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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 今年の夏、陽州で不可解な連続殺人事件が起きた。 犯行は深夜2時過ぎ。目撃証言は無いに等しく、標的は大凡十代後半から四十代前後の修羅。 男も女も見境がない。 志体並に肉体が強靱とされる戦の民を殺して回った者は何者か……と噂になった。 犯人はアヤカシか? 同族か? 志体持ちか? 捕まらない殺人犯に地元が震え上がり始めた頃、開拓者ギルドへ依頼が持ち込まれた。 依頼主は商いの都合上、偶然『殺人の理由』を知っていた。見境がないと思われた犯行にも共通点があった。 被害者の修羅達は、皆がツノとキバを抜き取られていたからだ。 修羅を象徴する身体的特徴。 それが『角』と『牙』である。 そんなものを抜き取ってどうするのだ、と普通ならば思うだろう。 けれど修羅の角と牙は、天儀では別の意味を持っていた。 修羅の角や牙は美しい簪、指輪、カメオのブローチ、印鑑などは古くから加工されて『鬼牙』の商品名で闇市場に流通していたというのだ。 陽州との国交が再開されるまで、修羅は存在しない種族とされていた。 稀に隠れ里を出た修羅は、その角ゆえに鬼アヤカシと混同され、時に討伐された。 しかしアヤカシでない彼らには肉の体がある。 修羅伝説は闇市場で独り歩きし、ある時に業者が修羅の角を刈り取って研磨し、希少価値の高い宝として扱った。 例えば絶滅した生物の骨格や標本は、特殊な趣味の人間たちに好まれる。 同じことが修羅の角や牙にも起こった。 希少価値がつけられた鬼牙は、多くが印鑑に活用され、より美しい光沢のものは宝飾品として利用された。 しかし和議の成立と国交再開による修羅の受け入れに伴い、修羅が実在の人であると認知され始めた後、これら鬼牙で商いを行っていた者達が会合をひらいた。非人道的という結論に達し、鬼牙の存在を人知れず封印することに決めた。 同じ人間の遺骨を宝飾品に変えた。 忌まわしい事実は……歴史の闇に葬られねばならない。 静かに淡々と、各業界は鬼牙の取り扱いを厳しく取り締まった。組合が問答無用で回収し、慰霊碑を建てて多くの遺骨を祀る。異例の速さで市場からの駆逐が進み、鬼牙に代わる高額素材がもてはやされるようになった。 輸入される象牙である。 そして。 新たな問題が浮上した。 今度は象牙の代用品……すなわち『まがい物』として鬼牙が再流通を始めたのだ。 ある程度の大きさまで加工してしまうと、熟練の鑑定士でもなければ象牙と鬼牙の判別は難しい。けれど鑑定業者は、ここ数ヶ月で『鬼牙』を見ることが圧倒的に増えたと話す。異様な流通量からして、鬼牙がどこかで組織的に狩られているのでは、という推測が立てられた。 そして陽州の連続殺人事件が表沙汰になり、被害者の特徴を聞いて『陽州で修羅が狩られているのだろう』と結論された。 依頼を受けた開拓者は、修羅を組織的に狩っていた者達を捕縛した。 工房の中から発見された梱包材は、研磨された鬼牙で作られており、それらは天儀へ発送される直前だった事が判明した。天儀の何者かが、陽州へ鬼牙の調達を依頼している。 この事実を悟った後、彼らは売買組織を摘発する為に物証を送りつけて息を潜めることにした。 +++ なにしろ中身は梱包材に姿を変えた鬼牙と、調査をかいくぐる為に用意された貴金属や割れやすい工芸品だ。誰もが納められている目立った品を調べこそすれど、梱包材など気にも留めない。何事もなかったかのように出荷された鬼牙の荷は、最低限の関所のみを通り、非常に遠回りをして天儀本島の石鏡国へ渡った。 「で、やっと陽天についたという訳です。治安の良い地域とは言えないのですが」 「後は荷が本拠地についたら襲撃すればいい訳ですね!」 「いえ」 調査書類を持つ受付の顔が曇る。 「このまま現場押さえると……国際問題になってしまうんです」 今回の事件は、国境を跨いだ凄惨な連続殺人事件である。 石鏡国のある組織が、陽州の修羅を殺して宝飾品に造り替え、大金に換えていた……等という話が表沙汰になれば各所への影響が計り知れない。 まず天儀の中でも比較的平和という石鏡国の印象が損なわれる。 次に宝飾品や印鑑を作る同業者は風評被害を被るだろう。 さらに震え上がっていた陽州の修羅が人に不信感と猜疑心を抱く結果に成り、石鏡国への修羅の往来が減り、観光面での打撃は避けられない。 犯人達を縛り首にしたとしても、やがて遺族達は犯罪組織を野放しにしていた国への責任を追及しはじめ、多額の賠償が重くのしかかり状況を大きく変えるだろう。 石鏡国と陽州の関係を、悪化させるわけにはいかない。 「ど、どうするんですか」 荷はもうじき本拠地に届く。 このままでは鬼牙のみが届いて連中の望み通りだ。 「それでなんですけどね。皆さん、相棒いらっしゃいますよね」 「急に何か」 「申し訳ないんですが羽妖精とか人妖さん、どなたか一人、盗まれてくれませんか?」 話がみえない。 「つまり希少価値の高い小型相棒が窃盗された事にするんです」 「何故そんな猿芝居を」 「密かに荷の中身を入れ替え、皆さんは『窃盗を調査していた開拓者と被害者』になって、問題の組織を窃盗と不正売買の罪で摘発します。これならあの近辺では良くある話で、地元や国外の注目を集めにくい。無論現行犯で押さえても『身に覚えがない』と言い張るはずですが、容疑が晴れるまで商いを停止させられるので、捜査の為に道具や品物を一時的に全回収します」 「あ、そうか」 なんとなく狙いが見えてきた。 「後に容疑は晴れて誤認逮捕だったとしますが、釈放直前に鑑定士に頼んで鬼牙を判定してもらい『象牙の偽造販売』と『組織的な詐欺容疑』で再逮捕を行うわけです」 人の好奇心は長く持たない。 大衆や瓦版屋の興味が薄れたところで、本当の罪を内々に追求する。 非人道的な行いをした組織を潰し、多額の賠償金を支払わせる。 発見された鬼牙は陽州側に影で返却し、連続殺人事件は狩りを楽しむ変質者の仕業として一般に開示を行う。 鬼牙は変質者宅で発見された事にされる。 石鏡国側は組織を潰した賠償金を真っ当な金に洗浄し、福祉を行う団体からの寄付金として陽州側に提供を行い……陽州はその金で慰霊碑を建立し、被害者の遺骨は纏めて弔う。遺族への生活支援も行われるだろう。 それが…… 国際問題をさける為の筋書きだった。 「百回殺しても足りない相手なのに歯がゆいことだな」 「他に良案があればよかったのですけどね。政治問題で死刑までは難しいんですが、鬼牙の回収量が多ければ多いほど刑期はガッツリいけますから、皆さんの腕の見せ所ってことで」 「じゃ、まずは仕込みからでしょうか」 裏工作は面倒くさい。 |
■参加者一覧
柚乃(ia0638)
17歳・女・巫
露草(ia1350)
17歳・女・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
刃兼(ib7876)
18歳・男・サ
刃香冶 竜胆(ib8245)
20歳・女・サ
銀鏡(ic0007)
28歳・男・巫
リドワーン(ic0545)
42歳・男・弓 |
■リプレイ本文 「ただ捕まえて鬼牙を差し押さえればいいという訳にはいかんか」 精霊門で石鏡国へ入国した蓮 蒼馬(ib5707)は、飛行場の定期船へ向かう道中で呟いた。 「国の面子というのも面倒なものだな」 首都から国境沿いの陽天までは随分な距離がある。 ジークリンデ(ib0258)は柳眉を顰めた。 人の強欲さは何度も見た。 どんなに救っても惑わされ、簡単に路を踏み外す姿に嘆き、憤り、悟るようになったのも随分前の話だが……、いくら国の都合でも限りのない欲望の犠牲者達が些か報われない様に思う。 「人の慾とは限りのないもの。その慾の犠牲になった方々のことを思えば……甚だ寛容な措置と言わざるを得ません」 煙管を手の中で遊ばせる銀鏡(ic0007)は「今回は、儂もちぃとお怒りじゃ」と告げた。 国の意向に反する訳にはいかないし、殺生は極力避けるつもりではあるが『取り逃がすくらいなら腕一本ぐらい燃やしてもかまわんよな』と考えてしまう。 「まあ綺麗事だけでは世の中はまわらない」 リドワーン(ic0545)は忍犬サラーサを連れて淡々と前を行く。 「グレーゾーンということだ」 『国際問題に配慮するとは、面倒なことだな』 リドワーンは平和な石鏡の町並みを遠巻きに眺めた。どんなに穏和な街でも、国家間の争いが起これば、悲劇と同時に戦争利益が発生する。開拓者はその狭間で食い扶持を得ていることも少なくない。 時に国は利益の為に戦を起こす。 今回のケースは、戦による利益より現状維持の方が利率が高いと判断したのだろう。 蓮は「違いない」と肩を竦めた。 「ま、俺達は依頼された事を果たすまでだ。修羅を食い物にする奴らを許しておけん事には変わりないからな」 銀鏡は「どちらせよ、放ってはおけぬからのぉ」と言って移動船に乗り込む。 刃香冶 竜胆(ib8245)は冴え冴えと輝く銀の月を見上げた。 研磨された鬼牙の輝きに似ている。 「小生達にできる事と言えば……根源を潰すこと、鬼牙を回収すること、そして無事にあるべき場所に還れるよう、祈っておくくらいでありんしょう」 「ではせめて弔う為に取り戻しましょう。全てを」 ジークリンデの言葉に銀鏡達は頷いた。 「必ず……ん?」 蓮が周囲を見回した。 一人足りない。刃兼(ib7876)がいなかった。 「都に置いてきたか?」 「そんなわけないでありんしょう。一日遅れて陽天入りするそうでありんす」 刃香冶がひらひら手を振った。刃兼は一人、陽州に向かった。何の為かというと工房の発送記録や失踪者名簿から被害者の人数に大凡のアタリをつけることだった。既にかなりの数が売り払われているであろうし、正確な把握は不可能でも、回収量に目星をつけておけば捜索で役立つからだ。 太陽が昇る頃に陽天についた銀鏡達は二手に分かれた。 現地調査班と仕込み班だ。 目立った装備を全て宿に置いて、着物の袂に天妖衣通姫を隠した露草(ia1350)と蓮、銀鏡は日雇いで運送業者に潜入する。 作務衣姿に着替えた蓮は、驚くほど馴染んでいた。 きっと農家暮らしが長いからだろう。 「さぁビシバシ働いてくれよ、日雇いと言えども給金分は働いて貰う」 雇い主の飛ばすヤジを適当にあしらいつつ、蓮は荷の置かれる場所や休憩所を観察した。人の流れや位置を把握しておかなければ入れ替えなど出来ないし、日の高い内に鬼牙の荷を探しておかねばならない。 だが、運送業者に保管された物量は尋常ではなかった。 ナマモノ……つまり生物や食品の類がいち早く配送される為、期限を問わない荷は後回しにされがちだ。鬼牙の荷を探し出すのは尋常ではなく、二日目には陽州を経由して陽天入りした刃兼も日雇いに加わった。 銀鏡が詳しい位置を古株から探る。 「これ程盛況とはの……儂も日雇いじゃなく、此処で働きたいものじゃ」 名も知らぬ老いた作業員が「マジか。きついぞ」と声を発した。 「少なくとも食うに困らんじゃろう。とりあえず中の配置を詳しく覚えて置いて損はなかろう、どうじゃろう、長く仕事をしているのじゃろ、教えてくれんかの」 銀鏡の聞き込み結果は仲間で共有され、刃兼たちは連日仕事をしながら宛名に目を配った。 一方。 「随分と立派な建物でありんすね」 市女笠で角を隠した刃香冶は屋敷の周囲をぐるりと歩いて回った。随分羽振りがよいのだろう。客を見送る店員の身なりも立派だ。刃香冶は直接乗り込む……のではなく、周囲の店舗に話を聞くことに決めたが、さて何を聞くべきか。 『……流石に鬼牙の事は存じないでありんしょうし』 同時刻。 偵察を担う柚乃(ia0638)は又鬼犬の白房を外に待機させ、自身はラ・オブリ・アビスで姿を変化させて店舗から侵入をした。とはいえ子鼠の容姿をかりるのは体格的に無理があった。何分、宝飾品の店は外聞を気にする。店舗から奥へ進もうとしたところで従業員に追い回され、馬小屋から外へ追い出されてしまった。 『バレなかっただけ御の字、かな』 ふー、と額の汗を拭った。 同じくリドワーンも屋敷の偵察に来ていたが、物陰に隠れて忍犬サラーサをときはなった。腹を空かせた人なつっこい哀れな野犬を演じさせ、匂いを覚えてこさせる為だ。 そしてジークリンデは調査対象店舗に隣接する料亭で長閑な食事を楽しんでいた。 とはいえ遊んでいる訳ではない。 長閑な休暇を楽しむ風を装い、屋敷を伺う。 「窓のない壁に高い塀。さすがに五メートルの蔵ともなると二階からの観察は困難ですわね。昼間からムニンを動かすのは怪しまれますし、精々早耳か店舗の出入りを……あら?」 玉狐天をしまうジークリンデは、塀に隣接する樹木にシノビがいるのを見つけた。 目を凝らすと装備品が見えた。 「忍面影鬼、忍装束、鎧無し、理穴の足袋かしら。クナイは支給品で見たものですけれど忍刀は要警戒、天狗礫は飛距離的に頂けませんわね。戦域が空でないだけマシですか」 割り箸の包み紙に、黒檀のペンで書いていく。 長く開拓業をやっていると他職の装備も分かるようになるのは一種の職業病かも知れない。少なくとも技量の程度は目安を付けられるので裏門から入る仲間の役には立つだろう。 ジークリンデはお茶の追加を頼んで、再び窓の外に目を凝らした。 三日目。 日が落ち始めた頃、運送業者では騒ぎが起こっていた。 年末が近いからか最近は荷が多く、作業中の事故は勿論、過酷労働に音を上げる者は多かった。どこからか始まったヤジに紛れ、蓮が騒ぎを大きくしていく。 「おい、こんなに働かされたんじゃ聞いてた賃金じゃ足りん。もう少し色をつけてもらわんとな。俺はこいつの言い分を認めるべきだと思う! みんなもそうだろう!?」 「おお! やってられるかぁ!」 「上役をだせー!」 等という話になる度に作業が止まる。 しかし騒ぎが起きたからと言って倉庫が無人になる訳ではない。 まったく騒ぎに興味なく働く者達の目をかいくぐる為、刃兼は「乱闘だ! 怪我人もいるらしい、止めにいこう!」と人を募り、どうしても動かない人物には銀鏡が歩み寄り「すまん。入ったばっかりで厠に行きたいのじゃが……此処は、どこじゃろう? ついでに煙草が吸える場所に案内してくれんものかの。暫く吸ってないじゃ、集中力がもたん」等と話しかけ、持ち場から強制的に引き剥がす。 そして人影が消えた。 露草が動く。 見覚えのある荷物の蓋を開けて、抱きしめていた天妖と荷を入れ替えた。 「足を折り曲げないと入れないの〜」 「いつきちゃん、頑張ってください。必ず行きますから、成し遂げますから、待っていて下さいね……約束です」 鬼牙をかき分け、天妖が分からないように埋める。 露草達は速やかに撤収。 そして翌日には日銭を貰って業者を後にした。 後は荷が運び込まれるのをじっと待った。 運び込まれた日の夕暮れ。 ジークリンデは玉狐天ムニンの狐の早耳で、何処に何人ほど居るのか調べた。 「こんな感じですわね。皆様地図を。予定通り捕縛を先にしましょう。同時作業は集中力を削ぎ、取り逃がす恐れもあります。それに遺骨は自力で逃げません」 柚乃も「ええ、失敗するわけにはいきません」と拳を握る。 『かの輩を野放しにしておく限り、事件は……悲劇は終息しない。必ず裁きを……っ!』 露草は不自然な包みや箱だけでなく、池底や床の軋みなども忘れないように確認することを進言した。 蓮が屋敷の壁を見上げる。 「例え飼い葉の中や厠の中であろうと、修羅の無念を思うと手を抜いてられんからな。地道にやるさ。俺は裏口の外にいる。何かあれば呼んでくれ。絶影、逃亡者が出たらすぐに知らせろ」 上級迅鷹絶影が上空に飛び、敷地の真上を旋回する。刃香冶も上空の監視に空龍祷諷を解き放った。銀鏡も炎龍ほむらを上空監視に回す。人数的な問題で大量に取り逃がす可能性がなきにしもあらずだ。 リドワーンが馬を縛り付け、柚乃は刃香冶と馬小屋で待機だ。馬を眠らせても、人が来る場合もある。その時はアムルリープで眠らせなければならない。 「では、いこうか」 正面から堂々たる刃兼や銀鏡、リドワーンが店内に入って令状を読み上げた。 突然の事に、一同は目が点になる。 「なん、ですと」 「公式の捜査、だ」 刃兼が、ぴらりと令状をちらつかせた。 「只今をもって、この店と屋敷、蔵にある物品の持ち出しや帳簿を持つことを禁じる。疑いが晴れるまでは営業停止だ。……開拓者の相棒に手を出すとは、ちと冒険が過ぎたな?」 令状を手に持った店主がワナワナと震え出す。 「何かの間違いだ! 相棒なんぞ盗んでない! 信じてくれ」 「問答無用。神妙にお縄につけ! 逃亡は暗黙の肯定と見なす!」 苛烈な剣気に販売員達はすくみ上がった。 共に店内に入った銀鏡は会計の帳簿を次々に押収していく。 「……これは、結構重要じゃとな。二重帳簿や不可解な商品取引をしていないか調べさせて貰うぞ。相棒はさぞ高値で売れたじゃろうからな。残りはどこにあるのか教えて貰おうかの」 「ま、待ってくれ!」 「待たぬ」 「そんな事をした覚えはない!」 「そうか? はい売買に関わりましたと素直に認める者の方が希有じゃろう。犯罪者は身に覚えがないと言い張るものじゃろ? 調査が済むまで大人しくしておれよ」 刃兼が荒縄で店員を縛り上げていく。 「さて、奥を調べるか」 「俺は外で監視する。中を任せた」 「手分けじゃな」 話し合う三人に店主は食い下がった。 「ここは精霊の加護多き石鏡国だぞ! 相棒なんか窃盗するわけないだろう! そんなすぐに足の付きそうなバカな犯罪を我々がすると!? 何かの間違いだ!」 足が付かなければ何をしてもいいのか? と、言い返したくなる衝動を押さえた刃兼は店主を振り返る。 「俺達は情報を元に捜査に来た。裁くかどうかは国が決める。相棒の窃盗があくまで潔白だと言い張るなら、下手に騒がずお上の沙汰を待った方が罪を重くせず済むと思うぞ」 そう言い残して蔵へ入った。 上空待機させていた炎龍ほむらで正面玄関入り口を肉壁で封鎖すると、銀鏡も後に続く。 「さて、がんがん進もうかの。時間との勝負じゃ」 途中で向かってきた工房の人間などの視線から、隠し場所に辺りをつけていく必要がある。思わず目で追う場所や、意図的に避けようとした場所が怪しいからだ。 店舗や蔵の人間は寝耳に水の令状に驚くばかりだったが、屋敷や工房の人間はやましいことをしていたという意識があるのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。 当然、店舗が押さえられたと知った者の数名が馬小屋に姿を現したが、見張っていた刃香冶たちに取り押さえられた。刃香冶は「手早く終わらせんしょう」と預かった荒縄で縛り、猿轡を噛ませる。 ごろつき紛いは兎も角シノビが一番厄介だ。裏門から押し掛けた露草は呪縛符で行動に制限をかけ、蓮たちがシノビを一撃でねじ伏せている間に手持ちの短刀やクナイを全て没収し錆壊符で破壊した。 「あああ! 俺の相棒が!」 「稀少相棒密売調査の邪魔をされては困りますので念のためです」 「そこまでする必要あんのかよぉぉぉ! 誤解だったらどうしてくれるんだ!」 「その時はギルドに掛け合ってください」 にべもない。 「大人しくしていた方が痛みは少ないぞ」 呼ばれた蓮が荒縄でギリギリと相手を締め上げる。といってもジークリンデが調べた人数からして縄が足りなそうなので手足を縛った後は、転がして放置だ。先に全員の確保が済むまで捜索は始められない。 「来ましたわね」 ジークリンデは、騒ぎを聞きつけて現れた者達をアムルリープで眠らせ続けた。強烈な睡魔に抵抗できる者はいない。 「順番に縛った後は他も制圧しますか?」 「もう少し待ちましょう。正面が押さえられたと知れば、じきに逃げ出すはずです」 その頃、木陰に隠れていたリドワーンは忍犬が異様に吠えるのを聞きつけていた。到底人が通れるとは思えない小さな窓から、割烹着姿の少女が這い出たところだ。 「何をしている」 両手に白い粉をつけた少女は「あ」と声を上げてリドワーンを凝視した。 『工房の人間か』 「そこの女に告ぐ。この建物は犯罪の隠れ蓑として使われていた疑いがあり、全員の捕縛を命じられている。大人しく投降しなければ容赦なく射抜くぞ」 きりきりきり、と矢をひく。 「あ、ぁ、あ、わたし、ただ……い、いわ、いわれて……磨いて、それだけで」 『……鬼牙と分かってて研磨していた類だな。証人になるか』 「両手をあげて地に伏せろ。抵抗すれば命はないと思え」 がっくりと膝を折った娘をリドワーンが縛り上げた。 捕縛があらかた済んだところで、リドワーンも屋敷に入った。 「見張り抜きで全員が捜索にあたって、万が一があると困る。俺はここで連中を見張ろう。サラーサを探索に貸す。池の中を調べさせよう。それと最低限ここを調べておいてくれ」 リドワーンは『地下室、隠し部屋、天井裏、植え込み、ごみ溜め、他の商品の中、井戸、厠』と書き記したメモを蓮達に託した。 工房にあった目立った在庫を押収した後、圧倒的に数が足りないと訴えた刃兼が天井を見上げた。 「キクイチ、押入から屋根裏にあがって調べてきてくれるか」 するりと天版の隙間から上へあがる。 やがて。 仙猫キクイチの助けで屋根裏に吊されていた荷を見つけた。 刃兼は双眸を細めた。 『…………こうなるともう、顔も何も分からない、か』 修羅が認知されて僅か数年。 かつては和やかな場所で生きていたはずの同胞たち。 人として認められなかった暗い歴史が生んだ人生の終着点が、何故こんな形でなければいけなかったのか。 『故郷に帰るのはもうしばらく辛抱してくれな』 必ず帰すから。 リドワーン達が危惧した通り、池の底にもお守り付の在庫が沈んでいた。 露草の人魂は家屋の隅まで飛んでいく。 「隠し部屋とかはお約束でしたね。……さて、と。後任せて仕上げ行きますね」 一通り探索を終え、調査の名の下で差し押さえ物件を箱に詰めて並べた後、露草は『盗難された天妖』改め衣通姫を迎えに行った。本命を探し出す為の時間を稼ぐ為、天妖の回収は必然的に最期とされた。 見覚えのある箱を探し、蓋を外す。 そして「証拠物件を確保しましたあああ!」と大声で叫ぶと、遠くから「ありえない!」とか「濡れ衣だ!」等と喚く声が聞こえてきた。 正しく濡れ衣ではあるが、それ以上の悪行を彼らは行った。 露草は蒼い顔の天妖を抱きしめて「頑張ったね」と小声で褒めた。 「……狭いし、寒いし、お腹空くし、この梱包材のまるいの全部……誰かの骨だし」 露草は我に返った。 衣通姫が押し込められていた場所は、誰かは判別すら出来ない修羅の遺骨の山だった。 「これも……全部持っていきましょうね」 一粒残さず、遙かな故郷へ。 徹底した押収が行われた後、相棒密売は予定通り何者かの策略とされた。 だが鬼牙の発覚を提示した後、それらを買った者の追跡調査や残る在庫の回収を開拓者達は頼まれた。 必要になったのは影の帳簿。 柚乃は「今の内に全部吐いてください。でないと地獄のくすぐり刑です」と言った。 元店主達は笑い出した。 「くすぐり刑ぇ? それがどうしたと言うのやら」 容赦しませんよ、と言う柚乃の隣に、ジークリンデが立つ。 「あら。くすぐり刑以外をお求めでしたら、わたくし達の拷問をお受けになりますか?」 「拷問だと? そんな横暴が通るか、暴力的な違法捜査に責任問題と……」 氷の冷笑を浮かべたジークリンデ。 男にフッと息を吐きかける。 「ええですから。拷問後は責任をとって最高峰の治癒術を施します。わたくし回復術には自信がございますの。例え……歯が折れ、肋骨を砕き、臓物が破裂して、手足を逆に折り曲げて肉を引きちぎっても、完璧に修理する事を保証いたしますわ。……何百回でも」 柔和な微笑みが戦慄を運んだ。 かき集められた鬼牙は陽州へ返却された。 国家を跨いだ犯罪で。 様々な利害が絡んだが故に、本来あるべき……望ましい形の終結ではなかったけれど。 それでも。 名も姿も分からぬ哀れな犠牲者達は、慰霊碑の中で安息の眠りについた。 |