【山渡り】鬼のひそむ里
マスター名:やよい雛徒
シナリオ形態: シリーズ
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/10/24 18:12



■オープニング本文

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 あの日。
 禄多の母は、開拓者に問われて首をひねった。
『あの歌は古語だからねぇ。学がある者なら分かるんだろうけれど、私の子供の頃は一番しかなかったから、一番の意味しかわからないんだよ』

 ゆふづくよ、しでのやまより、おにありく。
『月が出ている夕暮れに、死者がこえていく山から、鬼がやってくる』

 たましきの、みやこくだりし、ふたごおに。
『玉を敷いたように美しく立派な都から、双子の鬼がやってきた』

 おぼろづきよに、ひかりたる。ほおづきしるべ、たどるさと。
『春のかすんだ朧月の出ている夜に目映い光が垂れ下がっている。鬼灯の道案内で迷い込んで行くと鬼達の秘密の里に行き着いた』

 あまおに、くろおに、あかのおに。
『三つの鬼が、こちらをむいた。‥‥私が昔ババさまから教えて貰った意味はこんなんだったけどね』
 懐かしいねぇ、と呟いて禄多の持つ仮面を撫でていた。

 + + +

 皆が寝静まった頃の事だった。
『予想外でしたよ、お元気そうですね』
 忍んできたのは五彩友禅の入手を頼んだ本来の依頼人、陰陽時の柚子平はアヤカシ関係の事件に出かけていると御彩・霧雨(iz0164)から聞いていた。しかし山賊が棲んでいると思われていた場所で再会したとあっては話が違う。
『一体、どういう事か説明して頂けぬか』
『そうですねぇ。皆さんが一方的な話に惑わされない方だという事は理解しましたが『私の仕事』にお手伝い頂ける方かどうかは、分かりませんし。何分、ややこしい立場におられる様ですので』
『ややこしい? 一体どーゆーこった?』
 柚子平は鬼灯籠を示した。
『赤鬼面。ここは境城家の系列宿です。偶然か必然か、あなた方は現在、一部の方が境城家の迎火衆の監視下に有ると言うことです。宿に泊まった不審人物の監視、歓楽街で起こした不始末の後片付けは、その宿元の迎火衆の役目。普通の旅人なら問題ありませんが、山でお会いした方々は『卯城から出された暗殺指令』を受けて正面から山渡りをされた。当然、境城家の迎火衆も顔を確認したはずですし、警戒されているはずです。私が先ほど南北の道から出てきたのを境城家の迎火衆が見てますから、そう殺気立った様子は無いようですが』
『暗‥‥殺‥‥、山賊ではなかったの? 山の中の家が焦げていたって』
『ああ。それを焼いたのは私です』
 けろり、と柚子平が言った。
『時間稼ぎが必要でしてね。して、この里の情報はどこまでご存じですか?』
 開拓者各々が見聞きした話をすると、柚子平は感心した様に皆を見回す。
『二度の訪問でそこまで‥‥流石ですね。いいでしょう。下手にごまかすより、本題に入った方が良さそうです』
 柚子平は懐から一枚の依頼書を見せた。
『私の仕事は『境城家の後継者を捜し出すこと』です。現在、境城家は大きな転機に来ていますが、生憎ご当主は子供に恵まれませんでね。白羽の矢が立ったのが、三十年前に里を追われた、ご当主の兄君でして‥‥公には里で事故死したことになっています』
『事故死?』
『兄君の婚約者は、当時の天城家のご息女だったんですよ』
 責任を問われ、火炙りにされた天城の家。現在跡地は卯城の監視下にあるが、一族断絶の憂き目にあった。なんとか生き延びたのだろう。
『幸いな事に、現在は二十九歳の息子さんと二十四歳のお嬢さんがいらっしゃいました。しかし死んだ人間を次期当主にすえるのは難しい。そこで子供達を使えば活路が見いだせると思いましてね』
『しかし、半分とはいえ天城の血筋は反発が強いのではないか?』
『落石事故ですか。あの事故は、本当にえげつない話です』
『何?』
『境城家のご当主から直接伺いました。富の独占を考えた卯城家は、境城家をそそのかして、天城家を陥れたんです。落石事故に意図せず直接手を下したのが境城家、卯城家は手を汚さぬようにしながら里の者を先導した。この話を表に出せば、天城家の子孫は生き延びても、境城家はお家断絶でしょう。大勢の死者が出る上、結局全ての権限は卯城家のものに』
『そんな』
『そこで。どうにかして別の問題で卯城家をつるし上げて里から追い出すのが理想なんですが、上手くいかないと悩むうちに、卯城は先手を打ってきたわけです』
『山賊、退治?』
『そうです。卯城家は生存を知っていて、共犯者になる事を条件に、長年見逃してきたそうです。ところが。今度彩陣とは別の新しい道ができますからね。焦っているんでしょう。そういえば、彩陣に行かれたそうですが』
 約一名が溜息を零した。
『酷い状況だった。魔の森がすぐ傍にあって‥‥私設の傭兵を雇ってなんとか暮らしているような状態らしい。ここ数ヶ月、友禅の収入も絶たれた結果、殆ど死にかけているも同然だった。十月の山渡りは見送りにして頂いたが、今ある物だけでも高値で仕入れて欲しいと両家へ交渉を頼まれた。本来は境城家に売られるものだが、より高値を払ってくれる方に売る、と。彩陣の里長も了承も得ている』
 ただでさえ高値の五彩友禅。ここ数ヶ月間の失われた分を考慮すれば、市場に出回るのは何倍にも価格が跳ね上がる可能性がある。
『忙しいようなら、せめて帰り際にギルドに届けて欲しいと』
『待って下さい』
 柚子平が依頼書を凝視した。
『ギルドより境城家に連絡した方がいいのかもしれません。卯城家も境城家も、黙ったままでは予定通り雷無彩家が来ると思っているはず。十月の迎火衆は境城家。ここ最近、山渡りは失敗続きだそうですし。‥‥しかし参りましたね。私は兄君一家の警護があるので、すぐ山に戻ります』
『何処にいるんです?』
『秘密です。その彩陣の頼み、どうするかはお任せします。私は彩陣の面倒までは、みきれない。何とも‥‥神様というのは意地悪だ』
『柚子平さん?』
『ここにいても仕方がない。私のお願いしたかった事は『卯城家のアラ探し』だったんですが‥‥卯城なら高値でも買うはず。彩陣の要求も考えれば、一筋縄ではいかないでしょう』
『柚子平さん、仕事で友禅の交渉も一緒にできない?』
『仕事と私事は別物ですよ。友禅目当てで仕事をすると、己を見失う。だからこそ外に依頼したんです。私は天城家の復権を押し進めます。卯城家を潰す方向で。もし協力が難しいのなら、今夜の話は無かったことに。卯城の肩を持たれるなら仕事上は敵同士。正直な話、皆さんと敵対するのは御免こうむりたいところです』
『どうして‥‥霧雨さんには‥‥秘密に、と?』
 柚子平は振り向いた。
『霧雨は、御彩家の人間です。つまり幼い頃は卯城家と懇意にしていた。ただのエゴですよ。親友に知られて、憎まれたくはないものです』
 そういって苦笑いした。


 後日。ギルドの一枚の依頼が飾られた。
『魔の森をこえられる者を求む』
 差出人は鬼灯の境城家。迎火衆の護衛という内容だった。


■参加者一覧
劉 天藍(ia0293
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246
25歳・男・サ
久遠院 雪夜(ib0212
13歳・女・シ
萌月 鈴音(ib0395
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662
14歳・女・泰
イクス・マギワークス(ib3887
17歳・女・魔


■リプレイ本文

 火柱に絶望し『鬼』を呪った遠い昔。
 唯一無二の友よ。大切な人よ。
 叶うものならばあなた達に伝えたい。
 こんな非道を望んだわけではなかったと。
 いにしえの鬼よ。鳥居の礎となりし荒御霊よ。愚かな子孫に教えて欲しい。
『あなた方も、我らも。一体どこで道を違えたのかを』
 償いきれぬ重荷を背負って、今日もまた、弔いの鬼灯籠は星の数ほど炎を灯す。


 適正価格で友禅を手に入れられるのが最良。
 交渉に必要だからと先に出発した二名を、御彩・霧雨(iz0164)は見送った。イクス・マギワークス(ib3887)と萌月 鈴音(ib0395)である。半ば建前の理由ではあったが、霧雨は値下げ交渉ほど難しい物はない、と。深く追求はしなかった。
 霧雨が来る前、二人はこう仲間に告げていた。
『白螺鈿の方へ‥‥足を延ばして見ようと‥‥思います。鈴にのれば‥‥期間内で‥‥戻ってこれそう‥‥ですから』
『萌月さんは、そちらか。私は彩陣の方へ向かい、山渡り衆が山を渡る前に必要な物資の目録を作成してこよう。窮地を放っておく訳にもいくまい』
 帰ろうとする霧雨の両腕を掴んだのは久遠院 雪夜(ib0212)と天霧 那流(ib0755)だった。しかも劉 天藍(ia0293)と石動 神音(ib2662)が前をふさぐ。
「御彩霧雨様」
 今まで幼かった石動のかしこまり方に、霧雨が心底驚いた。しかも両腕は拘束中である。両手に花、と喜ぶほど呑気な空気ではない。
「何だぁ?」
「説得力のある交渉の材料が欲しいんだ。柚子平さんの妹さんの年齢や育ち、好みとか? 山向こうの地図があれば見たいし」
 劉が霧雨の警戒をほぐす。霧雨も納得した。兄の柚子平と四つ違いの十八歳らしい。
「ご出身はどの辺ですか? 同郷ですか? 土地や家柄によっても好まれる筋が違うかと」
 霧雨は固まった。天霧が顔をのぞき込む。
「言われてみれば、俺、あいつの実家がどこか知らねぇ!」
 劉が首を傾げる。
「親友だったんじゃないのか?」
「親友つーか悪友つーか腐れ縁つーか恩売られたり買われたり?」
「どうやってお知り合いになられたのです?」
 元々聞こうとしていた質問だったが、普通に疑問と言わざるをえない。
「五行の宮仕えやってた頃か? 同じ東側の人間だ、って話で意気投合したのが‥‥いつのまにか神出鬼没な上に、仕事で横道にそれるあいつの面倒を見る羽目になってたな」
 哀愁漂う背中に、久遠院達はかける言葉がない。石動が問うた。
「仕事で横道にそれる、とは? 柚子平様のお仕事での力量はいかがでしょう?」
「情にもろい! 野良猫を拾ってきたり、年寄りが困ってると背中にのっけて運んでやって。仕事に遅刻は日常茶飯事だったな。あと好みのアヤカシを見つけると役目を忘れる」
 後ろで大蔵南洋(ia1246)達が話を聞いていた。
 が、酒々井 統真(ia0893)の肩で人妖のルイが一瞬怯えた。
 正に天才となんとかは紙一重。ヤバい趣味を持つだけあって、陰陽師としての腕は優れていると言った。霧雨も何度か命を助けてもらったらしい。
「話が変わるけど、私と雪夜ちゃんも聞いておきたい事があるの。いいかしら」
 天霧も話を持ち出した。
「友禅の偽物って頻繁に出回るものなの? ほぼ見た目が本物で家紋が違う、とか」
「贋作はあるぜ。俺も前に一度、都で見かけて、呉服屋の女将に教えてやったし」
 大蔵達が以前、足を運んだ呉服屋の事を意味していた。
 彩陣の五彩友禅は高値で売れる。当然、偽物はある。
 厄介なのは精巧な品が時々ある事だと語った。
「鬼灯の地主の所には、曰く付きで出戻った品を除いて、彩陣の職人が直接手渡す。けど都に行き着くまでには、何度も人の手に渡るだろ? 俺の親父も精巧な贋作は知ってて『腕が良すぎる』って舌まいてたな。ここ十年で増えてきたらしいぞ?」
「曰く付き?」
「人んちの倉に眠ってるのを買い戻したり、娘の花嫁道具のつもりで買ったいいが、娘が死んだとか。要は縁起が悪くて放置された品さ。古い絵柄や屋号次第では、今は作られてない物が出てきても本物か贋作かの判別はつく。けど、それが出来るのは里の人間だけで、鬼灯の地主でも、その辺の判別まではできないと思うぜ?」
 天霧が押し黙った。
「後で、見分け方を教えてもらいたいわ。私と雪夜ちゃんに」
「おう」
「僕も聞きたい事があるんだよー。彩陣まで魔の森が迫ってるのは知ってる?」
「十二家で金を出しあって開拓者や傭兵雇ってるのは昔からだぜ?」
「里の人達は逃げようと思わないの? そこに拘る理由ってなに?」
「面倒な理由が絡むんで説明省くが‥‥そこでしか生きられない、て人種もいるのさ」
 この時、霧雨が省略した『面倒事』を里でマギワークスが延々と聞かされる事になろうとは、つゆほども思わない一同だった。
「じゃあ卯城家っていつ頃からあるの? 長いつきあいなら説得できないかな?」
「無理だろーな。説得できるとしたら、大地主だった天城家くらいだろ」
「どうゆーこと?」
「遙か大昔、天城家から山を借りるような形で彩陣が始まった。卯城家も境城家も、天城家の門番が始まりだって聞いてるぜ。つまりは爺どもにとっちゃ、今の鬼灯の地主は格下」
 年寄りは事実より建前に色々うるさいんだ、と霧雨は言った。
「卯の方向を守るから卯の城。鬼灯の町は上から見ると鳥居の形をしてるんだが、奥山の方向を生者ではない者の住む場所ととらえて、境目を守るから境の城。墓場を町の外に作ったのも、子孫に災いをもたらす荒御霊を通さない為‥‥て、親父が言ってた気がする」
「土地特有の土着信仰か」
 劉の呟きに霧雨が相づちを打った。久遠院が眉間に皺をよせる。
「あとね。里の子から『みつきめあそび』を教えて貰ったけど『ほおずきしるべ』と『たどるさと』って何か思いつかない?」
「迎火衆の事じゃないか? 鬼灯しるべを辿る、つまり鬼灯の道案内。鬼の灯、要は鬼火だ。迎火衆ってのは、彩陣の職人を送迎から付いた名前で、元々は『鬼火衆』って呼ばれてたらしいぜ。今でも迎火衆を引退した爺共は『鬼火爺』って言うしな」
「じゃあ里は? 鬼達の秘密の里って意味らしいんだけど」
「俺が生まれる前からあった遊びだぜー? 秘密の里で思いつくのは、埋まった採掘の町、じゃねーか。彩陣の職人のお迎えなんて迎火衆にとっちゃー後付の仕事で、元々は山岳救助隊つーか山の番が仕事だったんだろう。渡鳥金山の裂け谷に採掘者の居住施設があったらしいし。落石事故で採掘が全面禁止されてから、通路が岩で封鎖されたから今の地図にはないって話だ」
「ありがとうなんだよ。それでね、小耳に挟んだ話なんだけど、魔の森の被害が酷いみたいなんだよ。里帰りとか、考えてみない?」
「そっか」
 彩陣の件は少し考えさせてくれ、と霧雨は言った。


 鬼灯に入ってすぐ、酒々井は一言仲間に告げて別行動をとった。
『敢えて卯城に近づいてみようと思う。悪役で終わりそうだが、どうせ流れの身だし』
 向かう先は、黒鬼面の提灯を掲げた宿である。
「悪いな、ルイ。ぶっちゃけ、今回危ないからな」
「うー。危ない時にだってついてくのが、朋友、じゃないの? また頬ずりとかは、やだけど‥‥仕方ないから宿の人に卯城家の人達ってどんなか、聞いといてあげる。暇潰しよ」
 この酒々井の大胆な行動が、予想外の事実を明らかにすることになる。
「金は返す。八千文、全額だ」
 卯城家当主の前に積まれた大金。当主も迎火衆も目を丸くした。
「俺が証拠の首をもってくる。その時に改めて額面通りの報酬を貰いたい。俺にも開拓者としての意地がある。この条件でもう一度、山に入れてもらえないか」
 卯城家当主は、やがて咳払い一つして「よかろう」と言った。
「君の気概は素晴らしいな、うちの迎火衆にも仕込みたいくらいだ」
「そりゃどーも」
「こちらこそ前回は雑な扱いで失礼した。儂も突然のことに頭に血が上っていてな」
「何かあったんですか?」
「身内の恥だ。その‥‥今更だが、山賊の中に娘はいたかね?」
「‥‥俺ら、手分けして、だったんで」
「ああ、そうだな。そうだろうな。儂は‥‥気分の悪いことを頼んだのだものな」
 かみしめるような言葉に、言葉をぼかした酒々井は目を光らせた。
「どういうことです?」
「儂はじきに引退する。一人息子に後を継がせるつもりだ。昔は放蕩息子だったが、ここ十年率先して家業を手伝ってくれた。だが、嫁を見繕う話になった途端、心に決めた相手が居るといいおった。子供の頃に山で出会った、とな。山に山賊が居着いている話は前々からあったのだ。物取りの娘になぞ、卯城家の女将が務まるはずがないだろう」
 確かに、真っ当な親なら間違いなく反対する。
「それじゃ山賊退治は」
「居なくなってくれれば、それでよかったのだ。捕まって都の牢にでも繋がれればいい。しかし儂も老いた‥‥怒りにとらわれた。所詮は山賊の娘。消してしまえばいいと、本気で思った。大事な息子だ、許せなかったのだ。君たちには悪いことをしたな」
「‥‥いいえ」
 話は予想外の方向に流れていた。酒々井は「首をどうすればいい?」と静かに聞いた。
「野ざらしなら、朽ちている頃だろう。流石に荒御霊として里の傍に葬る気はないしな。若い娘の遺体に覚えがあれば、埋めてきてくれ。儂が依頼を出してから息子が山に入ったり出たりと帰ってこんのでな。弔ったと言えば、じき静まるだろう」
 地主が一人でやってきた酒々井の為に、古い地図を貸してくれた。
 しかし。
「これは」
 古い地図だった。まだ金銀銅の採掘を行っていた時代の物だろう。
 墨で×印があったが、鉱山の町は山の中腹に載っていた。さらに驚くべきことに、柚子平が焼いた家のあった場所が、しっかりと描き込まれていた。
「すいません。これは?」
「少々曰く付きの者を住まわせている離れだ。里には故あって住まわせられないので、境城家と儂らが長年面倒を見てきた‥‥見守っている者達が住んでいる所だよ。可哀想な身の上だ、そっとしておいてやってくれ」
 どういうことだ? と酒々井は胸中で呟いた。
「何故、御当主達がかくまったりなんか?」
「若気の至り、と言っておこう。儂は‥‥儂らは、ここの者に一生償いきれない負い目があるのだよ」
 卯城の当主は、確かにそう言った。


 一方、境城家の方では、劉と大蔵、天霧と石動が一列になって説明をしていた。
 柚子平から話を聞いたこと。卯城家の依頼が事実と違い、山を下りたこと。彩陣の状況が危ういこと。助けられないかという相談。五彩友禅が必要だという理由。あり得ない家紋の入った反物の話。水ノ彩家が帰らなかったこと。石の入った棺。雷無彩家の提案。
「どこから片づけていいやら困った話になったな」
 境城家の当主は困った顔をした。
「卯城家は彩陣とこれまで同様の付き合いを望んでいないのかもしれない。という推測に至り、救援頼むに足りずと判じこちらに参じた次第。いかがか?」
 大蔵の問いに当主は唇を開いた。
「我々には蓄えがある。雷無彩家の要求に応じよう。諸々の問題については後日対処を考えるとして‥‥水ノ彩の件は伏せたまま、ひとまずこちらから買い付けるとしよう」
「では迎火衆の被害が可能な限り軽微になるよう全力を尽くさせて頂く。しかし水ノ彩家の件を伏せるというのは?」
「我々は送っていない。悪戯に不信感を煽っても仕方があるまい。まずは生活を安定させ、落ち着いた頃に『水ノ彩家はお元気か』と話を切り出そうと思う。どうかな」
「さようか。山渡りの際に八ツ目をはじめ、躾た龍を連れてゆく故、驚かないで頂きたい」
「こういう時の為に、凛華はいるんだしな」
「では決まりね。私も水稀を同伴させるわ‥‥あと、よければ反物をもう一度見せて頂きたいの」
「山彦に案内させましょう。山彦、天霧さんをお部屋へ」
 天霧は案内を受けて再び境城家の反物を調べた。卯城家での疑惑を確かめるためだ。
「美しい着物ね、山彦君」
 ‥‥無かった。全て正規の品だ。美しい五彩友禅だった。
「そうっす!」
「色々隠してて、ごめんなさいね。ねぇ。普段の山渡りの仕方や六月以前と以降の違いは何かあるかしら。以前はここまで酷くなかったのでしょ?」
 迎火衆の山彦は首をひねった。
「アヤカシ被害は年々増えてます。やっぱり食いちぎられて‥‥強いていうなら、食べ残しがあまりなくなった事でしょうか」
「食べ残し?」
「はい。前は内蔵がないとか、その程度でした。ここ数年、本当に遺品しか持ち帰れなくなりました。アヤカシも腹が減るんですかね?」
 山彦は肩を落として溜息をついた。
 一方、石動達は『歌の二番の歌詞の意味』を尋ねた。境城家の当主なら学があるだろうと踏んだのだ。しかしそれまで真摯で頼もしかった当主は、見るからに顔色を変えた。
 そう。真っ青に。
「‥‥いや、その遊びは一番しか知らないのだ。子供の頃は一番しかなかったと思う」
 何処かの誰かと同じ言葉を言った。
「子供が古い言葉に似せて続きを作ったのではないかな?」
 明らかに何か知っていたが、それ以上は何も答えてくれそうになかった。
 山渡りになったら呼ぶからと言われて屋敷を後にした一同。
「はわ〜、疲れた〜」
 慣れないことをした石動が、猫のように背を伸ばす。
 そして柚子平に会いたいと願っていた劉は、山を振り仰いだ。
 広大な山だ。何処にいるかも見当が付かない相手に「どこにいるんだ」とひとり呟く。


 久遠院は、呉服屋の辺りを彷徨うことで、例のババに遭遇した。
 里の歴史や三家については霧雨の話と似ていたが、もう一つ気になることがあった。
「三家はなぜ鬼を象徴にしているの? 知ってたら教えて欲しいんだよー」
「そりゃ始まりが『鬼』だからさ」
 意味が分からない返事だ。
「最近の子は知らないかね。アヤカシとは違って、此処らの土地じゃ『鬼』というのは『死者』を意味するのさ。もっと言えば『飢えた先祖の霊』かね。子孫が食べ物を備えて供養してくれるのを待っているから、飢えた死者つまり『餓鬼』の字を当てる。土地に残る信仰の一つだよ。昔は呼び名も色々あってプレタ或いはヘイレイタ、正確な意味は死者の魂」
 久遠院が老婆の指の字を追う。
「鬼灯はね。古くは結陣に住めなくなった貧民や山賊などが集って始まったそうだよ。『人扱いされない者は死者と同じ』さ。始まりは『鬼』だった。だから『鬼が下って明かりを灯す町』で『鬼灯』と呼ばれるようになった」
「だから象徴が鬼なのかな?」
「諸説は色々あるものさ。生者が鬼の面をつけるのは、恨みや悲しみにとらわれた真の鬼に見つからない為‥‥そうだ。鬼灯籠があるだろう?」
 久遠院が指先を辿る。夜中は必ず持って出歩かねばならない里の通行証だ。
「色々後ろめたい家には全てアレがある。あれは餌だよ」
「エサ?」
「鬼がやっと食べ物を見つけても、やせ細った喉を通らない。無理に食べようとすれば食べ物は火に変わる、とね。はじめが火なら、あの世では食べ物に変わるだろうと誰かが言って、あの世との狭間の里で飢えた鬼に襲われても助かるように供養もかねて炎を灯す、というわけさ」


 その頃、アヤカシをまき、天路一型で彩陣についたマギワークスは、里長を説得していた。
「必要な物資は把握させて頂いた」
 ところで、とマギワークスは姿勢を正す。
「故郷を捨てたくないという気持ちは分からないでもないか、里を捨てて新しい場所に移った方が安全ではないのか?」
 暗に告げると、里長はマギワークスを外へと連れだした。
「お嬢さんは五彩友禅の行程をご存じかな?」
「職人が絹を染めるのではないか?」
「左様。男が艶やかな彩りを産みだし、女が絹を作る。だが、それだけではないのだよ」
 里長が示した段々畑。米は勿論だったが、圧倒的な広さを占めていたのは桑畑だった。
「反物一つ分の絹を作るには、約一キロの絹糸が必要でしてな。その絹糸を作るには約五キロの繭が必要なのです。更に同量の繭を作るのに蚕が二千七百頭。この量の蚕を養うのに大凡百キロの桑が必要なのです。春、夏、秋、年に三回しか飼えない」
「他の土地で桑を栽培しては?」
「清涼育と言いましてな。自然の温度で蚕を飼育するのですよ。蚕は野性に帰れぬ家畜。成虫は飛べず、幼虫は野生の葉にとまらせても一昼夜の内に捕食されるか、或いは地面に落ちて全滅します。人工的なマブシに入れてやらねば、満足に繭も作れません」
 哀しそうな顔で、里長が笑う。
「試したのだよ。里の者達は、昔から魔の森に怯えておりましてな」
 里の中心に流れる川も、長い年月をかけて更地のように川底が綺麗になっていた。
 鋭利な石で絹を傷めない為だという。
「若者達は順に里を見捨てていった。我々は彩陣の自然と共生してきたのです。里を捨て蚕が消えたときこそ‥‥五彩友禅の終焉なのでしょうな」
 マギワークスは眼下に広がる一面の桑畑を、ただじっと眺めていた。
 

 一方、萌月は白螺鈿にいた。
 山向こうの東側最大の貿易都市と言っても過言ではない。元は水捌けの悪い湿田のみの此処を、長い年月をかけて数々の水路と排水路を完備し、最も住みやすい土地を切り開いた。かつて腰まで泥水に使った湿地は、水捌けのよい乾田化し、米の生産能力が飛躍的に向上。国家有数の穀倉地帯として成長したらしい。
 また水田改革で培った土木技術を用いて、彩陣とは別に西の山脈を越えた鬼灯までの整地された山道を開通に向けて整備中だ。
「立派な道ができていますが‥‥陸路と海路を捨てたのは‥‥どうしてですか?」
「孤立地帯になっちまったから、必要に迫られてんだよ」
 五行の東地域は上からも下からも魔の森の侵食が始まっていた。迂回陸路は使用不能。彩陣からの山渡り失敗率の増加。空の便も限界があり、誰もが船を持てるわけではない。そこで上下から最も遠い中央の山に道を切り開く話になったのだという。
 彩陣の道が殆ど死と同意着であることを、白螺鈿の者達は知っていたのだ。
「境城家や卯城家の話は‥‥ご存じですか?」
「境城家なら知ってんぜ。でかい道を切り開きたいから土地かしてくれ、つったら快く了解してくれたらしいじゃないか。微々たるの通行料金は取られるみてーだが、白螺鈿と鬼灯の直通通路つったら、相当な人数が行き交う。楽して稼げる地主様はいいよなぁ」
「如彩の方に‥‥会えないでしょうか?」
「ムリムリ。このでかい町を作り出したお家だぜ? 一大決心だよなぁ、安泰な染め物と決別して一から田圃開拓しようなんざ。ま、最近じゃ汚水の問題がひでーみたいだけどな。俺達みたいな小市民が気にする話じゃねぇよ」
 萌月は高台から川の方を眺めた。
 増水に伴い自然に作られたという町隣の細い川、白螺鈿川。元は白原川と呼ばれたその川は、巨大化した町の汚水がひっきりなしに流れ込み、猛烈な悪臭を放っていた。
「‥‥如彩家の方は、本当に五彩友禅を‥‥捨てたんですね」
「何か言ったか?」
「いえ何も‥‥白螺鈿で、染め物の工房‥‥知りませんか?」
「川がアレで有ると思うか?」
「いえ」
「だろ? ああ、でも。虹陣の方でちょっと作ってるって聞いたな。沼垂の向こう。黒辺川沿いで、こっからじゃ何日掛かるかわかんねーな」
 彩陣から流れる川は全部で三つ。最も北の川を地図で示した。彩陣からは比較的近いが、白螺鈿からは遙かに遠い。萌月は鈴で飛ぶことを考え‥‥遠すぎる距離に断念した。


 こうして。
 山渡りは実施された。かなりの練力と体力の消耗を引き替えに、大蔵達は境城家の迎火衆を彩陣へ送り届けた。誰も死にはしなかった。一方で、単身で山に入った酒々井と里に残って天国とくれおぱとらと共に調査した久遠院は色々知ることになったが山渡りの者達と遠方の二人との話と事実を照合する為、皆の帰りを待っていた。