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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 鬼灯から白螺鈿の道は、通行料を払わなければ通れない。 道を整備するためだ。 此に伴い、境城家次期当主候補の和輝が、白螺鈿方面で管理し、素養を磨くことになった。 天奈は、兄の助手として共に里から追われる。 水鏡 雪彼(ia1207)が不安そうに渡鳥金山を見た。 「他の皆は大丈夫かな‥‥柚子平ちゃんは真朱の事どう思ってるの? 気になったの。ナマナリヒメって真朱の事なの?」 柚子平は『ナマナリ、禍をなすこと』という文献調査を進めていたという。 その割には非協力的で、傍観者の如き振る舞いが目立つ。 「違うかと。三十年前の事件は、萌月 鈴音(ib0395)さんの推論が的を射ていますが、太古の伝承は並べると年代が合いませんからね。保証はしませんが」 「雪彼、覚悟を持ってる人ならなれるって思ってた」 「詳しく存じませんが‥‥一線を越えると、私の様に手段を問わなくなってしまいますよ。霧雨君によく怒られます」 友すら、餌として蒔いた。 「柚子平ちゃんは何を捜してるの?」 「ふふ‥‥私はおかしいのだと思います。霧雨君がいるから、人の側に踏みとどまっているんでしょう。もしあの時‥‥いえ、やめましょう。この話は秘密ですよ?」 柚子平は柔和に微笑む。 今は解き放たれぬ、底知れぬ狂気を隠して。 奇襲をかけたとはいえど。 消耗する程度だった事に、喜びよりも疑問を抱いていた。 確かに五彩友禅探しは終わった。 行方不明の職人も助け出された。 当主達と和輝兄妹の事件を知り、確信に近づき、野望を暴いて、裏で操る真朱を倒した。 負傷を癒す最中、不安の正体を見つけたのは天霧 那流(ib0755)だった。 「真朱は、鬼姫からこの地を救った鬼灯の守り神のことなのよ」 里を離れる最終日のことだ。石動 神音(ib2662)が首を傾げた。 「鬼姫って‥‥天女の?」 かつてここに天女が舞い降りたとされる。 だが天女は飢えた鬼に食われてしまう。天に復讐を願った天女は、行いを咎められて天の怒りを買い、自分を食った鬼の姫として生まれ変わる。美しい鬼姫に成長した後、二人の男に天の力が宿った剣と笛の音を教え、かつて自分を食い殺した親鬼を成敗させた後、鬼の呪いを受けた男二人の片方と結婚し、人間と共に叡智を持って鬼灯の地を治める。 誰でも一度は聞く天女伝説だ。 「続きがあったわ」 文献を手に天霧は語る。 「鬼姫は鬼の性質を押さえきれず、やがて欲望に負けて次々と赤子を食い始めた。我を失ったが故に、陰陽師に封印された」 ‥‥ナマナリ‥‥或いは、生きたまま鬼になった女‥‥ 劉 天藍(ia0293)の脳裏に昔の会話が浮かぶ。かの文献に符合する筋書きだ。 「鬼灯が鳥居の形なのは覚えてる? 本を見て欲しいんだけど‥‥里は元々山中にあったみたい。新たに山麓に作られたのね。陰陽師は、封印の強化を提案したらしいの」 総括すると、大凡次の話が姿を現した。 鬼姫が解き放たれることのないように、封印に使われた三種の神器を地下深くに埋めた。 狂わすには四つ辻、殺すならば宮ノ下。 陰陽師の指示に従い、里人は神器の上に宮と鬼の陣を築き、ハフリ達に手厚く祀らせた。 「真朱もハフリがどうとか言ってたな」 酒々井 統真(ia0893)が話すと、博識の萌月が手を挙げた。 「ハフリは『祝い』のことです。‥‥今で言う、神主さんとか。鬼の陣って‥‥なんでしょう?」 天霧が示した書物には、鳥居の図と、囲む鬼の文字。 「実際の効果は眉唾だけど、これは相手を呪い殺すための昔の方法なんだそうよ。‥‥簡単な質問をするわ。鬼灯での鬼の意味は?」 劉が記憶の底を辿る。 「生きながら認められない者、或いは飢える死者の魂?」 「そう。この呪いは鬼の灯、平たく言えば『死者』を使うのよ。時間をかけて鬼姫を呪い、消滅させようとしたのね」 一瞬、空気が静まりかえった。 「極力里の者は殺したくない。だから死んでもいい流れ者‥‥祭事を行うまろうどを手にかけては、その命で封印を強化する。鬼灯祭は旅人を集め、鬼姫の封印強化と同時に、犠牲者の供養をかねたのが始まりみたい」 死者の魂は荒御霊と呼ばれ、生者に禍を成すと考えられている。 里人は、山で死んだ者を鬼と呼び、いつか里に戻ってくると信じていた。 時が経てば、話は変化するものだ。 暗い事実を隠して。 「嘘か本当かしらねぇが、都合の悪い部分は後世に伝わらなかった、か。それが真朱とどうつながる?」 頬杖をついた酒々井が先を促す。 「鬼姫は封印された。でも何代か後の地主が呼びだしてしまう」 祭の夜に、こんな唄があった。 かくてー‥‥ 追われし神は、奥津城に宿りぬ。 禍なるかな、天つ申し子。 人よ、鬼子よ、赤子をかくせ。 孫も、曾孫も、玄孫も愛し子。 厄災なるかな、天つ導き。 玄姪孫、来孫、これに会わず。 昆孫、仍孫、これを忘れ。 知らぬ雲孫、ついに招きぬ‥‥ 「解放の理由は分かってないわ。でも例の雲孫だと思う」 復活した鬼姫に逆らう術のない里は、旅人を贄にして禍を逃れることにした。 そこへ渡りの巫女が現れる。 堂々たるハフリのまろうどだ。身籠もっていた巫女を、里は手厚くもてなし、眠っている間に鬼姫に捧げたが、巫女は夫の武人に助けられて生きて戻った。真朱と名乗った巫女は里人に激怒しながら『私に従うならば、この地に残り、代々に我が力を授けて魔物を封印しよう』と告げる。 そこまで聞いた神咲 六花(ia8361)は、微妙な顔をした。 「それ‥‥戻ってきた時にはもう、アヤカシ化してたんじゃないかな? だって」 真朱は『ナマナリに願った』と言ったのだ。 「たぶん。知らない里人は、巫女を頼り、封印を受け継がせる舞姫という役目を作り、定期的に送るようにしたんじゃないかしら。前後に巫女を守る男達の話があって鬼火衆と呼ばれているから‥‥今の迎火衆のことだと思う」 久遠院 雪夜(ib0212)が唸った。 「だから鬼面被って鬼をやり過ごせ、なんだねー。ボク、気づいたんだけど‥‥山中のアレは封印場所ってことになるよね。でも」 神器は、壁に無かった。 大蔵南洋(ia1246)は地主から借りた現在の三種の神器を見せた。 「コレは、少々前に作られた模造品だそうな。再度封印をしたかは不明だが、大昔に誰かが『ナマナリが封印された神器』を里から持ち出したと見るべきであろうな。そしてこれ幸いと、アヤカシ化した真朱が鬼灯に君臨し続けた。そういうことなのではあるまいか」 「分からない。地主の資料を調べ回って分かったことはここまでね」 里から姿を消した、恐ろしい三つの神器。 その行方は、謎のまま。 「いつか‥‥会うんでしょうか? ナマナリに」 「そんときは倒すまでだ」 不安そうな萌月に、酒々井はそう言って拳を握った。 一度、里を離れた開拓者の元に手紙が届いた。 最大のもてなしをさせて欲しいと話すのは、孤独な卯城の当主だった。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
水鏡 雪彼(ia1207)
17歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
神咲 六花(ia8361)
17歳・男・陰
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰 |
■リプレイ本文 鬼灯の里、卯城家の門を叩くとやつれた顔の当主が出迎えた。 姿勢を正した水鏡 雪彼(ia1207)や久遠院 雪夜(ib0212)達が順番に頭を垂れる。 「卯城様、はじめまして。水鏡雪彼です」 「今日はお誘いいただき、ありがとうなんだよ〜」 「‥‥お招き‥‥頂き‥‥あ」 「いや、そう畏まらないでくれ」 萌月 鈴音(ib0395)の肩をぽん、と叩く。皆を見た。 「ささやかな宴だ。大したことは出来ないから、せめてくつろいでほしい」 卯城の当主は穏和に微笑んだ。立場も家族も信頼も喪った老人に、かつての威厳の輝きはない。罵倒され、恨まれても不思議ではない。それでも長きに渡り重責と戦ってきた男は、この期に及んでも『里に恥じない当主』であった。萌月が袖を握る。 「今後‥‥もし何か起こっても‥‥できる限り‥‥お手伝いします」 何度も疑った。 幾度も話し合った。そして今、向かい合っている。 お互いを理解し合うには、余りにも遅すぎた結末になったけれど。 劉 天藍(ia0293)は堪らずに膝を折った。この里を愛して万策を施してきた老人を、寂しい立場に追いやってしまった責任が、少なからず開拓者にあると知っていればこそ。 「‥‥過日は迎火衆の護衛、卯城の依頼を受けられなくてすみませんでした。職人の救出を先としたが多くの迎火衆が亡くなったのも事実。ずっと心にかかって」 「君たちは‥‥よく働いてくれたよ。恥じることはない」 立ちたまえ、と促されて劉が立ち上がる。 膝についた土埃を、卯城の当主自らの手で払い「さあ入りたまえ」と前をあける。 くしゃりと劉の顔が歪んだ。危うい綱を、目隠しのまま渡るような戦いの日々だった。 後ろに続いた酒々井 統真(ia0893)が屋敷を見上げる。 「半年か、思えば長いな。後の用もあるんで、悪いが長居できないが」 「それはかまわない。馬か何か必要かね?」 「いや? 用があるのは山の方だからな。‥‥最初は成り行きでも友禅が手に入れば、とか思っただけだったのになぁ」 聞こえるか聞こえないかの小声に反応したのは、意外にも当主ではなく久遠院だった。 「そうだ! あのね、当主さんにボクお願いがあるんだよー、良かったら五彩友禅、見せてもらえないかな? やっと十五万文が貯まったから、山下なら買えるよね?」 「確かに在庫はあるが‥‥うちでいいのかね?」 独占が決まった境城の方が種類も豊かで、安価だろうという揶揄に首を振る。 「ここで買うことに、意味があるから」 「では、ついておいで。他の方は宜しいかな?」 市場では、滅多に手に入らない五彩友禅。それを出してくれるという。 「私もお邪魔して宜しいかしら?」 天霧 那流(ib0755)が手を挙げた。酒々井も見るだけ、と同行した。 「‥‥たく、ずるいぞ」 「こういうのは早い者勝ちなんだよー。で、誰にあげるの?」 「買って贈りたいところだが、生憎と手持ちがな。‥‥ち、あいつにはまた今度だな」 この前、翡翠買わないで持っておけば云々、と独り言を零して後ろに続く。 「御当主」 大蔵南洋(ia1246)が呼び止めた。 「後ほど、徳志殿が姿を消される前に語られた事をお伝え致したい。長く言葉を交わした最後の者は‥‥私かもしれぬゆえ」 「ああ、それはありがたい」 当主は頭を縦に振った。遠ざかる四人の姿を石動 神音(ib2662)が心配そうに見送る。 「卯城の当主さんに、なんとか元気になって欲しー、生き甲斐を持って欲しーと思ってるんだけど‥‥どうしたらいいかな」 傍らの神咲 六花(ia8361)が石動の肩を抱いた。 「そうだね、少し考えてみようか。ある意味、一番の被害者なのは同感だからね」 全てを失わせてしまった。 そんな罪悪感が、ちりちりと胸を焼く。 卯城家の五彩友禅保有数は少ないといっても、久遠院は選びたい放題であった。 「これ可愛い! あっちは少し大人っぽいかなぁ。迷うんだよー、よし、コレにする!」 と高々と掲げたのは、五彩友禅『山下』の落款が押された、豪華絢爛の着物だった。 「なるほど『花籠』かね。目利きは確かなようだ」 「花籠?」 「傑作と呼ばれる着物には、それぞれの呼称がつくだよ。紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩は五彩友禅の伝統に則りつつも、牡丹や菊、梅や桜、桔梗などの様々な花々が絵巻のように咲き誇る‥‥職人の遊び心に溢れた逸品。山中に劣らぬ、自慢の品だ」 卯城家の当主は、それを十四万四千文で譲ってくれると久遠院に告げた。 「‥‥金、持ってくるんだった」 後ろで酒々井が呻いている。からからと笑い声が零れた。 「花嫁衣装にしても申し分のない品だが、将来に備えてかね?」 尋ねた当主に久遠院は寂しげに笑う。 「これは思い出であり戒め。この綺麗な布の向こうにあった悲劇を忘れない様に! それに‥‥本当にお嫁に行くお姉ちゃんも、居ない訳じゃなかったんだよ」 滅んでしまった故郷の思い出。 そうか、と当主は深く追求せず手を叩いた。折角だから女達が着せてくれるらしい。 天霧は五彩友禅の検分を済ませて、戻ってきた。 「そう言えば、以前の資料ですけれど、‥‥心よりお礼を。御蔭様で知りたかった事を大半知る事が出来ました」 それはよかった、という返事に微笑み返しながら思う。 隠れ里の作品と、品質はなんら変わらない。ならば‥‥ 「みてみてー!」 振り向くと、花籠の名を持つ五彩友禅を纏った久遠院が立っていた。 季節の山菜が織りなす陸の幸に舌鼓を打ちながらも、賑やかな時間が過ぎていく。 寂しげな背中の当主を労って、水鏡や天霧が率先して酌をした。 「卯城様、身体冷やしたらダメだよ。食べたいものがあったら言ってね、雪彼がとってあげるから。美味しい? 雪彼と暮らしてるお父さんがね、お酌してもらうのは美味しいって言ってくれるの。でもね、たまには綺麗なお姉さんにお酌してもらうのもいいみたい」 水鏡の優しい眼差しを見返して、ほろりと涙がこぼれることもあった。 「卯城様?」 「ああ、いや、気にしないでくれ。‥‥いかんな、年を取ると涙もろくなってしまって。もしも娘や孫がいたら、こんな風だったのかもしれんなぁ」 少し前まで、この家は輝きで満ちていた。 それは偽りの栄光に過ぎなかったけれど、権威を持ち、次代に家督を譲り、改心した将来有望な息子と皆に慕われる義理の娘が夫婦になり、やがて孫の誕生を祝う‥‥ 夢に見た日々は‥‥もう、戻らない。 ずずっ、と鼻をすすった当主に「悪かった」と一人呟くのは酒々井だ。 天奈の命は助かった。いくらアヤカシに都合良く利用されていたとはいえ、望んだことや行った悪事は消えない。結局、失わせる形になったことに胸を痛めていた。 「まあ、のりかかった船だ。これから白螺鈿に寄る時に兄妹の事は気にかけるようにするし、ここいらの依頼があれば卯城にも顔出すようにする。‥‥気はしっかりもってくれ」 卯城家が再び栄光を取り戻すには、並々ならぬ努力が必要になる。 今後、山渡りも過酷なものになるだろう。 引退を迫られるほど老いた身で、何処までできるかは分からないが。徳志の生き様を淡々と語った大蔵は、酒を片手に瞼を伏せた。脳裏に蘇る牢の会話。あの男は、愛していればこそ道を踏み外した。 「今にして思えば、あの時既に期する所があったのでしょうな。仔細を知る術は最早御座いませぬが、天奈殿のためにそうしてやらねばならぬだけの理由が徳志殿にはお有りだったのでは」 当主に酌をしに来た劉は、徳志の話と聞いて当主を慰めた。 「徳志殿は方法は間違っていたが、愛する人の為に自らも捧げた覚悟ある人だったと思う。‥‥ただもっと良き道を考え探せる場や機会があったら」 別の未来もあったかもしれないと。 里の歴史が陰鬱なだけに、あまり表沙汰にするのは難しいかもしれないが。 突然、石動が「あのね!」と身を乗り出す。 「お屋敷に埋もれていた伝承、それらが忘れられ、正確に伝わらなかったことが今回の件の一因になってる気がするんだよ。正しい伝承、正しい知識をこれからの鬼灯を作っていく子供達に正しく伝える場、それが必要なんじゃないかな。過ちを犯したというなら、だからこそ、今度は子供達が過たないよう指導できる、と思う。それに‥‥そこで学んで育っていく子供達を、当主さんの子供だって思えないかな?」 この老人には、生き甲斐が必要だ。 「‥‥確か、以前亡くなられた迎火衆の遺族には、子供もいたとか」 神咲がいつのまにか石動の傍らにいた。 「いっそ、親を失くした子ども達の養い親になってみたらどうかな? 金銭的支援だけではなくて、孤独を補い、先人の知恵を受け継ぐ、いつか本物の家族になれるかも」 劉も「伝承の学問所や研究所設立か、いいかもしれないな」と後押しする。 「お屋敷の一部を開放して寺子屋を開いてみるのはどーかなー? 神音はね、いつか天奈さんにその学舎で、人を救う技として薬草のことを教えて欲しいと思ってるんだよ」 「ご当主‥‥天奈に戻ってきて欲しいと思われますか?」 神咲の瞳が当主を見つめる。 卯城の迎火衆達を霧雨を手に入れる為の生け贄に使い、己の命が助かるために大事な一人息子を奪った、あの娘を。 当主は「これは表では言えない話だが」と前置きして声を絞る。 「誰の思惑や差し金であれ‥‥儂は結局の所、自分で決めた道を歩いてきた。飢饉を理由に大勢を手に掛けた。天城の焼き討ちを止められず、親友夫婦を里から追い出し、あげくあの兄妹から親を奪った。恨む気持ちはよく分かるし、嬲り殺されず普通の生活を送っていることに、後ろめたさを感じるのも事実だ。徳志を失った事も、勿論悲しい」 「しかしな」と老人は瞼を閉じる。 『言われてしまったな』 記憶の片隅に残る親友の声。 『名は考えてくださいましたか、卯の兄様』 親友と共に競い焦がれ、見守ると決めた女性。もう顔も思い出せない彼らとの黄金時代。 「儂が名付けた子らもまた。儂が面倒を見ると墓前に誓った、我が子のようなものだ」 償いきれない罪の重さを、卯城の当主だけは知っている。 「憎むべくは、守りきれなかった己の不甲斐なさだ」 一生抱えて、歩くことも。 「明るい人生をやりたかったのに‥‥ままならないものよな」 親としての責務を生きている内に果たせるだろうか、と。老人は呟いた。 「やればできる。きっとできるよ! 今度こそ雲孫まで伝わる様に、藁に見せかけた厄災を掴む者が出ない様に。やらなきゃ、きっとなにもできない」 久遠院が訴え、萌月がそっと背を撫でる。 「真朱が消えて‥‥大変なのは、これからかもしれません‥‥」 「ご当主、僕らは力になれます。一人ではない‥‥何か有れば、また絶対呼んで欲しい。そうだ、白螺鈿の地主への紹介状、お願いできませんか。名付け親としてならば、天奈絡みで何かあった時にそなえて」 「ああ、そうだな。そうさせてもらおう」 そして再び賑やかな時間が戻る頃、何故か水鏡は忽然と会場から姿を消していた。 水鏡は一人、鬼灯の中を歩いていた。 ちょっとだけ抜け出せばいいよね、とある人物を捜して。屋敷の中にはいなかった。 「あ、いた! 柚子平ちゃん!」 「おやぁ?」 それは、ゾッとするほど冷たい眼差しをした柚子平だった。 僅か一瞬のうちに双眸は弧を描き、何事もなかったかのように「どうも〜」と返す。宴に来なかった事や血に汚れた衣類に驚くと「少し仕事で」と短い答え。 「柚子平ちゃんに今回、利はあったの? あの時、柚子平ちゃん、自分がおかしいって言ってたでしょ」 人の側に踏みとどまっている。柚子平はそう言った。 「誰にだってある事だよ。雪彼も、おかしい事あるかも。境界線なんてないんだよ。柚子平ちゃんにとっての霧雨ちゃんは、雪彼にしたら、お父さんみたいな‥‥」 柚子平はお父さん発言に笑っているが「そうですねぇ」と空を仰ぐ。 「利はありましたよ。分岐と申しましょうか。野心に火がつくとは、ああいうことを言うのでしょうねぇ。霧雨クンは‥‥天から垂れる蜘蛛の糸のようなものです」 悪逆非道な男が、たった一度助けた蜘蛛。地獄から這い上がるための生命線。 「‥‥こんな話はするものじゃないね。他のお話して帰ろうか」 瞳の奥の深淵を覗いた水鏡は、そう言って歩き出す。 夜が明けると同時に境城家を尋ねた天霧は、予想外の門前払いを受ける羽目になった。 真朱の依代になってきたと思しき舞姫制度の今後について話し合おうとした所、益々遠ざけられる始末。境城家の当主は忙しくて面会謝絶、迎火衆の山彦も歯切れが悪い。押し問答になっていた所、新米の迎火衆が微かにこう山彦に囁いたのを聞いた。 『‥‥つきましては遺品は全て舞姫の館より運び出し、焼却処分せよとのご命令です。あの血痕の量からして、婆様の生存は絶望的と‥‥』 舞姫の屋敷で老婆の死人が出た? それも惨殺? 「どういうこと?」 天霧は胸騒ぎを覚えたが、固く閉じた門は開くことはなかった。 凛麗で山渡りを行った劉と久遠院は、隠れ里の墓前にいた。 運び出されることなく寂しく眠る職人達。花を捧げて、酒をかけた。きっと彼らも必死に抵抗したのだろう。大声で叫び、時には脱出を試み、織物に己の落款を示して。 「安らかに御眠りください」 「真朱は倒した、でもナマナリの事はまだ分からない部分が多い。俺達はこれからも」 戦っていく。巧妙に秘匿された真実を捜して。 「次は彩陣だな」 忙しい日程だ。移住した職人の子供達にチョコや飴を振る舞って贅沢をさせた後、大人達に酒を振る舞いながら里への伝言を預かった。この際、里に残った天霧も職人達の元を回ったのだが、彼らの腕前はそのまま維持されており、何ら遜色ないどころか、人によっては現在の職人より遙かに上回る技術者までいたというから驚きだ。 二人は時折襲ってくるアヤカシを倒しながら彩陣へ赴いた。 彩陣では既に船の購入に向けて着陸場所を確保する為に、木々を集中的に切り倒していたし、その木も薪として活用していた。生きていた家族との再会を待ちわびながら、今後の事を鬼灯と話し合うという。久遠院がひっそりナマナリについて尋ねたが、どうも『らしい』話は聞けたが、奇妙な点の多い別な信仰や伝説が根付いていると分かったのだった。 「うーん。頭がぼーっとする。これ、今度改めて来た方がいいかもなんだよー」 鬼灯での半年間を思い出し、そう簡単にいかないとつくづく悟った二人だった。 一方、酒々井と萌月は彩陣行きの山道を昇った。アヤカシの数を蹴散らす為だという。 「‥‥やはり、真朱が消えた影響は‥‥大きいのかも‥‥」 試しに被った鬼面は効果がなかったが、現れるアヤカシの種類は様変わりしていた。 人間が通るには難所であるのは確かだが、多少腕に覚えのある開拓者ならば、難なく通れる状態に回復していたからだ。もっとも、魔の森の侵食範囲だけは広がっていたが。 「おい、ルイ。あんまし遠くに行くなよ。‥‥負けたくないなら支配する力をやろう、か。そんなもん受け入れた時点で、自分の力の負けを認めるようなもんだ」 迷った己を言い聞かせる様に、屍狼を破る。 「弱いアヤカシを破るのは簡単だが、真朱には俺だけの力じゃ届かなかったし、ナマナリを倒すなら、もっと強くならねぇと。調査の方は、あんま手伝えなさそうだが、かつてナマナリを封印した術の手掛かりでもあればなぁ‥‥術式に使ったような模様だとか」 手がかりを捜して、二人は橋の所から鈴に乗り、あの場所へ来た。 太古の昔、今の鬼灯へ降りる前に、天城一族が祀っていたと思しき宮へ。 「‥‥鬼灯の天城が焼けてしまっているので、古い記録などが‥‥残っている可能性がある場所は‥‥ここしか有りません。‥‥元々のハフリが天城であったのなら、役目は‥‥封印の維持管理であった筈です。方法や神器について‥‥何か分かるかもしれません」 その時、酒々井は焼いた本殿の方向から覚えのある声を聞いた。 実は鬼面を被った地下道を、天霧が通っていたのだ。谷底から此処までの道は無く、鈴で連れてくるしかない。手を振っている姿を見つけ、知らせようとした刹那。 「‥‥え‥‥?」 目を疑う。宮から飛び出してきたのは、萌月ではなかった。 「待って‥‥! 酒々井さん、止めて‥‥!」 「‥‥ぉ、おいまて! そっちへいくな!」 現れた鷲頭獅子に跨り、魔の森の奥深くへ飛び去ったのは‥‥失踪したはずの、徳志。 「おい、鈴音! 何があった! どういうことだ!」 ぺたん、と襤褸の宮の中で腰を抜かした萌月は「遺体が」と震える体を抱きしめる。 「‥‥遺体が、あったんです‥‥脈もなかったし、鈴で運ぼうと‥‥」 手を取った瞬間、徳志の遺体はぎょろりと目を剥いて、俊敏な獣の様に走り出したと。 「‥‥ち、化けたか‥‥それか何か入りやがったな」 徳志は襲われて失踪した。生存は絶望的。真朱は確実に倒した。ならば『徳志の姿をして魔の森に消えたアレ』は何なのか。少なくとも鷲頭獅子は、アレに従っていた。 考えても、答えは出ない。 その後、落ち着いてから天霧を迎えに行って分かったことが一つ。 「地下道では、鬼面が未だに有効だわ。アヤカシは彷徨いてたけど、知恵のありそうな奴は襲ってこないの」 地上で通じなかった鬼面が、地下道では効果を示す。 「鬼面をつけた者を襲うな、と言う命令が生きているんだと思うわ」 「地上と地下で命じている存在は別か‥‥解かれた呪縛は真朱の件だけってこったな」 「‥‥何かあったの?」 偶然にも頭の痛い事実を知る羽目になった二人を、天霧が不思議そうな顔で見た。 ハフリの相当古い記録を手に入れた萌月たち三人は、一旦里に下りてから『死んだ者が現れても、それは知人ではないから気をつけろ』と忠告を促すに留めた。 不穏な予兆を見つけた者達に対して。 石動と神咲、大蔵は白螺鈿の天城兄妹を訪問していた。 ぎこちなく挨拶してお菓子作りでも、と距離を縮めようとしたが、大蔵の天才的な不器用で謎の物体が出来上がってしまい、甘味所で話をすることになった。 あぁーんと白玉団子を石動の口に運ぶ神咲。 「美味しーい。帰りに禄多くんのお土産にしようかな」 そして預けられたチョコレートで、同じ行動をしろと暗に示され、ひっぱたかれる和輝。 「妹御の扱いには苦心しておるようだな」 妹のいる大蔵は他人事ではないらしく、和輝を不憫そうに眺めた。 「新街道の様子はどうだ? 当面は仕方ないにせよ、将来的には通行料は値下げが望ましいように思う。両町を行き交う人の数を増やす努力もせねばいかんし」 「料金に関しては長期戦かな。ここの地主が融通の利かない人だから」 ほう、と大蔵の瞳が光る。 「時に、この町の顔役についてどう思われる? なんでも一代で町を築き上げたやり手と噂に聞いておるのだが」 「確かに凄い人だよ。細身で優しそうな男性に見えたけど、刃物みたいな感じかな。見習わないといけない」 隣で餌付け中の神咲が、兄妹に声を投げた。 「何かあれば、必ず僕たちを呼んでくれないかな?」 「そうさせてもらう。すぐにでも手伝ってほしいくらいさ」 言って和輝が笑った。 石動が、当主の言葉などを伝えても黙り込んでいる天奈。 大蔵が溜息一つ。 「不満か? 遠からずお主達兄妹が鬼灯の町を差配することとなろう。これ以上何も手を下さずともな」 新しい時代が来る。大蔵は続けた。 「それと徳志殿の事だが‥‥忘れないでやってくれ。お主を生かすために、命まで捨ててくれた男なのだからな」 遠い記憶に瞼を伏せた。 決着を見せた山渡りの異変。 しかし予兆を見つけた開拓者達は、去り際に鬼灯と渡鳥金山を見上げる。 そう遠くない未来に、大きな力と出会うような‥‥恐ろしい予感を胸に秘めて。 |