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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 開拓者達の動向を、定期的に上層部に報告する者がいた。 アヤカシ研究を押し進める封陣院の分室長、狩野 柚子平(iz0216)である。 単身で魔の森にも踏みいる彼は、五行の東へ足を運ぶ開拓者を見つけては、ついでにと胡散臭い民俗学の調査を頼み続けてきた。何か伝承を裏付ける資料が見つかれば、と。 そんな曖昧な頼みは、最近、実を結んだ。 国家を脅かすアヤカシの実在が確実視されたのだ。 五行の東には鬼灯の里があり、渡鳥金山が聳えている。 この地方には、何故か『鬼』に関連する伝説や歌が多かった。それは長い歴史を経て都合良く改竄されていたが、調べた結果、御伽噺の類ではなく、アヤカシの陰湿な介入による影響だと分かり始めた。最初の頃は、強力なアヤカシが平穏な地域にいるはずがないと鼻で笑った上層部も、悪化する報告に顔色が変わっていく。 先日、禁書と照らし合わせた。 結果、冥越を破滅に追い込んだアヤカシ一派と同じ動きをしていると判明。 何百年も昔、冥越を荒らし、五行へ渡ってきたに違いないという結論に至った。 かの存在の名は、冥越八禍衆『生成姫』‥‥陰湿に人々を翻弄した強大な悪。 仮に潜伏していても、いずれ連中は牙を剥く。 五行と開拓者ギルドは、状況を楽観し続ける訳にはいかなくなった。 長く危険性を訴えてきた柚子平の訴えを受け入れ、五行と開拓者ギルドは本格的な対応を始めることになる。 + + + 「お前の目的は探求じゃない」 定期報告の帰り道。 柚子平を廊下で待ち伏せたのは、冷たい眼差しの御彩・霧雨(iz0164)だった。 「状況を悪化させて、一刻も早く国とギルドを引きずり込むことだ‥‥違うか?」 「人聞きの悪い。この件は皆が知るべき問題でした。‥‥いいじゃありませんか。これで敵が軍勢を率いようとも、国やギルドは快く人員を派遣してくれるでしょう。太古の敵を、冥越八禍衆を倒す為に、力に固執する者や復讐に生きる者、まさに死を恐れぬ軍団が集う」 柚子平は、嗤っていた。 「既に、理不尽な厄災を受けた鬼灯と彩陣は保護区に指定されました。多大な犠牲が発生しなければ、決して得られなかった国の保護です。生成姫は、宿敵の子孫に構っている暇もないはず。これで守られる‥‥少なくとも、私は賭けに勝ったのですよ」 霧雨は拳を握りしめた。 「守られる? 国とギルドを呼ぶ為に、故意に危険に晒したのは何百人いる? 家族を失った人達や、怯えて生きる羽目になった人達のことは、考えなかったのかよ!」 柚子平が、生き急ぐ様になったのはいつだろう? 妹の婚儀を早めたのは昨年の末。 境城によく出入りした。 頻繁に姿を消し、連絡がつかず、時に血塗れで見つかり。 この男が去った後に、いつも状況が悪化して‥‥ 「例のばーさんを手に掛けて、周りを焦らせたんじゃないのか」 陰陽術は、アヤカシを再構築する術に長けている。 霧雨が詰め寄った。 「境城の異変に、全く関わりがないと言い切れるか。子孫と懇意の人間達が豹変の標的になると、知っていたはずだ」 「想像力豊かですね。犠牲者達は哀れですが、所詮は他人。自己犠牲で負の連鎖は断ち切れない。それは歴史が実証しています。我々の祖は栄誉の為、厄災の種を芽吹かせた。結局貧乏くじをひいたのは我々子孫。‥‥腰の重い組織を動かすには、相応の重大さが必要です」 「おまえ、本気でそんな」 「霧雨君、私達には時間がないのです。私は殺される未来に怯えるより、呪縛解放の為に手を尽くした。それを非道だとなじるのですか?」 「へりくつこねるな! 大体、痛ッ」 霧雨の手首に柚子平の爪が食い込んだ。 細い身から想像もできない握力。 霧雨の顔に影がかかる。 「例えこの先、大勢が危険に晒されようと」 燃えるような紅蓮の瞳。 「自分と家族、そして親友が助かる道を‥‥私は選んだ。恨まれるのは承知の上です。君は喚くばかりで選びもしない。安い正義と目先のことに執着し、問題を先送りにしているだけです。君に、私を非難する資格はない」 「勝手に、恩着せがましいこと言ってんじゃねぇ!」 霧雨の頭突きが、柚子平の顔面にめり込む。 「ぶっ!」 「帰る! 今日はもう話しかけんな!」 遠ざかる背中を眺めながら溜息を零し、袖の中から古い球飾りを取り出す。 「これでも最終手段を避けられたのは、僥倖だと思うのですがね」 禍々しい玉飾りを眺め、再び懐にしまい込んだ。 袖の影から顔を出した人妖は、腫れた顔を見上げて「ゆず、痛い?」と問う。 「えぇ少しね」 「人の心が?」 遠慮のない人妖に苦笑いして「さぁ。忘れてしまいました」とはぐらかす。 「悪いのは貴方よ。守りたくて遠ざけた癖に」 「ふふ、樹里。霧雨君の味方になっちゃいましたか」 樹里と呼ばれた人妖は顔をしかめた。 「私にまで見捨てられたいの? 大勢に憎まれても、大切な人を巻き込んでも。如何なる手段を使ってでも、終止符を打つ。そう決めたのは、貴方なのよ」 「分かってます‥‥行きましょうか、戦場へ」 まだやることがある。 いつか彼らは知るだろう。 そして、莫迦なことをしたな、と怒るのだろう。 自業自得だと、嘲るのかもしれない。 それでも。 「私は結局、こんな方法しか選べなかった」 瞼を閉じ、廊下の果てに消えた親友を想う。 知っていましたか霧雨君、私は君の様になりたかった。 情にあつく、痛む心を抱えて生きる、人間らしい生き方に憧れていた。 けれど。 痛む心は、とうに捨てた。今は命の重みも感じない。 生きながら鬼の道に堕ちた、と朧に自覚している。 「ゆずのぶきっちょ。一人で抱えるからこうなるって、分かってる癖に」 孤独に歩み、多くを望まず。 過酷な道を選び続ける主人の頬を、人妖は優しく叩いた。 + + + 「やはり俺は戻るよ。境城と里を守る、その為に生かされた」 旅支度を済ませたのは、白螺鈿に出向中の天城和輝だ。 五行と開拓者ギルドが、冥越八禍衆『生成姫』の潜伏を認めて発表した直後、境城家の人に化けたアヤカシは突如失踪。片方の地主を失った鬼灯の里は困惑し、商いの術を断たれた彩陣が困り果て、これらの事態を収束する為に、白螺鈿にいた天城和輝が、境城の次代地主となることが決まった。 妹の天奈は、里に戻る兄を「でも」と気遣う。 「里には国の警備が派遣される。大丈夫だ。地主として里を沈め、開拓者と共に彩陣に行って、お詫びを申し上げて、今後の相談をする。お前は、ここで白螺鈿と鬼灯をつなぐ山道の管理を頼む」 「‥‥分かったわ」 「少しやつれたな。迎火衆の看病にも疲れただろう? 霧雨さんに頼んで開拓者を派遣してもらうから、護衛付きで一日位、街で羽根をのばせ」 和輝は鬼灯へ帰った。 天奈は床の間に置かれた二つの模造神器を不安そうに見ていた。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
水波(ia1360)
18歳・女・巫
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
ローゼリア(ib5674)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 脅威の公表により、様々な組織が動き出した。 それをぼんやりと見つめるのは、ここしばらく発見に貢献してきた開拓者達だった。 天霧 那流(ib0755)とローゼリア(ib5674)は、白螺鈿へ生存者のお見舞いに行くと言う。しかし天奈の護衛は仲間に任せ、天霧は山渡りをせずに犠牲者の供養を。ローゼリアは山渡りに同行すると決めていた。 カンタータ(ia0489)は和輝に紹介状を頼みに行くと行って白螺鈿に旅立った。 神咲 六花(ia8361)は和輝の山渡りを手伝うとしながらも、御彩・霧雨(iz0164)を積極的に山渡りへ誘いつつ、和輝を迎えついでに神楽と幸弥へ会いにいくらしい。 ジークリンデ(ib0258)は白螺鈿から鬼灯への道中、和輝を護衛すると話していたが、その後は境城の文献調査に当たるつもりだと述べていた。 酒々井 統真(ia0893)は石動 神音(ib2662)と共に鬼灯の卯城家へ会いに行った後、酒々井は水波(ia1360)と同じく天奈の護衛に当たると話していた。 一方、石動は宿屋の親子が気になるという。 遠ざかる姿を見ていた大蔵南洋(ia1246)の隣で、萌月 鈴音(ib0395)は呟いた。 「最悪の事態を考えれば‥‥これで良かったのかも、しれません‥‥」 「そう思われるか? お上とはああした物と分っていたつもりだが、どうにも腹立たしい」 「‥‥‥‥夢魔に、こちらの動きを気付かれた以上‥‥猶予はありませんでした」 「分かっているとも」 個々の力が及ばぬ領域に達していた事なぞ。 自分達が危険の狭間に立っていた事も。 「‥‥警備部隊の派遣も、鬼灯と彩陣にとっては‥‥悪い話では無い、と思います。ただ」 一度言葉を切って沈黙した萌月は、懸念を口にした。 「その‥‥柚子平さんの身が‥‥危険に晒されるのではないか、心配です」 相変わらず、勘のいい。 萌月を見下ろした大蔵が眉をひそめる。萌月は告知を見上げた。 「アヤカシ達が‥‥存在を隠す為に、今まで有力者に手を出さないなら‥‥明るみに出た以上、遠慮する理由がありません。‥‥特に柚子平さんは、暴いた張本人ですし」 実は、そうなのだ。 今まで巧妙に人の営みの影に隠れてきたアヤカシ達とて、世界に広がりつつある知らせに気づかぬはずがない。境城の集団失踪も、そうした影響の一端と考えれば、アヤカシ一派の思惑次第によっては、沈静化どころか、どんな手段に出てくるか分からない。 今は予想に過ぎませんが、と。 苦笑い一つした少女は、今から鬼灯へ行ってきますと旅立った。 卯城家の当主に面会し、和輝の後見について貰えないかお願いしてみるという。 しかめっ面の大蔵が瞼を閉じる。 脳裏をよぎる三つの神器。 もはや奪還依頼は無くなった。これ以上の関与は出来ない。 しかし。 「難しい御顔で何を考え込んでおられるのですか兄様、さきほどからずっと」 通りかかった妹の桂杏が声をかける。 般若のような形相になっていた所為か、人が遠巻きだ。 場所を変えて、久々の兄妹水入らずの会話かと思われたが、桂杏が虚空を振り仰ぐ。 「茜という名前の丼屋? 清史郎さんという方が店の御主人、と。‥‥不思議なこともございますね兄様、鬼灯祭の時にお会いした方々の中に同じ名前の方がいらっしゃいます」 桂杏は他の誰にも他言しない事を条件に、鬼灯から出奔し、駆け落ちした舞姫と目付役の事を語る。 でかしたと褒められた桂杏は、どこか嬉しそうだった。 カンタータは和輝に出来事を話すと、使者としての紹介状を作って欲しいと頼み込んだが最初難色を示される。 開拓者達の調査結果や妹の話を聞くと、約100年前、封印された生成姫を過って解放した天城正則が作らせた模造神器を探すよう依頼したのは、当主の姿を模したアヤカシだ。 異変を察知した山彦が神器を流出させ、三つのうち二つは取り戻し、アヤカシの手に渡すことなく、白螺鈿で保管してある。 偶然とはいえ、勾玉らしき品の所在を発見したが、和輝は回収を躊躇っていた。 太古の昔に存在した真の神器でなくとも、アヤカシが狙う品ならば、あれの所有はアヤカシを呼ぶ。 そうでなくとも、鬼灯の守り神と唄われた真朱を祀る為の道具だ。 伝統とはいえ、実際は祟り神だった真朱に人生を狂わされた兄妹にとって、良い思い出はない。 『確かめておく意味なら使者の証をだそう。しかし、これっきりだ。俺は、開拓者が怪物をすぐ払ってくれるさ、等と呑気な期待はしない。‥‥俺は狙われた妹を護りたい。安全な保証はない以上、厄災は近づけたくない。近く、二つの神器も処分する予定でいる』 渋々承諾したカンカータは、紹介状を持って白螺鈿の役所へ出かけた。 以前、大食い大会で丼屋の視察に来ていたのは虎司馬だ。彼の担当区の営業許可証を貰っているはず。 『残念ですが、開拓者でも帳簿はお見せできません。ですが、ご夫婦をよく覚えています。奥方は前払いだと、十二万文と値打ち物の宝飾を積んでいかれた、少々変わった方です』 兄妹の衣類を貸して欲しい、と頼まれた和輝がジークリンデと部屋に消えた。 山彦を見舞った内、治療の必要が無いと判断した水波は天奈の様子を見に行った。 その後、和輝は白螺鈿を旅立つ前に、地主と四兄妹に、妹の天奈が後任になる事を伝えにいくというので、神咲達が護衛として一緒に出かけていった。 『神楽と幸弥には、事情をつつみ隠さず話しておきたいんだ。ギルド預かりになったとはいえ、まだ関係してこないとは限らないからね。天奈の事も頼んでおきたいし、それに神楽達に忘れられたくないから、また来ると約束をしてくるよ』 確かに味方は多いほうがいい。 天霧は出かける天奈を呼び止め、こう言った。 『あれから悪夢やアヤカシの誘いがないならいいの‥‥でも、この前助けたいって言ったのは変わらないわ。あなたが、助けが必要なら、いつでも頼っていいのよ?』 『それは私達が可哀想な兄妹だという哀れみから? ‥‥昔、兄様に言ったそうね』 あまり感情を表に出さない天奈は、尼のような表情で天霧を振り返った。 『‥‥「協力するのは依頼と割り切っているからであって、同情や肩入れではないわ。変な期待はしないでね。私達は依頼を果たす、それだけよ」って』 それはずっと前のこと。 『貴女は兄の依頼で、死んで当然の私を助けた』 『‥‥ええ、否定はしないわ』 『霧雨様を狙わなくなったから許すなんてウソ。私は復讐の為に、アヤカシを利用して大勢を殺したわ。たった半年前のことよ。アヤカシに操られていた、と言えば、罪の大半が消える今の甘い世の中で‥‥変わらない事実を背負って生きていかなければならない、と兄に厳しく教えたのも貴女。叱咤された兄は屍同然の抜け殻から、生きた人間に戻った。でも、私は違うの』 『‥‥違う?』 『私は徳志を愛してた。気づいたのは全てが終わった後‥‥だから逃げないだけ。許されるとも、救ってもらうのが当然だとも思ってないわ。兄様は地主の座に返り咲いていく‥‥私の復讐は、本当の意味で終わったの。後はただ』 屍のように、生きるだけよ。 己の所為で愛する者を失った天奈の瞳は、死を恐れていなかった。もう何も持たない者は、生きる気力を持たず、儚く脆い。 その後、山彦達生存者をローゼリアと共に見舞った。 「これ、天奈にも渡したんだけれど、お土産の葛饅頭よ。よかったら食べて」 布団の上に正座して「かたじけないっす」と頭を垂れる境城家迎火衆の若頭、山彦。 「ゆっくり養生して元気になってね」 「そうです。無茶はさせたくありませんし‥‥それで、気づいた事などこざいません?」 あの閉ざされた屋敷で、一体何があったのか。 山彦が覚えているのは、日に日に増す、屍のような人の気配だったらしい。 恐怖で眠るのをやめた頃から、日にちの感覚が怪しくなった。常に誰かに見られているような感覚、会話が成り立たない仲間達、そしてついに気が抜けて眠った後、一度激しい痛みを覚えて、それっきりだったらしい。 次に目が覚めたのは、救出された後のこと。 「俺は、負けてしまった。主人の異変に気づけなかった。御当主をお守りできなかった」 生き残れたのはごく僅かだ。 「ご自身を責めないでくださいませ。どうする事もできなかったのですわ。‥‥これから、という所でしたのに、私共も力が及ばず‥‥口惜しいですわ」 悲しみに肩を奮わせた山彦を、ローゼリアが必死に慰めた。そして譫言の断片をつなぎながら分かったことは、最初の異変に来訪者の存在があったこと、アヤカシ達は何かを探し急いでいたこと、偽りの当主は五行東地域の地図を広げ‥‥一点を示していたこと。 「場所をご覧になったのですか?」 「‥‥いいえ。襖越しに盗み見たに過ぎません。あれはきっと、何かを」 計画していたに違いないと。 白螺鈿の片隅に立つ店の名は『どんぶり屋アカネ』という。 世間知らずな看板娘の茜と、そんな茜に頭の上がらない若旦那の清史郎。 『閉店後にお話し伺いたいです』 訪れたカンカータを客としては迎えたものの鍵についてとぼけ倒しだった清史郎は出自の件も関係ないと冷たくあしらい、早々に店を閉める気でいた。清史郎の未来を変えたのは、昼頃食事に来た大蔵だった。 「‥‥して、元世話役殿とお見受け致した。少々お話したいのだがよろしいか? あぁ、勘違いしないで頂きたい。妹の桂杏が、お二方のその後を案じておりましてな」 「これは、その節はどうも。妹君は、お元気でいらっしゃいますか」 清史郎の表情は、ようやく和らいだ。 五行の都、結陣の東、山麓には鬼灯という里がある。 久しぶりに鬼灯へ戻った石動は、赤鬼面の鬼灯籠が揺れる宿屋を訪れた。この里ではどの家も鬼面を飾る。そして鬼面が黒なら卯城家、鬼面が赤なら境城家の庇護を受けていた。 石動が昔訪れたこの宿は、異変の起きた境城家の系列だった。おかみさんや息子の禄多はいたものの、多くの男の大人が失踪していた。皆、境城家のお屋敷に出入りしていた者ばかりだったが、ひとまず「よかったよー」と少年を‥‥禄多を抱きしめた。 しかし仲間と卯城を尋ねる直前、遊んでいた石動に、禄多を含めた子供達は言った。 「お前さ、都の子じゃなくて開拓者の子なんだろ? 人食い鬼と戦えるのか?」 ‥‥ゆふづくよ、しでのやまより、おにありく‥‥ 何故だろう? ずっと昔に聞いた童歌が、脳裏をかすめた。 「禄多がさ、おっちゃんを探しにお屋敷へいったら、遠くの子供を浚ってくる話をしてたんだって。あれはきっと鬼だ。鬼が子供を浚うのは、とって喰う為だって言うじゃないか」 ‥‥鬼姫は、やがて欲望に負けて次々と赤子を食い始めた‥‥ ‥‥身籠もっていた巫女が激怒して戻ってきた後、何故か赤ん坊の話は‥‥ 胸がざわつく。イヤな予感しかしない。 大切なことを知らされていないような、何か見落としているような気がしたが、全てが過ぎ去った今、謎を確かめる術は持たなかった。 「‥‥随分と物々しい空気になってしまいましたね」 萌月が窓から鬼灯を見下ろす。この里には、区に直轄の陰陽師が派遣され、アヤカシの脅威から人々を護っている。 寺子屋の子供達の相手を猫又に任せた石動達は客間に集う。 酒々井と萌月は、境城家の異変を黙っていたことと、止めることができなかったことを卯城家の当主に詫びた。 寂しげに「みんな逝ってしまったのかぁ」と呟く背中には哀愁が漂う。時にいがみ合い、恨まれても、同じ時代を駆け抜けた盟友だった。 「ともかくだ。徳志の姿の何かが、鬼の美丈夫って確証を得たわけじゃないが、鬼灯祭の歌にある天女の下っ端で該当するのそいつくらいだろ。天奈も狙われてるのは間違いない」 淡々と語る酒々井。 石動と萌月は、賢明に訴えた。 「和輝さんの当主就任に際して、助力してあげてほしーんだよ」 「境城は、今回迎火衆の被害も大きいですし‥‥どうか助けて頂けませんか?」 萌月は想定される問題や相談を一つ一つ丁寧に話し始めた。 先の一件で、卯城家が友禅取引に関わる事に反感を持つ人も居るかもしれない。和輝が不慣れな仕事を覚えるまでの助言や手助けと言う事にしておくと無難かもしれない、と。 「実績作りと‥‥彩陣との関係修復の為にも‥‥たな晒しになっている飛行船の話を‥‥纏めたいです。彩陣の方では‥‥離着陸場所の確保は済んでいる様なので‥‥後は飛行船の確保が必要‥‥境城はあの状態ですし‥‥卯城家のお力添えが、全てを左右します」 だが、度重なる出費だ。地主達にも限界がある。 そこで萌月は、アヤカシから里を護る為に派遣される警備隊の移動や、物資の運搬にも利用できるとして、五行やギルドなどから資金の協力を要請する事を考えついた。 今は非常事態。 あくまでも里の根幹に関わる生活保護の要請、とくれば無下にはすまい。 「陸路として‥‥山道の整備も、協力を取り付ければと‥‥」 聡い萌月の案を積めた所で、石動は天奈の身辺警戒を促した。 生成姫が狙う天奈を殺してしまえば、と浅はかなことを考える人間がいるかもしれないという話だったが、卯城家が出せる部下は、山渡りで生き残った数少ない迎火衆だ。 アヤカシや志体持ちの前では非力な為、現実的な護衛案は出てこなかった。 「和輝さん、大丈夫かなー?」 じきに白螺鈿から和輝が鬼灯へ戻る。たった半年の地主代理だった。 卯城家の当主は「そうさなぁ」と天井を仰ぐ。 「この里は、病んだ巨人のようなものなのだよ。あの若さで背負うには重すぎる。儂ですら立ち上がれると思っておらぬ。‥‥しかしな、あの和輝がこれを乗り越えられる男なら」 遙か遠い未来、鬼灯は大きく変われるかもしれない、と当主は茜色の空を見た。 三十年前に失った姿を取り戻せるかもしれない、と。 丼屋の若旦那と女将は、駆け落ち同然で白螺鈿にやってきた。 駆け落ちに手を貸してくれた開拓者達は、命の恩人にも等しい存在である。 かつての一件に関わった妹を口実に、大蔵は近況報告から始めて警戒を解くことから始めた。鬼灯に連れ戻す意志がないこと、鬼灯に巣くっていたアヤカシの終焉、それに関連し神器三種を目にしたこと、天女伝説との関連、鬼姫の実在、過去になされた封印と神器の関係、事柄を追いかけ丼屋に辿りついたが、状況が一変したことを。 「御上が腰を上げた今、事態がどう転ぶか、国の名の下にどのような手段を取ってくるのか見当がつき申さぬ。故に、経緯を聞いた妹の桂杏も案じていてな。勾玉を所持し続けるなら相応の覚悟が必要。揉め事に巻き込まれぬよう御上に差し出すも一つの道かと思う」 「‥‥分かりました」 清史郎は神棚から勾玉を持ち出し、目の前で握りつぶす。 卵の殻が砕ける様な音がした。 予想外の行動に仰天した大蔵の前に差し出されたのは、玩具細工に使われるような歪な金色の鍵だ。 「厄災の半身を解き放つ鍵、と伺っております。目付役は代々、舞姫を任につけ、神器を生涯護るよう言付けられておりますれば。ギルドへお持ち下さい。扱いにご注意を」 これがあれば。 「責任をもって届ける。‥‥鬼灯の地主は和輝殿が継がれる次第となり、この街を離れられる事と相なった。護衛の任に私も同行致す。今後は和輝殿に相談されるが良ろしかろう」 「そういたします」 お店を閉める時刻ぞ、と女将の茜が声を投げる。 大蔵と清史郎の話は夕暮れまで続いていたが、大蔵は鍵を預かって立ち上がった。 丁度カンカータがやってきたが、話が片づいた事を伝えた。ちゃりんと揺れる金の鍵。 カンカータが若夫婦に手を振った。 「噂は耳にしているかと思いますが、五行国と王朝からの発表で鬼灯の里と彩陣へのアヤカシの介入が公言されました。大凡は既に伺ったと思いますが、隣人の急変にご注意を」 和輝が白螺鈿を旅立ち、鬼灯へ戻ってきた。 開拓者の数名が合流するまでは屋敷の調査と片づけだ。境城家はもぬけの殻だった。アヤカシの気配一つしない。生活感も消え、言うなれば何ヶ月も放置された廃屋同然だ。 変わり果てた屋敷を見回す和輝を、ジークリンデは静かに見ていた。 「恐らく。生成姫は夢から人に干渉をし、願いを叶えることで真朱のように人を堕落させると考えますと‥‥天奈さんが堕落する可能性があるとすれば、唯一残されたこの世との絆が絶たれた時のように思います。故にアヤカシの領域である山で敵が和輝さんを狙うとしても至極当然のことでしょうね。さて」 懸念を口にしつつも山渡りに同行しないジークリンデは、境城家の蔵を調べはじめた。 ぐちゃぐちゃに荒らされていた。 これでは調べるどころか片づけで終わりそうな気がする。天霧は険しい顔をした。 「予想はしてたけど‥‥やられたわね」 卯城家は鬼灯祭を、境城家は舞姫の養育や神器の保管を担っていた。そのことを思い出すと荒らされていたり、大切な資料が処分済である可能性は高い。色々と諦めたジークリンデは里の聞き込みに向かい、鬼面を持った天霧は天城家の焼け跡から地下坑道へ潜った。 放置してきた遺体の供養をしよう、遺族へ帰そうと思ったのだ。ところが。 「うそ‥‥嘘よ」 何もなかった。 天霧がかつて見た、積み上げられた境城家の遺体は欠片も見つからない。 既に供養したとは聞いていない。喰われた? いや、違う‥‥あれは邪魔で捨てられたのではなく、一時的に人目のつかない場所へ置かれ、持ち去られたと見た方が正しい。 「また、利用する気なのかしら」 殺されて尚、亡骸さえも利用されるのか。 そう思うと腑が煮えくりかえるようだった。 白螺鈿に残された天奈を護衛するのは、水波と酒々井だ。 『天奈様をお護りして、敵の手中に落ちないよう支えたいんです。天奈様は心強きお方。それ故に一抹の不安と危うさも感じ、手を差し伸べたいと感じておりますから』 水波は努めて明るく振る舞った。 「私、子供の頃はずっと修行ばかりしてましたね。今こうして甘味を食べれるのが幸せで‥‥お買い物や甘味所を食べ歩いてみませんか。お祭の季節なのですし、氷菓子でも」 人里から隔絶された環境で育った天奈には、水波の話に幾ばくか共感を覚えるらしい。 楽しげに過ごす二人を眺め、酒々井は「おー、羽を伸ばしてこい」と送り出す。 酒々井は色々と複雑な思いを抱えながら二人を見た。 本当は、一緒に鬼灯に戻ってほしかった。 白螺鈿は保護区ではない。天奈には近く再び魔の手が伸びるだろう。白螺鈿には怪しい動きをする人間が多すぎる。一度疑い出すと、どれも怪しく見えてくるのが困りものだが、白螺鈿の有権者が操られていないとは限らない。 ‥‥考えすぎて頭がゆだりそうだ。 「下っ端にまで逃げられたからなぁ。天奈の傍に居ながらだから大したことできねぇが」 気をつけよう、惑わされないようにしよう、酒々井は心に誓った。 親友ならば気持ちを察して見捨てないであげて、と霧雨に告げた天霧達を置いて。 和輝達は渡鳥山脈を登った。 大蔵に萌月、石動と神咲、そしてローゼリアと霧雨の六人。 道中の下級アヤカシを難なく蹴散らし、彩陣へ辿り着くと、解約者達の説得と根回しの甲斐あって、さほど抵抗無く商いの話は固まった。よりも遅いからと彩陣で一泊した開拓者達は夜遅くに家の外で夏の空を見上げた。 「うーん。狩野の名前、結局解明できなかったなぁ。にーさまは?」 「こっちもいまいち。虎司馬は、なかなか尻尾をだしてくれないしさ。彩陣の話がまとまっただけマシ、なのかな」 「ここまで辿り着けたのに、口惜しいという気持ちは拭えませんわ。けれど別の形で関る機会もあるはず‥‥できる限りのことをしていきたいですわね」 星空の下、里の光を見下ろすローゼリアは、決意を新たに拳を握りしめた。 |