事制限により、恵さんは凄まじいストレスを感じることになる筈です。それを少しでも和らげ、ダイエットを継続させていきます」
 その為、毎夜寝るときはつきそい、用意した本を情感たっぷりに朗読することで、いつかこのような恋が出来ると錯覚させるつもりらしい。
 フィーナ・ウェンカー(ib0389)は艶やかに微笑んだ。
「鬼教官ですか‥‥ふふ、腕が鳴ります。勿論‥‥物理的な意味で」
 恍惚とした表情からは、何を考えているのか読みとることができない。
 ひとまず感じるのは、果てのない悪寒と戦慄である。
 悩ましい横顔のジャリード(ib6682)は、すました真顔で続けた。
「‥‥いっそ本当にアル=カマルに連れて行こうか? なに、ガイド付きなら砂漠でフルマラソンしても干からびさせたりはせん」
 汗すら蒸発する広大な砂漠で、命の危機を感じるまで走らせる。
 年頃の乙女に、なんということを。
 ちなみに砂の上では、歩くにも走るにも、想像以上の体力を使う。実体験した者ならば分かるだろうが嘘だと思う人は、燦々と灼熱の太陽が煌めき、陽炎が揺らめく海岸の砂の上を、三時間ほど歩いてみることを推奨する。
 ついでに。
 その際、ひとりで行って、行き倒れたとしても責任は持てない。
 手帳を見ていたイクス・マギワークス(ib3887)は、同じくすました顔で言った。
「ふむ、サディストは多いようだし、あえて私が叱咤する必要はあるまい」
 一瞬、神の御使いにも等しい鬼にならない宣言が聞こえた。
 しかし。
「私自身が減量をした事は無いのだが、‥‥書物を読んだ所色々な方法があるようだ。それらの実践や効果の検証はしてみたい」
 依頼にかこつけた人体実験宣言キター!
 溢れる情熱。未知の探求心。そして限界への挑戦。
 不穏な空気は気のせいだと思いたい。

 ここは五行東方にある街、白螺鈿‥‥の依頼人の自宅に他ならない。
 依頼人が『彼らは減量を助けてくれる人々だよ』と言って開拓者を引き合わせた相手は、噂の恋する乙女、恵さんである訳だが、やはりというか想像以上の肉量が彼らを迎える。
「はじめましてぇ。わたしぃ、こうみえても肌がぴっちぴちなんだけど、やっぱりクビレがあった方がぁ、より魅力的だと思ってぇ。きゃー! やだもう、恵はずかシィ」
 イラッ、と感じた、そこの貴方。
 気持ちはわからんでもない。
 開拓者達は唖然と相手をみた。
 流行の衣装に身を包んだ、肉の鏡餅が目の前にいる。
 あらゆる皮膚の下に脂肪が詰まっているらしい。ぴちぴちの肌とやらも、ぱんぱんにむくんだ肌が、油で光っているようにしか見えない。くびれ云々以前に、どこが腰なのか。
 きっと時代が違えば、彼女もまた『しもぶくれの美人』とやらになれただろうに。
 価値観の変化とは、時に無情である。
 後方にいた紬が、目眩を覚えた。
「これは‥‥見事なまでに丸々と。苦労することになりそうだ」
 しかしカンタータ(ia0489)はめげなかった。
「ごきげんようー。今回はお力になれるよう頑張りますので宜しくお願いしますー」
 呆れていても始まらない。『ひとつきで? 激ヤセ?? いやむりじゃろ〜』と内心は思っていても口に出すのを控えたハッド(ib0295)も、長い名前で自己紹介した。
「恵をスリムにするぞよ」
 果たして本当に痩せられるかどうかは、まだ分からない。
 たったいま、悪夢と涙と奇跡の減量が幕を上げた!


 ひとまず恵の理想を実現するには厳しい減量が必要である。
 これにともない開拓者達は各々が考える減量方法を考案し、ひとまず持ち寄ってみた。
「とりあえず一ヶ月で30、40キロぐらい絞る方針でゴリゴリと削っていくとします。理想は50キロ減ですね。途方もない目標です。ふふふ」
 途方もない、とか言いながらウェンカーの瞳はマジだった。
 有言実行。
 言われればやる‥‥否、殺ル気だ。
「現状100キロくらいなら頑張ればダイエット可能ですよねー」
 献立を考えるカンタータも間延びした声で言ったが、問題は一ヶ月でどれほど減らせるかということにある。モルゲンは「そうねェ」と天上を振り仰ぐ。
「ンフフ‥‥大切なのは、日々の運動と、食事よォ。でも今回は割と短期間だから、食事よりも運動の方にウェイトを高く設定したらどうかしらねェン」
 エラトは「それもいいですが」と暴走しそうな面々に進言した。
「痩せるには食事を減らすのではなく食べる内容を変え、三種の運動を組み合せるのも1つの手と思います」
 ほっといたら雑巾のように絞られてしまう。きっともたない。
 結局のところ。
 色々と話し合ってみて、発案の傾向が似たもの同士が協力し、日交代で試していくことになった。毎日単調な繰り返しでは飽きてしまうし、標的にとってどれがより減量できる方法か分からないからである。
 勿論、準備に時間がかかるのもあるのだが。
 段階を追って、簡単なものから、より過酷な方法に変化させていくことに決まった。
 滞在期間が短いため、きっちりと食事療法・運動・間食・心のケア・深夜の見張りと当番を決定し、一覧表に記した。
 紬が何かに憑かれた表情で立ち上がった。
「太ると言うことは女性にとって大敵であるしな‥‥諸君、だいえっとは好きか」
 好きか嫌いかと言われると微妙だが、ウキウキと対策を練る者はきっと好きな部類だろう。無言を肯定ととった紬は、明後日の方向をびしっと指さした。
「よかろう、ならばだいえっとだ!」
 さー! いえす、さー!
 いないはずの神の声(あきらかに幻聴)が聞こえた気がした。


 あけまして本日一日目。
 今日の食事療法担当はエラト、モルゲン。運動療法はからす、ジャリード。
 夜間の徹夜当番は、壬護、からす、マギワークスである。
 そして何故か、壬護が減量に加わることになっていた。
 孤立無援は寂しかろう、という彼なりの優しさと、体重が増加したら離婚する! と丁度脅されているからのようである。早朝、経緯を説明し、そっと恵の両手を包んだ。
「ええと、というわけで一緒に頑張りましょう。なんだか恵さんとは他人とは思えませんね。僕は主に鍛錬で減量してますけど、たまに聞くダイエットを試したりする時は同じのやってました」
 効果があったかというと、それはまた別問題だ。
 一方、恵はというと。
「‥‥もしかして、貴方、私に気があるの? だから一緒に減量したいのね」
 ん?
 なにがどうしてどうなった?
「やだもう、参っちゃうわ、私どんだけ魔性って感じなのかしら。悪い気はしないけどぉ、私には意中の人が居るしぃ、ああんダメよ、妻子を持つ男性がそんな、人目を盗んで」
 一方的な妄言がだだ漏れていく。
 後方で本日観察組のウェンカーが「これは随分扱いやすそうな方ですね、面倒ですが」と死んだ魚のような眼差しで様子を眺めていた。

 気を取り直して。
 エラト先生による献立の一例を、減量を熱望する全世界の奥様に少しだけご紹介する。
「余分なものを燃やす筋肉をつける為に肉を、栄養が含まれる油もとる事が必要です」
 その一、卵入り野菜炒め。
 蒟蒻、人参、大根、なす、白菜、小松菜、ねぎ類、茸類等を手頃な大きさに切り分けた後、油で炒め火から下ろす直前にとき卵を入れ、かき混ぜて塩で味付けし完成である。
 その二、けんちん汁風牛蒡と豚肉スープ。
 牛蒡等の具材は2ミリくらいの厚さに切り分け、牛蒡は5〜10分位水に漬け、あくを抜き、水を切り、豚肉、蒟蒻、人参、水を加え、20分程煮て柔らかくなったところで、鰹節、醤油を加え、塩で調節。好みにより豆腐や唐辛子を加える。
 調味料(とくに塩)の分量を間違えると痩せにくくなってしまうが、案外美味しいメニューなので、気になる人は是非試してみて欲しい。

 ところで、標的はエラトが必死に考えた献立を「美味しくない、料亭の方が美味しい」とか我が儘放題をぬかした。そりゃぁ一級の美食に比べたら粗食だろう。まずはこうして食事の程度を段階的に落としていく必要がある。結構、譲歩したのだ。
 ぶーぶー文句を言う恵をあやすのは、壬護の役目だ。
 ボタンを閉めていれば結構な外見に見える。
 同じ目線から食事は良くかんでゆっくり食べるを共に実戦するよう心がけた。
 ちなみに。
 彼の体型を奇跡で維持しているボタンの下がどうなっているかは、知らない方が幸せである。

 運動は、まず遊び感覚がいいのではないだろうか。
 そう考えたからすは長い縄を用意し、更によくしなる木の棒で輪を複数造った。
 遙か天より様子をご覧の皆様に分かりやすく言えばフラフープだ。そして縄跳びである。
「やってみる? 案外楽しいよ」
 まず、からすは大縄を回してみた。毎回入るところで引っかかった。
 なんとか飛べるように入れた状態から試してみた。ぼよよんぼよよん、と腹部の肉がまるで別の生き物のように激しく脈動する。三回飛んで「お腹が痛い」と言い出した。
 マギワークスが仮病かどうかを確かめると。
「‥‥肉割れを起こしているな」
 うっすら出来た赤い筋。1アウト。
 しょうがないので皆でフラフープを試してみる。予想通り綺麗に回る開拓者達と、全く回らずにぼとぼとと落ちるくびれのない太めの方々。早くも恵さん、2アウト。
「‥‥これが若さの違いというものですか‥‥」
 悔しがる壬護。いや、それきっと違う。
「思いの外、重傷なようだな」
 本日、観察組の紬が深い溜息を零す。
 しかし室内でも出来る運動と言うことで、からずの考えたフラフープは当番関係なく毎日実施することになった。続ければくびれが出来る、の文字に吊られている。

 気を取り直して。
 ジャリード先生による本日のメイン運動『ロングスローディスタンス〜雑巾がけより哀をこめて〜』についてご紹介する。
「とりあえず、動け。掃除、洗濯、それらを準備運動にするだけでも体はほぐれる。部屋も綺麗になって一石二鳥だ」
 えーめんどくさーい、っていうイラつく発言をはり倒して、まずは全く運動をしてこなかった恵に動かす習慣をつけることから始まった。
 最初のうちは足腰に負担をかけないように、とにかくゆっくりでもいいから長い時間走る‥‥のはまだムリそうなので、よく歩きよく動くを推奨した。
「体が伸びていないぞ。腹の肉で床を磨いてどうする」
 なにしろ広いお屋敷である。這い蹲って雑巾がけをするに、不足はない場所だ。
 しかし思い出して欲しい。
 ジャンプしただけで上下に揺れる全面の醜悪な肉である。当然長いこと猫背でいたため、あまり背筋が伸びない。そして恵の小柄な体躯では両手と足で、100キロの巨体を支えることが出来ないことが判明した!
「キツイキツイキツイなんなのよどうしてなのよ私が何をしたっていう‥‥」
 ぱたり。
「‥‥どうした? おい?」
 なんと恵は頭に血が上った!
 両手を雑巾に添え、腹をひきずらないよう尻を高く上げて膝をつかないようにすると、下半身にあった血液が上半身へ流れ込み、所謂逆さ吊りに近しい効果を発揮した。
「ねーちゃあぁぁぁん!」
「うう、ね、燃料が足りない、の」
 かくっ。
 恵さん、空腹により失神。
「ねーちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
 後に目隠しでコメントを求められた担当官はこういった。
 まさか此処まで重傷だとは思わなかったんだ。FROM、ジャリード。
「始めたばかりだから、しょうがないかな。どうしても食べたくなるからね」
 からすは手慣れた手つきで砂糖と塩を溶いた水を恵の口に押し込んだ。更に一定の水分を補給させたところで、市で取り寄せた芭蕉実を口に押し込む。紬の指摘通り、間食対策は万全である。
 ちなみに全世界のみなさん。
 芭蕉実は高カロリーだが、塩分を排出する作用があるので減量的にはとても効果的だ。
「‥‥うう、まずい、もう一本」
 早っ。
「あ、復活した。我慢しすぎはイライラするし、脂肪を貯め安くなるからね」
 調子に乗って間食増量を希望する恵をひっぱたき、再開した。
「さぁ体を捻ろう。筋トレは1日置きながらにした方が成長するらしい。あまり熱心にやると今度は別の余計な肉がつくぞ。腹筋も背筋もバランスよくやらねばな」
 砂漠に連れて行くのを諦めたジャリードは、その後もビシバシと恵を動かし続けた。
 そしてモルゲンが質素な食事対策で、恵に幻覚の豪華食事をみせて対応した深夜。

 脱走当番の三人は、台所で暇つぶしの減量談義をしていた。
「いえね、恵さんの気持ちは痛いほどわかります。そういえば、息子が怪談口調で語ってどきどきして聞いていたら、僕が寝たまま夜中に食べ物あさってたって‥‥」
 壬護の告白を聞いていたマギワークスは、しれっと答えた。
「発見したのが奥方でなくてよかったのではないか?」
 太ったら三行半、の恐怖に震える壬護は「それはそうですが」と言いながら、次に同じようなことがあった場合、息子でなく妻だったことを想像して生きた心地がしないらしい。
 その時。
 カラコロカラコロカラコロ‥‥
 それまで黙々と食材に向かっていたからすは「恵殿が!」と振り返った。どうやら深夜に起き出して食料をむさぼられることを懸念し、鳴子を張ったようだ。
 慌てて駆けつけたからす達は、やばい! という表情をした恵を発見した。
「恵さん‥‥」
 壬護は、がし、と恵の両肩をつかみ。
 ものすごい速さで前後に振った。
「分かります! 食べたいです! 俺も気が付くと料理屋で卓一杯の料理を前にしていたことも少なくないです! しかし待っているのはリバウンド! そして我々以上に恐怖の仕打ちをする方々ですよ! バレたらどうなるか俺だってわからないんですよ!」
 ガクガクガクガク。
「こういう輩は口で言っても聞かぬものだからな」
 はぁー、と珍しく溜息を履いたマギワークスは、アムルスリープを唱えた。
 恵、失神。
「さぁベットまで運んで、私達も安心して寝るとしよう」
 ずりずりずりずり‥‥
 淡々と任務をこなすマギワークスは、恵を引きずって扉の向こうに消えた。


 あけまして本日二日目。
 今日の食事療法担当はカンタータ、巴。
 運動療法はハッド、マギワークス、エラト。
 夜間の徹夜当番は、カンタータと巴 渓である。
「空腹時の摂取は吸収率が上がります。半端な断食は意味がないのです。本来、半年はかけるべきところをひと月で結果を出すために、かなり負担がかかると思いますー」
 でもやると決めたカンカータ達も、相当献立を練った。
 巴が得意げに話す。
「調理も俺がやるぜ。任せな、それなりに料理は上手いんだ」
「交代でしましょうかー? これメニューですー」
「ここの主食は大豆やオカラが中心かな。かさましに蒟蒻は定番だろう? 魚は少量に押さえて、鶏肉のささみを大目にして、小鉢を増やして目で満腹感を出すのはどうだ? 雑穀にクセはあるが、米は勿論玄米で‥‥」
 極端な鬼指導に走るかと思われたが、意外とマトモな献立が出来上がった。
 しかし! 
 あくまでその献立は『少々ふくよかな女性に最適!』に過ぎなかった。
 起床後、まずは食前に香草茶を1杯。
 朝食には茹でた葉物野菜。季節の根野菜のポタージュ。茹でて極力油を排除した卵や鶏肉白身魚等の蛋白質を少々。ご飯は小さな茶碗に七分目。
 昼食は生野菜。おぼろ豆腐。
 と、一気に量と品目が減少したため、ぽっちゃり恵さんは、真っ昼間っから脱走した。
 やっぱり1アウト。
「流石は裕福な家のお嬢さん。我慢する気がさらさらないようです〜」
「感心してる場合か、カンカータ。どこいきやがったー!」
 巴が家から飛び出すと、ハッドが腰に手を当てて様子を眺めている。
「おぉー、財布を持ってあそこにおるぞよ」
 ぽって、ぽって、ぽって‥‥歩いているようにしか見えない。
 流石100キロの巨体。走る速度が遅すぎる。
 なんだかとても悲しい後ろ姿に切ないものを感じながら、努力を無駄にしない為に彼女を連れ戻す。恵は短い手足を子供のようにばたつかせた。
「イヤアアアァァアアア!」
「だだをこねてはいけないぞよ〜」
 カンカータと巴に引きずられる恵に、ハッドが注意を促す。
「あんなんで足りる訳ないじゃない! むりよ! むりだったのよ! 最初から私を笑うためにきたんでしょう! そうよ! どうせ肥満よ! 五段腹よ! 殺す気よォォォ!」
 相変わらずウザい。
「うっうっう、後生よ。飢え死ぬわ、もうちょっと何か食べさせてェェエェェェ!」
 そこへ現れたKyrieは、美しい顔で微笑み、そっとたぷたぷ肉の余る顎をさすった。
「痩せれば綺麗になれます、我慢しましょうね」
 カンカータと同じく、間食禁止令を宣告した。それはまさに心理的な死の宣告。
「かわりに愚痴や教官陣に対する悪口雑言を何でも話してくださってかまいませんよ。そうです、今夜から紙に、思ったこと、感じたこと、ねがい、なんでも書きつづるようにしましょうか。感情の捌け口があれば、食のストレス発散の一助となるでしょう」
 ともかく間食はダメだと。
 頑として譲らない鬼教官達がいる。
「イヤアアアァァアアア! ※※※※※※!!」
 もはや人語が話せなくなっている。
「‥‥夕飯は小鉢を多くしてやる。ま、それだけ叫ぶ元気があるなら大丈夫だ」
 とはいいつつ、流石に仏心が出たらしい巴は、妥協案として寒天を煮て固めた円柱状の物体に果物の絞り汁を煮詰めたものをかけて、野獣化していた恵に与えた。
「うぅ、おいしくない〜」
「無いよりマシだろ、これで空腹を紛らわすのさ」

 非常に脱走率の高かったこの日。
 藁を巻いた大木の前に恵を連れて行ったハッドは、あえて紙芝居の形にして蹴り続けるように言った。
「これは戦いなのぞよ! 痛みなくして得るものなし!」
 一緒に減量を試みる壬護は普通に蹴っていたのだが、ハッドがとてもとても辛抱強く指導しても、恵はどうしても足が上がらなかった。
 流石、運動不足。
 脂肪という軟らかい肉に包まれているはずの恵は、関節や筋肉が衰えていて所定の位置に足をあげることすらままならない!
「‥‥弟くん」
「なんですか、軍曹」
「軍曹ではない。元帥ぞよ。なぜあそこまで体が固いのか、知っていたりせぬか?」
「この十数年間、ずっと座って食ってるからだと思います」
 普通の乙女なら良い運動になるハッドの訓練は、恵にとっては足あげ運動化していた。
 恐るべし小柄ぽっちゃり、恵。
 あのままでは先に関節がおかしくなるのが先だな。
 と、的確に判断したマギワークスは、これから気温が上昇することを視野に入れ、関節に負担のかからない運動を推奨した。川は汚いので、家の財力で木製水槽のようなものをつくり、水中運動で筋力をつけてから、ハッドの減量方法を組み合わせるといい、と。
 結局の所。
「恵さん、いいですか。焦らずゆっくりやれば大丈夫です。運動前と運動後に体をほぐしましょう。もみほぐすのは私とジャリードさんの二人が勝手にしますから、あなたはさほど苦ではありません。楽々減量できます。まず深呼吸して早歩きをする運動を長時間して、歩けるようになったら、筋肉をつけつつ余分な肉を落としていきましょう」
 口笛で脱走寸前の恵を落ち着かせ、辛抱強く段階的な運動を提案した。
 他力本願な恵が飛びついたのは、言うまでもない。
 その間もKyrieは、再生されし平穏を頻繁に使ってなだめていた。大変な一日である。


 こうして必死に開拓者達の減量大作戦は続いた。
 しかし恵の方も知恵をつけはじめ、やられっぱなしではなく、餓死を理由に開拓者を出し抜いて間食をするという技まで身につけ始めた。
 ある意味、野生の獣並の執念である。
 幾度と無く台所の食料庫を巡って戦い、ついにウェンカーは悟りを開いた。

「‥‥やはり神はこの私と戦いたがっているのですね。ならば、神とも戦うまで!」
 うふふふふ、と。
 運命に挑む麗人の微笑みは壮絶さを帯びた。
 めらめらと見えないはずの黒い闘志が燃え上がる。
「まさにこの戦いは、世紀末に等しいもの。神よ、ご安心下さい。減量に生き、細身となるに一片の情けも無用。慈悲など捨ててしまいましょう。必要なのは鉄の意志。そして恐怖による支配です!」
 真打ちは後から来るが、この真打ちは怖すぎる。


 というわけで。
 今日の食事療法担当は、からすとマギワークス、ジャリード。
 運動療法は、紬、恐るべきウェンカー、そしてモルゲン。
 夜間の徹夜当番は、同じくモルゲン、紬、ウェンカーである。

 からすは献立を見て唸った。
「食べ過ぎは禁物だけど、完全な絶食はいけないね。痩せたければむしろ食べないと! 恵殿も豆腐ばっかりだと飽きると思って、私は煮潰した大豆から作るソイミートを考えてみたわ。大豆じゃなく豆腐から肉もどきでもいいけど」
 下手に抑制するから、反動が出るのだ。
「如何かな?」
 マギワークスの双眸が光る。
「同感だな。主菜は個人の嗜好もあるだろうが、野菜が良いだろう。肉類を主菜とするよりは野菜だな。肉より美味いし。ただそこまで辿り着くまでが長い。この空白を、野菜の肉もどきで埋める案は賛成だ。やがて恵も良さを知るだろう。特に茹でた野菜の美味さは格別だ、塩を適時振りかけて食べるだけで最高だな、うむ! 無駄に調理を施すより私は此方の方が好みだ。手軽に作れるのもいいな、野菜万歳!」

 というわけで。

 野菜を愛するこの二人、からす先生といつになく饒舌なマギワークス先生による献立の提供方法を、減量を熱望する全世界の奥様に少しだけご紹介する。
 急激な減量や空腹感は大敵である。
 従って3食の食事を5回に分けて摂る方法を推奨する。
 1日の食事は基本的に3食だが、総量としての食事量は変えず、回数を分けた方が減量には有効だと聞いたらしい。空腹を感じると肉体がエネルギー消費量を自然と抑えるので、その反応をなくし、効率よく消費していくという方法だ。
 勿論、間食は油ものではなく、からす先生オススメの芭蕉実1本。くわえてジャリード先生の発案で目覚めに乾燥させた果物を一粒。夜はやはり寒天につきる!
「体内に溜め込んだ物は出すに限る。全てを断つと、後も今も辛い。タガを飛ばさない程度にあるほうが心も潤うだろう」
 乙女心がわからないなりに、必死に気遣うジャリード。
 この日の食事は、恵にとっては過去にないほど天国だった。

 しかし、地獄は同時に来る。
 度重なる訓練でようやく走ることができるようになってきた恵に訪れたのは、大いなる修羅達の試練だ。
 減量において、もっとも単純で難しいもの、それは走ることだ。

 紬は不敵に微笑む。
「まぁこういう場合、少しでも遅れたら飯抜き、と言ったほうが早い気もするが。それで栄養を蓄えられてはかなわんからな。なぁに、運動は拙者の最も得意とする範疇だ、拙者について走って来い!」
 どうやら壬護にくわえて、紬まで一緒に走ってくれるらしい。
 紬は、この日を待っていた!
「合い言葉は、そうだな‥‥‥‥親の死に目に会えずともだいえっと!
 アヤカシが目の前にいてもだいえっと!
 だいえっとは世界と食費を救う!
 これだ!」
 果たしてそれはどうなんだ、と恵の弟は思ったが何も言わなかった。
 どこか熱に浮かされた紬は更に、朗々と声を張り上げる!
「だいえっとが出来ぬものは何かしらに甘えておる。それを忘れてはならぬ! のー、だいえっと、のーらいふ! 目指せ理想のばでぃ! ははは、それでもダメなら‥‥少々拙者の素振りの相手になってもらおうか」
 急に殺人剣と名高き愛刀を抜刀し、ぶんぶん振り回し始めた。
 恵の顔から血の気が引く。
「ついでに、遅れるようなら後ろから怖い怖いお仕置きが待っておるぞ!」
 そして紬は、全力で逃げ出した!
 あでぃおす、あみーご。
 瞬く間に遠ざかる紬をぽかーんと眺める恵。
「あんな速さでついてけるわけないじゃない! ちょっとなんとかいいなさい、‥‥よ」
 後ろで。
 露出過多なお姉さんが、2本の鞭をぴゅんぴゅんと音をたてて振り回していた。
「ンフフ、いってたじゃないの。走らないと、命の保証はしかねるわねェン」
 思考停止。
「ぼ、暴力反対! なによ、完璧に囚人じゃないの! イヤァァ壬護さまぁ、私を守って!」
 ヒロインよろしく、猫撫で声を発した恵が壬護の背中に隠れようとする。
 壬護はというと。
「すまない恵さん、多分無理だ。‥‥ああ、奥さん、あなたを愛していた!」
 突然、遺言めいた発言をした刹那。
 ドコーン!
 目映い閃光が恵の前を閃いた!
「速く走りなさい。柳斎さんの速度が基本だと言ったでしょう」
 雷を従えし、漆黒の女帝。
 その名をフィーナ・ウェンカー。
「壬護さぁん? 壬護さぁぁぁん?」
 遠慮なくサンダーを喰らった男は、白目をむいて横たわっていた。
 ぷすぷす焦げている。
 いくら威力の低いサンダーでも、常人なら笑い事ではすまない。壬護は屈強な開拓者なので命はある。体張ってのこけおどしは事前相談済みだが、それにしても本気で放つとは。
「ふふふ。生きているだけでもありがたいと思ってくださいね。力こそ正義、これこそが支配というものです。それからですね、一歩でも止まったら、ボン! ですよ」
 凍てついた瞳が恵を捕らえた。
 モルゲンもまた雷閃を足下に放つ。
「ヒィイイイィィイィィイィイィィィィィィィ!」
 響く絶叫。
 本気で命の危険を感じ取った恵は、なんとあの巨体にあるまじき速さで走り出し、紬に追いついた。能ある鷹は爪を隠す、といえるほどの爪かは知らないが、なんだ走れるじゃないかという話になった。
「ンフフ、体重を減らしたいなら、もっと本気になってもらわなきゃ困るわねェン」
 モルゲンの鞭が飛び。
「ほらほら、速度が落ちてますね。もっと早く走らないと次は黒こげにしますよ」
 ウェンカーの雷が飛ぶ。
 そしてそのまま、日が暮れるまで走らされた。

 それはKyrieの献身的な付き添いと「心の旋律」を奏でてお休みをつげた深夜のこと。
 いつものように、恵はひっそりと足を忍ばせて歩き出した。
 これは戦いだ。恵にも意地があった。
 開拓者達を出し抜く、そして勝利の成果を舌先で味わうのだ、と。
 最近、恵の勝ちが続いていたからかもしれない。
「‥‥あと少し‥‥」
 彼らの技は見切っている!
「あと少し、ねェ。ンフフ、まだまだ浅はかみたいよォン」
 人魂で観察していたモルゲンと。
「無断間食か。ふふふっ、地獄の特訓夜間編と参ろうではないか」
 睡眠時間削るぞ、宣言をした紬。
 逃げようとした恵を、ウェンカーがアイヴィーバインドで拘束した。
「私から逃げようなど百年早いのですよ。さぁ、さっさと参りましょう。あ、心優しく、知恵にも体力にも優れた私達が付き合ってあげます。ああ、罰として明日の練習メニューは倍にしてさしあげましょう。良かったですね」 
 にっこり。
「ごめんなさあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ‥‥‥‥!」
 この三女傑に捕まった幸運を、彼女は直後に体感するはめになった。



 こうして地獄の後半戦が始まった。
 一旦、白螺鈿を離れる日。一ヶ月後に再び来ると釘を刺した開拓者達。
 さて、縮み上がった恵がやせているかどうかは、一ヶ月後にならなければ分からないのであった。