【山渡り】優しさの謀略
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/02/02 20:34



■オープニング本文

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 もしも願いが叶うなら、かみさまに何を願う?


 それはまだ無知が許された時代。
 親の目を盗んでは裏山で遊んだ。里の子からは距離を置かれ、寂しさが胸をしめた時に得た、兄のような友と可愛い妹。馴染むのに時間はかからなかった。
 ある日、祠の探検から戻った後に『鬼灯祭で願うこと』を聞かれた。
 親が怒らなくなるように、と答えた。
『私もしんしゅに頼んであげる』
 その年。
 父と口論をしていた来客が、屋敷階段から落ちて死んだ。しかし『誰もこなかった』ことにされた。親父は憔悴し『あれは事故だったんだ』が口癖になった。俺を怒鳴る余裕はない。
 幼いあの子は泣いた。
「お母さんが帰ってこないの。探してってお願いしたのに、ダイカだからだめだって。徳治……ダイカってなに?」
 取り返しのつかない過ち。
 二度と泣かせるわけにはいかなかった。
 だから祠への橋を斧で落とした時に、揺るがないと決めた。
 病める時も、健やかな時も。
 たとえ人の道を踏み外しても、変わらずに愛し続ける。
 いずれ自分の番が来ると悟っていても‥‥それが償いというものだろう?


 囚われの職人達は、面倒見のいい陰陽師の質問に答えた。
「‥‥鷲頭獅子の群に襲われた。まるで待ちかまえていたように。もう死ぬと思って意識を手放した。気が付いたらここにいた、そんな奴が何人かいる」
 あれは夢だったのかな、と。


 結婚式の会食の後。
「みつきめあそびは、徳志さんから習ったの?」
「そうよ。彼はとても物知りだったから、いつも遊んでくれた」
 天奈はおさげの子に微笑む。


 徳志は、夢から目を覚ました。
 足音が響き、地下牢の前にサムライが現れた。
「まだ話す気にならぬか」
「‥‥ふん。アヤカシ避けの術、か。俺が欺く術に長けていると? 随分と優れた風に聞こえるな。教えてくれ、開拓者。何の代償もなくアヤカシに逆らえる術を持つ、選ばれた立場は心地いいか? 力のない者がとる手段など思いつかないだろう?」
 皮肉を口にして、徳志は格子に手をかけた。
「人の喜びや苦しみに物差しはない。そいつの生き地獄が分かるのは本人だけ。だが、総じて人には共通点がある。目前に唯一の光があれば、掴んでしまう。他の犠牲など気にもならなくなるぞ」
「何の話だ」
「お前たちが知りたいこと。俺が目を背けてきたもの。鬼灯で続く円環の宿命。その源は何か。溺れる者は藁をも掴む‥‥それが全てだ」
 徳志は格子から離れ、腰掛けた。
「和輝と霧雨に伝えろ。『祠を探すな。絶対、取引に応じるな』と。俺ができるのは、鬼を飼うことへの忠告ぐらいだ」
「年が明けたら、また会いに来る」
「それはきっと無理だな」
 寂しげな顔で溜息を吐いた。


 和輝は、次の計画を聞こうと妹を捜した。
 いつも妹の望み通り物事は進んだ。
 伝説に劣らぬ謀を行う賢い妹が、天性の才で復讐を成し遂げるだろうと信じていた。
 この日までは。

 枕元の毒薬が無い。ここまで手際のいい相手は限られる。
 天奈が舌打ちした時。
『会いに来たよ?』
 ゾワッ、と産毛が泡立つ。振り向くと女中が佇んでいる。
 違う。コレは人じゃない。
「し‥‥真朱なの?」
『どんな姿を取ろうと、私を間違えでないね? 目障りなのが多かったから、ちょいと器を借りたのさ』
「ねえ、霧雨様を取り戻して」
『もう無くしたのかい。で、相手はどこ?』
「わからない。報酬は一人」
 唇に人差し指が添えられた。
『九十九人分、足りないよ』
「百人? だって前は迎火衆の一割で足りるって」
『庭から標的を探して手下に襲わせる、のとは違う。行方不明の男を探して浚い、自然にお前の元に届ける、なんて百人でも割に合わない』
「じゃあ里の中から」
『前も言っただろう。里の中と有力者はダメだ。一人消すだけで山狩りになる。里から出す為に掌握させた鬼火衆はどうした。今日は滞納分の催促に来たんだよ。ここ二ヶ月、食堂が騒がしい』
「秘密里は私のせいじゃないわ! 開拓者が」
 女の瞳が赤く煌めく。
『ひと月に一人。願いは言い値を。だからもう一度、願いを叶えて。‥‥十年前、祠で約束したね? 我が手に契約書がある限り、お前が命ある限り、約束は永劫に続く。二ヶ月分、誰をくれる?』
 見つかった職人は、もう保険として役に立たない。
 雪深い以上、山渡りが行われない。
 連れ出せる者は限られる。
『鬼灯祭が終わるまで待ってやろう。私は慈悲深いんだ‥‥里の内外に大きな影響を与えない者だよ。年明けまでに用意できぬなら、契約通りお前たち兄妹を、手下に迎えに行かせるよ』
 ひひひ、と淫猥に笑う。瞳から光が消えた。体が崩れる。
 天奈は座り込んだ。
 和輝は物陰で、息を殺して震えていた。


 十二月に入り、鬼灯祭が始まった。
 鬼と戯れる賑やかな宴。そんな中で引退を控えた卯城家の当主の耳に一報が入った。投獄中だった徳志が、何者かの手引きによって脱獄し、山道へ逃亡。『俺が滞納分だ、受け取れ』という雄叫びを残し、現れた一体の鷲頭獅子に銜えられて山へ消えた‥‥生存は絶望的。
「‥‥待ってくれ。じゃあ」
 偶然、女連れで鬼灯祭に来ていた泰拳士が挨拶に来た時、当主は憔悴しきっていた。
「儂は、失ってしまった‥‥何もかも」
 分からない。
 一体どこから間違ったのか。
 常に被害の少ない方法を模索しながら、何故か両手は血にまみれ、大事な者たちを失い続ける。底なし沼にいるようだ、と。疲れ果てた老人は言った。


 その頃、境城家の当主は笑っていた。
「山彦よ、名簿だ」
 大人数の職人達を鬼灯に移住させる準備が整った。積雪や魔の森の問題で、彩陣にすぐ戻せない。死んだ者扱いだった職人も多く、絶望した家族が彩陣を離れていた例も先日報告された。
 まずは人並みの環境と仮初めの仕事を与えて、元の生活に戻す時間がいる。
「新しい街道は色々と整備の手が必要でしたし、丁度いいです。後は、卯城のお手並み拝見ですね」
 境城家が職人の身を預かり、生活と仕事を支援する。
 信頼を失った卯城家の役目は、彩陣行きの山道を元に戻すこと。
 定期的なアヤカシ退治だ。
「職人の移住は、開拓者が来るまでに完了しておけ。心配していたからな」
 山彦は「はい」と笑う。境城家の当主は窓へ向かい「さて」と天城家の屋敷跡の処遇について頭を悩ませ始めた。壊すか、埋めるか、守るか‥‥判断を下しきれずに。


 年が明けて。
 柚子平達と開拓者宛に一通の手紙が届いた。
「助けてくれ」
 散々悩み、一つの決断を下した和輝。
 手紙には盗み聞いた会話が記されていた。
「あと一人、誰かが殺される。妹の愚行を、君たちは許してはくれないだろう。だが、それでも求めれば助けてくれると、赤毛の開拓者は教えてくれた。俺に出来ることはなんでもする。もう一度やり直す機会をくれ。このまま無惨に殺されるなんて嫌だ」

 俺にはもう妹しかいないんだ、と。


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
水鏡 雪彼(ia1207
17歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰


■リプレイ本文

 御彩・霧雨(iz0164)と分かれて数日後、鬼灯の墓場にいた。

 神咲 六花(ia8361)曰く人魂の鳥の足に文を持たせてあるという。
 皆で合意したこと。境城、卯城の影響下にない所に隠れ家を手配してもらうこと。「和輝には天奈を隠す事で時間を稼ぎ、その間に契約書を捜す方針だと伝えておいた」
 問題は信じたか。
「噂をすれば、だな」
 劉 天藍(ia0293)の視線の先に和輝がいた。
「来てくれたんだな」
 神咲が苦笑を零す。
「疑ってたのかな? 必ず呪縛から解放してみせるさ」
 和輝の表情が和らいだ。
「言ってもいい?」
 久遠院 雪夜(ib0212)が和輝を睨む。
「正直、ボクは天奈は倒すべき敵だと思っていたし、今でも思ってる。でも和輝さん『が』天奈さんを助けるのなら手助けする‥‥その前置きがあってここにいること、忘れないで」
「もちろん」
「分かってない」
 言葉を遮り、久遠院は歩み寄った。
「適当に言葉を濁す気? 大勢の人が大事な人を失った。善意を逆手にとって、沢山の気持ちを裏切った。挙げ句の果てに、天奈さんは仲間を浚った」
 今も死体の山は築かれ続けたかもしれない。
 そう思うと腹が立った。
「妹の愚行? 傍にいて止めなかった和輝さんも同罪だよ。ボクたちは鬼灯や彩陣の人々をアヤカシだけでなく復讐や策謀からも守りたいから、ここに来たんだ」
 忌まわしい鬼灯へ。
 天奈を見捨てることは簡単だった。けれどそれで厄災は去らない。
 三十年前、鬼灯で起こった悲劇と卯城の当主が抱える苦悩を語って聞かせた。
「今までの犠牲者を思うなら、天奈さんを説得してよ」
「俺の説得を聞くかどうか」
 ぷち、と久遠院の堪忍袋の尾が切れた。
 和輝の胸ぐらを掴む。
「妹しかいないんだ、というなら、その思いを全て正面からぶつけてみてよ!」
 振り上げた久遠院の手を、劉が掴んだ。
「もうその辺で‥‥暴力は何も生まない。‥‥和輝さん。怒りも復讐も懺悔も、共に戦う力に変えろ。山に生きる人達のつらさは分かるつもりだ。昔の罪は問わない。けれど許すという事とは違う。もっと早くに言ってくれれば」
 死なずにすんだ者達は、いたはずだ。
 劉は沸き上がる激情を理性で殺し、拳を握りしめた。
 浚われた徳志。霧雨を手に入れる代価として襲われた卯城家の亡き迎火衆。隠れ里に監禁され、失意のままに死んだ者。あえぐ職人達。奪われた多くの人生。
 開拓者達が鬼灯に来てから半年近く。
 その間も犠牲者は増え続けた。
「俺達が手を貸すのは、目の前の今生きてる人達を助けたい。それだけだ」
 凍てついた声が、明確に線を引く。
 重い沈黙。
 天霧 那流(ib0755)の声が、静寂を破る。
「言いたいことは分かったでしょう。悪いけど、私も天奈を許せそうにないの。協力するのは依頼と割り切っているからであって、同情や肩入れではないわ。変な期待はしないでね」
 和輝は俯く。
「私達は『依頼を果たす』、それだけよ。その後も、あなた達は生きていかなければならないの。今までの黙認を同罪だと言われて、謝罪一つで済ますつもり?」
「死んで詫びろと?」
「生きていかなければならない、と言ったのよ。本当に悔いているのなら、兄妹共に全てを公にし、償いをするべきだわ。石を投げられても、償い続けなさい。考え得る全ての方法で。手始めに、一番気持ちを理解出来る肉親として、天奈を止める。そこから始めたら?」
「‥‥妹一人説得できないで、償おうなんて無理だよな」
「本当に助けたいなら覚悟を決めなさい」
 和輝の瞳に光が戻る。
 石動 神音(ib2662)が袖を引く。
「神音も天奈さんを説得したい、って思ってるよ。だから頑張って」
 ひとりじゃないよ、と。
「‥‥ありがとう。いい年して、みっともなくてごめんな」
 掲げられた希望の光。
 叱りとばされ、現実を理解し、説得され、手をさしのべられて。
 ようやく。
 和輝は『今の自分に手伝えることはあるか』と口にした。
 落ち着いた久遠院が、三十年前の『全滅した』の流言の広まりが異常に早かった事と、願いの代償の百人と職人百人の符号の合い方を説明し、鬼灯の住人と職人の間に何らかの流言が広まりかけたら、沈静化をお願いしたい、と言った。
「あと山での天奈さんの行動とか、覚えていることない?」
「今まで天奈がしてきた事、真朱について、知っている事を洗い浚い吐いて頂戴ね」
 天霧の言葉は気迫が漂っていた。
「早速で恐縮だが、宜しいか」
 和輝の顔色を窺いながら、大蔵南洋(ia1246)が歩み寄る。
「昔の事などを思い出して頂きたい。『こうなれば良いな』と思った事が悉く実現していったのは何時頃であったか?」
 真朱との契約は一体何時、何処で、どのような形でなされたのか。
「ひょっとすると‥‥徳志殿と初めて会った頃ではないのか」
「そういえば、妹は異様なほど山を熟知していたな」
「熟知、というと?」
「俺達は身を隠して生きていた。親の言いつけで幼い頃は家の傍でしか遊んだことがない。徳志と遠くで遊びだしてから‥‥妹は家族の知らないことを覚えだした。薬草や茸の在処、旅人の話。徳志に教わったんだと思ってたが」
 考え直せば、妙だ。
「どの辺りで遊んでいたか、覚えておられるか」
「彩陣行きの山道の途中で、藪を抜けると橋の跡があるんだ。俺達が子供の頃は、まだ渡れた。あの向こうなら大人がやってきたりしないから、と」
「何か覚えは?」
「分からない。俺は重くて渡れなかった。いつも置いてけぼりで、一番に天奈が‥‥」
 やはり二手が望ましいのか。
 酒々井 統真(ia0893)が肩を鳴らす。
「追い詰められてるのは、こっちも同じだ。ひとつずつ片づけるしかねぇな」
「動こうか」
 神咲が柚子平に合図を送る。萌月 鈴音(ib0395)も里を見た。
「幾つか‥‥卯城家の当主さんに、確認しないと」
 柚子平の傍らで、水鏡 雪彼(ia1207)の胸は妖しく波立った。
 祭夜に聞こえた声。あの声の人に会える。遠い記憶の父母を救えなかった自分へ冷たく優しく笑むあの人の口元が脳裏に甦る。
 心の透き間に入り込む誘惑を振り払い、水鏡は柚子平の袖をひいた。
「柚子平ちゃん、天奈ちゃんに会いに行くの?」
「そうなるでしょうねぇ」
「あのね。連れ出す時、雪彼も一緒に行きたいな。会ってみたい」
 柚子平は微笑み返す。
「美人と一緒だと気合いが入りますね。では一緒に参りましょう」
 天奈の予定を和輝から聞いた後、皆は各々の仕事に取りかかった。


 大蔵と劉、天霧は、和輝と共に境城家の当主へ坑道の調査を願い出た。
「坑道を封じるのは暫しお待ちいただけぬだろうか?」
「大蔵殿達がそう言うなら‥‥しかし盗掘者の危険も考えると」
 里の権力者でありながら、鬼灯の過去から一歩引いた所にいる境城の当主は呑気な事を言った。
「枝道が多く有り、恐らく出入り口が幾つもある筈。入口だけ潰しても意味はない。綿密な調査が必要なはずだ。職人救出と仮住まいへの移住、くれぐれも注意してほしい」
 と、熱弁を振るう劉。
 大蔵は「想像して頂きたい」と更に迫った。
「余り褒められた経緯ではないにしろ、あの秘密里、五彩友禅製作が可能な環境にあり、今後彩陣が魔の森に覆われた際の代替地に成り得るのでは? 移り住むには鬼灯の町との行き来の安全確保が絶対条件‥‥そのための調査を行いたい。和輝殿はいかがか?」
 こうして猶予を得た。


 息子を失い悲嘆にくれる城家の当主に会った。
「徳志を奪ったアヤカシの大元と決着をつけにいく、その為に天奈に接触、確保させてもらう。暫く兄妹を保護させてもらうかもしれないが、最終的に天奈は返す、絶対に、だ」
 卯城の当主は首を傾げた。
 開拓者達は『徳志を陥れたのは天奈だ』と前に指摘した。
 今度はアヤカシ絡み。
「金山には魔の森が広がっている。徳志を襲ったアヤカシの区別なぞ」
 劉が頭を垂れて挨拶し、当主に向き合った。
「俺達は巧妙な罠に踊らされていたんです。恐らくこの地に根付くアヤカシが、この里を己の餌場とし人を支配していた‥‥という見解に至りました」
 これから真相を確かめに行く、と。
「飢饉もその一端かと。五行有数の穀物地帯である白螺鈿への道が通じた今、アヤカシに飼われ続ける理由はない筈。懺悔で終るより共に戦う道を。貴方には俺達にない力がある」
「わしに?」
「里の皆からの信頼。伝承の知識、開拓者を頼む伝手と財。天城兄妹含む里の皆の力になれるのは貴方だと俺は思う。里に関する昔の伝承を見せて欲しい、特に祭の始まりについて。何らかの手掛かりが掴めれば‥‥」
 当主は腕を組んで唸った。
 少なくとも真剣に受け取ってもらえたようだ。
「鬼灯祭は元来鬼火爺の主導であるし、舞姫の養育と世話役の選出は境城の婆共と迎火衆の領域で、儂は‥‥どれほど昔の話を知りたいのかわからんが、蔵に色々と日記や文献が埃を被っているな。そう言う類でいいのだろうか?」
「後ほど拝読させて頂いても?」
 天霧の申し出に許可が下りる。最優先は契約書の在り処候補の祠の特定。祭の歌に出てくる洞窟や祠に該当する物が地下通路以外にあるかの調査。真朱の伝承、舞姫の名が真朱と呼ばれる由縁を見つけなければ。
 萌月が進み出た。
「天城家が焼けた際に、生き残ったのは天奈さんのお母様だけだったのでしょうか」
「ああ」
「事故で全員が死んだと思われたのは、入り口側が崩れて、生存者が閉じ込められたからなのでは?」
 答えは、是。
「最後に一つだけ‥‥真朱とは何か、心当たりは有りませんか‥‥?」
「真朱? 舞姫だよ。元を言えば、鬼灯の守り神だ」
「守り神?」
 眉をひそめた。


 柚子平が霧雨の話で天奈を連れ出した後、物陰から人魂で見張っていた水鏡と大蔵は、天奈を連れ去った。
「暴れないで頂こうか」
 大蔵が言い放つ。水鏡が微笑みかけた。
「はじめまして。私は雪彼。お話は聞いてるよ」
 石動は野草図鑑を見せた。
「あれから神音も薬草の勉強をしてるんだよ」
 示したのは、ヒカゲシビレタケ。天奈が使った原料だ。
「‥‥ねぇ。街の歪みで家を滅ぼされたのに、今度は天奈さんが歪みの街の上に君臨しよーとゆーの? 理不尽に親を奪われる子供たちを生み出そーとゆーの? あなたを思ってくれた人を失ってまでしなければいけない事なの? 天城家の威光を取り戻せたとしても、結果は手段を正当化しないんだよ。天奈さんは人を助けられる、凄い力を持ってるのに」
 目を見開いた天奈に、大蔵は告げた。
「霧雨殿を取り戻したのが、我々だと検討はついているのではないかな? よるべなき里で、よくぞここまでやり通せたものだ」
 天奈の意志の強さと行動力だけは、常人を遙かに凌ぐ。
 神咲が嘲笑う。
「僕らが憎ければ復讐しても構わないよ。毒でも使ってさ」
 憎まれ役を買って出た神咲が、和輝の関与を伏せつつ怒りを煽ろうとしたものの、酒々井が和輝経由で真朱の話と天奈を保護するという依頼を受けたことを、もう代価は払わせないし真朱は倒す、と勢いで話した。
 それは。
 解放を約束する計らいの言葉だったが‥‥残念ながら、天奈の耳には『お前の計画を無に帰してやる』という風にしか届かなかった。
 隠してきたのに何故、兄が契約を知っているのか。
 共に復讐を誓った私を、開拓者に売ったのか。
 浮かぶ絶望。
 些細なことで誤解は生まれる。
 里や友を第一に思いながら‥‥全てを失った卯城のように。
 和輝の説得は上手くいったが、今回は皆の足並みが揃わなかった。
 水鏡が語りかける。
「天奈ちゃんに関して雪彼は責める立場じゃない。でもね。本気で誰かを苦しめたいと思う時は自分にも返って来るよ。アヤカシを使っても、いつかその苦しみに襲われるよ。覚悟を持って。本気で生きたいなら守るよ。中途半端に死ぬなら生かすけどね」
「私は覚悟を決めてたわ‥‥何を犠牲にしても、必ず返り咲くと!」
「貴女達一家から、全てを奪った。その元凶に手を借りても‥‥ですか?」
 断絶しかけた兄妹の信頼を、繋ぎ止めたのは萌月だった。
「里の狂気が‥‥真朱に誘導されたものだったら?」
 当主達の話や状況、複雑に絡み合った事実を紐解くと、見える真実がある。
 三十年前、飢饉があった。
 意図的な事故が導かれた。
 卯城は手順を間違い、天奈達の父親は生き埋めに。
 里の女は誤解し、天城家の屋敷に火が放たれた。
 そんな業火の中で、何故か無傷で生き残った天城の娘。
 長年存在が忘れられた地下迷宮を、難なく通り抜けた境城当主の兄。
 出来すぎていると話すと、天奈の瞳に正気が戻った。
「‥‥ですから、閉じ込められた天奈さんのお父さんが‥‥真朱に、家族との再会を願ったのではないでしょうか?」
 導かれて迷宮を抜けた。
 その願いの代価が、天城の焼き討ちではないかと。
「あの事件は、真朱が起こしたのかも。それでも真朱に‥‥頼りますか?」
 長い沈黙。
「そんなの、今頃」
 揺らいでいる。石動が畳みかけた。
「神音達がきっと契約を解除するから、契約書のことを教えて。祠ってどこにあるの?」
「‥‥神に勝てるわけがないわ」
「んなこと言ったって、このままじゃ時間切れで契約違反なんだろ?」
「僕らを代価として差し出すのはどうだい?」
 神咲が「ね」と酒々井に目を配ると「だな」と返事が返る。
「俺達が勝っても負けても、天奈の当面の危機は去るだろ? 賭けてみないか」

 開拓者の誇りと命を懸けて。

 合意したところで大蔵に手刀で気絶させられた天奈を、物陰で様子を見ていた柚子平と和輝が迎えに来た。
 猫又のリデルと湯たんぽを預け、神咲が言う。
「せめてひと月、鬼灯を離れて身を隠してくれないかな?」
「しかし」
 久遠院を一瞥する。
 和輝を里に残すか隠すのか。
 結局、細かいところまで決めていなかった。
 柚子平が声をかけた。
「皆さんの成果次第ですね。先に天奈さんを白螺鈿にお連れしましょう。危うい場合は和輝さんも。兄妹で話し合う前に気持ちの整理も必要でしょう?」


 坑道は恐らく真朱及び配下の妖が構造熟知し、代価を浚うのに使用していたのでは。
 壁の爪痕を思い出して青ざめた劉だったが、大蔵と天霧が率先して地図に坑道の通路を書き込み、準備を済ませて、地下通路に潜ったのは劉と久遠院、天霧と松明を持った石動の四人だった。駿龍の凛麗と忍犬の天国は、お留守番らしい。
 天奈曰く、地下通路は複雑に入り組んで坑道に連結し、全てを知っているわけではなく、一定の位置から蝋燭を持って進むと、風の流れで隠れ里の他、二カ所に辿り着くという。共に途中にある注連縄の向こうは神の領域で、契約者以外が生きて戻るのが困難だという。

「‥‥みんな無事か」
 劉の疲れ切った声。
 逃げ場の少ない地下で、化猪だの大百足だのが続々と現れては応戦して逃げるのは、はぐれないようにするのが精一杯だ。いちいち倒していたらきりがない。
「ここにいるわ。水稀もありがとう」
「神音も大丈夫。くれおぱとらが助けてくれたし」
 連れてきて良かった、と猫又を抱きしめてから再び松明に火を灯す。
 真朱と対面するかもしれない以上、此処で消耗していられない。
「でも、なんでボクだけ『いない』みたいな扱いをうけたのかなー?」
 久遠院は首を傾げた。アヤカシは彼女だけを解放し、狙わなかった。
 劉が襲われた時の様子を克明に思い出す。
 一つの答えに辿り着いた。
「ここのアヤカシは『鬼面をつけた人間を襲うな』と命令されてるんじゃないか?」
 久遠院は能に使われる鬼面を偶然身につけていた。
「知恵無しは兎も角、知恵の働く連中は真朱に使役されているだろうし、契約者だけが此処をほぼ無傷で通れる。何度も調査に潜った境城家の迎火衆は襲われていない、となると」
 なにか目印があるはずだ。
 迎火衆は常に鬼面をつけて山を渡る。その理由は『鬼から身を隠す』ためだという。
「昔話もバカに出来ないわね。時間もないし、進みましょう」
 時に戦い、隠れて。
 辿り着いた先に広い空間があった。
 天から零れる光。
 彼らが求めるものは何もなかったが、苔で覆われた壁面に文字が記されていた。
 中央にくぼみ。
 苔を削ると、文字が読めた。

 おくつきにねぶるもの、かみにあらず。
 まらうどよ、じんぎにふるるなかれ。

「どういうことなんだろー?」
 石動が問うた時、遠くで激しい水音が聞こえた。嫌な予感がした。


 時は少しばかり巻き戻る。
 石動に『充分気をつけてね』と心配されつつ、代価として山には入ったのは、神咲と酒々井だ。二人の後を萌月が追う。鷲頭獅子が現れたが、守る者はいないし、あえて捕まることが目的だ。
 酒々井がルイと共に連れ去られ、神咲は萌月と鈴に乗って共に後を追った。
 距離が引き離されていく。
「この先は‥‥橋の向こう?」
 谷を渡り、魔の森に近づくと、大昔の建物があった。落とされた酒々井に手を出さない鷲頭獅子。建物の横は絶壁で石の階段があり、途中で崩れて無くなっていた。
「なんだこりゃ」
『ハフリたる天城が宮の隣にありしは、本殿に続く路以外に何があろうや?』
 ゾッ、と肝が冷えた。祭りの夜に聞いた声だ。
 振り向いた大空に、屋敷ほどの大きさの透き通った巫女装束の女が現れた。
 神々しく輝いてはいるが、気配は禍々しい。
『最も、大昔に崩れて今は使い物にならぬ故、地下道を通って本殿へ来る者ばかりだが』
「おまえが真朱か」
 疾走し破軍を重ね、紅焔桜で一気に片を付けようとした。
 しかし。
 虚空に漂う女の唇がつり上がり、指をひと払いすると‥‥抵抗に負け、紅焔桜の発動が封じられてしまう!
『‥‥ばちあたりめ。控えよ、小僧。我が名は真朱。鬼灯を救いし神なるぞ』
「神だって? 笑わせんな」
 飛び退く。内心は焦っていた。助けがいる、一人で挑むには危険すぎる。
『そう怯えるな‥‥本来なら食ろうてやる所だが、その顔は覚えがあるぞ。負けたくないのだろう? かつてナマナリに願った妾のようにアヤカシを支配する力が欲しくはないか』
 心に忍び寄る、魔性の囁き。
 刹那。
「仲間から離れてもらおうか!」
 呪縛符で鷲頭獅子を足止めしていた神咲はようやく追いつき、真朱に斬撃符を放った。
『無礼者共め』
 痛みを感じないのか、真朱は怯まず酒々井から舞い上がり、鈴に強烈な呪声を放った。
 神咲は地面へ逃れたが、萌月と炎龍の鈴が谷底へ落ちていく。


 萌月達が這い上がった川縁は、物陰に本殿があった。秘密里まですぐ近くの位置。
 無数の鬼面に鬼灯籠。そして横穴から劉達が合流した。地下道のもう一つの出口は、本殿へ続いていたのだ。言葉はもう必要なかった。劉が焙烙玉で契約書を本殿ごと木っ端微塵にしようとしたが、萌月が止める。
 すぐ真上で交戦中だ。爆音で気づかれては元も子もない。
 真朱は、増援の存在を知らないのだから。
 契約書は集められ、石動の松明で火にくべられた。
 しかし上までの階段はすでにない。悠長に路を戻れば、間違いなく二人が殺される!
「‥‥鈴。ごめん‥‥なさい。‥‥もう少しだけ、頑張って」
 きっとまた攻撃を受けることを理解しながら。
 最悪、相棒を失うことを覚悟して。
 一人でも多くの仲間達を、戦う二人の元へ運ぶことを決意した。
 地下班を上まで運ぶ手段が、幸運を呼び込んだ。
 鷲頭獅子と真朱の注意は、酒々井と神咲に向いていた。劉達が順に飛びかかる。
「もう好き勝手にはさせない! 人の願いにつけこむな!」
「悪いけど、これでおしまいよ。水稀!」
「助けに来たよー!」
「くれおぱとら、手伝って!」
「援軍がきたね‥‥妹には格好いい所をみせないといけないかな」
「ルイ、回復に行け。俺はこいつをぶちのめす!」
 不意を付かれた真朱は、攻撃の雨を浴びた。

『おのれェエエエェェェ!』
 おぞましい声をあげながら。
 神を名乗った真朱は‥‥跡形もなく砕け散ったのだった。