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■オープニング本文 その日。 アヤカシに恋をしているとめっぽう噂の変人陰陽師は、見るからに怪しいツーステップ踏みながら、心の友の部屋に向かっていた。 そして扉の前に立って咳払い一つすると。 「き・り・さ・め・クぅーン。あっそびましょー」 きらきら笑顔を振りまいて室内を覗いた。 「断る」 ぴしゃーん、と襖が閉まった。 放り出された陰陽師。 「いやあああ、捨てないでくださぁい」 「ええい、やかましい。帰れ!」 「いやー! 絶対に帰りません! いれてくださぁい、私とアナタの仲じゃないですかぁー!」 「どんな仲だ! そんな企んだ顔のお前と会話したいとは思わんぞ!」 「ひどいですぅー! うっうっう、ついに私にあきたんですね、そうなんでしょう!」 道ばたに捨てられた子犬のような震え方をしながら、襖の向こうの友人に追いすがった。 誤解のないように申し上げるが、歴とした大人の男である。 気持ちの悪い声は意図的に発しているとして、通りすがりの奥様方がみたら、あらぬ噂がたってしまいそうだ。 「気味の悪い事を言うんじゃない!」 「おねがいですぅー、後生ですぅー、もうアナタしかいないんですぅー」 「やめんか!」 すぱーん、と良い音をたてて襖が開いた。 柚子平の表情が菩薩を見るような輝かしさを纏っていく。 同僚の陰陽師こと御彩・霧雨は、嫌いな食べ物でも見下ろすような残念な眼差しを向けていた。 縋られても暑苦しいので、柚子平を踏み倒す。 「用件を言え。三十だけ数えてやる」 「ああ、この踏まれ心地。文無しの甲斐性無しは、絶対にモテませんね、霧雨クン」 「余計な世話だ! じゅーご、じゅーろく、じゅーしち」 「はわわ! ええっと、私の妹の件で相談がありまして。五彩友禅についてです」 五彩友禅。 紅、黄土、緑、藍、紫の艶麗の色彩を特徴とする染め物だ。 五行の都、結陣の東にある山脈を越えた地域に『彩陣』と呼ばれる里があり、そこで古くから根付いている伝統工芸の一種である。一流の職人が、どれほど頑張っても年に四枚しか仕上げることが出来ない貴重品であり、たった一着に対して、一家族が一年間暮らせるだけの値が付けられるという。 足をどけた霧雨が頬を掻いた。 「なつかしー話だな。それがどうしたんだ」 「妹が結婚するんです。それで、花嫁衣装に五彩友禅を、という話になったんですが」 「ぜーたくだな」 「一生に一度の晴れ舞台ですので。それで呉服屋を訪ねて回ったんですが、ここ数ヶ月五彩友禅はどこにも入荷していないそうなんです。行商人の姿を見ないと。彩陣の事情に詳しいアナタなら、何かご存じかと思って」 霧雨はうぅーんと首をひねった。 「そうは言っても、俺もここ数年、実家には帰ってないしな。しかし数ヶ月も来てないのは確かに変だな。元々『山渡り』は危険だったが、それでも不幸は数人に一人の割合だし」 山渡り、と呼ばれるものがある。 結陣の東、山麓にある『鬼灯』という酒蔵の里から、山向こうの『彩陣』までには一本の道があり、昔から行商人達が山を越える時は、その道を使ってきた。アヤカシも頻発することから非力な常人にとっては命がけの旅になる。 「町の呉服屋まで反物が届いてないなら、鬼灯を調べた方が良いだろうな。とはいえ、俺はあそこで微妙に面が割れてるから、近寄りたくないしなぁ‥‥人に頼むか」 霧雨は呟いてタンスの中をあさり始めた。 やがて一枚の黒い着物を取り出した。 黒く染め抜かれた着物は、光の加減で文様が浮かび上がる。 「霧雨クン。それ」 「おう。五彩友禅の男物。里を出る時、かーちゃんが何枚か持たせてくれたんだよ。困ったら金に換えろってな。今なら値がつり上がってるだろうし、こいつを売り払って、開拓者を雇う金を稼いでくるとしますかね。俺から妹ちゃんへの選別ってことで」 柚子平は、ぶわっと両目に涙を浮かべて飛びついた。 「霧雨クン‥‥文無しとか甲斐性無しとか言った私を許してください。アナタ無しでは、私はノミ以下です」 「触るな。泣くな。近寄るな。着物にシミがつく!」 かくして霧雨達は、開拓者ギルドの門戸を叩く。 ぽん、と積まれた依頼料をはさんで、霧雨と柚子平、そして開拓者達がいた。 「というわけでだ。こいつの妹の花嫁衣装を手に入れるためにも、まずは五彩友禅を扱ってる商人達の消息を調べてもらいたい。鬼灯は行商人の行き交う、向こうの土地との要だが、閉鎖的な土地なんだよ。観光を装った方が、地元の警戒は解きやすい」 眠らぬ町、鬼灯。 鬼灯は銘酒が有名ながら、裏手の道は山脈に囲まれた東の地域との生命線でもある。絶えぬ人の出入りで鬼灯は常に潤い、行商人達が相棒の獣たちを引き連れて町を歩く姿は珍しいものではなく、宿には必ず獣専用の小屋があり、行商人達は相棒を預けては骨休めにと『鬼灯籠』と呼ばれる鬼面の描かれた提灯を宿から借りて、手形の代わりに歓楽街へと足を運ぶ。 そこなら何か分かるはずだ。 何か分かったら知らせてくれ、と霧雨は言った。 |
■参加者一覧
劉 天藍(ia0293)
20歳・男・陰
酒々井 統真(ia0893)
19歳・男・泰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
久遠院 雪夜(ib0212)
13歳・女・シ
萌月 鈴音(ib0395)
12歳・女・サ
天霧 那流(ib0755)
20歳・女・志
蓮 神音(ib2662)
14歳・女・泰
イクス・マギワークス(ib3887)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ひとよ、おによ、こをかくせ。 くだりしおにの、これぞみちゆき。 この日、萌月 鈴音(ib0395)はギルドに足を運んでいた。 既に鬼灯へ旅立った仲間とは宿で合流する事になっている。 手っ取り早くギルドの職員を捕まえた。 「あの、鬼灯や彩陣で‥‥事件とか‥‥起きていませんか?」 「あの辺は事件だらけで、きりがないぜ。何が知りたいんだ? 尋ね人か?」 「山賊とかアヤカシとか、行商を阻害する様な事件は?」 ギルド職員は目を丸くした。 「嬢ちゃん、あの辺の土地は初めてか?」 「‥‥そう、です‥‥けど?」 「ははぁ。山脈を越える事を『山渡り』っつーんだが、あそこの山渡りは死人が出ないほうが希さ。行商人も多くが命を落とす。さっき鬼灯の地図を探しに来た子にも言ったんだが‥‥あの子な」 そう示した先に、久遠院 雪夜(ib0212)の姿があった。 彼女もまたギルドで鬼灯周辺の地図とアヤカシ情報に気を配っていた。 「鬼灯の地図なら僕が聞いておいたから、行き道で話そっか?」 「仲間か? 雪夜ちゃん」 「そうなんだよー、これからみんなで一緒に鬼灯にいくとこ。そこで詳しく調べる感じ? でも出来れば五彩友禅の本物見てみたいな、って気もしてるし、これでも女の子だし。あ、魔の森の分布はこれだよ」 久遠院は地図を広げて見せた。 結陣の東にある鬼灯と、山脈を越えた地域にある彩陣。 彩陣は複数の川が合流している上流に存在するが、魔の森の侵食を受け続けている危険な土地でもあった。彩陣のみに限らず山向こうは北と南から魔の森の侵食を受けており、西は山脈、東は海が立ちふさがり、山渡りが生命線になりつつある様子は見て取れた。 「ちょいまち」 久遠院と萌月を、ギルドの職員が呼び止めた。 「噂の鬼灯から一件依頼が来てるぜ。山賊退治だ。依頼主は地主の卯城家。結構、イイ額だしてんなぁ。地主とお近づきになりてーんなら抱えた仕事が終わったらまた来なー。しばらくの間だったら、張り出さずにとっておいてやんぜ」 職員はひらひらと二人に見せた後、問い合わせを引き出しの中にしまい込んだ。 一方、鬼灯に行く前に大蔵南洋(ia1246)は町の呉服屋を見て回っていた。鬼灯で妹役を務める石動 神音(ib2662)も同行している。 「南洋おにーさん‥‥じゃない。にーさま、あっちの呉服屋さんがよさそーだよ」 「何も今からせずとも良さそうではあるが」 石動が傍らで手を引く様に、どこか怪しげな錯覚を覚え始めている兄役、大蔵。 「こうゆーのは、慣れておかないと。急だとボロがでちゃうだろーし」 「ふむ、なるほど。御免。店主はいるか。少々伺いたい事がある。五彩友禅はこちらで扱っているだろうか」 「申し訳ございません。半年前に最期の一着が売れてしまいまして。『山上』はもちろん、『山中』はおろか『山下』すら手に入らない状態でございます」 聞き慣れない単語に、二人は顔を見合わせた。石動が無知を装う。 「五彩友禅、綺麗なんだろーなー。にーさま、神音も一度見てみたいよ。ところでおねーさん、その『山上』とか『山中』とか『山下』って、なにー?」 「これ、神音。申し訳ない。妹も身を飾ることに興味を示す年頃ゆえ」 偽装兄妹、万歳。 呉服屋から見れば『小生意気な妹を持てあます、苦労性の兄』に見えなくもない。口元に袖を当てて笑う呉服屋の女将は「かわいらしいお嬢さんですねぇ」と楽しそうだ。 「山上、山中、山下というのは五彩友禅の反物の等級ですよ。山上は本家が、山中は分家が、山下は門家の染めた品です。山上と山下ではそれこそ天と地の差。うちでも山上は年に一度入るかどうか」 「どうやって見分けるのー?」 「反物の端に染めてあるのよ。彩陣十二家の家紋と山上、山中、山下どれかの文字、それから屋号があるの。見分けるのは基礎の知識がないと難しいわねぇ。例えば今なら‥‥秋柄の五彩友禅の新作で、丸に桔梗の家紋の山上の作、という時点で偽物だというのはまるわかりだわね。例え山中でも偽物だわ」 女将曰く、本家の家紋に丸はなく、分家の家紋は丸があり、門家は三本川という決まりがある。つまり分家の家紋に、本家作の証明である『山上』がつくことは決して無く、また丸付きの桔梗家紋に正しい『山中』がついても偽物だと言ったのは、桔梗の家紋を持つ家に、現在分家は存在しないからだ、と告げた。更に屋号の記載でより複雑になっている。 彩陣の五彩友禅を判別するには、里の情報に精通した者でなければ不可能だという。 「どうしてそんなに詳しいの?」 「店に出入りする鬼灯の行商人と友人から習ったんです。よく遊びに来ていた開拓者に、御彩家の家出長男がいましてねぇ。悪い行商人に騙されないよう言われましたよ」 依頼主の一人、御彩・霧雨(iz0164)の事だった。 そこで大蔵は、すかさず尋ねた。 「この一帯に五彩友禅を持ち込む、馴染の行商人の名前や風体は覚えておられるか」 「勿論です。五彩友禅の山上や山中を商えるのは、殆ど境城家と卯城家のお身内です。鬼灯の地主さんですよ。鬼灯の里に行けば、鬼面ですぐに分かります」 駿龍を連れた劉 天藍(ia0293)をはじめ、空を飛行できる者達の数名は、里に入る前に空高くに舞い上がった。炎龍を連れた萌月も後に続く。 「凛麗、もう少し北向き。よし、いい子だな」 「鈴〜、そっちは‥‥反対です」 グライダーを所有するイクス・マギワークス(ib3887)興味深げに様子を眺めた。 「生物は些か難しそうだな。その点、天路一型は機械だから従順だが、操縦者の腕前が如実に分かるのが難点だな。時間を見つけて操縦訓練せねば、思うように操るのは難しいか」 安定して飛べない炎龍の鈴と、龍より安定はしているが操縦に手間取るグライダーの天路一型。マギワークスは結局、飛行を止めた。大蔵も甲龍の八ツ目には乗らないらしい。 劉は「もう少し高い位置から確認してくる」と声を投げて空高く飛ぶ。 「災害等があれば、みえるかもだし」 凛麗と共に高い場所から見下ろすことで、幾つか気づいたことがある。 鎮座する山脈。その麓にある鬼灯。 鬼灯は、大通りが鳥居の形を模していた。恐らく地上からでは気づくことはなかっただろう。それだけではない。鳥居で言うところの台石の周辺、里の入り口の両方に墓場が密集していた。墓地を通り抜けて里に入る仕組みになっている。また鳥居で言う額束にあたる大通りを境目にして、右と左に巨大な敷地と屋敷があった。対になるように造られているが、左屋敷の朱塗りの柱と右屋敷の黒塗りの柱はイヤでも目を引いた。 「なんだ、あれ」 鳥居で言う笠木にあたる横一本の大通り。その奥に朽ちた屋敷があった。厳密に言えば、燃やされたような姿だ。久遠院の調べた地図にあるように、北東の彩陣方向には細い山道がのび、数カ所の広場があった。龍で降りたり休んだりは出来そうだ。 「あれ、なんでしょうか‥‥?」 苦労して追いついた萌月が見つけたものがある。 萌月は南東の方角にもう一本。鬱蒼とした森に埋もれた別の道があるのを見つけだした。町で調べた地図には載っていなかった道である。 また劉は山の一部から細い煙が微かに立ちのぼっているのを見つけた。 「山道のある所から随分と離れてるみたいだな。のろしとは違うような」 話している内に、煙は消えてしまった。 萌月は別の道に気を取られ、煙を見逃した。ただ一人、煙の立ち上っていた位置を見つめた劉は、気のせいか、と首をひねって共に地上に降りた。 「いい子にしていてよ。すぐに戻るから」 先に鬼灯に入り、ミズチの水稀を小屋に預けた天霧 那流(ib0755)が戻ってくると、頭に忍犬を乗せた久遠院が駆け寄ってきた。 「雪夜ちゃんは預けないの?」 「天国はまだ子犬なので一緒です!」 宿の外で姉を待つふりをして目印代わりになっていた久遠院が、酒々井 統真(ia0893)とマギワークス達をはじめ、事前に決めた組通りに仲間達が同じ宿を取った事を更に知らせる。 丁度その時。 「妹さんねぇ」 似ても似つかぬ石動を妹として連れた大蔵は、見事に怪しまれていた。 不穏極まりない空気の中で大蔵は一言。 「ほう。妹が私に似ていた方が幸せだったと、そう仰られるか?」 威圧される受付。 素敵な笑顔で切り返した大蔵に、ひしっとしがみつく石動。 「にーさまを悪く言わないで! 今回だってやっと心を決めてくれた許嫁のねーさまの為にって、最高のお着物を探しに来たんだから! にーさまは顔は怖くても誰よりも神音と、許嫁のねーさまを大事にしてくれるんだから!」 わっ、と嘘泣きした。 妹の台詞に、様子を見守っている宿泊客達が可哀想なものを見る目で大蔵の背中を見つめ、責めるような目つきで受付を睨んだ。顔を比べるのが可哀想になってくる。 唯一、物陰で様子を見ていた仲間達は笑い転げていた。 「お、お兄さんが貫禄があって、悪気はなかったのよ?」 困り果てる受付。大蔵の影に隠れる石動。 「何、妹も慣れぬ土地故、心寂しいのでしょう。何か気が紛れればよいのだが」 「にーさま。神音、この町の子供たちと一緒に遊びたいな」 「ああ、それなら。禄多ー、ろーくーたー!」 受付のお姉さんは奥から一人の少年を呼びつけた。息子らしい。遊び相手になっておやり、という言葉に、少年は無言で手を差し出した。石動は『計画通り』と密かに笑って少年の手を握り、小脇に猫又を抱えた。 「にーさま! 神音、くれおぱとらと一緒に、あそんできまーす」 「禄多さん、かたじけない。それでは妹を宜しくお願いいたす。ところでここは龍を預けられると伺ったのだが‥‥」 嵐のようだ。 「順調だなぁ。そんじゃ俺らも動くか。なールイ」 人妖のルイは、ぷいっとよそを向いた。酒々井を全力で無視。 小声で『体に気をつけろ』とかいう台詞が聞こえてくるのを察するに、それほど仲は悪くないようだ。性格を知っている酒々井が笑った。 「心配すんな。イクスが気にかけてくれてっから、大事にゃならねーよ。イクスが合流したら繁華街か。‥‥にしても、五彩友禅、か。初めて聞いた。また神楽に入ってくるようになりゃぁ、あいつの為にちと手を伸ばしてみるか」 「かなり値の張る品ときいたが」 第三者の声に心臓が飛び出そうになった酒々井が振り向くと、無表情のマギワークスが背中に立っていた。 「待たせたか、酒々井さん」 「い、イクス! 一体、いつからそこに」 「つい今し方だ。天路一型を格納庫に預けてきた。グライダーをあまり見ないとかで、少々行商人や宿の子供に捕まってしまってな。子供の方は大声で呼ばれて解放されたが」 あぁ、さっきの。 と、大蔵と石動の猿芝居を思い出す。 「行商人の方に彩陣と鬼灯間の往来について聞こうとしたが、山道が歩けたものじゃないのでグライダーを売ってくれ、と執拗につきまとわれて色々と手間取った。すまない」 「さっきの聞いてたか?」 酒々井が恐る恐る尋ねると。 「どの話だ?」 「いい。忘れてくれ。繁華街に出ようか」 「繁華街か、こういった場所は不馴れだが‥‥スリにあわないよう注意するべきだろうな」 酒々井とマギワークスは、ふらりと繁華街へとくり出した。 既に繁華街に出ていた久遠院と天霧。ここの地酒が有名なので年輩の観光客の多さに気を取られるが、軒先に腰掛けている者が、観光客よりも行商人が多い事を悟る。 「交易の要になっているのは本当のようね」 「これだけ商人が大勢行き来して人の出入りが激しいのに『閉鎖的な土地』ってのもふしぎな話だよね?」 一見すると、それほど閉鎖的には見えない。 ただし大通りから道を一本入ると、急に人通りが薄れていき、こじんまりとした家々が隙間無く軒を連ねる。気安くよそ者を近寄らせない閉鎖的な空気だった。 「まず呉服屋さんや露店から回りましょうか」 依頼とはいえ、個人的な興味や望みはある。天霧はまだ見ぬ五彩友禅に思いをはせた。 実際に手で触れて見ることが出来たなら、手に入るのならば欲しいと思う。 久遠院が手を引いた。 「呉服屋さんも沢山あるけど、見る限り観光客向けだよね? 露店を広げている行商人さんに聞いてみよっか。すいませーん」 近くの呉服屋を尋ねると、身なりを一瞬で見分けた店員がすり寄ってきた。 「お姉ちゃんが結婚するから、花嫁衣裳に五彩友禅を探してるの」 「お姉さまですか?」 「私は違うの、近所でね。でも話を聞いていたら私も欲しくなって。近くで手に入らなくて、こちらなら手に入るのでは‥‥とは遙々参ったのだけれど。無いのかしら?」 「左様でしたか。申し訳ございません、見ての通りでして。五彩友禅は数が限られておりますので、商いを出来る店が決まっております。代わりに此方の品などはいかがでしょう」 云々。 流石は商売人。すかさず二人に別の品を薦めてくる。 だが、五彩友禅の話が出ないなら意味がない。店員は「お姉さんの婚礼衣装はどんなのがいい?」と久遠院に尋ねたが、隣を指さして「似合いそうなの」と告げた。 「背格好が同じでらっしゃいますか。でしたら是非に」 店員の言葉を遮り、天霧は泣いた。 「私、どうしても欲しくて‥‥手に入るなら金に糸目はつけない覚悟なのに。こうなると、作っているという里へ行ってみるしかないかしら‥‥どうしたら行けます?」 そこまで言って、初めて店員は顔を曇らせた。瞳に、別の光が灯る。 「山渡りをしてでも彩陣へ?」 「ここでは手に入らないのでしょう?」 「失礼ですがお客様、ここ数ヶ月はアヤカシや山賊の被害が酷い、と黒鬼面の迎火衆が鬼灯から彩陣への山渡りをしばし禁じておりますので、徒歩では不可能です。空を飛ぶなら話は別ですが」 迎火衆はいわば門番。 二大地主の命令で動き、山渡りの様子を定期的に調べ、安全かどうかを確かめた上で行商人達を送り出し、或いは迎える。だがここ数ヶ月、迎火衆は死体ばかりを連れ帰った。 山渡りで息絶えた者達を世話するのも役目であるという。 「あまりにも酷いのでギルドに相談するから任せよ、と。今月の迎火衆だった卯城家からお達しがありました」 しかも一昨日の昼は、彩陣の人間を連れ帰ったという。共に残った荷物の家紋が桔梗であった事から、彩陣十二家の長彩家の子息らしいと噂が流れた。遺体はその後、掟に従い深夜に里の外にある墓地に葬られた。 「先月は葉彩家が山渡りで、同じく命を落とされました。ご遺体は見つからず、迎火衆だった境城家の若者が、空になった箱を持ち帰ってむせび泣いていた姿が忘れられません」 手を合わせて冥福を祈った店員の後ろで、年老いた客が突然声を発した。 「天城家があった頃は、こんな不手際はなかったのにねぇ」 「しっ!」 年寄りは、何処かへ消えてしまった。 「天城家?」 「いいえー、なんでも。それよりお客さん、五彩友禅。もし本気でお金を積まれるなら‥‥手に入らないこともありません」 こそ、と店員は耳打ちした。 「五彩友禅は、鬼灯の大地主が買い取るのが習わし。今は境城家と卯城家が、六つの家と商っています。等級まで保証できませんが在庫はあると思います。在庫がない、と門前払いが関の山ですので、ご自身で交渉頂くことになると思いますが」 どの季節にあわせた柄をお探しですか? と店員は言った。 ところで石動は、子供の遊びに混じっていた。 色々と気を引こうと考えていたが、子供達に教えて貰ったのは鬼灯の昔からの遊びだ。 子供達は『みつきめあそび』と言った。 「ゆふづくよ、しでのやまより、おにありく」 子供達は仮面をつけて輪になっていた。 「たましきの、みやこくだりし、ふたごおに」 全員が三つの仮面を持っている。里のあちこちで見つける黒鬼面と赤鬼面、そしてどこにでもある、おたふくの仮面。 「おぼろづきよに、ひかりたる。ほおづきしるべ、たどるさと」 「あまおに、くろおに、あかのおに!」 この時、付けていたお面で勝ち負けを決めている。今の歌では、あまおにのオタフクお面は黒鬼面より強く、黒鬼面は赤鬼面よりも強く、赤鬼面はおたふく面より強いという。 そしてまた二番目の歌が始まった。 「さあこい、ひとこい、ひとしれぬ。おにのうたげは、かげろうにたり。いづくより、きたりしものそ、わがそのに。いたいけしたるあまひめが、ぬばたまのおににといければ、おにはや、ひとくちにくひてけり。あかおに、くろおに、あまのおに!」 今度は立場が逆転する。 面の力関係が変動し続ける遊びだった。 「また来ていいかな」 「都の子がなーんでこんなとこにきたのさ」 「神音のにーさまが、許婚さんに五彩友禅で婚礼衣装を仕立てたいってゆってるんだよ」 笑顔で答える。そういえばさ、と少年が立ち上がった。 「おれ、一昨日の晩にすげーもんみちゃった。あれは絶対アヤカシの呪いだと思う!」 子供達は好奇心旺盛で、すぐに話題が移り変わってしまう。 石動が肩を落とす傍らで、子供達は聞き捨てならない話を始めた。 「一昨日に迎火衆が山から死体もって帰ってきただろ? おれあの日の夜に親父と喧嘩して外を散歩してたんだけどさ、迎火衆が荒御霊の棺桶ひっくりかえしたんだ!」 「あらみたま?」 「ここらじゃ山で見つかった死んだ人は、深夜に町の外に埋めちゃうんだ。けど、一昨日に迎火衆が転がした棺桶はからっぽだった! つーか石が入ってた! 昼間、黒布で覆った死体は見たんだぜ! あれは絶対アヤカシの仕業だって!」 夕方になって宿の一部屋に集まった者達はお互いの話を共有した。 「酒屋で酒に興じつつ、彩陣との往来について聞いてみたのだが、買い付けをしている里の者は立て続けに山渡りで無くなり、配送に行こうにも地主が禁じたのだそうだ」 大蔵の台詞に、酒々井も頷いた。 「俺もそうだ。イクスと一緒に、彩陣へ行ってみようかと思っていると言ったら、死にに行くようなものだと言われたぜ。しかも彩陣への山道は半分閉鎖中だった。こっちからの徒歩は厳禁だそーだ。龍の出入りまでは制限してねぇな」 別な意味で口を濁す人間の多さに、酒々井はくたびれた。マギワークスがグライダーをゆずってくれと執拗に頼みこまれたのも、おそらくはこのせいだろう。 「土産物屋を梯子しても、本物の五彩友禅は扱っていなかった。やはり噂の通り、地主の家しか保有していないと思う。言葉を濁す家も結構あったけど、人魂で偵察しても変わったことはなかった」 劉の台詞に、萌月がそろりと手を挙げる。 「見る限り‥‥おかしな所とかは‥‥無いみたいです。でも、お年寄りの‥‥方とかには‥‥山に近づくな‥‥と。危ないって。あの、私、小屋のほうにいってきます」 これから宿の鬼灯籠を借りて、歓楽街を練り歩く。 子供はお留守番なので、相棒の世話程度しかやることがない。 劉は般若顔の花婿さん応援団ということで宿と話した。 「いってらっしゃい、にーさま」 劉と大蔵、酒々井とマギワークスを見送りに出てきた石動は一つ気が付いた。 皆に持たされた鬼灯籠と呼ばれる灯り。 「これ、禄多くんと遊んだお面と一緒だ。赤い奴」 「ああ、それは。ここの宿が境城家の系列だからですよ。赤鬼面は境城家の象徴ですから」 単なる模様ではないらしい。一種の手形として機能し、里の者にとっては色々と内々の意味があるのだそうだ。 「それを持っている限り、宿の客の証明になります。ちなみに同じ赤鬼面の鬼灯籠が飾ってあるお店なら、こっそり安くしてくれますよ。いってらっしゃいませ」 鬼灯の夜の道は、殆どが赤と黒の鬼灯籠で溢れていた。 また何か新たな話が有ればと願っていたが、新たな話は小屋で起きた。彩陣ではない、南東の方向から来たという行商人だ。小屋の萌月は初めて聞く話に耳を傾けた。 こうして夜は、静かに通り過ぎていった。 |