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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 【★重要★この依頼は『救われた子供たち』に関与するシナリオです。選択肢<1>は【到真】【仁】【和】が対象となり、選択肢<2>は養子組と孤児院組が対象です。】 開拓者達が戦を終えた後、彼らは子供を連れて故郷を目指す事になっていた。 到真は白螺鈿へ。 仁と和は虹陣と白螺鈿を結ぶ街道にある農村「松野」へ。 足は相棒であったり、一般の飛空船であったり、様々だが……出発する幼子を見送りに来たのは、開拓者になった姉の結葉だった。 「途中までいっしょ……だよね」 「帰りはバラバラだけどね」 「おでかけだー!」 「気をつけてね。後悔しないように」 いってらっしゃーい、と大きな声で見送る。 +++ 結葉は遠ざかる弟たちの姿を寂しそうな様子で見ていた。 同じく見送りに来ていた人妖樹里が「結葉ちゃん、大丈夫?」と声をかけた。 「んー? 平気よ。ただちょっと、いいなぁって思っただけ」 ぴょーん、と積まれた材木の上に乗って歩いていく。 「みんながみんな、それぞれの道を歩いてるんだなって思うと、急にひとりぼっちみたいな感じにならない? 勿論、家に帰ればおにいさまやおねえさまもいるんだけど……」 結葉のお喋りは絶え間なく続いたが、ふいに我に返った。 「樹里。あんたのお仕事って、私、手伝えない?」 「へ?」 「毎月、余所に行った妹や弟たちの様子とか見に行ってるんでしょ? 忙しいって言ってたじゃない。私も弟妹の顔とかみたいし、おねがーい。今月のお給料たんないのー、治療とかお使い仕事ばっかりでお金溜まらなくて、お正月用のお着物が欲しいんだけどお店いくと高いのよ。おねがいおねがいおねがーい」 「……保護者にきいたらどうなのよ」 「お洒落とか、洋服とか、お仕事の道具も貰って、お家住まわせて貰って、ごはんも食べさせてもらってるのに……言えないわよう」 「超今更」 「今更でも! 今度こそ自分で買うの!」 「えー」 と言いつつ『変わったなー』と樹里は思った。 今はどこからどうみても普通の女の子だ。 「じゃあ、養子にいった子の家を回って、開拓者から封筒預かってくれる? 中に定期報告の大事な書類が入ってるの。偉い人があけるものだから、中をみたりしたらダメよ。封を切ってないのが大事なの」 「やったー! ふふん、私だってその位は分かるわ! しゅひぎむ、っていうんでしょ」 「ちょっと違うけど……まあいいや。私は孤児院に行ってからギルドに戻るから、夜までには戻ってね」 結葉は「お任せよ」と笑った。 +++ 孤児院組や養子組が日々を過ごす一方、開拓者とともに五行の東に渡った子供達には問題が待ち受けていた。 白螺鈿に渡った到真の目の前で「今度こそ離婚よー!」叫んで、噂の一家の奥方が飛び出し、その後ろを「かかぁ」と泣き叫ぶ子供が追いかけ、母親を見失って座り込んだ。家からは男の罵声が響いており……今まさに尋ねようとしていた到真は茫然と立ちつくしていた。 そして農村に向かった仁と和からは目視しにくいが……大人ならばひいばばの屋敷が騒がしいことに気づいただろう。静まりかえっているはずの村は騒がしく、寺の住職たちが外で神妙な顔をして話している。 「今夜が峠かねぇ」 「季節の変わり目はねぇ、肺の病は苦しいよ」 「こんな時にゲンさんたちがいてくれたら……少しはね」 「文のひとつもよこさないんだ。うばすてのつもりだったんだろうさ」 「これだから最近の若者は」 「怪我なら開拓者を呼べば、どうにか治療なり痛みをやわらげてくれるだろうに、病はねぇ」 「誰にも看取られないなんて……寂しい最期になりそうだね」 どうやら。 尋ねようと思った曾おばあさんは大変な状態にあるらしい。 状況がわからない仁と和は暢気だった。 「人がいっぱいだね」 「おまつりかなぁ」 間が悪いと言うべきか、間に合ったと言うべきか。 |
■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
郁磨(ia9365)
24歳・男・魔
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
ウルシュテッド(ib5445)
27歳・男・シ
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
戸仁元 和名(ib9394)
26歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●失われた記憶に愛を乞う 白螺鈿到着後の騒動に立ちつくしていた戸仁元 和名(ib9394)が我に返る。 『何かいきなり大変なことに……えーと、どうしよ……』 到真が不安そうに戸仁元を見上げてくる。 なんとかせねば。 「と、とりあえず泣いてる男の子に何があったか聞いてみよか」 話しかけたが幼すぎて明確な理由を話しそうにない。 『喧嘩、やろか……今度こそってことは、初めてやなさそうですけど……えーと』 「おかあさん、探しに行こか」 戸仁元達が走り去った女性の後を追いかける。 女性は簡単に見つかった。 橋のたもとでボーッとしているのを、子供が「かかぁ」と言って走り寄ったからだ。女性は子供を抱き上げて今にも飛び降りそうな気配だったので、戸仁元が止めた。 落ち着かせる為に。 なにより話をする為に、近くの茶屋に入った。 「あの……お金を持って無くて、お勘定が」 「あ、え、えっと、ええですよ。通りかかった船ですし、一緒にお話しさせて頂けるならこのくらいは受け持ちますよって」 状況が飲み込めていない女性を見て『どこから話せば』と暫し悩む。一旦お互いに名乗り合って、家を飛び出した事情を尋ねると、仕事を失った旦那が酒に溺れているらしい。 開墾の仕事に携わっていて収入もよかったが、何故かぱったりと地主が開墾をやめてしまい、仕事が無くなって、貯蓄を食い潰しているという。最近は勝手に自分の着物や宝石まで売ってしまう事が増え、それで荒れているのだそうだ。 「新しい仕事の斡旋はあったんですけど、仕事の先が水商売で有名な、神楽という女装癖がある人の所で、そんな所で稼ぐくらいなら飢えて死ぬと言い張って……」 問題の根が深すぎる。 せめて抱え込んでいたグチをきいてやった。 頃合いを見て「実は貴女にお話があって」と話題を切り出す。 「大変な時にすみません。自分は開拓者で、この子はギルドで保護した子なんですが、調査を進める内に貴方の甥では、という事が分かってきて、お話を伺う為に尋ねて来……」 「うちに養う余裕なんてありませんよ!」 叫ぶような言葉に、到真たちの目が点になった。 「あの夫婦は急にいなくなったんです! あの後、借金取りが血眼になって探して、こっちに話が飛び火して、今更育児を私に投げられても困ります!」 女性には随分と余裕がない。 家庭環境を鑑みれば無理もないにしろ、子供を目の前にして随分な発言である。到真に話を理解するような知恵がない、と思ったのかもしれない。 「ゆっくりお話を伺えれば、と思っただけです。そんな」 「わざわざ都から? 厄介事を押しつけにきたの間違いなのではないんですか。引き取り損はごめんです」 「……僕、おうちがあるよ」 到真の声だ。 机の影で戸仁元の手を、ぎゅ、と強く握ってきた。 「おうち?」 「お、おとうさんとおかあさんはいないけど、神楽の都におうちがあって、兄さんや姉さんがいて、おはなしが終わったら、このお姉さんとむこうに帰るんだよ」 「そ、そうなの……なんだ」 目元をつり上げていた女性の態度がやわらぐ。 微笑みかける到真。 その瞳が暗く翳っている事に、戸仁元だけが気づいた。 自分の本名、親の名前、親に関する思い出など、差し障りのない話を聞いて……会話が終わってしまった。 「おばさん。僕のいれたお茶、おいしかった?」 お店に無理をいって使わせて貰った茶道具を片づけながら、到真が尋ねた。 「ええ」 「お祭りの時なら、いとこに会いに来ていい?」 「それなら別にかまわないわ。遠松く……」 「僕の名前は『到真』だよ。お話してくれてありがとう。さようなら」 大通りで親子と別れた。 最期に廃墟化した実家にもう一度戻った。 金目のものは奪い去られ、形見と呼べる品はひとつもない。痛い沈黙の中で戸仁元が様子を見守っていると、到真は以前拾って大事そうにしていた欠け茶碗を……その場に置いた。 「僕が里で倒したのは、本物のおとうさんとおかあさん、だったのかな」 「到……」 到真が立ち上がって「おとうさん、おかあさん、ごめんね」と呟くのが聞こえた。 ごめんね、殺してしまって。 ごめんね、謝れなくて。 ごめんね。 「さようなら、僕のおうち」 何かを吹っ切った到真が戸仁元の隣に戻ってきて「みんなのとこに一緒に帰ろ、お腹減った」と言う。 唯一の居場所へ帰ろう、と。 「到真君、頑張ったね。無理せんでええんよ」 『幸せってあったのかな』 到真の望みは親に謝る事だった。 ただ幸せな時代があったのか、知りたいだけだった。 けれど。 現実は非情である。 沢山悩んで、考えて、決意を固めただろう幼い胸中を思うと……戸仁元は胸が痛んだ。 ●別れの夜に残るもの 「そうですか、もう時間が……」 近所の人と話し込むフェルル=グライフ(ia4572)は和と仁、二人と手を繋いでいた。姿の見えない郁磨(ia9365)はというと、住職へ『数年前、開拓者ギルドが保護した双子が、此の家の曾孫だと分かり、曾祖母に会いに来た』と説明しに行っている。 和と仁は……郁磨に書いてもらった図と睨めっこしていた。 「ばーちゃんの、ばーちゃん?」 「ばーちゃんのかーちゃんかな?」 「おまたせー」 住職達と話を終えた郁磨が戻ってきて、双子の前で屈み、視線をあわせた。 「和、仁。ひいばばが今、苦しんでるみたいなんだ」 「お祭りじゃないの?」 「違うよ。みんな心配して集まったんだ。会えるのは今日が最後かもしれないし、二人の元気な姿見せて安心させてあげよう」 『いつか正しい意味で人の死を理解した時、後悔しない様に。今できる最善を尽くさないと』 暗く沈んだ人混みをすり抜け、玄関をくぐる。 「二人共、家に入る時は『お邪魔します』だよ。其れと、初めて会った人には自己紹介ね〜」 「はーい」 「おじゃましまぁす」 元気な二人に対して村の者達は遠巻きだ。 どこの子だ、と囁く者もいるが気にしていられない。 グライフが双子を呼び止める。 「二人とも。これから枕元に座ったら『ただいま』って言ってあげて。絶対に曾お祖母さんは喜ぶから。その言葉をずっとずっと待ってたと思う」 何年も。 何年も。 たった一人で。 「手を握って、曾お祖母さんに『帰ってきたよ、ただいま』って握ってあげれば、二人の暖かさできっと聞こえるはず……必ずよ」 曾祖母の枕元では、高位術者であるグライフが苦痛を緩和する為の術を発動する。 郁磨が老婆に囁く。 「……おばあさん」 荒い息づかい。瞼はあかない。 「貴方の曾孫を連れて来ました。二人とも活発で友達思いな優しい子で、可愛い曾孫さん達ですね」 肺炎もあわせて煩った老婆は、とても苦しそうだった。 術で痛みを押さえても、回復するわけではない。 深夜に一度だけ意識が戻り、周囲を見た。 誰かを捜している。 「あ、目が覚めた!」 仁が無邪気に顔を覗き込んで、眠りかけていた和たちを起こす。 「ひーばー、ただいま!」 「ただいま、ひーばーちゃん。ねー、治ったらとーちゃんとかーちゃんのお話しして!」 手を握って無茶を言う。 黙っていたグライフが『終わりへの階』を使うことを決意した。 やがて老婆は三度しゃっくりを繰り返した後、曾祖母の鼓動が止まった。 瞳から光が消えていく。 頬が涙でぬれていた。 郁磨達は両手を合わせて黙祷し、和と仁にも真似をさせた。 和も仁も。 人の死を幾度も見てきた。 里で殺した目付役、血の繋がらない兄弟姉妹たち。 最初は悲しくても、上級アヤカシ達はこう教えて幼子達を慰める。 死は生きる苦痛からの解放。 肉の体を捨てることは誉れ。 神の子になれば…… 「神の子になれば、ひーばーちゃんとまたお話しできる?」 隣室で住職やグライフ達が弔いの相談をしている。 和の問いかけに郁磨は首を振った。 「ひいばばが生き返る事はないんだ。だから……ひいばばの事、絶対に忘れちゃ駄目だよ」 和と仁には、まだ生成姫の事や自分たちの立場を教えていない。 何故ひいばばが生き返れないのか、怒られるような悪いことをしたのか、色々『なんで』を繰り返していたが……やがて諦めたように黙りこくった。 会えないことは悲しいことだ。 葬儀は村の弔い組により、土葬で行われた。 「……ひーばーちゃんが、おかあさまに許して貰えるなら、ぼく、なんでもやるのに」 和の呟く。 仁が「ぼくたちが大変なお役目を頑張っても駄目なのかな」と言葉を重ねた。 「ひいばばは、二人にそんな事を望んでないよ、絶対」 郁磨は断言した。 「でも。ひいばばは絶対、二人に会えて喜んでる。だから、また一緒に来よう……ね?」 双子は「喜ぶかなぁ」「そんなのでいいのかな」と懐疑的だ。 墓前に花を供えていると、グライフが走ってきた。 郁磨は「少し待ってて」と言い残し、二人を炎龍遊幻と轟龍エインヘリャルに頼む。 グライフが双子に聞こえないよう囁いた。 「あの。ご両親が事件に巻き込まれて、子供だけが助かって、ギルドが保護したって話」 「ああ。うん。簡単には話したけど」 「ご近所の方々が不憫に思ってくださって、曾お祖母さんの家財を……二人が大人になるまで保存してくださるそうです。過疎化が進んで困っていた様で、いつでも戻っておいで、と」 グライフが二つの鍵を見せた。 曾祖母の家の鍵だ。 「それとこれはお婆様のお漬け物だそうで。持ち帰って皆で食べるように、と」 鍵を受け取った郁磨は、首飾り状に紐を通した鍵を和と仁の首にかけた。 「ひいばばからの贈り物だって。大人になるまで、なくしちゃだめだよ」 双子は「うん!」と答えた。 ●故郷からの便り 最近、めっきりと冷え込んできている。 朝起きると窓に霜がついていて、井戸水を汲みに外へ出ると吐息が白く変わるのだ。 「ハーガーネー、おーきーてー」 養女の旭がゆさゆさと布団をゆらす。 まだ刃兼(ib7876)が横になり、神仙猫のキクイチが布団の隅で丸くなっていた。 刃兼の寝起きが宜しくない事には理由があった。 戦帰りで運搬仕事を頼まれ、住所が誤字だらけで運ぶのに苦労し、疲れ果てて帰ってきて布団に沈んだ。 そしてなにより。 温かい陽州と違って、天儀の冬は体に合わない。 「うー、大掃除するって言ったのにー、ねえー」 「……ああ、そう……だった、な」 目が開かない。 口だけ動く。 「ハガネー、お魚焼くー? お豆腐ー? 朝のごはん、旭の好きなのにするよー?」 「今……行く」 部屋着に着替えて布団を片づけ、冷え切った竈に火を入れた。 秋は美味しい魚が安く手に入る。 近所に猟師が済んでいるから、魚の目利きだって少し耳にしていた。冷え切っていた体も、食事をとればぽかぽかと改まる。 その後は掃除だ。 『戦や仕事でしばらく家を留守がちだったし……簡単に片付けるにしても、拭き掃除と掃き掃除はほどほどにするか。どのみち年末の大掃除も近い』 「旭も掃除、手伝ってくれないか?」 「うん! 旭ぞーきんがけ得意なの。里でも早かったのよ」 日々、何気ない会話をしていても昔の話が時々混ざった。経験は人を形作るものであるが、旭達には保護される以前の生活は洗脳の日々しかない。だから仕方のない話ではあった。そうか、と軽く受け流しつつ、来月末の定期報告書に記す事を覚えておく。 「ハガネ、今日寝すぎー、お布団ほすのにー」 「そうだな。実は……俺、寒いのはあまり得意じゃないんだ。生まれが温暖な土地だからかもしれないけれど。都が、白螺鈿やジルベリアほど豪雪地帯じゃなくて助かるなァ」 「こーんにちは」 来客は、樹里の代わりにきた結葉だ。 驚いていた刃兼も、事情を聞いて封筒を預ける。 「お疲れさま。良かったら上がっていくか?」 偶には姉妹で話したいこともあるだろう、と気を利かせたが……結葉は代理故に集荷作業が残っているらしい。 風のように走っていった。 「客人用の御茶菓子は……掃除のご褒美にする、か」 「ごほうびー!?」 旭の瞳が輝く。 喜び勇んで掃除を始めた。 すると。 「刃兼さーん、お届け物でーす」 遅蒔きながら布団を干して、丹前や火鉢といった冬物の荷物を点検している時に、運送業の若者が大きな包みを持ってきた。 故郷の陽州からだ。 「ハガネー、なんか入ってる!」 重くて旭には持てない。 「……こりゃまた随分とデカイ荷物が届いた、な。この字は婆様か」 中身は開封せずとも分かる気がする。しかし開封する。 日持ちする野菜や陽州の山菜、地元で愛される干物に漬け物の壺、着物や手拭、所謂生活物資だ。ありがたい反面……生活苦だと思われているのではないか、と心配にもなる。 順番に荷物を片づけていくと底に手紙があった。 家族の寄せ書きである。 「えーと、婆様本人は何だって?」 『正月ニハ娘モ連レテ顔見セナサイ。婆』 「……うん、手紙とか一時的な里帰りで知らせても、まだ旭本人の顔見せてないから、な」 手紙に叱られた刃兼の隣では、神仙猫のキクイチが興奮気味に箱に入っていた。 「ふおおお、陽州の香りがするでありんすー!」 「何やってんだ、お前」 新しい着物が毛だらけになっていく。 「まぁ潜りたいなら暫く好きにしてていい、ぞ。旭、先に買い物へいこう。石鹸も足りないし、今年は旭の分も新調するか」 「おでかけー!」 父と娘。親子二人は商店街と市場へ出かけた。 ●変わり行く年月 結葉が最期に訪れたのは都西北にある森だ。 ジルベリアから移築した建物の戸を、何度叩いても家人が出てくる気配がない。 結葉が立ちつくしていると、後方から弟たちの声が聞こえた。星頼と礼文が大荷物を抱えている。一緒にいるのは孤児院から戻ったフェンリエッタ(ib0018)だ。礼文を迎えに行き、買い物をした帰りだった。 「あら結葉。こんにちは。珍しいわね、どうしたの?」 「こんにちは。樹里の代わりで」 「封筒のことね? 昨日、叔父様から預かってるけど……そろそろ本人が帰ってくる筈よ」 鍵を開けて家に入る。 ジルベリアの情緒に溢れた古い屋敷は、住む者達の趣味を感じさせた。 「う? おでかけ中なの?」 「そ、プロポーズの結果を携えて、ね。今夜が御馳走になるといいんだけど、結葉もご飯、食べてく?」 プロポーズという単語に心惹かれ、更に弟たちに「たべようよ」と誘われた結葉は頷きそうになって首を横に振った。現在貯金を頑張っていて、まだ仕事が残っているという。結葉の働きを褒めつつ、フェンリエッタ達は遠ざかる小さな背を見送った。 「さあ、星頼、礼文。特製ご飯の準備よ、お手伝い宜しくね。今夜はね。カブの煮込みスープ、冬野菜のサラダ、きのこと卵のココット、とろ〜りチーズと自家製ベーコンのパンケーキ……美味しそうでしょ? ベーコンはニノンさんが作ったのよ」 星頼と礼文が手伝いをしていると、ウルシュテッド(ib5445)が帰ってきた。隣にニノン・サジュマンが立っている……という事は、つまりそう言う事なのだろう。 フェンリエッタは嬉しくなり「おかえりなさい、叔父様。ニノンさん」と微笑みかけた。上機嫌のウルシュテッドは姪御達に「ただいま」と答え、星頼を抱き上げた。 「星頼、留守番ご苦労様。礼文もよく来てくれたね。フェン、樹里は来たかい」 フェンリエッタは樹里の代理で結葉が来た事、夕飯に誘ったが断られた事を伝えた。 「封筒は渡したけれど、随分忙しいみたい」 留守中の出来事を話しながら、紅茶やクッキーの準備をする。お茶の時間には少し早いけれど、大事な話があるからだ。 その為に、孤児院から礼文が呼ばれた。 「今日は大事な話が二つある」 ウルシュテッドは咳払いして傍らのサジュマンの手を握った。 「俺とニノンは結婚する事となった。午後に書類手続きを済ませれば正式な夫婦だ。近々うちに引っ越して一緒に暮らすから、準備で忙しくなるだろう。手伝いよろしくな」 「わー!」 拍手する子供達。 今後知らせを受けた故郷は騒がしくなるだろうし、挙式は暫くお預けになるが、身内だけの宴は折り合いを見て開くという。 「ありがとう。皆に祝って貰えて嬉しいよ。でも、もう一つは礼文に決めてもらいたい」 藪から棒なウルシュテッドの指名に、礼文の目が点になる。 「星頼じゃなくて……僕なの?」 「そう。実は礼文、お前をうちの家族に迎えたい。俺もニノンもその用意がある」 「先に言われてしもうたのう」 「ごめんニノン。気がはやってしまって」 「婚姻届の手続きが済めば同じ事じゃから、まぁよいか。礼文。わしの養子にならぬか」 立ち上がったサジュマンは、礼文の座る椅子の隣に膝をついて視線を合わせた。 「わしとテッドは夫婦となる。つまり、これから新しい家族を作り上げてゆくのじゃ。そこでな。礼文も家族の一員として共に暮らさぬか? 寝起きを共にし、一緒に美味い物を食べ、泣いたり笑ったりして暮らすのじゃ。わしはここの新入りじゃし、大家族になる故、家事が得意なそなたが居てくれると心強い」 礼文はぽかーんと口をあけて話を聞いていた。 あ、う、と困る姿を、事前に話を聞いていたフェンリエッタと星頼がしたり顔で見守っている。サジュマンが苦笑を零した。 「急じゃからの。ゆっくり考えてくれてよい。返事は急がぬ」 「お、おかあさまじゃなくて僕が決めるの?」 礼文が困惑する理由を悟り、ウルシュテッドやフェンリエッタ達が顔を見合わせる。 話さなければならぬ事が残っている。 星頼が礼文の肩をつついた。 「えっと、礼文が決めて良いんだよ」 「怒られるよ!」 「怒られないよ。ぼくだってそうやって決めたし、姉さんや兄さんも怒られてない。礼文が選んで良いんだ。ただ決めた後に、少し大事な話があるけど……それだけだよ」 真実を知っている星頼が気を使う。重大な選択は、上位の誰かに決めて貰うものだと教え込まれていた過去が足枷になっていたが、礼文は一同をぐるりと見て、星頼に確認した。 「ニノンねぇさんの養子になると……何がどうなるのかな」 星頼はウルシュテッドの隣へかけより「おとうさんで」更にサジュウマンの後ろに移動し「おかあさんで」と告げ、そしてフェンリエッタの隣に立って「いとこのお姉さんで」と教えて礼文の隣に戻ってきた。 「僕が少しだけお兄さん?」 あってる? とウルシュテッドに確認をとる。 「そうだね」 話を聞いていた礼文が緊張気味な表情でサジュマンに向き直った。 「あの、僕、な、なるます!」 なるます? 「じゃなくて! なります。星頼やニノンねぇさんと一緒に暮らして、お役目できるように頑張るから……お、御願いします」 「では、狩野殿が戻ったら正式な手続きをするとしよう。引っ越しをして。その後に大事な話がある故、心構えを頼むぞ」 一方、ウルシュテッドも星頼に語りかけていた。 「星頼、何が変わって今までとどう違うのか、それは俺達の心持ち次第だと思うんだ。お前自身が決めていい。確かな事はこれからも変わらない。家族みなが大切で、一緒に楽しく幸せに生きていきたい。取り敢えず……」 咳払い一つ。 「こないだからお前が『おとうさん』と呼んでくれてる事が、俺は嬉しくて仕方ない」 「よばないのは、へ、変かな、って……その方が、家族っぽいし」 ウルシュテッドは星頼の頭を撫でながら「家族だよ」と力強く答えた。 「戦も終わったし、じっくり新しい家族をやっていこう」 微笑ましい光景を眺めつつ、フェンリエッタは『結葉にも知らせなくっちゃ』と思いついた。結婚に憧れを持ち、貯金もしているというから、引っ越しのお手伝い仕事を頼むのも悪くないはずだ。 『報酬は叔父様に出して貰いましょう』 叔父夫婦が、とても眩しい。 結婚祝いと誕生日の贈り物に頭を悩ませながら、遠い日の思い出が脳裏に浮かんだ。 |