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■オープニング本文 前回のリプレイを見る 陰陽師の御彩・霧雨(iz0164)は、ふらりと開拓者ギルドにやってきていた。 使いを頼んだ開拓者の話を聞くためだ。五彩友禅の花嫁衣装を友人の妹のために揃えてやる、というと結構な太っ腹なわけだが、あくまで五彩友禅の在処を教えるに留まる。なにしろ貧乏生活だ。従って、自らも何か依頼を受けて食い扶持を稼ごうという判断なわけだが、受付に向かう途中で背筋に悪寒が走った。 「き・り・さ・め・クぅーン。どっこいくのー?」 アヤカシに恋をしているとめっぽう噂の変人陰陽師、柚子平。 霧雨の親友というか悪友というか腐れ縁である。柚子平は見るからに怪しいツーステップ踏みながら、心の友に向かって飛びつ‥‥こうとした。 「断る」 めきょっ。 鈍い音がして、草履の裏が柚子平の顔面にめり込んだ。 「いやあああ、なんなんですかもう! 私はご挨拶しただけなのに!」 「お前、一段とウザくなったな」 「ひどい!」 まるで悪い男に捨てられた乙女のように、すすり泣く。 念のため、言っておくが。 ここは公衆の面前であり、柚子平はイイ年の男である。 「私はただ、妹の花嫁衣装のことが気になって気になって」 「だーかーらー、これから友禅を商ってる商人の消息を聞きに行くっつーんだっての。なにか有力情報でもあれば、買い付けにいけるだろ」 「それなんですが」 「あん?」 霧雨はイヤな予感がした。 「実は、ちょーと外せない用事が出来まして。もし五彩友禅の反物が見つかるようでしたら、開拓者に買い付けをお願いしたいんですけど」 霧雨の目が死んだ魚のような目になった。 「お前‥‥またアヤカシか」 「それでは、任せました霧雨クン! 私はこれにて」 見るからに腹の立つ笑顔を浮かべながら去っていこうとする柚子平を、霧雨が踏みつぶした。べっちょりと地面と接吻する柚子平。鼻骨が折れていないか心配する者はいない。 「開拓者に頼むのはいーが、最低限答えろ。妹ちゃんは、いつ結婚するんだ?」 「はい?」 「五彩友禅は一月ごとに柄が違う。扱ってる家もな。仮に秋に挙式するにしたって、春の柄じゃまずいだろ。日程が決まってるなら教えろ」 そこで柚子平はうぅんと空を仰ぎ。 「年内なら!」 爽やかな笑顔で返した。 「つまり決定してないんだな?」 「いやですね。五彩友禅が手に入れば、すぐにでもと言いたいところですが、何が手にはいるかも不明ですし。確か等級や柄によって値段もピンきりと前にきいてますので、友禅探しは年内を期限としているつもりです。つまるところ九月、十月、十一月、十二月でしょうか」 「年が明けたら?」 「流石にひきのぼすのも可哀想ですので、別物で代用を。でも出来れば」 一生の思い出に、五彩友禅で晴れ舞台を迎えさせてやりたい。 そんな家族に対する気持ちは、紛れもない兄貴としての気遣いのようだった。 「はいはい。じゃ、いってこいよ」 「では!」 遠ざかる柚子平の背中を見つめながら、霧雨は渋面を作った。 「大変そうだなぁ」 後ろで様子を見ていた受付が声をかけた。何しろ、今の一部始終は受付のまんまえで繰り広げた行動に他ならない。迷惑だ。霧雨は慌てて頭を下げた。受付はカラカラと笑う。 「お前さん、あれだろ? 彩陣生まれだったろうに。実家から取り寄せてやれないのか?」 「いくら実家に頼んでも、あれは商売です」 ムリムリ、と手を振った。 「それにアレは月ごとに作ってる一族が違うので、望みの品が手にはいるかどうか。あいつの希望は年内、って事は、手に入れるのは翌月の柄だ。今月というと桔梗だが、長彩家の山上は無理だろうしなぁ。来月は雷無彩家つーと迎火衆は境城家か‥‥うーん、数は出回りそうだがなぁ」 受付が首を傾げた。 「どーゆーこった?」 霧雨は苦笑を零した。 「古い里ですんでね。彩陣は二度も三度も仲違いして、本家しか残ってない一族もいるってことです。最初は白螺鈿へ、次は虹陣へ、最近のは沼垂に移ったと思いますが」 「‥‥あ?」 「ははは、山向こうの地名です。知らなくても当然だ。白螺鈿は栄えたから、流石に知る人間が多いでしょうが‥‥て、そうじゃなく」 霧雨はがしっ、と受付の手を握った。 「手っ取り早く食い扶持の稼げる仕事を下さい」 阿呆、と。受付は書類の束を霧雨の顔に叩きつけた。 「お前この前、着物売ったんじゃなかったんか。最近のでっけーのは、これくらいだぞ」 裏山で山賊退治をしてほしい、という簡単な内容だった。山道の死者が多く、最近広がっている魔の森の影響も受けていると。流石に魔の森までは防げないので、せめて古くから十数人で居着いているという山賊を探し出して退治して欲しいと書いてあった。山賊の特徴も似顔絵もない。 ただ、山賊を倒して欲しい、とそれだけだ。 場所は鬼灯。依頼主は卯城家の当主。 「むりっす。俺、面が割れてるんで」 「依頼主は二大地主様のかたっぽだぞ? そんなトコとつき合いがあるのか」 「だって俺、御彩の長男ですよ。子供の頃は親父にひっついて『山渡り』をしてました。しかもうちの迎火衆は卯城家で、毎回歓迎の宴では悪ふざけを‥‥」 若気の至り、という所だろう。 「とりあえず、お前も依頼主の一人なら様子を伺ってから戻ってこい。こいつは若い女の子と約束してて、まだ貼りださねーんだ。戻ってくるまでに決めとけよ」 「あーい」 間延びした返事と共に、霧雨は開拓者に会いに向かった。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
イクス・マギワークス(ib3887)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 鬼はや一口に食いてけり。 御彩・霧雨(iz0164)に、天霧 那流(ib0755)は友禅入手を待って欲しいと願い出た。 「地主に当たれば手に入るかもって言われて、それで訪ねようかと」 萌月 鈴音(ib0395)も重ねて願い出る。交渉するなら山賊退治を引き受けて好意を手に収めたほうが有益だ、と萌月たちは判断していた。 「出来るだけ‥‥良い物を手に入れられる様に‥‥頑張ります。ですから‥‥もう少し」 「おう。頼んだぜ」 「僕たち、少しせき外すから。すぐ戻るね」 萌月と久遠院 雪夜(ib0212)の二人が、ギルドの受付に向かう。 「五彩友禅かあ‥‥着物は綺麗なのに、その裏はドロドロとしてそうだなぁ」 呟く久遠院に、萌月が袖を引く。 「折角、受付の方に‥‥待っていて‥‥貰ってますし。地主と‥‥繋がりを作っておいて‥‥損は無いと思います。卯城家の方から‥‥五彩友禅の話を‥‥聞けるかもしれません」 漠然とした不安を抱きながら、二人は手続きに行った。 「先々必要になるやもしれぬことゆえ、伺っておきたいことがあるのだが」 首をかしげる霧雨に、大蔵南洋(ia1246)は天霧と顔を見合わせてから質問をした。 「友禅納入の際、天城家の世話になっていた家の名を教えて頂けぬか。恐らく彩陣の十二家中四つが該当すると踏んでいるのだが?」 霧雨は固まった。ぽかん、と口をあけて大蔵を凝視する。 「それ少し違‥‥どこで聞いたんだ、天城のこと」 「私も呉服屋で偶然耳にしたの。地主も二つあるようだし、教えていただけないかしら」 「俺は詳しくないぜ? 天城が潰れたのは、俺の親がまだ家業の手伝いをしていた頃って聞いてるし。えーと、親父が当時十六前後だから、今から三十年くらい前の話になるなぁ」 「三十年、だと? それは真か」 おう、と霧雨は頷いた。 「爺から聞いた話なんでアレだが、彩陣十二家の染物は全て天城家が商ってたらしーぞ」 それは霧雨の祖父が、彩陣の家々を取り仕切っていた時代。 山渡りの果てに見たのは、煌々と光る里と吹き上がる火柱、そして焼けていく天城家の大屋敷だったという。里へ下りて分かった事は、天城家の者達が鬼灯の者達によって火あぶりになり、一族断絶の憂き目にあった事実だけだった。 取引先を失い途方にくれた霧雨の祖父の前に現れたのが卯城家と境城家。現在の二大地主であったという。 考え抜いた末に、其々に天城家が持っていた権限を二つにして分け与えた。 卯城家が受け持つのは、一月の睦彩家、三月の三彩家、六月の水ノ彩家、九月の長彩家、十一月の霜彩家、十二月の御彩家。 境城家が受け持つのは、二月の如彩家、四月の卯彩家、五月の皐彩家、七月の文彩家、八月の葉彩家、十月の雷無彩家。 其々に、四季の着物が行き渡るように。 以来、担当の季節が来ると、各家の迎火衆が山道を守る。 「どーしてそんなことになっちゃったの?」 凄惨な話に目を丸くした石動 神音(ib2662)に霧雨が苦笑いする。 「俺が生まれる前の話だぜー? 流石にわっかんねぇな」 「只今。そうだ、僕に反物の見分け方、教えて欲しいんだよ〜」 久遠院に、霧雨は懇切丁寧に家紋と落款、そして独特の技法について教え込んだ。 霧雨が立ち去り、酒々井 統真(ia0893)はため息をこぼす。 「昔からいた山賊を今更退治する依頼に、殺された筈の遺体がなぜか石ころ。臭すぎだな」 自分達の役目は五彩友禅の入手。 しかし。 「一応、私の方で呉服屋はあたっておくわ」 天霧は呉服屋ともう一人、会いたい人間がいた。石動は椅子の上でひざを抱く。 「お金があれば五彩友禅を手に入れることは可能なんだね。でもどーして出回らなくなったのかは気になるし、鬼灯の里にもなんだかおかしな所もありそーだね」 戻ってきた萌月と久遠院が劉、酒々井、大蔵の三人にも紹介状を渡す。 劉 天藍(ia0293)が『山賊退治』の文字を見て厳しい顔をした。 「先日見た煙は人が住んでる証かもしれない。そこが山賊の住処‥‥は十分考えられる。裏がありそうな気はするが」 イクス・マギワークス(ib3887)が「同意見だ」とあごをかいた。 「いずれにせよ、山賊と言うだけで問答無用で倒すのではなく、相手からも情報を聞き出した方が良いように思う。さて、私は遺品を預かって彩陣へ向かう予定だし、いこうか」 鬼灯の里へ入る前。 駿龍の凛麗と共に空へ舞い上がった劉は、地図を片手に記憶の中にある煙の位置を探り出そうと懸命に目を凝らした。 「あれ‥‥」 鈴に乗った萌月は、南東の方角を指差した。森に埋もれた別の道は、以前来た時より、遥かに整地されていた。道に沿って木々が伐採され、部分的に石で整備され始めている。 「商人さんの話‥‥本当だったみたいです」 「どういうこと?」 「鈴の世話を‥‥していた時に、白螺鈿から来た行商人さんと‥‥話してて」 以前、小屋で鈴の世話をしていた際、行商人は萌月に言った。 『白螺鈿を知らない? 五行有数の穀倉地帯に聳える町なのに。知ってかー? 今山渡りの道は北東の彩陣行きしかねーが、じきに南北の白螺鈿行きの道が出来るんだ。白螺鈿はかなり古い時代に、彩陣及び染め物から決別した如彩家一族が南へ移り住んで始まった町で、なんと今でも境城家と懇意にしてて、道のために境城家の土地を貸してくれって頼んだら、叶ったって話だ。北側の敷地は卯城家のもんだからな。じきに楽になるぜー?』 二人とも山を振り返った。古い地図にはない、新たな道。 「つまりアレは白螺鈿行きの山道で、境城家の敷地なのか。そのうち里に届きそうだ」 「はい‥‥なので‥‥話が本当なら、霧雨さんの言う‥‥本家しかいない他の家も多分」 霧雨は、真贋の判別の一つとして里の者しか知らぬ『存在しない家紋』をあげた。 曰く『彩陣は二度も三度も仲違いして、本家しか残ってない一族もいる』と。詳しい事情は話していなかったが、つまり白螺鈿を築いた如彩家のように、彩陣の里と決別した一族がいくつもあったという事だろう。それ故に、少数しか生産できない家がある、と。 「確か‥‥本家しかいなくて‥‥根本的に数が出回らなくて『山中』や『山下』が無いのは‥‥如彩、卯彩、皐彩、文彩、葉彩、長彩、霜彩‥‥でした、よね」 一瞬の沈黙。 「問題の根が深そうだ‥‥また煙が上がってるな」 はっきりと前と同じ場所に薄く煙が立ち昇っていた。 劉は難しい顔で地図を見下ろし、山道の道を確認していた。 鬼灯到着後、天霧達は一部の相棒を宿に預けた。 「ごめんなさいね。またお留守番しててもらえる?」 ミズチの水稀は、すねて小屋の片隅に丸まっていた。 「空から向かう手もありかと思ったが‥‥すまぬな、八ツ目」 甲龍の八ツ目は、大蔵に頭をたれた。用事が無ければ寝ているつもりのようだ。 先ほど大空を羽ばたいた駿龍の凛麗と、炎龍の鈴は充分に動き回ったと見えて、満足そうに羽を休めていた。 「山道に置いては‥‥行けませんし。龍をつれてでは‥‥流石に山賊も‥‥襲ってこない可能性も‥‥ありますし」 こんな大物をぞろぞろ連れている一行、人間なら脱兎のごとく逃げるだろう。おびき寄せるなら、預けるのが一番だった。 戻ってくると、石動が猫又のくれおぱとらを抱いて、宿の少年・禄多と話し込んでいた。 「にーさまぁ」 ぱぁ、とその場に花が咲いた。 「お仕事でいないあいだ、神音ひまなのー。禄多くんと遊んでいーい?」 猫を抱いて、くり、と頭を傾ける。兄貴にお願いする可愛い妹は絶好調の様子だ。 うむ。と大蔵が頷くと、禄多が手を握って元気よく飛び出していく。宿の受付の冷やかしに、大蔵は「これも成長ゆえ見守る所存」と適当にあしらった。 石動には『みつきめあそび』の調査がある。予定通りだ。 山賊退治を引き受けた五人もまた宿を後にした。 金の糸、銀の糸。 紅と黄土、緑に藍、そして紫。艶艶の色合いが美しい名画となって布を彩っていた。 「綺麗! お姉ちゃんの婚礼衣装にぴったりだよ〜! 僕お仕事がんばっちゃう!」 「素手で触っちゃいかん。この手袋をはめなさい」 「すいません、無理をお願いして」 劉が申し訳なさそうに地主に頭をたれる。 卯城家の屋敷に足を踏み込んだ五人は屋敷の贅沢な作りに圧倒された。外観は高い壁で囲われているので天井部しか見えないが、内装はふすまや天井飾りひとつとっても、職人に彫らせた芸術品である。 山賊については正体不明、かなりの人数でなければ無理だ云々と一方的な話を聞きつつ、山渡りの道は入り組んであり、一部魔の森に呑まれているという話だった。 話も終わりかと思われた頃、五彩友禅を見るための交渉を行った。 最初は渋った地主に劉がぽつりと。 『‥‥反物にはウトいんで、山賊の所で見つけても分からなかったら困るし』 焼いたり捨てちゃったらどーしましょう的な発言に、地主も折れた。 渡された手袋をはめた久遠院達が、反物の検分を始める。 散々霧雨から聞いたのだ。付け焼刃でも自信はある。 あれもこれも綺麗、私が花嫁さんになったら云々と適当な事を言いながら、慎重に柄と家紋、そして落款と技法を確かめた。大人三人は地主相手に山賊被害について語っている。 やがて友禅を見終えて、卯城家の屋敷を遠ざかり。 「どうだった?」 天城の家に向かう途中の劉の質問に、久遠院が酷く悩んでいる。 「うーん、僕、結構自信あったんだけど。ちょっと自信無くなってきた。例えば柄だけど、鳥や花を葉の裏に隠して遠近感を出すのを『すだれ技法』って言ってたのは覚えてる?」 言ってたような、言ってなかったような。 真剣に聞いた者以外、霧雨の話は右から左だ。 「よく使う技術はちゃんとあった‥‥反物は本物で間違いないと思うんだけど、家紋が違う‥‥と思うんだ。さっき見たのは、芙蓉に丸だったし」 「芙蓉の花に丸‥‥葉彩家の分家の印だ。でも確か、葉彩家は本家しかいなかったはず」 本家なら、丸は無い。 大蔵は眉をしかめた。 「つまり『染物は本物だが、ニセモノの印が押してある』という事か? 面妖な」 「充分、臭いな。天城の家を見たら、でるか。迎火衆は被害者の遺体を運んでた。最近山に入ってるわけだから、その痕跡はあるはずだな。遺体なんて運びながら、全ての行動の痕跡は消せねぇはずだし」 萌月が頷く。 「はい。迎火衆が‥‥遺体を見つけるなら‥‥何かある場所は‥‥鬼灯からはそう遠くないと‥‥思うのですが」 「だな」 と酒々井は空を振り仰ぐ。 山渡りのために、グライダーの天路一型に乗ったイクスが空を飛んでいく。 卯城家から譲り受けた『遺品』と一緒に。 彩陣へ手紙を届けるという用事を偽装し、危険だと言い張る迎火衆を悠々と飛び越える。 鬼灯から彩陣まで『地図上』の直線飛行距離でおよそ一キロ。しかし標高と平坦な道では話が違う。木々を無視して高く飛べば、アヤカシに遭遇する確立が格段に跳ね上がる。だが複雑な山道に沿うなら十倍近い距離を飛ぶ。グライダーの巡航状態で二時間、最大速度でも三十分が限界だ。難なく飛べれば、二十分の距離だろう。 巡航状態で五分ほど経った時だった。 2体の屍人だった。 土が盛られただけの粗末な墓があったのを目で確認した。迎火衆が連れ帰った遺体を里の外に葬るのを考えると、恐らく鬼灯の里以外の者が葬ったのだろう。 その後も、屍人や獣のアヤカシを上空で度々確認した。数が増えていく。 「岩人形まで‥‥こんな山道、常人が歩いたら死に急ぐようなものだな」 想像以上に、魔の森の侵食具合が酷い。 ギャア! 硬く鋭い嘴を持った眼突烏だ。喚いて騒ぎ立てる。 ここで地上に降りるのは危険と判断したイクスは天路一型の速度を引き上げた。 「振り切ってやる」 耳鳴りがする。満足に目も開けられない。たった一人、イクスは空を飛んでいく。 その頃、天霧は呉服屋を通して境城家に上がり、相談を終えて後にしていた。 「ご丁寧に有難う。御当主によろしくお伝えください」 「こちらこそ! 祝言に望まれるのは職人にも我々にとっても誉れ。またどうぞ!」 威勢のいい迎火衆の青年、山彦が天霧の背中を見送る。 「‥‥恐ろしく高いわ」 流石は幻と謳われる五彩友禅。天霧は眩暈がした。 一着で一家族が一年暮らせる額。それは彩陣から仕入れる額であって、鬼灯の売値はその三倍だった。命をかけて山を登る迎火衆達の人件費や流通を統括する為、最低でもその位の値にしなければならない。つまり『山上』で三十七万八千文、『山中』で二十三万四千文、『山下』で十四万四千文。 桁が違いすぎる。高額報酬を受け取る開拓者ですら、簡単に手が出ない。 「今後年内で境城家にくるのは十月だけね。山上も山中も山下も揃うのは魅力的だけど」 十月上旬の雷無彩家の山渡りが成功すれば、という話だ。 『失礼ですが‥‥友禅の品不足は何故? 亡くなったのは作り手ですか?』 返事は『是』だ。 山渡りは一族の頭と各分家の見習いが列を成してくるもので、修行の一環と顔売りであるそうだ。昨今は魔の森の侵食が酷いと。 『先ほど開拓者の方が遺品も手紙と一緒に届けるといっていましたが、届くといい。我々境城家の迎火衆は、葉彩家の頭をお守りできず。その前も文彩家の頭を。お二人ともご高齢であられたのに‥‥申し訳ない、泣き言を』 『いえ、さぞお辛いでしょう。いつ頃から?』 『六月です。水ノ彩家の方が半数、アヤカシに食われておりましてね。お帰りの際は卯城家の迎火衆がお供してますから、里に無事に帰られたはず』 境城家の当主や迎火衆は不甲斐なさを責めていた。だからこそ知人の祝言のために五彩友禅を見せて欲しい、とやってきた天霧を喜んで受け入れたのだ。 久々の明るい話題だった。天霧を案内した境城家の迎火衆の青年、山彦はこういった。 『来月は丁度ウチなんです。俺達、責任重大です! 命かけて迎火にいってきますね!』 花嫁さんにどうぞよろしく‥‥、と。 と、その時。 どぉん、と人にぶつかった。 呉服屋で見た老女だった。 「最近の若い娘は、前も見ないのかい!」 「お伺いしたいことがあります!」 天霧は老女の手を掴み、お礼も介抱もしますから、と宿へ引きずっていった。 「どうなってんだ、この山道は!」 酒々井の怒号が走った。足元に転がるのは屍人だった腐乱死体。 「もう六体目だぞ! さっきは岩人形まで!」 「気持ちは分かるんだが、少し動かないでくれ。酒々井さん。さっきの傷が治ってない」 劉が式を身体の一部として形成させ、傷を癒していく。偽装中の一行に襲い掛かったのは山賊ではなくアヤカシだった。魔の森が近いと頭では分かりつつ、屍人までなら兎も角、岩人形まで出てくるとなると、常人にこの山道は困難である。 現に、再生能力が強く頑丈な岩人形相手は苦戦していた。 攻撃を失敗するわ、命中しても軽微の効果しかないわ。調子が悪い。 真っ先に殴りこんだ酒々井と続いた大蔵は、少々笑えない怪我を負った。 山賊に襲われず定められた位置に到着し、獣道を分け入っていく。暫くして。 「何かある」 急に開けた視界。目の前の光景は、五人の想像を超えていた。 焼けた民家があった。不自然な焼け方だった。綺麗に家だけ焼いて、周囲に火が無い。 「何件もあるわけじゃないが‥‥俺が見たのは、この家が焼けるところか?」 里の外から空に舞い上がっても、はっきりと見えた煙。 少なくとも薪程度ではない。 がこん、と物音が聞こえた。人の足音だ。酒々井と久遠院は相棒に合図を送った。 「いけ、ルイ! 絶対逃がすな!」 「天国。絶対捕まえて!」 数秒後。 「イヤァァァ!」 ルイの悲鳴が聞こえた。しかし! 「人妖ちゅわぁ〜ん。あぁこんな山奥で出会えるなんて私は幸‥‥おぎゃああああ!」 聞き覚えのある絶叫に、全員の目が点になった。 男の尻に天国が噛み付いている。 「‥‥ありゃ、バレてしまいましたねぇ。逃げ切る自信はあったのに」 紛れも無い依頼人の陰陽師の片割れ、柚子平がいた。 今回はアヤカシ退治に出かけたと、霧雨は言っていた‥‥はずだ。 「まさか『卯城の刺客』が君達だったとは。幸か不幸か、嫌な鉢合わせになったものです」 柚子平はのんきに頭をひねる。 「俺達をだましてたのか!」 「へ? 誤解ですよぅ、僕の妹が結婚するのも、友禅が欲しいのもほんとです。ここにいるのはお仕事です。‥‥そうだ、君達の返答次第で決めましょう」 柚子平は笑って、まじめな顔で問うた。 「君達は『山賊』をどうするつもりでした?」 全員顔を見合わせた。 「俺は、一番頭首っぽい奴を捕まえて、何人か生け捕りにしつつ話をきこうかと」 「山賊なんぞの言うことすべては信用できねぇ‥‥まずは友禅のありかを聞いて、逃げた奴は泳がせてルイに追わせるつもりだったが?」 「山賊は姿を消した行商人達について何か情報を持っている可能性が有る。生かして話を聞くべきであろうな、とは思っていた。彩陣か鬼灯の者か‥‥流石に貴殿がいたのは想像していなかったが」 「自分達は山賊退治を依頼された開拓者だと説明して、反論があれば聞くつもりだったよ」 「昔から居るのに‥‥最近、被害が酷くなったと言うなら‥‥きっと理由があると思います。‥‥ひょっとしたら‥‥犯人は別かもしれないので」 柚子平は唸ってから、にぱっと笑った。 「合格です。卯城に突き出すとか問答無用で殺して家を調査、って話だったら、皆さんと殺しあわなきゃいけないトコでした。山賊は殺した、って事で山を降りてください。見ての通り、山賊のねぐらは焼き払ったと。‥‥今から話すお話は、霧雨クンには秘密にして頂きたい。よろしいですか?」 柚子平は、毒の無い笑顔で告げ。 「まず‥‥お尻が痛いです」 「天国! ぺ、しなさい。ぺっ!」 「つーか、ルイを放せ! どさくさに紛れて頬ずりすんな!」 喚く声が木霊した。その後、劉と柚子平が皆の怪我を治して回った。 空が茜色に染まった頃に、イクスは鬼灯の宿へ戻ってきた。 「山賊退治の五人はまだか」 「ええ。彩陣はどうだった?」 「色々悲惨な状況だった。皆が揃ったら話す。ひとまず六月頃から誰も彩陣に帰ってないことは分かった」 天霧の柳眉が崩れていく。 「‥‥六月? 水ノ彩家は?」 「山渡り後、消息不明だそうだ。水ノ彩家の遺品は、卯城家から預かっていた。彩陣も長も『やはり』と、肩を落としていた。遺品を届けられただけ、少しは救いになったと思う。流石に四ヶ月も連続なので、雷無彩家の山渡りは見送りにしてもらっ‥‥どうした?」 天霧がイクスを凝視していた。 「おかしいわ。水ノ彩家の一行は半分アヤカシに食われて、残りは帰ったはずよ。‥‥実は、天城家が潰れた理由も分かったの。あの山。今は採掘禁止で酒蔵として使われてるけど、三十年前まで金銀銅を無尽蔵に採掘してたみたい。でも一時期天城家が無茶な指示をした所為で、大勢が落石事故で生き埋めになったのよ。現場を監督していた卯城家が里の女達にその話を漏らして、責任を問われた天城家が『そんな指示は知らない』とつっぱねて、夫や息子を失った里の女達が火を放った」 天城家は消えた。 現在では、危険だからと完全封鎖された。 「でも天城家は百年以上も此処を守ってきてて、流石にやりすぎたと思う人もいるようね」 襖があいた。石動だった。 「古語ってむずかしいよ〜。あ! おたふくのお面。おばさん達が子供の頃は天城家の鬼面だったんだって。昔お面が全部焼かれちゃって、代用するようになったみたいー」 石動は畳に沈んだ。詳しい話は後だ。 天霧が窓の向こうを見下ろすと、五人が渋面を作って帰ってくるのが見えたのだった。 山賊を倒して来たが、証拠に首位もってこいと卯城の当主にいわれて報酬を減らされたのだと言った。 |