【鬼牙】陽州の修羅狩り
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/07/24 19:50



■オープニング本文

 無明の闇が横たわる蒸し暑い夜だった。
 家々から明かりが消え、修羅たちの多くが眠りにつく。
 昼間は活気で満ちた海沿いの商店街も、火が消えたように静かになる。
 幽霊の街と旅人が揶揄するような静寂の大通りを、彼女は走っていた。
 はぁ、
 はぁ、
 はぁ、
 荒い呼吸。傷む肺。破裂寸前の心臓を抱えて走り続けた。
 くる。
 奴らが来る。
 逃げ切ろうとしている間に見知らぬ通りに出た。
 普段、人は大抵なれた道を歩く。何十年も暮らした地元民ですら、全ての地理を把握していることは難しい。覚えのない通路を走る女性は、もはや正常な判断力を失っていた。失っていたが、足を止める訳にはいかなかった。
「……あ!」
 飛び出してきた黒猫に躓いて地べたに転んだ。
 舌を噛んだ。口の中に広がる鉄錆の味。すりむいた手足から血が滲む。
『痛い。痛いイタイいたい痛いいたいイタイ痛い!』
 恐怖と痛みで涙がこぼれた。
 刹那。
 目の前には一組の下駄があった。誰かの、男の足だ。
 呼吸を忘れて足を辿ると、月を背負った不気味な人影が見下ろしていた。
 表情はわからない。
 けれど真っ赤な口だけが三日月のように歪んだ。
「……ばぁ」
 笑っていた。恐怖に震える顔を見て、嗤っていた。
 ぎらりと光るのは、青白い刀。
「手間をとらせやがって」
 もう一人の声がした。次々と黒い影が現れる。五人の人影に取り囲まれた。
「へぇ、上玉じゃないか」
「よかったなぁ? あんたは永遠の宝になる」
「手早く済ませよう。週末の便までにあと何本か集めないと」
 首筋に重い衝撃。
 彼女の意識は、そこで途絶えた。



 最近、修羅達が暮らす陽州で、不可解な連続殺人事件が起きている。
 犯行は深夜2時過ぎ。よって目撃証言は無いに等しい。標的となっているのは、大凡十代後半から四十代前後と幅広い。男も女も見境なく襲われているが、いずれも修羅である。修羅というのは総じて志体並に肉体が強靱であり、戦の民と呼称されるほどに身体能力が高い。そんな彼らを殺せるのは一般的に考えてアヤカシか同族か志体持ちしかいない。
「一昨日の被害者、新婚のお姉さんだったってね。かわいそうに」
「犯人をつかまえろ……って事で良いのかな」
 生存者はおらず目撃例もないまま、影も形もわからない相手を捕まえるのは、熟練者でも至難の業だ。
 ところが依頼主の修羅は、渋い顔をした。
「物事はそう単純ではありません」
「というと」
「まず先に、これを見ていただきたい」
 依頼主に懐から白い絹の包みを取り出した。
 ころりと出てきたのは艶やかな宝飾品の数々だ。失礼、と開拓者が手を伸ばした。
 白い宝石のついた金や銀の細工が美しい指輪。女性の横顔が彫られたカメオのブローチ。何の変哲もない印鑑も混ざっていた。もしや殺人事件の犠牲になった被害者の遺品を、家族に届ける仕事も含めてだろうか……と勝手な想像を巡らせていると、依頼主が「如何ですか」と感想を問うてきた。
「美しい品々ですが、これはもしや被害者のものではないでしょうか」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます」
 要領をえない返事だ。
 依頼主は深い溜息を零す。
「殺人事件の被害者には、共通して奪われているものがあるのです。それが角と牙です。その場に血痕がないことから一度何処かに浚われて、殺されてから夜明けまでに遺棄されるのでしょう。そしてこれらの宝飾品は……修羅の角や牙から削り出された『禁じられた宝』です」

 うっかり手から落としそうになった。
 美しい宝飾品や印鑑の数々が、元々全て修羅の角や牙だというのか?

「皆様は『鬼牙』というものをご存じでしょうか」
「……いえ」
 依頼主は披露した印鑑や指輪を綺麗に包んでいく。
「私もつい最近、天儀本島との商いを初めてから知った事なのですが……これら修羅の角や牙を加工した商品は『鬼牙』の名で極一部の富豪やコレクターに高額流通していたのだそうです。最近まで、修羅は認知されておりませんでしたからな」

 国交が再開されるまで、修羅は存在しない種族とされていた。
 稀に隠れ里を出た修羅は、その角ゆえに鬼アヤカシと混同され、時に討伐された。
 しかしアヤカシでない彼らには肉の体がある。
 修羅伝説は闇市場で独り歩きし、ある時に業者が修羅の角を刈り取って研磨し、希少価値の高い宝として扱った。
 例えば絶滅した生物の骨格や標本は、特殊な趣味の人間たちに好まれる。
 同じことが修羅の角や牙にも起こった。
 希少価値がつけられた鬼牙は、多くが印鑑に活用され、より美しい光沢のものは宝飾品として利用された。
 しかし和議の成立と国交再開による修羅の受け入れに伴い、修羅が実在の人であると認知され始めた後、これら鬼牙で商いを行っていた者達が会合をひらいた。非人道的という結論に達し、鬼牙の存在を人知れず封印することに決めた。
 同じ人間の遺骨を宝飾品に変えた。
 忌まわしい事実は……歴史の闇に葬られねばならない。
 静かに淡々と、各業界は鬼牙の取り扱いを厳しく取り締まった。組合が問答無用で回収し、慰霊碑を建てて多くの遺骨を祀った。異例の速さで市場からの駆逐が進み、鬼牙に代わる高額素材がもてはやされるようになった。
 輸入される象牙である。
 そして新たな問題が浮上した。
「多くの修羅が偏見から解き放たれ、外の世界を自由に歩けるようになりました。しかし今度は、鬼牙が象牙のまがい物として扱われるようになった様だ……というのが天儀の友人業者の話でした。ある程度の大きさに加工されてしまうと熟練の鑑定士でもなければ見分けることは難しい」
「……つまり、象牙の代わりに修羅が殺されて角や牙を抜かれていると?」
 依頼主は頷いた。
「おそらく。被害者はいずれも角が立派で多い方ばかり。鬼牙を象牙の模造品として天儀市場に流すには、相応の設備やコネクションが必要です。組織的な狩りと考えた方がいい。ですから根絶の為に……皆様の知恵と力をお借りしたい」
 人を殺して金に換える。
 そんな悪しき組織は根絶されなければならない。

「お任せください」

 まずは陽州の連続殺人から辿らなければ。


■参加者一覧
柚乃(ia0638
17歳・女・巫
露草(ia1350
17歳・女・陰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
蓮 蒼馬(ib5707
30歳・男・泰
刃兼(ib7876
18歳・男・サ
刃香冶 竜胆(ib8245
20歳・女・サ
銀鏡(ic0007
28歳・男・巫
リドワーン(ic0545
42歳・男・弓


■リプレイ本文

 依頼人が去った後、露草(ia1350)が表情を歪める。
「……酷い話です」
 蓮 蒼馬(ib5707)が肩を竦める。
「金の為に人を殺める輩か。そんな連中は五万と見てきたが……気をつけんとな」
「でも、まさかとは思うけれど……角や牙の質を見定められるのはもしかして」
 露草の懸念は皆も抱いていた。
 ジークリンデ(ib0258)が「陽州は修羅の住む国ですもの」と声を投げる。
 土地の特殊性が、皆の脳裏に嫌な想像をさせていた。
「他の儀の者が多く訪れる観光地になってきているとはいえ、余所者は目立つように思いますし、狙われるのは旅行客。鬼牙を求めるのは天儀人として、汚れ仕事を行うのは誰でしょう? と考えた場合……この事件には、事件の起きた地に住まう修羅方々が一枚噛んでいると捉えるのが妥当でしょうか」
『世界は残酷かも知れませんわね』
 柚乃(ia0638)も『唯一の共通点は、旅行客……ですか』と思考を巡らせる。
「狙いが的確すぎる気も……単なる行きずりの犯行? それとも計画的な犯行? 例えば、事前にそれとなく接触し目星をつけ、一人になるよう仕向けたり?」
 天井を仰ぎつつ『実行犯の他にも協力者がいる?』と確信を強めていた。
 リドワーン(ic0545)は「まだ決まった訳じゃないが」と社交辞令のように前置きしつつも「少なくとも狩りの実行犯には土地勘があるようだな」と口にした。
「他国の志体持ちの人間か、もしくは陽州に住む修羅か。調べてみないことには分からないが、大掛かりな組織ならば鬼牙を加工する為の隠れ家や作業場はあって然るべきだし、角を持つ修羅の情報も流されることも不思議ではないだろう」
 人が人を狩る。
 その事をリドワーンは不思議には思わなかった。
『倫理観が欠如している者はザラにいるからな。一般的な常識が誰にも当てはまるわけじゃない……生きるため、金のため、人の命を奪う。俺達とて同じ事だ』
 銀鏡(ic0007)は己の黒い角を指先で撫でた。
「角、のぉ……これがそんなに良い物かの」
 白い角を持つ刃兼(ib7876)は険しい表情で物思いに耽った。
『鬼牙、か。もしも親族の誰かが襲われたらと思うと……ぞっとしない想像だ。好き勝手やってる連中の尻尾、どうにか掴まないと、だな』
 刃香冶 竜胆(ib8245)は「小生は囮になりんす」と言った。変装の為に、旅姿を取り、手には仕込杖を持つという。銀鏡も囮役を宣言した。
「夜まではぶらりと観光でもしておくさ……ほら、どこから見られておるか分からんしの」
「一理ありんすね」
「もしも共に捕まった場合じゃが、縄程度の拘束は火種で焼き切れると思う。多少熱いのは、我慢じゃの。出来るだけ、当てぬようにはするが……。それと武装はせぬ方がええかのぉ」
 刃兼が首をひねる。
「あとは追跡組を分けないと、か」
「俺は竜胆の方につこう。竜胆、追跡用のこれを」
 蓮は香水瓶を渡した。班を分けて一同は陽州へ旅立つ準備を始めた。


 刃香冶と銀鏡は依頼主の計らいで向き合う旅館に宿を取った。仲間達もそう離れていない場所に部屋をあてがわれている。窓が大通りに向いており、概ね似たような高さにある。
 窓を開けてひらりと手を振ると、お互いを知る事ができた。
 皆が調査に出かけている間、刃香冶は夜景が綺麗な場所を探し、銀鏡は観光名所を探してぷらぷら出歩く事になっていた。
 夜までは情報収集である。

 ジークリンデは純粋な観光客として通りを歩いて回りつつ、店主と話し込んで顔を覚えていく。

 旅行客に接触してくる人を気にかけようと思っていた柚乃は、客引きの数に呆気にとられて、もう一つの調査を行うことにした。いずれ時の蜃気楼を使用する場合に備えて、襲撃事件の起こった現場と大凡の時間を知ろうと試みた。しかし血痕の量や様々な要因からして、別の場所で殺されている事と遺棄までに時間がある為、正確な時間を引き絞ることは至難である。朝まで誰にも見られていないという事が、更に調査を難しくさせていた。

 一人で遺体安置所にきた蓮は遺体の発見報告書を見せて貰っていた。遺体は殆ど遺族に引き渡されていたからだ。
 極一部を除いて。
「直接の死因は様々だな。打撲の痕からしても相当な武器の種類だが」
 傷口から使用武器を類推できれば僥倖と思っていたが、難しいかも知れない。
「角を切り落としたと思われる道具は……ん? すまない、こちらの袋は?」
「別の猟奇的な事件のご遺体です。ご遺族が分からないので、こちらで安置を。体の記録を取ったら荼毘にふして遺品と遺骨を保存した後、寺などに安置する予定になっています」
 蓮は、ふと気になって氷をどけて袋を開けた。
 その遺体には首がなかった。同じように首のない遺体は二つあった。

 商人として現地入りしたリドワーンは仲間との接触をさけ、店舗や馬や台車の確認しながら、新しく店を構えられそうな場所を探した。しかし夏真っ盛りで観光客の多い浜沿いは年に一度の稼ぎ時。条件に適する空き物件は大通りになく、大抵は無駄話をして終わってしまう。
 素行の悪い現地民を捜そうにも、観光客がすし詰めの如く多い場所では小競り合いが耐えない。
 羽振りの良い観光客を必死にさばく商店街では、細かい事は耳に入っていない様子だ。
 というより口外禁止令でも敷かれているのかと錯覚する程度に口が堅い。流れの商売人に妙な噂を吹聴されることを恐れているのだろう。
『夜は出歩かない方がいい、か。店の主達には連続殺人の話が流れていると見えるが、修羅だけが襲われている事について知っているかは疑わしいな』
 犠牲者が何故、一人で深夜に出歩いたのか。犠牲者が共通して立ち寄った場所はどこか。
 気になる事は多いが、調べるのは至難。
 結局、宿に戻る途中で……大通りでは目立った不審人物はかからなかった。
 囮の一人、銀鏡が居座る予定の居酒屋に先に入り、同じような行商人に酒をおごりながら「ここらで上手い話はないか」と尋ねる。酔いの回った行商人は「時々、多額の報酬で運び屋の仕事を頼まれるのがいるらしいぜ」と話していた。


 蒸し暑い夜だ。
 宿と居酒屋にポツポツと灯りがついているだけで、出歩く者の姿はない。刃香冶がふらりと宿の玄関を出ていこうとすると、帳場から女将が出てきて止めた。女の一人歩きは危ないよ、という言葉の揶揄する事はひとつだ。刃香冶は「心配ありんせん」と笑う。
 一方の銀鏡は、のんでのんで呑みまくったとばかりに千鳥足で酒場から外へ出た。因みに殆ど呑んでいない。ぷぅん、と香る酒の匂いは酒を染みこませた布を持っているからだ。
 ふらりと香水の残り香を残して、夜の闇に消えた。

 ひたっ、
 ひた、ひた、ひた。
 ひたひたひたひた。

 足音が三つ、後をついてくる。
 刃香冶の追跡には、蓮、柚乃、土地勘のある刃兼の三人が加わっていた。だから最初は仲間だと思っていたが違う。仲間は追跡を忍犬達に頼り、かなりの距離を取ると言っていた。道に迷ったふりをしながら地図を広げつつ「誰何」と提灯を翳すと足音が止まるのだ。
「おねーさん、どこいくの」
 心臓が跳ねた。腰に業物を下げた三人の男が薄い笑みを浮かべていた。
「……夜景が、綺麗なところがあると、ききんして……」
「夜景ねぇ。女の一人歩きは危ないぜぇ? 俺達がついていってやるよ、腕は立つんだぜ」
 ほら、と自慢げに業物を見せる。こんな堂々とした襲撃班がいるだろうか。田舎のごろつき風情か、と値踏みした刃香冶は「いりんせん、小生は一人で観賞しんすので」と身を翻す。声をかけてください、とばかりに歩いていたので致し方ないが、標的は暴行狙いの男共ではない。男達が「かわいくねぇなぁ」と言いながら後をついてくる。こいつらを巻かないことには標的にならない。いっそのこと峰打ちでもして……と考えて「じれったい、いい加減におかえりなんし」と近づいた。刹那。
「おい、こいつ黒だぞ」
「ち、首仕事か。ないよりましだろ」
 後ろの二人が不可解な言葉を発した。刃香冶の肌は白い。瞳はきんいろ。髪は紫紺。黒といえば……自慢の黒ツノのみ。噂の襲撃班だと察した刃香冶は、反射的に身をひいた。
「おねーさん、どうしたの?」
 不気味な微笑みを見て、刃香冶は怯えながら走り出していた。
「誰か! 誰かァ!」
 甲高い声が暗い路地に響き渡る。それが柚乃達への合図になった。接近しすぎると気づかれてしまう為、仙猫キクイチと又鬼犬白房を先行させ、絶妙な距離を保つ。しかし間もなくして刃香冶は捕まった。鳩尾に強烈な一撃を食らって目が回る。男達は「いくぞ」「おう」とだけ会話すると、意識のない刃香冶を担ぎ上げて去っていく。
 蓮は上級迅鷹絶影の韋駄天脚を使い、柚乃と刃兼は追跡する相棒達の後を追いかけた。


 浚われた刃香冶の後を蓮と刃兼、柚乃が追いかけ、幸いにも香水の残り香を辿って迷い無く到着する事ができた。そこは貴金属の工房であった。町中にはあるが裏通り側に玄関が向いている。販売店は別にあるらしく、大通りへの案内の張り紙が出ていた。
 裏口や窓の確認を終えて、即座に突入しようとした刃兼達を止めたのは中から聞こえた賑やかな声。
 十人を超える人の声だ。

 刃香冶が意識を取り戻した時、大勢が拘束された彼女を囲んでいた。いずれも声は男。どこからか熱風が吹き込んでくる。髪が焦げるのでは無いかというほど熱い。
 その時、更に五人の男達が入ってきた。
 担がれているのは銀鏡だ。
 台の上に俯せでねかせられて両手両足、更に首、頭、胴を金属具と革の紐で固定される。
 これでは身動きどころか術を使えるかも怪しい。
 しかも一向に見張りがいなくならない。
「お前んところも黒角か。なんで白じゃねーんだよ。首仕事は大変なんだぞ」
「しょーがねーだろ。焦って派手にやりすぎたんだ。こいつだって道端に寝てたのを見つけて穏便に連れてきたんだぜ。ともかく暫くしたら場所を変えるしかねぇ」
「これだけの人数と道具だ。今動いたら怪しまれる。バラすしかないな」
 刃香冶と銀鏡を挟んで不穏な会話が飛び交う。
「うぅ……ぐ!?」
 刃香冶が大きく呻いてみせた。男達が口論をやめる。あれこれ質問して聞き出したかったが、猿轡のせいでしゃべれない。固定された首は左右にしか動かなかったが、想定より多い人数が周囲にいて、皆帯刀している事は分かった。
「何が起きたのか分かりませんって感じだなぁ。ここは地獄の一丁目さ。恨みはこれっぽっちもないが、あんたの首はこれから火で焼かれる。安心しな、その前に喉切ってやるからよ。白角だったら五体満足で殺してやれたんだが、黒角は頭蓋付きじゃねーと価値がねーんだ」
「どっちからやる?」
「どっちも首だ。やるこたかわらねぇよ。そうだな、男からやるか。女は抱けるだろ」
 いいねぇ、と嗤う。男達は銀鏡を殺す間、刃香冶を慰み者にする気だった。
「うぅう! うーッ!」
「威勢がいいねぇ。気の強い女は嫌いじゃねーぜ、っと」
 縛り直された刃香冶が担がれて別室に消える。男達は銀鏡の処理を始めた。台は斬首台のような道具が設置され、近くの炉は轟々と燃えている。銀鏡は首が落とされかかっている事を悟った。しかし仲間は、まだこない。

 少し時は巻き戻り。
 銀鏡を追って敵の拠点に着いた露草達は、蓮達と合流した。
 自分が追われていないことも含めて確認してから、露草は宝狐禅を人魂で虫に変身させて窓から中へ侵入を命じる。
「いい、チシャ。乱入になったら誰かが証拠を持って逃げる可能性があるから、現場から逃げていく人がいたら後を追いかけてね」
 ジークリンデは玉狐天ムニンに狐の早耳で周囲を確認させる。
「……今もどった連中を含めて16人。人数が少し多すぎますわね、想定外です。どの程度の腕かは存じ上げませんが、真っ向からやり合うのは得策ではないかもしれません」
 囮の状況を知るために、人魂で蛾の姿をとるように命じた。
 状況が動くまで待機を決め込む。
 遅蒔きながら、寄り道の多い忍犬サラーサを伴って敵の拠点へ到着したリドワーンは逃走に備えて扉の外に罠を設置していた。

 金属具で固定された銀鏡に刃が振り下ろされようとしていた時、蓮と刃兼が扉と窓をぶち破った。
「それ以上殺させるか!」
「皆、神妙にしろ! キクイチ!」
 仙猫の閃光が正面に立ちはだかった男の目を眩ませる。刃兼の鋭い太刀が男の腹に突き刺さる。しかし血は吹き出さない。刃をかえしたのだ。更にリドワーンの弓矢が男達の足を突き刺す。闇の中から露草の放った毒蟲が構える男達の体を突き刺す。
「生きている証拠品になる可能性も高いです、できるだけ捕まえるように」
「はい!」
 柚乃は逃亡を試みた男を見つけ、アイシスケイラルで足を狙う。鋭く放たれた氷の刃は、突き刺さった途端に激しく炸裂した。防具ごと派手に切り裂き、男は絶命してしまう。
「あ! ……やってしまいました、ごめんなさい」
 柚乃は自分が開拓者の中でも上位の術者であることを忘れていた。簡単な術でも常人を葬るだけの威力がある。それは他の者にも言えた話ではあったが、犯人の生死は厳密には問われていないし、今は気遣う暇がない。
 相手は極悪非道の殺人犯達である。
 しかも敵の数が多い。
 全員を拘束するまで時間がかかると誰もが思った時、ムニンと同化したジークリンデが強力なアムルリープを放った。一度に四人の男が強烈な睡魔に襲われる。
「なるほど、な」
 連続でアムルリープを放ち続ければ、誤差を含めても十二人を数分留めておける。その間に、露草が毒蟲の影響を加算する、或いはリドワーン達が手足の動きを奪って拘束すれば苦もなく抑えることができるだろう。
 しかし。
「感心している場合ではありませんわ! 人数が足りません。此処は任せて隣へ早く!」
 既に露草達が動いていた。続く蓮が扉をぶち破る。
 扉の向こうにいたのは……
「ゲスが!」
 身動き不能の刃香冶の上にのしかかっていた男をみた蓮が、軽く跳躍しつつ、脚を斜め上へと旋回させ、勢い良く踵落しを仕掛けた。更によろめいた男を横から蹴って退ける。
 巨体が虚空に舞って壁に衝突した。
 順番を待っていたであろう男が、圧倒的な実力差を前に警戒し、腰の刀を構えた。しかし素早く相手の懐に入り込んだ蓮が、手に気を集中させて鳩尾から気を経脈へ叩き込み、体内から衝撃を炸裂させる。
 男達の相手を蓮に任せた柚乃が、隠し持っていた太刀で猿轡を断ち切り、固く結ばれた革の縄を断ち切った。
「お待たせしてすみません。大丈夫ですか。お怪我は」
「小生の事は心配ありんせん。少し着物を剥がれて撫でられた程度でありんす。小生の仕込み杖は?」
「こちらです」
 一方、蓮を援護しながら毒蟲で男達の動きを奪っていた露草が、チシャが探し当てた仕込み杖を刃香冶に返した。体の自由さえ戻れば問題ない。己に狼藉を働こうとした男の股を蹴り、自決防止の為に顎を外すべく頭髪を鷲掴みにした。
 刃香冶の手が止まった。
「どうしました」
 柚乃の気遣わしげな声に応えず「まさか」と頭をまさぐる。そこには切り落とされた角の痕跡があった。
 修羅が修羅を狩る。
 皆の危惧は現実のものとなったのだ。


 ジークリンデの練力がほぼ空になった頃に、襲撃班の拘束は終わった。
 残念ながら荒縄が足りなかったので、手練れと思しき者は手足の腱を切って包帯だけを巻いて置くなどの対処を行う。
 元々組織的なものではないかと言われていた。
 実際にこれだけの人数が事件に関与していたことに一同は驚きを隠せない。しかし考えても見れば鬼牙は加工・流通されている。つまり狩る担当もいれば、擬装担当や加工担当もいるという事になる。
 日中に町中を歩いていたリドワーン達が、何人かを「街で見た顔だ」と断言した。
 大通りで店頭に立っていたと思しき彼らは角を持っていた。
 しかし襲撃犯と思しき男達は、皆、角が削られていた。
「お前たち、角はどうした」
「とっくの昔に金に換えたさ」
「自分の角を売ったのか?」
「自分のもんだ。どうしようと俺の勝手だろ」
 ふん、と顔をそむける。
 更に不可解な事は、黒い角を持つ修羅の頭蓋骨以外、鬼牙らしい品物が一切見つからないことだった。
 蓮が遺体安置所で見た首のない遺体の主は、見つかった頭がい骨に違いない。肉のそがれた頭蓋骨は装飾が施され、分厚い蝋の中に閉じ込められていた。一見、装飾性の高い大きなキャンドルにしかみえない。
「ありませんね」
 露草は粉だらけの工房を歩き回りながら声を投げた。
 探し飽きた蓮が男達の前に立つ。
「一体何処にあるか喋ってもらおう。秘匿するなら何度も死を味わう。覚悟しておけ。隣の美人が死にかけたお前達を傷ひとつなく、完璧に何度でも回復させてくださるそうだ」
 暗に拷問を宣言した蓮の指さす方向に、ジークリンデが冷笑を浮かべて立っていた。
「わたくし回復術には自信がありますの」
「ひっ」
「沈黙を守ったらどうなるか、見えますよね」
 偶発的な不可抗力ではあるが、柚乃は遺体を指し示す。
 最初は沈黙を貫いていた男達も、目の前で仲間が一人、瀕死になりながら回復させられる、白状しなければ拷問の末に処分されるという事態を目の当たりにすると顔が変わる。
「……の、納品箱だ。納品箱の中にある!」
 しかし宝狐禅チシャが見つけた木箱には装飾品や雑貨と一緒に梱包材がみっちり詰まっているだけだ。
「嘘じゃない! 梱包材が鬼牙だ」
「梱包材?」
 露草が手拭いの布で梱包材を掴んだ。ひどく軽い。そして目を凝らすと角のような繊維がある。丸い豆か数珠玉のような梱包材と貸していた鬼牙は、艶を出す前の段階であるらしい。
 これなら確かに密輸入しても判明する確率は格段に下がる。
「その木箱。天儀行きみたいだな」
 机を漁っていた刃兼が受注書類をみつけた。
 発注の内容を見ると、何故か宝飾品のついでに梱包材と書かれている。相手も分かっていて発注している可能性が高い。かといって、このまま尋ねても相手を白をきってくる事は目に見える。即ち、この加工途中の鬼牙を一度送り出さねばならない。
 証拠品を送り込むのだ。
「そういえば行商人が多額で運び屋に雇われると聞いた。どうなんだ」
 リドワーンの言葉に、男は首を縦に振った。

 夜が明けて。
 男たちは遺体ごと引き渡されたが、関係を知る為に捕縛の報は暫く隠すことになった。

 柚乃が拳を握る。
「どのみち鬼牙を扱う連中を野放しにしておけば、更に被害者が増える……ならばすべき事は。これまで犠牲となった方々の為にも、組織を根絶することです。必ず!」

 かくして忌まわしい業者を駆逐する為、一計を案じることになった。
 工房に残されていた書類にそって。