【山渡り】鬼のしずむ里
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/21 10:18



■オープニング本文

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 どんなに祈っても。どんなに教えに従っても。
 神様は結局、私達を助けてはくれなかった。
 だからこそ、
 あの日、彼らに誓ったの。
 離れないこと。忘れないこと。たびたび思い出すこと。
 そして、
 何者にも惑わされない、強固な意志を持つことを‥‥


 失敗したかな、と若者は頭の隅で考えた。
 逃げればいいのだ、そう高をくくっていた。元々死者がくだると言われる恐ろしい山だ。此処最近、魔の森の侵食具合も考慮に入れれば、一人で山渡りを行うことは、深く立ち入れば立ち入るほどに、自滅行為といっていい。
「あいつは境城と通じてない、と卯城の警戒を緩めさせれれば充分ちゃ、充分か」
 柚子平に会えれば良かったのだが、何処にいるのか見当もつかない。
 かなり魔の森に近くなり、諦めて山を下りようとした時、ざ、と視界が開けた。
 谷があった。絶壁である。轟音と共に流れる水音。
 橋らしきものは、既に朽ち落ちていた。
「こりゃ、人間には渡れないな。ん?」
 幼い子供の声が、遠くから聞こえた気がした。もちろん、周囲には何もない。
「‥‥疲れてるな」
 早く帰ろう。
 若者は身を翻した。それがよもや、重要な『音』であったことを知らずに。

 ここは地獄。
 岩に閉ざされたあの世。
 遠くに青い空が見える。翼があるなら飛んでいけるかも知れないが、飼われた私達には翼がない。夢を見ることなど、とうに忘れた。
 ‥‥何か、視線を感じる。
『こんなバカげた事があってはならん! 誰かぁー!』
 今日もまた始まった。
 新参者は金切り声でわめき立てる。ここへ連れてこられた者達は、大抵ひと月かふた月の間、悪あがきを試みる。けれどそれも時間の無駄。大声など上げたところで、洞窟に反響した声は清水の激流にかき消される。逃げ場はない。助け合って、身を寄せ合うしかない。
『お前達は情けないと思わないのか。一人や二人、束で掛かれば造作もない!』
 遠巻きに見ていた仲間が嘲笑った。
『筋を切られたあたしらが、鬼火に叶うわけがないのにね。川を下ろうとしても、途中で魔の森がさしかかってて死ぬのが分かってるのに、バカなじーさん』
 ‥‥また、何か視線を感じたが、気のせいだと思った。
『先人の話を聞けば、無駄だと分かる。ちょっと鬼に会ってくるわ』
 よろりと立ち上がった。私達は満足に歩けない。
『悪趣味』
『二度死なせる訳にはいかないでしょう。いくよ、聡志』
 里の片隅に粗末な墓がある。川を整地する際に、邪魔になった石で作ったささやかな墓標だった。いずれ私達もそこへいく。老いた者から死に、若者が生き残る。ここで生まれた哀れな子供は、多くが水子や餓鬼になった。それでもこの常世が『里』として機能し始めてから、生き残った強運な子供は5つになった。
『おっかぁ。おっかぁ。あれなぁに?』
 初めて目にするイキモノを、我が子は興味津々できいてきた。
 この十年近く、目にしたことのない『猫』だった。それも尻尾が、分かれている。
『はなれなさい!』
 食われる。
 この子を失ったら、今度こそ私はもたないだろう。
『みゃあ』
 守るように我が子を抱いた私の足に、そのアヤカシはすり寄っていた。たばかっているわけでは無いらしい。アヤカシとしての自覚がないのか、それは学のない私にはわからなかった。ただ、驚異に感じない。撫でれば、絹のような手触りの毛並みだ。
『おっかぁ? これはとりさん? たべられる?』
『いいえ。ネコ、というのよ。驚いたわねぇ』
 全身傷だらけの猫だった。どうやら『鬼の住処』を超えてきたらしい。
『‥‥お逃げ。岩の隙間を抜けてきたなら、帰れるだろう? ここにいると食われるよ。獣の肉は貴重だからね』
 一瞬、息子の食事にしてやろうと思ったが、アヤカシらしきものを与えて無事だという保証はない。私も人の女だということだろう。傷ついた猫の胴に布をまいてやった。
 猫は再び、鬼を踏み越えて『鬼の住処』へ戻っていった。小さな体ゆえの技だろう。
『ネコさん、いっちゃった』
『そうだねぇ。複雑な坑道を戻れるか分からないけれど、ここで食われるより戻れた方がいいだろう。さ。帰って虫煮を食べよう。いい子にしてたら、魚を捕ってきてあげるよ』
『虫煮かたーい。とりさんがいいー、羽根むしり手伝うからー』
 案外、人はどんな環境にも適応するのだと知ったのは遠い昔。
 所詮、私達は飼われる身。空を飛べず、野生に戻れない蚕と同じだ。


 崩れた岩のすき間から猫が這いだしてきた。
 野良犬が、のっそりと身を起こす。うまく這い出せない猫の頭をくわえて、引っ張り出すのを手伝った。猫は想像以上にすり傷を負っていたが、野良犬が胴を咥えて走り出した。出入り口に鬼の面を被った人がいる。
 山では野良犬も野良猫もさして珍しいものではない。飢えた犬が猫を食っていると判断した黒い鬼面を被る男達は、シッシッと追い払った。
 猫をくわえた犬が林の奥へ消えていく。
 そこへ今の今まで墓場に行っていた少女が戻ってきた。天城家跡はガードが堅く、墓場は地元以外の者を除いて、一切の文字のない墓石と卒塔婆ばかりが並んでいた。薄気味が悪い場所で墓を掘り起こすわけにも行かず、こうしてひとめをかいくぐって迎えに来た。
「おかえりー天国! えらいんだよー!」
 小さな少女が愛犬を迎えた。そして口にくわえた猫の姿にぎょっとした。
「え、なに!? なにがあったの!? なんでそんな‥‥って、布?」
 ぴら、とほどいた。
「‥‥芙蓉の花に、丸?」
 くれおぱとらの体に巻かれていた手拭いには、確かに葉彩家分家の紋があった。


「故郷がなくなる、か」
 何処かへ失踪した柚子平が帰ってこない間、御彩・霧雨(iz0164)は柚子平にかわって‥‥柚子平の家に住んでいた。
 つまり猫屋敷に。
「あんにゃろおおおお! 何週間も家をかけやがって! どーなってんだ!」
 大事な妹の婚礼衣装探しを友人に丸投げした誰かさんは、アヤカシを追いかけたまま帰っていなかった。そこでハタッと我に返る。
「そんな手こずってるわけないだろうし、何かあったのか?」
 みゃーん、みゃーん、ざりざりざり。
 指は猫の涎まみれ。猫たちが霧雨に群がっている。かまってほしくて仕方がない。
「まずはこいつらをどうにかしよう。里の件は‥‥俺じゃ叩き出されるだけだしなぁ‥‥もうじき冬か」
 雪が降ってくれば、里は外界と遮断される。
 毎年、ひと月か、ふた月か。長ければ、み月の間、里への道は閉ざされる。
「‥‥行ってみるかな」
 里が滅ぶのは時間の問題であることは知っていた。
 頭の固い両親が話をきかないことも。
 妹たちだけでも引き取れればいいと、霧雨は考えた。

 そしてギルドに張り出された一枚の紙。
『魔の森をこえられる者を求む』
 差出人は卯城家。迎火衆の護衛という内容で、今年最期の山渡りが張り出されていた。


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
神咲 六花(ia8361
17歳・男・陰
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰


■リプレイ本文

 希に懐かしい夢を見るのです。
 尊敬を集める誉れ高き兄と、天女と謳われた義姉上。
 私は兄の背を追いかけ、支えていくのだと思っておりました。
『お前は見る目がないな。弟は才能があるぞ。いつか里を担う男になる』
『言われてしまったな。こいつは跳ねっ返りで俺の言葉などききやしないよ』
『俺にあずけてみないか。お前より立派にしてみせるぞ』
『是非。兄を超える男になりたいのです』
『こいつめ』
『いいじゃないか。早く帰って、ややこと過ごせるぞ』
『おややが生まれるのはまだ先です。名は考えてくださいましたか、卯の兄様。弟君も、お仕事に励んでくださいね。応援していますから』
 兄への尊敬と義姉への儚い恋心、そして兄の親友に認められたという誇り。
 幸せだった遠いあの頃。
 名付け親に手を挙げた、師の眼差しに気づかなかった若い己を‥‥今も呪うのです。


 久遠院 雪夜(ib0212)から鬼灯の情勢を聞かされ、天霧 那流(ib0755)が値を教えてから御彩・霧雨(iz0164)は渋面を作り溜息を零した。
「高額すぎる値段でなら手に入るけど、本当にそれで良いのかしら。彩陣で直接買い付けるにしても里の状況からして」
「高額になるだろうな」
「その様子では、難しいようね」
「昔は気楽に手に入ったらしいけどな。いつの間にか名が売れ、注文が増え、そのくせ職人は減っていく」
 見事なまでの悪循環。
 萌月 鈴音(ib0395)が問いかける。
「例えば、葉彩分家が‥‥いつ頃、何故無くなったのか‥‥知りませんか?」
 曰く、消えた分家達の多くは今も別の地域で暮らしており、大半が虹陣と沼垂に居るらしい。移住する理由は様々だが、大半は山で家族を亡くして、彩陣を離れる場合が多い。萌月の言う『葉彩分家』が虹陣に移った理由は、七年か八年前に、養蚕と染め物両方の腕に秀でた有望な娘が、夫と共に山渡りでアヤカシに食われたからのようだ。
「遺体は‥‥鬼灯の町の外、になってるんだよね。葉彩の担当は境城家だけど」
 久遠院の確認に、霧雨も暗い顔をする。
「習わし通りならな。ただ話の通りなら、怪しいこと甚だしいが」
 存命の可能性が出てきた今、見過ごすことはできないだろう。霧雨は山渡りに同行する意思を示した。霧雨の実家担当は卯城家である。卯城家当主からの歓心を得ている酒々井 統真(ia0893)と共に行けば、ある程度の自由がきくのは間違いない。
「霧雨さんが昔見た、良くできた‥‥偽物の落款は‥‥どの家の物でしたか?」
「あれは春頃で、桜と菖蒲だったから、桜に丸は卯彩。菖蒲に丸は皐彩だな」
 故郷や出先も含めれば、かなり網羅されていると言う。天霧は外を見た。
「雪で来月の山渡りはないとの事だから、後は在庫品のみね」
 雪。救出は急いだ方がいい、と決断した。
「そうだ。御彩の名前で僕たちが信用できると保障する手紙がほしいんだけど‥‥書いてもらえないかなー?」
「御彩家長男の名前なら信用してもらえると思うし、山渡り前日くれおぱとらに手紙を持たせてもう一度坑道の奥にいってもらうよ」
 久遠院と石動 神音(ib2662)の頼みに、霧雨が快く応じた。自分の持っていた御彩家紋である椿の描かれた手拭いに、墨で字をしたためる。
「柚子平さんと最近会ってないの? いっそ捜索依頼を出さない?」
 俺も気になっていると、霧雨は天霧に言った。
 今回は柚子平探しも兼ねるという。
「見事におもりね。実はね、何となく友禅入手が虚言であたし達に里に関わらせるきっかけだったんじゃないかって気がしてきたの。ほんと、どこに居るのかしらね」
「流石に虚言はないと思うが。しかし卯城も境城も、どうしちまったんだろうなぁ‥‥気のいいおっさんだったのに」
 酒々井が近くに座った。
「山渡り失敗や捕われた職人に、卯城が無関係な筈はない」
「かといって、境城の迎火衆が完全に白と言い切れないのがにゃうーんな所だよねー?」
 久遠院を一瞥した酒々井が相づちを打つ。
「まあな。柚子平は境城についた。境城の当主が柚子平に聞かせた話だと『富の独占を考えた卯城家は、境城家をそそのかして、天城家を陥れた』だが、卯城が富独占するだけなら、三十年前の下手人が境城といえばいいのに何故しない?」
「私も、気になって‥‥ます」
 萌月も考えを話した。三十年前の事件も、十年前から真面目になったという卯城家の子息の変わり様も、同じ頃から出回りだした贋作の五彩友禅も、一つの節目。
「どれも、無関係とは‥‥思えません」
「前の山賊退治も蓋を開けてみれば話がすれ違ってる。卯城に二つ意思があるなら、当主と息子。臭いのは息子か。息子の心に決めた人が境城と天城の娘なら、それで境城と繋がり、当主に全部をひっかぶせる気か?」
 霧雨は実感の湧かない顔で「そこまでいくか?」と首を捻った。
 数時間で山ほど話を聞かされて頭が整理しきれていない。
 けれど、卯城の息子と彼が入れ込んでいる娘については、酒々井だけでなく、久遠院や石動、萌月達も関心があった。
「徳志はガキ大将だったなぁ。意地汚いし、ある意味周りが見えなくなる性分というか。真面目になって守銭奴っぷりが増したか」
 女の影も、天城家の遺児についても、全く心当たりがない、らしい。
 手紙を書き終えて鬼灯に出発、という時に劉 天藍(ia0293)が霧雨の傍へ寄った。
「別行動になるけど‥‥色々と気をつけて欲しい。失礼かも知れないが、柚子平さんの言う事を丸呑みする気はない。信じるとか、信じないとかいう話ではなくて‥‥前々から何か、気になるんだ」
 鬼灯で異変を知り始めて、劉は会えない柚子平に尋ねようとしていたことがあった。
「霧雨さんからも聞いておいてくれないか。天城家の遺児について人となりを知りたい。まず本人の意思が大事だと思うし、彼らが復権を望む覚悟の有無は‥‥聞いてみないと」
 火炙りにされたという天城家の一族。
 百歩譲っても、諸手で歓迎される好意的な環境ではない。
「分かった」
 この時、彼らは知らなかった。
 植え付けた不信感が霧雨を延命することになろうとは。


 天霧は萌月に聞いた話通り、炎龍の炎生にまたがり、渡鳥金山を越え、彩陣を越え、虹陣へと渡った。事前に危険道を外し、逃げに徹する。
「虹陣が染物を作っているらしいし、品や環境、魔の森の影響について状況を確認してこないとね。状況によっては彩陣の受け入れ先としても考慮出来そうだし‥‥と」
 辿り着いた虹陣。
 眼下に広がる町を通る墨染川の水は清く、何より『友禅流し』が行われていた。
 川に布を流し、自然の水で余分な糊と染料を落とす、あの美しい布が川を泳いでいる。
「少しいいかしら。それは染め物よね。こちらで作っていらっしゃるの?」
 職人らしき人影に声をかけた。上空の炎生に仰天した職人が「ああ」と答える。
「虹友禅さ。綺麗だろう?」
「虹友禅?」
「虹友禅は生き物や華やかさを重視した『艶やかな美』を描く。若い娘向けに作ってる」
 異色の染め物だ、と天霧は察した。
 霧雨から習った『五彩友禅』は、草木や四季の移り変わりを議題とする『清い美』だ。
 彩陣から複数の分家が移ってきているはずだが、ただ単に里を捨ててきたわけではないらしい。多分、彩陣で認められなかったことを、誰にも文句を言われない場所で実現したのだろう。
「こっちはこっちで、一筋縄ではいかなそうね」
 豪邸が並び、多くの人が住む一角もあったが、何故か誰もいない歪な地区が目に付いた。

「ここが鬼灯。天姫に恋した鬼は、何を思ったろうね」
 山渡りの仕事を受けに来て、石動達からおかしな里の話を霧雨同様に聞かされた神咲 六花(ia8361)は、結局山渡りに行かず救出を手伝うことにしたらしい。地図の写しを作りたいから、と酒々井に古地図の入手を頼み、宿を取らなかった。
 卯城や境城の系列宿は、行動に制限が生まれる。
 鬼灯と余り縁のなさそうな茶屋をのぞき込むと「路銀が尽きて難儀をしている。働くから泊めてくれないかな」と特異の笛を披露してあがりこんだ。

 劉が『彩陣へ渡る』との名目で駿龍の凛麗とともに飛び立ち、猫又のくれおぱとらを抱いた石動と、忍犬の天国を引き連れた久遠院が山へ潜入した頃、卯城を尋ねた酒々井のように大蔵南洋(ia1246)も境城家を訪ねていた。

 毒を喰らわば皿まで。
 境城の当主から「すまないな」という労いにも「放ってはおけぬゆえ」と大蔵は表情を崩さない。
「柚子平殿についてだが‥‥密命を託すのが彼で無くてはならなかった理由は有るのか?」
 とくには。と返事が返ってきた。
 開拓者なら誰でも良かったらしい。
 アヤカシに強く、能力に秀で、秘密を守れる優秀な者であれば、と。
「左様か。御当主、坑道奥の集落についてはご存じか? 仲間の使い魔がその奥で葉彩分家紋入りの手拭いで手当をうけて戻ってきた。つまり渡りの際に死んだことになっている職人達が囚われている可能性がある」
「なんだと?」
「卯城が送った水ノ彩家の件もある。理由はどうあれ職人拉致に卯城の関与が明らかとなったなら、卯城は相当に苦しい立場に追い込まれると思われるが如何?」
「‥‥卯城が愚かなマネをしているのであれば、儂が厳しく追及せねばなるまいな。引退前の大仕事か。骨が折れそうだ」
 深い溜息。大蔵は一息ついてから「飛空船が欲しい」と話した。
「無理は承知。証人たる坑道の囚われ人の救出に必要だ、と言ったなら?」
「飛空船を買うとなると‥‥いや、まてよ」
 境城の当主は顔色を変えた。部屋の奥から古めかしい地図を引っ張り出す。
「ご当主。それは?」
「鉱山内部の地図と採掘の計画書だ。若い頃‥‥卯城に教えられるまま、私が描いた。飢饉が酷かった年だから‥‥良く覚えている。三十年前の落石事故で下敷きになった実際の犠牲は‥‥年寄りばかりだった。兄者は何日もかけて石をどけようとしたができず、疫病の発生を恐れ、生き残った皆に荷物を纏めさせて、秘密の抜け道を使って里へ戻ってきたのだよ」
「まことか?」
「帰った時は既に天城の屋敷は燃え尽きていたがね」
 大蔵の頭の隅に、何かひっかかるものがあったが「して出入り口は?」と話を進めた。
「天城家の屋敷の中だ」
 今は卯城家の息子が管理し、厳重に守られている屋敷跡。そこに直通の道がある。

 境城家で大蔵が目を丸くしている頃、酒々井達も卯城家で目を丸くしていた。
 誰も彩陣に帰れなかった水ノ彩家のようにはしない。意気込みを話したところで当主が首を傾げていた。卯城家の当主は、誰一人として戻らなかった事実を知らない。
 当たりか、と酒々井が確信を得ながら「送りは誰が?」と尋ねた。
「息子の徳志だよ。今回、飛空船の購入の話をするだろう? 息子も同行するから、宜しく頼むぞ。安全に送り届け、里へ連れ帰って欲しい」
 萌月は半ば確信しつつあった。
 卯城の実権は噂の息子が握っていると。
「霧雨君も、久々の里帰りだ。立派な姿を、御彩のご両親に見せてあげなさい」
 生返事をする霧雨。様子を見て酒々井は話を切りだした。
「俺が口を出す問題じゃないとは思ってはいるんだが‥‥前に言っていた見守ってる者達が、あんな危険な山に住んでるのは、償いきれない負い目があるからなのか? 開拓者の俺ですら身に危険を感じたから、気になったというか」
 卯城の当主は、窓の向こうの山を見つめた。
「降ろしてやれたら、どんなにいいか。‥‥あそこの者には、なんの罪もないんだ。過ぎた過去は変えられない。己に痛みのない誘惑に、人は道を踏み外す。小さな秘密と侮っても、秘密が誤解を呼び、誤解が悲劇を生む。全て終わってから気が付いても、取り返しのつかない事実もある。‥‥故に里の者は口を閉ざす。時が過ぎるのを待つ。無かったことに、したいのかもしれんな」
 独り言を呟く老いた背中は酷く小さい。

 頭を抱えたのは救出組だ。
 くれおぱとらと手紙により、接触には成功したが坑道は完全に埋まっている。
 山に隠されているのでは、とみた秘密の道がない。天城の屋敷は、金山側にある鬼灯の町はずれ。色々調査した結果、職人を運び込んだ道は、天城家の裏門から敷地に入り、秘密の地下道を通ったに違いないと断定に至った。しかし天城家は厳重な警備の元にあり、職人達を鬼灯に連れてくるなど、却下した話だ。
 迎火衆が手薄になるなら、残りを倒してしまえば、という案は頭打ちになってしまった。
「もう山渡りが始まった頃だな。凛麗、いけるか」
 朝日が差す頃、酒々井、萌月、霧雨の三人を除いて、劉と大蔵、神咲と久遠院、石動の五人は噂の橋の傍に来ていた。劉の調べでは、ここから彩陣の方が近い。神咲の手には、昨日の内に酒々井が一時的に借りてきた古地図の写しがあった。
「完璧に途中で魔の森がかかってるね。戦闘は避けられないかな。小さな子にこの饅頭を食べさせてやりたいな。で。くれおぱとら、僕とアリスに乗る?」
 飼い主より猫に気を取られるあたり、猫好きは隠せない。
「くれおぱとらと神音は、六花にーさまと一緒だね〜」
「僕と天国も乗せてほしいんだよ〜。‥‥どっちが軽いかな?」
 劉と大蔵は顔を見合わせた。全く同じ身長だった。
 荷物の量を検討してみた。明らかに大蔵は荷物が多い。
「八ツ目‥‥これが妹を取られた兄の感覚なのでござろうか」
「大蔵さん。石動さんが乗ってるのは俺の凛麗じゃなくて、神咲さんのアリスなんだが」
 雑談かわす余裕があるのはいいが、根本的に龍は一人乗りだ。重量以内であれば不可能ではないとはいえ、人数が多い分、円滑な飛行は阻害される。劉と神咲がまめに人魂を使ったが、川を上って魔の森の区域を通って早々、怪鳥の群に襲われた。
「私と八ツ目がゆく!」
 怪鳥達の囮となり、大蔵は名刀『鬼神丸』に手を伸ばす。
 抜刀、一閃。
 銀色に煌めく刃が怪鳥の胴を凪ぐ。引き離せれば上々だが、低空飛行故の難点もあった。
水の中から『何か』が食らいついて、凛麗を水中に引きずり込もうとしたのだ。
 一瞬、ぞっと肝が冷えた。
「耐えろ、凛麗! しっかり捕まれ!」
「天国が!」
 体勢を崩した凛麗と、川に落ちて溺れる天国。神咲がすぐに忍犬を救出した。
 放たれた呪縛符が水中のアヤカシを凛麗から引き剥がす。神咲のアリスが旋回し、天国を久遠院のもとへと返した。
「無事で良かった天国。ごめんなんだよ〜」
 天国が『わぅん』と腕の中で一声吠えた。
「すまない、神咲さん。助かった。今の見えたか?」
「いや、動転してて全体は‥‥バカでかい何か、だったようだけど」
 魔の森に汚染された地域を常人が通り抜けようなどと言うことは、不可能だと理解した。
 やがて軽傷を負った八ツ目と大蔵が四人に追いついてきた。

 魔の森をぬけて滝を昇り、急に絶壁が広がっていく。
「ここだぁー!」
 老人が金切り声をあげていた。冬の冷たい水にさらされる、色鮮やかな布‥‥まごうことなき友禅流しだ。ぱっとみても五十人近い人間が集まってくる。
 その人混みに混じって『仕事に戻れ』と命じているのは黒鬼面。
「白髪まじり‥‥老齢だな。鬼火爺の方か」
「どっちにしろ許せないよ! 絶対助けなくちゃ! くれおぱとら、手伝って!」
 逃げられる前に捕縛しなければならない。走り出した鬼面の男達の行く手をふさぐように彼らは秘密の里に降り立った。足の悪い里の男達も、その両目に光を取り戻す。
 鬼火衆と思しき男達は十人残らず捕らえられた。
 尋問を石動と久遠院にまかせ、残りの者達は里の状況を把握しに練り歩く。反り返った絶壁に囲まれてはいたが、そこは確かに『里』として最低限の機能を兼ね備えていた。
「いらっしゃい。幻ではないんだね」
 以前、くれおぱとらが出会った葉彩の女性だ。
「小さいけど畑もある。元々採掘をしていた人が長期で働くために作られた空間さ。一度放棄をされた場所とはいえ、十年も人が暮らしていれば、生きる程度はできる」
 生まれた子供や死んだ者もあわせれば、大凡百人近い職人が、此処で五彩友禅を作ることを強要されてきたという。作った反物と引き替えに、毎月足りない物資を与えられる。
「誰か来てくれるなんて‥‥とっくの昔に諦めていたよ」
「今現在、最も彩陣に縁の多い者に会いたい。まずは彩陣に生存を信じてもらわねば」
「なら最近きたウチの本家のおじいさまは? 文彩の頭は最近喚いてばかりで、長彩の若当主はふさぎ込んでしまってますけど」
 遺体で見つかったとされた者達だった。
 状態を確認しようとして叫び声が聞こえた。慌てて駆けつけたが‥‥
「何があったんだ」
 鬼火爺は頑なに無言だったらしい。
 最も年老いた鬼火が一言だけ発した。
『貴様らに儂らの背負うものなど分かるまい。もはやこれまで。代えのきく儂らなど、魔の森に捨て置くがよいわ。いつか鬼になって舞い戻り、貴様らを喰らってやるぞ』
 呪うように嗤い、舌をかんで絶命した。
 その後。
 やせ細った数少ない子供達に食事を与え、支度を追えた大蔵達は職人達を見据えた。
「準備を整え必ず戻ってくるゆえ、敵に悟られぬよう待っていて欲しい。鬼火のことは『知らぬ』としらをきりとおせ」
「僕はもう少しだけ里に残るよ。隠れるから大丈夫」
 神咲が残った。
 鬼火衆を解放するわけにも、人数を乗せて魔の森を抜けて帰ることもできない。
 そこで下した決断は、鬼火達を魔の森に捨てて、始末していくことだった。

 大蔵が彩陣を目指した頃、山渡りでは悪夢が襲っていた。
「散るんじゃない! 守れなくなるだろう! 引き返せー!」
「こっちへ」
 酒々井の怒号。届かない萌月の賢明な声。
 開拓者の危惧は当たった。不測の事態に対応しきれていない。
 萌月が地断撃で救い出した霧雨は、我先にと逃げだそうとした卯城の息子・徳志をアヤカシから守って重傷を負っていた。圧倒的に人手が足りない。大勢の迎火衆を統率しきれない。肝っ玉の小さい迎火衆は逃げまどった。既に全体の一割がやられている。
「鈴、霧雨さんと徳志さんを‥‥守って」
 例え、迎火衆全員を失っても、重要な二人を死なせるわけにはいかない。
「ルイ! 向こうに行け! おれに構うな!」
「嫌よ! 今回は何言われてもついてくよ、って言ったじゃない!」
「迎火衆を回復しろ。足だけでも治せば、山を下れる。これ以上、死人を増やすな」
「し、死んだら許さないんだからね!」
 遠ざかる声。
 重傷でも、生きていればなんとでもなる。
「岩人形は考慮してたが‥‥鷲頭獅子までお出ましなんざ、勘弁願うぜ」
 岩人形の二倍はあろうかという巨大な鷲頭獅子。
 龍札が桜色の燐光を纏う。
 迎火衆では歯が立たない。迎火衆を指揮すべき徳志は使えない。
 霧雨は意識がない。萌月と鈴は誘導が限界。ルイは被害を最小限に押さえるので手一杯。
 一対一ならまだしも、多数相手となると話が変わってくる。
 全ての攻撃から防御に徹する暇もない。着実に、体力も練力も削り取られつつあった。
「鈴‥‥あそこ!」
 上空から声がした。萌月が戻ってきた。
 鈴は横から鷲頭獅子をはじき飛ばし、酒々井を乗せて逃げ出した。
「鈴、全力で飛んで」
「悪ィ、助かった。迎火衆達は戻したか」
 曰く遺体を担いだ迎火衆たちは安全地帯まで逃げ延び、境城の山彦がルイと共に誘導してくれているという。霧雨と徳志は里へ預けてきたと言った。

 鬼灯は大騒ぎになり、迎火衆の女達は泣き崩れた。
 無傷の徳志は卯城の当主に連れて行かれ、霧雨は徳志の恋人が恩人の介護を進み出た。
 心配で里にきたという。
「私、瀕死の者を何度も助けておりますの。どいてくださいまし!」
 人を押しの泣きつきながら、娘は霧雨に囁いた。
「やっと手に入れましたわ、霧雨様」
 可憐な表情は一変し、娘はニタリと嗤う。
 誰も、重大な失態に気づかなかった。