救われた子供たち〜血之縁1
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/10/10 12:50



■オープニング本文

【★重要★この依頼は【到真】【仁】【和】【桔梗】に関与するシナリオです】

 
 到真の手元には欠けた茶碗があった。
 茶碗としては使えないゴミ同然の品だが、到真には果てしない価値があった。
『すみません。開拓者なんですが、あの、このお家っていつから廃屋なんでしょうか』
『随分前のことですよ。無理心中やら神隠しがあってから誰も住んでません』
 思い出すのは、祭の時の会話ばかり。
『無理心中?』
『ええ。夫婦が住んでたんですが、ここのお父さん、お酒が入るとえらく荒れる人でね。毎日大喧嘩してたのが有名で、ある日、消えちゃったんですよ。まずお母さんと子供がね。トウカちゃん、いや、トオマツくん? ああ思い出せない。お父さんは『出ていったー』なんて言ってたんですけど、お母さんの方は天涯孤独で実家なんてない人でしたから。川から子供と身でも投げたんじゃないか? って話になって。いえ、ホントの所はわからないんですけどね。一週間位したら、今度はお父さんまでいなくなっちゃって』
『家族で失踪?』
『きっと新しい女でもこさえたんじゃないか、なんて噂も出ましたけど、家の中は綺麗なまんまで、お金や着替えなんかもそのままでね。お父さんの妹さんが金になりそうなもん持っていって、がらくたはそのままなんですわ』
『……旦那さんの妹さん、どこにいらっしゃるか分かりますやろか?』
『裏の白い壁のお家ですよ』
 知らない言葉が沢山あった。
 だから賢い兄にどういう意味かを聞いた。
 それからずっと押し黙ったまま。
「おかあさん、どこ」
 遠いあの日。
 家族に何があったのか。
 到真は朧気な記憶しか思い出せなかった。

 +++

 春頃の話になる。
 開拓者ギルドに失踪者の名簿らしき物が匿名で届けられた。
 渡鳥山脈を境に、五行東側に限定された失踪者や探し人の調査書だ。内容は過去3〜4年分で膨大な数に上ったが、当初は悪戯か何かと思われていた。
 ところが実際に調査すると白骨死体などが発見され、まがい物ではないと分かった。
 その後、調査書を書いた者は殺人事件と関わりがあるのでは……と疑われる事になる。
 しかし追跡調査の結果、届け出たのが複数の開拓者と分かった。
『なぜこのような詳細な調査書があるのか尋ねましたが「教えられない」の一点張りで。ただ、おかしなものではないから役立てて欲しい、とかで』
 これに目を付けたのが封陣院の分室長、狩野柚子平だった。
 人妖樹里に命じて『生成姫に誘拐された子供と特徴が一致する例』を調べさせた。
 というのも。
 大アヤカシ生成姫が配下の夢魔に行わせた志体持ち誘拐は特徴的で、少しずつ家族を入れ替え、ある日ふっと引っ越す事が大半だったと言われている。
 しかし生き残った家族は稀だ。
 精々、兄弟姉妹の年が離れてて、既に嫁に行ってた、或いは親の兄弟姉妹が別の村に住んでた等で、数年ぶりに里帰りしたら一家が失踪していた話に可能性が高い。
 数ヶ月にわたる調査の結果。
 条件に当てはまる子供がいる可能性が高くなった。
 これをふまえて子供達には、家族にあったり実家が実在したらどうしたいか、等の聞き込みが行われた。
 そして話は進展の兆しを見せ始める。

 +++

「おまたせ。まぁ、何の話か想像は付いてると思うけど」
 人妖樹里は部屋の開拓者を見渡す。
「例の……五行東方の失踪者条件に当てはまった子の話ね」
 開拓者たちは身構える。

「まず一人目が到真くん。白螺鈿の里でもう実家跡を見つけたらしいって聞いたけど」
「廃屋をみつけました。おばさんが街に居らはるみたいです」
「改めて話すことも少ないみたいね。父方の妹さん、結婚してるらしいから資料を渡しとく。小さい息子が居るみたい。いとこって事かな。会いに行くにしても、どういう話をすべきか到真くんと相談した方がいいわ」
 樹里は二冊目を取り出した。
「やっぱりここ3〜4年間の消息不明に関する話だから、年代が下がるわね」
「年上は?」
「いないわ。いるかもしれないけど資料にはないの」
「そうですか」
「次は仁と和ね。双子の志体持ちが生まれた一家が、虹陣と白螺鈿の間にある農村から蒸発。この話が可能性高いかも。志体持ちって出生率が低いから、村では噂になったみたい。大きな街に移住して教育を積ませるって話をして家屋も畑も売っぱらったそうよ。でも白螺鈿にも虹陣にも移住記録なし」
 樹里は三冊目を取り出した。
「で、三件目が桔梗ちゃん。沼垂から虹陣へ出稼ぎしてた若夫婦が、子供が急病で医者に見せに行くといって、ある日来なくなった。失踪名簿をもとにした調査で、若夫婦の遺品と白骨遺体が北の森から見つかったけど、子供の遺骨はゼロ。獣に食われたんじゃないかって話も出たけど、子供の容姿や痣が一致するの。沼垂に60歳くらいの祖母がいらっしゃるみたい。でも仕事現場の話によると、祖母とは確執があったみたいなのよね」
「仲が悪かったのかな」

 数年前まで、五行国北東にある虹陣は高官の避暑地だった。
 ところが地元民との生活格差が開いた頃には治安が荒れ果て、街の治安を維持するはずの同心が権力を振りかざしたりと、公的組織は根こそぎ信用を失った。過去には町を二分する義賊の騒ぎがあったり、アヤカシによる山崩れ計画など様々な問題が発生した場所だが……
 今は鉄壁の岩壁に守られた、桜の美しい閑静な田舎町として知られている。
 毎年桜に満ちた墨染川を小舟で渡ることで有名だ。
 一方の沼垂といえば五行の東の果て。
 虹陣沿いに墨染川を下った所にあり、川魚などの漁業や稲作で成り立っている小さな里だ。民家の数も百件前後と多くない。

「この4人?」
 樹里は「まあね」と言って肩を竦めた。
「最低限の旅費は出しておくけど……どうするか、後は任せるってユズが言ってた」


■参加者一覧
フェルル=グライフ(ia4572
19歳・女・騎
郁磨(ia9365
24歳・男・魔
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
ウルシュテッド(ib5445
27歳・男・シ
戸仁元 和名(ib9394
26歳・女・騎


■リプレイ本文


●到真の望み

 戸仁元 和名(ib9394)は到真と荷造りをしていた。
 樹里たちと会議で決める前に、もうずっと前から決意していた事だった。

『ご親族のことは「教える」つもりでいます。もちろん会いに行くつもりですが……念の為にご親族の情報を伝えて会いに行くかどうか、到真君に確認したいと思てます』
『了解。後お願い』

 到真はきびきびと荷造りをしていた。
 着替え、もらったもの、お茶、拾った茶碗……
「到真くん」
「はい」
「あのな、話をしたら色々分かることもあるかもしれへん。けど、必ずお母さんに会えるかは分からへん。前にも聞いたけど……到真君は、どうしたい?」
 到真は荷造りの手を止めた。
 そして「お茶を持ってくる」と言って部屋をでていく。
『逃げられたやろか……難しいなぁ』
 戸仁元の頭が暫く茹だっていたが、ちゃんと戻ってきた。
 白原祭で町にいた時、お小遣いで買った茶葉だ。
「……ええかおりやね」
「あじは?」
「おいしい」
「よかった。むこうの人にも喜んでもらえるかな」
 到真が唯一誇れる特技。お茶受けも自分で味見をして買っていたのを、戸仁元は祭の日々の合間に見ている。
 それはともかく。
 戻ってきてくれたのはいいが話題に困る。
『訪ねる前に、聞かなあかん事って沢山あるような……まず今どんなことを考えているのか、やろ。何が一番つらいか、も必要やし。何が一番分からないのか、はどうやろ。うーん、おばさんのことを聞いてどう思うか、とか、いとこのことを聞いてどう思うか、も必要な気がしてはるし、まずは自分を知るところから、かな』
 聞きたいこと。
 聞かなければならないこと。
 感情を整理する必要がある。
「あのね」
 到真が口を開いた。
「先に言っておかなきゃいけないことがあるんだ」
 改まってなんだろう、と戸仁元は身構えた。
「調べてくれてありがとう」
「……約束、やからね」
「うん」
 お茶の香りが部屋に広がっていく。
 緊張が遠ざかっていくのを戸仁元は肌で感じた。
「えっと、思うことをそのまま話してくれたらそれでええで。ゆっくり、な?」
「今思ってるのは『幸せってあったのかな』てことかな」
 急に哲学的な話が飛びだした。
 漠然としすぎている。
「え、ええと。つまり?」
「僕の中では泣いたり怒ったりばかりだった。でもぼくが覚えてないだけで、何か楽しい思い出があったかもしれない。あったらいいなって。おかあさんやおとうさんの事をききたいけど、きくのが怖い」
 立ち聞きした話からは明るい話題は出てこなかった。
 荒れた家庭と不可解な失踪。
 幸せそうな家庭像を描くのは難しい。
『いざご親族の方にお会いするとなったら不安な気持ちが出るのも当然やね。いざって時に代わりに聞く方がええやろか』
「じゃあ。おばさんと、いとこの事……どう、思う?」
「知らない人だから、よくわからない。でも色々話とか聞きたいな。それでお礼にお茶をいれるんだ。いとこは……和や仁達みたいになりたいな。一緒に遊んでみたい」
「そっか」
 戸仁元は望みの少ない少年の話を、静かに引き出し続けた。



●双子の故郷

 その日、郁磨(ia9365)は浪士組の羽織を脱ぎ簡素な着流し姿で孤児院へ向かった。庭で遊んでいる子供達に来訪を悟られると困るので、猫又の璃梨に偵察を頼み、雑木林を歩いて裏庭から様子を伺う。
『……いた』
 和と仁の姿が見える。
 今頃フェルル=グライフ(ia4572)が現地調査に行っているはずだ。

『ごめんね、頼んじゃって』
『いいえ。調査くらいおまかせです。もし良くない結果が出たら……別の村への誘導を頭に浮かべておくのも一つの方法ですし、念入りに調べてきますね』

 双子は自分たちの故郷について何もしらない。
 到真が故郷を覚えている事を知り、怒られることを覚悟で抜け出そうとした行動力は尊い。
 だから。
 郁磨の脳裏にも想像がよぎるのだ。
『全く興味がなかったら、到真くんを助けたりとか、話聞いたりしないよね〜』
 遠巻きに様子を見ていると、二人は以前に比べ、院内の事を手伝っているようだった。孤児院にいる子供の数は半分に減った。偉ぶることが兄の役目ではないと知ったし、悪戯ばかりだった頃に比べれば、それぞれに個性も育って大人びてきた面もある。
「……んー?」
 双子の行動がおかしい。
「あの部屋は確か」
 到真の部屋だ。用事もないのに出入りしているように見える。戸仁元は『到真君に大事な話をする』と言っていた。眺めていると……荷造りが忙しい到真本人にまで閉め出されていたが、廊下でウロウロしていた。
 同性で遊べる兄弟は他にもいるのに。
「無意識っぽいけど、やっぱり気になるって事かなぁ〜」
 本当の故郷や両親が判明した子供。故郷の存在は、生成姫の消滅を知らされていない子供達の瞳に果たして、どううつるのか。少なくとも双子は全くの無関心ではないという確証めいたものを感じる。
「故郷、か」
 あの子達には両親はいない。
 生成姫が、子を捜索されぬよう手を回していたからだ。
 親が生き残っていた例はきかない。
『いつか和たちも真実を知る……、望んでくれたらいつだって浪志組を辞めて引き取る覚悟はできてるけど、今のうちに二人の心から憂いを晴らしておきたいな』
 話すしかないか、と覚悟を決めて孤児院へ向かった。

「あはは、吃驚した〜?」
 物陰から現れた郁磨が和たちに手土産の茶菓子をみせた。
「今日は浪志組のお仕事が非番で」
 双子は「ひばんってなに?」と首を傾げる。
「え〜っと、お休みだから遊びに来ちゃった〜。到真くんの部屋に何回もいってたけど、どーしたの」
「いつからいたのー!?」
「それは秘密だよ〜、で、なにか面白いことがあった〜?」
「また白螺鈿にでかけるってきいたから、手伝ってあげようと思っただけ」
 ぷい、と和は顔を逸らす。
 郁磨が「えらいえらい〜」と頭をがしがし撫でた。
「仁も?」
「ぼくは、気になって……」
『仁の方が素直に言いそうかな。和も同じだろうけど、話しやすい雰囲気つくったほうがいいかな〜』
 へらっと笑った郁磨は、お菓子を持って二人を別室に連れて行った。
「実はさ〜、和たちも到真くんと同じかもしれないんだ〜」
 いまいちピンとこないらしい。
「つまり生まれた場所が分かったかも……って事だよ。まだ故郷だと確定した訳じゃないから、今度実際に行ってみて確かめようと思ってるんだけど」
「ぼく、たちの?」
「どこ!? お祭りのまち?」
「ううん。ちがうとこ。まずは安全な場所じゃなきゃ二人を連れて行く事はできないから、先ずは俺に何を調べてほしいか考えてみて?」
 双子のうち、和は興奮気味に耳を傾け、仁はぽかーんと口をあけていた。随分対照的な反応だが、到真の身に起きた事が、自分たちに起こるとは考えなかったのだろう。暫く答えに困った二人は「どこかしりたい」とか「お祭りがある場所?」と見当違いな話を連ねた。
 やがて。
「かーちゃんととーちゃんの住んでたとこは見たいな」
「ばーちゃんとかいるのかな」
「じーちゃんってのもいるって聞いたことあるけど」
 双子の会話に耳を傾けた郁磨は『生家を見る』『祖父母を捜す』と帳面に書き付けた。二人が夢魔を倒していたなら、唯一の親族という認識になる。
「じゃ、調べとく。そうだ。二人に見付かったなら自分も〜って下手に期待抱かせちゃったら可哀想だし、此の事は皆には内緒ね……?」
 男の秘密だね、と和が輝く笑顔で笑った。

 その頃、双子の生まれた農村へフェルル=グライフが向かっていた。
『家が見つかった事、家族の事、自分の事、まだ幼い身には真実は重いかな。けれどもう知りかけている。皆さんの真心で素直に育ったあの子達を、ゆっくり、誠実に導いてあげられれば……あ、あそこ、かな』
 轟龍エインヘリャルと共に辿り着いた場所は、家と家の間隔が十メートル近く開いていたり、鶏などが井戸の周辺を歩いていたが、人の姿は殆どみない。
 高齢化が進んだ集落だ。
「あ、すいません。そこのおばあさん!」
 村に降りたグライフは人を捕まえて情報収集を始めた。といっても事情を説明する訳ではない。双子の志体持ちを生んだ家の者に一宿一飯の恩義があり、それを返しにきた……と話す。
「あー、ゲンさん家の事かね。大昔に越したよ」
「今も連絡をとっておられる縁者の方とかいらっしゃいませんか。せめてお借りした物や謝礼だけでもお返ししたいのですが」
「さぁねぇ。口煩いまっつぁん……あー祖父母が他界して夫婦がこしてから、ひいばばに文ひとつよこさないよ。大きい町になれるとみんなこうなんのかね」
 グライフの目が点になった。
「ひいおばあさまが……ご健在なのですか?」
「いるよ。あの軒先に大根がつるしてある家だ。畑へは立てないし会話もとびとびで物忘れがひどいけど、村衆の漬け物作って生活してるよ。そろそろお迎えがくるはずなのに、しぶといもんさ」
 かっかっか、と老女は笑った。

 翌日、グライフは調査結果を持って郁磨のもとへ走った。
 グライフは生家の位置を聞き出したが、そこには別の家庭が住んでいた。祖父母の墓も一見して分からない場所にあった。噂のひいばばと話はしたが……孫夫婦の名は判別しても、会話の数分後には「おや。べっぴんさんだね、どこの娘さんだい」と聞いてくる始末だった。
「覚悟してたけど……できること少ないね」
「そうですね。大昔の話や我が子の話はかろうじてできますが、和君達のご両親の話を詳しく知るにはお年を召されすぎていて……近隣に農村が点在しています。ですから、本当の村を教えるか教えないか、は和君たちと親しい郁磨さんに託します」
 言い残したグライフは、ひとまず孤児院で双子に荷造りをさせた。
「なかなか遠出するなんてなかったからね、準備、きちんとしていこ?」
「安全だったの?」
「到真にぼくらも一緒だって教えてくる!」
「はい、ちょっとまった。あのね、村は安全でも道中って危ないの。怪我したりすることだってあるんだから」
「はーい」
 濁しながら話すというのは、中々難しい。
「まだ子供の二人には辛い旅になる事もあると思うの。色々。その時は素直に私たちを頼って。私も皆もいるから、約束、ね?」
「怪我したらちゃんというよ!」
「勝手に出かけたりしないよ!」
 双子の話に「ん、ばっちりね」と微笑みかけた。
 戦の合間に迎えに来ると約束し、郁磨やグライフたちは孤児院を後にした。



●二人の理由

 フェンリエッタ(ib0018)と上級羽妖精ラズワルドは甘味所に来ていた。
 正面に座った小さな少女が、幸せそうな顔で特別製の果物パフェを食べている。
「おいしい?」
 小さな頭は前後に傾き「あい」と声を発した。

『おしえない?』
『ええ、そう。今はね』
 数日前の話になる。
 出自の判明した子供たちに、実家を教えるか否か。
 当然、桔梗もその候補にあがったが、桔梗に暫く付き添うことにしたフェンリエッタは『桔梗には教えない方がいいと思うの』と人妖樹里や仲間にそう話した。
『私は桔梗を理解してあげられているとは言えないけど……肉親が不仲でも好意的でも、私の立場で下せる判断は変わらないわ』
『どうしてそう思うかきいてもいい? ユズに報告しないとだから』
 筆をとった。
 樹里の問いに、フェンリエッタは淡々と話した。
『そうね。まず桔梗は幼いわ。本当の年齢はわからないけれど、保護された当時が四歳前後だったと仮定しても、まだ六歳にもならない。成人するまで十年前後あるでしょう』
『そうね』
『だから里子に出すにも、元気いっぱいの子供が大人になるまでずっと、愛情や体力的にも応えられる若い人と暮らすのが子供にとっては一番だと思うのよ。あまり考えたくはないけれど……生活基盤が危うくて親族が少なく高齢ともなれば、もう一度孤児に戻る可能性だってある。可能性の話にすぎないけど、懸念から考えて、少なくとも桔梗へも愛情や体力や経済的に答えられる人物は桔梗の祖母や……もちろん私でもない。いざって時になって、水よりも濃い血の縁が、どう影響するか誰にも分からない。中途半端に触れずお互い知らないままの方が、と判断した理由はそこよ。残酷かもしれないけれど、知らなければ探さないもの』
 フェンリエッタの翠の瞳が陰った。
『私の父も、そうしたように』
 口元に浮かぶ微笑み。
 言い訳ではないけれど、責任を負うよりも責任を負いきれない場合の方が重い、とフェンリエッタは考えた。家族が見つかった、よかったね、じゃあ幸せになって、いつかまたね……そんな形骸的で空虚なおとぎ話をまねても意味がない。
 将来の幸せを願うことは間違っていない。
 けれど、何も考えず第三者に問題を押しつけて一方的な別れを告げるのは……見捨てる事に似ている。
『いつか桔梗が大人になって今回の事に辿りついた時、桔梗が誰かを恨むようなら、フェンリエッタの決定だ、と伝えてくれてかまわないわ。私を恨んでもいい。色々考えて誰かの人生に意見するからには、恨まれる覚悟くらいはしているつもり』
 話を聞いていた樹里は『……つらい道を選ぶのね』と呟いた。
『そうかしら』
『ん。あなたは気高くて真っ直ぐな人だけど、頑固な面が辛い事も背負わせちゃうんだなーって思って。色々責任負わされまくりのユズに責任転嫁先をくれるのはありがたい話よ。でも遙か将来の辛い事まで背負わなくてもいいのに』
『言ったでしょ、樹里ちゃん。将来の桔梗に恨まれてもいいって。大事な事をウヤムヤにしたくないわ。自分の決断や信念に胸を張っている為にもね。だからいいの』
『美点であり欠点ってとこかな、ままならないものね。んじゃ、ユズに伝えとくー』

「おねーちゃん?」
 ハッと我に返った。
 考え込んでいる間に桔梗はパフェを平らげ、首を傾げている。更に手元の栗菓子を見るので笑ったフェンリエッタは「こっちも食べる?」と差し出した。
「ありがと」
「どういたしまして。そろそろ叔父さまがくる頃かしら」
 待ち合わせの時間が近い。


 ウルシュテッド(ib5445)は提灯南瓜のピィアと養子の星頼と共に待ち合わせの甘味屋に向かっていた。星頼は景色を見て「あそこはおいしかった」とか子供らしい話で微笑ましい様子だが、ウルシュテッドは会議の時の様子が頭から離れなかった。
『子らが三つ目の名を得て、新たな道を歩んでいるのも確かだ。しかし到真の件を聞くに、過去は痛むとも手探りをするしかない気もする』
「星頼」
 息子を読んだウルシュテッドは思い切って尋ねた。
「到真は叔母という人物に会いに行くらしい……星頼は、到真の両親探しの経緯を聞いてるかい?」
「ちょっとだけなら」
 星頼の知る話は、又聞きした内容に過ぎなかった。養子に入ってから子供間の情報が制限されているが、祭の時に幾らか話題になったようだ。
「ぼく達は試験で家族を倒した後は付き添いアヤカシと里長さましかいなかったから『おばさん』って、どういうものなのかわかんない」
「里にいた頃のことかい」
「うん。卒業しないと、里の外にでて色々な人に会うことはなかったから。ぼくらには兄さんや姉さん以外の人間って先生か……ぉ、おとーさん達くらいだし」
 小声で喋る。
 養子になって結構経つが「おとうさん」と呼びは完全に馴染んでいない様だ。普段なら喜ぶところだが、気になる話があった。
「星頼。人や動物は死ねば体が残り、いずれ朽ちて骨となる。もふらなどの精霊やアヤカシは霧散して形が残らない。里の試練ではどうだった」
 星頼は「散ったよ」と淡泊に答えた。
「気づいているかい。人間は散らない。もし星頼が試験で両親を倒した時に『散った』なら、それはアヤカシが化けたものなんだ。本当の両親を斃した訳じゃない」
 子供の多くは、親を手に掛けることで最大の試練を乗り越える。
 情の強い相手でも殺せなければ、刺客や密偵には使えない。
「本当のご両親は、多分この世にはいない。俺ならお前が失踪すれば何としても探し出すからだ。探せなくなるのは俺が死んだ時だけ……急にこんな話をしてすまない。つらい事を思い出させてごめんな。もう会えない事がつらいとお前は言った、それは俺には変えられないが」
「いい」
 星頼は提灯南瓜を抱えて養父を見上げた。
「ぼくは到真じゃない。みんなを困らせたりしない」
 意図がつかめない。
 大勢が歩く大通りで、星頼の声だけが鮮明に聞こえた。
「ぼくは倒したみんなに会いたかった。神の子になれば会えるって言われた。でも約束は嘘だった。もう会いたいなんて言わないよ」
 星頼の視線が、すれ違う他の家族に注がれた。
「到真が会いたがる方が、ぼくにはわからない。だって里のお父さんやお母さんが本物だったなら、それは『ぼくを大事にしてた』訳じゃなくて『おかあさまにぼくをあげた』って事だと思うんだ。昔を覚えてる子に色々聞いてると、この子差し出すから助けてくださいって言われた子もいた。そういうの大事にしてるっていわない」
「……星頼」
「ぼくは、あんまり覚えてない。でもこのままでいい。だって会いたい人にとって、いらない子だった事が分かったりしたら凄くイヤだ。今は楽しいし、ぼくには新しいおとうさんがいる」
 ウルシュテッドは星頼の頭を撫でた。
「星頼。俺は、試験が自分のせいだと思っていたなら違うと伝えておきたかった。他にもあるなら一緒に解決したい、相談して欲しいと思ってる……到真の事は、昔の星頼だと思えばいい」
「昔のぼく?」
「到真は生成姫の事を知らないんだ。色々難しい決まりで、まだ話してはいけない事になっている。到真は、会いたいと願っていた頃の星頼に似てる。きっと何処かにいて会えると信じている……それなら気持ちが分かるかい?」
「……うん」


 甘味処に現れたウルシュテッドは、星頼とともに甘味を食べて雑談をしてすごした。それから懐から色鮮やかな台紙を渡した。
「お祭りシーズンだからね。いろんなお店があるけれど、条件を満たすと印がもらえる。印を集めたご褒美は……その時のお楽しみだ。これを食べ終わった後に一個ずつ印がつくぞ。お会計の時に印をもらっておいで」
 フェンリエッタが「知らなかった」と台座を覗きこむ。
「叔父様こういうの好きよね」
「そうかい?」
「ええ。さ、桔梗もやってみない?」
 フェンリエッタは真新しい台座を受け取って桔梗に渡した。
「判子は五種類かな、全部埋めたらご褒美を貰えるんですって。今日はまず一個でしょ。次にきたら判子は2個目ね」
「またこれる?」
 フェンリエッタは「もちろんよ」と笑いかけた。
「さ、おなかいっぱいで休んでる場合じゃないわよ。今日は本屋さんで絵本を買って、玩具屋さんで玩具をかって、駄菓子屋さんでお菓子もかわなくっちゃ。もちろん皆へのおみやげもね。どこからいこっか」
 楽しい一日が待っている。