姿無き神の帰還〜後編〜
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/06/25 18:39



■オープニング本文

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●霞む遠い日

 記憶は磨耗するものであると思う。
 確かに体験した事も、直に見聞きした事も、胸を打った感動も……全てが少しずつ曖昧になっていく。

『いつかあなたにも、この里の祭を見せてあげたい』

 ……先代、ごめんね。
 里を戻せなくて、みんなごめんね。
 きっと里を強制復興させる事はできるのだと思う。
 でも、それは新たな悲劇を招く。

 私たちの願いは、叶えてはいけない。


●神託

「あっけないものね」
 羽妖精は空になった宝物庫を見た。
 大昔のこと。人間社会の力を借りて里を復興させるには、奇跡よりも先に、金品や財宝が必要なのだと聞かされた。宝物庫を引き継いでから何十年もかけて集めた宝物の数々は、一ヶ月ほど前まで堆く積まれていた。
 今は何もない。
 精霊を解放した者へ渡す一部の謝礼をのぞいて……殆どを、魔の森に息づく水源の滝壺に沈めた。
 水底に沈んでいく金銀の輝きは、遠い日の憧れや数多くの希望そのもの。
 二度と手にすることは無いだろう。
「先代、私、勝手かな」
 夢も期待も裏切ってしまった。その事実が、羽妖精の心を蝕む。

 魔の森の中に点在する非汚染区域。
 それは龍脈の穴から吹き出した莫大な精霊力がもたらす再生の恵である。
 大なり小なり石鏡から運ばれる精霊力の奔流が、腐った土地を長時間かけて浄化し、再び命を芽生えさせている。しかし魔の森が広がる三百年以上も前から、人の暮らしは龍脈と共にあった。魔の森の中にぽつんと残された里の痕跡は、古の人々が最期まで足掻いた事を後世に教えてくれる。
 かつて龍脈の真上に建造された小さな里は、その地を護る精霊を祀っていた。
 恩恵の元で暮らしを謳歌していた。
 けれど精霊が強引に土地から引き剥がされると、あっけなく衰退した。
 奇跡的に維持されていた土地は魔の森に飲み込まれ、多くの里人が死に、そして残り少ない生存者も生きながらえる為に里を捨てた。残されたのは、精霊によって生み出された羽妖精に代表される下位の精霊達である。塞き止められて細り行く龍脈の息吹を頼りに、里に残った羽妖精達は主の帰還を待ち続けた。
 愛した里を。
 失われた伝統を。
 遠い思い出を捨てられずに、後継者へ語り継いで。
 世代交代を重ねながら、最期の一人になって、待ち望んだ主の帰還を果たした時。
 彼女は『悲願』が、もはや誰にも必要とされていない現実を知った。
 人は精霊に縋る。
 利用できる力には手を伸ばす。
 悪用されない為には放置するのが最善だという結論に達してしまった。

「私これからどうすればいいの、主様」

 返事はない。
 かつて里人に土地神と崇められた、姿なき精霊。
 明確な実体を持たないこの精霊は何も語らない。
 あるべき場所に戻った今は、定められた調和を保ち続けるだけだ。
 これから何十年、何百年とかけて非汚染区域を拡大していくことだろう。
 何者にも干渉されず、淡々と
 多少は浄化されたとはいえども、此処は魔の森の中にある飛び地。普通の人間は誰もこない。開拓者ですら用がなければ足を踏み入れぬ不毛の土地だ。大アヤカシ生成姫が消滅した今、土地を守護する精霊を脅かす存在などいない。力あるアヤカシ達すら、這々の体で守護領域から逃れたほどだ。
 安全ではある。
 でも、ただそれだけ。
 この先、空白の魔の森に大アヤカシが住み着く可能性は捨てきれない。そうなった時に、人の手を借りる必要は出てくるだろう。けれど大アヤカシの多くが冥越に集結し、速やかに討伐体制を整えなければならぬような危機的状況とは縁がない。

 つまるところ……里を復興させる目標が失われた『彼女』は、そこに留まる理由もなくなっていた。
 主人の精霊を置いていくのが心配、という言葉すら一方的なエゴに過ぎない。
 主は協力や庇護を要求していないからだ。
 人間が無駄な欲に引き寄せられないよう、金目のものは全て廃棄した。
 本当に何もなくなった今、ぽつんとその場に立って、主人を見ていた。
 その時だ。
 精霊力が集約し、小さな人型を形成した。物質化したソレは自分に似ている。
「もうそんな時期なのね」
 此処を護る羽妖精は、数十年単位で定期的に凝固するらしい。
 彼女もそうして誕生した。後輩の誕生を見ていた羽妖精に、新しい使者が近づいていく。
「はじめまして。しんたくをつたえるね」
「神託?」
 舌っ足らずの声が無邪気に笑う。
「あのね『まわりをやきつくせ』だって。あと『ほうじゅをとりもどせ』って声がきこえたよ」


●精霊の使者

 魔の森の遺跡を探索した五行国の要人――陰陽寮玄武の寮長、蘆屋東雲が消息を絶った。
 この事件の直後、犯人が羽妖精ひいては精霊の仕業という見方が強まり、調査と奪還をかねた開拓者達が送り込まれた。結論から言えば、精霊の支配域に囚われていた行方不明者は無事に確保され、誘拐の原因は羽妖精の悪戯……という内容が表向きの理由とされた。
 複雑な背景を知った開拓者達の判断である。
 かくして医者に運び込まれた東雲は、一ヶ月ほど静養していた。
 衰弱していた体も元に戻り、本調子になりつつある。
 そんな時だった。
「元気そうね」
「ひっ」
 東雲を誘拐した名も無き羽妖精が再び現れた。
「そんなに警戒しないでよ。もう連れ去ったりとかしないし」
「では何の用ですか」
「んー、人を集めてほしいなって。開拓者の方ね。社の周りの魔の森を焼いて欲しいの」
「森を焼け?」
「そう。私の跡継ぎが神託を授かってきたの。周りの森を焼いて、宝珠を取りもどせって。社の中に祀ってた宝珠があったらしいんだけど、無くなってるのよね。近くに幾つか鵺と炎鬼のたまり場があるから、その何処かじゃないかなぁと思うんだけど……」
「それを何故私に」
「あなた偉い人なんでしょ。強い人とか、集められるんじゃない? 宝珠探しには共鳴する人間が、いい検知器になるのよ。勿論、タダでとは言わないわ」
 羽妖精は依頼料として古びた金の像を置いた。
 

●二つの巣
「どっちにあるか分からんってのがな」
 大凡の位置は教えられていたが、敵は中級アヤカシ。一筋縄ではいかない。
 常時五体前後が屯しているのだそうだ。
 鵺は顔が猿、胴が狸、手足が虎、尾が蛇といった不気味な姿のアヤカシだ。
 翼もなく空を飛ぶ上、多彩な雷を操る相手だ。しかも呪詛が厄介で動きが早い。
 炎鬼は空を飛ばないが、3メートル級の巨体を破壊するのは並大抵の開拓者ではつとまらない。
 入り組んだ森の中で、三十メートル近く吐き出される火炎は危険極まりない。
「魔の森にいる以上、ある程度は強化された個体だと踏んだ方がいいよな」
「炎鬼をうまく使えば、人手を集めなくても一帯を焼けそうですが……まどろっこしいことをせずに倒してしまいますか?」
 悩ましい問題だった。


■参加者一覧
鈴梅雛(ia0116
12歳・女・巫
静雪 蒼(ia0219
13歳・女・巫
露草(ia1350
17歳・女・陰
御樹青嵐(ia1669
23歳・男・陰
水月(ia2566
10歳・女・吟
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
寿々丸(ib3788
10歳・男・陰
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
神座早紀(ib6735
15歳・女・巫
鍔樹(ib9058
19歳・男・志


■リプレイ本文

 蘆屋 東雲(iz0218)の所へ来た精霊の使者の求めで、一行は再び魔の森の中にある非汚染区域に向かうことになった。
 鋼龍おとめに乗る神座早紀(ib6735)は使者の様子を伺う。
『……使者さんは大丈夫でしょうか。生きる目的を失ってしまったようですし。何かしてあげられたらいいんですけど』
 甲龍黒嵐に乗る御樹青嵐(ia1669)は「気になるところもありますが今は仕事ですね」と呟く。同乗している人妖嘉珱丸は相づちをうったが、寿々丸(ib3788)は怪訝そうな眼差しで精霊の使者を眺めている。様々な憶測や心配が頭を巡っていたからだ。
 しかし寿々丸は仲間から聞いた経緯をすっかり忘れていた。
 問題の精霊が古の人間の勝手で別の土地に強制的に縛られ、本殿へ帰れなかったこと。
 明確な実体を持たないが故に、人間との意志疎通手段を持たないこと等を。
 つまるところ寿々丸の心配は杞憂だったのだが、神託や新しい羽妖精については各自色々と思うところがあるらしい。鋼龍なまこさんに乗っている鈴梅雛(ia0116)は「雪神様の要望なら、聞かない訳には行きませんね」と言いつつ、色々と悩んでいる様子だ。同乗している水月(ia2566)は輝鷹の彩颯は思い切って羽妖精に聞いてみた。
「ねぇ、使者さん。新しい『跡継ぎ』が来たって話だけど。それって……雪神様の意思で産まれてくるってことなの?」
「そうとも言えるし、そうで無いとも言えるわ」
「みゅ〜? ……難しい、の」
「アタシ達は摩耗するのよ」
「まもう?」
「精霊力がすり減っていく、ってこと。もふらと同じよ。ある日突然、結晶化して生物になるけど永遠じゃない。人間と同じように寿命みたいなものがあって、いつか拡散してしまうの。先代達もそうだった」
 羽妖精の生態に耳を傾ける。使者は続けた。
「ある日突然、何処かで結晶化する。それが普通。でもアタシたち『ヌシサマの使い』は皆同じ場所で結晶化して、ヌシサマの記憶を極僅かに持って生まれる。やって欲しいことが本能的に分かるの。それだけ。次が産まれた以上、アタシの寿命も近いってことだわ。今までは里の事を跡継ぎに伝えていくのが決まりだったけど、もう、その必要もないわね」
 寂しそうに呟く。
 轟龍のアカネマルに乗った鍔樹(ib9058)は『会話が成立しなくても、神託っつー形で意思を伝えてくるンだな、雪神サン』と冷静に観察する。
「みえてきたー、あそこでしょ? いくよ、チェンタウロ」
「ちょいまち」
 轟龍チェンタウロとリィムナ・ピサレット(ib5201)が加速しようとしたのを静雪 蒼(ia0219)が止めた。
「すぐにでも取りかかりたいところやけど、まずは風向きや規模を調べますぇ。あと、焼き尽くす範囲……『まわり』がどの程度か、聞けるんやったら聞きたいんよ。焼捨てる場所の広さによっては戦闘時に炎鬼にある程度燃やしてもろてからのほうが楽やからね」
 甲龍碧の隣に鋼龍なまこさんが飛来する。
「賛成です。雪神様が言う『まわり』が何処までか分りませんが、できる事はしないと」
「御使者はん。新しい子には会えるんやろか」
「本殿にいるわ、ついてきて」
 皆が次々と遺跡におりた。
 空龍キーランヴェルに相乗りしていた露草(ia1350)が、地上に降り立つ。
「フェンリエッタさん。ありがとうございました。作戦中も宜しくお願いします。ここの掃除みたいな感じ、でしょうか」
 上級人妖衣通姫を抱えて周囲を見渡す。
 フェンリエッタ(ib0018)は「どういたしまして」と言いつつ本殿を見た。
『神様の言うとおり……とはいえ意図が分からないとすっきりしない。何か分かるかしら』
 全てが終わる頃には、何か分かるだろうか。

 想像していなかった訳ではないが、静雪たちの質問に新しい使者は上手く答えることができなかった。身振り手振りで伝えようとするが「こーんくらい」とか曖昧にも程がある。
 仕方がないので外へ出て簡易図を書き、どこまで燃やせばいいのか書き込むよう小枝を持たせた。すると驚くほど奇妙な形で燃やす場所を指示してきた。
 羽妖精にずっしり乗られた鍔樹は「まわりじゃねェだろ」と呆れかえる。
「なんや、河の近くまで燃やせとか難儀やんなぁ」
 静雪の隣で鈴梅が悩みこんだ。
「まずは、付近で屯しているアヤカシを片付けないとですね。長期滞在の瘴気汚染の問題もありますが、戦力的にも手分けをせずに順番に片付けた方が良さそうです。少し気になる事もありますが、宝珠の回収と魔の森の焼却を済ませないと」
 鍔樹が「だなァ」と言いつつ立ち上がる。
「魔の森ン中で中級アヤカシ複数とドンパチすんのは、熟練者でも油断すりゃ危ねェからな。猿も木から落ちるし、漁師も海で溺れるってもんさ。気を抜かずに行こうや」
 水月がこっくり頷く。
「片方ずつ順番。森を焼くのはそれが終わってから、なの。それから……退治の間には、一晩くらいはゆっくり休みをいれるようにしたいと思うの。本殿でお休みできる?」
 羽妖精は「いいわよ。結界内ほど安全な場所はないしね」と首を縦に振る。
「あそこは、襲われない、の?」
「貴方たち通れなかったでしょ。例外はいたけど」と言いつつ、雪神の加護を受ける鍔樹を一瞥して水月を眺め「並のアヤカシが押し通ろうとすれば消滅するわ」と続けた。
「消滅しちゃうの?」
「あの鏡に見える扉はね、ヌシサマの意志で入る者を選別するけど、元々は高密度のヌシサマの力よ。アヤカシが触れたら空化するに決まってるじゃない」
 空化。
 という言葉に何人かが眉を顰める。
 半年前位から、各地で聞かれ始めた言葉だ。精霊力と瘴気が何もない状態を示すらしい。
「どの程度の敵まで防げるの?」
 それは好奇心の問いかけ。羽妖精は胸を張る。
「上級だって破るのは難しいわ。勿論、魔の森を統べる大アヤカシも。だって同じ構造で龍脈上に作られた洞窟の檻から、幽体の生成姫は何百年も出られなかったでしょ。結界の壁を押し通ろうとすれば、空化してしまうのだもの」
 当たり前のように言って嗤った。


 まずは鵺の巣から奇襲を仕掛ける事が決まった一同は、速やかに龍たちと共に移動する。
 万が一、両方同時に動き出した場合に備え、寿々丸は遺跡に残って炎鬼の巣を監視する。もしも異常が発見されたら呼子笛と狼煙銃で合図をする手はずだ。
「合流されて乱戦になれば、厄介ですからな。ご武運を祈りまするぞ!」
 露草が「時々振り返って様子を見てますから、宜しくお願いします」と声をかける。
「いってくるねー!」
 ピサレットたち攻撃班は魔の森の中に潜み、囮班が鵺を引き剥がす。
 という予定だが。

「何が五体以上や、何が。十体近くおるやん、ほんま巣なんやなぁ。ぐちってもしゃーないわ、いくで!」
 静雪達が北西方向から低空飛行で巣に奇襲を駆ける。
 フェンリエッタ達は完全に無防備な個体を狙って初撃で一体滅ぼした。鵺達が一斉に敵を認識し、後を追う。
 放電は自らも餌食になるせいか、安易に使ってこない。
 代わりに呪詛の鳴き声を大気に響かせる。
 よりによってフェンリエッタでなく援護の静雪が呪詛られた。
「あかーん! 運悪いにも程があるやろ!」
「呪詛の波状攻撃に対抗し続けるのは、私でも厳しいわ、もうじきよ!」
 そんな二人に落雷が襲いかかる。

「呪詛の大合唱ですね」
 囮班の姿を攻撃班が確認した。
「きたきた、他のアヤカシに気づかれない内にパパッとやっちゃお!」
 笑っていたピサレットの表情が真摯なものに代わる。
黄泉より這い出る者を唱えたピサレットは、僅か十秒で四体の鵺を葬った。
「落雷連続は脅威だし、先手必勝だよ!」
 地上から露草の放った毒蟲が鵺の動きを痺れさせた。まともに飛べないのか、よろよろと地上へ降りてくる。
「今です!」
「もらったぜェ!」
 幾度も呪詛に耐えた鍔樹が刃に精霊力を宿らせた。鋭い構えで鵺の首に突き入れ、ひねり出す。血の代わりに瘴気が椿のように拡散した。僅か一撃で鵺を屠る。
「おっしゃぁ!」
「鍔樹さん、うしろ!」
 鍔樹が身を捻りながら「やべェ」と振り返った時、獰猛な白狐の爪が鵺を裂いていた。
 空龍キーランヴェルに乗ったフェンリエッタの一撃だ。鵺は早い。鍔樹が轟龍のアカネマルで離脱する。
「助かったぜ」
「まだ気は抜けないわ。頑張りましょ」
 一方、露草の上級人妖衣通姫が「いわれたからやっとくのー」と御樹に守護童をかけて離れた。
「ありがとうございます。負けられませんね、参りますよ!」
 御樹が向かってきた鵺に氷龍を浴びせようと手を掲げ……術が発動しなかった。
「え、あれ何故……ぐああ!」
 真正面から落雷の餌食になる。
 後々分かったことだが、御樹は氷龍の準備を忘れていた。ついでに火炎獣と瘴気回収も忘却。うっかり戦の仕様のまま来ていた。想像通りに術が放てなかった隙をつかれ、落雷を二連続で浴びた御樹は体が半ば炭化して心臓が止まりかけた。
「御樹さん!」
 警戒していた鈴梅が、慌てて癒しの光を放った。
 落雷を連続で三度浴びていたら御樹は死んでいただろう。
 皆、相応の力量を備えているとはいえ、ここは魔の森。
 鈴梅や神座たち巫女の力がなければ、呪詛を完全に防ぎきるのは難しい。鵺の落雷は遙か長距離の敵すら致命傷を与えることもある。鈴梅が癒しの光で支援する傍ら、鋼龍おとめに身を守って貰いつつ、神座は速やかに静雪の呪詛を解除した。
「鵺がきます!」
「下手に攻撃すると痛い目みるの……って、おもいしらせてやるの」
 輝鷹彩颯と同化した水月が、ふわりと舞い降り、歌声を響かせる。魂よ原初に還れ、だ。獲物を狩るべく迫った鵺は勿論、近くにいた下級アヤカシも全て巻き添えにした。呪詛を解かれた静雪が聖なる炎で追撃をかける。
 ふいうちの負傷と呪詛の影響を除けば、一分とかからずに鵺を殲滅した。

 すっかり鵺を掃討した一行は、巣を探し始めた。
「肝心の宝珠は、地面のどっかに転がって、埋もれてるンかな?」
『魔の森を焼け、あったハズの宝珠を取り戻せ……やっぱその方が居心地がいいから、とかかね? あー、いや。考えんのは後だ、後。今は宝珠探しに集中しねぇと』
「……もしかしたら木の枝に引っかかってるかもしれねーけど」
 目を凝らす鍔樹。
 神座は「アヤカシのたまり場にあるらしいですが、見落とさないよう注意して捜索しませんと」と腰を屈める。水月が精霊力を感じ取ろうとしたその時、フェンリエッタが「鍔樹さん、とまって」と声を投げた。
 皆が注目する。
「もう少し、右」
「おお?」
 数歩歩いた所でポゥ、と水色に光った。鍔樹が。
 ヌシサマが白原平野に縛られていた時代に『雪若』となり、精霊の加護を一年間直接受けていたと思しき雪若達は、ヌシサマの力だけに共鳴を起こすという。半ば半信半疑で地面を掘り起こすと、汚れた宝珠が埋まっていた。
 鍔樹が「ここでも雪若が役に立つたァ思わんかった」と頭掻く傍ら、鈴梅がごしごしと汚れを落とす。子供の頭ほどの大きさだ。
「この宝珠、一体どんな宝珠なんでしょう?」
 手渡された御樹が首を捻る。
「直接聞くしかありませんね。新しい使者から察するに説明してくれるか不安ですが」
「んと……まずは一晩休んで、炎鬼の巣の討伐も必要か、聞かないと、なの」
 水月が遺跡を指さす。体力的には充分に強行できたが、瘴気汚染の影響も踏まえてヌシサマの守護領域で一晩あかすことになった。

 その夜。
 寿々丸は点滅する光……ヌシサマに「精霊殿」と何度も呼びかけたが、やはり応答はなかった。
 仕方がないので二人の『ヌシサマの使い』に質問をしてみる。
「御使者殿の知っている限り、周囲の魔の森を焼く事でどのような効果がありますでしょうか? 良い事も悪い事も聞いておきたくおもいまする」
 古い使者は告げた。
「アタシは知らないわ。精々、この周辺の浄化が早まるぐらいだと思うけど」
 新しい使者は身振り手振りで何かを訴える。
「もやすー! もやすのー! ぜったいいるのー、やきつくすのー! そうするとはめた宝珠がきらってして、ごーってして、もともどるのよー! もういないから、いるのー!」
 ……意味が分からない。
 仕方がないので、意図が不明なまま炎鬼退治と魔の森を一部焼き払う。
「雪神様が、自分の意思で命令と言うのも、珍しいのではないでしょうか。何か理由が有るのかもしれません。信じてみましょう」
 鈴梅たちの話し合いの末、討伐と放火は別作業になった。
 社に火の手が回らないように注意する必要があったので、炎鬼は早々に倒してしまうと、手分けして準備し、人の手で焼いていった。
「炎鬼の炎を使うとなると制御難しいのでできる限り自前で賄いましょう。里に類焼する可能性抑えるために周辺の伐採も必要かと思います」
 御樹の言葉に静雪が頷く。
「せやね。龍達にたおすの手伝ってもらうとええとおもうんや。あとは火の具合やね」
「魔の森の木は、基本的には燃え難いですし、そこまで大規模な山火事にはならないと思います」
 鈴梅の読み通り、普通の木々より燃えにくい。木もアヤカシだったりする。
 轟々と燃える魔の森の一角。
 上空を飛ぶ輸送船は、一体何事かと思うだろう。
 3日間かけて望み通りの範囲を焼き払うと、不思議なことに炎鬼の巣があった辺りから何か大きな石版のようなものが複数現れた。丸い人工物で、灰を払ってみると何かが彫ってある。しかし読めない。
「一体、何なのかしら……て、ちょっと」
 宝珠を抱えた新しい羽妖精が迷いなく飛んでいく。
 そして一カ所に降り立ち、すぽん、と勝手に宝珠を納めた。ポウッと光って……
 ぱりん、と割れた。
「ぎゃーっ!? 何やっとんの!?」
 静雪が慌てまくる傍ら、フェンリエッタは顔色が青ざめた。
『もし龍脈上の力が元に戻るとしたら、周辺に及ぶ何かがありそうな……ちょっと、怖い』
 警戒する御樹の前で、羽妖精は無邪気に笑った。

「はじまるよ」

 地面が揺れている。いや、それは気のせいだ。
「なにが……はじまる、の?」
 水月たちの足下の丸い石版の下から、大量の水があふれ出した。水量は増し続け、足を取られ駆けた露草たちが慌てて龍に乗り合わせて空に舞い上がる頃には、全ての蓋の下から膨大な水が溢れて合流し、山の斜面を下り始めた。
「あ、あれ、みてください」
 遺跡の井戸から水が噴き上げている。
「……この辺、余計なものとか他にありませんでしたよね?」
 呆然と呟く露草。反対側をみた鈴梅の顔色が変じた。
「この方向は……大変です! この水が向かっているのは、彩陣の方角です!」
 膨大な水が押し寄せれば里が沈む。一同は全速力で彩陣を目指した。里が、知っている者が、このままでは洪水の餌食になって水底に沈んでしまう。
 ところが彼らは奇怪な光景を見た。
「水流が里を避けた?」
 彩陣が濁流に呑み込まれると誰もが焦った目の前で、沸き水は方角をかえた。向かう先は五彩大川……虹陣や沼垂の生命線である墨染川と、白螺鈿に繋がる白原川の大動脈だ。
「ああ、なるほど……そういうことなのね」
 ついてきた古い使者が、新しい使者の頭を「いい子ね」と撫で撫でした。
「どういう事ですか」
「ヌシサマは封印された水脈を大幅にひらいたのよ。山脈だけでなく東も養うために」
「養う?」
「元々、白原平野一帯にはヌシサマの同類がいた、って先代に聞いたことがあるわ。でもずーっと前に鬻姫(ヒサキ)に知恵で負けたのよ。だまし討ちにあって拡散してしまったんですって」
「それで鬻姫の狩り場に?」
「多分。その時代にアタシはいないから詳しくは知らない。白原平野の主が滅んで、アタシ達のヌシサマが無理矢理連れていかれた。今年解放されたヌシサマは本殿に戻ったけど、……東も養ってくださるんだわ。だから必要な水量を流す為に、貴方達を呼んで水源の汚染土壌を燃やさせたのよ。汚染土を介した水は、川や土を汚してしまうから」
「でも一気に水を流したら洪水になるんじゃ」
 すると新しい使者が「へいきー、かべがあるの」と舌っ足らずな声で手を挙げた。
「そういえば……白螺鈿の辺りは、生成姫が健在だった時代に汚染された土壌を浄化した後、防波堤を作っていました。大抵の水害は防げるはずです」
 かくして一同は水浸しの遺跡に戻った。
 年を経た羽妖精が滾々と湧く水に触れる。
「今後、ヌシサマがいた時ほどの驚異的な実りはないかもしれない。でも本来あるはずだった実りは、もたらされるはずよ。不安定な飢えに苦しむ生き物たちは大勢いなくなる」
 遺跡が水に流されていく。
 燃やした範囲が徐々に水没していくのを見て、一同は山の中の窪地だと知った。

「あなた達は……大勢を苦痛から救ったんだわ」

「あるべきものをあるべき場所へ……って事ね。貴方たちは、これからどうするの?」
 フェンリエッタの問いかけに「分からない」という返事が返る。
「アタシが先代たちの努力を無にしたのは事実だもの」
 里を復興させる。
 そのために生涯をささげた者たちがいた。沈黙の末にフェンリエッタが続ける。
「ずっと信じてたものを失うと……途方に暮れる気持ちがするわ。私にも覚えがある。ここは貴方の故郷だし、故郷を守る精霊を大切に思うのは素敵なことよ。もし後輩や人と関わりながら暮らすなら、まずは、名前、考えてみてはどうかしら。貴方を表す、貴方だけの、これからは貴方自身の為に生きられるように」
 羽妖精が「考えたこともないわ」とつぶやく。
「ゆっくり考えたらえぇんちゃう?」
 静雪が羽妖精の顔を覗き込む。
「あんたはんの決断は、誇ってえぇおもうぇ。あんたはんが考えて、思って、貫いたんやからな。世界を見たらエェんちゃう?いつか帰るとき、話せるように」
 鈴梅が「そうですよ」と語りかけた。
「する事が無いなら、農場に遊びに来てください。白螺鈿のお祭りも、雪神様のお祭りみたいな物ですし……いつでもお待ちしてます」
 神座は理穴にある別の精霊のところへ身を寄せるのはどうかと話したが、ヌシサマの元を離れる気はないという返事があった。
 鍔樹が「じゃ、帰るかァ」と言いつつ羽妖精に笑いかける。
「また何か人手が必要な時は呼んでくれなァ」

 大役を果たした開拓者達は、二体の羽妖精に助言を告げ、新しい水源を後にした。