【太古ノ書】死神の呪縛
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/07/13 23:21



■オープニング本文

前回のリプレイを見る


 俺は奴の子守役だ。
 人をからかう上に、研究にしか興味が無くて。
『流石、代筆文書は完璧ですね。幸せな時間を過ごせましたか』
 稀少なアヤカシときいては、俺に書類を押しつけて出かけてしまう。
 成績優秀で出世頭。ぬけてる癖に立ち回りが上手い。
 逆に俺は。
『時々お前を殺してやりたくなるよ』
 雑用や尻拭いを強いられる。
『それは犯罪ですねぇ』
『常識人の俺は、呪いの言葉を吐くだけで勘弁してやるさ』
『ふふふ、落第しかけた成績で私を呪い殺せるとは思えませんが』
『お前なんか嫌いだ』
『私は愛していますよ』
『男色に目覚めたなら遊郭で買え』
 いつも共にいた悪友。
『悪くありませんねぇ。でもねぇ、私は鏡の中の貴方を愛しすぎて、誰かに愛され、見守られ、惜しまれる‥‥そんな幸せな時間の中で殺してあげたくなります』
 冗談の多い会話。
『書類の中で過労死させてやる、って聞こえる』
『見抜かれてますねぇ』

 だから、
 気づかなかったんだ。

 俺に何を見ていたのか。
 どんな思いで、あんな話をしたのかなんて。
 仕事を押しつけて、俺を魔の森から遠ざけた意味も。
 かつて女に囚われた俺を、本気で見殺しにする気でいたことも。

 + + +

 天奈は、胸に鏡の神器を持ち、陽光を壁に反射させた。
 浮かび上がった光の世界地図。国境と違う一本の道が目立った。
 星座が如く結ばれ、北東の果てから南下していく。
「線の始まりは‥‥冥越よ」
 魔の森にのまれた国。
 冥越は、約60年から70年前。天儀歴930年から940年頃に今の状態となった。
 光の筋は冥越から町や村を経由し、五行の東から西へ進む。
 結陣周辺から一旦、渡鳥山脈へ戻って止まっていた。
「文献の解読も終わってます、最初の文は」

 ――――仕方がなかった。
 女房も子供も、みな飢えて死んでゆく。
 丑寅の方角よりこの地に参られた神も許してくださるに違いない、と。
 ついに我々は、先祖の警告を無視して神器に手をつけた。

「先祖の警告?」
 遺跡に刻まれた言葉。
 伝承や鬼灯祭の歌に残る存在の片鱗。

 それは雲孫の記録だった。

 大昔、厄災を解き放った愚者。
 鬼灯の地で封印された天女の話は、多くの書物や伝承に残っている。
 鬼姫に転生した元天女が親鬼を倒し、鬼灯の地を納めた。その後に狂って陰陽師に封じられ、後の世代に解放される。直後に巫女の手で再び封印した記録はあったが、実際の巫女・真朱はアヤカシと化したことが判明している。

 天儀歴911年。五行の東で、大飢饉が発生した。
 壁から外した神器は、売り払う前に神に奪われたという。
 封印を破った雲孫には、共犯になるはずの友が同行していた。
 彼らが神を封じた陰陽師たちの末裔と知り、末代まで生まれ変わりを祟る、と神に囁かれている。
 真の剣と勾玉を返せと言われ、鬼灯の子供や女達が次々に浚われていく。
 旅人を贄にしようと決めた決断。
 守り神・真朱の誕生と、アヤカシの軍勢が魔の森に飛び去ったこと。
 
 伝承によれば『笛・剣・勾玉』が、天女の神器だった。
 今日では『鏡・剣・勾玉』が神器とされる。
 笛の神器が神の手に戻り、残る二つは当時既に偽の物だった。
 ならば二つはどこへ?
 後の神器の役目は?

 ――――許してくれとは言わない。
 神の呪いは現実となり、かの家々に生まれし恩寵の子らは約束の日に殺されていく。
 贖いの為に生涯求め続けた鬼姫の軌跡には、今も150年前も滅びしかない。
 老いた私に、為す術はない。
 故にこの正則、全てを神器に託す。
 子よ、その子よ、その孫よ。お前たちは今、幸せかい?
 私は柿の木に実り、行く末を見届けよう。

「これはひいひいおじいさまです」
「真か」
「私は童歌で一定の先祖までなら遡れますから。『まさのりくしろひのえのいぬにかきにみのりてくえもせず』‥‥今が天儀歴1011年の辛卯なので、天儀歴946年に裏庭の柿木で首を括ってますね」

 約100年前、雲孫・天城正則たちに解放された鬼姫。
 約250年前、天儀歴761年頃に陰陽師たちに封印された、美女に憑いた叡智の天女。
 冥越から五行に繋がる破壊の軌跡。
 様々な情報から導かれる答え。

「ナマナリは、滅びる前の冥越から渡ってきたんだわ」
 軍勢を連れて、五行に根を張った。
 次々と宿主の女を変え、人に紛れ、勢力を広げながら。
「なんということだ」
「神器が揃ったら、何が起こるのやら」

 祟りについては、彩陣の怪死事件記録に痕跡がある。

 とある開拓者の妻が、不眠に悩まされていた。
 医者にかかっても病状は悪化の道を辿っていく。
 しかし突然、症状が回復する。
 その日は開拓者の誕生日。妻と友人を招いての小さな宴。
 けれど遅刻した弟が見た光景は、死んだ兄と血に染めの者たち。
 兄は滅多刺しで、妻と友人は凶器を握り、笑ったまま己の首を裂いた。
 この事件は天儀歴957年の出来事。無理心中とある。

「今から54年前。個人名はないけど如彩本家。白螺鈿に如彩本家が移る前の話ね」
 如彩家は祖父の代に、白螺鈿へ移った。
 誉は幼少時代に祖父から彩陣の話を聞いたという。
「ということは唯一生き残った弟が、誉さんの言っていた如彩の祖父?」
「多分ね」
 似た事件が多い。
 不審死の被害者は、彩陣十二家生まれの陰陽師ばかりだ。
 加えて、これら報告書の貸出や写しの記録に、柚子平の名前があった。
「彩陣の陰陽師がおかしな死に方をするって、彼は前から知っていたんだわ」
「柚子平は如彩の血縁者だった。如彩家は彩陣から渡った一族‥‥」

 思い出せ。
 今まで何が起こったか。どんな会話を交わしてきたか。

「つまり彩陣の志体持ちは命を狙われてる?」
「柚子平は、自分の死期を知っているんじゃないかな」
 多分、他者の死期も。
「霧雨さん‥‥?」
 青ざめた顔で考え込んでいた。
 そして『頭を冷やしてくる』と散歩に出ていく。
 異変は拡大するばかり。
 山彦達は目覚める気配がない。
 神器を探してどうするか、だけではすまなくなってきた。
 途方もない話だ。
「大事なことは、誰が狙われ、いつ襲われるのか。相手はどこにいて、どんな能力をもつのか。一体、次はどこを狙うのか。我々は、最善を尽くすしかない」
 引き返せない場所まで来た。


 境城から和輝への手紙が途切れた頃から、天奈は幸せな夢を見ていた。
 誰にも言えない恍惚の悪夢。亡き婚約者が笛を吹く。
『ずっと一緒にいてあげる、と言ったのに』
「言ったわ」
『一緒に帰ろう』
「できない」
『町を出て、神の祝福を受けよう』
「あなたは違う」
 耐えて早ふた月。
 祭の旋律が、聞こえる。


 月日が経ち、和輝が神器『勾玉』を見つけた。
「丼屋『茜』の神棚でらしいものがあるって。あと、天奈が夜に魘されてる日が多くなった気がするんだ。夏ばてかな、どう思う?」
 闇が忍び寄る。


 失わぬ為に、戦え。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
水波(ia1360
18歳・女・巫
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
ローゼリア(ib5674
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 状況は深刻になっていく。
「由々しき事態。何とか力になりましょう」
 水波(ia1360)は白螺鈿へ見舞いに行き、余裕があれば鬼灯を見に行くと話して出た。
「一寸先は闇のような感覚。姿がないのか姿を見せないのかは分かりませんが、早急に正体を見極め対策を練れなければ、先に待ち受けるものは‥‥」
 肩が震えたジークリンデ(ib0258)は、考古学調査を装い、彩陣と結陣へ向かう。
「夢魔について調べてきますね〜、何か分かるかもしれません〜」
 立ち上がったカンタータ(ia0489)はギルドの報告書を調べてから白螺鈿へ行き、丼屋を訪ねてみると告げた。
 一人、一人と減っていく室内。
 失われた神器を探して届ける、それだけの仕事だったはずだ。
 ところが今や依頼主は人外だと分かり、神器は曰く付きだと分かり始めた。次々と姿を消していく者達と、漂う死臭。開拓者達の目の届かない場所で何かが始まりつつある。
「ナマナリの呪いに夢魔の暗躍、柚子平の秘めたもの、か。いつまでもウダウダはしてられねぇな‥‥」
 がしがしと頭を掻いた酒々井 統真(ia0893)は、彩陣の日陰の歴史を紐解くため、姿を偽って白螺鈿の傍にある農場へ向かうと話した。かつて助けた職人の一部が、そこで働いているという。日暮れまでには天城兄妹の元へ戻ると告げた。
「さて、どんどんと難儀な状況になりますわね」
 知恵熱でも出しそうだ。ローゼリア(ib5674)は溜息を零す。
「ひとまずここは手分けしたほうがよさそうですわね。山彦さん達、助かった方達が心配ですわ。回復を待ってお話を聞こうと」
「あたしもいくわ」
 天霧 那流(ib0755)がローゼリアの手を掴んだ。
 一度は死んだと思った。二度と会えないと覚悟した。けれど奇跡は起こったのだ。
 今だ目覚めぬ友人の安否を気遣い、天霧はローゼリアと共に天城兄妹のもとへ行き、生存者の介護と護衛に徹すると話した。
 石動 神音(ib2662)が神咲 六花(ia8361)の手を握る。
「‥‥鬼灯の禄多君やおかみさんが心配だけど、余計な事してかえって事態が悪くなると困るし‥‥どーか無事でいてって、祈るしかないよね、にーさま」
「神音‥‥、きっと大丈夫だよ」
 心の底から沸き上がる不安を押し殺し、神咲の胸に顔を埋める。
「僕は陰陽寮に立ち寄ってから如彩を訪ねてみる」
「神音は彩陣で起きた夢魔が絡んだらしー心中事件について、如彩家の人に話をきーてみるよ! 一番会えそーな神楽さんのお店の場所を町で調べて会いに行く」
 残る大蔵南洋(ia1246)と萌月 鈴音(ib0395)は顔を見合わせる。
 二人の行き先は、彩陣と決まっていた。
 そして散歩から御彩・霧雨(iz0164)が戻ってきた。
「‥‥大丈夫‥‥ですか?」
 萌月が心配そうに顔をのぞき込む。霧雨は、とても大丈夫には見えなかった。天霧も気を配り、極力一人にしないと決意した。
「大丈夫? やっぱりショックよね。柚子平さんが何を考えて行動していたのかは当人しか知りえないけれど、少なくとも死の運命から逃そうとしていたと思いたいわ。だから」
「‥‥俺さ、今まで何度も実家の妹たちを引き取ろうとしたことがあるんだ」
 ぽつり、と唇から零れた音。
「結陣の方が、いい暮らしができる、いい縁談もくるし、出世だって夢じゃない。けど、何度説明しても親父に反対されたよ。お前とは違うんだ、と。‥‥親父は何か知っていたのかな。妹たちを俺に近づけるのを嫌がった理由は、家業を継がないからだと思ってた。去年の山渡りで、強引に連れてこなかったのは、かえって良かったかもしれないな」
 きっと被害が出ただろうから。
「霧雨殿、実家や妹御に届ける文があれば預かるが」
「そう、です‥‥彩陣の様子を‥‥見てこようと、思います。私は‥‥彩陣まで行くのは‥‥初めてなので‥‥きっかけを頂ければ‥‥」
「‥‥ありがとう、今書いてくるよ」
 そう言って、霧雨は笑った。
 遠ざかる後ろ姿に、萌月は思う。
「思っていた以上に‥‥彩陣とナマナリの関係は‥‥深いのかもしれません‥‥」
 不吉な予感が、心を占めた。


 ギルドの報告書の山をあさっていたのは、カンカータと大蔵だった。
 もし、この時。
 鬼灯を出奔した舞姫夫婦の脱走騒動を援助した九名の開拓者の誰かがいたのなら、丼屋に神器がある違和感を感じ取り、舞姫に関する報告書を再び探り当てることができたのかもしれなかったが、かの九名の開拓者達の『二人に幸せになって欲しい』という思いは強く、決して詳細が外部に漏れることはなかった。
 そして残念ながらカンカータは、その秘密に辿り着くことは叶わず、黙々とアヤカシ『夢魔』に関する痕跡を探し続けた。
「夢魔は厄介そうですね〜、人並みの知性は持つようですが、命乞いに裏切り、これは相当、骨の折れる一派かと〜。総じて寝静まった夜に一人きりの標的を狙うようです〜」
 カンカータの問いか、独り言か分からない言葉は、大蔵の耳には届いていない。
 大蔵は天霧が調べた内容を、もう一度洗い直した。
 そして一つの事実に注目し続けた。
 怪死を遂げた彩陣生まれの陰陽師たち。志体持ちの彼らの享年はいつだったのか。
 年号が明確でないものも勿論あった、それでも辛抱強く文字を辿る。
「‥‥あたってほしくは、なかったのだがな」
 彩陣十二家。
 華やかな五彩友禅を生み出す職人たち。
 各家の志体持ちは、一定の年齢に達するとアヤカシ絡みの怪死を遂げていた。


 ところで。
 神咲は予想外の状態に面食らっていた。
 陰陽寮の書物に糸口を求めて五行の結陣まで足を運んだのだが、試験に合格したとはいえ、入学手続き、及び入寮式が済んでいないことから立ち入りを禁じられた。
 そこをどうにか、と門のところでもめている所を発見したのが玄武寮長の東雲だ。
 玄武寮生の監督者である。神咲は理解を得ようと試みたが、ここは国営であり規則は絶対とのことで、結局立ち入り許可は下りなかった。
「代わりにお願いできませんか」
「答えは自力で探すことに意味があるのです。向上心はよいことですが、それは入寮後までとっておくことですよ」
「では、閲覧制限のある書物を紐解く許しを得るにはどうすれば?」
 玄武寮の寮長東雲は困ったような表情をした。
「並大抵の理由ではまず無理でしょうね。例えば禁書があるのは知望院ですが、あちらにお勤めの方々でも、簡単に許可はおりないと伺ったことがあります。唯一、そういった類に触れられるのは封陣院の皆様ですし、私より副寮長の方が詳しいかもしれませんね」
 玄武寮の副寮長は柚子平だ。そして、封陣院の分室長でもある。
 これ以上は、だめか。
「‥‥アヤカシに命を狙われる一族、というものに興味はありませんか」
「それは私の研究分野ではありません。危険な王命を担う者や第一線に立つ陰陽師は、大なり小なり知性を持つアヤカシの恨みを買う職業です。珍しい話ではありませんよ」
 驚くこともなく玄武寮長は穏やかに微笑んだ。


 一人旅立ったジークリンデは、考古学というより民俗学調査員という身分を装って、炎龍に跨り、彩陣を目指していた。
「始まりは叡智の天女。ナマナリが何者かを知るにはその前身ともいうべき天女の伝説を知らねばならないのかも知れません」
 ある程度の天女伝説は、仲間から聞いて既に分かっている。
 天姫伝説と呼称される、鬼灯の里と御三家の歴史を、順番に整理するとこうだ。

 元々三つ鬼の財宝が眠ると言われる秘密里に、舞い降りた天女が飢えた鬼に食われてしまう。
 天に復讐を願った天女。しかし天女にあらざる振る舞いだと天の怒りを買い、自分を食った鬼の姫となって生まれ変わってしまう。
 美しい鬼姫に成長した後、二人の男に天の力が宿った剣と笛の音を教え、かつて天女の自分を食い殺した親鬼を成敗させたのちに、鬼の呪いを受けた男二人の片方と結婚し、人間と共に叡智を持って鬼灯の地を治める。

 ここまでは土地の者達、誰もが知っている。
 昨年、開拓者達はこの伝説に裏と続きがあることを知り始めた。

 地を納めたはずの鬼姫は鬼の性質を押さえきれず、やがて欲望に負けて次々と赤子を食い始めた。我を失ったが故に、陰陽師に封印された。陰陽師は、封印の強化を提案し、里を山麓に移した。鬼姫が解き放たれることのないように、封印に使われた三種の神器を地下深くに埋めた。陰陽師の指示に従い、里人は神器の上に宮を築き、渡りの巫女達に手厚く祀らせた。

 これが恐らく、今から250年ほど昔の話。
 天の力が宿った剣と笛が天女ひいては生成の力が宿るものだとして、最初の伝説に勾玉の記載は登場しない。しかし暴走後の話には、剣と笛に加えて、勾玉が登場する。
 またこの陰陽師の話は、とある倉の取り壊しに伴い、壁から発掘されたという陰陽師の活躍を記した、一冊の文献にも軌跡を辿ることが出来る。かの文献には玉飾りの挟まっていた箇所に『生成(なまなり)禍をなすこと』という伝説がある。
 文献内容を要約するとこうだ。

 美女に取り憑いた生成という鬼の怪物と七日七晩戦ったが倒すことが出来ず、鳥が渡る東の地に封じた。封印を強固とする為に、その地に社を築き、偉大なる天女を祭り、宮司の一族に封印に用いた三種の神器を与え、脈々と土地を守るよう命じた。

 鳥が渡る東の地、それは五行の東にある、渡鳥金山を示す。鬼灯の里もここにある。

 そして時は流れ、伝説を忘れた子孫が鬼姫を解き放つ。
 この愚か者が天城兄妹のひいひいじじ‥‥天城正則であることが分かってきた。
 彼は家族と里を飢饉から救うために、壁の神器に手をつけた。
 そして友人の先祖は鬼姫を封じた陰陽師の末裔と分かり、神の呪いを受けた。
 この頃には既に、笛・剣・勾玉の三つの神器のうち、剣と勾玉は失われていた。
 偽りの二つは砕かれ、笛は鬼姫の手に戻り。
 天女は元来持っていたとされる剣と、何故か勾玉を欲している。

 復活した鬼姫に逆らう術のない里は、旅人を贄にして禍を逃れることにした。
 そこへ渡りの巫女が現れる。身籠もっていた巫女を、里は手厚くもてなし、眠っている間に鬼姫に捧げたが、巫女は夫の武人に助けられて生きて戻った。真朱と名乗った巫女は里人に激怒しながら『私に従うならば、この地に残り、代々に我が力を授けて魔物を封印しよう』と告げる。巫女はアヤカシ共を魔の森に追い払い、守り神として崇められた。

 そして昨年になって。
 この伝説の守り神『真朱』が生け贄に捧げられた際、生成と出会って力を望み、アヤカシと化して、百年間という長きに渡り、鬼灯の里を食い物にしてきたことが判明した。
 死に際の天城正則が同時期、新たに鏡・剣・勾玉を作り出して後世に託したことも分かった。彼の功績により、生成が今から250年前の冥越から渡ってきたことも。
 もしそれらが事実なら。
 冥越からの渡りの時期はおそらく、全ての始まりである舞い降りた叡智の天女を示すはず。誰もが知る『成長した美しい鬼姫』は、きっと既にアヤカシ『生成姫』だったのではないだろうか。

 少しずつ見えてくる、時の流れと歴史の狭間に葬られた事実。
 遙か遠い、太古の時代。
 この地に何が起こったのかを、なんとしてでもつきとめなければ。
 風を切り、視界が開けた。広がる民家。彩陣が、近い。


 救出された鬼灯の迎火衆は、白螺鈿の天城兄妹の仮住まいで看病されていた。
 訪れて早々、カンカータは何故か同行した霧雨の健康状態を伺ったが、隠蔽されてきた事実に衝撃を受けたぐらいですこぶる元気だった。
「和輝さん、勾玉の情報を再確認させてくださいー」
 こっちだ、と奥に消える。残されたのは妹の天奈と開拓者達。
「それじゃ、客人は届けた。一旦農家に戻るぜ」
 戻る、と酒々井は言った。
 万が一の、アヤカシ関与に備えてである。彼は別件で何度かこちらに訪れている。田畑を耕し、作物を届ける雇われ農夫として。その時の格好そのままで道案内を振る舞ったのは、度重なるアヤカシとの知恵比べを、彼自身、身にしみているからでもある。
「収穫したほうれん草は後で届けに来るぜ、それとこれは得意先にしか教えてないが」
 夕餉の相談でもするかのような気安さで天奈の傍らをすり抜ける。
「‥‥和輝が心配してる」
 ひそ、と聞こえるか聞こえないかギリギリの声で囁く。
「隠し事はやめとけ。お互いすれ違いでひでぇ目にあったのは経験済みだろ。‥‥それで、なんか異変があるようなら、それは普通じゃない。手遅れになるまえに仲間を頼れ」
 そう囁いて身を起こし。
「てな案配で、蔓紫は安くできるぜ。『今しか分けてやれないが、予備の分は必要』か?」

 今しか助けてやれないが、残す護衛は必要か?

 訪ねられた意図を理解した天奈は「ええ、お願いするわ」と応えた。
 酒々井が天霧達を一瞥する。そして「特性野菜を楽しみにしておけよ」と一声なげて農場の方向へ去っていった。水波が天奈に微笑みかける。
「夏ばてらしいと和輝様にお伺いしましたの。丁度、甘味が手に入りましたので、一緒に食べませんか? きっと疲れも和らぎます」
 ちょっとまって、と天霧が進み出た。
「私達は山彦くんの看病をさせてもらってもいいかしら」
 衰弱しており、昏睡状態だと聞いていた。天霧は更に頼み込む。
「あたしに出来る事は限られるけど、それでも近くに居てあげたいの」
「‥‥廊下の突き当たりを右に、萩の間ですよ」
 天霧とローゼリアと霧雨は一言だけ感謝を述べて廊下の果てに消える。
 近づく部屋を眺めてローゼリアは呟く。
「‥‥油断ならないとは考えています。今回助かったのが単に僥倖だった、というならそれはその方が喜ばしいのですが」
 もし仕組まれたものだったとしたら?
 その先の言葉を飲み込む。正直、うがちすぎな気もする。しかし心はざわついた。一応考慮に入れておき見張る意味でもついていようと考えていた。自分でも余りよい心地はしないにしろ、これ以上の者をアヤカシの餌食にする訳にはいかない。
「まずは山彦君ね」
 天霧は襖をあけた。横たわっているのは、生き残った人間だった。


 農場の様子を見にいった酒々井は、農場主の杏という少年とそれを支える人妖達と家族、そして住み込みで働く女性達に歓迎を受けた。現在、農場で雇われているこの女性二人、名前を葉彩小夜と文彩翠といい、かつて五彩友禅を織っていた。今回は夕餉の食材が欲しくて少し立ち寄っただけだといい、世間話を装って話を聞き出す。
「早く彩陣に戻れるといいんだがなー、魔の森が厄介なんだよなぁ。彩陣に強い陰陽師でもいれば別なんだが、あっちに志体持ちはいねぇのか?」
「どうかねぇ。あたしら、長く囚われの身だったし、今のことはさっぱり」
「そうか」
「それに、うちらの両親は分家だったから、どうも彩陣じゃなくて、うちの葉彩分家は虹陣、翠の文彩分家は沼垂にいるみたいなんだ」
「ここで雇われてから文通が出来るようになったから、近況報告をはじめたばかりだし。そういえばウチの親戚には志体持ちがいたよ。双子の女の子でね、きっと沼垂で綺麗な娘に育ってるよ。名前は確か、雪と月花」


 萌月と大蔵は、まず鬼灯の卯城家を訪ね、山渡りの道の調査と彩陣の現状確認を建前に、山道の通行許可を得た。萌月は鈴、大蔵は八ツ目、龍に乗って山道を飛ぶ。道から強力なアヤカシの気配が消えていた。
「鷲頭獅子は‥‥魔の森に退いたと聞いたのですが」
 不気味だが、通行に支障がないのは幸いだ。
「‥‥何から、ききますか?」
 彩陣が見えてきた。萌月が大蔵に近づき、手順を問う。
「気になることがあってな。天城正則が言う『かの家に生まれし恩寵の子等』が彩陣十二家の志体持ちを指すならば、志体を持つ子を授かった父母はどのように子育てをしてきたのであろうか?」

 彩陣に辿り着くと、予想通り五彩友禅の商いは滞っていた。
 鬼灯の卯城家と境城家は、五彩友禅の取り扱いを行っている。昨年、卯城家の嫡男による職人誘拐事件の関係で、現在の五彩友禅全ての取り扱いは境城家となっているはずだ。その境城家が夢魔の巣窟になっているらしい、などと言えるわけがない。
 彩陣に来る前までは、面識があるのは、葉彩の爺様、文彩の頭領、雷無彩の頭領、と数えていたが、今後の相談をしたいからと大蔵が爺たちに強制的に引きずられていく。
 取り残された萌月に若者が話しかける。
「爺様達は迎火衆はまだか、開拓者は来ないかって、待ってたんだ。落ち着いたら話してくれると思う。堪忍してやってくれ、嬢ちゃんも開拓者か?」
 はい、と答える。
 萌月は若者の帯に目がいく。金糸で煌めく、丸に水仙の家紋。
「‥‥睦彩本家の方ですか?」
 彩陣で作られる五彩友禅は、厳密な等級制に基づいて作られている。
 それらを身に纏う彩陣の者となれば、それはそのまま家紋を示す。
「確かに俺は睦彩幸司だが、珍しいな。分かる奴は滅多にいないぜ?」
 友人に目利きがいるんです、と説明してから、萌月は思った。
 古老達は口が堅くとも、若者なら、何か教えてくれるかもしれない。
「あの‥‥彩陣の掟や伝承とか‥‥何か心当たりはありませんか?」
「この前もなんか、ここの歴史を聞きに来たのがいたなぁ、もういないけど」
 先に来たジークリンデだ。既に白螺鈿に旅立っていた。
「この里じゃあ、五彩友禅以外に、目立ったことは‥‥あ、志体持ちが特別扱いされるってのは、どこも一緒なんかな」
「‥‥特別、扱い?」
「神様に愛されてるんだってよ。子供の頃は村中で可愛がって、必ず結陣で務められるように学費とかも援助してやるんだ。ずるいよなぁー、今回姪っ子がそれでさ、ねーちゃんが村の婆に呼び出されてた。けど、嬉しそうじゃないんだよな」
 萌月は一通り話して大蔵の後を追った。
 ところで。
 拉致された大蔵は爺どもの質問責めを受けていた。「暑さのせいか眠れぬ日も増えて参りましたが」と時候の話も交え挨拶してみたが、山渡りはどうしたと騒ぐ。唯一、憑かれている様子が見られないのが幸いだ。鬼灯に戻って相談してみると言って、初めて静まった。
 ひっそり顔を出した萌月は、室内を見回し霧雨の妹と思しき娘に文を差し出した。
「霧雨さんから、お手紙です」
「にい様から? ありがとう!」
「奥へいっておれ」
 御彩家の当主は霧雨の妹たちを遠ざける。
 話が落ち着いた頃、大蔵は「今回は別件で参った」と話を切り替える。
「如彩家の事件について、覚えている事などお聞かせ願いませぬか」
 当主達は静まりかえった。
 古老達は若者や女達を閉め出した。
 そして「如彩は移住しておりませぬが」と呆けた。
「ギルドの保存記録に残る心中事件が、現在調査中の事件と関わりが認められた。如彩長男も妻同様の病を訴えてきたのか教えて頂きたい。病が突然癒えてから凶行に走るまでの間、奥方は普段通りの様子だったのか? 当時をご存じの方もいるはず」
 鋭い質問。痛い沈黙。口を開いたのは、齢70になろうという老人だった。
 それは今から54年前の天儀歴957年。
 如彩家には二人の跡継ぎ候補がいた。24歳の長男と、17歳になったばかりの次男坊。幸せなはずの生活は、長男が25歳の誕生日にギルドに記された通りの残酷な結末を迎えた。男には何も前兆はなく、周囲の者だけ異変がおきた。陰陽師だった長男は死に、翌年父親は憔悴してこの世を去る。次男坊は悲しみに暮れつつ後を継ぎ、妻を迎えて19歳で結婚し、子が産まれた。当時の御彩当主を親代わりとし、7つも年が違う御彩の嫡男を弟のように思って過ごした。ところが生き残った如彩の次男坊が32歳の時、可愛がっていた実弟同然の御彩家の陰陽師が変死する。25歳の若さだった。
「あやつは現場に居合わせ、半ば気が触れておりました。ふさぎ込んで一年後の973年、今から丁度38年前でしょうか。子も妻も一族も引き連れて彩陣を降りたのです」
 つまり、二度も親しい者を目の前で失った。
 大蔵は御彩の当主を振り返った。
「一つ確認したい」
「‥‥何をお聞きになるつもりか」
「霧雨に志体が備わっている事に気がついた時に、何か特別な事をされましたかな? 天寿を全うするには、何に気を付け何を避けよ等、里独特の伝承が有りはせぬだろうか」
 言葉を呑んだ御彩の当主に近づいた萌月が、顔を見上げる。
「‥‥里から、出すことですか?」
 若者は言った。
 神から愛された子。子供の頃は村で可愛がり、成長すると遠くへ引き離す。
 言い淀む男達に萌月は訴えた。
「あの、鬼灯に移住するつもりは‥‥ありませんか?」
「なんですと?」
「完全ではなくとも、鬼灯でも友禅が作れる事が、先の事件で分かりましたし‥‥離れたくないのは分かります‥‥ですが、本当に危険な状態だと思います」
「それは違います」
 明確な一言だった。
「‥‥今までは平気だったかも、しれませんが、今後の保証は」
「違うのですよ。そうではない。我々は『飼われている』のです」
 話が奇妙な方向に進み始めた。
「どういう意味ですか?」
「白状しますと‥‥過去に我らを代々脅かすモノと取引を試みた娘がいたのです」
 ある時、双子の娘が彩陣に生まれた。
 片方は志体持ちで、片方は普通の娘だった。そして時は満ち、忌まわしい約束の時が訪れたその日、本当は二人とも殺されるはずだった。しかし意外な結果が待っていた。
『私も姉さんのように殺すの? 私は陰陽師じゃないわ』
『それがどうした。似ているお前が悪い。さぁ、あの憎い顔で泣き叫ぶがよいぞ!』
『私を殺すと家が絶えるわ。二度といたぶって遊べないわ、それでもいいの?』
 ふぅ、と煙管から紫煙がのぼる。
「アレにとって、恐らく先祖に似ていることが重要なのでしょう。志体持ちは、条件の一つ。己を封じた陰陽師の子孫を、未来永劫嬲り続けることに復讐の意味を見いだしている」
 萌月の瞳が大きく揺らいだ。
「‥‥狙われていると、知っていたんですか?」
「ええ。決して逃げ切ることはできない。そしてまた、家が絶えるようなことは決してしない。我らは大昔に立ち向かうことを諦めたのです」
「何故、そのような決断を」
「大昔に退魔を生業とした凄腕でも、生憎と今は稀に生まれる程度。しかし先祖が買った恨みは消えぬものです。アヤカシは何百年と生きる。必然的に我らは怯える羽目になった。無駄に騒いで皆殺しにされる位なら、他の害意を凪ぎ払える存在と、静かに共生する道を選んだのです」
 積み重なった業が課した、悲しい宿命。
「アレは志体持ちでも後継無くば見逃した記録もありますが、他に次代を産める娘がいた場合、稀に志体持ちでなくとも殺されることがあります」
 大蔵の双眸がスッと冷えた。
「では、志体持ちに似た兄弟姉妹がいた場合、共に殺されてしまうかもしれないと?」
 他に血が繋がる兄妹がいれば、尚のこと。
「そういう場合、志体持ちに似た子は里を出てより強い権威を求めます。過去に『殺すと騒ぎになる』立場についた子が、アレに見逃されて生き残った例があるのです」
 二人は記憶を遡る。
 神咲によると、如彩家の血を引く柚子平は『封陣院の分室長』で『陰陽寮の玄武寮が副寮長』に就任していたと言っていた。酒々井は、柚子平そっくりの虎司馬に出会い、彼が白螺鈿で強引な方法で莫大な権力を手に入れつつあると話していた。
 悪戯に消えると人の世界や調和を乱すような、唯一無二の存在に這い上がる。
 生き残るために、遙か高嶺を目指したのか。
「何度叱っても、霧雨は上を目指してくれませなんだ。自由に生きた霧雨は、きっと生き残れないでしょうな。その日が来るのが、怖くて会えない、会うのがつらいのです」
 老いた目元に、涙がしみこんだ。


 夕暮れ時の白螺鈿の丼屋にはカンカータがいた。
 お昼時に一度訪ねていたのだが、店は盛況で忙しく、ゆっくりと話す暇がとれなかったのだ。なんとか閉店後に時間をとってもらった。何の御用でしょうか、と現れた丼屋の若旦那の清史郎に勾玉について訪ねると。
「先日、骨董屋で見つけたんですよ。綺麗でしょう? 商い繁盛を毎日祈っています」
「実はですね〜。それ、盗品らしいんですけども〜、知っていましたか〜?」
 ぴくりと肩が揺れた。
「清史郎さんはご存じないかもしれませんが〜、この街を西にいくとですね〜、鬼灯という里があるんです〜。そこの三種の神器によく似ていると報告をうけまして〜」
「‥‥そうですか。ですが、似たものは沢山ありますし、勘違いでは?」
「実は境城家の方がですね〜、神器が何者かに狙われていると判断して闇市に流したそうなんです〜、そして現在、回収を命じられて探索中なのです。お引き渡し、願えませんか?」
 沈黙が満ちた。
「こういう話は、あまりしたくないのですが‥‥狙われた品だとして、貴方が狙う者の一人でないと、どうして言い切れますか? 回収者は誰です? 依頼書はあるのですか?」
 はい〜? と首を傾げるカンカータに、丼屋の若旦那は常人とは思えぬ身のこなしで神棚の刀を抜刀し、ぴたり、と首筋に当てた。それは鍛え抜かれた武人の動きだった。
「賞金か何かが目当てならば、お引き取り下さい」
「いえあの」
「警告は一度です。あれに賞金がかかっているとして宝探しと思っておられるならば、お忘れになられよ。‥‥たとえ任を離れても、私は鍵を、命に代えても守らねばならない」
 清史郎が何者か知らないカンカータは、一旦引き下がったのだった。


 その頃、石動と神咲は、如彩神楽の仕事場を訪ねた。
 如彩家の心中事件について詳しい話を聞きたいと言ったら「知らない」という返事が返ってきた。神楽は彩陣に興味がないらしい。そこで詳しい人物を紹介してくれと頼み込むと、知っているとしても父親か長男の誉しかいないという返事だった。
 石動は「詳しいことは言えない」と言いつつも、真摯な瞳で頼み込んだ。決して興味ではなく、それでいて重大なことだと。
「OKなら、接客、調理で精一杯頑張るよ! くれおぱとらにも芸をさせお店の売り上げを上げるよー、頑張るよ!」
「それはオイシイ条件ね。ちょっと熊ちゃんを呼びだしてみるわー、みんなに顔が利くのは熊ちゃんしかいないもの」
 しばらくして如彩家の三男坊、幸弥が呼び出された。
 神楽の秘密の酒屋で他に人がいないことを確認すると、神咲は説明を始めた。
「如彩家で起きた心中事件について知りたいのは、状況がある事件と似ているからなんだ」
 神楽が「似てる事件?」と首を傾げる。
「鬼灯で悪夢に魘される人が増えてる。それの元凶はアヤカシの夢魔なんだ。如彩の事件も、おそらく夢魔が原因と睨むだけの証拠が揃ってきてる。それと夢魔を束ねる大元のアヤカシに、とある陰陽師たちの末裔を末代まで祟ると囁かれたらしいんだ」
「それが如彩とどうつながりが?」
「幸弥、如彩はその末裔の一つなんだ。つまり、君たちは囚われている」
 それは少々嘘も混じっていたが、神楽と幸弥の興味を引くには充分だった。
「同じことが起きないとは限らない、って言いたいわけね。それで、どうしてアタシ達にしか知らせないの? 他にも呼ぶように言わなかったわね?」
「神楽は鋭いね。信じられそうだから‥‥いや、半分は単なる好みかな」
 そう微笑みかける。
 残り半分は、この件に一番関わりが薄そうだから、だ。関わりが薄い分、知ってる事も一番少ないだろう。しかし当事者なのは事実。神咲はそう読んだ。
「どうだろう。協力関係を結ばないか? 僕たちは夢魔を倒し、祟りを解きたい。その意志は君たちも同じだと思うんだけど」
 神楽と幸弥は顔を見合わせた。
「のったわ。私の大事な友人達が危険にさらされるのは嫌だもの」
「僕も、できる限りのことはさせてもらいたいと思います」
 より近い場所で動ける手足が手に入った。
 こうして彼らに質問を浴びせた。
 石動は『最近、如彩家で倉を取り壊さなかったか』だが、答えはNO。如彩家は祖父の代にこの地へ移り住んだ。私財を全て放棄し、一からいまの地位を築いたという。
「ハズレかぁ、どこの倉だろう。じゃあ柚子平さんの妹の香華さんの家を教えて?」
 幸弥は丁度午後に会うから紹介すると言った。石動は結婚式で居合わせたので、久々に会って話したいのだと笑って答えた。
 神咲は『類似の不審死に心あたりがないか?』と訪ねたが、答えはNO。『家に伝わる古文書を見せてもらえないか?』という質問には「お父様に伺ってみる」という返事を得た。柚子平について尋ねると、腹違いの兄弟であること意外には詳しく知らないらしい。
 その後、幸弥の手配により香華との面会が実現した。
「香華さんから見て、お兄さんの柚子平さんや虎司馬さんってどんな人?」
「兄様たちは弱音を吐かない強い人達です。決めたことはきちんとやり通す、目標は実現する強さがあります。誰かに出来たなら、自分にも出来るはずだって。私とは大違いです」
「ねえ、お母さんの実家に倉とかはない?」
「ありますよ。先日、壊してしまいましたけど」


 その頃、天霧は山彦に泣きついていた。
 衰弱して目を覚まさない生存者。術視「参」を使ってみて、山彦達は重傷の『悪夢』を煩っていることが判明した。生死の境を彷徨っている。志体持ちですら、一週間は目を覚まさないと言われるものだ。解術の法で何とか解除し、閃癒で癒して目覚めさせた。状況に困惑しているようだった。また術視「参」で天奈の状態について詳細が分からないと言うことは、既知のスキルではないということだ。
 また水波は夢魔の存在を警戒し、術視で変身して紛れ込んでいる者や魅了されている者がいるのではと探ってみたのだが、どうも上手く見つからない。
 働いている者に、紛れていないのか?
「入っても宜しいでしょうか?」
 襖越しの声。
「今月のくず鉄王は?」
「魔槍砲に忙しい」
 ローゼリアの考えた合い言葉を経て、水波が戻ってきた。やはり夜を待つしかない。山彦たち生存者については記憶が混濁しており、様子を見ることになった。
 天霧が立ち上がる。
「どちらにせよ、これ以上の犠牲を出さないよう動き護るだけよ。さっき天奈とも話したの。天奈が魘されているのは多分‥‥山彦君の時のあんな想いはもう嫌だもの。もう誰も死なせたくない、助けたいの。それを害する相手なら」
 容赦はしない。
 やがて日が降りて、完全武装の酒々井も戻ってきた。兄弟の屋敷の傍で待機する。
 夜がくる。

「誰だ!」
「ひぃぃ!」
 咆吼をあげた酒々井が発見したのは、何度も見かけた町の医者だった。
「あんたか。脅かすなよ、一つ言っとくが、病人なら目を覚ましたらしいぜ?」
「その割には意識が混濁していると伺いましてね、安眠の薬は必要でしょう」
「こんな時間にくるなよなー」
 やれやれと扉を開けた先には、何事かと駆けつけたローゼリア。怖がって身を縮めた医者が「おばんです」と頭を垂れる。それを見たローゼリアは、迷うことなく空撃砲を放った。
「げべっ」
「お、おい!」
「本物のお医者様は天霧さんが正面にお送りしましたわ!」
『ヒヒッ』
 ぞっとするような笑い声だ。そこに医者の姿は無く、一匹のネズミが縁の下に潜り込んだ。慌てて身をかがめたが、相手の姿は見えない。
「〜〜あのやろう、小物の癖にバカにしやがって!」
「敵一派の変化能力、どうやら人型や大小関係なさそうですわね」
「感心してる場合か、中に戻れ、標的は俺達じゃない! 一体とは限らないぞ!」

 天奈は幸せな悪夢を見ていた。
 愛する人と二人、懐かしい声が、帰ってこいと名前を呼ぶ。
 でも分かるのだ。それが夢に過ぎないと。
 決してあの人は戻ってこないのだと。

 目を開けた時、天奈は目の前の惨状に愕然とした。
 天霧がいる。ローゼリアがいる。水波も、酒々井もいた。皆、軽い怪我をしている。
「‥‥まだ本気で戦うつもりじゃないんだろう?」
 挑発するような酒々井の言葉。
「その不愉快な格好をやめてもらいたいものね」
 天霧の殺気が篭もった声。
 彼らの視線の先に立つのは、記憶に残る懐かしい姿。
『迎火衆につけた連中を倒してくるとは、開拓者にしては腕利きだな。試した甲斐はあったが、4匹の蠅ごときに直接手を下す気はない。まぁいい、まだ時間はある』
「とく、じ?」
『そう、姿を借りてきた。悲願を叶えたいならば、我が手を取れ。何も食ったり痛いことはしない。かの方に認められし、お前は特別だ。ただ神の祝福をうけて、人の側を離れるだけだ。さぁ天奈』
 差し出された手。まるで砂糖菓子のような誘惑。
「そうはさせるか」
「ほざいていなさい」
「残念ですが、ご退場頂きますわ」
「邪気を払うのが、巫女の役目というものです」
 四人の殺気が、人の姿をしたアヤカシに向かう。


「随分暴れたのですねぇ」
 翌朝、訪れたジークリンデが見たものは、荒れまくった屋敷だった。
「‥‥暴れまくった挙げ句に逃がして悪かったな。収穫は?」
 雑魚に阻まれ逃げられた。
 きっと性懲りもなく天奈を狙ってくる気がする。
 資料を探し続けたジークリンデは、ある文献を探し出してきた。
「持ち出された本物の神器、剣の持ち主が記した文献です。勾玉と違い、どうも『剣の華』と呼ばれた高度な金庫に隠蔽された様子、開ける為の鍵が必要だとか。その鍵を後の天城家が引き継いだようなのですが、ご存じ有りませんか?」
 天奈と和輝は首を傾げた。


 その後、一つの変化が起きた。
 開拓者ギルドに報告されたあと。なにやら身分の高い者達が持ち出し厳禁の禁書を集めて内々で議論され、物々しい文面が告知される。
 末文には、次のように書かれていた。

『開拓者ギルドは、五行の東方にて、今も潜む脅威のアヤカシに関する情報を太古ノ書と共に吟味した結果、かつて冥越を破壊せし【冥越八禍衆】が一騎と断定し、認めたことを此処に発表する。アヤカシの名は『生成姫(ナマナリヒメ)』と定める。従って【朧大瀧】同様に、かのアヤカシを滅した者に多額の報償を与えることを約束する。以下、続報を待て』


 一国を滅亡させた力を持つアヤカシ、冥越八禍衆。
 恐るべきナマナリヒメの存在は、ついに公のものとなった。
 図書館に並ぶ賞金首一覧に、生成姫の名が書かれる日も遠くないのだろう。

 同時期、危険を察知したのか一部に巣くっていたアヤカシ達は瞬く間に姿を消した。
 残されたのは、謎と遺族と空の屋敷。

 新しい時代の流れが始まる。
 今まで数名だけに架されていた重荷を、開拓者ギルドの皆と分かつことになった。

 後ろ盾を得た功績は非常に大きいが、同時に大切なものを無くした。

 暗躍を続けたアヤカシ達の企み、その解明のチャンスを引き替えにして。